桃源郷を目指して ※ボツ   作:ツヅラP

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10話①:からかい下手の八原さん

 土曜日の早朝、バイトのために早起きをした俺の耳に入ってきたのは『ピンポーン』というチャイムの音だった。

 

(こんな朝早くに何だ?)

 

 空は若干白んではいるが、それでもまだ明るいとは言えない。

 そんな時間帯に訪問者とは一体どういうことだろうか。

 

 俺は警戒心を露わにしながら、ドアの覗き穴で確認する。

 

(ったく、誰だよ……って、え? )

 

 

 

 

 何時もの黒服さんが居た。

 

 

 

 

 

 この状況、大抵の人であれば警察沙汰になってもおかしくなかっただろう。

 

 だが、日頃黒服さんを目にしてる俺にとってはこの程度、動悸が激しくなり冷や汗を大量に流すだけで大したことない。軽い目覚ましだ。

 

 俺は深く、深く深呼吸をして扉を開ける。

 

 

「……えーっと、どうしたんですか? こんな朝早くに」

 

「お迎えにあがりました、九十九様」

 

 

 えぇ……。

 

 

「すみません、今日バイトが……」

 

「山吹ベーカリーには連絡済みで、既に代役を派遣しています」

 

 

 どういうこっちゃ。

 

 

「あの、何かありましたっけ?」

 

「お嬢様から連絡が届いているはずですが」

 

 

 ……連絡……? そう言えばスマホを最後に確認したのは昨日のいつ頃だっけ? 

 

 

「……ごめんなさい、見ていなかったです」

 

「そうですか。では、代わりに私が説明を──」

 

 

 そして黒服さんの説明から、こころがまたとんでもないことを考えているということがわかった。

 

 

「……準備してきます」

 

「はい」

 

 

 今更だが、この黒服さんとは小学校の頃からの付き合いだったことを思い出した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「皆様はこの部屋でお待ちしています」

 

 

 黒服さんに案内してもらった場所はこころのプライベートルームの一つだった。

 

 俺は黒服さんにお礼を言って、両開きの扉をほんの少しだけ開いて中の様子を確認する。

 

 

 

「九十九はまだかしら?」

 

「かーくん! みてみて!」

 

「はぐすごーい! 私もやる!」

 

「香澄は怪我するからやめろ!! あとおたえ離せー!」

 

「あっちゃん、ふかふか〜」

 

「あっちゃんて誰だよッ!!」

 

「ほらはぐみもやめなって、今から遊ぶのに怪我したんじゃシャレにならないから」

 

「えー!? 大丈夫だよー! みーくんもかのちゃん先輩もやろうよ!」

 

「いや、大丈夫に見えないから止めてるの」

 

「そ、そうだよはぐみちゃん。こっちで大人しく遊ぼう?」

 

「ああ、夜明けの空はなんて儚いんだろう」

 

「薫さんも、ここからじゃ外見えませんから」

 

「りみりん、眠い?」

 

「あ、沙綾ちゃん、昨日夜更かししちゃって」

 

「アハハ〜。皆んな自由だねー、おねーちゃん」

 

「日菜も似たようなものよ」

 

 

 

 俺はそっと扉を閉めた。

 

 ……あれれ〜? おかしいな〜? こんなに居るなんて聞いてないんだけど〜。

 

 

「九十九様、如何かなさいましたか?」

 

「あ、いや、ちょっと」

 

「では、中へどうぞ」

 

「ち、ちょっとだけ心の準備をさ「中へどうぞ」……」

 

 

 ……え? もしかして怒ってる? こころのrine見なかったことそんなに怒ってる? 

 

 

「あの、怒ってま「中へどうぞ」…………はい」

 

 

 取り付く島がないとは正にこのことかッ!!! 

 

 俺は諦めて部屋に入る直前、黒服さんに恨みがましい視線を送るが、返ってきたのはとっても良い笑顔とグッドサインだった。

 それだけでもムカつくのに、無駄に似合っていたのでさらにムカついた。いつかやり返す。

 

 そして、俺は扉を開けて中に入る。

 

 

 

 _______ガチャン

 

 

 

 部屋に入った瞬間、全員の視線が俺に固定された。

 

 ヒィィィィィ!! 

 

 そんな中、いち早く動き出したのはこの屋敷のお嬢様であるこころだった。

 

 

「やっと来たわね! 昨日はどうしたの? 心配したじゃない」

 

 

 そう言ってこころはタタタッと走り寄って来た。

 

 

「わ、わりい、昨日は夕方からスマホ見てなかったんだ」

 

 

 昨日は学校で充電が切れてしまい、バイトもあった為にすっかり忘れていたのだ。

 以前に蘭とモカに『連絡しろ』と言っておきながらこの醜態は酷い。

 

 俺は少しの間自己嫌悪に浸っていると、こころの急接近に対して油断してしまった。

 

 

「そうなの? でも何事もなさそうで安心したわ。今日は来てくれてありがとう♪」

 

 

 グフッ!!! 

 

 目の前まで来ていたこころはそんな俺の内面に気付く筈もなく、思いっきり飛び込んで来た。

 

 肉体と精神のダブルパンチを喰らった俺は崩れ落ちそうになるが、何とか持ち堪える。

 

 

「つ、次からはちゃんと見るようにするよ。それと、今日は呼んでくれてありがとな」

 

「……ッ!! ええ♪」

 

 

 

 

 こころは満面の笑みで頷いてくる。

 その笑顔を見ていると、暗くなった俺の心が晴れていくような気がした。

 

 

(敵わないなー、ほんと)

 

 俺はせめてものお礼……になるかわからないが、こころの頭を撫でる。

 するとこころは目を細めて『もっともっと!』と言わんばかりに頭をグリグリ押し付けてきた。

 アー、カワイイ〜。理性が蒸発しちゃうよぉ〜。

 

 

 そして、そんな様子を見せられた天真爛漫なハピハピガールズは素直に黙っている筈もなく、遂に爆発した。

 

 

「こころんばっかずるーい!! はぐみもつーくんとハグする!!」

 

「私もはぐにさんせーい!!」

 

「つっちゃん、ふわふわ〜」

 

「か、香澄達が行くなら私も行こうかなー?」

 

 

 はぐみ、香澄、たえの三人に便乗して沙綾も抱きついてきた。

 

 そして、そんな状況であいつが大人しくしている訳もなく、紗夜と同じネックレスを揺らしながら目の前に立つ。

 

 

「ちょっと君たちー? あたしを忘れてもらっちゃ困るなー、そりゃ〜♪」

 

「きゃー♪ 日菜さんだー!」

 

 

「わー! 狭い〜」

 

「おしくらまんじゅうみたいね!」

 

「文句言わなーい♪ さ、つくもん。撫でて♪」

 

 

 こころの笑顔で何時もの調子を取り戻しつつあった俺は、日菜の催促で完全に調子に乗ってしまう。

 

 

「アッハッハー!!! 言われなくてもッ!! 日菜とこころだけじゃなくお前ら全員撫で回すさッ!!」

 

「つくもんの手、すっごくるんるるるん♪ てくるよ!」

 

 

「さすが九十九ね!」

 

「うおー!? つーくんもっと!」

 

「九十九の掌に撫でられるときらきらするッ!!」

 

 

 おい香澄や、俺は一日一万回の感謝の正拳突きなんてしてないぞ。

 

 

「なんか安心するなー」

 

「ウサギに撫でられるの気持ちい〜」

 

 

 不思議の国のたえはそろそろ戻ってこい。

 

 それから俺は顔を赤くして此方を見ている花音とりみ、そしてちらちら視線を向けてくる薫に声を掛ける。

 

 

「おーい、花音、りみ、薫。こっち来いよー」

 

「い、いいのかな?」

 

 

 

 そんな遠慮気味のりみの手を花音が掴んだ。

 

 

「か、花音……先……輩?」

 

「……大丈夫だよ、りみちゃん。一緒に行けば恐くないよ」

 

「……ッ!! はい!」

 

 

 先輩の威厳を見せた花音は、りみと手を繋ぎながら抱きついてきたので、二人とも優しく撫でる。

 

 

「九十九君お姉ちゃんみたいに上手だね」

 

「ふえぇ……」

 

 

 先程の威厳は何処へやら、花音は真っ赤に染まった顔で『ふえぇ』しか言わなくなった。

 

 

「ふふっ、随分モテモテじゃないか私のジュリエット。どれ、私も失礼させてもらうよ」

 

 

 そんなことを言う薫にも皆んなと同じように撫でるが、顔を少し赤くしただけで取り乱すことはなかった。

 

 さて、そろそろ向こうでクールぶっている紗夜、美咲、有咲の番だ。

 紗夜がこういう場に居ることはとても珍しいことだが、そのことは一旦置いておこう。

 

 俺は嗤いながら呼び掛ける。

 

 

「紗夜、美咲、有咲、お前らもこっちに来いよ」

 

「で、ですが……」

 

「あ、あたしはいいよ、そういうの苦手だし……」

 

「わ、私もいい!!」

 

「そう言うなって、何時も美咲と有咲はハロハピとポピパの、紗夜は日菜の保護者代理をして大変だろ? 今日はお前らの代わりに俺がしっかり見るからさ。こういう時ぐらい甘えてもいいんだぜ?」

 

 

 後に、雰囲気と勢いは時として人を傷つける凶器となることを、俺は改めて実感することになる。

 

 

「はぁー……そこまで言うのならしょうがないですね」

 

「……そうですね。紗夜先輩もそう言うならお言葉に甘えましょうか。市ヶ谷さんもそうしない?」

 

「……うん」

 

 

 三人はそれぞれ同意を示して、歩み寄ってくる。

 

 計画通り(ニヤリ)

 

 羞恥と期待が入り混じった視線を受けながら、俺は用意していた台詞を放つ。

 

 

 

 

「あ、ごめーん。もう場所がなかったわー」

 

 

 

 

 へらへら笑いながらそう言うと、何かが弾ける音がすると同時に三人の表情が消えた。

 

 俺が覚えていたのはそこまでで、次の瞬間には頭頂部の強烈な衝撃で視界が暗転していた。

 

 

「「「フンッ!!」」」

 

「ブッッッッ!!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「九十九は寝ちゃったけど、これからあたしの別荘で天体観測のついでに遊びに行くわよ!」

 

 

 意識が戻った俺の耳に響いたのは、そんなこころの明るい声だった。

 

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