ネト充トッププレイヤーは、異世界でLv1から色々育むそうです。 作:颯月 凛珠。
「エイジ様、大変長らくお待たせいたしました。もうすぐ国に到着致します」
セレナが走らせる馬車に揺られること体感で約一時間。馬の手綱を握り
最初に目に入った外の景色は、この世界で最初に見た景色と同様緑一色だった。ただ唯一違う所と言えば、日が傾いたために、緑に混じって橙がチラチラと見え隠れしているところだろうか。
俺が住んでいた日本の首都圏では中々お目にかかれない爽快な光景ではあるのだが、現代っ子の俺はどうにも殺風景過ぎてつまらないなと、贅沢ながらそう思ってしまった。
だから俺の視線がそんな見飽きた緑の波に向けられたのは一瞬のことで、その後はその景色の後ろに聳え立つ、見上げるほど巨大な壁へと向けられていた。
先ほど丘の上で見た歴史的建造物を彷彿とさせる荘厳な壁が、今俺の目と鼻の先にあるのだ。世界史が好きでその道に進んだ俺にとって、これ以上興奮を覚えるものはない。
「なぁ、セレナ。あの壁ってどれくらいの高さがあるんだ?」
自分でも分かるくらい弾んだ声でセレナにそう問う。彼女は、一瞬だけこちらに視線を向けた後、すぐに前へと戻してから言った。
「……そうですね。約十五メートル程、と教示者に教えられました。なんでも、外敵から国を守るために丁度良い高さらしいのです」
「十五メートルか……中々高いな」
まぁ、某巨人のマンガに比べたら……と、見当違いなことを考えていたのは心の奥底に仕舞っておこう。流石にあれと比べては可哀そうだ。
それはさておき、今の会話でかなり有益な情報を得られたように思う。まぁ、あくまでそれは仮説ではあるのだが。
俺はもう一度その壁を、今度は頂を見上げた。工場か何かが稼働しているのか、壁の向こう側で煙がゆらゆらと立ち上っているのが見える。
俺が得られた仮説とは、この世界には十五メートルを超える超大型モンスターが現れることは全く無い……もしくは稀だということだ。基本的にこのような防壁は敵の体長よりも大きく作るのが普通だからな。
つい先日俺とフウカが倒した『The Lost Tale』に関しても、その体長はゲームサイズで見る限りでも九メートル前後だった。つまりあの巨体がどれだけ背伸びをしても、壁の頂に届くことはない。
だからと言ってモンスターが中に入ってこないとは言い切れないが。しかし少なくとも「上から来るぞ、気を付けろ!」という状況に陥ることはまずないだろう。
「……さあ、そろそろ国に入りますので、お支度の方をお願いします」
「あ……了解」
そんな検討を付けていると、相変わらずセレナは俺の方を見ようともせず、前を向きながらそう言った。彼女は俺の正体を知ってからというもの、どこかよそよそしいのだ。
この一時間、彼女に話しかけた回数は二桁を超えているハズなのに、ゴブリン達を退けた時みたいな気さくな会話をしたのは一度たりとも無かった。
そんな彼女の激変に、ついに耐えることができず、俺は彼女に向かって優しく語り掛けた。
「セレナ、別にそんなに畏まらなくてもいいんだぞ? それとも、もしかして怒ってる? ……あの時セレナをからかったのは悪かったけど、ゴブリン達と戦っていた時みたいに気さくな感じに話しかけてくれても────」
「違います」
俺の言葉を遮るようにそう言って、会話の主導権を握ると、セレナはまず首を横に振った。次いで、まるで戒めるかのように手綱をギュッと握り締めると、彼女は少し低い声で言った。
「からかわれたことに対して怒っているとか、そういう訳ではないのです。寧ろ使徒様がこんな私に構ってくれてることを大変嬉しく思っております。……ですがそれ以上に、神に仕える者として、その使徒様に無礼を上げた私自身が許せないだけなのです」
「別にそこまで気にすることでもないだろ? 俺だって使徒といっても君と同じ人間だし……」
そんなセレナの意見に反論すると、彼女は「エイジ様はお優しいですね」と頬に微笑を称えながら言葉を紡いだ。
「同じ人間だとしても、格は違います。先ほども言いましたが、私は神に──主様に仕える身。そしてあなたはその主様の化身のような存在です。民達が貴族達に対して敬意と畏怖を抱くように、私もまたあなた様に敬意と畏怖を抱かなければならないのです」
どうやら外門の前に着いたようで、セレナは手綱を手前にぐっと引っ張って馬を止めさせると、御者席から慣れた動作で降りてから「それに……」と呟いた。
「あの時の私は、私の中で処刑しました」
「人格を殺すなよ……」
俺のツッコミが聞こえなかったのか、はたまた聞こえないフリをしたのか、こちらを振り返ることもなく門へと向かっていくセレナ。正直、あの時の気さくなセレナの方が話しやすいし親しみやすくて好きなんだけど……と思ったが、俺はそれを言葉にしなかった。もし今この気持ちを彼女に告げたとしても、その意見が絶対に通ることはないと確信していたから。それ程までに、彼女は俺との間の線引きを決定付けてしまったのだ。
やっぱりあそこで名前を教えたのは失敗だったな、と俺は思った。いつか彼女が俺を神の使徒としてではなく、一人の友人として見てくれる日が来ない限り、きっと彼女はずっとあの調子だろう。
俺は幕から顔を引っ込めて、客車に備え付けられたソファの上に座ると、一つため息をついた。馬の走る音が無くなったからだろう、静寂の中に響く物音がより一層大きく聞こえる。
勿論、外の話し声も断片的ではあるが聞こえていた。一つは既に聞き慣れたセレナの声。もう一つの男性の声は先ほどチラッと見えた甲冑姿の門兵だろうか。やはりこの国の住人でも門を通るためにはちゃんとした手続きが必要のようで、少しばかり話し込んでいるように思える。
そのままその声を聞きながら待つこと数分。会話に一区切りついたのか、話し声が聞こえなくなると、代わりにこちらへと向かってくる足音が聞こえてきた。その足音は客車の扉の前でピタッと止まると、次いで扉を叩く音が三回聞こえ、そのままガチャっと音を立てて開かれる。
「エイジ様。入国の手続きが整いました。ただ馬車に関しては貿易商以外のモノは国の中には入れませんので、大変失礼ではありますが、どうか足労の方ご了承ください」
「お、おう。了解」
「それでは、行きましょうか」
そう言って、彼女は俺へと手を差し伸べた。普通、こういうことは男女逆な気がするが……と思いつつ、彼女の手を握って地面へと降り立った。……握った時、彼女の手が一瞬ピクンっと反応したことに関しては言及しないでおこう。これ以上距離を取られてしまったら敵わないしな。
セレナに促されつつ歩みを進める。
門の両脇を固める門兵達は、敬意を示すかのように顔の前へと剣を掲げて西洋式の古き良き敬礼を施していた。初めて肉眼で見るその光景が、俺に向けられていると遅らせながら気づいた時、俺は一種の感動を覚えてしまい、誰にもバレないように目元を拭った。
最後にもう一度門兵の敬礼を盗み見てから門をくぐる。
入口の扉から敷地まで意外と距離があるようで、陽の光が届かないことも相まって、その暗さはまるでトンネルの中を通ってるんじゃないかと錯覚する程だ。
しかしだからといって門は門だ。トンネルほど長くないのは必然で、数秒歩くだけでその暗闇も徐々に消え失せ、逆に俺たちの行く方向を指し示すかの如く陽の光が地面を照らしていた。
ここまで来ると人々が作り出す喧騒が嫌という程大きく聞こえ、行き着く先がとても活発な街である事が如実に伺えた。
俺はついに逸る気持ちを抑えきれずにセレナを追い抜き、陽の光を踏み締めて出口を抜けた。
暗順応から明順応へと切り替わるまで数瞬。慣れてきた目を瞬かせた後、まず最初に映ったのは、夕焼け色に染まるレンガ造りの家々だった。次に街を彩る噴水。人々の帽子、服、提げているカバン……。少しだけ奥に見えるゴシック様式の尖塔は教会だろうか?
そしてどうやら先程壁の外から見えた煙は、工房から上がるものだったらしい。街ゆく人々の視線を奪うその工房のショーケースの中には、店一番の業物と思わしき剣が、その刀身を茜色に光らせながら佇んでいた。
そして視線をもう一度前へと巡らせて────息を呑んだ。まるで童話にでも登場しそうな王城が、威厳を放ちながら夕日を背に佇んでいるのが見えたからだ。
……兎にも角にも、俺にとって視界に入るこの世界のモノ全てが新鮮で、この国に入ってからというもの、ただただその場に立ち尽くして子供のように辺りを見渡すことしかしていなかった。
そんな到底神の使いとして来た者とは思えないほど無防備な俺の隣を、後ろから来た少女が追い抜いていく。その少女は、そのまま俺の数歩前へと身を踊らせると、後ろ手に組んでいた手を話して両手を広げた。そして────
「使徒エイジ様。我が国──ヴィルドヘルムへようこそ。精一杯歓迎させていただきます!」
背後の紅い陽の光に負けないくらい明るい笑顔で、そう言った。
☆☆☆
セレナと共に街を歩いていて分かったことがある。いや、なんとなく彼女の人当たりの良さと性格から想像はついていたのだが。
ある時は強面の八百屋のおっちゃんと────
「よう、セレナの嬢ちゃん! 今日はだいぶ遅かったな!」
「御心配お掛けしてごめんなさい、ゼスさん。今日はお客様を連れて来ていたので少しだけ遅れてしまったんです」
「俺たちゃみんな、嬢ちゃんの笑顔見たさにこんな時間まで店開いてるんだからねぇ。もっと遅くなると徹夜しなきゃならんくなるな!」
「もう……朝から働いていらっしゃるんだから、お身体は大事にして下さいね」
「はっはっは! やっぱ嬢ちゃんには敵わねぇな!」
そして数歩歩いた先にある揚げ物屋の婦人が────
「ねぇセレナちゃん、これ出来立てなんだけど食べてかない?」
「わぁ、凄く美味しそう! ラフィさんありがとうございます! あっ、我儘なんですけど、お二つ貰ってもよろしいですか?」
「おや、そんなにお腹減ってるのかい?」
「いえ、今日はお客様と一緒に居るので、その方にも是非、と思いまして!」
「あれまぁ、セレナちゃんに連れがいるなんて珍しいねぇ。でも、全っ然構わないよ! あんたの連れなら、きっと良い奴に違いないからねぇ!」
「ありがとうございます、ラフィさん。彼の紹介はまた後ほどしますので」
「きゃーっ! セレナちゃんが"彼"ですって! もうそんな歳なのねぇ!」
「ラ、ラフィさん、そういう意味合いじゃありませんって!」
────といった感じに、まだこの街に入ってからほんの五分足らずだというのに、セレナは沢山の人々に話しかけられていた。ちなみに俺はその間、”彼女とは赤の他人だ”という雰囲気を全身に醸し出しつつ、観光気分で辺りを見渡していた。
それから更に待つこと数分。両手一杯にお土産を持たされたセレナが「使徒様! お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした!」と言いながら駆け寄ってきた。
一瞬、先程の揚げ物屋の婦人がニヤついた顔をこちらに向けてきたのは、きっと気のせいだと思いたい。
「全然。こう見えて待つのは得意な方なんだ」
実際にさっき熟睡しているセレナも待ってたことだし。
「しかし、使徒様をお待たせするなんて、私……」
全然、と言ったはずなのに、尚のこと食い下がるセレナ。彼女が目上の人──そもそも俺は彼女のことを対等に思っているのだが──に払う敬意は大変に素晴らしいものだとは思うのだが、少しばかり過剰過ぎるのでは、と俺は思う。
どうにかして直せないかと少し沈んだ顔をする彼女を見つつ、頭の中で考える。そして一番最初に浮かんだ答えをそのまま口に出すことにした。
「じゃあ分かった。本当に待たせたことを悪いと思っているのなら、今後俺のことを”使徒様”と呼ぶの禁止な」
「そっ……それは、私は破門……ということですか?」
「どうしてそうなる!?」
そう言いながら涙ぐむ彼女にツッコミを入れる。……いや待ってください、揚げ物屋の婦人や八百屋のおっちゃん! 決して俺が泣かせたというわけではないんです! とりあえずその串と大根を下してください!!
「違うのですか……?」と目元を拭う彼女に違う違うと首を横に振ってから、諭すように言う。
「ほら、さっき『使徒が降臨したことは口外しちゃいけない』ってセレナ、言ってたじゃん? だからさ、君が
「……確かにあなた様の言う通りですね。ですが、そうしましたら私はあなた様をなんてお呼びすれば?」
セレナが首を傾げながら問いかけてきた。……何て呼べば良いかなんて、そんなの決まっている。
「普通に名前を呼んで欲しい。……だけど勘違いして欲しくないのは、名前を呼ぶことが決して不敬に当たることじゃないって事だ」
「……しかし、私如きがあなた様をそんなに親しくお呼びする訳には────」
「じゃあセレナは、待たせた事を本気で悪いと思ってなかったワケか」
ワザとらしく大きくため息をつく。我ながら小学生みたいな揚げ足の取り方だが、こうでもしないと彼女は絶対に俺の事を名前で呼んでくれないだろう。折角、広がってしまった距離を縮めるチャンスなんだから、しっかり活用しなければ。……いやまぁ、本当はそろそろ使徒と呼ばれる事に羞恥心を感じるようになってきただけなのだが。
「……畏まりました」
俺にそう言われ、彼女はついに観念したかのように目を伏せ、深呼吸をする。数回繰り返した後に目を開けると、俺の斜め下を見ながら恥ずかしそうにボソッと呟いた。
「エ……エイジ様」
「うん、よろしい」
本当は"様"すらも要らないのだが、まぁ及第点だろう。
二人の間に沈黙が流れる。全く気にならなくなっていた街の喧騒が、まるで俺達の存在を掻き消すかの如く大きく聞こえた。
「そ、それにしても、そんなにお土産を貰うなんて、凄く慕われてるんだな」
何故か居た堪れなく感じ、話題を変えるためにそう言うと、彼女は目元と同じように頬を紅くして、貰い物が大量に入った袋を少しだけ強く抱き締めた。
「……そうではありません。この街の人達が皆優しいんですよ」
そう言う彼女の顔はとても嬉しそうで、何故か見ている俺まで嬉しくなってしまう。
「良い国だな」
俺がそう言うと、彼女は目を優しく細めながらこちらを見ると、破顔して「……ありがとうございます」と呟いた。その顔は、初めて会った時に見せてくれた時のあの笑顔となんら変わりのないもので、我ながらちょろいものだが、少しだけ心拍数が上がってしまった。
その後特に会話もないまま、彼女のポニーテールが揺れる様を眺めつつ半歩後ろをついて行った。
俺たちの間に先程までの上司と部下の外回りのような居心地の悪さは無く、その雰囲気はどちらかというと、付き合いたての初々しいカップルが、どう接したら良いかわからずにもどかしい思いをしているあんな感じに似ていた。……まぁ、彼女と二人で街中を歩いたことなんかないんですけどね。
そんな自虐的な考えを巡らせていると、急に目の前の彼女のポニーテールの揺れが止まり、危うくぶつかりそうになるのを何とか避ける。
なんで止まったのかと不思議に思い、彼女の肩越しに前を見ると、なるほど、答えはすぐそこにあった。
「到着致しましたよ」
そう言いながら彼女はこちらを振り返ると、少しだけ首を傾げて言葉を続けた。
「エイジ様。この教会こそが、私が務める教会であり、ヴィルドヘルムの国教を取り纏める《メルトリア教会》です」