──ここは花咲川女子学園、通称花女である。
割りと近いところにある羽丘女子学園には進学率で一歩劣るものの、部活動の実績や四季折々の自然により入校者はイーブン、そんな学園である。
終鈴が鳴り、授業が終わる。
机や椅子を運んで、明日の大掃除の準備が終わる。
SHRも残すところ終業式にある後一回となり、お昼休みもとい放課後がやって来た。
「じゃねー、よいお年をー」
「うん、良いお年を」
級友との挨拶もそこそこにリュックを背負い、教室を見渡す。
生徒はいるけれど机と椅子がないとやはり教室は広い。
その事実は否応なしに今年の終わりが間近に迫っていることを伝え、毎年のことだが若干の寂しさを覚える。
──明日は登校したらそのまま指定の掃除場所に集まることになっており、終わったら終業式で、その後は全校生徒合同のSHRがあって、今年最後の学校は終わる。
つまり、この教室に次入ることが出来るのは冬休み明けということだ。
肩より少し長い黒髪を僅かに揺らしながら、彼女は小さく会釈をした。
日頃の感謝を込めて、なんて大袈裟な思いではなくあくまでも『ま、あんがと』くらいの軽い気持ちである。
しかしそれでも行動に移したことに大きな意味があるだろう。
平常時はダウナーな雰囲気を身に纏う彼女。だがその心は春霞を思わせる薄水色の瞳のとおりである。霞に隠された本心は、慈愛に満ちていた。
「美咲~! 早く行きましょ~!」
「はいはーい」
美咲はこころに呼ばれ連れ添って教室を出る。
(来年もよろしく)
と心で呟きながら──。
「そういえば美咲、さっきお辞儀をしていたわよね?」
「ぶっ!?」
「ふふっ、偉いわ美咲
私もしようかしら?」
「いいって!」
顔を羞恥で染めた彼女は実にらしかった。
◆
美咲はこころと一緒に学食のあるホールを歩く。
室内は生徒で埋め尽くされており食券機には長蛇の列が出来ていて、みんな考えることが同じなんだな、と美咲は妙な感慨に浸りつつ香澄たちの元を目指していた。
定食や丼ものやカレーなどを運ぶ生徒の波を、美咲はこころと一緒に乗り越える。
人が多過ぎて逸れそうになった。けどこころが手を握ってくれたおかげで美咲は恥ずかしさを代償に突破する。
そうやって短い道のりを多くの困難が阻んできたがようやく、ようやくだ。
離れた場所からでも、華やかな空気が満ちていることが分かるテーブル席を発見した。
向こうも美咲たちに気づいたらしく、元気いっぱいオレンジと、猫耳リスペクトにみえて実はスターリスペクトが手を振って名前を呼ぶ。
「あ! みーくん! こころーん! こっちこっち!」「美咲ー! こころーん! はやくー!」
「着いたぁ……」
「楽しかったわね、美咲」
隣のこころはなんとまあ綺麗な笑顔でそんなことをのたまう。
(──ただ、まあなんというか……その、ね)
こころのその屈託のない笑みを見れただけで、女子高生数百人からなる大海原を越えてきた価値はあった。
そう思う美咲だった。
因みに分かりやすくざっくりと言うのなら、つまりこころ大好きということである。
「……あれ? 全員いるかと思ってたんだけど」
「彩と千聖はお仕事かしら? 燐子と紗夜は……お花を摘みに行ったのかしらね?」
美咲とこころは空いている席に座る。人数的に一大スペースとなっているそこは学園の花とでも言うべき少女たちが集っているのだが、美咲とこころの言う通り四人欠けていた。
その疑問に答えたのは、この場において最年長であるリィだった。
彼女は隣に座っているひなこの頭を撫でながら言う。
「彩と千聖はせーかい、けど紗夜と燐子は七菜に連れてかれたなぁ。ま、なんだったかは後で聞けばいいし、今はとりあえず──」
と、リィはそこで一旦区切り全体的に紫色のぬいぐるみ──デベコを両手で持ってから、再び口を開いた。
「──お弁当を食べるんだじぇ~」
最早見慣れすぎてしまったそれは、リィのお家芸“なんちゃって腹話術”である。
「ミサキさん、これどうぞ」
対面のイヴが、魔法瓶からコップに湯気の立つ赤褐色の液体を注ぎ美咲に手渡した。
見覚えのある紅に独特なスパイシーな香り。美咲はそれが、イヴ特製グロッギであることに気づくと頬を緩ませる。
この時期になるとイヴがよく作ってくれるグロッギは、自分たちの間で定番のクリスマスドリンクとなるほど好まれており、美咲も家で真似して作るくらい気に入っていた。
「ありがと、イヴ」
「いえいえ」
お礼を言われたイヴは本当に嬉しそうにニコニコした表情を見せる。
元から北欧特有の透き通るような美しさもあって、女の美咲から見ても惚れ惚れする魅力のある彼女。
九十九が天使天使と連呼するのも頷けるな、と美咲は改めて思い、イヴにお返しとして卵焼きを差し出すことにした。
今日の出来は会心で、朝食に出したところ家族からの反響は抜群の渾身の一品である。
「はいイヴ、卵焼き。今日のはいつもよりうまく出来たんだ」
橋で摘んでイヴのお弁当箱に近づけていく。
たが、そこで彼女から思わぬ待ったが入った。
「ミサキさん。“あーん”ではないのですか?」
イヴはさも当然のような顔でとんでもないことを言う。
まあとんでもないというのは美咲基準でありこの場において、
ウサギ弁当──別名肉のみ弁当を食べているたえ、
コロッケを口いっぱいに含むはぐみ、
有咲にちょっかいを出している香澄、
花音に頬ずりしているひなこ、
リィとおかずの交換をしているこころ、
そしてイヴからしたら普通なことなのだが。
美咲は一秒にも満たない僅かな間で逡巡する。
──偶にあるのだ。
今のように、みんなから小っ恥ずかしいことを求められる時が。
その度に美咲は羞恥と期待を天秤にかけ頭を悩ませているのだが、彼女たちは御構いなしである。
このことを昔、笑い話ついでに有咲に話したところ、
『美咲ってめんどくさいよな』
彼女からの返答はこうであった。
なれば必然、それに対する返しは決まっていた。
『いや有咲に言われたくないんだけど』
当時中学生だった彼女らはヒートアップしたら止まらない。
結局言い合いとなり、どっちがチョロいだのチョロくないだのと下らない水掛け論にまで発展した。
挙句の果てにはその場に居合わせた千聖にどっちもチョロいなどと不名誉な称号を賜り、そのまま説教という苦い思い出があった。
故に。
美咲の対応は一貫していた。
「いやいやしないから」
「そうですか……」
「…………」
美咲はお弁当箱に向けていた卵焼きの軌道を修正。
「……はい、あーん」
「ミサキさん……! はいっ! あーん!」
美咲はそっぽを向きながらイヴの口元に卵焼きを持っていき、お決まりのセリフを口にする。
対するイヴに躊躇いはなかった。
箸に挟まれた卵焼きをぱくっと一口で頬張る。
「ん〜〜! おいひいですっ!」
「そっか、よかった」
イヴが美味しそうに食べる姿に美咲は不覚にも胸が高鳴った。
なんだかんだ言いつつも考えつつも、美咲の期待に応える一貫したところがチョロいと言われる所以である。
でも美咲はそんな自分が案外気に入っていて、ままならないな、と苦笑した。
「あー! イヴちんだけずるい!」「そだそだー! してくれないとひなちゃん泣いちゃうぞ〜? いいのかなー? うるさいぞ〜?」「美咲、私にもして欲しいな」「美咲ー! あたしにもよ!」「あっ! じゃあ私にもね!」
「ふえぇ。みんな美咲ちゃんのおかずなくなっちゃうよ」「みんな美咲ちゃんのこと大好きだよね」「はっはっは! 美咲モテモテだな〜。──九十九が見たら嫉妬しちゃうじぇ〜」「はあ、しかたねぇな。私のおかず分けてやるか」「ふふっ。誰も聞いてないよ、有咲」
(ほんと、ままならないなあ)
「──はいはいわかった、わかったから。あんたたち静かにして」
やれやれと騒がしい面子を宥める美咲。今の彼女の表情は、とてもいきいきしていた。