白と黒の世界   作:水鏡 零

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17話

上空から翼の持っていた杖を介して、光の粒が降り注いでいる。

それらはビル全体を降りしきる雪のように覆っていた。

頭上では、漆黒の割れ目から青空が見えるが、それを取り囲もうと周りの闇からじわじわと液体のように真っ黒な闇がにじみ出ている。

だが、闇は太陽の光に当たるとすぐに音もなく消えて行った。

「まずは、僕達が敵としている者達について。だね。」

「あ。・・・う、うん。」

ビルの屋上に置かれたベンチに腰掛け、翼が辺りを気にしつつもるりに声をかける。

彼と向かい合うように置かれたベンチに、るりやランゼフ達は座った。

「雪ちゃん達からどこまで話を聞いているかな?」

「えっと・・・。向こうの世界の事や、その仕組みについて・・・。」

「敵に関しては何も話はしていない状態だよ。女神の話。巫女と主帝の話。・・・それから、終焉の話かな。」

「うんうん。なるほどね。」

妙に落ち着き払った翼は、軽く片手をゆらすと手のひらに魔法陣を出現させた。

光の粒が溢れ出ると、その魔法陣が更に大きくなる。

「じゃぁ、るりちゃんがもしかしたら“巫女”になるかもしれない。っていう事も聞いたのかな?」

「あ・・・う、うん。」

「そっか。それなら話は早いね。」

手のひらの上で大きくなった魔法陣を、翼は弾くように指を動かす。

音もなく動いた魔法陣は、そのまま彼の足元へと降りると地面へと吸い込まれていった。

辺りは刈りそろえられた芝生で埋まっているが、その緑からじんわりと光が溢れ、翼が放った魔法陣が見える。

「前巫女や主帝が亡くなると、半自動的に次の候補者が選出される。それは、女神の考え次第だからね、誰がなるというのは、僕達も知らない。」

「巫女が亡くなるという事は、その存在やそれに従っていた者達も力を無くすことになるんだ。」

「そう、本来としてはそれが“掟”だ。」

カーティルスの言葉に、翼は困ったような表情を浮かべた。

「前巫女も主帝も、世界の終焉と共にその生涯を終えるのが掟。それが例え本人たちの不本意な状態であっても、周りの者達が受け入れられないとしても、女神の意思は絶対だからくつがえすことは出来ない。・・・はずなんだけどねぇ。」

「その掟を破っているってことなんだ。」

「・・・。」

苦笑いを浮かべながら、翼はルヴァンの言葉に頷く。

るりは昨日読んだ“別世界の歴史書”を思いだしつつ、彼らの言葉をただ聞いてゆく。

今までの雪や翼たちの会話からも、なんとなくだが敵が一体どのような存在なのか、想像がついてきた。

「前巫女の名前はマーラ。私利私欲を尽くしたせいで、世界の乱れだけを生んでしまった。結果として女神たちから“見放され”打倒マーラとして立ち上がった者達により、処刑された。」

「マーラという女性は、実力もある魔道士の家に生まれた人・・・と聞いている。まぁ、家柄はあまり良くなくて、巫女になる前からも領地では結構独裁政治的な事を行っていたみたいだ。」

「・・・そう、なんだ。」

ひょうひょうと話すカーティルスに、るりは思考が追い付かないとはいえ、なんとか答えようとする。

家の事や別世界の事は理解できていない部分は多いが、彼らの会話からマーラと言う人物が、善と悪に分けるとしたら“悪”であるという事は理解できた。

「彼女が巫女になれたのは、他の候補者が離脱してしまったから。という理由しかないんだ。その時の巫女と主帝を決める判断として用いられたのが、選抜式だったんだけどね。」

「それが良くも悪くも、マーラとその対になる人物を選んでしまった。」

「・・・。」

翼はベンチに座りながらも、片手を動かして宙に魔法陣を描く。

そこからホログラムのような映像が出現すると、るり達も見慣れたあの気味の悪い仮面が浮かび上がった。

「先の奴だね。こいつらが今の話に出ていたマーラに付き従う残党。奴らの指導者的な者達は、皆このような仮面を付けている。」

「皆、ってことは、他の奴らもいるのか。」

「うん。あっちの世界で目撃が何度もされているよ。」

驚いた表情をしている雪やルヴァン達に、翼は大きく頷く。

彼らの表情を気にしつつも、翼は更に手を振るった。

そして、更に別の魔法陣を浮かび上がらせる。

「彼らの目的は今のところ二つ。一つは今回の巫女の候補者として選ばれた人たちを亡き者にする事・・・。」

「あ・・・。」

翼の言葉にるりは背筋が凍るような感覚を覚えた。

彼女の表情を心配してか、ランゼフがるりの顔を覗く。

震える手を押さえたるりは、大丈夫だというように小さく頷いた。

「マーラの姿は目撃されていないけれど、奴らなりに何か策があるんだろうね。すでに“あちらの世界の候補者”で被害者は出ている。」

「なっ・・・。」

淡々と言葉を並べている翼ではあるが、話が進むにつれてその目線は次第に鋭さを帯びていた。

「もう一つの目的。それは、こちらの世界に急にバケモノが出現した事と空の“結界”を作った理由に関する話。」

「太陽の光を遮断しているように見えるでしょ?あれは、自分たちの力を増幅させるためにしているんだ。」

「そう・・・だったんだ。」

指を空に向けたランゼフに続いて、るりも空を見つめる。

漆黒に割れ目ができたせいか、じんわりとその割れ目は大きくなりつつあった。

「仲間の力を更に高める為のようだね。曖昧だったけれど、昨晩からの民間人への手当たり次第の襲撃と合わせて確信したよ。奴らは人を襲ってその命を“糧”にしようとしている。」

「・・・諍う力のないこちらの世界の者達を狙っている。ということか。」「そういうことだね。」

表情を険しくしたルヴァンに、翼は大きく頷く。

翼はホログラムとして出していた魔法陣を手でかき消すと、地面に描いた魔法陣を更に広げた。

るりや雪達の足元にも魔法陣が広がり、ビルの屋上を埋め尽くす勢いで大きくなってゆく。

心なしか、ビルの下へと降り注いでいる光の粒も、量が増えているように思えた。

「今のところ死者は出ていないけれど。この状況だ。やけになった連中がどう動くかは分からない。」

「それに、少なからずるりちゃんの覚醒も早まっているみたいだし・・・」

「うん。それは本当にまずいね。」

「・・・・。」

そっと額に手を触れたるりは、震える身体を押さえる様にスカートの裾を強く握った。

状況はほぼ分からないに等しいが、自分が迷っている状態ではないという事は何となく薄々だが理解している。

とはいえ、今からでは自分が何をしたらいいのかはわからない。

流れに任せて動けばいいのだろうか?という考えがるりの頭をよぎった。

「ところでさ。るりちゃん。」

「えっ?」

「るりちゃんは、別の世界の事をどう思う?」

「・・・・。」

穏やかに微笑んでいる翼ではあるが、その視線は酷く痛い。

迫られているようにも、怒られているようにも感じられるくらいだ。

「どう思うと言われても・・・」

不可解な事に巻き込まれてしまったのは、ほんの少し前からだ。

それどころか、このような状況になるとは全く夢にも思っていない。

「私・・・知らない所でそんな重要な事を任される事ができないし・・・何よりも私には理解できていない。・・・どう思うと言われても正直、わ、わからないよ。」

「・・・るり。」

ここ数日で物事は目まぐるしく変わっている。

るり自身が置かれている状況も、この桜丘市の状況も、友人や街の人達や別の世界の事。

あまりにも唐突な事が重なりすぎて、るりは整理がついていない。

不安や焦り、恐怖感や困惑などの思いしか今は考えられない状態だ。

雪やランゼフ達の後押しもあって此処に来てはいるが、自分がどうしてゆきたいのかなど分かるはずもない。

「そうだね。これだけは言えるね・・・ごめんね。唐突に巻き込んで。」

「そ、そんなっ。翼くんが謝る事じゃないよっ?」

「いや。僕は謝るべき存在だからね。」

「・・・え。」

上空にたたずんでいた杖に向かって翼は手を振ると、ゆっくりと光の粒をまき散らしながら、それは彼の手の中へと戻ってゆく。

地面を軽く翼が杖の先で叩くと、ビルを囲んでいた光の粒がだんだんと辺りから消えて行った。

「女神からは、今回の選抜について詳しくは聞いていないんだ。僕も最初は驚いたからね。“部外者”のるりちゃんがどうして鍵を持つことになったのかは、今でも僕らは知らされていない。」

「執行者でも知らないのか?」

「うん。」

ふいに両腕を広げた翼は、背中に先のような漆黒の羽を出現させた。

同時に、地面に描かれた魔法陣が輝き、足元が反射して眩しくなる。

雪やカーティルス達も、彼の動きに合わせる様に自分の武器を手に持ち直すと、辺りを見回し構えた。

ベンチに座っていたるりだったが、ランゼフに手を引かれるとその場から離れる。

「色々ともっとしっかり教えてあげなくちゃいけないし。何よりも、この状況や今後の事をもっと注意してあげたいんだけど・・・“敵”さんたちは時間もくれなそうだ。」

「それは・・・。」

「でも、これだけは言っておこうかな。」

小さく笑った翼は、手に持った杖を構えてるりの顔を見た。

その表情は苦悩にも悲しみにも見える。

「るりちゃんが選ばれたのには、理由が必ずある。女神は思い付きやその場のノリで候補者を決めないからね。・・・だから、自分の選ばれた理由を探してほしいんだ。」

「私が、女神様に選ばれた理由?」

「・・・来るぞ。」

ルヴァンの低い声が聞こえたるや否や、雪がるりとランゼフの前まで駆け寄ってくる。

二人を守るようにカーティルスや翼も駆け寄ってきた。

「その理由を知ってからでいいから。君が巫女様になるかどうか・・・決めてほしい。それが、僕の願いであり執行者としての思いだ。」

「し、執行者・・・?」

何度も先から聞いた単語であるが、その意味はわからない。

るりは小首を傾げて翼へと問いかけようとしたが、ランゼフに強く手を引かれて言葉を失ってしまう。

後方を見れば、ランゼフが大きく頷き、ビルの下層へと続く入り口の方を指さしていた。

そちらに行けという意味らしい。

「監視者さん。僕達が時間を稼ぐから、そのうちに君たちの仲間と合流してくれないかな。どうやら、一緒には行けそうもないや。」

「・・・わかった。」

「え。ら、ランちゃん?・・・ゆ、雪ちゃん達と一緒に行くんじゃ・・・。」

「・・・。」

翼がランゼフの方を振り向かずに呟くと、ランゼフはるりの困惑した表情を受け流しつつ、彼に答える。

るりは目の前に立っている雪の姿へと視線を移すが、彼女は何も言い返してこない。

言葉に言い現せない不安感が、るりの背中を駆け抜けた。

「先の仮面とは別の奴か。」

「ちょっとは、手ごわそうだね。」

「え・・・え・・・。」

急に生暖かい気味が悪い風が巻き起こり、辺りを包んでいた光の粒が音を立ててはじけ消えてゆく。

同時に、翼が足元に出現させていた魔法陣がガラスを割るように壊れてゆき、数秒の間にそれは漆黒へと塗りつぶされた。

「これはこれは・・・おそろいで。」

「・・・え・・・。」

くぐもった男の声が聞こえると、るり達の前に先程見た仮面を着けている男が姿を現す。

彼の周りには気味の悪い黒い渦が湧き上がっており、上空から太陽の光が降り注いでいるはずなのだが、辺りが妙に暗くなってゆく。

仮面の男が手をゆらすと、地面からうめき声をあげてバケモノ達が群れを成して現れた。

バケモノの姿は今まで見た者達とまるで異なる。

腕が変形し、武器のようになっている者もいれば、人間の姿を模っておらず獣のような姿をしていたものもいた。

なによりも、引きずるようにかぶっていたローブは短くなり、皆が同じような奇怪な仮面をかぶっている。

「我々の同志が気配を無くしたと思えば・・・なるほど、あなた方に仕留められたのですね。」

「言い方は違うけれど、僕からすると“刑を執行された”と言うべきだと思うけれど?」

「ほう・・・。」

仮面の男は自分から一番近いバケモノに何やら指示を出す。

片腕が刀型になったバケモノは、低いうめき声と主に地面を蹴り上げた。

「ッ!」

「雪ちゃんっ!」

「大丈夫か、雪っ!」

るりの悲鳴とカーティルスの声が重なった瞬間、雪の身体が後方へと引きずられるように動いた。

入れ替わるようにルヴァンが走り、バケモノの身体を切り裂く。

「大丈夫。ありがとう・・・。」

刀を軽く振るった雪は、駆け寄ったカーティルスの手を取り立ち上がる。

二人を守るように立ちはだかったルヴァンは、ゆっくりと近寄ってくるバケモノ達を睨みつけていた。

「なかなか。聖職者の者達は面白いですね。」

仮面の男は軽く手を叩くと、ぐるりと首をまわして辺りを見た。

彼の視線に入らないようにするためなのか、翼はるりとランゼフの前に立ちはだかる。

翼の後方を見つめた仮面の男は、小さな声で何かを呟いた。

「ここに監視者がいると聞いてはいましたが、まさかまさか・・・目的の卵もいるとは思いませんでしたね。先の愚か者は我々に連絡をしなかった理由がわかりました。」

「・・・となると、君たちの目的は候補者よりも監視者だったのかな?」

「それって・・・。」

翼の言葉に不意を付かれたように、ランゼフの目が見開く。

ランゼフはぴくりと手を震わせ、仮面の男を睨んだ。

「さようです。我々の目的は監視者の隠れている場所を突き止め、息の根を止める事でした。・・・が、場所は見つけれど姿が見当たらない。行き詰っていれば、なんとまぁ・・幸運ですね。」

「幸運か不運かはこれから決まるんじゃないかなぁ?」

「翼・・・くん。」

音を立てて杖を地面に立てた翼は、低く気味悪い声をあげて笑う仮面の男を睨みつける。

声はいつもの穏やかさを残しているが、彼から発せられる殺気はるりでさえも気が付いていた。

「そうですね。聖職者と執行者を倒すことが出来れば。我々の大勝利でございます。これは、マーラ様にもお褒めいただく大手柄。」

「来るぞっ!」

軽く手を叩いた仮面の男に合わせる様に、周りに漂っていたバケモノ達が一斉に動き出す。

怒声を上げて走り寄ってくるバケモノに対して、翼は杖から魔法陣を出現させると、光の槍を一斉に辺りに飛び散らせた。

「先の奴らとは違うっ!」

「気を抜くなっ!」

カーティルスの攻撃を紙一重で交わしたバケモノに、雪が後方から振り払うように切り裂く。

ひるむことなく襲って来るバケモノ達を、ルヴァンが二人の攻撃の間をぬってレイピアを振るった。

「るり。ここを離れないと・・・。」

「で、でも雪ちゃん達が。」

るりの片手を握りしめたランゼフは、困惑した表情で動かないるりに向かって声を荒げる。

とうの彼女は前方で息を飲む程の速さで敵に斬りかかっている雪達を見守っていた。

ランゼフやるり達の方へとバケモノを近づかせない為に、翼が地面に魔法陣を描く。

バケモノはそれに弾かれ、仮面の男の方へと後退した。

「僕達は何とかなる。るりちゃんは早くその子と一緒に合流するんだ。」

「つ、翼くん。」

「大丈夫だよっ、るりちゃん。私達は平気だからっ!」

「・・・雪ちゃん。」

カーティルスとルヴァンに守られるように後方へと下がった雪は、バケモノ達の攻撃をかいくぐりながらるりの方へと駆け寄る。

翼の攻撃が更に強まると、敵たちは低いうめき声をあげて散り散りに消し飛んだ。

消し飛んだバケモノ達を補うように、仮面の男が更に新手を出現させる。

「本当は一緒に行ってあげたいけれど・・・ごめんね。」

「うぅん・・・。私、何も手伝えなくて・・・。」

「そんなことないよっ!」

翼の作った魔法陣に亀裂が入り、その亀裂を狙ってバケモノ達が攻撃を仕掛けてゆく。

るりの横にたたずんでいたランゼフが片腕をあげると、翼の魔法陣を補うように緑の光がひびに入り込んだ。

バケモノはそれに気が付かなかったのか、その部位に攻撃を仕掛けるが、魔法陣に身体が触れた瞬間に塵と化してゆく。

翼は軽くランゼフに手を振ると、彼は地面を蹴り上げて上空へと飛び上がった。

まもなくして、上空にたたずむ翼の周りに眩しい程の魔法陣と光の矢が幾つも浮かび上がってゆく。

「大丈夫。これからきっと私達はるりちゃんに何度も助けられる。だから・・・気を強く持って。」

「そ、そんな・・・私・・・」

「今は悩んでいていいから。最後は自分の意思で決めてっ!」

「あっ!ゆ、雪ちゃんっ!」

軽く雪に肩を叩かれたるりは、走り去ってゆく彼女の背中に手を伸ばす。

しかしどうしてもそれ以上体は前に動かず、ただじっと雪の背中を見ている事しかできない。

雪は刀を構え直すと同時に、目の前に迫るバケモノ達を疾風のように切り刻んでいた。

「・・・私は・・・。」

「るり、とりあえず行こう。あいつにはさすがにボクも一人じゃ勝てないかもしれないから。」

「・・・。」

バケモノと雪達との攻防の間をぬうように、ゆっくりと仮面の男がるりとランゼフの方へと歩み寄ってくるのが見える。

るりは首にさげた“鍵”を握ると、ランゼフに頷く。

「大丈夫だよ。・・・大丈夫。」

「うん・・・。」

独り言のように呟くランゼフの手を取ると、彼女に引かれるようにしてその場を走り出す。

「おっと。これはこれは。まずいですねぇ。」

上空から降り注ぐ翼の放った光の槍を、仮面の男は紙一重の所で交わしつつ、ビルの中へと入ってゆくランゼフ達を見つめる。

だんだんと光の槍は数をまし、歩くこともままならない程の量が、彼の頭上から吹き荒れた。

「合流する前に、手をうたねばなりませんね。」

仮面の男は片腕を振るい、自分の身を守る為に頭上に漆黒を渦のようにはびこらせる。

「中にどのような者が隠れているのか・・・。」

大きなため息をついた仮面の男は、空いた片腕を動かす。

それを合図にして、複数のバケモノ達が地面に吸い込まれるようにビル内へと侵入していった。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

勢いよく扉を閉めて、ランゼフは大きくため息をつく。

振り返れば、扉の向こう側で金属が重なり合うような音が響きわたっているのが聞こえる。

成り行きとはいえ、他人に背中を任せるのは生まれて初めてかもしれないと漢書はふと思う。

「大丈夫?・・・ランちゃん。」

「え・・・。」

ぽつりと隣で呟いたるりに、ランゼフは弾かれたように顔を上げた。

不安そうな顔ではあるが、精一杯に気遣ってくれている。

「うん。平気・・・。」

ランゼフはそういうと、ゆっくりと歩き出した。

 

 

ふいに、昨晩の事をランゼフは思い出す。

 

 

ヒーリカ達と別れ、この場所で合流しようという話を付けた後、武藤家に一人置いてきてしまったるりを不意に不安に思った。

 

情報としてるりの過去をデータとして見てはみたが、そこに“希望”というものはあまりに少なかったように感じた。

 

どちかといえば、“何が楽しくて生きている?”とつい口に出してしまいそうな程、彼女はあまりに不運な気がしてたまらない。

引っ越しという引っ越しを重ね、知り合いというものはおらず、親しい人柄に恵まれてもいないるり。

ある時期は他人に蔑まれている時もあり、またある時は完全に孤立していることもあった。

「(なんだか似てる・・・)」

全てのデータを観覧し終えて思った感想は、ただの一言だけだった。

可哀想とか助けなくてはいけない、という感想は無い。

そういった思いも浮かばない。

 

ただ、単に似ているな。と思った。

 

武藤家に到着し、中の様子を見ながらるりの姿を探す。

最初に何を言えばいいのか、とふと思ったりはしたが場の雰囲気で考えればいいと曖昧に考える。

彼女の今までを知ったとしても、情が湧くということも少なかった。

 

ただ、自分と似ているような部分がある。と思っただけ。

 

「あ・・・。」

ぼんやりとした明かりの灯る廊下を歩いてゆくと、目の前でふすまが開いた。

物陰に隠れて様子をうかがうと、そこには武藤家の娘である雪とその側近の“聖職者”の二人のようだ。

「・・・るりちゃん。大丈夫・・・じゃないよね。」

「まぁ、いっぺんに色々と詰め込ませちゃうのは良くないだろ。」

「先日まで“部外者”だったんだ。・・・少し時間をあげたい気もするな。」

ランゼフの姿には気が付いていないのか、三人は反対側の方へと姿を消してゆく。

雪達の会話を聞いて、中で揺らめいている人の影が、探している人物だとランゼフは確信した。

急に重くなった自分の足取りを気にしつつ、ランゼフは部屋の近くへと歩いて行く。

次の瞬間には音を立てて開いたふすまからるりが姿を現した。

「・・・。」

雪達が歩いて行った方向を見ている為、彼女はランゼフに気が付いていない。

途方に暮れているのか、本を抱えてたたずむるりの背中に、ランゼフがぽつりと声をかけた。

「・・・・大丈夫?」

「っ・・・。」

驚いた表情で振り返った彼女は、心なしか手が震えているように見える。

両手で持っている本が一体何なのかはわからないが、それによって彼女が不安げに思っているのは確かなようだ。

視線が合わないるりに向かって、更に言葉をかける。

「大丈夫・・・じゃない・・・ね。」

「・・・うん。」

小さく頷いたるりは、その場に崩れる様に座り込んでしまう。

明かりが灯っている事もあり、人が戻ってきては困ると思ったランゼフは、そっと隣の部屋の明かりを消すと、ふすまを閉めた。

庭の明かりがぼんやりとるりの姿を映し出しているが、表情は前髪で見えない。

「今日は・・・寝た方がいいよ。・・・また、明日から忙しくなる。」

「うん・・・。」

静かに答えたるりを見て、ランゼフは何故か胸のあたりにモヤモヤとした感覚を覚える。

少し前に、同じような感じ方をした瞬間があったな。とふと思った。

気の利いた言葉を思い出せないランゼフは、るりの前にしゃがみ込むとじっと床を見つめている彼女と視線を合わせた。

潤んだ瞳が見返し、小首をかしげる。

「・・・あと・・・。」

何故だか次の言葉は自然と出てきた。

それがどうして出てきたのかは、その時のランゼフはわからない。

慈悲をかけたとか、可哀想だからとか、そういう感覚ではないと彼女は自分に言い聞かせた。

 

「無理しなくていいよ。」

 

「っ・・・。」

るりの事はランゼフにとっては他人同然だ。

これから、彼女と“共に進んでゆく”としても、この数時間で彼女を理解できたとは全く思えない。

ただただ、自分が勝手に見てしまったるりの過去を思い出すと、どうにも他人だと思えないのだ。

 

たった一人でいた時間。

たった一人で誰にも頼れなかった時間。

暖かい手が差し伸べられた時の、あの安心感。

右も左もわからない場所で、過ごす虚無と絶望感の数々。

そして、やっと出会えた自分の居場所。

 

データベースに上がっているのは、今後の事などは一つもない。

未来の事は観覧する事も出来なければ、それを知るすべもランゼフやヒーリカさえも持っていない。

だからこそ、今と過去を知ってしまう事ができる自分たちは、他人に感化されやすいのだ。とヒーリカは前に言っていた。

 

でも、正直今の状態はそんなことはどうでもよい。

 

自分で嫌でも決意した事。

自分で調べて知ってしまった事。

自分で首を突っ込んで歩んでいる事。

 

目の前でただ泣いている“ニンゲン”に、今は感化されたとかいう感情は必要ない。

今あるのは、“彼女を助けなくてはいけない”という思いだけ。

この先がどうなろうと分かるはずがないが、それでも彼女の手助けはしてあげたい。

 

「ボクでいいなら。話を聞くよ。」

「え・・・。」

「ボクは知らない事も多い。感情も感覚も。・・・でも、ボクは君を守ることが仕事だ。それに・・・。」

「それに・・・?」

ぼろぼろと瞳から落ちた涙を手でぬぐい、るりはランゼフを見つめる。

少し頬が暑くなり、照れくさい感情に包まれてしまったが、この際言った方がすっきりするだろう、とランゼフは考える。

「ボクは君の事もっと知っておきたい。君と感情を共有しないと。」

「・・・。」

 

ものの数時間しか会っていないニンゲン。

ほんの少しだけしか会話をしていないニンゲン。

それでも、ランゼフにとってはその情報は関係もないことだ。

 

「うまく言えないけど・・・。相談にのりたい。」

「・・・。」

「君の事。全然知らないから。それに、誰かに話したくても、話ができる相手がいないだろ?」

「え、・・・う、うん。」

「だったら、ボクを頼ってよ。」

「・・・。」

るりの返答を待っているのか、それとも待っていないのか。

ランゼフはぽつぽつと言葉を発してゆく。

小さく頷いたるりを見て、ランゼフは立ち上がった。

「部屋に行こう。ここは寒い。“ニンゲン”の君には辛くなる。」

「・・・うん。」

照れくさそうに手をズボンの裾で叩いたランゼフは、そっとるりの手を握る。

るりは不安そうながらも、小さく頷くと立ち上がった。

 

薄暗い通路を進み、るりが借りている部屋へと向かう。

道中二人で道に迷うと、自然とるりがランゼフに笑いかけていた。

来た道を戻ってしまったり、関係のない場所に出てしまったりと、広い屋敷の中をぐるぐると歩き続けた二人は、ようやく部屋へとたどり着く。

あえて何も話をしなかったが、ランゼフの手を握ったるりの手が、だんだんと強く握り返してきたことに彼女は気が付いた。

 

それから部屋に戻ると、るりは少しずつランゼフに話し始める。

自分がどうして白の女神に選ばれたのか。

学校に現れた謎のバケモノの事。

その前に出会っていたアリス達の存在。

不思議で未だに理解できない魔法や同級生たちの能力。

これからの不安。

ずっと話をしていても、話題は尽きない程だった。

ランゼフはその一つ一つに相槌をうちながら、質問に淡々と答えてゆく。

時に二人で悩んでは、時に雪達から預かった本を読み返し、二人はお互いの考えを話あった。

自分の家の事や周りのことを話してくれたるりを気にしつつ、ランゼフはその話に答えることができず、もどかしさを感じてしまう。

本来ならばちゃんと話してあげたいのだが、状況として疑問点の多い彼女にランゼフ達の世界を話しても混乱してしまうだろうと、彼女は考えるしかない。

 

いつかは話してあげられたらな・・・とふとランゼフは思った。

 

そして、その数時間の間で、二人の間にあった溝が埋まってゆくのをお互いに感じていた。

 

 

すっかり冷え込んでしまった夜空を前にして、ランゼフはるりと向き合っていた。

「一回。ヒーリカ達と話をしてくる。」

「もう夜中なのに、大変だね。」

「うぅん。平気。」

道場の方からは声が聞こえ、家の者達がまだ起きていることがわかる。

「じゃぁ、また明日。るりも早く寝て休んで。」

「うん。ありがとう。」

にっこりとほほ笑んだるりだったが、その表情は未だ硬い。

沢山の事柄を話したとはいえ、不安は解消したわけではないだろう。

「あのね。ランちゃん。」

「え・・・。」

庭先に足を踏み入れた時、るりがランゼフの背中に声をかけた。

ランゼフはくるりと振り返り、彼女を見る。

「ありがとう。・・・あと・・・・これからも、よろしくね。」

「・・・。」

ふわりと体の中で暖かな気持ちが湧き上がり、ランゼフはおもむろに自分の胸へと手を当てた。

そして、ゆっくりと顔を上げる。

「うん。よろしくね。・・・るり。」

自分でも不思議なくらい自然に、ランゼフはるりに微笑む。

るりは小さく手を振ると、部屋のふすまを閉じた。

彼女の姿が完全に見えなくなってから、ランゼフはその場を後にする。

上空へと飛び上がると、空に気味が悪い程の漆黒が広がりつつあった。

市内を見渡せば、至る所でで光が弾けており、上空の漆黒と競り合うようにぶつかり合っている。

「闇に飲まれないように・・・」

滑空し、目的のビルへと降りてゆく。

目の前には人々の姿が見えず、ただしんと静まり返っている街並みが見えるだけだ。

目を閉じてみれば、思い出されるのはるりの表情だ。

ヒーリカやエナミ達とは違った表情をする不安げな少女。

とてもか細く、とても頼り気のない少女。

「ボクが・・・。」

身体の周りに緑の光をまとい、ランゼフは目的地へと降り立った。

 

 

静まり返った通路を、るりの手を握りながらランゼフは走る。

「ニンゲン・・・・チカラ・・・」

「ヨコセ・・・ヨコセ・・・」

壁に頭を打ちつけながら、狂ったように後方から迫ってくるバケモノを見たランゼフは、空いた手のひらを振り上げた。

鈍い音を立ててバケモノは緑色の光で出来た壁に当たり、身体を弾け飛ばす。

更なる追っ手も同じようにぶつかると、身体を粉々にさせ黒い煙となって消えて行った。

「ランちゃん。無理しないで。」

「大丈夫。平気だから。」

大きく肩で息をしているランゼフを、るりは不安げに見つめた。

屋上からの連絡通路を下りた先に待っていた光景は、想像もしたくない状態だった。

先の仮面の男が放ったと思われるバケモノ達がビル内にはびこっており、二人の姿を見つけるや否や奇声をあげて走り寄ってくる。

右手に刃物のような物を持っている者もいれば、全身を棘のように鋭い危険物のような物に覆われた奇怪な者もいた。

見ているだけでも気味の悪い者たちだったが、それ以上にフードの中から聞こえた声は鳥肌が立つほどだ。

るりをかばいながら脱出口を作ったランゼフは、半端無理やりその場をやり過ごす。

そして、通路を駆け抜けた先に見えた部屋に、逃げ込むように身体を滑り込ませた。

「もう。大丈夫。・・・ここで待ち合わせているはずだから。」

「こ、ここって・・・。」

額の汗を拭ったランゼフは、部屋の入口に片手を当てると鍵を閉めた。

その上から淡い緑の光を当てつけ、扉の外でうめき声をあげているバケモノ達が入ってこないように何かを施す。

るりは広い部屋の中を見渡して、唖然とした表情を浮かべる。

二人が入った部屋は、このビルの社長室のようだった。

「ヒーリカ。いるんだろ?」

「え・・・。」

マントをひるがえし、ランゼフは部屋の中央へと歩いてゆく。

彼女の後をおずおずと着いて行ったるりは、辺りを見た。

「全く・・・どうなる事かと思ったわよ。」

「・・・ごめん。色々と非常事態。」

「の。ようだね。」

「・・・あ・・・。」

何もない空間にいきなり男女の声が入れ違いに聞こえると、淡い緑の光を全身にまといながら、声の主が姿を現した。

困り果てた表情を浮かべたエナミと、彼の前には仁王立ちでヒーリカが立っている。

ランゼフは後方を振り返り、騒がしい扉の外を示す様に首を動かす。

「こんなに暴れてしまうとね・・・仕事の再開が遅くなっちゃうんだけどなぁ・・・困るなぁ・・・。」

「そのへんは、あんたに任せたわ。エナミ。」

「はいはい・・・。」

大きなため息をついたエナミは、自分の周りにコンソールを出現させる。

幾つもの半透明なディスプレイが同時に出現すると、その様々な場所の様子が映し出された。

その中には、屋上で敵と対立している翼たちの姿もある。

「驚かせてごめんなさいね。こちらから出向いてあげればよかったんだけれど・・・。ちょっと敵さん達に目を光らされていてね。」

「え・・・あ・・・はい。」

凛とした表情で話すヒーリカに、るりは何度も瞬きをしながら歯切れの悪い返事をする。

るりを心配させない為なのか、彼女はわざとエナミが操作するコンソールがるりの視界に入らないように立った。

「ボクの仲間だよ。るり。」

「私はヒーリカ。あっちは、エナミ。よろしくね、るりちゃん。」

「あ、は、はい!よろしく・・・お願いします。」

ひょいと片手を差し出したヒーリカの手を、るりはおずおずと握り返す。

よろしい。という声が聞こえたと思えば、扉の外で轟音が響き渡った。

かなり大きな爆発音に聞こえたが、社長室の扉はびくともしない。

恐らくは、ランゼフのかけた術のおかげなのだろう。

あれほど響いていたバケモノの声が一つもしなくなり、変わりに大きなため息が部屋中に響いた。

視線を変えれば、エナミが大きくうなだれている。

「これは想定外だぞ。なんで・・・なんで警察がいる?」

「・・・え。」

コンソールを操作したエナミは、どこかのフロアを見ているのか、難しい顔をしてその上に広がっているディスプレイを睨んだ。

そこには、三つの影が揺らいでいるのが見える。

「あっちは放っておいていいわ。るりちゃんには、早々に色々と話さなくてはいけないからね。」

「い、いいんですか?」

「いいのよ。エナミはあんな感じだけど、信用はしていいわ。」

「はは・・・そう言われちゃうと、ひくに引けないね。」

困惑した表情のるりと打って変わり、ヒーリカはひょうひょうと答える。

彼女の後ろでは、苦笑いを浮かべたエナミの顔が見えた。

「それではちょこっと離脱するよ。ヒーリカ。くれぐれも気を付けて。」

「わかってるわ。」

「ランゼフもるりちゃんも、無理は禁止だよ。これ、約束。」

「うん。」

「・・・は、はい。」

コンソールを手早く片付けたエナミは、その場で微笑むと、先のような淡い光に包まれて姿を消した。

同時に、下層のフロアから爆音のような音がすると、地面をゆらす。

「派手にやるなって、自分が言ってたくせに。」

「・・・。」

苦笑いを浮かべたヒーリカは、自分の周りにエナミが使っていたコンソールのような物を出現させる。

半透明なキーボードは、るりには到底理解できないような技術らしく、風で揺れることなくその場にたたずんでいる。

「さて。さっそくだけど、るりちゃんには乗り越えてもらいたい試練があるのよね。」

「え・・・。」

「唐突過ぎるだろ・・・。」

「いいのよ。前置きは無し。」

話は早い方がいいわ。と付け足したヒーリカは、コンソールを軽く叩くと、るりとランゼフの目の前にディスプレイを出現させた。

小さな音が聞こえると、画面に風景が映し出される。

それは、この市内上空に広がる漆黒のようだった。

ひび割れた部分は、恐らく翼が敵を倒した時に作ったモノだろう。

「この漆黒。これを、るりちゃんには消してもらいたいの。」

「・・・。」

「何・・・言ってるんだ?ヒーリカ。」

いつもの明るい声で淡々と喋る彼女に、思わずランゼフが困惑した声で問いかけた。

その表情は唖然としているというよりも、明らかに訝しげだ。

「簡単なことよ。ぱぱっと力を使って全て無くしちゃえばいいの。」

「っ。あのな・・・。るりは覚醒もしていなければ、その力だって使い慣れていないんだぞっ!」

「えぇ、わかってるわ。でもやってもらわないといけないの。」

「・・・ひ・・・ヒーリカ・・・。」

声を荒げて言ったランゼフだったが、何も動じずに言い返してくるヒーリカに、思わず後ずさりをしてしまう。

今までも何かと無理難題を言っている事もあった彼女だが、このような“無慈悲”なことを他人に言った事はない。

るりは目を見開いて、二人の会話を聞くことしかできず、ただ手が震えていた。

「お前・・・わかってるのか。るりが力を使う。それは彼女が“覚醒”し、本当に巫女の候補者になってしまうってことなんだぞ。」

「えぇ。そうよ。わかっているわ。」

「るりの・・・意見は・・・思いは・・・聞かないのか?」

「・・・・。」

声を震わせて言うランゼフに、思わずるりは頭を横に振ってしまう。

目の前で立ちはだかっているヒーリカが酷く怖い存在に見え、ふいに足が後ろに下がりそうになった。

しかし、何故か思っているように身体は動かない。

「聞いてあげたい。でも、時間が無い。それも事実よ。」

「・・・。」

「見てごらんなさい。この状況。」

「あ・・・・。」

るりとランゼフの前に現れたディスプレイを操作したヒーリカは、表情一つ変えずに手を動かす。

画面が一瞬にして変わると、そこには市内の至る所の映像が代わる代わる映し出された。

 

バケモノ達がはびこり、それを指揮しているのか、先程対立した仮面をつけた者達が何人も映っている。

怪我を負った一般人。バケモノを倒そうと必死に立ち上がる警官。

泣き叫ぶ子供を守ろうと、必死に銃口をバケモノに向けている女性。

そして、るり達のいるビルが映し出され、屋上で戦う翼たちの姿も映し出された。

 

「こういうことよ。時間が無いの。」

「・・・。」

「犠牲者は時間を追うごとに増えるでしょうね。」

「・・・・。」

「貴女が迷うだけ、それだけ犠牲者が出る。」

「そんな!言い方しないでよっ!」

「ら・・・。」

淡々と話し続けるヒーリカに、ランゼフが怒声を上げて掴みかかる。

るりは青ざめた表情で二人の様子を無言で見つめた。

「なんだよっ!こんなこと言う為に合流しようって言ったのか?るりに全部責任追わせるために!ヒーリカ達は!ヒーリカ達はっ!」

「落ち着きなさいランゼフ。」

「・・・っ!」

冷たい水を頭からかぶったように、怒鳴り声をあげたランゼフの表情が一瞬にして言葉を無くす。

突き飛ばす様にランゼフを離したヒーリカは、二人に背を向ける。

「時間が無いのは本当よ。でも、だからといって“候補者の卵”にすべてを押し付けるつもりはないわ・・・。ただ・・・。」

「・・・なんだよ・・・。」

ふいに弾かれるように振り返ったヒーリカは、るりの額をじっと見つめる。

るりはおもむろに額に手を伸ばし、ヒーリカの顔を見返した。

「貴女は覚醒しかかっているの。・・・お友達を救えるのも貴女しか今はいないという事・・・。分かってほしいの。」

「・・・私しか?」

「そう。あの漆黒を完全に取り払えるのは、巫女の力を持った者だけ。」

「・・・。」

あれほど強い力を持っているような翼でさえも、敵を倒してやっとあのひびを作っただけであるのに、非力な自分にできるのだろうか。とるりは言葉にならない疑問を持つ。

だが、目の前で見返してくるヒーリカは真剣だ。

「覚醒したからといって、巫女にならなくてはいけない訳じゃないわ。候補者として完全に覚醒するだけ。一時的に力を得るだけ。・・・本当の巫女になるためには“対になる主帝”が必要だもの。」

「・・・そう・・・か・・・。るりには対になる主帝がいない。」

「ようやく、落ち着いてくれたのね。ランゼフ。」

小さく微笑んだヒーリカは、るりの目の前まで来ると、大きく頷く。

るりは彼女の顔を見ることが出来なくなり、床を見た。

視界の先に、白の女神から預かった“鍵”が光る。

「私に・・・できる・・・んですか?」

「できるわ。・・・その素質と条件はそろっている。」

「・・・私に・・・。」

不安げに見つめるランゼフと目が合い、るりは彼女の顔をじっと見つめ返した。

るりは大きく深呼吸をすると、ゆっくりと目を閉じた。

脳裏には、色々な人たちの顔が映っては消え、映っては消えてゆく。

その中には“会いたいと願っている彼”の顔もあった。

「・・・できるのであれば、やってみます。」

「ありがとう。無理知恵しちゃってごめんなさいね。」

「・・・るり。」

小さく頷いたるりに、ランゼフが隣で声をかける。

ヒーリカは大きなため息をつくと、るりの頭を軽く撫でた。

「私、まだ色々と分からないし、迷っていることもいっぱいあります。・・・でも、皆が頑張っているのに、私は何も出来ないのは辛いから。」

「・・・。」

るりは、赤い石を握りしめると、ヒーリカに頷いた。

不安げに見ていたランゼフだったか、るりの顔を見ると彼女も決意を決めたのかこくりとうなずいた。

「やりましょう。大丈夫。うまくいくわ。」

ヒーリカはにっこりとほほ笑むと、二人の肩を叩いた。

 

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