白と黒の世界   作:水鏡 零

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13話

高層ビルの屋上から、彼“翼”は、市内を見つめていた。

愛用の長杖を片手に持ちながら、遠くに見える山へと視線を移す。

四方から市内を囲むように炎が上がり、山道には灯篭の明かりがぼんやりと見えていた。

その光を結ぶように、上空には柔らかな光が線を描いて広がっている。

時折、光はノイズが入ったようにちぎれてまた修復されてゆく。

「まずいね。」

長杖を上空に向けると、先端についた赤い石から光の粒が飛び散る。

光はノイズが走った光の線へと当たり、更にその輝きを増した。

「一人では、さすがに限界があるねぇ・・・。」

「なかなか・・・相手も手ごわいってことですかね。」

「はは・・・。そんな感じです。」

いつの間にか隣には一人の女性が立ち、同じように市内を見ていた。

茶色のくせのある髪をビルの間から吹き荒れる風になびかせながら、ヒーリカは翼と同じように辺りを見つめた。

「こちらは、それなりに騒動を大きくしないように動いているけれど、敵さんの数が多すぎるわね。」

「でしょうね・・・。相手は“闇”さえあれば、どこでも数を増やすことができるようです。」

ふと視線を落とした翼は、手に持った長杖を大きく振り下ろす。

少し離れた場所から、小さな光が溢れ出るのがみえた。

「また、出てきたのね・・・。」

右手を大きく揺らしたヒーリカは、愛用の端末を出現させると、市内をその画面からじっと見つめる。

画面の向こう側では、銀色の槍が幾つも飛び交っているのが映っている。

同じ場所に、昼間から姿を現しているバケモノ達の姿があるようだった。

コンソールを素早く操作し、ヒーリカは銀色の槍に指示を出している。

「商店街の方にも、出ているみたいね。」

「・・・。」

新たに画面を出現させた彼女は、そこに映し出された商店街のアーケードへと視線を移す。

すかさず目の前に現れたキーボードを打ちつけると、銀色の槍が商店街をうろついているバケモノ達に襲いかかりだした。

「あれ・・・。学生さんかしら?」

「あ・・・。」

指を動かしながら、画面に映る場所を変更していたヒーリカが、商店街でバケモノ達に囲まれている青年と少女の姿を指さす。

映像を隣で見ていた翼の肩が、小さくぴくりと動いた。

「あれは・・・僕の同級生と、友達のお兄さんです・・・。」

「えっ。そうなの?じゃぁ、早く助けないとっ!」

ヒーリカは弱弱しく答えた翼に驚きつつも、素早く次の行動へと移す。

耳に手を当てると、彼女は片手でコンソールを操作し始めた。

「ランゼフ聞こえる?こちらであの“影”共の相手はしているけれど、状況を直ぐに確認してほしい所があるの?行ける?・・・」

画面上に映し出された商店街では、銀色の槍が飛び交いながら、その場所にいるバケモノ達を着実に仕留めている。

その光景に驚いているのか、同じ場所に映し出された青年と少女は銀の槍をただじっと見ていた。

「・・・お願いね!」

通話先の相手と話がまとまったのか、ヒーリカは耳から手を離すと、勢いよくキーボードを打ちこんだ。

画面が変わり、市内の地図が大きく空へと映し出される。

「大小様々・・・こんなに出てきているのね。」

「向こうの世界が荒れている。という事だけでは、済まない感じですね。」

商店街のバケモノ達が一層されたらしく、画面に映っている先では青年と少女が急いで建物へと駆け込む姿が見えた。

彼らがその場を立ち去るや否や、淡い緑色の光をまとったランゼフが画面で確認できた。

「―こちらランゼフ。ヒーリカ・・・こちらにはもう敵はいないみたいだよ。一応一通り見ておくけれど・・・。―」

「ありがとう。よろしくね。」

小さくうなずいたランゼフは、画面から姿を消した。

恐らく、商店街を歩き出したのだろう。

画面の先では建物が見えるだけだ。

「それにしても、ここまで量産できるモンスターってなんなのかしら?」

「あぁ。この“影”たちですか?」

「えぇ・・・。」

大きく空に現れた地図を見つつ、翼が赤く印の付いた場所を指さす。

ヒーリカが手をゆらすと、地図は消えて変わりにその印の付いた場所が映像として目の前に流れ出した。

広場に何体もうごめいているバケモノ達と対立するように、様々な武器を構えた大人たちが映っている。

彼らに指示を出している男は、手に日本刀を握りしめて声を張り上げているようだ。

男の指示を聞いた周りの者達は、一斉にバケモノに突進してゆく。

皆、やり手の者たちなのか、一撃で敵を倒している者が多い。

「・・・“知り合い”から聞いたのですが、どうやら狂神の一族が使える魔術を応用しているようです。」

「え?・・・ってことは、敵さんは狂神さん達とつながりが?」

「いえ。それは無いと思います。」

前方の映像を気にしつつ、翼はヒーリカにぽつりと言う。

「少し前に、狂神さん達の事で、いざこざがあったんですよね?」

「あら。よく知っているのね。・・・えぇ。私達がちょっと携わった事で確かにあるわ。」

「それが関係しているようです。」

「・・・・。」

長杖をゆっくりと翼が振り下ろすと、上空を飛んでいたヘリコプターが方向転換をしてテレビ局の方向へと飛び去ってゆく。

ヒーリカは、はっとした表情でキーボードを操作し始めた。

「油断していると、僕達の姿も“撮られちゃう”かもしれないですね。」

「まったく・・。どこの世界もマスコミは目ざといわね!」

大きな怒鳴り声をあげながら、ヒーリカは勢いよくキーボードを叩く。

特に辺りには何も起こりはしなかったが、彼女は大きくため息をついて色々と前方に開いていた画面を閉じはじめた。

「さてお話を戻すとですね。そのいざこざをどこで見ていたのか知りませんが、彼らは現狂神さんと対立した方の魔術に目を付けたようなんですね。」

「あぁ・・・それで、なんかどっかで見た事あると思ったわ・・・。」

すっかり疲れ切ってしまったのか、ヒーリカは画面の向こう側で勢い任せに武器を振るい続ける者達を見つつ、大きくため息をつく。

「それで、その魔術を真似ているっていうことです。」

「闇を司る魔術なら、逆にこの時間帯は使い勝手が良いと。」

「・・・まんまとこちらの裏をかかれたんですね。」

「やるわね・・・。」

画面の向こうではバケモノを一層したのか、指示を出している男の元に、周りの者達が一斉に集まりだす。

彼は更に指示を出すと、その場から離れる様に走り出した。

後方を周りの男達が続くように走る。

「でも、力は不十分のようです。屋外では何体も暴れているようですが、幸い建物の中までは侵入できないみたいで。」

「ある意味、この結界が建物自体を個々の結界にしているってことかしらねぇ?」

「理屈的には、そんな感じでしょうね。」

二人の目の前に映っていた映像が止まり、ヒーリカがため息交じりに画面を消した。

辺りには彼女の端末も出ておらず、ビル街の光が煌々と足元を照らしているだけになる。

「上空の様子からしたら、明日には何か更に良くない事が起こってしまう可能性が高いです。・・・父や母も、“こちら”に来て状況を確認すると言っていました。」

「そうね。こんな気味の悪い空からしたら、事は一刻を争う所まできてしまっているんでしょうね。」

二人が視線を上空へと移すと、そこには“漆黒”が広がっていた。

ぼんやりと月明かりが見えるが、更に見えるはずの星は一つも確認することが出来ない。

それどころか、うっすらと見える雲も確認できなかった。

ひんやりとした空気が、神々しく光る結界の上を流れているように感じ取れる。

「候補者の女の子。彼女がこの状況を受け入れられるかしら?」

「わかりません。どうしてあの子が選ばれたのかも僕らには想像が付きませんから・・・。」

ふわりと風が舞い上がり、翼の髪が揺れ動く。

「僕たちには、彼女を強制する事はできません。けれども・・」

二人の背後で淡い緑色の光があふれ出す。

「彼女には、拒否をすることがもうできない。それだけは言えます。」

ヒーリカと翼が振り返ると、バツの悪そうな顔をしたランゼフが視線を落として立っていた。

 

 

 

――

 

 

 

 

玄関先で司の妻と、誰かが話をしている。

その横から疲れ切った顔で、彼の娘が家の中へと入ってきた。

彼女はそのまま、何も言わずに部屋へと入ってゆく。

「奈美?大丈夫か?」

「・・・。」

部屋の扉を静かに閉めた娘に、司が声をかけるが返事がない。

不可思議に思った彼は、そのまま玄関先へと向かった。

「何やら外が騒がしかったようだな。」

「え?」

テレビの音量を下げた司の父が、優志の前に向かい合うように座る。

手には古めかしい用紙が握られているが、中身まではわからない。

司の父が座る後方に映るテレビでは、未だに市長の会見についての討論がされているようだった。

映し出される映像は、同じような場面ばかりだ。

「武田君といったかな?」

「は。はい。武田優志といいます。」

ふいに声をかけられた優志は、少し驚いたように目の前に座る老人に答える。

自宅にいるというのにも関わらず、彼はしっかりと襟のついたシャツを着こなし、スラックスをはいている。

職業柄、どうしてもこのような服装が気に入っている。と先に伺っていたが、その凛とした姿に自然と背筋が伸びてしまう。

朗らかに彼は笑っているが、声もどこか緊張が漂っているように思えた。

「では、武田君。単刀直入に聞こう。君は司からどこまで話を聞いているかな?」

「え・・・。こ、今回の事にですか?」

「そうだよ。簡単でよいから教えてくれないか?」

玄関先から司と妻の声が響いてくるが、それに構わず目の前の老人は喋り続ける。

どうやら彼ら以外にも人がいるのか、聞き覚えのない男性の声も玄関の方から聞こえてきた。

「・・・何も聞いていません。相手がどのようなモノなのか。何が何だか未だ理解が出来ないです。」

「うむ。・・・そうか。」

司の父は困ったような表情を浮かべ、ふと机に視線を落とす。

次に言う言葉を考えているのか、しばらく彼は小首をかしげていた。

「君は・・・この桜丘市に来てからどのくらい経つかね?」

「えぇっと、かれこれ五年以上は経っているかと。」

先とは少し違う趣旨の質問を言われ、優志は不可思議に思いつつも淡々と彼に答えた。

「その間に、桜丘市の昔話や逸話を耳にしたことはあるかな?四大家系の事や、都市伝説とか。」

「・・・四大家系については、仕事柄聞いたことはあります。昔から住んでいる地主のような存在であって、市の政治や祭りごとに関しては、必ず関わっている家だと。・・・それ以外に関しては、この土地特有の昔話などは聞いたことはありません。」

「・・・なるほどな。」

大きくため息をついた司の父は、首を縦に振ると玄関の方へと視線を移してしまう。

優志も同じように彼の向く方向を見ると、司が難しそうな表情を浮かべて戻ってきた。

司は父親と顔を見合わせると、彼の隣に腰を降ろす。

「どうやら、連中が家の目の前で出てきたらしい。」

「えっ・・・!」

「奈美と輝光が襲われた。」

「・・・。」

玄関から姿を現した司の妻は、そのまま娘の部屋へと入ってゆく。

「結界がはられているとはいえ、安全ではないということか。」

「みたいだな。」

「・・・。」

妙に落ち着いた口調で話続ける司の父とは対照的に、司は仕事用の携帯を取り出してまた立ち上がって自室へと向かってゆく。

恐らくは警察署へと連絡をとるのだろう。と優志はふと考える。

「さて。話がずれてしまったな。」

「いえ・・・。」

「何も知らない君にとっては、今の会話も不可解な点が多いだろうな。」

「・・・はい。」

テレビ画面が急に変わり、中継映像へと変わる。

ちらりと後方を振り返って映像を確認した司の父は、小さくうなずいて机に置いた紙を優志へと手渡す。

優志は古めかしい紙を両手で持つと、内容をじっと見つめた。

 

「空が漆黒に変わり異界より魔物現れし時

我らは力を解き放たん

力ある者は手に宿し“力”にて力無き者を救うべし

されど

我が愛すべき世界を知らぬ者に

悟られてはならない

決してならぬ事

我が愛すべき世界を守るため

知らぬ者を呼び込んではならぬ

 

我が愛すべきこの地に“災厄”訪れし時

世界に混沌をもたらす邪悪なる者が現れんとすれば

自ずと 統治する者 秩序を正す者 現れん

力ある者は“統治する者”と“秩序を正す者”を導きたまへ

 

女神が栄光を手にされし時

邪悪なる者は力を無くし

世界は混沌から解き放たれん

 

忘れるな

我らは力ある者

我らは混沌より現世を守る者

“災厄”を忘れる事なかれ

我らが愛する現世を守り抜くことを誓わん」

 

全ての文字を何度も読み直しても、優志は小首をかしげるしかない。

単語の一つ一つが何を意味しているのかも分からなければ、何を訴えたいのかも理解しがたい。

「昔な、父親から耳にタコができるくらい聞かされた話だ。」

「これが・・・ですか?」

「うむ。一つの伝承だな。」

「伝承・・・。」

乱暴に扱えば紙はすぐに破けてしまいそうだ。

そっと机にそれを置いた優志は、司の父をじっと見つめる。

問いかけたい事はたくさんあるが、とりあえずは彼の話を聞くことに徹することにした。

「まず、今の状況と照らし合わせてみよう。そしたら、武田君にもそれとなくわかるかもしれない。」

「あ。はい。」

ルーズリーフとペンを持った司の父は、優志の前にその二つを置く。

「ではまず、この力ある者。これに関しては司と思ってくれればいい。君には理解しがたい“武器”を持っていた人たちを今日は何人も見ただろう?」

「・・・はい。一般人があのような銃刀を所持しているのが不思議で仕方なかったです。」

「ははは。確かに・・・お巡りさんから言えば、我々は銃刀法違反者だろうな。」

率直に言った優志に、司の父は大きく笑いながらルーズリーフにペンを走らせて行く。

力=武器・魔法  と彼は、書いた。

「誰もがこの力を使える訳ではない。昔からこの桜丘市で暮らしている者でも、力がある者と無い者がいる。基準はわからないが、一家に一人しか力がある者がいないところもあれば、逆に全員が何らかの力を宿しているところもある。」

「・・・あの、武器はどこで手に入れているのですか?」

「あぁ・・・。」

全ての話を司の父に主導権を握らせてしまうと、思うような回答が得られそうもないと思い、優志は極力話をさえぎらないよう質問する。

市民が何処で、あのような物騒な物を手にしているのか、仕事柄スルーすることができず、間髪入れずに問いかけてしまった。

「あれはね。“元々自分で持っていた”んだよ。」

「・・・え?」

戻ってきた回答に驚き、優志は魔の抜けた声を出してしまった。

「ふとした時には手にしていた力。といえばいいのかな。小説や漫画でもあるだろう?危機的な状況になった時に、自然と何もない場所で武器や魔法が使えるようになる。・・・あれと全く同じだ。」

「・・・・。」

全く理解できない領域の話になり、優志はぽかんと口を開けてしまう。

たとえそのような話を言われたとしても、目の前で語る彼の言葉にそれをいとも簡単に受け入れられるような事ではない。

「そうだなぁ・・・。自分の“力”を見てもらえばいいのかもしれない。」

思い立ったように手を叩いた司の父は、おもむろに立ち上がる。

彼はポケットから小さな“赤い石”を右手に握ると大きくその腕を振り上げた。

きらりと手の中が輝き、部屋に光が溢れる。

と。次の瞬間には光は消え、持っていた“赤い石”はライフルへと姿を変えていた。

「・・・自分の“力”はこういう武器になってね。妻は槍・・・。まぁ、戦うとしたら逆の方が格好がつくように思えるんだがね。」

「・・・・っ?」

淡々と話す司の父に、優志は目を白黒させるしかない。

「私は、十代の頃に“力”を始めて発動させたよ。・・・あれは本当にふとした瞬間だった。ちょっとした事件に遭遇してね。その時、急に右手に違和感を覚えたら、この武器の原型である“鍵”を手にしていたのさ。」

「か・・・ぎ?」

司の父はこくりとうなずき、腕をふる。

すると、ライフルが同じように光り輝き、元の小さな“赤い石”へと姿を戻した。

「これが力の原型“鍵”と呼ばれている。」

「・・・。」

「鍵と呼ばれているのは色々な逸話があるらしいが、私が父から言われたのは“己の力を引き出すカギ”だと思っていればいいと教えられたよ。」

ゆっくりと腰をかけた司の父は、手に持った赤い石“鍵”をポケットに入れ込むと、ルーズリーフに文字を書く。

力=自分の持つ不思議な能力 能力は人それぞれ  と書いた。

「司が確か力を使えるようになったのは、警官になりたての頃だったな。もの凄い勢いで問いかけられたのを思い出すよ。あいつも、理解して受け入れるのに時間がかかったものだ。」

「そう・・・なんですね。」

今までに起こった不可思議な事を合わせて、更にこのような話を聞いてしまうと、自然と頭の中に話が入ってきてしまう。

しかし、優志の表情はこわばり比例して頭痛がしてきた。

「君はこの伝承の部分からすると、“知らぬ者”の位置になるね。それは・・・まぁ、今日一日で痛感したんじゃないかな?」

「えぇ。今もそうですけど。」

「ははは・・・。」

苦笑いを浮かべつつも、司の父は明るい口調で話しを続ける。

逆に自分と同じように暗い表情一つしない彼には、ある意味なぜか優志は感謝してしまう。

「本来ならば、君は“知らぬ者”として、我々に追及しても司も私も“全て教える事はできない。”んだがね。まぁ・・・こうなってしまった以上は君の今後の仕事もあるから、それとなく答えるしかないんだ。」

「・・・それとなく・・・なんですね。」

「申し訳ないね。掟はどうしても根本的な所は守らなくてはならない。」

「・・・。」

急に突き放すような回答をされ、優志は小さくため息をつく。

恐らくは司に同じような質問をしたところでも、彼もはぐらかすだろう。

それは部下たちにとっても同じなようが気がしてきた。

「さて。本題に入ろう。君が遭遇したバケモノの話だね。・・・あれらは別世界から送られてきた敵と思ってくれればいい。」

「いや・・・あの、別世界と言われても。」

「多くは言えないが。まぁ、どう言い換えても別世界なんだ。」

「・・・。」

「バケモノ達はこの桜丘市で、恐らく“とある人物”を探しながら、市内に害を及ぼしているのだろう。そのせいで、関係もない市民達がアイツたちの餌食になってしまっているんだ。」

「・・・とある人物。」

小さくうなずいた司の父は、ルーズリーフに文字を書く。

「統治する者、もしくは秩序を正す者。と伝承で呼ばれている者だ。この二人は、どちらかといえば、私達の味方になる者達だ。」

「つまり・・・その・・・バケモノ達は、その統治する者、秩序を正す者を探し出し、倒そうとしている・・・ということでしょうか。」

「うむ!君は鋭いね。そういうことだ。」

モヤモヤと染み出てくる疑問を振り払いつつ、優志は与えられた情報を整理しながら、自分の考えを呟く。

嬉しそうに微笑んだ司の父を見ていると、何故だかほっとしてしまった。

「彼らは別世界の“とても重要な地位にいる人たち”なんだがね。彼らを倒してしまえば、バケモノ達側が有利になる。けれども、“誰が該当するのかわからない。”んだ。」

「・・・それで、手当たり次第に出現しては、市民も何も関係なく襲ってきている。ということですか。」

「まぁ、そういうことだろうね。」

バケモノ達が厄介であるということ、更にそれらが無差別犯罪者のような者であることを理解してしまった優志は、思わず眉間にしわを寄せる。

どんな状況であっても、正義感が強い彼としては、善良な市民に危害を加えるいわば“犯罪者”に憤りを感じた。

「それに対抗する手段として、今の状況では力を使う事が出来る者達が対抗策として戦うしかない。更に言えば、昔からの伝承を知らない“部外者”に言う事だってままならない。」

「・・・先の市長の会見があんな状態になってしまうのも、仕方がないとしか言いようがない。と言う訳ですね。」

「そうだね。我々“伝承を知る者”達からすれば、どのような状況であれ秘密は死守しなくてはならないからね。」

「あぁ・・・だからか。」

優志は今日合った事を思い浮かべて、とある事に気が付きはっと目を見開いた。

昼間に聞いた竜崎署長に見せられた資料の話だ。

あれほどまでに事細かに書かれている内容だったのにも関わらず、一切の口外は許されていない事。

今、こうやって司の父から話を聞かされ、彼がどうしてあのような事を言ったのかようやく理解できた。

それと同時に、竜崎が“関係ある人物”だという事に結論がゆく。

「我々ができるとしたら、この状況をどう見たらいいのでしょうか?」

「そうだね・・・。君たち、というか警察が出来る事としたら“市民の安全を守る”ことだろうね。」

「・・・・内容は違えど、日々の業務と変わりなし、と言う感じですね。」

理解できない事は山積みではあるが、今はそのような事に気を使っている時間もないのだろう。

先に見た伝承を考えてみると、一つ一つ話を聞いて紐解きたい部分は多いが、“あいまい”に答えられたのでは、逆に混乱してしまいそうだ。

それなりに線引きして、追々聞いて行った方がいいのかもしれない。

「敵側が探している人物に関しては、恐らくは四大家系の人達が調査をしているだろうからね。そのへんに関しては、考えなくてもいいとは思うよ。」

「そう・・・なんですね。」

会見の場にいた人物たちの顔を思いだし、優志はうなずく。

それは理解したというよりも、自分に納得させるためにとった行動にすぎない。

「さて・・・。では、それなりに君が今後の仕事に差し支えない程度に色々な補足をしていこうか。」

「よろしく、お願いします。」

色々な事に引っかかる節はとても多いが、今の状況を把握するためには“理屈”や“常識”を抜きで考えなくてはいけないのだろう。

テレビで流れ続けている市内の至る所の中継映像を気にしつつ、優志は司の父の話を更に聞き出した。

 

 

 

――

 

 

 

一通り部屋の中を片付け終わると、重い空気を破る様に雪が大きく深呼吸をする。

「さて、それじゃぁお話を始めましょうか。」

彼女はるりに不安を与えない為なのか、にっこりとほほ笑む。

「まずは、今の状況についてだけれど・・・。白の女神様から何か聞いている?」

「えっと・・・。」

ふわりとティーカップから暖かな湯気が立ちあがり、ほんのりと甘い香りがるりの鼻をくすぐった。

彼女は少しの間、視線を机に落とすとふいに顔を上げる。

「白の女神様からは、これが何かの“鍵”である事と、私がこれを持っていなくてはいけない・・・という事くらいしか教えてもらってないかなぁ。」

「ふぅん。白の女神は本質的な事を教えてないんだ。」

「・・・。」

カーティルスの不思議そうな顔へと視線を向けることなく、るりは小さくうなずいた。

確かに言われてみれば、この鍵の使い方さえも、何も教えてもらってはいない。

ただ、るりが持っていなくてはいけない大事なモノ。であることしか教えてもらっていなかった。

「そうね。その事を伝える為には、まず私や彼らが一体何者なのかをるりちゃんに伝えなくちゃいけないわね。」

「だな。」

おもむろに本棚から一冊の本を手に持つとルヴァンがるりの前にゆっくりと置く。

るりは挿絵も題名も書かれていない本をそっと自分の方へと引き寄せた。

表紙をめくってみると、手書きに近い歪な文字が並んでいる。

「その本は、私達が住んでいる“世界”を記したもの。」

「単刀直入に言っちゃうと、兄者や俺は別世界から来たんだよね。」

「べつのせかい?」

不思議そうなるりの表情を気にしつつも、ルヴァンとカーティルスは続ける。

「この・・・雪達が住んでいる世界を俺達は“現世”と呼んでいる。俺達の世界は、ある一定の場所からこの現世と行き来をすることができるんだ。」

「行き来をすることが出来る人間も、その存在を知っている人間も限られているがね。」

「その存在を知っているのが・・・雪ちゃん達ってことなのかな?」

るりの不安そうな声に合わせて、雪が小さく頭を縦に振った。

何ページが本をめくると、挿絵が現れる。

どこかの場所を記しているのか、周りには深々とした森が描かれ、その奥地には城のような建物が見えていた。

「俺達の住んでいる世界が出来上がった頃、この雪達が済む“現世”と俺達の世界が交流を持ったんだ。」

「最初はほんの少しずつ。それから、だんだんと交流は栄えたわ。」

古めかしい本をめくってゆくと、挿絵が更に現れた。

昔の人を模っているのか、人々が互いに手を取り合っている。

そして、彼らの後ろには太陽が二つ描かれていた。

「これは、その交流が始まった時を描いたイラスト。」

「空に浮かんでいるのは、現世で言う太陽だな。」

「・・・。」

描かれた太陽は対照的になっており、一つは煌々と光を湛えているように見え、もう一つは黒く塗られている。

輝く太陽の下に描かれた人物は、着物を羽織った女性のようだった。

もう片方の太陽の下に描かれた人物は、中世の甲冑を着たような男性が描かれている。

「俺達の住む世界には、色々な掟がある。」

「おきて?」

「あぁ。こちらの現世では考えられないような掟だ。」

ページをめくったルヴァンは、本を手に持つとるりにそっと渡した。

「 “ある二人”の人物が世界を揺るがすような悪いことをした時、強制的に世界に混沌が訪れてしまう事。“ある二人”がずっと平穏で悪のはびこらない世界を作り続け維持すれば、そのような事が無いの。」

「その世界の混沌が、今この現世に現れてしまっているんだな。」

「あの・・・バケモノ達の事?」

おずおずと声を出したるりに、カーティルスとルヴァンがゆっくりとうなずいた。

るりは、二人の表情を見ると自然と本へと視線を落としてしまう。

ページには、地面から落とされるように“一組の男女”が落下している挿絵が見えた。

その挿絵の下には、地表が割れ人々が逃げ惑っている姿が描かれている。

おそらくは、ルヴァン達が今話していることだろう。

「それを止めることができるのは、新しい“その地位に就く人”を見つける事しかないの。」

「 “二人”が揃えば、自ずと世界は混沌から解き放たれて平和が戻ってくるんだけれど・・・。」

「・・・?」

雪と顔を見合わせたカーティルスは、ルヴァンをちらりと見ると表情を曇らせた。

ルヴァンも何か言いたげに口を開こうとするが、何故か喋ろうとしない。

「新しいその地位に就く二人については、毎回その時代ごとに色々な条件で決まってゆくんだ。」

「ある時は、世界を見守る女神たちが決めたモノ。また、ある時は世界に暮らす人々が自分たちで選び地位に就く時もある。」

「その選抜方法については、るりちゃんが先に出会った“白の女神”とそして対になる“黒の女神”が決めるの。」

るりが手に持った本へと視線を移すと、落下する一組の男女が描かれた挿絵の下に、大きな翼をはやした女性のイラストが載っていた。

一人は真っ白な翼を、もう一人は真っ黒な翼を大きく羽ばたかせ、人々の上空を舞うように描かれていた。

「挿絵にも描かれているように、一人は女性が、もう一人は男性が選ばれるんだ。」

「二人は夫婦であり、更に世界を守護する存在となる。」

「まぁ、簡単に言うと女神様の次に偉い人たちってやつなんだ。」

「そうなんだ・・・。」

挿絵に描かれた一組の男女は、皆に祝福されるように笑っている。

女性の手には大きな鎌が握られているのが、とても印象的だ。

人々が喜び合う上空では、二人の女神が舞い描かれている。

「女性の事を“巫女”と呼び、男性の事を“主帝”と我々は呼んでいる。」

「いつの時代も必ずいる存在なんだけれど・・・まぁ、時代によって二人の“性格”や“行い”は良くも悪くもあるんだ。」

「えっと・・・。世界を正しく導いている二人だったら、世界はずっと平穏で長く時代は続く・・・みたいなところが書かれている部分の事?」

「・・・え。」

手に持った本を三人に見える様に、るりは机の上に書面を見せる。

彼女が指で文章を追うように読んだのを見て、何故か雪の眉間にしわがよるのをるりは見逃さなかった。

「そう・・・だな。その部分の事だな。」

「・・・あっ・・・。」

確認するように呟いたルヴァンとは対照的に、るりは何故か表情を曇らせた雪をもう一度見て、“その意味”を自分でも理解する。

そう、自分が読んだ本は“別世界の本”だからだ。

ルヴァンの言葉に反応することが出来なくなったるりは、自然と彼らから視線を逸らしてしまう。

「色々な事があって、理解するのが今日は難しいだろうから・・・その・・・るりちゃんには、単刀直入に今日は話しておこうと思うの。」

「あの・・・それって?」

「ほら、先に白の女神様にも合っちゃったわけだし・・・。それなりに話しておかないといけないから・・・・。」

「あの・・・?」

急に言葉を詰まらせ始めた三人に、るりは自然と小首をかしげる。

彼らが意図して何を言いにくくなってしまったのかは、るりとしては理解できないのだが、言い現せない不安感がジワリと背中を伝ってしまう。

今までの話と、手に持った本のページを見比べ、そして“とある事”を考えてしまうと何となくるりは理解してしまった。

「・・・私がこの“別世界の本”を読めてしまう事も関係あるよね?」

「え・・・。」

「あ・・・。」

「・・・・。」

るりの口から放たれた言葉に、雪達は声を詰まらせる。

目の前に座っている三人の顔を見ることが出来ないるりは、じっと手に持った本を見つめるしかない。

「あぁ・・・。」

「ルヴァン・・・。」

沈黙を破るようにルヴァンが、ぽつりと呟く。

酷く耳が痛いくらいの声に、るりはぴくりと肩をゆらした。

「我々の住んでいる世界の事は、その本を読んでみて理解してもらった方が早いのかもしれない。・・・それから・・・君の持っている“鍵”についてだが・・・。」

「白の女神様が言った通り。それは絶対に手放しちゃだめだ。」

「・・・。」

震える手を押さえたるりは、カーティルスの言葉に小さく頷くしか反応する事ができない。

雪は先導して話している二人を見て、何も言わなくなってしまった。

「るりちゃんはね、“巫女”様の候補者なの。」

「・・・。」

低く小さな声で呟いた雪に、るりは弾かれるように顔を上げる。

なんとなくだが、彼女たちが言おうとしていた事は勘付いていたが、言葉となって言い放たれると否応でも反応するしかない。

「るりちゃんが、巫女様って決まった事じゃないんだけれど。でも、その“候補者である証”として渡された“鍵”を持っている以上・・・変えられない事実なの。」

「で。でも・・・私は・・・女神様にも言ったけれど、別の世界の事なんて一つも知らなかったし・・・。ここに来るまでこんなこと・・・。」

「・・・・。」

「・・・こんなこと・・・。」

凛とした表情で見つめてくる雪を見て、るりは何も言えずに言葉を飲んでしまう。

酷く手が震えてしまい、彼女たちの誰の顔も見ることができない。

「実際、我々も理解できていないところが多い。君が、“部外者”であるというのは承知しているし、この桜丘に来たのも日が浅いのは重々承知している。」

「でもさ・・・あの・・・。女神様が決めた事なんだ・・・。」

「・・・・。」

言葉を選んでくれているのか、ルヴァンとカーティルスの声は少し震えているようにも感じた。

酷く憐れんでいるようにも聞こえる彼らの声に、るりは喉を詰まらせる。

雪の顔を見ようとしても、どうしても顔を上げることができない。

手に持った本が妙に目から離れず、ただただ書面をじっと見つめていた。

「これから・・・どういう事になるかは、私達にも理解できていない。でも・・・でもね!るりちゃんは、私達が守るから・・・!」

「候補者とかじゃなくて、雪の友達として君を護衛するんだ。・・・そう、俺達決めたからさっ!」

「我々は“聖職者”。私達の住む世界とこの現世を守る者・・・。」

「あ。兄者!ちょ、ちょっと言い方がなんか違うような・・・。」

「え・・・。」

ちぐはぐとしながらも、雪達はるりを心配させまいと精一杯に言葉を選んで声をかける。

だが、妙にるりはその言葉に棘を感じてしまい、返す言葉がない。

手の震えは頭痛へと変わり、喉の奥が痛くなる。

「・・・・まぁ。いっぺんにそんなこと言われても困るよな。」

「今夜は・・・これまでにしよう。」

「・・・・。」

何も言わなくなってしまったるりを見て、三人は互いに顔を見合わせると椅子から立ち上がる。

「るりちゃん・・・。あの・・・落ち着いたら・・・その・・・部屋で休んでね。」

「この部屋の本は、いつでも読んでかまわない。」

「じゃ・・・じゃぁ・・・。」

茶器を抱えた雪を先頭に、三人はゆっくりと部屋を後にしてゆく。

るりの背中で、軽い音を立てて扉が閉まった。

「・・・。」

三人の足音が遠ざかるにつれて、るりの肩が小さく震える。

手に持った本を閉じると、片手に抱えて立ち上がった。

完全に雪達の足音が聞こえなくなったのを確認し、るりは部屋の扉を静かに開ける。

しんと静まり返った廊下の先で、小さな声が耳に入ってきた。

恐らく、雪やカーティルス達の声だろう。

酷く耳が痛くなり、その声さえも喉を詰まらせる。

「・・・・大丈夫?」

「っ・・・。」

ふいに後方から声をかけられ、るりは目を見開いて振り返る。

そこには、茶色のローブに身を包んだランゼフがいつの間にか廊下にたたずんでいた。

ランゼフは小首を傾げて、るりの顔を見上げている。

「大丈夫・・・じゃない・・・ね。」

「・・・うん。」

崩れる様に廊下に座り込んだるりに、ランゼフが近寄る。

本を抱えるように頷いた彼女を見つめると、ランゼフは開いたままの部屋の扉を閉め、部屋の明かりを消した。

庭に等間隔に設置された明かりがぼんやりと二人の姿を映し出す。

「今日は・・・寝た方がいいよ。・・・また、明日から忙しくなる。」

「うん・・・。」

「・・・あと・・・。」

「・・・?」

るりの目の前に立ったランゼフは、ゆっくりと身を屈むとるりの顔を見つめた。

金色の瞳がじっと、るりの顔を見つめる。

「無理しなくていいよ。」

ぽつりと呟いたランゼフの言葉に、るりは返す言葉もなく、静かに涙を流した。

 

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