白と黒の世界   作:水鏡 零

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15話

どこかで嫌な声が響き、それに重なるように金属が重なり合う音が聞こえる。

ビルの屋上から市内を見てみれば、黒煙が立ち込める場所もあった。

報道規制も昨晩から更に厳しくなり、一部の地域ではテレビやラジオが使い物にならない状態になっているという。

「お。こんなとこにいたのか。」

「あぁ・・・。」

病院の屋上から市内を見ていた光士に、流星が松葉杖を抱えながら歩いてくる。

光士はあまり寝ていないのか、目元にくまがくっきりと出ていた。

「お前。昨日寝てないんだろ?」

「まぁ・・・な。あんな状態だし。寝てもいられないだろ。」

「・・・・。」

昨晩、市長の会見が開かれた直後に、光士やその家族は自宅には帰らず、別の場所で一晩を明かした。

不安げにしている母や祖母の顔を見るのもつらかったが、それ以上に昨晩の会見から一度も顔を見ていない父親も気になる。

「親父さんとは?」

「一応は電話で今朝話はした。・・・たぶん、警察署のどっかにいるんだと思うけど。」

「いるんだと思うって・・・お前知らないのか?」

「まぁ・・・色々とあってね。」

曖昧に答える光士に小首をかしげるしかない流星だが、それ以上は何と言って質問する事が無く、二人は無言のまま市内を見つめた。

すぐ近くで雷のようなものが走り、瞬時にしてそれは消える。

そうかと思えば、離れた場所で火柱が上がり、またそれも直ぐに消えていった。

「学校はしばらく休校だって、兄貴が今朝言ってた。」

「まぁ、再開しても片付けからだろうな。」

遠くに見える自分たちが通う校舎を見つめると、二人はため息をつく。

上空を見れば、薄らと太陽が漆黒の上で見えるだけで、まるで夜のような暗さが市内を覆っていた。

無論だが、外を歩いている人の姿はほとんどない。

屋上から病院の敷地内を見ても、中庭や玄関付近を歩いている人は殆ど見えず、変わりに武器を持った警察や看護師たちの姿が見えた。

「この状況が終わるのってさ・・・やっぱ、伝承のような事が起きないと終わらないんかな?」

「・・・だろうな。」

「でもさ・・・。それって・・・。」

「・・・。」

ふいに脳裏をかすめた同級生たちの姿に、流星は思わず頭を左右に振る。

光士も同じように考えたのか、眼を細めた。

「俺らに、何か出来る事ってないんだろうか。」

「・・・わかんねぇよ。でもさ・・・。」

「?」

大きくため息をついた流星は、おもむろに松葉杖をフェンスに立てかけると、服の中から“赤い石”を手に持った。

光士は目を見開き、その石を見る。

そして、はっと周りを見回して、言葉を無くした。

赤い石を握りしめ、流星は大きく深呼吸をする。

屋上から、病院内へと降りる階段は目の前だ。

しかし、その前には“障害物”が見える。

「こんなとこまで出てくるか?普通。」

「や、やめろ!お前まだ怪我がっ!」

出入り口の前で揺らめく“バケモノ”を見て、流星は手に“弓”を持つ。

光士は流星の松葉杖を抱えると、矢を構えようとした彼の肩を掴んだ。

「そんなこと言っても、俺らを通してくれないみたいだぜ?」

「だからって、戦うなよ!とにかく助けを呼べば・・・!」

「この状態だっ。呼んでる間にやられちまう!」

「い、いや!でもっ!!」

声を張り上げれば恐らくは、誰かしらには声が届くだろう。

とはいえ、近くに人の姿があるわけでもなく、屋上には流星と光士以外の人間はいない。

それほど狭い空間ではないが、足に怪我を追っている流星には、不利な状況だ。

「建物内には出ないんじゃ・・・。」

「空が“乗っ取られた”んだ。聞いていた話と違う事が起きても仕方ないだろ・・・。」

「流暢に言ってる場合かっ!」

両足で立つのも精一杯の流星に、光士は声を張り上げる。

目の前で唸り声をあげて近づいてくるバケモノは、ローブの下でじっと二人を見ていた。

「・・・人間・・・チカラ欲しい・・・殺せば・・・手に入る」

「え・・・?」

ぼそぼそと聞こえてきたバケモノの言葉に、光士は少し目を見開く。

流星はあまり気にしていないのか、光士の反応には気が付いていない。

「チカラ・・・人間の・・・魂・・・肉・・・欲しい・・・」

「(もしかして・・・こいつら・・・人を襲っているのは・・・)」

後ずさりしつつも、光士は目の前の状況とは少し違った事を考えだす。

昨日の学校の事。両親や四大家系から聞いた話。警察署長が言っていたバケモノの目的・・・。

「つまり、違うということか?」

「えっ?」

ぽつりと言葉を発した光士に、流星は思わず振り向く。

光士はバケモノを見ているようだったが、その視線の先は別の事を考えているようだ。

唸り声と奇妙な言葉を繰り返すバケモノに対して、流星は顔をひきつらせつつも、弓を構え直した。

足の痛みで手が震えるが、それでも矢を放つには支障はない。

「一発当たれば・・・っっ!!」

「流っ!」

光の矢を構え、弓をしならせた瞬間、流星は声も出さずに片膝をつく。

光士は松葉杖から手を離すと、倒れそうになった流星を支えた。

「悪いわ・・・。やっぱ、撃てそうもない。」

「謝ってる場合じゃないだろっ。」

苦笑いを浮かべた流星は、激痛の走った片足に手を当てて、光士の顔を見上げる。

光士は頭を左右に振ると、眼下に迫ったバケモノと目があってしまった。

とたんに、バケモノは更に奇妙な声をあげる。

獲物を仕留める事が出来ると確信したのか、バケモノは大きく腕を広げると、二人に目掛けて走ってきた。

「光士だけでも逃げろっ!」

「馬鹿言うなっ!」

思い切り光士を突き飛ばそうとした流星を、逆に光士が服を掴んでその場から引きずろうとする。

お互いに意味のないもめあいになり、二人は表情をひきつらせ、目の前で大きな鎌のような腕を広げたバケモノを凝視した。

「二人とも大丈夫?」

「えっ。」

「あっ・・・。」

奇妙な程にその場に似つかない爽やかな声が、バケモノの後方から聞こえたと思えば、眼が眩むほどの光が二人を包んだ。

一瞬でバケモノの姿は消え、それと入れ替わるように一人の青年が地面に降り立つ。

「あ・・・つ、翼ぁ。」

「えぇ。何情けない声だしてるんだよ。」

「あぁ・・・し、死ぬかと思った。」

「そんな大げさな。」

大きな杖を抱えて笑っている翼は、地面にうなだれる様に倒れている光士と流星を見て更に困惑する。

短くとがった耳が青い髪からかすかに見え、ふと流星は首をかしげた。

「お前さ・・・いいの?“こっち”じゃぁ・・・その姿は駄目だって言ってただろ。」

「そういえば、よく見れば“どう見たって人間じゃない”じゃないか!」

「あはははは・・・。」

流星の松葉杖を拾い上げた翼は、倒れたままの彼を助け起こすと、服に付いたホコリを払い落とすかのように手を動かす。

それは単に二人の言葉に焦っているだけなのか、何度も服を叩いていた。

「状況が状況だし・・・。出し惜しみで“敵”に負けたら笑えないだろ。」

「まぁ、そうかもしれないけど。」

「大丈夫だよ。“それなりの人しか見えない”ようにしてるから。」

「はぁ・・・。」

自分の身体と同じくらい大きな杖を肩に抱え、翼はケラケラと笑う。

あっけらかんとした態度の翼に、流星と光士は呆れた表情を浮かべた。

「お見舞いに来てみれば、こんな場所にも“影”が出てるなんてね。それだけ、相手側の力が上回ってきちゃっている証拠だとは思うけど。」

「状況としては最悪ってやつか?」

「・・・うん。”今は“ね。」

病院の入り口付近から悲鳴が聞こえ、翼は不意に地面を蹴り上げると、屋上に設置されたフェンスを軽々と飛び越えた。

そのまま悲鳴の聞こえた方を見て、彼は軽く杖を振る。

「病人がいる場所なんだから、こういう所は避けてくれないかな。」

翼の頭上に大きな魔法陣が浮かび上がると、その中から幾つもの眩しい程の光が雨のように降り注ぐ。

光は屋上から矢のように急降下し、病院の入り口付近に現れたバケモノを貫いた。

「数が多いね・・・・。まだ、建物の中の方が安全みたいだし。二人とも早く中に入った方がいいよ。」

「お・・・お前は、どうするんだよ?」

「え、僕?」

光士と流星はフェンスの上に立ったままの翼を見上げて、不安げな表情を浮かべる。

翼は赤い目を細めると、そのまま穏やかに微笑んだ。

「お手伝いに行くつもり・・・かな。」

「実家の?」

「うぅん。ちょっと“ご近所さん”の頼まれごと。」

「・・・・?」

曖昧な言い方をした翼は、フェンスから飛び降りると、大きく背伸びをしながら、二人に歩み寄る。

近くで見ると、“いつもの人間の姿”より少し背が高いように感じた。

「敵さんの動きが不可解なんだよね。“ターゲット”を探しているというよりかは、手当たり次第に人間を攻撃しているようにも感じるし。」

「っっ!やっぱりそうか・・・。」

「え。」

翼の言葉に弾かれるように、光士が手を叩く。

光士の行動に理解できなかった流星は、拍子抜けした声をあげた。

「先のバケモノ。なんか変な事を言っていたんだ。・・・人間・・・魂・・・肉・・・欲しい・・・・って。」

「ふぅん・・・。」

「チカラが欲しい、チカラが欲しいって・・・。」

「なるほど、ねぇ。」

先にこの場に出現したバケモノを思い出す様に、光士は腕を組んでバケモノが呟いていた言葉を繰り返す。

そんなこと言ってたか?と流星がぽつりと言うが、翼は光士の言葉に目を更に細めた。

翼の表情は一見すれば先と変わらず穏やかな表情をしているが、どこか冷たさが少し滲んできたようにも見える。

「これは良い情報かもね。うん・・・。」

「そう・・・なのか?」

「うん。かなりの情報かもしれないよ。どうして一般人を手当たり次第に今襲っているのか・・・わかったかもしれないんだ。」

翼は杖を抱え直すと、市内をぐるりと見渡してから、ある方向へと足を動かし出した。

どうやら、この場を去るらしい。

「とりあえず、翼も無理するなよ。」

「あはは。ありがとう。二人とも・・・。君たちも無理しないように。」

「了解。」

ひらひらと片手をゆらした翼は、軽々とフェンスを飛び越えるとそのまま出現した魔法陣へと滑り込む。

光の粒をまき散らして消えた彼を見届けると、光士と流星は大きくため息をついた。

「・・・あいつ。なんか理由はわかんねぇけど、かなり怒ってたな。」

「俺らに・・・って訳じゃないとは思うけど・・・な。」

去り際にちらりと見えた翼の顔を思いだし、二人は苦笑いを浮かべる。

血のように赤い翼の目が、一際冷たく感じた瞬間だった。

 

 

 

――

 

 

 

 

狭い路地を抜け、見慣れた警察署の目の前まで来ると、優志は自然と緊張感が和らぐような気がした。

ここまで安全にたどり着いた理由としては、恐らくは彼女たちのおかげだろうと優志は思う。

言葉の通り、風のように素早く動き、バケモノを切ってゆく雪の姿は、中学生の少女というにはあまりにも違和感がある。

彼女の取り巻きといえば良いのかは不明だが、一緒に行動をしている青年たちも、人とは思えない動きをしていた。

雪や青年たちと共にいるショートヘアの少女に関しては、優志と同じで能力が無いのか、雪や司たちがバケモノと対峙している最中は、片津を飲んで彼女たちを見ているだけだ。

妙に独り言が多い少女ではあったが、それ以外に変わったところはない。

不可思議といえば、司と何やら話をしていた雪と付き添うように行動している青年たちだ。

断片的に会話が聞こえてきてはいたが、どうやらショートヘアの少女に関しての事らしく、何度も司は彼女の方を振り向いている。

「おい。優志!」

「あ、はいっ・・・す、すみません。」

道中の事を思い返し、ぼうっとしていた為、優志は司に何度も名前を呼ばれていた事に気が付かず、慌てふためいてしまう。

「お前、大丈夫か?」

「すみません。・・・色々考えていたら。」

優志は自分が考えていた事を司に話そうかと思ったが、周りには雪達がいたので、彼女たちを別れてから話をしようと気持ちを切り替えた。

「武藤家のお嬢さん達とはここでお別れだ。」

「そうなんですか。・・・って、君たちはどこへ?学校は休校だろうし、君の家とは方向は逆だろう?」

「・・・えっと。」

淡々と話していた司とはうって変わり、優志は思ったことを雪に問いかけてしまう。

確かに今までの彼女たちを思えば、この不可解な現象が起こる市内でも、あまり難はないのかもしれない。

とはいえ、十代の少女たちが容易に出歩く状態でもないのも確かだ。

簡単に別れの挨拶をして、そのまま見送るにはあまりにも不安である。

「そちらの子を家まで送る・・・っていう嘘は、僕には通用しないよ。」

「おいおい、お前なぁ。」

「・・・。」

ショートヘアの少女は、恐らく家に帰ろうとしてはいない。

住宅街があるのは、彼女たちが姿を現した商店街側の方であり、警察署を隔てた反対側にあるのは、オフィス街だ。

マンションも少なければ、民家も無いに等しい。

ちらりと目を合わせた青年たちの様子が気になり、優志は司の制止を押し切るように彼らへと視線を変えた。

「会いに行かなくてはいけない人がいるんです。」

「は・・・?」

ぽつりと小さな声が聞こえ、優志は間の抜けた声で視線を向ける。

かなり緊張しているのだろうか、その声はあまりにも小さい。

見れば、今まで黙っていたショートヘアの少女が呟いたようだ。

彼女は眼を泳がせながらも、優志を見ている。

「大事な人に会いに行きます・・・。すみません。」

「いや。るりちゃん。何も謝るような事はないんだよ。」

「・・・・。」

何か怖いものを見るかのように、優志の顔を見ていた少女るりは、優志と目を合わすことができないのか、何故か“何もない左側”を見た。

よく観察してみれば、彼女はその空間に向かって頷いている。

あまりにも不自然な状態だ。

「そこに・・・何かいるのかな?」

「え・・・。あ・・・。」

棘を指すように優志がるりに問いかけると、彼女は困ったようにピクリと肩を揺らした。

「その辺にしてやれ。武田・・・。今のお前に話しても、“理解できない”相手だ。」

「・・・・・。」

薄々わかっていたとはいえ、言葉にして言われてしまうと、優志はそれ以上るりに問いかけることができない。

一晩のうちに話は理解したように感じていたが、それはほんの一握りだけであり、未だに“状況”は分からないに等しい程だ。

司の一言で全てを終わらされてしまった優志は、大きくため息をつくと小さく頭を下げた。

「すまないね。僕も、色々と状況がわからなくて。」

「あ・・・いえ。その・・・。」

何か言いたげにるりは優志を見るが、“何もない左側”をちらりと見ると、首を横にふるだけに留まる。

そこに“何かがいる”ことは理解できたが、優志は“それ”が何なのかはわからなかった。

「奈美ちゃんのお父さんも・・・。えっと、武田さんも・・・気を付けてください。“敵”は屋内にも今後は侵入してくるかもしれません。」

「あぁ。十分注意するよ。雪ちゃんたちも気を付けて。・・・それから。」

「・・・・?」

今まで神妙な顔つきでいた司が、いきなり表情を崩すとるりの方をゆっくりと見た。

るりは小首をかしげて彼を見上げる。

「・・・あまり、無理をしないで。頼れる人を頼りなさい。わからない事があれば、悩みこまず“仲間”に相談しなさい。おじさんたちは力になってあげられないかもしれないが、きっと・・・・大丈夫だ。」

「・・・・。」

司の言う言葉に意味が解らず、優志はただ彼とるりを交互に見ることしかできない。

るり自身は理解したのか、彼女は小さく頷く。

「ありがとう・・・ございます。」

「くれぐれも、無理はしない事だ。」

「はいっ。」

まるで自分の娘に話しているかのように、司はるりの頭を軽く撫でると、雪と顔を合わせ頷き合う。

「それじゃぁ、お互い検討を祈ろう。」

司がそう言うと、雪を先頭にして彼女たちは歩きだした。

行く先はこの先にあるオフィス街のようで、平日だというのにも関わらず静まり返った大通りを彼女たちは歩き去ってゆく。

「さて。俺らも頑張らないとな。」

「あの・・・部長。先のるりちゃんというあの子は・・・。」

大きく背伸びをした司とは対照的に、優志は困惑した表情をする。

彼が言いたい事を悟ったのか、司は辺りをぐるりと見まわし“人がいない”ことを確かめた。

「昨日、お前うちの親父に話を聞いただろう?」

「え、それは・・・あの、昔話というか伝承というか。」

「それだよ。それ、思いだしてみろ。」

「はぁ・・・?」

質問の答えになっていないような回答をされ、優志は困りつつも昨晩の事を思い返す。

「・・・・。わからんか。」

「はい・・・。」

どうにも理解できず、何を思い出したとしても、優志が求めている答えに相当する事柄が見当たらない。

「・・・統治する者・・・秩序を正す者。」

「・・・え・・・・。」

小さな声ではあったが、司の言葉は優志の耳に水を垂らしたように響き渡った。

辺りは確かに静かだが、それ以上に耳を傷めるほどだ。

「ま、待ってください。・・・え・・・・それは・・・あの中学生の女の子が・・・え・・・?」

一言だったとはいえ、司の発した言葉はあまりにも信じがたい。

司の父が話していた伝承や、彼の話を鮮明に脳裏に思いだし、優志は背中に冷や汗が流れたように背筋が冷える感覚を覚える。

 

統治する者、秩序を正す者

 

バケモノ達が探している

 

バケモノ達が倒そうとしている

 

「あんな・・・ひ弱な・・・中学生を恐れている?」

「・・・言葉に気を付けろ。“あっち側”の偉い人が聞いていたら、お前の首が飛んでるぞ。」

「っ・・・。」

ふいに周りを見まわし、自分たち以外に人がいない事を優志は確かめる。

道を隔てた向こう側には、パトロールに出掛けるのか、警官が数名立っているだけだ。

なんら変わった人の姿は見えないが、妙に得体のしれない怖さを感じ、優志はそれ以上何も言えなくなる。

「正確には“なる資格がある”人物と言った方がいいだろうな。」

「その・・・彼女も何かを持っているんですか。」

「あぁ。お前は気が付かないだろうが。あの子が持っていた“鍵”は相当な力を放ってるな。」

軽くるりの頭を撫でた右手を押さえ、司は辺りを見回してから署内へと入ってゆく。

優志も同じように辺りを警戒しつつ、彼の後を追った。

ガラス扉を開けた署内は、どこで鳴っているのか分からない程、電話の音が鳴り響いていた。

署内を駆け回る者達は多く、一人一人流ちょうに挨拶をしている場合でもない。

「何らかの力でカモフラージュされてるんだと思うが、俺達の“鍵”とはどこを取っても全てが違うな。あれは。」

「一瞬くらいしか部長が彼女に触れていないのに・・・。」

見慣れたデスクの方へと足を運べば、あたり一面に資料やら何やらが散乱しており、先に到着した同部署の者達は、姿さえもなかった。

書置きのようなメモが司のデスクに何枚も張り付けてあり、それを目にした彼は苦笑いを浮かべた。

優志のデスクにも数枚のメモが置かれており、中にはあまりにも乱雑に書かれてよく理解できない物もある。

「先、武藤家のお嬢さんに色々と聞いたが・・・“彼女”が狙われている可能性は今のところ低いらしい。」

「敵側・・・。バケモノ側は気が付いていないと?」

「そうみたいだ。」

嫌々そうにメモをデスクから剥がし、司はその下にも張り付けられたメモを見つけ、大きなため息をつく。

音を立てて書類が床に散らばる音が聞こえ、優志が後方を振り返れば、数名の署員が大慌てで何かを運んでいた。

「まぁ、それも時間の問題だとは言っていたし。だからと言って、俺達が何をしてあげられる訳でもないからなぁ。」

「え、いや。護衛とか・・・安全な場所に避難させるとか・・・。できるんじゃないですか?」

なるべく平常心を取り繕うように、優志はデスクを片付けながら“たわいもない話をするフリ”をしつつ、司に問いかける。

見慣れた顔が周りにいる状況や場所とはいえ、そこに“潜んでいる”事もありうると二人はお互いに考えているようだ。

「それができる“身分”じゃないんだなぁ。俺らは。」

「み、身分制度もあるんですか?」

「あー。例えて言っただけだ。」

「はぁ・・・。」

へらへらといつものように笑いながら、司はやっと片付いたデスクを見て、ため息をつく。

優志も一通り自分のデスクを片付けると、彼の方へと歩み寄った。

手には必要なのかは不明だが、書類を持っている。

「で。そう言う色々と複雑な事情があり、彼女たちは“会いに行く”って事なわけだ。」

「そういう事だったんですか。」

丸く収まったように言う司ではあるが、その目は笑っていない。

優志自身も、理解したようで理解できない部分は多いが、これ以上の話は出来ないだろうと互いの眼を見て理解する。

慌ただしく周りが動いているとはいえ、深い話は出来そうもない。

「とりあえず、市内の状況を簡単でもいいから情報集めるぞ。」

「先に到着していた者にも、連絡とってみます。」

優志は気持ちを切り替えるようにうなずくと、片付いたばかりの自分のデスクへと戻る。

パソコンの電源を入れ、ふと目に入った署員の書置きへと目を通す。

至急の依頼や、自分たちがどこに向かうのかを走り書きしてあるメモがほとんどだったが、その中に気になる書置きを見つけ、優志は手に持つ。

誰が書いたのか名前もないそのメモには、他の者達と違い綺麗に文字が書かれていた。

最後の行を見ても部署名も名前もなければ、筆跡さえも見覚えが無い。

ただ、そこに書かれていた事は、息を飲む言葉だ。

「部長・・・。部長っ!」

「あぁ?どうした?」

椅子が立ち上がった勢いで倒れてしまうが、そんな事など気にしてはいられず、優志はメモを片手に司に駆け寄る。

半端乱暴にメモを司に突きつけると、彼の表情が見る見るうちに変わり、手が震えだした。

 

私達は 貴方達の 守る者を見つけました。

合流場所も 特定しています。

私達よりも先に 到着できるかな?

場所は・・・

 

「誰だ・・・。このメモを書いたのは。」

「・・・わかりません。」

「・・・・。」

司は水をかぶったように目を泳がせ、おもむろに手に持った携帯を操作しだす。

「俺だ・・・司だ。・・・“黒川くん”に伝えてくれ。」

メモを握りつぶすように睨んだ司は、電話口の相手に震える声で喋っている。

「・・・奴らが本格的に動くみたいだ・・・」

震える手でメモを司から受け取った優志は、思わず息を飲んでしまう。

「あぁ。そうなんだ・・・場所も書かれていて・・・そこは・・・」

優志が手に持ったメモは、じわじわと赤く染まると、塵のように粉々に消えてしまう。

携帯をポケットに戻した司は、そのままデスクに置かれた内線を乱暴に取ると、声を殺してどこかにかけだす。

「情報収集班の飛勇です。・・・署長はいらっしゃいますか?」

優志は粉々に消え去ったメモの断片を探すが、司の声に弾かれるように彼の持つ受話器へと視線を向けた。

「はい・・・。できればすぐに。・・・はい。すみません。」

平常心を保とうとしているのか、司の声は酷く震えているようにも優志は感じる。

署内は騒音とも言えるほど騒がしいが、自分たちの周りだけは静まり返ってしまったような感覚に陥った。

「飛勇です。・・・署長。誰が貼ったかはわかりませんが・・・部下のデスクに謎のメモが・・・。えっ。しょ、署長にもですかっ・・・。あ。・・・はい。大丈夫です。え・・・武田も・・・・。・・・・わかりました。直に向かいます。」

「・・・え。」

勢いよく受話器を置いた司は、優志の顔を見て苦笑いをする。

その意味がなんとなく理解できた彼は、司以上に顔を引きつらせた。

「行くぞ。署長と“デート”だ。」

「・・・・。」

大きくため息をついた司は、困惑する優志の肩を叩くと、ふら付く様な足取りで、出口へと向かって行った。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

気味が悪い程静かなビル街を歩きながら、るりはランゼフの手を握り続ける。

「先の警察の兄さん。なんか、ちょっと鋭かったな。」

「とはいえ・・・あの人は“部外者”だろう。あまり多くは語れない。」

「難しいね。これから色々と増えそうだし。」

前を歩く雪達は、この状況下でもあまり変わった様子が無い。

数十分前に別れた奈美の父親たちの事を雪達は話しているようだ。

「なんだか凄く、私見られてたね。」

「ボクが見えないから、あの男の人はるりを不思議がっていたんじゃないのかな。」

「そっか・・・。」

棘がある様な鋭い口調で先ほど質問をされてしまい、るりは未だにモヤモヤと心が落ち着かない。

元々、男性と話をするのは得意な方ではないため、あのような言い方をされてしまうと、更に困惑してしまった。

「あーいう男ってさぁ・・・。面倒な奴なんだよなぁ。」

「こらこら。カーくん!」

緊張感が無いような笑いをしたカーティルスに、雪が咎めるように名前を呼ぶ。

るりを気遣っているのか、自然と笑みを浮かべてしまう雰囲気だ。

「真面目な性格は良いことだと思うぞ。あのような堅実さが、警察という職務には向いていると私は考えるがな。」

「・・・兄者は真面目だね。」

「・・・・。」

カーティルスと雪の会話の意図とは違うルヴァンの回答に、思わずるりは小さく笑ってしまう。

状況は不安な事が多いとはいえ、心強い味方が周りにいるせいか、昨日の学校の時よりかは心が落ち着いている。

「あ。ここでいいのかな?」

「・・・ここ・・・。」

ふいに雪が目の前にあるビルを指差す。

そこにはるりには聞き覚えのある会社の名前が壁に書かれていた。

「桜丘出版・・・。」

「るり、知ってるの?」

「え・・・。うん。お姉ちゃんの働いている会社なの。」

「へぇ・・・。」

ランゼフは少し目を細めると、おもむろに左手を小さく揺らす。

小さな淡い緑色の光が指先から放たれたかと思うと、それは風に舞うように消えた。

るりから手を離したランゼフは、今度は両手を広げる。

すると、何もない空間にパソコンのような画面がいくつも現れた。

「・・・これが、“監視者”の・・・ね。」

「近未来的っていうのかな。」

「・・・見ていても訳がわからんな。」

「・・・・。」

物珍しそうにランゼフへと近寄った雪やカーティルス達は、無言でコンソールを弾いている彼女を、じっと後ろから見ている。

るりも彼らの後ろからランゼフの姿を見て、驚いた声を出した。

肩を震わせたランゼフは、思い切り後ろを振り返る。

「あのさ・・・。気が散るんだけど。」

「いいじゃんか。減るもんじゃないし。」

「あのな・・・」

ため息をついたランゼフは、にやにやと笑うカーティルスを見て、嫌そうな表情を浮かべた。

ランゼフは不機嫌そうな表情を浮かべてはいるが、るりは何故か小さな声で笑ってしまう。

なんとなく、彼女が可愛らしいと思っているようだ。

「スグに迎えの人が来るから。」

「ありがとう。じゃぁ、私たちはここで待つだけだね。」

「うん。」

雪の言葉にうなずいたランゼフは、画面を見ると両手を再度動かす。

今まで宙に浮き出ていた画面やコンソールが一瞬で消え、そこには何も無くなった。

辺りを改めて見回してみるが、人の姿は見えない。

近くのビルでは、外の暗さのせいか明かりが灯っている場所が多く、中で動く人の影が見えた。

「まずは監視者さんたちに合流すること。それから、今後の事を話し合っていきましょう。」

「そうだな。どのみち“あっち”の世界に行かないといけないだろうし。」

「・・・父上達にも今後の事をご相談せねばな。」

「あぁ。」

目の前で雪やルヴァンたちが話している内容に、るりは少し自分が入って行けない事に悔しさを覚えてしまう。

仲良く話している雪達を見ていると、自分が何故か取り残されている感覚を感じる。

そこにランゼフが会話に合流し、るりはただ彼女たちを見ていることしかできない。

「(そういえば・・・。アリスさん達・・・どうしちゃったんだろう。)」

ふと脳裏に浮かんだ”彼“に、るりは違和感を覚えた。

また会えるだろうと思っていたが、未だに彼らとは会えていない。

それどころか、雪やランゼフ達からも、アリスの話は一言も出てこない状態だ。

「(そっか。・・・雪ちゃんたちには、あまり会いたくない人・・・だったんだよね・・・。アリスさん。)」

目の前で話している雪やカーティルス達の姿が急に遠くに感じ、るりは自然と後退してしまう。

あまり離れるわけにはいかないが、それでもこの状況は少々辛い。

会話に入ることもできなければ、自分から話しかけたとしても、何を言えば良いのか分からない状態だ。

「あの・・・。」

意を決してるりが声を出した瞬間、彼女を見た雪達の表情が一変する。

眼を見開き、大きく手を伸ばしたランゼフの姿が、何故か段々と遠ざかってゆく。

「え・・・?」

不安げにるりが手を前に伸ばした瞬間、視界が漆黒へと変わった。

 

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