肩で息をしながら、るりは目の前に迫るバケモノに向って腕を振るう。
白と黒の輝きをまとった槍が魔法陣から放たれ、バケモノを突き飛ばす。
それでも仕留めきれなかったバケモノが、槍を身体に埋め込んだまま、るりに向かって突進してきた。
「援護はこっちに任せなさい。」
「はっ、はいっ!」
後方から駆けよってきたヒーリカが、地面を踏み込むと銀の槍が後方から轟音を立ててバケモノ達を突き破って行く。
辺りがしんと静まり返ると、るりは壁伝いにその場へと座り込む。
駆け寄ってきたランゼフの顔を見た彼女は、小さく微笑んだ。
「短時間で上出来よ。力の制御も何とかできそうだし・・・。でも、無理やりなところはあるわね。・・・大丈夫?」
ランゼフに肩を借りながら立ち上がったるりに、ヒーリカはそっと手を差し伸べる。
るりはヒーリカの手を取ると、大きく深呼吸をした。
額から汗がにじみ出し、手が小さく震えている。
「魔法陣の生成。それに関しては意識はいらない・・・思い描くのは、自分が力をどうしたいのか。それだけを考える。・・・思っているより、難しいですね。」
「まぁ・・・。力を今まで使った事もないんだし、仕方ないわよ。」
「は、はい・・・。」
社長室から出た三人は、ヒーリカの指示で屋上を目指していた。
通路には未だ湧き上がるようにバケモノ達がはびこり、通路を進めば進む程、その数は増していた。
るりは力を制御する方法を半端無理やりヒーリカより教わり、この数十分のうちで体力をそぎ落とされるほど、能力を使っている。
実践が大事だ。というヒーリカの強引なやり方ではあったが、それでもそれなりに“力”についてはるりも理解をし始めていた。
“鍵”を介して何らかの力が発動し、全身を駆け巡るように熱のような力が放射される。
それを頭の中で“どのように使いたいか”瞬時に考えだし、先のような武器や防御壁として出現させてゆく。
曖昧な考えでは力は発動せず、しっかりと思い浮かべないと何も生成されないと分かり、るりは軽い頭痛を覚えていた。
戦っている最中は他の事は全く考えられず、余裕がない状態だ。
「あとは、あの漆黒をどうやって壊すか・・・。を考えないとね。」
「そう・・・ですね。」
疲れた足を動かしつつ、るりはヒーリカとランゼフの後ろをついて行く。
先まで守られる一本だった状況とは打って変わった事により、辺りを警戒する神経も研ぎ澄まされ、余計に疲労は増してゆく。
それでも足は、自然と前へと進み出ていた。
「あの。もし私にその・・・対になる主帝という人がいた場合は・・・どうなっていたんですか?」
「そうねぇ・・・。」
屋上へと続く階段へとたどり着き、ふと、るりは疑問をヒーリカに言う。
ヒーリカはドアノブへと手を伸ばしたが、その言葉に振り返り小首を傾げて小さく唸った。
屋上へと続く扉の先では轟音が響き、未だに戦闘が続いている事が感じとれる。
先と状況が変わり、自分が急激に戦えるようになったこともあるせいか、敵や翼たちの気配を微かだが感じる事ができた。
ヒーリカは腕を組むと、何故かにっこりとほほ笑む。
「そもそも。主帝とは何か。わかる?」
「・・・えっと。巫女様の・・・旦那様で、世界を導く存在・・・でしたよね。」
「そう。だから・・・そう・・・。」
「え・・・。」
くすくすと笑うヒーリカの意味が分からず、るりとランゼフは顔を見合わせて小首をかしげる。
二人の様子がよほどおかしいのか、ヒーリカは更に笑った。
「つまり、るりちゃんに主帝がいた。というのは、ようは旦那様がもういましたっていう状態。それって考えられる?」
「あ・・・。」
「その年齢ではありえないでしょ。」
ふいに顔が暑くなったるりは、思わずヒーリカから視線をそらしてしまった。
ランゼフは未だに小首をかしげたままである。
「例え好きな人がいたとしても、主帝の場合は“相思相愛”でなくてはならないの。るりちゃんがどんなに想いを寄せている人がいたとしても、相手があなたに興味が無ければ意味がない。ということ。・・・ちょっと、悲しい話だけどね。」
「・・・相手が私に興味が無いと・・・。」
るりはふいに脳裏に浮かんだ“彼”の顔を思いだし、胸のあたりを掴まれるような痛みに襲われる。
モヤモヤとした感情が駆け巡り、ヒーリカの言葉が渦を巻いた。
確かにるりは“彼”を気にしている。
だが、相手はどうだろうか。
色々と仮定してみたが、どうにもそのようなそぶりは見ていない。
そもそも“名前しかしらない”存在だ。
「・・・相手は私に興味が無い・・・から・・・大丈夫。」
「え・・・。」
ぽつりと呟いたるりの一言に、ランゼフは驚いたように声をあげる。
しかし、次の瞬間にはるりは苦笑いを浮かべるだけだ。
「へぇ・・・。複雑なお年頃ね。」
るりの表情を見ていたヒーリカは、ため息をつくと再度屋上への扉へと向き直ろうとした。
「・・・。」
「どうしたの?ヒーリカ。」
「ヒーリカさん?」
るりとランゼフの後方を見つめるヒーリカの目が、ゆっくりと細まり鋭くなってゆく。
彼女の表情の変化に驚き、二人も自分たちの後ろを振り返った。
「あ・・・。」
思わぬ人物が後方に立っていたことに気がつき、るりは目を見開いた。
――
大きな爆音と共に、通路を突風が駆け抜ける。
窓が音を立ててきしむが、幸いガラスが割れることはなかった。
「こいつは・・・なんだっていうんだっ!」
むせ返りながら叫んだ司に、優志も腕で顔を覆いながら前方を見る。
黒煙が風に棚引いて自分たちの方へと流れ込んでおり、何かが焦げ付くような臭いもしてきた。
「また、派手な奴がいるようだな。」
「派手とかいう問題じゃないような・・・。」
竜崎がため息をはき、黒煙の立ち込めている方向へと歩く。
司と優志も、彼に続くように恐る恐る通路を進んだ。
「おや?」
「ん・・・?」
あれほど大きな爆音と、通路を埋めるほどの黒煙だったが、ものの数秒たらずで煙が消えてしまう。
視界不良だった前方が見える様になり、そのおかげで通路に立っている男の姿がくっきりと目視できた。
眼鏡をかけた男は、スーツのネクタイを手で直しながら竜崎たちの方を向き直る。
彼は目を白黒させると、こちらへと歩み寄ってきた。
「おや?警察の方がどうしてここに?」
「あ・・・いや。それより、貴方は・・・?」
穏やかな表情で声を発した男に、司は場に不似合いな程の雰囲気を感じ取ってしまう。
思わず返した言葉も、その男の質問を更に質問で返してしまった。
苦笑いを浮かべた男は、眼鏡をかけ直すとスーツから下げた社員証を手で持ち上げた。
「私はこの桜丘出版社の副社長エナミという者です。・・・昨日の騒ぎで重要書類をそのままにしてきてしまったので見に来たのですが・・・。」
「部屋が荒らされていましたね。」
「・・・えぇ。」
困り果てたように笑うエナミは、自分の後ろに見える非常口の方をちらりと見る。
「何者かに部屋を荒らされてしまったようでしてね。幸い重要書類等に関しては、秘書が別室に管理していたと連絡がありまして、ホッとしていたのですが・・・まぁ、帰るに帰れなくて。」
「あぁ。急にバケモノが出たせいで?」
「そんなところです。」
何も問わない竜崎に変わり、司がエナミと会話をし続ける。
優志は妙に胡散臭い演技のような話し方をするエナミに、少しばかり不信感を抱いてしまった。
「ちょっと、上の階に用事がありましてね。ついでに見回りしていたら・・・バケモノと遭遇してしまい・・・あぁ、先の爆発音は失礼しました。驚かれたでしょう?」
「ま、まぁ・・・。ビルの中には我々くらいしかいないかと思っていたので・・・。」
「・・・・。」
部屋が荒らされていたというのにも関わらず、エナミの表情や口調はあまりにも穏やか過ぎるほどだ。
それどころか、本質的な理由についても曖昧に語っているように感じる。
上の階で何の目的があったのだろうか。と優志はふいに考えた。
「副社長室から見えたのですが、ビルの屋上から光の粒のような物が降っていたんですけれど・・・あれもエナミさんが?」
「・・・え?」
司とエナミの会話を割るように、優志は思い出したようにエナミに問う。
優志が問いかけた言葉に、エナミは予想以上に驚いた表情を浮かべた。
「い、いえ・・・。僕は“炎を使う”ので、光は使えませんが・・・。」
「なるほどな。」
「えっ。」
エナミの回答に、今度は竜崎が大きく頷く。
今までじっと黙っていた彼のこともあり、弾かれたように一同が竜崎の顔を見た。
「警察署に不審な通報のようなものがありましてね。このビルに大規模な襲撃が起こるという何とも嫌な話です。・・・それで、我々が調査にこちらに出向いたのですが・・・どうやら“すでに始まっている”ということでしょうなぁ。」
「・・・。」
一人納得したような表情を浮かべた竜崎の言葉に、優志は小首をかしげるしかない。
竜崎の言葉に目を見開いたエナミは、今までの穏やかな表情とは打って変わり水をかぶった様に目を泳がせだした。
「屋上が・・・妙に騒がしいですね。・・・ですが、その僕の考えとして聞いていただきたいのですが・・・。」
ふいに低く喋り出したエナミに、優志は何故か背中が凍るほどの寒気を感じてしまう。
表情は硬く何かに困っているような顔をしているが、それとは別の雰囲気がエナミから感じ取れた。
「屋上へは“貴方達は行くべきではない”かもしれません。」
「ほぅ・・・。」
「あの・・・それはどういう・・・」
「優志。」
「え・・・は、はい。」
エナミの言葉に間髪入れず問いかけようとした優志を、司が咎める様に名前を呼び制止させる。
優志は小首を傾げて司を見るが、彼は首を横に振るだけだ。
竜崎は腕を組んで、エナミをただ見ている。
「お言葉ですが、まぁ・・・こちらも“見届けなくてはならぬ者”でもある存在でしてね。部下の二人は別として、私自身は一人でも行かなくてはならぬのですよ。」
「・・・そう・・・ですか。」
「・・・“監視者”殿にも合わねばならぬので。」
「・・・・・・・・・。」
竜崎がぽつりと呟くと、エナミの表情が一瞬だけピクリと動いた。
ほんの一瞬ではあったが、彼の手が小さく震えたようにも見える。
優志には理解のできない言葉であったが、隣に立っている司でさえも聞いたことが無い単語なのか、彼も小首をかしげていた。
「でしたら、ご一緒しましょう。僕も“監視者”さんと合流したいと思っているので。」
「それは心強い。」
竜崎とエナミの二人だけしか理解できない単語である“監視者”という言葉に、優志はとめどなく何なのか知りたいと思ったが、上司である司でさえも問わぬことに、口を出すことが出来なかった。
見れば、竜崎の表情が少しほころんでいるようにも感じる。
「そちらの彼は、あの言い方は悪いですが“部外者”ではないのですか?」
「え・・・あ・・・。」
ふと優志の方を見たエナミが、司と竜崎の方を見て問う。
話の話題が自分へと変わってしまった優志は、困惑しうまく喋ることが出来ない。
成り行きとはいえ、ほぼ何も知らない状況に巻き込まれている身だ。
下手にどうしてついてきたか、と理由を聞かれても言い返す事は出来るはずがない。
「部外者であったのですが、業務の都合上と彼の行動により、部外者として扱える状況では無くなってしまったのですよ。」
「・・・・すみません。」
何故か謝ってしまった優志は、眼を逸らすと何もない壁を見つめた。
司が苦笑いを浮かべている事に、その時優志は気が付いてしまう。
「そうだったんですか。・・・まぁ、あまりにも非常事態でしたからね。そのような境遇の方は、今回の件では多いと思いますよ。」
「そう・・・ですか・・・。」
「我が社の社員も昨日の件で“知らなくても良い事を知らなくてはいけなくなってしまった”者が多いですから。」
「・・・。」
自分の会社であるはずなのに、何故か他人行儀な言い方をしているような話し方のエナミに、やはり優志は胸のつかえる感覚を覚えてしまう。
優志のとり方がそうさせているだけなのだろうが、何故か必要以上に困惑していた。
「上の階へは、こちらの通路を通った方が早いです。エレベーターまで戻る方が・・・骨が折れるでしょう。」
「そうですね。」
穏やかな表情に戻ったエナミはくるりと方向を変えると、彼が歩いてきた道の方へと進んでゆく。
非常階段へと続く扉を軽々と開けた彼を先頭に、優志たちは薄暗い階段を登り始めた。
時折、上の方から地響きのような音が響いてくる。
「数が全く減らないですね。」
「むしろ。増えているようにも思えますな。」
最上階へと続く扉を開け放ったエナミは、目の前をうろついているバケモノ達を苦々しげに見る。
彼が片腕を前に突き出すと、バケモノ達は低いうなり声のような悲鳴をあげて爆炎に包まれた。
思わず腕で顔を覆いたくなる程の熱風に、優志はむせ返る。
さすがに司や竜崎の二人も、唖然と前を見ているだけだ。
塵さえも残さない程の炎で焼かれたバケモノ達は、跡形もなく消し去られると、最上階の通路はしんと静まり返った。
「急ぎましょうか。また、いつ増援されるかわかりませんからね。」
「は・・・はい。」
何事も無かったように歩き出したエナミに、優志と司は顔を見合わせるしかない。
竜崎はエナミの後方を遅れることなく歩き出すが、彼の表情は優志の位置では見ることができなかった。
「社長室の方は、何事も無いようですね。」
分厚い扉をそっと開けたエナミの後ろから、優志たちも部屋の中を覗きこむ。
ぼんやりとした非常灯の明かりが社長室の中で揺らめいているが、それ以外は特に変わりない。
部屋の入り口にあった照明スイッチを一通り押してみるが、中はしんと静まり返り、人影もないようだ。
「副社長室が荒らされていたのにも関わらず、この部屋はなんともないとは・・・ね。」
「この部屋には重要書類は普段置いていませんからね。それをどこかで情報として仕入れていたら、不要な部屋には立ち入らないでしょう。」
「ま、まぁ。そうですけど・・・。」
淡々と喋るエナミは、優志と司の言葉を軽くあしらうように答えると、どんどん部屋の外へと出て行ってしまう。
部屋に入ろうともしなかった竜崎も気になるが、それ以上に先から感情の波さえも立てないエナミと言う男に、優志は時間が経つにつれて不信感しか抱かくなってきていた。
「何を考えているのか・・・さっぱりわからんなぁ。」
「あ。部長も感じてますか?」
「まぁな・・・。」
社長室を先に出たエナミは、竜崎と共に通路を歩いてゆく。
時折、爆音が聞こえたと思えば、目の前で火花が散っていた。
二人から少し距離をとった司と優志は、小声で会話をし始める。
静かに社長室の扉を閉め、優志は会話ひとつしていない竜崎とエナミの背中をじっと見つめた。
「俺達とは少し違った能力にも見えるんだよな・・・あれ。」
「部長たちが持っている・・・えっと・・・鍵ですよね。その形すら彼は持っていないように見えます。」
「そうだな。鍵の形状が多種多彩とはいえ、眼には見えない物体は無いと思うんだが・・・。」
「あの、眼鏡っていうわけじゃないですよね?」
「そもそも、色が違うだろ。」
先を急ぐエナミと竜崎から一定の距離を開け、それでも遅れまいと司と優志は足を進める。
あまり距離を離し過ぎると、あのバケモノ達のせいで彼らを見失いかねないだろう。
ふいに振り返ったエナミの眼鏡は、淵が黒くどこにでもあるような何一つ変わりない物だった。
「署長は何か気が付いているんだろうな。」
「先の監視者という存在についてですが・・・」
「あ。それは俺に聞くな。俺はさっぱりわからん。」
「そう・・・ですか。」
思い浮かぶ疑問を司にぶつけてみようと優志は言葉を選ぶが、彼は苦笑いを浮かべるだけで会話が進まない。
今までの事を整理したとしても、その疑問は消えることは無い状態だ。
むしろ、このビルに入った時、その前に起こった出来事。それらを統合しても全く不明確な事ばかりである。
「屋上に上がった場合、何が待ち構えているんでしょうか?」
特と言って竜崎たちに聞かれてはまずい話も無くなり、優志と司は彼らに近づくために足早に通路を歩く。
ぽつりと呟いた優志の言葉に弾かれるように、エナミと竜崎が足を止めて振り返った。
前方には屋上に上がるための階段が見え、その上からは先から聞こえるような激しい音が響いている。
「昨日から続いているバケモノとの闘争。それらの元凶が恐らくはこの上にいるんだと思ってよいかと。」
「えっ・・・。」
「つまり、最前線と言っていいだろうな。」
口調一つ変える事のない二人に、優志は返す言葉が無い。
まるで当たり前のように返した二人の返事に、眼を何度も見開いた。
「仮定的な部分は多いのですがね。その・・・先ほどの警察署にあったという不可思議なメモの内容、それから上層階から溢れる光・・・。そして“僕の知っている情報”を全て掛け合わせた結果、このような結論が出てきたわけです。」
「あの・・それって・・・。」
地響きのような音に合わせる様に、エナミは方向を変えると階段をゆっくりと登りはじめる。
司と目を合わせ、困惑した表情を浮かべてたたずむ優志は、何もしゃべることのない竜崎へと視線を移した。
竜崎は小さく唸ると、頭を小さくかく。
「この人数でどう立ち回るっていうんですか?そもそも、そのような重要な決定打があるなら、今からでも警察署へ連絡して応援を・・・!」
何も話さず階段を上がろうとしたエナミの背中に向かって、優志は声を荒げて問いかける。
隣にたたずむ司や竜崎を交互に見るが、彼らは何故か優志の意見に賛同しない。
それどころか、困惑したような顔で、二人は視線をそらしてしまった。
「優志・・・それは駄目なんだ。」
「駄目って・・・どういうことですか?エナミさんはそもそも一般人ですし、この上で先に遭遇している人たちだって恐らくは一般人ですよね?・・・だったら、我々警察が先導して・・・」
「それは・・・ダメだ。」
「・・・。」
自分の意見に賛同するどころか、否定の意見を言い放った司と竜崎の二人を、優志は驚愕の表情で見つめる。
二人はお互いに視線を合わせ、竜崎が司の肩を叩く。
「敵の親玉的な奴らが上で戦っているとしたら、たとえ能力持ちの警官だとしても勝ち目はない。」
「だからといって、一般人だけに重荷を背負わせるんですか?」
「いや・・・そういう意味じゃなくてだな・・・」
「・・・・???」
歯切れの悪い司の言い方に、優志は更に表情を鋭くさせる。
司は少し唸るように頭を抱えると、どうしようもないという困惑した表情で竜崎の方へと視線を向けた。
「空を覆っている気味の悪い漆黒があるでしょう?」
「え・・・。」
「あれを壊すことが出来る人は、警察署にもいないと思いますよ。」
階段を半分ほど登り終えたエナミが、優志たちの方へと振り返る。
先と変わらず穏やかな表情を浮かべているエナミは、ちらりと上層を見上げると、優志たちを手招いた。
ゆっくりと竜崎を先頭に司も階段を登りだす。
「どんなに能力を持った者達が集結したとしても、倒せるのはせいぜい先のバケモノだけ。それらを束ねる者や親玉である者達を倒すことは出来ないんですよ。」
「倒すことが出来ないって・・・実践経験が浅いからという事ですか?」
「違います。倒す方法が無いんです。」
「・・・。」
ためらって足を動かさなかった優志は、後方に冷やりとした感覚を覚えて司の背中を追うように階段を登りだした。
振り返ろうとするが、何故か後方を見ようという意識が働かない。
「漆黒を払い落として災いを亡き者にする力があるのは、我々ではなく、“我々を束ねる事の出来る能力を備えた者だけ”・・・我々はこう言っているよ“巫女”と“主帝”とね。」
「巫女と主帝。」
「昨日、じいさんが話した伝承に出てきた人物だな。」
エナミや司たちと同じ位置に立った優志は、視線をあげて目を見開く。
ちらりと今まで登ってきた階段を見てみると、バケモノ達が布を引きずるように揺らめいていた。
「俺や部下たちの使う鍵を使った能力とは桁が違う。その威力もその潜在能力も。」
「警察署のどんな力を持った者達でさえも、彼女たちが使う力を越える者はいないだろうな。」
うめき声をあげて迫るバケモノを、優志は唖然と見るしかない。
今まで即座にバケモノへと業火を振らせていたエナミや、銃口を向けていた司たちは全く動く気配がない。
足元まで迫ってきたバケモノを優志は苦々しげに睨む。
「我々を導き、正しい方へと道を示すもの。暗黒を切り裂き、世界に安永をもたらす者である。」
「っっ!」
竜崎の言葉が聞こえたや否や、風を切るような音が優志の上空から響く。
黒と白が混ざった不思議な光が目の前を通り過ぎると、足元にまで迫っていたバケモノが歪な悲鳴をあげた。
光はよく見ると槍のような形をしており、それらは一直線にバケモノへと降り注いでゆく。
階段に群がるように湧いていたバケモノ達は、数秒足らずで存在していた痕跡さえも残さず、その場から消え去っていた。
「・・・これ・・・が・・・?」
微かに辺りを漂う黒と白の輝きに手を向けた優志は、ほのかに温かみを帯びた光を指ですくい上げ、視線を階段の上へと向ける。
「大人数でどういうことかしらね・・・。」
黒い服をまとった女性と視線が合うが、彼女は腕を組み優志から視線を逸らしてしまう。
彼女の視線の先には苦笑いを浮かべてたたずむエナミの姿が見えた。
そして、彼女の隣には肩で息をしている少女がいる。
「きみが・・・?」
黒髪の少女は優志の言葉に何も答えなかった。
――
机を思い切り叩いた千枝に、両親は目を見開いてしまう。
淡々と話をし続けていた小鳥も、一瞬だが表情を曇らせたようだ。
彼女の隣では、終始困惑した顔で手汗をにじませた賢三が目を泳がせて千枝たちを見つめていた。
「理解できない。」
「理解できないと言われても、そういう状況なのです。」
「そういう状況って・・・どういうことよ・・・。」
「千枝・・・。」
表情一つ狂わすことなく話を終えた小鳥を、千枝は手を震わせて睨みつける。
あからさまに嫌悪感を帯びた表情を突き付けられても、当の小鳥は穏やかに微笑むだけだ。
「では、もう一度最初からお話しましょうか?」
「いえ・・・結構です。」
大きなため息をついた千枝は、何もしゃべらない両親へと視線を変える。
母も父も、千枝の視線には気が付いているようだが、何も語ろうとしない状態だ。
小鳥と賢三が家に訪れてから数十分。
彼女が千枝たち家族に話した内容はどれも信じがたい事ばかりである。
昨日の学校での襲撃事件。
市内各地で起こっている同様の事件。
そして未だに解決しない不可解なバケモノ達による怪事件。
それらは全て、この家族に関係しているということ。
事件の中核にるりが関わっていること。
別世界の存在。別次元のバケモノ。
信じ難く信じたくもないおとぎ話ような話の数々に、千枝は頭痛を覚えた。
何よりも、小鳥が淡々と話す内容には、更に信じたくもない事があった。
この状況を打破するためには、るりの存在が必要不可欠だという事。
「つまりうちの娘が何らかの状況下で、重要な“鍵”と呼ばれる物を女神様から頂いたということです・・・か。」
「えぇ。簡単にまとめてしまえば、そのような解釈でよろしいかと。」
震える手を押さえる為なのか、千枝は父が両手をテーブルの上で強く握りしめるのを見つめる。
母は視線を逸らしてしまい、ただ一点を見つめるだけだ。
「確かに・・・昨日から続いている不可思議な事を考えてみれば、納得せねばならない事なのでしょうが・・・。」
「わ、私達はただ引っ越ししてきたよそ者であって、この桜丘市に関しては全く関係がない人間なのにどうしてっ!」
声を震わせて言った母を見て、父がなだめるように彼女の肩を優しく叩いた。
思わずハンカチで千枝の母は顔を覆ってしまうが、その様子を見ても小鳥は表情一つ変化しない。
「じ、実を言うと・・・我々にもその点に関してはわからないんです。」
「わからないって!」
「いや、お姉さん・・・こればっかりはね・・・。本当に納得する理由が関係者から浮上しないんですよ。」
「・・・。」
声を荒げた千枝に、賢三が大げさに手を振って制止させる。
彼は千枝が椅子に座り直した姿を見えると、大きくため息をついた。
「伝承としては、大いなる力を持つ者、能力者として開花する者、それらは全て先祖代々この桜丘市で生まれ育った者だけなんです。」
「今までの桜丘市の歴史でも、市にゆかりのない人間が力を授かる事はありませんでした。」
「それじゃぁ、うちのるりはイレギュラーすぎるじゃない。」
「だから、我々も困惑しているんです。」
ハンカチから顔を上げた千枝の母は、ぽかんとした表情で父を見つめる。
あれほど声を荒げていた千枝も、弱弱しく話す賢三に対して次第に冷静になってきた。
「どんなに古い文献を読んだとしても、引っ越してきたばかりの・・・言い方は悪いですが部外者同然の人間に力が託される事はありませんでした。女神様の思い付きでは?と推測した者もいたようですが・・・そのような重要な事を彼女たちがするはずがない!と一刀両断されていますので・・・そのようなことは考えられないのです。」
千枝は賢三の話す内容に出てくる名も出ない人物たちを思い浮かべ、それは誰が話していたのか?と問いかけたくなったが、今は話がややこしくなると思い、自然と言葉がでなかった。
それどころか、彼の表情を見ていると怒る気すら失せてきてしまう。
手汗をハンカチで拭いた賢三は、大きく深呼吸をすると千枝たち家族をぐるりと見回した。
「・・・。この桜丘市に、夢郷さんたちは近しいご親戚はいますか?」
「・・・・・・。」
真剣な表情でぐるりと一同を見回した賢三は、額に浮き出た汗をハンカチで急いで拭う。
千枝の両親は顔を見合わせると、小さく首を横に振った。
「近しい親戚もいませんし、知っている限りでもこの地に親戚がいるとは聞いたことがありませんね・・・。」
「調べてみれば、いるのかもしれない。・・・かもしれない・・・ですが。」
「そう・・・ですか。」
両親の回答に賢三は小さく息を吐くと、静かに成り行きを見ていた小鳥へと視線を移す。
彼女は賢三に何も言わず小首をかしげた。
「おかしいですね。実におかしいことです。・・・少なからずご親戚がいれば、納得できる理由になったのですが・・・。」
「千枝がこの地で働いていた。という理由は?」
「それは、ありませんね。」
はっと気が付いたように話した千枝の父に対して、小鳥はすっぱりとその理由を切り捨ててしまう。
千枝は彼らの言葉を頭の中で考えつつ、何かないかと色々な思いを巡らせていた。
「昔住んでいた・・・ということはありませんよね?」
おずおずと手をあげた賢三の言葉に、両親はやはり首を横に振る。
違うか。と彼は呟くと腕を組んで視線を落としてしまう。
しんと静まり返った部屋の中を、時計の音だけが響いた。
「昔・・・」
「え。」
千枝は思い出したように目を見開き、両親を交互に見つめる。
しかし、二人とも彼女の行動を不思議そうに見返すだけだ。
「昔・・・桜丘市に遊びに来たことがあったわよね?」
「そういえば・・・・。」
「・・・っ。」
大きく手を叩いた千枝の父親は、はっと目を見開き母へと視線を移す。
急に慌ただしく動き出した家族に対し、賢三はぽかんとするしかない。
「ほら、私達がまだ小さかった頃にあったわよ!確か桜並木を見に来たじゃない!」
「桜並木を・・・・・・。あぁ!春にあったな。たしか・・・あの時・・・」
「あの・・・とき・・・。」
千枝の言葉とは裏腹に、両親たちの顔が曇りだし、お互いの顔を見合うと何か恐ろしい物を見たように表情がこわばる。
勢い任せに立ち上がった賢三だったが、彼らの表情に目を白黒させた。
「あの時・・・るりが・・・迷子になって・・・・・・。」
「・・・・一日近く捜索してやっと見つかって・・・・。」
「・・・・え・・・・。」
自分でも覚えていない事を両親が断片的に話しだし、千枝は頭から水をかぶった様に制止してしまう。
思い出した昔の事を口にしたはいいものの、そこから紐解くように両親の口から発せられた言葉に、千枝の頭は酷く冴えてゆく。
記憶の片隅に忘れ去られていたことが、鮮明に頭の中に流れ込んできた。
「確か・・・山の祠近くで見つかった・・・」
震える手を抑え込むように喋る両親は、小鳥と賢三を見て青ざめた顔で更に続けた。
それはとある春の日。
家族で楽しい旅行のはずだった。
多くの人でにぎわう桜並木を見つめながら、両親の後を二人の子供が歩いてゆく。
少しでも両親の姿を見失わないように、置いて行かれないように妹の手を引きながら・・・
人でにぎわう大通りを歩いた。
そう、妹の手を引きながら歩いているはずだった
「きれいだねー」
隣にいる妹の方を見て、思わず悲鳴が上がる
両親が驚いて振り返る
手をつないでいたはずの手には、桜の枝が握られていた
辺りを急いで見回しても妹の姿は見えない
いつから桜の枝を握っていたのだろうか
いつから居なくなったのだろうか
どんなに思い出そうとしても理解できない
泣きじゃくる自分の周りに沢山の人が集まりだして
両親が酷く恐ろしい顔で妹の名前を呼び
そして青い服を着たお巡りさんが走ってきた
夕暮れになっても妹は見つからず
沢山の大人が妹を見つけようと集まっていた
知らない場所で妹はどうしているのだろう?
どこに行ってしまったのだろう?
誰が連れて行ってしまったのだろう?
大きな音を立てて人が走ってきたのは覚えている
両親は椅子から立ち上がって自分の手を握ると走り出した
痛いくらいの力だった
妹は見つかった
大きな桜の木が群れとなって茂った森の中
古びた祠の前で知らない花を握りしめて立っていた
――
重い音を立てて家に施錠した両親を見て、千枝は先に外で待機していた小鳥と賢三の方へと歩いてゆく。
そこには日本刀を片手に持った男性がおり、彼は小さく千枝たちにお辞儀をすると少し離れた場所へと移動した。
「本当にいいんですか?・・・街中は未だに危険ですが・・・。」
「いえ。それでもこの目で確かめないとなりません。」
「・・・娘がいるんですから。」
仕事用の鞄からカメラを取り出した千枝は首にそれをかけ直すと、腰に下げた鞄から携帯を取り出す。
昨日の騒動から仕事仲間から連絡が何度か入っているようだったが、今はそれを見る余裕がない。
「危険だと判断した場合・・・申し訳ありませんが、途中で待機もしくは引き返すということもありますので・・・ご了承くださいね。」
「・・・はい。」
小鳥を先頭に歩き出した一行は、微かに見える漆黒のヒビが入った空を見つめた。
その下には見慣れたビルが見える。
「あそこに・・・いるんだ。」
いつも見慣れた仕事現場だというのに、千枝は何故か手が震えてしまう。
両親は何を思っているのかは分からないが、母の足取りはとても重い。
ふいに顔を上げた瞬間、視界の先で刃物が輝く光を見た。