司の家で一晩を明かした優志は、朝の街を見て絶句した。
急いでリビングへと駆けこんできた彼は、ぽつんと座る司を見つめる。
テレビを見つめている司も、その表情はとても硬い。
「部長・・・。これは・・・。」
「・・・・。」
朝早いという理由であったとしても、異常な外の暗さに言葉を失った優志は、思わずカーテンを力強く引いてしまう。
司が見ているテレビでは、何故か普通に朝の番組が流れている。
とはいえ、放送されている番組は地方番組ではなく、全国放送ということもあってか、桜丘市の事は一つも話題に出ていない。
「どのテレビも、全国放送的なやつだけだな。ローカル番組は全滅だ。」
「ぜ、全滅って・・・・そんな!市民にこの異常な事を流していないっていうことですかっ?」
「まぁそう大声出すな。」
「す、すみません。」
時刻は朝の6時を過ぎたくらいだ。
出勤や登校を始める者もいるだろう。
しかし、チャンネルをどこに回したとしても、桜丘市の事は放送されていないようだった。
昨晩の見飽きるほどの市長の会見や、市内に出ている不審者情報などは一つも流れていない。
「報道規制もいいところだな・・・。」
「・・・。」
そそくさと身支度を済ませた司は、玄関から出てゆく。
台所では司の母と妻が朝食の支度をしているのが見えた。
司の娘と彼の父の姿は見えない。
昨日の事もあってか、恐らく司の娘は疲れて未だ眠っているのだろう。
「優志。ちょっと、こっちきてみてくれっ!」
「は。はい!」
玄関先から司に声をかけられ、優志は急いで外へと飛び出す。
そして、その足が一瞬にして止まり、言葉さえも出なくなった。
「これ・・・・は・・・・。」
「最悪なパターンってやつだろうな。」
苦々しげに市内を見つめた司は、上空に見える“漆黒”を睨む。
上空を真っ黒な幕のようなものが広がり、その下に広がる地上はさながら夜のような暗さだ。
遠くの山では微かに炎が揺らめいているのが黙視でき、昨晩からずっと火が焚かれていることが理解できる。
落ちてきそうな程の漆黒だったが、一定の範囲内からは広がっていない。
とはいえ、微かに見える青空に至っては、桜丘市をぐるりと囲う山々の向こう側に見えるだけだ。
これでは、本当に桜丘市だけが異常気象になっている。
唖然と空を見上げたままの優志は、ゆっくりと視線を下へと移す。
「・・・。」
「考えたくもないが、あの辺はドンバチしてるみたいだな。」
「そんな・・・。」
司が指を向けた方向では、閃光が走っていた。
あまり朝から考えたくもないが、恐らくは昨晩のバケモノと誰かが対峙しているのだろうと、一瞬で理解してしまう。
幸いと言っていいほど、この地域一帯ではバケモノが出現していないのか、しんと静まり返っていた。
「これから、どうなるんでしょうか?」
「んなことは、わからん。」
視線の先で閃光が走り、同時に朝に合わない轟音とも言える音が響く。
遠くの方から煙が上がると、瞬時にそれは風に舞うように消えた。
優志は大きく深呼吸を一つしてから、先に家の中に入って行った司の後を追う。
司は携帯を片手に、どこかに連絡を取っていた。
「・・・これはこれは。忙しくなる予感がするな。」
「ちゃんと朝ご飯は食べて行きなさいよ。」
「あ・・・はい。」
何をする訳でもなく、ただ茫然とテレビを眺めることしかできない優志に、司の両親が優しく声をかける。
優志は促されるように食卓へと向かうと、湯気の立つ器を手に持った。
「一晩でこの変わりようだ。刻一刻と状況は変わるだろうね。」
「こっちの事は、こっちで何とかなるから、武田君たちは気にしなくて大丈夫だからね。」
「は、はい。」
穏やかに笑いかける司の両親を見て、優志は小さく頷く。
一見すれば、何ら変わりのない日常風景だが、外から微かに聞こえるサイレンの音や轟音を耳にすると、尋常ではない不安感が湧き上がる。
何もそれらを報道していないテレビが妙に不思議で、優志は朝食に集中するように画面から目を逸らした。
「署の方に状況は聞いてみた。こりゃぁ、市内全土でどんちゃん騒ぎしてるみたいだな。」
「どんちゃん騒ぎって・・・。」
「まぁ、そんな言い方しかできないだろう。」
苦笑いを浮かべた司は、テーブルに携帯を置くと、箸を持つ。
「学校はどのみち休校だろう。奈美は昨日疲れただろうしなぁ。」
「そうね。後で流星君のお家にも行ってみるわ。」
「そうしてやってくれ。」
家族の会話を耳に入れつつ、優志は昨日までの事を思いだす。
市内で起こった不可解な目撃事件。
それを皮切りに段々と事態が悪化し、昨日に当たる。
オカルト集団かと思えば、常識では理解できないような空想上のバケモノのような生物。
学校、市内のオフィス、路地・・・統一性のない出現場所や時間。
一晩で空を覆った謎の漆黒。
得体のしれない謎の集団とは何なのか。
そもそも、何故一般人さえも襲ってくるのか。
“目的”があることは、司の父親から聞いたが・・・果たしてそれだけの為に一般人さえも襲う意味があるのか。
「大丈夫か?優志。」
「・・・。」
急に箸と器を置いて訝し気な顔をした優志に、司たちは小首をかしげる。
優志は司たちの顔をぐるりと見わたすと、重い口を開いた。
「あの・・・。ちょっと僕の意見を聞いていただけますか?」
――
上空を圧迫するように広がる漆黒を見て、るりは言葉を無くした。
雪の家には多くの人が集まり、皆が様々な武器を抱えている。
道場の前で皆に何かを話している雪の父親は、深刻そうな表情だ。
「・・・これからどうなるのかな。」
ふいに昨晩の事を思い出したるりは、不安げな表情で地面を見つめた。
隣に黙ってたたずんでいるランゼフは、そんな彼女に何も言わない。
「あぁ。良かった。」
「雪ちゃん?」
家の方から走ってきた雪は、るりとランゼフの二人を見ると、ほっと胸をなでおろした。
彼女の後ろからは、カーティルスとルヴァンの姿が見える。
雪の腰には、昨日も見た日本刀がさげられていた。
「家の方に戻るって、お母さんに行って出たって聞いたから、もうここにいないんじゃないかって・・・心配したの。」
「あ・・・ごめんね。なんだか、雪ちゃんたち忙しそうだから。」
昨日の事もあってか、雪とるりの会話は少しぎこちない。
主にるりの方が言葉に詰まっているのか、二人の視線が合わない状態だ。
ランゼフは空を見上げており、彼女たちの様子は見ていない。
「ううん。それよりも、市内は凄い危険だから・・・。」
「危険?」
「昨日の奴ら、かなり数を増やしたみたいでさ。これから、雪の親父さんたちも“出陣”ってくらい。」
カーティルスの言葉が聞こえるや否や、道場の前に集まっていた人々が雪の父親を先頭に山を下りだした。
道場では、雪の母親や家の者達が見送りをしている。
「るりちゃんだったかな。」
「あ・・・。はい。」
るり達の横を雪の父親が通り過ぎようとすると、不意に彼は足を止め彼女に声をかけた。
彼らの横を通り過ぎ、他の大人たちは下山してゆく。
「色々と困惑しているだろうし、何かと辛く思っているかもしれないが・・・あまり、無理をしてはいけないよ。」
「・・・・。」
「頼る時には頼る。それは、友達でも仲間でも他人でも・・・ね。」
「あ・・・・。」
雪の父親はるりの肩を軽く叩くと、小さく頭を下げてその場を後にする。
妙に喉の奥にすっと入るような言葉に、るりは頭痛が和らぐような気がした。
皆が彼女たちの横を通る際に、誰というわけでもなく手を振ったり、頭を下げたりしてゆく。
「みんな互いに検討を祈っているってことだろうさ。」
「同じ境遇なんだ。我々も君も。」
「るりちゃんだけが背負うことじゃないから。」
「・・・雪ちゃん。」
雪達の声に合わせるようにるりが顔を上げると、彼女たちは穏やかに微笑んでいた。
るりの中で今までの不安感や違和感が和らぎ、自然と息が詰まっていた感覚が和らぐ。
隣に視線を移せば、今まで空を見ていたランゼフが、るりの顔を見ると小さく頷いた。
「これからどうなるかは不安だけど、とりあえずは出来ることをしてゆきましょう。」
「・・・うん。」
しっかりとした表情で話す雪に、るりはつられる様に頷いた。
「まずは“合流”することを目標に今日は動こう。」
「そうだな。“そっち”と合流した方がいいかもしれない。」
「?」
ぽつぽつと話し出したランゼフに、カーティルスやルヴァンが続く。
彼らの言葉の意味が理解できないるりは、小首をかしげるしかない。
「えっと・・・。」
「あ。ボクの“仲間”と合流するって事。その方が今後は動きやすいと思うから。」
「ランちゃんの仲間?」
「・・・あ・・・う、うん。」
るりに名前をあだ名で呼ばれた瞬間、ぴくりとランゼフの肩が動いた。
少し眼が泳ぎ、何故かコートの襟を持ちあげて表情をランゼフは隠す。
「こ、この状況下では転移も危険だし・・・。そ、それに、る、るりの家に寄らないといけないし・・・。」
「うん。順番が遅くなっちゃうけど、ランちゃんごめんね。」
「えっ・・・う、い、いいよ。」
普通に話するりとは対照的に、何故かどんどんランゼフは言葉を詰まらせてゆく。
今まで冷静にしていたランゼフが、人が変わったように慌てだした様子を見て、カーティルスとルヴァンはお互いの顔を見合わせて苦笑いをしてしまう。
彼らの表情に気が付いていないのか、ランゼフは何も反応しない。
「なんだか、短期間で打ち解けたみたいだね。」
「あ、うん・・・。昨日、色々とランちゃんにお話聞いてもらったから。」
「べべべ、別に・・・ボクはそんな大した事はしてないよ。」
「ふふ。」
ムキになって声を荒げたランゼフに、思わず雪は笑ってしまう。
何か言いたげにランゼフは口を開くが、彼女の後ろでニヤリと笑ったカーティルスと目が合い、顔を背けてしまった。
「でも、私は嬉しかったな。名前も呼んでもらえるようになったし。」
「・・・そ、そう・・・。」
顔を赤くしたランゼフは照れ隠しなのか、一人で先を歩きだす。
そんな彼女の様子を雪とるりは顔を見合わせて微笑む。
「あの、仏頂面の管理者さんがねぇ。」
「・・・どんな話をしたのやら。」
ランゼフを先頭にして歩きだしたるりと雪の後ろを、カーティルスとルヴァンが小声で話をしながら着いて行った。
――
奇声を上げて突進してくるバケモノに向かって、姿勢を低く保った彼は、思い切り懐に拳を叩きこむ。
稲妻のような電撃が辺りに飛び散ると、周りにいた複数のバケモノは姿を消していた。
「確かに、昨日よりは力を増してるな。」
カーティルスは隣に着地したルヴァンを見て、大きくため息をついた。
前方では雪が刀を鞘にしまう姿が見える。
「るりを狙っている訳ではないみたいだし、まだ“気が付いていない”のかもしれない。」
「仮面のアイツが、動いているとはいえ、全体には知らされてないってことか?」
「・・・もしくは、意図的に命令していないか。」
「その必要性ってあるのかしら。」
るりの片手を握ったランゼフは、唖然と立ち尽くす彼女を横目に、静まり返った住宅街を歩いてゆく。
家の中に人々は隠れるようにしているのか、外を歩く人の姿は少ない。
すれ違った者達は皆、手に武器を抱えていた。
そのこともあったおかげなのか、雪やカーティルス達の姿を見ても、誰も不思議そうにこちらを見てくる者はいない。
ランゼフは“人には姿が見えない”という。
「量産型っていうのかねぇ。使い捨ての駒っていう言い方があってるのかもしれないけど。」
「そうね。使い捨ての駒。それだったら、状況をバケモノ達に流す必要性はないのかも。」
「可能性は高いだろうな。」
急に前方や上空から現れるバケモノに対して、驚くこともなく対処してゆく雪達に、るりはずいぶんと慣れたように自分でも感じていた。
始めのうちは手の震えさえも酷かったが、今はランゼフが傍にいてくれる安心感もあり、酷くおびえる事もなかった。
ただ一つの気がかりを除いては。
「あ。ほら。るりちゃんのお家が見えてきたよ。」
「う、うん。」
前方から雪に声をかけられ、るりは驚いた表情で顔を上げた。
一瞬だったが、悲しそうに地面を見つめたるりに、ランゼフは小首をかしげる。
雪達は気が付いていないのか、何も言わない。
「我々は外で待っていよう。」
「え。で、でも、外は危ないし・・・。」
「いや。“何も知らない人たち”にいきなり会うのは気が進まないんだ。白様の事もあるけど・・・。るりちゃんの家の人は“全く知らない”わけだしさ。」
「あ・・・・。そう・・・か。」
ルヴァンとカーティルスの言葉に、るりは急にはっとした表情をする。
状況に流されてここまで来てはいたが、考えてみれば家族に関してみれば誰も“知らない”のだ。
小さく頷いたランゼフや雪達を見ると、るりは深呼吸をして玄関の扉を開けた。
テレビの音が居間の方から聞こえ、それ以外に特に変わったことはない。
何日も家に帰ってきていなかったように、急に疲労が身体を包んだ。
「た。ただいま・・・。」
おずおずとるりは言葉を発すると、弾かれたように椅子が倒れる音が耳に入ってくる。
平常心を装うように、るりは深呼吸をした。
「お帰りなさい!大丈夫?」
「え。あ・・・う、うん。」
血相を変えて走ってきた母親に、るりは苦笑いを浮かべた。
後ろからは父親も朗らかに笑っている。
それよりも気になるのは、千枝の顔だった。
「本当に大丈夫?怪我はない??」
「え・・・。だ、大丈夫だよ。」
ふいに視線を動かし、千枝の腕が目に入ったるりは、彼女の包帯を凝視してしまう。
千枝は苦笑いを浮かべると、その腕を後ろに隠した。
「るりも、昨日学校で見たんじゃない?変なバケモノみたいな奴。」
「お、お姉ちゃん・・・。もしかして、それに・・・。」
「会社でね、逃げるときに・・・ね。」
「・・・・。」
青ざめた顔で千枝の顔を見つめたるりに、千枝はただ笑っている。
心配させまいとそのような表情を浮かべているようだが、“状況”が家の者とは違うるりにとって、それは不安感を募らせるだけだった。
とはいえ、外で待っている雪達の事をここで話をしても、事態は悪化してしまうだろうとるりは考える。
ランゼフや学校であった事。白の女神の話をしたいのは山々だったが、さすがに言葉は出なかった。
「雪ちゃんの家で色々とお世話になったの。・・・・あの、今も外で待っていてもらってる。」
「え?そうなの?それなら、中でゆっくりしていけばいいのに。」
「そうだな。お世話になったんだし、中に入ってもらいなさい。」
両親に促されるように言われるが、るりは小さく首を横に振る。
恐らくは、両親は雪達が挨拶だけをして帰宅すると思っているのだろう。
一向に動かないるりを見かねたのか、千枝が小首をかしげた。
「どうしたの?・・・もしかして、もう帰っちゃった?」
「・・・・違うの。」
るりは玄関の外をちらりと見ると、脳裏にランゼフたちの姿を思い浮かべた。
「あのね。帰ってきて早々だけど・・・出掛けてくるね。」
「え・・・?」
「な、なに言ってるの?外は凄い事になってるのよ?」
思いもよらぬるりの言葉に、千枝が急に声を荒げる。
ぽかんとした表情で見ている両親の顔を交互に見てから、るりは大きく頷いた。
彼女の表情を見た両親は、大きくため息をつく。
「るりだって見たんでしょ?あのバケモノ!・・・今は市内にはびこっているって、先上司から連絡があったの。ダメよ。危ないわっ!」
「・・・それも知ってるよ。お姉ちゃん。」
「だったら・・・なんでっ?」
掴みかかりそうなくらいの勢いで喋る千枝に、るりは足がすくみそうになるが、それでも両手に力を入れて何とか耐える。
千枝は隣で黙ったままの両親に助け船をお願いしようと、ふいに二人を見つめた。
「・・・怪我しないようにね。」
「ダメだと言っても、行くんだろう?」
「うん。待ってる人がいるから。」
「ちょ、ちょっと!」
自分と同意見だと思っていた両親の思わぬ言葉に、千枝は唖然とする。
ひ弱で静かだった“昨日までの”妹とは何か様子が違うと思い、千枝は震えた声で問う。
「・・・何か・・・あったの?」
「・・・うん。」
「何があったの?」
「・・・・。」
千枝の問いかけに、るりは小さく首を横に振る。
口に出して昨日の事を話しても、恐らく今の千枝には理解してもらえないだろう。と、るりは考えていた。
困ったような表情で見ている両親には申し訳ないと思いつつ、るりは玄関の扉を開けた。
「帰ったら話すね。・・・行ってきます。」
「・・・気を付けてね。」
「怪我しないで、無理をしないで、行ってきなさい。」
「ちょっと・・・ちょっとちょっとちょっと!!!!」
千枝がるりの手を掴むよりも早く、るりは玄関を飛び出すように出る。
それを追うように外へと出た千枝を、後方から両親が声を荒げて止めようと同じように外に出た。
「あ・・・。」
千枝はるりが走って行った方に視線を向け、そのまま急に勢いが失速してしまう。
るりの横には、雪の姿があった。
彼女たちの後ろには、青年が二人立っている。
「おはようございます。武藤家の者です。・・・昨晩は、るりさんの件でご心配をおかけしました。」
「いや。こちらこそ、るりを一晩泊めてくれてありがとう。」
凛とした表情で深々と頭を下げた雪に、るりの両親は続くように挨拶をした。
るりを追いかけようとした千枝は、両親の隣でぽつ然と立ち尽くすしかなく、雪や後ろの青年たちを見るしかない。
「娘さんは、我々が“しばらく”護衛させて頂きますので・・・。ご安心ください。」
「そう・・・なの。皆さん、気を付けて・・・ね。」
「はい。ありがとうございます。」
いつもの調子とかけ離れたように敬語で話すカーティルスに、るりは眼を白黒させるが、あえて彼を見ないようにする。
本当に“見えていない”のか、るりの両親や千枝たちは、ランゼフの方へは視線さえも向けていない。
「じゃぁ、行ってきます。」
「えぇ。いってらっしゃい。」
「いってらっしゃい。」
「え・・・・。」
手を小さく振ったるりは、軽くお辞儀をした雪と一緒に市内の方へと歩いてゆく。
るりの両親は彼女たちが路地を曲がり姿が見えなくなるまで、じっと姿を見つめていた。
「どう・・・して。止めなかったの?」
「・・・・。」
震える声を抑えつつ、千枝は両親の顔を唖然とした表情で見つめる。
困惑しているようにも見える両親の表情に、千枝は更に声を荒げた。
「こんな意味が解らない状況で、普通あんな方へ行かせる?」
「どうして・・・だろうな・・・・。」
「はっ?」
顔を見合わせて言葉を無くした両親に、千枝は愕然とした。
喉の奥が痛いほど渇き、耳の奥がざわつき、彼女は遠くで聞こえる爆発音に冷やりとした感覚を覚える。
「本当は止めるべきだったと思うのよ。でも・・・。わからないの。」
「わ、わからないって・・・お母さん!るり、大けがするかもしれないのよ?あの四大家系とかなんとか言う家の子がいたとしても、絶対に大丈夫だとは言えないじゃないっ!!」
悲鳴のような声を上げて叫ぶ千枝に、両親は何も言い返すことができないでいる。
「それにっ!・・・・っっ?」
続けて両親に言葉を発しようとした千枝は、何故か視界に“不思議なモノ”を見つけ、息を飲んでしまった。
今までの勢いがぴたりと止まった千枝に対して、両親はそれ以上に驚いて彼女の視線の先を見た。
「だ・・・・れ?」
千枝は“その人達”を見て、か細い声で問いかける。
両親も普通ではない“その人達”を見て、何度も瞬きをした。
「ご質問を全てお答えできるかはわかりませんが・・・私たちが貴女様の疑問にお答え致します。」
鮮やかな着物を着た“彼女”の後ろに付き添うようにスーツを着た“彼”がたたずんでいる。
黒い髪に赤い大きなリボンを結んだ小鳥は、荷物を抱えながら穏やかに足を動かす。
「生徒不在にはなりますが、少し早めの家庭訪問という事で。」
名簿や資料を片手に持った堅の良い男が、スーツを着た柊の後ろから姿を現した。
見たことのある彼に、千枝の両親は眼を見開く。
「夢郷るりさんの担任をしています。堅三です。るりさんのご両親とお会いするのはこれで二回目ですね。」
「そう・・・ですね。」
大きく風を切るように頭を下げた堅三に、千枝の両親たちはただただ驚くしかない。
彼らの横を歩み寄ってきた小鳥は、柊に何か呟く。
柊は小さく頷くと、そっとその場を後にした。
――
普段なら人々で賑わう市内中央部も、今は静まり返っている。
交通整理に当たっている警官の手には、様々な武器が握られていた。
異様としか思えない光景に、優志は変に慣れてきてしまっている。
昨日の自分からは考えられないくらいだ。
「武田。あっちは通れないみたいだ。」
「ま、また遠回りですね。」
「こんなに長い通勤時間は俺も初めてだわ・・・。」
銀色の銃を片手に苦笑いを浮かべた司は、目の前にまで見えてきた警察署を見つめながら、広い道を歩いてゆく。
先から目の前に警察署が見えてはいるのだが、バケモノとの戦闘によるものなのか、いつも使用している道がことごとく“使えなくなっている”。
結果的に大幅な時間ロスを強いられてしまい、通常ならば大遅刻の状態であった。
とはいえ、状況が状況なのでどのみち出勤時間など今の状態では、あるようで無いのが事実である。
「流石に疲れるな。」
「すみません・・・俺が戦えないばっかりに・・・。」
「んなこと、気にするな。」
へらへらと手をふった司は、バス停のベンチに腰を掛けると、大きく深呼吸をした。
彼の家から出てからというもの、バケモノとの遭遇は増えている。
途中、四大家系の者と思われる男性に助けられたこともあり、司一人での戦闘は少ないが、それでも消耗戦と言って過言ではない状況だ。
しかも、優志には司のような能力はないわけで、バケモノが出てくるたびに、彼に守られる状況である。
「そういえば、お前ってさ。確か寺だか寺院だかの息子なんだよな?」
「え?あぁ・・・。まぁ。」
唐突に実家の事を言われて、優志は拍子抜けしたような声を出す。
この状況に一体何の関係性があるのだろうか、とふと優志は思った。
「だったら、それなりに“殴ってみる”のはどうだ?」
「・・・・は?」
優志の間の抜けた声に合わせるように、遠くで爆発音が響く。
司が言った言葉に訳がわからない優志は、目を白黒させた。
数秒後、優志はその意味を理解すると途端に首を横に振った。
「いや。無理ですよ!だいたい、そういう類いの事は姉貴くらいしか脳が無いって親父に言われてるんでっ!」
「いやいやいや!どう思えば“そっち”と“あっち”が一緒になるんだ。魔術とか云々じゃなくて、お前の潜在能力的に何かあるんじゃないかっていう事だよ!」
「せ、潜在能力??」
無責任にも聞こえてくる司の言葉に、優志は裏返ったような声で言葉を復唱してしまう。
何度もうなずいた司は、唐突に銀の銃を赤い石へと戻した。
「俺らはこういう能力は有る無いがはっきりしているが、お前は部外者であって部外者じゃなくなってしまっただろ?・・・それに、署長直々から眼が掛かってるんだ・・・。なんかあるんじゃないか?」
「えぇ・・・?」
話に流されるように司に言われ、優志は困惑した表情を浮かべる。
確かにいきなり竜崎から話をされたり、このような状況を理解しろと皆から言われたり、他の“部外者”とは扱いが違う。
とはいえ、今の今まで何も能力が出たわけでないのに関わらず、都合よく“何か”が起こる保証は全くない。
「いや・・・。そんな、無いかと・・・。」
「そうかねぇ・・・っ!」
「わっ!!」
勢いよくベンチから立ち上がった司は、手に持った赤い石を瞬時に銃へと変える。
優志の後方に現れたバケモノに向かって、彼は発砲した。
くぐもった悲鳴が優志の耳に入ると同時に、バケモノの姿は消える。
「戦力が増えた方が、俺はありがたいんだが・・・なっ!」
「ほんとっ!それだけは!すみませんっ!」
路地裏からはい出てくるバケモノ達に、司は更に銃口を向けた。
数体のバケモノが銃弾を避けて歩み寄り、二人は後退するように距離をバケモノから開けてゆく。
「ちょっと、人数があまりに違いすぎないかっ!」
「部長!やっぱ、ダメです。逃げましょう!」
祈るようにバケモノを思い切りけりあげてみるが、優志の足は宙を掴むくらいで、影が揺らぐようにバケモノには当たらない。
ひんやりとした感覚が足を包み、即座に優志はバケモノから離れた。
あまりに増えすぎたバケモノ達に対応できず、二人はその場から走り去ろうとする。
が、後方を見れば新手が迫っており、四方を囲まれていた。
「幸いというか・・・一般人がいなくてよかったです。」
「そういう事、今は言うな。」
「すみません。職業病みたいで。」
「あのなぁ・・・。」
敵に囲まれた事に困惑しつつも、優志は苦笑いをする。
彼の言葉にため息をつき、司は銃口を絞ろうと辺りを見回した。
「・・・ちょっと怪我するかもな。」
「ちょっと、くらいならいいんですが・・・。」
くぐもった声を上げながら近寄るバケモノ達に、二人は一歩一歩と詰められてゆく。
ふいに足をバケモノに捕まれそうになった優志は、ぞくりと背筋が凍るような感覚を覚えた。
「おっと・・・。助けが来たみたいだなっ。」
「えっ?」
ちらりと視線の方法を変えた司が、バケモノに囲まれているにも関わらず、ニヤリと笑う。
彼の視線の先を見た優志は、思わず目の前で起こっている事に少し対処ができなくなった。
雷鳴を上げて何かが近くへと迫ってくる。
その間を駆け抜けるように、二人の男女の姿が見えた。
一人は細身の独特な髪型をした青年。
もう一人は、昨日の大きな事件があった桜丘第一中学校の制服を着た長髪の少女。
見る見るうちにバケモノは散り散りに消え去り、優志たちを取り囲んでいた者達は、ものの数秒で一匹残らず姿が消えた。
「あ。奈美ちゃんのお父さん。」
「雪ちゃん。助かったよ。」
「???」
何事も無かったかのように刀を鞘へと戻した長髪の少女を見て、優志はぽかんと口を開けるしかない。
彼女の後方から地面に着地した二人の青年も、息も乱れずに立っている。
「怪我はありませんか?」
「えっっ?あ、あぁ。だ、大丈夫だよ。」
ふいに雪に声をかけられた優志は、弾かれたように答えるが、未だに先の状況を理解できず、慌てふためいてしまう。
彼女たちの後ろからはショートヘアの同じ制服をまとった少女が遅れて走ってきた。
その少女は雪とは違い、肩で息をしている。
かなりの距離を走ってきたようにも思えた。
「雪ちゃんたちも、どこかに行くのか?」
「はい。待ち合わせの場所に行く途中です。」
「こ、こんな状況で待ち合わせって・・・。」
穏やかに答える雪に、思わず優志は驚いた声をあげる。
司は肩で笑うと、彼の背中を軽く叩いた。
「この子は、四大家系の一つ、武藤家のお嬢さんだよ。お前も見ただろ。今の戦いっぷりを。」
「え・・・・。」
表情一つ変えずに凛とした顔つきで見てくる雪に、優志は何度も瞬きをするしかない。
確かについ先ほどの状況を考えれば、何も心配はないだろう。
とはいえ、どう見ても中学生の彼女を見て、大きく頷くことはできない。
「奈美ちゃんのお父さんは、これから出勤ですか?」
「まぁなぁ・・・。それが色々あって未だに職場にたどり着けないんだ。」
「なるほど。“影”のせいですね。」
「そんなもんだ。」
独特な不思議な髪型をした青年がぽつりと呟くと、司は小さく頷く。
優志はその不思議な髪型の青年たちに困惑し、何度も隣に立つ司の顔を見てしまう。
司はあまり気にしていないのか、優志の視線を横目で見るだけだ。
「近くまでは同じ方向だし。よかったら一緒に行動しませんか?」
「そりゃぁ、心強い。助かるよ。」
「えっ。」
あっさりと雪の提案にうなずいた司に、優志は声を出して疑問視する。
しかし、それ以上はいう事ができず、ため息をつくだけしかできない。
提案を断る理由もなければ、このまま二人で行動しても、先のような危機的状況になる可能性もある。
それならば、共に行動した方が危険性は減るだろう。
何よりも、“能力”が無い優志にとっては、断る権利はない。
「雪ちゃんは・・・あぁ、そう言うことか・・・。」
「?」
ふとショートヘアの少女を見た司の眼が、いきなり険しくなり、優志は小首をかしげる。
司の表情に気が付いていないのか、ショートヘアの少女は、雪と何やら会話をしていた。