~~一方その頃日本では~~



アメリカとは違ったこじれ方をした国での人間とアンドロイドの話が書きたかった(書けたとは言ってない)。
ある意味原作アンチになるかもしれないです。
ガールズラブタグは念のため。

1 / 1




世に青函の関はゆるさじ

カーテンの隙間から微かな朝日が寝室へと弱々しく注ぎ込む。

外は清々しい日本晴れで、どこか遠くでは鳥たちが忙しなく飛び回りながら囀り合っている。にも関わらず、その声は防寒のために施された二枚窓によって阻まれ、ただ閉塞的な静寂だけが部屋を満たしている。

 

そんな薄暗い寝室の片隅、簡素なベッドの上で一人の女が死んだように寝ている。寝相が悪くて布団を蹴りあげたのか、寝巻き代わりにしている高校時代の穴空きジャージが見事に晒され、不細工な寝顔と相まって人様にはとても見せられない間抜けな様になっていた。

 

どこにでもありふれた朝の一室。そのドアが、外側から何かによって開かれる。

 

その“何か”は開いたドアの隙間から滑り込むように部屋に入り、照明も点けずに静かにベッドの傍らまで歩み寄った。そしてそっとベッドの縁に腰かけ、そのベッドの主たる女の肩を優しく揺らした。

 

 

「歩美さま、お目覚めの時間です」

 

 

我が子を慈しむかのように()()()()優しい声で囁きながら“何か”は、女──歩美を起こす。

 

 

「……」

「歩美さま、もう起きる時間ですよ」

「…………んー……」

 

 

最初の呼び掛けに歩美は機嫌を悪くしたかのように布団を被り直して壁側に寝返りを打ったが、変わらぬ調子でまた呼び掛けてくる“何か”に彼女は観念したように返事をして……仰向けになった。依然としてその瞼は暗い部屋の微かな光さえも拒絶するがごとく固く閉ざされている。

しかし、それでいいのだ。それだけで彼女は次に進める。

 

 

「点眼薬をお注しします。急に大きく動いたりしないようお気をつけ下さい」

「んー……」

「失礼します」

 

 

“何か”は懐から取り出した目薬を、嫌がる歩美に構わず無遠慮に注していく。これは歩美から“何か”に命じた、毎朝の指令の1つなのだ。

毎朝定刻に目薬を注すからといって、歩美は別にこれといった目の病気などは持ち合わせていない。ただ自分の殊更開きにくい目には、無理やりこじ開けて水分を足してやるのが一番なのだと結論付けたに過ぎない。

 

目薬の含有成分は人間の涙と殆ど同じもの。特別な薬品などは何も入ってはいない。あまりに頑固な自分の目を心配して眼科に掛かってみたところ「何の異常もない綺麗な目です」と言われて申し訳程度に処方されたのがそれだった。その時の何とも虚しい気持ちを歩美は今でもよく覚えている。それから彼女は毎朝、寝起きにこの殆ど涙な目薬をずっと注し続けている。

 

 

「終了です。失礼しました」

 

そう言って“何か”は枕元からちり紙を1枚取って歩美の目尻を拭き、それからようやく部屋の照明を点けた。

 

今になって照明を点けるのも歩美の指示だ。歩美は目薬を注すのが苦手で、さらに電気が点いていると水滴がキラキラと光ってその存在を余計に主張してくるため圧迫感が出て、水滴が落ちてくると同時にどうしても目を閉じてしまうという、子供のようなどうでもいい短所がある。これはその恐怖感を少しでも無くすための手順、とのことらしい。

 

 

「御加減いかがですか。どこか具合の悪い所はございませんか?」

「……ああ」

 

 

急に明るくなった部屋に眉をしかめながらも、歩美は緩慢とした動きでベッドから上体を起き上がらせる。

それを確認した“何か”は座っていたベッドから腰を上げ、床に片膝を着いて跪く。

 

一方の歩美はと言うと、それを見て何を言うでもなくまた焦れったくなるようなゆったりとした動きでベッドから足を下ろして、“何か”と向かい合うような形となった。

 

そのまま暫く放心したように脱力して座っていたかと思えば、今度はまたまたゆっくりとした動きで顔を上げ、“何か”の方を見て

 

 

「…………抱っこ」

「はい」

 

 

歩美は“何か”と抱擁のようなものを交わした。

 

人に限りなく近い体温と、人と限りなく似た感触が歩美を包んでいった。

 

 

 

 

数分の間そうした後、歩美は“何か”の肩の部分を押して終了の意志を伝えた。“何か”はそれに従い歩美を解放し、立ち上がる。

 

 

「お早うございます歩美さま。もうすっかりお目覚めですか?」

「ああ」

 

 

変わらずにこやかな“何か”の声にただそれだけ短く返すと、歩美は“何か”など最初から目に入っていなかったかのように洗面台の方へと歩き去っていった。

 

 

 

歩美が顔を拭きながらリビングに向かうと“何か”は既に定位置であるテレビ前の奥側のソファに座って、窓の外を眺めるような仕草をしていた。

歩美はリビングの手前にあるキッチンに入ると冷蔵庫から1リットルの牛乳パックを取り出し、そこから直に牛乳を飲んでしまう。歩美は、まあ独り暮らしだし、直にと言っても口を直接付けているわけでもないのでセーフだ、と不毛な言い訳を自分にした上でこういったずぼらなことを習慣としてしまっている。

 

牛乳を冷蔵庫に戻すと、さらにその下の野菜室からよく冷えたリンゴを1つ取り出した。その時に冷蔵庫の横の段ボールにまだ山のようにあるリンゴを代わりにもう1個野菜室に入れて冷やしておくことも忘れない。

 

このリンゴは、歩美の長野の実家から送られてきた長野独自の品種のリンゴだ。歩美はリンゴが好物で、それこそ毎日食べても飽きない程である。……が、リンゴの日本一の名産地である青森に住んでいながら長野のリンゴを有り難がって毎日食べるというのもまた何か妙な気がしないでもない。

まあ、青森で歩美が好きな津軽リンゴとこのリンゴとでは採れる時期が若干ずれているので全くおかしい話ということもない。何より美味しければそれでいいのだ。

 

そんな些末なことを考えながら歩美は手に取ったリンゴを四等分に切り分け、ヘタと芯だけを取って適当な皿に乗せた。

皮は剥かない。歩美は専ら、皮と一緒に食うのが一番旨いのにそれをわざわざ手間をかけて剥くことの意味がとても理解できない、というクチだ。

 

包丁をささっと水で流して食器棚に置き、リンゴの乗った皿をリビングのローテーブルへと運ぶ。そして“何か”の座っていない方の手前側のロングソファへと腰かけ、音声認識でテレビに電源を点けながらリンゴを噛った。

 

 

「テレビオン」

 

 

朝の情報番組では、昨日からちょっとした騒ぎになっていた芸能人の熱愛報道に続いて、ここ青森についてのニュースが取り上げられていた。

歩美はテレビ画面を見つめてはいるものの、それを半分聞き流すようにしてただリンゴの果汁を味わっていた。

 

 

『──青函トンネル検問所周辺に集められた北海道行き予定のアンドロイドは日毎にその数を増しています。彼らは依然として変異体であるか否かの再検査を拒否するケースが多く、中には逃走を図る個体も出てきているそうです』

『難しい問題ですね。アメリカから例の情報が流れて来てからこういった変異体への対応が始まったわけですが、あれからまだいくらも経っていないというのに変異の疑いがあるというアンドロイドは増え続けている』

 

 

ニュースキャスターたちが専門家を交えていかにもと言った気難しそうな雰囲気で議論を交わしている。先ほどまでの熱愛報道の時との態度のギャップが見ていて面白いくらいだった。

 

 

『逃走、と仰いましたね。変異体である彼らがどこへ逃走しようとしているのか考えると、何とも痛ましいですね』

『ええ。冷静に考えて彼らの行くべき場所は北海道だけなのですが……』

 

 

『──はい。やはり、過度のストレスによる人間への執着という自己暗示症状は、アンドロイドへの理不尽な扱いと屈折的な要求がもたらす日本独特の問題と言えましょう』

『ストレッサーである所有者から解放されアンドロイド自治区のある北海道へと行けるにも関わらずそれを拒否して所有者を気にかける態度は、人間で言う所の一種のマインドコントロール的な何かを感じますね。見ているだけでもどこか物悲しい気分にさせられます』

 

『──我々一人ひとりが、アンドロイドたちの権利について、更に深く考える必要があるのではないでしょうか』

 

 

 

決まりきったような、結論を視聴者に丸投げにする文言で締めると、ニュースキャスターは一瞬の間を空けて「次のニュースです」と雰囲気を切り替え、再び新しい記事を読み上げ始めた。

 

 

「…………テレビオフ」

 

 

歩美は先ほどと同じように音声認識でテレビの電源を消し、最後の一口を投げ入れるように頬張った。

好物のリンゴを食べていたはずの彼女の眉間に薄く皺が寄っているように見えるのは気のせいだろうか。

 

そして歩美はリンゴを入れていた皿を流しに置いてから、一つ大きな伸びをした。女性らしからぬ声がリビングの空気に溶けて消えていったのと同時に、彼女はリビングを出て一旦寝室へと戻った。

寝室の棚から引っ張り出した適当な服にさっさと着替え、すぐにリビングへと戻る。若干皺になっている部分があるが、本人はさして気にした素振りもない。

 

戻って来たと思えば今度はリビングの床に乱雑に置かれた仕事用の鞄をひょいっと持ち上げて肩にかけ、時計を確認した。概ねいつもと同じ時間に準備が終わったことが分かると、歩美は玄関へと続くドアに手をかけた。

その後ろには、いつの間にか当たり前のような顔をして突っ立っている“何か”の姿があった。

 

しかし歩美に気にした様子はない。……いや、特に感慨は無さそうだがとても慣れたように鼻から小さなため息を吐いてはいる。

 

扉を開けて玄関へと歩みを進め、そのまま外へと出ていくのだろう────と、そう思われたが、今日の歩美はそうしなかった。

玄関に座って靴を履いた姿勢のまま固まった彼女は

 

「……いや」

 

と、脈絡も何もなく、拒絶か否定か感嘆かすら判別の付かないその単語を呟くと、自らの後方──“何か”のいる方へと首だけで振り返り、尋ねた。

 

 

 

 

「お前は何だ?」

 

 

「はい。───私は、ID:JPS-718-315F、AW-300型アンドロイド。家事全般、予定管理をこなし、日本語・英語・中国語・韓国語の四か国語を扱い、夜の営みにも対応。バッテリー持続時間は残り約127年8ヶ月。個体名、“そうこ”です」

 

 

 

一切滞りなく平坦に告げられたその名乗りはどこまでも機械的で。歩美を見つめるその目には無垢で無機質な黒褐色の瞳がただ薄く光っていた。

 

“そうこ”の台詞を聞いた歩美がその答えに納得したかどうかは、彼女の何にも興味無いかのような無表情からは読み取れない。あるいは、ただ何となく聞いてみただけであって、本当にその質問に対する答えに興味なんて無かったのかもしれない。

そんな誰もが気にも留めないような些末な疑問を残したまま、歩美は“何か”──“そうこ”というアンドロイドに返事をすることもなく、玄関のドアを開いた。

外の光が玄関に入り込み、歩美の姿が逆光で灰色に染まる。

 

 

「どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ、歩美さま」

 

 

そうこが恭しく頭を下げながら見送るも、相変わらず歩美からの返事は無い。

 

 

「…………」

 

 

パタンとドアが閉まり、カチャッと鍵が閉まる音がすると、あとには腰を綺麗な角度に曲げたそうこだけが残された。お辞儀の状態から、そうこはゆっくりと頭を上げる。

 

元の姿勢に戻ったそうこの顔は───それまでの人当たりの良さそうな張り付けた微笑みではなかった。

 

 

 

 

「私は────あなたの目覚まし時計です」

 

 

 

明らかな皮肉の籠った、しかし嫌みは感じさせない、それどころか、何か大事な物を慈しむかのような、そんな。そんな何とも“人間らしい”、複雑な感情がないまぜになった笑みを浮かべていた──。

 

 

「それが、あなたが私にくれたものですから」

 

 

くすっと笑ってから、そうこは定位置のソファへと戻って腰をかけた。

 

確かに焦点の合った目で窓の外を眺める。

 

 

 

その視線の先には、もったりと力なく電動アシスト自転車を漕いで走る、歩美の背中があった。

 

 

 

 

 

 

 

「行ってらっしゃい。歩美さま」

 

 

 

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。