白と黒の世界   作:水鏡 零

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9話

地響きが収まり、前方のまばゆい程の光が消える。

蒸気が発生しているような音が周囲からしており、ふわりと吹いた風が髪を揺らした。

 

そして、片手には“少女の手”が握られている。

 

明るい緑色の髪。金色の瞳。

身体をすっぽりと覆うような茶色のローブから、ほっそりとした手が付きだされている。

指からは淡い緑の光が出ており、それは足元や校舎にも同じように張り付いていた。

さらに驚くことに、仮面の男の前には、見慣れた“少年”の姿があった。

「流石にさぁ、校舎を壊されたら困るんだよね・・・。」

自分の背丈よりも長い杖を床に突き立て、“翼”は後退した仮面の男に声をかける。

杖の先からは金色の光が微かに溢れていた。

「ま・・・まさか・・・まさかまさか・・・“魔導士”まで!!」

仮面の男は平然と立っている翼に向かって、震える声を放つ。

よく見ると、翼の耳は“いつもより長くなっている”ように見えた。

髪の色も、どことなく“青みがかかっている”ように感じる。

るりは隣に黙ってたたずむ少女を気にしつつも、穏やかに話す翼の背中を眺めた。

「えっと。僕だけじゃないんだけどね。気を付けなよ。“仮面”さん。」

「なっ!!!」

翼がゆっくりと指を仮面の男の後方へと向けると、校舎の中から“人影”が現れる。

 

両腕に雷を纏った青年は、文字通り雷鳴のように仮面の男へと殴りかかった。

一つに細く結った薄緑色の髪が揺れ動き、彼が大きく腕を振るうと宙を雷が走る。

 

間一髪でそれを避けた仮面の男は、全身に黒い煙を巻きあげて姿を消す。

 

「読みが甘いぞ!“弟”よ!!」

「っっ!!!!」

薄緑色の髪の青年が振り返る前に、仮面の男が彼の背後へと姿を現した。

思わずるりは口元に手を当てて悲鳴を上げそうになる。

 

だが、仮面の男が振りかざした剣は、更に背後から現れた人物によって弾き飛ばされた。

軽い音を立てて剣が床を滑る。

手すりから音もなく落ちた剣は、下の階へと落ちていった。

 

「お。お前・・・たちは・・・!!」

 

間一髪のところで、仮面の男は赤黒い魔法陣を腕から発し、背後に迫った“男”のレイピアを受け止めることができた。

しかし、力に負けているのか腕が震えている。

 

「“兄者”・・・。すまん。」

両腕に雷を走らせたままの青年は、レイピアを構えた“青年”に小さく頭をさげた。

彼と同じ薄緑の髪を後頭部で二つに縛った“青年”は、その鋭い眼光で仮面の男を見下す。

細身の剣先とは考えられないほどの圧力に負けた仮面の男は、同じように黒い煙をあげて姿を消した。

少しの静寂が辺りを包む。

 

「色々と出てきたもんだな。」

「流ちょうに言われても、困るぜ?“魔族”さんよぉ・・・。」

太刀を地面に突き立てたアリスを見て、手に雷を走らせた青年が苦々し気に呟く。

「 “カーティルス・・・。その話は後にしろ。今は、”奴“を見つけるのが先だ。」

「・・・だな。すまねぇ、“ルヴァン”兄者・・・。」

レイピアを構えたまま辺りを睨みつける“ルヴァン”に促され、カーティルスは拳を叩き合わせる。

雷が一瞬にして消えると、彼も同じように周囲を見始めた。

「 “コーディ”様のご子息・・・“候補者”を守っていただいたことは感謝する。・・・だが、“力”の使い方はくれぐれも注意してもらいたい。」

「一応言っておくが、事が急だったよ・・・まぁ、その辺は肝に銘じておくが・・・。」

「・・・そうしていただきたい。」

アリスはルヴァンの横顔を見て、大きくため息をつく。

どうやら、お互いに初対面ではないらしい。

ディルが小さく小首をふるのが見えた。

仮面の男は一向に姿を現さず、先まで辺りをうろついていたバケモノの姿もない。

彼らの間にたたずむ翼は、自分の杖から出ている金色の光を振るい、ふわりと宙へと放出する。

まるで花びらが舞うようにそれは風にのって、周囲へと浮かびだした。

気が付けば、建物のひび割れや破損が消えている事に、るりは気が付く。

「あっ。」

「?・・・。」

彼女は、はっとした表情で隣に黙って立っている少女へと視線を向けた。

明るい緑色の髪がゆれ、金色の瞳がるりを見上げる。

「あの・・・。助けてくれてありがとう。」

言葉が通じるかは不安だったが、るりは自分の手を握ったままの少女に小さな声でお礼を言う。

 

先のアリス達と仮面の男が放った“力”のぶつかり合いから、“彼女”がるりを守ってくれたのだ。

それは一瞬ではあったが、彼女の指から放たれている淡い緑の光が前方へと放出されたのを覚えている。

 

小首を小さく振った少女は、言葉を発することなくるりから視線を逸らした。

しかし、握った手は離さない。

「 “お前”もいたんだったら、もっと早く出てきてくれれば・・・“あんな力”使わずに済んだのかもしれないのによぉ・・・。」

「・・・。」

呆れたような表情で少女を見たアリスだったが、ふいと視線を逸らされてしまい苦笑いを浮かべてるりの顔を見るしかない。

何も話そうとしない彼女に、るりもただ顔を見つめるしかなかった。

「・・・別に。ここまで“酷い”状況じゃなければ、ボクは出てくるつもりはなかった。」

「なんだよそれ・・・。」

「・・・。」

彼女の言葉にアリスが食い掛かるが、緑の髪の少女はまた顔を背けてしまう。

金色の眼が気だるげに動いたのが見えた。

「多くを語らないのが“監視者”さんたちだからね。・・・まぁ、仕方ないよ。」

「そういうもんかねぇ・・・。」

彼らの様子を見かねたのか、翼が苦笑いを浮かべながらアリスにフォローを入れる。

アリスは太刀を構えなおしながら、息を吐いた。

見れば、今までじっと止まっていたディルも、短剣を構えている。

「・・・気配が多い。場所を移した方がいいだろう。」

「えっ!!」

「お。おい!!!」

るりの手を握ったままの少女が、彼女を引っ張るように動く。

彼女に引っ張られるように歩きだしたるりは、アリスとディルの間を少女の手に先導されながら脚を動かすしかない。

すると、後方で空いていたるりの手をアリスが握った

必然的にるりの足が止まり、驚いた表情で彼女はアリスへと振り返る。

ぴたりと足を止めた少女が、鋭い目つきでアリスを睨んだ。

「何?」

「何じゃないだろ。その子は“そっち”でかくまってもらった方がいいだろ?」

「・・・それは逆に危ない。」

「そんなことはないだろ?“大勢の中”に紛れ込ませた方が“目立たない”。」

「お前は・・・馬鹿か?」

「はぁ??!」

「おい、アリス・・・。」

ぐいと二人に腕を引っ張られ、るりは足がもつれる。

どちらも互いに折れず、だんだんと声を荒げだした。

困惑した表情で二人を見たるりを気にして、ディルがアリスの肩を叩く。

と。同時にアリスはるりの腕をゆっくりと離した。

「あ・・・。」

るりはまるで、スローモーションのように彼の腕が遠ざかる様な気がしてしまう。

少女は大きくため息をつくと、アリスに向かい合って口を開いた。

「いいか?もう、“あいつ”に顔を見られているんだ。どんなに“馬鹿”だろうと、一瞬で見分けがついてしまうんだよ。・・・それは周りの“人間”を巻き込むんだ。」

「だが、“能力者”があれだけいるんだ。うかつには手が・・・」

「・・・殺しにかかるだろうさ。」

「っ!!」

背後で冷たい声が響き、るりと少女たちは振り返る。

杖を構えた翼が、彼には似つかない鋭い目つきでアリスを睨んでいるのがるりの瞳に映った。

彼は辺りに浮いていた金色の光を手に持つと、杖に返すように投げる。

渦を巻いて光が上昇し、それは体育館の上部へと向かって行った。

「なんとしても、“消そう”とするだろうね。“自覚がない”今なら、反撃される危険性もない。だったら、“安全なうち”に“多少の犠牲を追ってでも”奪おうとするだろう。」

「・・・“仮面の下っ端”程度の奴だったのかもしれないしな。・・・まだ、“隠れている奴ら”の力量はわからん。」

翼の言葉に合わせるように、ディルが低く呟く。

どうやら彼は、少女側の意見に賛同しているらしい。

アリスは視線を落とすと、じっと己の手を見ている。

どんな意味があるのかはわからないが、その目は弱弱しく感じた。

「今日初めて力を使った者が多い状況だよ。そんな彼らに“無理”を強いることはできない。」

「 “狂神の姉”も力を抑えている状態だ。あんなにいる“現世”の者達を前に、さすがにリミッターは外せないだろうな。」

「そう・・・か。」

ぽつりと呟いたアリスは、深呼吸をして顔を上げる。

ふと彼と視線があって、るりは思わず目を背けてしまった。

「・・・ボクは、“この人”を守るのが仕事だ。足手まといにはならない。」

「頼もしいんだか、なんなんだか・・・。」

「おーい!もう、話はいいだろ!!」

「っ・・・。」

アリスと少女が会話をしていると、ふいにるりの肩を誰かが叩いた。

驚いた彼女は、小さな悲鳴を上げて後ろを振り返る。

そこには先ほどまで辺りを睨んでいたカーティルスの顔があった。

彼は歯を見せて笑うと、るりの肩と少女の肩を抱いて引き寄せる。

いきなりの事で、二人とも目を丸くするしかない。

あからさまに不機嫌なアリスの顔が、るりの視界に入った。

「まぁ、そういうわけなんで。“コーディ様のご子息”は、これにて解散ってことで!」

「はぁぁっ???!」

「え?何怒ってんのさ・・・。」

太刀を振り上げて怒りだしたアリスに、カーティルスは困惑した表情を向ける。

黒いストールで表情がわかりにくいディルでさえも、眼が細くなりあからさまに機嫌が悪くなったことにるりは気が付いた。

「 “何度も”現世の者を助けてもらったのは感謝したい・・・。が、貴殿たちは“魔族”。我々とは違い“派手に動く”ことはこれ以上軽視できない。」

「それで・・・のこのこ家に帰りましょう・・・ていうのか?」

「・・・あー。言い方悪いけど、要はそんな感じだな。」

「わっ!」

ひょうひょうと話すカーティルスの前に、ルヴァンがレイピアの剣先をアリスに向けて鋭く言い放つ。

ルヴァンの行動に弾かれたように、アリスは手に抱えた太刀の先を彼へと向けた。

二人の様子を見て息が詰まりそうな感覚を覚えたるりの背後で、翼の大きなため息が聞こえてくる。

「まったく・・・」

彼は床を杖で叩くと、ふわりと風を巻きあげる。

るりの隣では、カーティルスの腕を必死に取ろうと、少女がムキになっていた。

相当嫌なようだ。

アリスはルヴァンとにらみ合い、互いに一歩も譲らない。

「ふーん。“魔族”でも、なかなか“面白いやつ”いるんだ・・・。」

「・・・?」

耳元でぽつりと呟いたカーティルスに、るりは不思議そうに彼を見る。

視線は合うことが無いが、あまりにも顔が近い。

「・・・ん?」

「おや?」

アリスの後方に佇んでいたディルが、ふいに上空へと顔を上げる。

そこには青い空が広がっているだけだ。

 

 

「何をそこで油を売ってるんですか!!!」

 

 

ふと上空から怒鳴り声が響き、るりは必死に顔を上げる。

太陽の光を背後に背負いながら、長い髪がふわりと視界に入ってきた。

同時に鈍い音が響き、カーティルスの腕がるりの肩からずるりと動く。

「いっっ!!てぇぇぇっっっ!!!!」

軽い音を立てて地面へと降り立った“雪”と入れ替わるように、大きな悲鳴を上げて彼は頭を抑えて倒れこむ。

目にはうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。

雪の手には刀が握られており、柄の部分が何故か下を向いている。

表情はとても怒っているようで、眼が鋭い。

「ゆ、雪・・・。な、殴らなくても・・・っっ!!!」

「カーくん!!ダメだって何度も言ってるでしょ!」

「ひぃぃっぃぃ!!!」

「カーくん?」

カーくん。という呼び名に、思わず目を丸くしたアリスとディルの声が重なる。

間の抜けた悲鳴を上げたカーティルは、頭を抑えたまま翼の後ろに隠れた。

ルヴァンは大きくため息をついて、顔を手で覆ってしまう。

「るりちゃん!大丈夫?!!どこも、どこも触られたり変な事されたりしていない??!!」

「え・・・・?」

勢いよく歩いてきた雪は、るりと少女のまわりを何度も回る。

あっけに囚われたるりと少女は、雪を不思議そうに見た。

大きく胸をなでおろした雪は、手に持った刀をしっかりと鞘に納める。

「だいたい、他の場所が片付いたから来てみれば・・・。」

「だから!!何もしてないっ!!!していません!!!」

かちりと鞘から刀を出そうと雪が動くや否や、カーティルスは翼を盾にするように悲鳴をあげた。

雪は頬を膨らませてもう一度彼を見ると、くるりと方向転換してアリスを見る。

隣に立つディルの姿もちらりと見た彼女は、小さく頷いた。

「 “身内”が大変失礼な事を言ったのかもしれませんね。申し訳ございません。」

「いや。俺らは特に気にはしてないから・・・。」

「・・・。」

礼儀正しく話す彼女に、アリスは困り果てた表情をする。

今まで彼を睨みつけていたルヴァンは、レイピアを鞘に納めて雪の後ろに立った。

凛とした彼女の行動に、るりは眼を奪われてしまう。

「とりあえず。状況は未だに“最悪”です。この市内全土が“混沌”で溢れています。」

「・・・“占拠”でもするつもりなのか?」

「それは調査中なのですが・・・。恐らく“目的”以外に、ただ単に“恐怖”を植え付けようとしているだけなのでは?という意見もでています。」

長い髪を揺らしながら、雪はゆっくりと上空へと指を向ける。

「え・・・。」

そこには、昼間だというのに夜のような漆黒が太陽の横に広がっていた。

他の場所へと視線を移せば、同じような“漆黒”が市の空へ広がっているようだ。

つい先ほどまでなかった状況に、るりは瞬きを何度もするしかない。

気のせいか、自分の手を握っている少女の顔が、鋭くなったように感じた。

「まずはこの状況を終結させた方がいいだろう。“アイツ”は仲間を呼んでいるようだ。」

「・・・。“仮面の男”・・・ですね。商店街やオフィス街の方でも、目撃されているようです。・・・父上や叔父上達が応戦しているようですが・・・。」

今まで凛とした表情をしていた雪の顔がふいに暗くなる。

おそらく、状況はかなり悪いらしい。

「あの・・・私は・・・どうしたら・・・・。」

彼女たちの雰囲気に耐えかねて、るりはおずおずと手をあげる。

雪や翼のように“不思議な力”を持っていない彼女にとって、この状況はかなり耐えがたい。

それどころか、これ以上ここに留まることは彼女たちの足手まといになるのではないか。と思ったのだ。

「私も・・・体育館で避難していた方がいいと思う・・・んです。」

「あ。」

「えっとそれは・・・。」

「・・・?」

自分の意見を言ったとたん、アリスと翼の困惑した声が重なる。

心なしか雪も、視線を逸らしたように感じた。

手をあげて発言したのはいいものの、彼らのぱっとしたい反応にるりは手を降ろす。

服の中に隠した赤い石を手で押さえ、視線を落とした。

「・・・君は、ボクといて。」

「え?」

ふっと横から声がして、るりは声のした方を向く。

そこにはずっと自分の手を握ったままの少女が立っていた。

るりの手を握る力が少し強くなり、彼女は小さくうなずく。

「ボクは、君を守るのが仕事。だから、君はボクといればいいよ。」

「・・・??」

的を得てないような彼女の言葉に、るりは小首をかしげるしかない。

だが、彼女にとってはそれが最善の言葉なのか、それ以上は何も理由を告げようとしなかった。

「るりちゃん。詳しい事はまた話すから。とりあえずは、“その子”の意見を聞いてくれる?」

「たぶん。今の状況でお嬢さんに話したところで、混乱するだけだろうな・・・。」

雪とディルの二人が、困惑したままのるりに優しく言う。

二人の顔を交互に確認すると、彼女は小さく首を縦に振った。

「・・・う、うん。わかりました。」

「すまないな。」

力なく答えたるりに、ルヴァンが頭を下げて謝る。

思わぬ彼の行動に対して、るりは手を振って否定した。

「わ。私、力も何もないし・・・ただの“人間”だし・・・。足も引っ張ってしまうだろうから・・・その・・・こちらこそ・・・ごめんなさい。」

「えっとぉ・・・。」

「うぅん。」

「・・?」

精一杯の意見を言ったつもりだったのだが、これも彼らは困惑した表情をしてしまう。

意図しない反応に対して全く理解できないるりは、ただただ自分の気持ちを落ち着かせることだけしかできない。

「まぁ。まとまったのか・・・まとまってないのかは置いておいて・・・。僕は“先生”に事情を説明してくるよ。」

「うん。翼君お願いね。」

苦笑いを浮かべた翼は、雪の言葉を聞くや否や光を巻き上げて姿を消す。

辺りに小さな金色の光が残り、ふわりと風に乗って消えた。

気が付けば、今まで通ってきた校舎の方から、大人の声が響いてくる。

視線を移してみれば、外には数え切れないほどのパトカーが止まっていた。

校庭の方からは、警察官が束になって走ってきている。

どうやら、こちらの体育館へと来ているようだ。

「とりあえずは、場所を移しましょう。ここで事情聴取されても、面倒です。」

「・・・だな。」

雪は刀を抱えなおすと、勢いをつけて軽々と校舎の屋根へと飛び上がる。

それに続くように、カーティルスとルヴァンが彼女の後を追う。

遅れてアリスとディルも顔を見合わせると、歩きだした。

「あ・・・そうだ。」

「・・・なに?」

自分の手を引っ張って歩きだした少女に、るりは思いついたように声をかける。

金色の瞳がくるりと動き、彼女はるりの眼をしっかりと見た。

「名前・・・。えっと、君の名前は?」

「・・・。」

自分の背丈よりも小さな少女に、るりはにっこりと笑って問いかける。

それが不思議なのか、彼女は小さく小首をかしげて首元まであるローブの裾を持った。

なぜか目をそらしてしまい、るりの顔から背けてしまう。

「・・・ランゼフ。・・・好きなように呼んでいいよ。」

表情を見られたくないのか、“ランゼフ”はローブの裾で口元を覆ってしまう。

ぼそぼそと最後の言葉を言うや否や、彼女は再度るりの手を引っ張り歩きだした。

 

 

 

――

 

 

 

 

大勢の警官に引率されるように、生徒たちが体育館からゆっくりと出てゆく。

校庭では、いつの間にか学生たちの家族が集まりつつあり、再会を分かち合い泣き崩れる生徒たちの姿があった。

 

あのバケモノ達との戦闘から数時間後。

時刻は夕暮れになり、辺りは茜色に染まりつつある。

 

パトカーに搭載された無線機の先で、司令部からの情報が発せられているが、それを聞いている警官たちの表情はさえない。

「商店街も、どうやら一難は去ったようだな。」

「一番ひどかったのが、ここらしいぞ。」

生徒たちから少し離れた所で集まった警官たちは、皆一様にため息をついていた。

怪我人を運ぶ救急車の数も増え、仕事を終えた者達が、校舎の方を見て指をさしている。

報道陣達が集まってきているのか、道を挟んだビル街からは、マイクを抱えて走ってくる人の姿も見えた。

野次馬をはかせるために数十名の警官が交通整理を行っているが、人は一向に減りそうもない。

「お父さん!来てたの??」

「おぉ。奈美っ!」

怪我人を引率してきた学生に混じって、奈美はパトカーの横で空を見上げていた父“司”に声をかける。

手をあげて娘に挨拶をした司は、あれ。うちの娘。とまわりの警官たちに言っていた。

近くにいた顔見知りの者達も、彼女に手を振っている。

「思った以上に凄い事になっていたな。」

「・・・ほんっと、酷いとしか言いようがないわよ・・・。」

負傷した学生を乗せた救急車が走りだし、その後ろをカメラを抱えた報道陣が映している。

奈美たちの視線には気がついていないらしく、彼らは機材と共に学校の裏へと歩きだした。

だがすぐに、警官によって道をふさがれてしまう。

「報道規制をかけたらしいが、手が回らないようですね。」

「ありゃぁ、かなり大変だぞ・・・。」

アナウンサーが学生へと駆け寄ろうとするが、それを阻止するように警官が立ちはだかる。

カメラのフラッシュを避けるように、学生やその家族はそそくさと移動してゆき、警官たちが守る裏通りへと入ってゆくと、姿を消していった。

「流星が足を怪我したのよ。」

「あいつ、無茶しやがって!」

奈美の言葉に司は驚いた顔をしてから笑う。

親子の会話について行けない警官たちは、その場所から立ち去る。

司が立っているパトカーの後ろには、眼鏡をかけた青年が立っているのに奈美は気が付いた。

彼はまわりの警官たちに話を聞いているようだが、いまいち冴えた表情をしていない。

それどころか、大きく首を横に振って何かを否定しているようだ。

「あの警官さん・・・。“部外者”なの?」

「あぁ・・・。武田か・・・。」

会話が成り立っていないのか、他の警官が話に加勢するが、逆に武田は頭を抱えてしまう。

警官たちは顔を見合わせ、彼に何かを提案しているようだった。

「あいつ“それとなく知っている”奴だとばっかり思ってうちの部署に入れたんだが・・・見落としていたみたいでなぁ。今回の件で完全に“知らない”奴だったと今更気が付いてしまってな。」

近くに立っていた警官が、武田の肩を軽く叩いて笑みを向けている。

困惑した彼の表情を気にしているのか、他の者達も明るい表情で彼に接していた。

武田は下を向いてから彼らに何かを呟くと、大きく首を縦にふる。

それを見た警官たちも同じように頷くと、体育館の方へと向かって行った。

「この場に及んで“見なかった事にして”はできないからな。武田には悪いが・・・納得してもらうしかない感じだ。」

「なんか・・・大変だね。」

「まぁ、頑固頭がどこまで柔らかく考えられるか。見ものだな。」

体育館前で教員と会話をしつつ、武田は中へと入ってゆく。

入り口付近では、名簿を片手に家族の名前を呼んでいる教師の名前があった。

「光士はどうした?」

「あー。あいつ・・・ねぇ。」

司は周りに人が減ったことを確かめた後、奈美に小さな声で問いかける。

苦笑いをした彼女は、後方で報道陣に囲まれている車を指差す。

警官たちが群がる報道陣を押さえ、やっと動きだすところだった。

車の中は黒いシートで中が見えないようになっている。

数名の生徒が指を向け、手を振っている者もいた。

「家の人が迎えにきて・・・それで。今から“会場”に向かうみたい。」

「・・・光士の家にとっては、今からが“勝負”ということか。」

「うん・・・。」

大通りへと出た車を追うように、一斉に報道人たちも動きだす。

今まで学生にインタビューをしようとしていた者達も、機材を片付け始めた。

機材をそそくさと手に持つと、駆け付けた車に飛び乗るように走りだす。

嵐のように過ぎていく車の数を見ながら、生徒たちは家族と一緒に帰路に付くようだ。

見回してみれば、ほとんどの学生が学校を去っていることに気が付く。

遅れてきたような家族が校庭をかけて行き、体育館の入口へと入ってゆくのが見えた。

「お母さんもおばあちゃんも大丈夫?」

「先、連絡してみたが・・・まぁ、ばあちゃんとじいちゃんが“頑張って”くれたみたいだな。」

「無理しちゃって・・・。」

家族の顔を思いだしたのか、二人は顔を見合わせて笑う。

奈美は頭の中で、奇声を上げながら走り回る祖父母の姿を思い浮かべてふきだした。

「とりあえず。所々で“収拾がつかない”ところもあるみたいだ。その辺のところは“武藤家”の人たちに任せることに、“こっち”も話が付いている。・・・申し訳ないことだがな。」

「そっか・・・。雪ちゃん家も大変だ・・・。」

二人の姿を見つけた警官が、手を振ってこちらに走ってくる。

それに気が付いた司が小さく手を上げた。

「部長。こちらは別部隊が仕切ることになりましたので。部長はお嬢さんと一緒に、先に帰ってください。・・・お家の方、こちらには来れないんでしょう?」

「まぁなぁ。交通規制が酷くて、どうにも嫁さんが動けないらしい。」

学生の資料を片手に抱えた警官は、仕方ないですよ。とつけたす。

「お言葉に甘えて娘と帰らせてもらうが・・・くれぐれも“夜”になる前に帰ろよ。・・・何が起こるか見当がつかん。」

「はい。“部外者”と“能力がない”方には、すぐにでも帰ってもらう手筈になってます。」

「そうしてやってくれ。」

司に小さく頭を下げた警官は、近くのパトカーまで歩いてゆくと、無線を使って一斉に連絡を取り始める。

遠くに見えていた者達も体育館の方へと走ってゆき、人の動きがせわしくなってきた。

奈美は父親に肩を叩かれると、警官たちが集まっているところへと進む。

一同が同じ場所に集まったことを確認すると、前方でメガホンを持っていた警官が声を発した。

「みなさんお疲れ様です。学生たちも殆どがご家族と合流でき、中で遭難している方もいないようです。そろそろ“夕闇が迫る”ころですので、第一部隊を覗いた各員は上司の指示に従って、速やかに帰還してください。」

茜色の空がゆっくりと夜の闇に変わり始め、街灯や校庭の明かりが灯される。

眩しい程の光が学校を包み込み、人影がくっきりと浮かんだ。

「部長お疲れ様です。」

「お疲れ様です。」

体育館へと残った教員や警察をのぞき、他の者達が一斉に動きだす。

家族と連絡が取れていない生徒たちは一つにまとめられ、教員から何かを言われているようだ。

奈美は周りに知り合いがいない事を確かめて、父の後を追う。

「武田。帰るぞ!」

「あ。はいっ!」

教員と体育館横で話をしていた武田に、司は声をかける。

彼は顔を上げ、今まで話をしていた教員に小さく礼を言うと、後輩と共に駆け寄ってきた。

そして、司の隣に立っている奈美を見て小首をかしげる。

「あ。うちの娘だ。」

「こんにちは。」

「あ・・・。こんにちは。今日は大変だったね。学校でいきなりびっくりしたんじゃないかい?」

「・・・いえ。“予測していた事”なので・・・。」

「・・・?」

奈美の返答を不可思議に思った武田は、隣に立つ司の顔を見る。

しかし彼は何も言わない。

後方から遅れてきた者達が到着するのを待つと、校庭の外で待機をしていたパトカーに点呼をしながら乗せてゆく。

「よーし。うちの部署は全員集まってるな。帰るぞ!」

後方で手を振った警官に手を上げた司は、武田達が乗り込んだパトカーの窓を少し叩く。

運転席に座っていた警官が、ちらりとサイドミラーを覗いて小さなため息をついた。

まもなくして、助手席の扉が開き、司が乗り込む。

「後ろの奴に“託してきた”。」

「あの数なら・・・問題ないとは思います。」

前方に列をなして止まっていたパトカーや警察車両が動きだし、それに合わせて彼が乗った車も動きだす。

二人の会話を不可思議に思った優志は、ふと後ろを向こうとする。

「だめだよ!振り返ったら“顔を覚えられちゃう”!」

「えっ・・・?」

奈美の鋭い声に弾かれて、優志は隣に座った彼女を驚いてみた。

彼女はじっと前を向いており、その手が小さく震えている。

「武田。絶対に“振り返るな”。」

「・・・は、はぁ・・・。」

司に棘を刺されるように言われ、優志はわけがわからないまま後ろを振り返らないようにする。

少し開けられた窓から、怒鳴る様な声が聞こえたような気がした。

「先見たバケモノだけどな、武田。」

「あ。はい!」

考えるように下を向いた優志に、司がぽつりと声をかける。

車は桜並木を越え、オフィス街へと差し掛かっていた。

何故か車の動きは遅く、所々で警官たちが交通整理に入っている。

横を向いてみれば、道路がえぐれているような場所があり、工事車両が止まっていた。

「 “夜”には絶対に会うな。もし、後姿でも見たら逃げろ。・・・いいな。」

「・・・・。」

「絶対にだ・・・。わかったな。」

押し殺すように言われた一言に、優志は無言でうなずくしかない。

あれがいったい何なのかも解らなければ、どうして対処するかも不明だ。

それに優志には“あのような”能力はない。

大きな交差点へと差し掛かると、人通りが一気に増えてきた。

皆、不安げな表情をしながら、オフィス街から集団で出てきている。

車内がしんと静まり返り、その静寂を破るように無線から声が響いた。

それは全体発信されているのか、端的に内容が飛び交う。

「署に戻ったら、ちょうどだなぁ・・・。」

「署内の会議室で、“観た”方がよさそうですね。」

「そうだな。」

ゆっくりと前の車が動きだし、それに合わせて景色が流れ出した。

モヤモヤした感情を胸に仕込みながら、優志はあれから一言も話さない奈美を見る。

彼女は恐る恐る後方を見ると、ほっと胸をなでおろした。

バックミラーに顔を向けてみると、後方のパトカーから運転手の顔が見える。

「市長の中継があるらしい。署に戻ったら、全員で確認するぞ。」

「は、はい・・・。」

優志は力なく彼に返事をすると、おもむろに窓の外を眺める。

自転車で車の横を駆け抜けたスーツ姿の青年と眼が合い、優志は窓越しに空を見上げた。

茜色の空は消えつつあり、所々に“不自然な暗闇”が広がっているように見えた。

 

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