ネト充トッププレイヤーは、異世界でLv1から色々育むそうです。 作:颯月 凛珠。
「ギギィ!!」
「よっと! ……意外と楽に躱せるもんだなぁ」
ゴブリンとの戦闘を始めてから数分。自分で言うのもなんだが、意外と善戦していた。
先程まで抱いていた恐怖心もいつの間にか消え去っており、回避だけなら幾分か余裕を持って出来るようになっていた。それというのも、俺の予想通り三体のゴブリンの攻撃パターンはGTOと全く同じものだったからだ。
一発だけ大きく棍棒を振ったら直ぐにバックステップをして間合いの外から睨みつけてくる。いわゆる"一撃離脱戦法"だ。しかも、どういう原理かはわからないが彼らの攻撃は座標指定のものらしく、全員が全員俺が回避した地面を抉りとるように棍棒を振り回していた。
「ギィ!!!」
「おっとっと」
着地した瞬間に待機していた一匹が、棍棒を振りかぶってきたので、もう一度バックステップをする。偶にこういう風に俺の回避先を座標に指定してくる奴もいることを考えるに、やはりこの世界のモンスター達は少しばかり知性を持っていると考えて間違いはないようだ。
「凄いです! 何の装備もなしに、ゴブリン三匹と渡り合ってます!」
木の後ろからセレナが顔だけ出して興奮したように言う。集中してたからあまり気にかけていられなかったけど、ちゃんと俺の言いつけ通り隠れていてくれたようだ。
それに彼女のこの反応を見る限り、この世界の人から見ても俺の戦闘における回避はちゃんと形になっているらしい。これに関しては《エイジ》の身体能力とゲームの知識のお陰と言わざるを得ないが。
「んー、防御面で渡り合えてるのはいいんだけど、肝心の攻撃ができない限り永遠にこのままなんだよなぁ……」
ゴブリンの棍棒を躱しながら顎に手を当ててウーンと唸る。常に三対一というこの状況、このままだと俺の方が精神的にきつくなってきてしまう。そろそろ一匹くらい倒しておきたいところだ。
……実はその攻撃に関して、棍棒を奪って武器にする、という作戦が俺の中にあったのだが、どうやらそれに関してはGTOの設定に則っているらしく、何らかのスキルがないと相手から武器を奪うことができないみたいだった。俺の予想だと、盗賊スキル【スティール】が必要なんだと思う。
「どうにかして、攻撃に転じたいんだけどなぁ……」
「では、スキルを使えば良いじゃないですか! その強さなら、攻撃スキルの一つくらい使えるのではないですか?」
独り言として言ったつもりだったのにどうやら聞こえていたらしく、彼女が木の裏から当然のように言ってのける。
「いやまぁ、それができるのなら今すぐにでもそうしたいんだが……」
「何か事情があるのですか?」
「……あるっちゃあるな」
「隠したい事情がある程お強いスキルなんですね!」
「いや、あの、ちょっと待って」
彼女の羨望の眼差しを受けた背中に冷や汗をかきつつ、後ろ頭を搔く。その間にゴブリンがタックルをかましてきたので、紙一重で避ける。
今の彼女の発言で分かってしまった。この世界ではステータスが開けて、尚且つ自分が使えるスキルを覚えているのが当たり前なのだ。いくら戦闘ができたとしても、そのような一般的なことができないのは恥ずかしいこと極まりない……と、俺は思う。だから俺のプライドを守るためにも、ここはどうにかしてこのままの戦力で切り抜けるべきじゃないだろうか。うん、それがベストだ。
しかし……と心の中にいるもう一人の自分が反論する。恥を忍んででもこの局面を的確に脱するべきじゃないだろうか。もしここで聞くのを渋って、何らかの拍子に行動不能に陥ってしまったら? それでやられるのが自分だけならまだしも、セレナまでこいつらの餌食になってしまう。それだけは絶対に避けたいところだ。
二本目の棍棒を避けつつ、選択肢を一つに絞るために思案する。プライドを取るか、状況打開を取るか……。
果たして、優柔不断な
……よし、ステータスの開き方を聞こう。
地面に着地するや否や、そのままの勢いでバックステップをして、ゴブリンたちから距離を取る。このままじゃ埒が明かないし、今聞かなきゃいつ聞けるのか。もしこのままこの状況を打開してしまったら、今以上に聞き辛くなってしまう。
ゴブリン達も今は攻め時じゃないと見たのか、追撃をしてくることはなかった。彼らに知性があったことに感謝せざるを得ないだろう。
「なぁ、セレナ」
「はい、なんでしょうか!」
数メートル後ろにいるセレナに声をかけると、彼女は凄く元気の良い返事を返してくれた。まるで「どんなスキルを使って倒すのだろうか」と言わんばかりだ。
その声音を聞いて、俺の決意はグラッと揺らいだ。だって幻滅される未来が見えてるんだもん。
だがしかし、背に腹は代えられない。ここはプライドを捨てて覚悟を決めよう。
俺は大きく息を吸い込むと、彼女に向かって言ってのけた。
「あの、ステータスの開き方、教えてもらっても良いですか?」
「……え?」
「「「ギギッ!」」」
一瞬場が凍り付き、セレナの羨望の眼差しは一瞬にして不安なものへと変わり、ゴブリンも俺を嘲るかの如く同時に奇声を発した。いや、よく見るとこのくそモブ共、口角を釣り上げて笑ってやがる。…………こいつら、絶対殺す。
「え、えと……ステータス、ですか?」
「はい、ステータスです……」
「じゃあもしかして、ご自身が使えるスキルを知らない……のですか?」
「……はい」
セレナとの間に、微妙な空気が流れる。あぁ、もう! 穴があったら入りたい!
彼女は何かに迷うように眉をひそめた後に首を横に振ると、さっきよりも優し目な声音で諭すように説明してくれた。
「えっと、それじゃまずは、右手の人差し指と中指をくっつけてください」
「はい────ってあぶな!?」
彼女に向かって返事をした瞬間、棍棒が俺の頬をガスッと掠めた。その直後、当たったところからジンジンと痛みが広がり、傷口から赤い液体が滲み出てくる。流石のゴブリン達も俺がセレナから教えを乞いてる時間を無駄にする気はないらしい。
「だ、大丈夫ですか!?」
「こ、これくらい全然。それより説明続けて!」
俺の荒々しげな声に、彼女は「は、はい!」と畏まったように返事をした。
大丈夫と言ったものの、正直現実に引き戻された気分だった。今の被弾で俺の脳は、目の前にいるのは容赦無く俺を殺そうとしてくる怪物だと、改めてそう認識してしまった。そのせいで心臓が早鐘のように鳴り響き、神経が過敏になっているのか、傷の痛みがより一層深まっていた。
ゴブリン達は攻撃をヒットさせたことでこのまま行けると思ったのか、先程よりも速いペースで攻撃を繰り返してくる。俺はそれらを何とか避けながら、セレナの話の続きを耳に焼き付けた。
「そ、そのまま、宙に一本直線を書くようなイメージで下に下ろしてみてください!」
「こんな感じか!?」
棍棒の嵐を掻い潜り、言われるがまま指を下にスライドさせてみると、光の粒子がその軌道を追うかの如く現れる。その粒子は俺の目の前で集積していき、瞬く間にゲームで見慣れたウインドウを構成した。
「おぉ……これが俺の……」
「──っ! 避けて下さい!」
ステータスウインドウが開けたことに感動していると、後ろからセレナの切羽詰まった声が聞こえた。その声に反応して可能な限り強く地面を蹴って右に飛び込むと、数瞬前まで俺がいた所に三匹のゴブリンが作った巨大な穴が出来ていた。
「ごめん、助かった」
彼女の警告が無ければ、今頃あの穴の中心で潰れていと思うと身の毛がよだつ。俺が感謝の意を述べると、彼女は「助けて貰ってるので、私も力になりたいんです!」と、胸元で手をグッと握って良い感じに意気込んでいた。
そんな彼女に改めてお礼を言った後に、表示されたままのステータス画面を見る。
「……ふむ、なるほど」
どんなチートステータスになっているのかな? と、一瞬期待したが、どの項目も至って目立つものもなく普通だった。ただ、強いて言うなら、
まぁ、これだけのステータスとスキルがあると分かれば、問題なくゴブリンを倒せるだろう……と、思いたいのだが。
もう一度、スキルが表示されているウインドウを見る。そして、うへぇ……と落胆の息を漏らした。
体術や白・黒魔法の項目は白く浮き出るように輝いているのだが、盾スキル、剣術の文字は灰色で薄れがかっていた。どうやら対応する武器を装備していないとスキルが使えないのはこの世界でも同じらしい。ちなみに魔法に関しては、杖やメイスが無くても自らの手を媒体として行使可能だったりする。
他にも何かないかと、見入りながらウインドウをスクロールする。しかし、やはり目に入るのは見覚えのある初期スキルばかりで────ん?
「……これは────」
「あの、すみません!」
ある一点の項目に目を止めていると、いつの間にか近くまで来ていたのか、セレナが俺の肩をトントンっと叩いていた。……ってなんで近くまで来てるの!?
「ちょっ! 君、戦えないんだろ!? 下がってて!」
俺が焦りながらそう言うと、彼女は「今は大丈夫ですよ」と言いながらゴブリン達のいる方向を指差した。
「ほら、見てください。ゴブリン達疲れていますし、これはチャンスなんじゃないですか?」
「え、マジ? モンスターって疲れるの?」
セレナに言われるがまま彼女の指の先へ視線を移すと、確かにゴブリン達は一匹残らず棍棒を地面につけて寄りかかり、「ギィ……ギィ……」と肩で息をしているのが見て取れた。すげぇ、マジでモンスターが息切れしてる……。流石のリアリティとグラフィックがウリのGTOでも決してこんなことは無かった。なんか凄く新鮮。
感動しながらそれを眺めていると、エレナが「な、何をしているんですか?」と焦ったように声を上げる。
「疲労したモンスターは防御力が半減する……って教会の本で読みました! 反撃なら今です!」
「防御力半減って、そりゃすげぇな」
GTOにはなかった設定だ。まぁ、ゲームではモンスターはシステムで動かされているわけだし、疲れることが無いのは当然と言えば当然か。それに付随して、こちらの世界にある〈疲弊〉という名のデバフは、
確かに想像してみても、現実でモンスターが疲れ知らずとなると、なにそれチート? ってなりそうだし。
彼女に「一応油断はできないから、まだ隠れてて」と伝えてからステータス画面を閉じ、大きく空いた穴を迂回してゴブリン達に近づいていく。しかし当のゴブリン達は、先ほどまでの威勢はどこへやら、棍棒を引き摺ってでも逃げようと必至に体を動かしている。
「……さて、どうやって仕留めようかなぁ」
しかし、俺の歩行スピードよりも明らかに遅いため、数秒後には追い付いてしまった。彼らは絶対に逃げ切れないと悟ったのか、二匹のゴブリンが棍棒を捨てて残りの一匹の棍棒を三匹で担ぎ上げていた。おそらく最後の悪足搔きをするつもりなのだろう。
「……【正拳突き】」
そうはさせまいと、武闘スキルを発動させる。狙いは最初と同じく、ゴブリン達の手元。そこさえやれれば、彼らに戦う術はない。
果たして俺の思惑通り、見事全員の腕に【正拳突き】が命中し、棍棒が彼らの手からゴトッと地面に落ちる。
「グギギッ!!」
不思議と殴った手には痛みを感じなかった。恐らくこれがスキルの補正なのだろう。
素手である程度戦闘ができるようになる”武闘”スキル。その中で俺が習得しているのは初歩中の初歩、熟練度により回避率がアップする【避脚】──これは恐らく今の戦闘中で身についたスキルだ──や、今使った相手の体勢を崩す【正拳突き】のみだ。しかし、この二つはどちらとも殺傷力に欠ける。トドメを刺すには不十分なのだ……となると。
「ゲーム最初期に結構お世話になった、あれで行くか」
今度はゴブリン達に向けて拳を開いて手の平をかざす。やはりエイジの能力をある程度受け継いでいるだけはある。初めてでも今魔力がどこに集まっていて、これから何を出すのかが、文字通り手に取るようにハッキリ分かった。
俺が今使えるスキルの中で、ヤツらを確実に仕留められるのは────。
「俺が相手だったのが運の付きだな。そしてこれは俺を嘲った天罰だ! ……くらえ、【ウインドカッター】!」
魔法の名前を叫んだ瞬間、俺の手の平から無数の刃が現れて至近距離にいたゴブリン達に襲い掛かる。どうやら、セレナが言っていた防御力半減は本当らしく、ゴブリン達の皮膚がまるで紙のように引き裂かれて、肉塊となって液体と共に辺りに飛び散っていく。
正直この数秒間は見るに堪えない残虐なものだったと、俺も思った。
俺が手を下して、ふぅ……と息を吐いた頃には既にゴブリン達の姿はなく、それらが居たという事実を証明するのは、地面に転がった三本の棍棒だけだった。
「セレナ、もう出てきても大丈夫だぞ」
とりあえず、戦闘結果の報告をしようとセレナに呼びかける。しかし返事はなかった。不思議に思った俺は、彼女が隠れていると思われる大木の方へと顔を向けると、すぐに彼女の姿は……というか顔が目に入った。彼女は木の裏から俺の戦闘を見ていてくれたらしく、そのままの姿勢で口をあんぐりと開けたまま固まっていたのだ。
「おーい、セレナー?」
俺がその場から今一度呼びかけると、やっと気づいたのかハッとしたように顔をこちらに向けると、口元を抑えながらボソッと呟いた。
「む、無詠唱……ですか……?」
「……え? ごめんよく聞こえなかった」
三歩ほど近づいてもう一度、と指を立てる。
「無詠唱ですか? と言ったのです!」
今度はちゃんと聞き取れた。……しかし、彼女はどうやら勘違いをしているようだ。
「いや、無詠唱じゃないよ?」
「嘘ですね! 魔法の中でも特に難しいと言われている”風魔法”があんな速さで詠唱できるわけがありません! 凄いです! 無詠唱なんて聖女様以外で初めて見ました!」
興奮した様子で彼女が言う。
「え、いや、だからちゃんと詠唱したんだって。【ウインドカッター】って」
それに対して俺が反論した瞬間、カッ! という薪を斧で割ったような爽やかな音が辺りに響き渡った。ビックリして音の発生源の方を見ると、セレナが隠れている方とは反対側の木の表面に、大きな切り傷が出来ているのが目に映った。
「うひゃぁ!?」
驚いた彼女が、年相応の声を上げながらその場で尻もちをつく。
「あ、ご、ごめん!」
どうやら戦闘中と戦闘直後の興奮状態にあるときは魔力が音声認識で勝手に反応してしまう……のだと思う。これに関しては、魔力の制御のやり方がわからない今、細心の注意を払っておくべきだろう。
「ア、アハハ……。これから先もこういうことがあるかもしれないから、注意しておいてね……」
誤魔化すように笑いながら、彼女を起こすために手を伸ばす。
そんな俺とは対照的に、「あなたって無茶苦茶ですね……」と、俺の手を取りながら引き攣った笑顔を見せたセレナがとても印象的だった。