雲一つない夜空の下、俺は周りを見渡す。
夏に比べ、大分しんみりとした風景に寂しさを感じながら、ぽつりと呟く。
「あー……さむっ」
現在時刻は午後十時過ぎ、日菜が帰ってから三時間程だ。
俺はコンビニに寄ったついでに、久しぶりに高台にある公園で星を眺めるため、自転車で坂道を登っていた。
こんな時間に外に出ることは稀なのだが、今日はなんとなく出たくなったので感覚に任せて出ることにしたのだ。
それに、俺は今回のような勘は信頼するようにしている。
外すことの方が多いが、これのおかげで美少女と仲良くなったことがあるため馬鹿にできない。
この勘は、謂わば俺のシックスセンスみたいなものだろう。
そう思うと、特別なものみたいで少年心が刺激される。
特技の四十八手の枠にもまだ空きがあるし、これを名付けて〝予知感″とでも呼んで加えておくか。
……ダセェ。
自分のネーミングセンスの無さに落胆するが、目的地である公園に着いたので忘れることにした。
この公園は夜中の十二時まで街灯が点いているため、今はまだ周りが見えるが、今日は新月なので、時間が来れば真っ暗になってしまう。
俺は自転車を、入り口から死角になるところに停めようとするが、その場所に既に誰かの自転車が停めてあったため、少し躊躇してまう。
しかし、折角ここまで来たし、他の場所に停めるのも面倒くさいので、その自転車の近くに停めることにしたが、よく見るとそれが紗夜の自転車であることに気付いた。
氷川紗夜
日菜の双子の姉で花咲川女子学園の二年
生だ。ストイックな性格で、自分にも相
手にも厳しく、その仕草や出で立ちは洗
練されており大和撫子にぴったりの麗人
であるが、犬が好きでポテトジャンキー
というお茶目な一面もある。
取り敢えず、俺は側の自動販売機でココアを2つ買って、上着のポケットにしまった後、公園の奥のベンチに向かう。
そのベンチは入り口からは見えないが、町を一望できる場所に設置されており、この公園が夜景スポットと呼ばれる所以である。
ベンチが見えるとこまで歩くと、やはり紗夜が座っていた。
このまま普通に話し掛けようと思ったのだが、ここで悪魔が耳元で囁いてくる。
紗夜を驚かせろ、紗夜を驚かせろ、と呪詛のように繰り返してくる。
普通なら無視して天使さんにボコしてもらうところだが、以前にあこが天使より悪魔の方が優しいと言っていたことを思い出し、待機していた天使を追放して、悪魔様の意見を採用することにした。
そして、俺は紗夜に気付かれないように、抜き足ナニ足忍び足で背後に忍び寄る。
グヘヘ。紗夜ちゅわ〜ん、一人でこんな時間に出歩くなんて危ないでちゅよ〜?
ちょっとそこでおにいちゃんが教育してあげよう。ハァ、ハァ。
あと数十センチといったところで、俺は紗夜の両肩を、勢いをつけて掴む。
──ガシッ!
「ヒッ!!」
紗夜が変な声を出したと思った次の瞬間、俺の視界は、迫り来る拳で覆われていた。
──ゴッ!!
「ヒデブッ!!」
「この痴漢!! …………って、え? 九十九さん??」
……あこ、天使だろうが悪魔だろうが、悪戯はしないようにな。
追記、この後めちゃくちゃ説教された。
◇◇◇
「それで、あなたは如何してここに来たんですか?」
紗夜から怒涛のお説教を受けた後、未だ機嫌が直らない彼女から、ここに来た理由を問われていた。
ここに星を眺めに来たこと自体は、今日が初めてではない。
それこそ、小学校、中学校の時は結構な頻度で来ていたが、取り敢えず今日のところはコンビニのついでだ。
俺は彼女にそのまま伝える。
「なんとなくコンビニの帰りに寄りたくなったからかな」
「そう……」
そう言って、紗夜は口を閉じてしまう。
触らぬ神に祟りなし。既に触って祟られたが気にしない方向で。
俺は当初の目的である星を眺めようとするが、その前にポケットにココアが入っていることを思い出した。
冷めているか心配だったが、触った感じ大丈夫そうだ。
俺はご機嫌取りも兼ねて、ポケットからココアを二つ取り出し、片方を紗夜に渡すために話し掛ける。
「紗夜」
「……何です?」
紗夜はジト目で聞いてくる。
どうやら、さっきのことで警戒しているみたいだ。
「さっきはごめんな。ココア買ってあるんだけど飲むか?」
そして、俺はココアを一本差し出す。
「……頂くわ」
そう言って、紗夜はココアを受け取り、タブを開けて一口飲んで、ほっと息をついた。
「はぁー……」
ココアを飲む姿がこんなにも様になるなんて、流石紗夜だな。
そんな彼女を横目に、俺もココアを飲む。
星空の下で紗夜と飲むココア、彼女の機嫌も良くなったみたいで、たいへん美味である。
そして、しばらくの間満天の星空を眺めていると、紗夜が夜空を見上げながら唐突にお礼を言ってきた。
「……ありがとう」
「ココアのこと?」
「……それもあるけど、ネックレスのことよ」
俺は、Rineで言ってくれたから気にしなくていい、という旨を伝えたが紗夜は……
「直接言いたかったの」
と返ってきた。
紗夜は律儀すぎるくらい真面目だが、それが彼女の魅力でもある。
「日菜から受け取った時、使われてる石が何か教えてくれたわ」
という事は、既に石の意味には気付いているだろう。
自惚れる訳ではないが、あのネックレスが少しでも姉妹の力になってくれたら嬉しい。
俺はそう思っていると、紗夜が懐しむような、悲しむような目で、夜空からこちらに視線を移してきた。
「……貴方には迷惑をかけてばかりですね。あの時も」
そう言って、紗夜は俯いてしまう。
あの時、というのはRoseliaの結成当初のことだろう。
確かに、あの頃の紗夜は今までで一番張り詰めていたし、日菜との関係もその時が一番酷かった。
俺は何とかしようと色々と試みたが失敗に終わって、終いには紗夜をブチ切れさせたこともある。
だが、あれは俺が一方的に悪いのであって、紗夜が気に病む必要は全くない。
むしろ、俺はあの頃に感謝しているくらいだ。
あの時があったからこそ、今の紗夜がいる。
リサ姉、友希那、燐子、あこといった存在に囲まれてバンドをする彼女は、それ以前のバンドに属していた時とは比べ物にならない程輝いていて、眩しいくらいだ。
日菜との関係も、それまでの事が尾を引いていてまだ仲良しとは呼べないが、それから徐々に改善していっているし、紗夜にとってまさに転機と呼べるだろう。
__________だから、俺は気になっていた。
その紗夜が何でこんな時間に独りでここに居るのかを。
俺はその理由を尋ねようとするが、その前に、昔を思い出してネガティブになっている紗夜を如何にかするため、一つ芸をすることにした。
しかし、ただ芸をしても今の紗夜は流すかもしれない。
だから、俺は芸をする前に紗夜の意識を完全に此方に向けるため、あることをする。
「紗夜」
紗夜は呼びかけに応じてこちらを向く。
ここだッ!!
俺は紗夜の両頬を掴み、口角を上げさせる。
これで、否が応でも此方に意識を向けざるを得ない。
多少強引だが、この暗い中で空気まで暗いのは辛い。ごめんな、沙夜。
紗夜は多少驚いたようだが、直ぐに問い掛けてくる。
「にゃんにょはえへうか」訳:何の真似ですか。
カワイイ……っていかん!!
俺はあまりの可愛さにトリップしてしまうとこだったが、何とか踏ん張って予め決めていた友希那の真似をする。
「紗夜、貴女には笑顔が足りないわ。もっと表情を柔らかくしなさい。(裏声)」
「ひへはひは」訳:似てないわ
──ザシュッ!!
俺の渾身の口真似は、無慈悲に切り捨てられてしまった……。……凹む。
俺は手を離し、がっくりするが、そんな俺を見て紗夜は微笑んで言う。
「フフッ……貴方を見てると元気が湧いてくるわ」
何処を見て元気が湧いたんですかね、姉御。
「……元気が出たならよかったよ」
意図していた方法ではないが、取り敢えず結果オーライだ。
紗夜の表情が柔らかくなったので、俺はここに来た理由を聞くことにした。
「そういえば、何で紗夜はここに来たんだ?」
俺の問いに対し、紗夜は口籠もることなく答える。
「何となく、かしら。貴方と同じよ。ネックレスを見てたら唐突に星を眺めたくなったの」
そう言って、紗夜はまた星を眺める。
俺は紗夜の返答を聞き、内心ほっとしていた。
何もないことに越したことはない。
何か隠しているかもと思ったが、それもなさそうだった。
俺も紗夜に倣ってまた星を眺める。……あ、流れ星だ。
◇◇◇
しばらく星と紗夜を眺めた後、俺たち二人は帰ることにした。
紗夜と日菜の家は俺の帰り道の途中にあるので、必然的に紗夜を家まで送ることになる。
そして、紗夜の家の前に着くと、彼女は自転車から降りてお礼を言う。
「今日はありがとう」
それに対して、俺は自転車を止めて、紗夜に返事をすると同時に注意をする。
「ん。だけど紗夜、次、星見に行くなら一人であんな時間はやめろよ?」
「ええ、気をつけます」
「じゃ、おやすみ」
俺はそう言って帰ろうとするが、それを紗夜が制止する。
「待って」
俺は如何かしたのかと、紗夜の方を向くが──
「チュッ」
頬に感じる、柔らかな唇の感触。
離れる際にほのかに残る、爽やかなシャンプーの香り。
________そう、俺は頬にキスを受けていた。
それは完全な不意打ちとなり、思考がショートしてしまう。
まさか紗夜がこんな大胆なことするなんて。
俺の頭の中はエラーの文字で一杯だ。
「で、では、おやすみなさいッ」
そのことを知ってか知らずか、紗夜はそう言うと、真っ赤な顔のまま早々に立ち去ってしまった。
残された俺は、しばらく放心した後、溢れそうな気持ちを落ち着けるために町内を自転車で走り回り、疲れ切って家に帰ると泥のように眠った。
そして、Roselia結成時の紗夜にドッキリを仕掛けた挙げ句、ボコボコにされて、雷鳴のような怒号で延々と怒鳴られたことを夢に見てしまい、盛大に魘された。
その後、翌日の学校にめちゃくちゃ遅刻したのは、いい思い出である。