1話
車の窓から見えた世界は、桃色の色鮮やかな世界だった。
引っ越し先は“桜丘市”。
父親の勤務によって、私“夢郷るり”は、今までも何度となく住む場所が変わっている。
ある時は田舎の小さな町。
またある時は地方の都市。
小さい頃から転々と引っ越しを繰り返していたこともあり、“思い出”はあまりない。
先々で出来た“友達”ともすぐに疎遠になり、新しい場所でほんの一握りの知り合いができるだけだった。
何年前だったか忘れたけれど、“友達”ってなんだろう。って、お姉ちゃんに言ったことがある。
お姉ちゃんは私より6つ年上で、気が付いたら家から出て一人暮らしをしていた。
雑誌の出版社に勤務しているらしく、年に何回か連絡を取るくらいだ。
この前、引っ越しが決まった話を電話口でした時は、さすがに“また!”と言っていたのを覚えている。
でも、引っ越し先の場所を教えたとたんに、お姉ちゃんの声が変わった。
「千枝ちゃん。もう、家に着いてるんじゃないかしら?」
「引っ越し業者の人に、指示出してるかもなぁ。」
お父さんの運転する車の中で、お母さんは嬉しそうに話をしている。
前の家から出発する時から、ずっとこのテンションのままだ。
「今度の引っ越し先は、“桜丘市”だ。」
ちょうど半年前、お父さんが“いつものように”突然転勤の話をし始めた。
最初は憂鬱そうなお母さんの顔が、お父さんの“桜丘市”という言葉で一転する。
「じゃぁ、千枝ちゃんと一緒に暮らせるじゃない!」
お母さんは久しぶりに会うことになる千枝お姉ちゃんの顔を思い浮かべているのか、本当に嬉しそうに言っていた。
“桜丘市”は、千枝お姉ちゃんが働いている出版社の本社がある。
数年前にその本社に転勤になった千枝お姉ちゃんは、その会社では無くてはならない存在らしい。
転職という事を一時は考えたことはあるみたいだけれど、何でも転勤するきっかけとなった記事のおかげで、同じプロジェクトに携わっていた方と一緒に、一気に出世を果たしたんだとか。
あの時のお母さんとお父さんの嬉しそうな顔は今でも覚えている。
本当に、千枝お姉ちゃんは凄いんだな・・・ってその後に出た雑誌が爆発的に売れたのを見て、私もやっとそう思えた。
そんな仕事で忙しい千枝お姉ちゃんと一緒に暮らせる事になったこともあり、我が家に活気が戻ってくる。
今までのお父さんの転勤といえば、お母さんはため息、私もため息、お姉ちゃんもため息。
いつになったらこんな生活が終わるんだろう。とお父さんさえも言いだす始末だった。
そういえば、千枝お姉ちゃんと一緒に暮らせる以外にも、今回の“桜丘市”への引っ越しには、嬉しい事があったんだった。
お父さんの転勤生活に、終止符が下りるらしい。
そもそもこの“桜丘市”という場所は、この国大都市の一つでもある。
コンクリートで覆われた他の都市とは違い、自然豊かな山々に周囲を囲まれ、都市部というのにも関わらず、街中には大小さまざまな緑豊かな公園が存在していた。
市の名前どおりに、“桜”の木が街のいたるところに植えられており、春になると観光客で更に活気がわく都市でもある。
雑誌やテレビでは、いつも住みたい街ランキングの上位に入っていた。
そんな有名な場所に引っ越しをすることにもなり、お母さんもお父さんも嬉しそうである。
・・・私自身は、あまり嬉しくないような感じもするんだけど・・・。
私はこの春で、中学三年生になる。
去年までの二年間暮らしていた街では、中学生活はあまり楽しくなかった。
周りはみんな、同じ街で暮らしていた“なじみのある人たち”ばかりで、私は完全に“よそ者”状態だった。
今年の終業式に、引っ越し先を皆の前で発表され、一緒に三年生へと上がれない事を担任から言われた時も、それほど悲しむ人はいないように見えた。
それに、貰った寄せ書きは同じ文章の寄せ集め。
良い思い出を考えても、ぱっと頭の中で浮かんだことは学校生活以外の事ばかりだ。
休日に見つけた雑貨屋の事や、珍しく遊びにきた千枝お姉ちゃんの事・・・。
両親が楽し気に話している会話はあまり頭に入ってこず、私はずっと外を眺めていた。
きっとまた、ここでも学校では“よそ者”なんだろうな。
新しい家に到着すると、そこは今までとは違っていた。
「千枝も一緒に住むんだし、このくらいはしてやらないとな。」
静かな住宅地にたたずむ新しい家は、今まで住んできたどの家よりも大きかった。
お父さん曰く“中古物件”というらしいけれど、どう見ても“中古”には見えない。
真新しい車庫に車を入れ、お父さんは先に到着していた引っ越し業者の人に挨拶をする。
私はお母さんに連れられるように車から降りると、まじまじと家を眺めた。
少し歩けばすぐに公園があり、桜の花びらが風に舞って流れてくる。
家の反対側にはオフィスビルが見え、かすかに車の音が聞こえてきた。
そこから真逆の方へと視線を移せば、青々とした山が見え、かすかに家が建っている事がわかる。
本当に住みたい街ランキングに入るだけはあるなぁ・・・と感心してしまった。
「やっとご到着?!遅いじゃない?」
玄関から勢いよく出てきた人物は、満面の笑みを浮かべながら、私達へと歩み寄ってきた。
癖のある黒い髪を一つに束ねた“千枝お姉ちゃん”は、手に雑巾を持っている。
「千枝が早すぎるのよ。アパートの方は片付けたの?」
「うん。今日に合わせて引き払ってきたわ。」
「早いなぁ。」
「あのねー。今夜からここで寝なくちゃいけないんだから、そんな呑気にしてられないのよ?」
穏やかに笑ったお母さんとお父さんを見て、千枝お姉ちゃんは腕組みをする。
恰好からすると、本当に早々に着いていたらしく、少し服が汚れていた。
もう、部屋の片づけを相当していたみたいだ。
「るりもぼぅっと立ってないで。早く自分の荷物出しなさいよ?」
「あ。う、うん!」
肩を少し痛いくらいに叩かれると、千枝お姉ちゃんに促されるように家へと入ってゆく。
引っ越し業者さんが用意してくれた簡易のスリッパへと足を通すと、千枝お姉ちゃんに押されるままに階段をあがった。
後ろでは、お母さんとお父さんが、リビングの方へと入ってゆく。
あらかた大きな家具については、すでに指定された場所に置かれており、残るは細々とした物を整理するだけのようだ。
「窓も大きくていいでしょ?」
「うんっ!今までの部屋と全然違うっ」
千枝お姉ちゃんと一緒に、私は自分の新しい部屋に足を踏み入れた。
大きな窓の外にはベランダが広がり、その窓からは先に外で見た山が見える。
思わず窓を開けてみると、ふんわりと風が頬を撫でた。
「部屋の片づけが終わったら、買い出しに行くわよ。」
「え。買い出し?」
「当たり前じゃない。母さんも誘って、この“桜丘市”を案内してあげるわ。」
「わぁ・・・。」
今まで憂鬱だったけれど、千枝お姉ちゃんの明るい声を聴いたら、どことなく元気が出てきた。
電話越しで聞いていた力強いお姉ちゃんの声よりも、何倍もその明るさは感じている。
千枝お姉ちゃんは手早く段ボールの片づけ方を教えてくれると、隣の自分の部屋へと入って行った。
廊下にはきれいに畳まれた段ボールが並び、大方となりの部屋は片付いている事がわかる。
私は穏やかな春の風に包まれながら、部屋の隅に並んだ段ボールを開けた。
数時間後。
ほんのりと空が赤く染まってきたころ、家の引っ越し作業は終わった。
「それじゃぁ、何かありましたら。段ボールの回収はこちらに。」
「色々とありがとうございました。」
玄関先で業者の人に今後の説明を聞いていたお父さんは、預かった資料を持ち運びながら、リビングへと戻ってきた。
外では、子供たちの賑やかな声が響いている。
「さすがキャリアウーマン。仕事が早くて助かるな。」
「何を言いますか・・・。」
大げさに笑ったお父さんを見て、千枝お姉ちゃんは大きくため息をつく。
でも、お父さんのいう事は、間違いでもない。
お姉ちゃんの片づけ方は本当に手際がいいし、気が付いたらリビングや玄関先など、ほとんどの場所を一人で片付けていた。
「まぁ。ちょっと頑張っちゃった感はあるわね。久しぶりに家族一緒に暮らせることになったんだから・・・。ね。」
照れ隠しなのか、千枝お姉ちゃんは歯を見せて笑うと、束ねていた髪をほどく。
気が付かなかったけれど、お姉ちゃんの髪は思った以上に長かった。
部屋の隅に置かれた自分の鞄を持つと、千枝お姉ちゃんは時計を見つめる。
「あたし、買い出しに行ってくるよ。母さんたちは疲れたでしょ?待ってて。」
「あら・・・悪いわね。でも、甘えちゃおうかしら?場所もまだよくわからないし。」
「うん。そうしなよ。結構この時間、街中は混むし。」
そそくさと身支度を整えたお姉ちゃんは玄関へと歩いてゆく。
私はどうしようかと一瞬考えると、千枝お姉ちゃんの後を追った。
「千枝お姉ちゃん。私も一緒に行ってもいい?」
「いいわよ。ちょうど気分転換にもなるだろうし。」
「うん!」
お姉ちゃんは、外で待ってるからと言うと、玄関をくぐってゆく。
私は自室に戻ると、気に入った鞄を手にもって外へと向かった。
街中は家のある方とはうって変わり、とても賑やかだった。
多くの人が行きかう街中を、お姉ちゃんの案内を聞きながら進んでいく。
大きな本屋さんや可愛らしい雑貨屋さん。
それはもう、目移りしてしまうほどの量だ。
「あ。ほら・・・。るりが通う中学はアレだよ。」
千枝お姉ちゃんは前方に見える校舎を指差し、私に話しかける。
オフィスビルが立ち並ぶ道の奥に、綺麗な桜並木が広がっていた。
その先には、白い校舎が見える。
「そういえば、あそこは確か中高一貫だったわよね?」
「うん。学校の説明をお母さんと聞いた時に、確かそう言ってた。」
「へぇぇ。じゃぁ、高校になっても友達と離れることはないわねぇ。」
「う・・・うん。」
千枝お姉ちゃんの“友達”という言葉に、思わず手が震えてしまう。
不安な感情がまたせりあがってくると、今まで忘れていたモヤモヤとした感情が戻ってきた。
千枝お姉ちゃんは持ち前の明るさで、転校先の学校でもたくさんの“友達”を作っていたらしい。
歳が離れているせいもあり、お姉ちゃんがどんな学校生活を送っていたのかはよくは知らない。
でも、両親の話や、家に遊びに来る人たちを見ている限りでは、お姉ちゃんが孤立していたとは思えなかった。
前に一度だけ聞いたことがあったような気がするけれど、確か・・・“友達には恵まれていた”と本人が言っていたような気がする。
私はその正反対で、その土地に慣れたころには孤立していることが多かった。
明るい性格か、暗い性格か、と言われたら“本が好きな暗い子”だと自分でも思っている。
そのレッテルが前に出てしまっているのかもしれないけれど、千枝お姉ちゃんのように誰とでも仲良く明るく生活するのは苦手だ。
きっと、これからもそういう生活なんだろう。
「大丈夫よ。きっとなんとかなる。今までもそうでしょう?」
「・・・うん。」
私の不安げな表情を見たからなのか、千枝お姉ちゃんは少し呆れたように言う。
それは馬鹿にしている訳ではなく、なんとなく心配してくれているんだと思う。
お姉ちゃんは私の肩を軽く叩くと、家の方へと歩きだした。
帰り道は、来た道と違って何にも興味がなくなってしまった。
千枝お姉ちゃんとは会話もあまり弾まなくなり、お互いに沈黙を保ったまま家へと近づいていた。
住宅街の角を曲がり、小さな公園の前を通り過ぎていく。
「あれ・・・?」
ふと、公園を過ぎたあたりで、前を歩くお姉ちゃんの足が急に止まった。
私は地面を見ながら歩いていたこともあり、驚いて小さな悲鳴を上げてしまう。
「どうしたの?千枝お姉ちゃん?」
何も言わずに立ち尽くしている千枝お姉ちゃんを不思議に思いながら、私は視線を上げる。
そこには、ぽつんと向かい合うように立つ“少女”が見えた。
白いワンピースを着て
白いつばの長い帽子をかぶり
白い長い髪を春風になびかせている
外人さんなのか、帽子の下から見えた髪は確かに“白”色をしている。
千枝お姉ちゃんはどう声をかけていいのか分からないのか、それで止まっているのかもしれない。
私が、お姉ちゃんに話しかけようとすると、千枝お姉ちゃんはゆっくりと歩きだした。
そして、“少女”の前にかがみこむ。
「どうしたの?こんな道の真ん中で立っていて?」
「・・・・」
“少女”はお姉ちゃんに何も言わず、ただぽつんと立っているだけだ。
言葉が通じていないのかもしれない。
けれども、お姉ちゃんは更に続ける。
「お家がわからないのかな?・・・それとも、どこか具合が悪いの?」
「・・・。」
困ったなぁ、と千枝お姉ちゃんは付け足すと、身を起こしてこちらを振り返る。
私は少し考えてから、千枝お姉ちゃんの横へと行き、“少女”と目線を合わせた。
彼女の眼は、綺麗な金色の瞳だった。
「えっと・・・。」
私が知る限りでは、片言の英語くらしか話せない。
白色の髪に金色の瞳。
外国人の特徴をなんとか思いだそうとしても、同じような特徴の国の人を思い浮かべることができない。
頭の上で千枝お姉ちゃんが携帯を取りだし、どこかに電話をかけようとしていた。
警察・・・だろうか?
「あぁ。そうね。そうしましょう・・・。」
「え?」
「どうしたの?るり?」
何か声をかけようと、私が口を開けた瞬間。
同じように目の前の“少女”がぽつりとつぶやいた。
まさか、日本語が喋れるとは思っておらず、私は思わず驚いた声をだしてしまう。
その声に驚いたのか、千枝お姉ちゃんが頭の上で私に問いかける。
「貴女にしましょう。・・・そう。貴女に。」
「な、なに・・・?どういう?独り言?」
「ちょっと、ちょっとるり?」
ぶつぶつと呟くように喋る少女に、私は少し恐怖心さえ覚えた。
夕焼けの赤い光が、彼女の姿を真っ赤に染めている。
なんとなく、その姿さえも怖く感じた。
「わ、わかんないけれど・・・。なんか、独り言を・・・」
「独り言???」
今度は千枝お姉ちゃんが、驚いた声をあげる。
私はお姉ちゃんの顔を見上げて、小さく頷いた。
しかし、少女は更に続ける。
「これを。貴女に渡しましょう。招待状よ。」
「・・・え?」
小さな手を出してきた少女に、私はぴくりと肩を震わせてしまう。
一向に出した手を戻さない少女に、私は困惑しながら手を差し出す。
ぱらりと少女の手から“赤い石”が落ち、その下にある私の手のひらに乗った。
キラキラと夕焼けの輝きを吸い込むその石は、とてもきれいだ。
「あら・・・。もらえるの?」
「も、貰っていいの?」
千枝お姉ちゃんの言葉に押されるように、私は少女におずおずと聞いてみる。
彼女は小さく首を縦に振ると、クスクスと笑い出した。
「忘れないでね。無くさないでね。“ワタクシタチ”が貴女を守ってあげるわ。」
唄うようにそう呟いた少女は、弾かれるように私と千枝お姉ちゃんの横を通り過ぎていく。
千枝お姉ちゃんが呼び止めようと手をあげて声をかけるが、彼女の足は止まらなかった。
私達が通ってきた道を走り去り、角へと消えてゆく。
少女の姿が完全に消えるまで私はその場を動けなかった。
今思い起こせば、あれが最初の“出会い”で“はじまり”だったんだと思う。
でも、それを知るのは、もっともっと先の話。
家に帰り、私は千枝お姉ちゃんと道中で出会った不思議な少女の話を両親にした。
素っ頓狂な声を私は出した、とお姉ちゃんに言われ、思わず怒ってしまう。
「だって、るりったら小さい女の子に、すっごい驚いてるんだもの。」
「千枝お姉ちゃんだって、同じような感じだったよ!」
姉妹のたわいない会話を聞いているだけなのに、お母さんもお父さんも嬉しそうだ。
・・・考えてみれば、本当に久しぶりに家族がそろったんだから、そんな表情をするのも当たり前なのかもしれない。
「白い髪で瞳だって金色だったから、お姉ちゃんの日本語が通じていんだと・・・」
「ちょっと、るり?大丈夫?」
少し拗ねたように私がお姉ちゃんに反論しようとすると、いきなり会話を千枝お姉ちゃん本人に止められてしまう。
「え、なにが?」
少し強めに言われ、私も思わず言葉を続けることができなかった。
千枝お姉ちゃんは何故か不思議そうに私を見ている。
「あの子、“黒髪に黒色の目”で普通に、日本人だったわよ?」
「・・・・え?」
「だいたいどこに、そんな“おとぎ話”みたいな子がいるのよ・・・。仕事がら色々な国の人を見ているけど、そんなファンタジーみたいな見た目の人なんて見たことないわよ。」
「・・・・。」
疲れているんじゃない?と千枝お姉ちゃんは付け足すと、両親と目配せをしてしまう。
二人も同様に、長旅で疲れたのでは?と口々に言うだけだ。
そんなことない。だって、本当に白色だったし、瞳も金色だった。
目の錯覚でも、疲労から間違えたなんてことはない。
でも、心配そうに見ている3人を交互に見てしまうと、私は何も言えない。
これ以上、私が本当の事だと言っても、“疲れている”という事で片付けられてしまうだろう。
「うん。もしかしたら、引っ越しの解体で疲れちゃったのかも・・・。」
「長旅だったしな。それもあるだろう。」
お父さんはそう言うと、早く寝たほうがいいな。と微笑む。
私はモヤモヤとしながらも、ゆっくりと首を縦にふり頷いた。
そういえば、いつだっただろう?
同じような会話をしたような覚えがある。
ずっと昔、小さい頃に・・・
自室に戻った私は、“少女”から貰った“赤い石”を眺めていた。
手のひらに収まる程の雫型の真っ赤な色は、光に当てるとキラキラと反射する。
中で揺らめくように見える石は、神秘的にも見えた。
目を閉じて、ゆっくりと先ほどの事を思い浮かべる。
「白い服だった。金色の瞳だった。白い髪だった。」
私は自分に言い聞かせるように、少女の特徴をつぶやく。
何度も思い出してみたが、どう考えても黒髪ではない。
瞳の色だって、夕焼けで輝いていたとはいえ、黒色ではなかった。
でも、千枝お姉ちゃんがウソをついているようにも思えない。
「不思議・・・。」
指の先で赤い石を机の上で動かしてみる。
よく見ると、先端に紐を通せる穴が開いているのが見えた。
「そういえば・・・。」
頭の中で、少女の言っていた言葉がよぎる。
「なくさないでね・・・。守ってあげる・・・。お守り?」
手芸道具の中から黒い紐を見つけると、私は赤い石へと通してみる。
紐の長さがあまりなく、キーホルダー程度の長さにしか整えられない。
「良いこと・・・あればいいんだけれど・・・。」
私は部屋の隅に置かれた学校の鞄を持ってくると、内側のポケットに紐を通す。
外に見えるようにつけていると、どこかで無くしてしまうと思ったからだ。
薄暗い鞄の中でキラキラと光る赤い石は、なんとなくだけど、とても良いお守りに感じる。
素性のしれない少女から貰ったとは言えど、引っ越してから初日で手に入れた“演技担ぎ”の品を不安なこれからの生活に活用する価値はありそうだ。
しばらく石を眺めていると、ふと扉を叩く音が聞こえてきた。
小さく返事をすると、入り口が開かれる。
「お。良い部屋になったじゃない。」
「そうかなぁ。」
千枝お姉ちゃんはお風呂上りなのか、肩にタオルをかけたままだ。
頭にもタオルが巻かれている。
「学校が始まる前に、色々と桜丘市を見ておいたら?今日は疲れてしまって母さんとは出掛けられなかったけれど、一緒に道を覚えに明日から動いてみた方が良いわよ?・・・ここ、かなり広いからね。」
「うん。明日、お母さんと相談してみるね。」
手に持ったままだった鞄を元の場所に戻しながら、私はお姉ちゃんに言う。
お姉ちゃんは鞄の中でキラリと光った石を見つけたのか、先のやつ?と声をかけてきた。
「うん。お守りになるかなぁ・・・って思って。」
「へぇ・・・。きれいだもんね。なるんじゃないの?」
「なると、いいなぁ。」
不思議と石を眺めていると、モヤモヤとした感情が浮かばなくなる。
自分がお守りだと思っているからかもしれないけれど・・・。
「あ。そう、そういえば気になっていたんだけど。」
「何?」
千枝お姉ちゃんが、ふと思い出したようにぽんと手を叩いた。
私はきょとんと小首をかしげるしかない。
「あの子、“何も言わず”にその“キラキラした鍵の玩具”を渡したけど・・・貰ってよかったのかしらね?」
「え・・・・。」
「だって、はいって手を出してきたと思ったら、何も言わずに走って行っちゃったじゃない?探していたら、返してあげないと・・・ね。」
にっこりと笑った千枝お姉ちゃんはそれだけ言うと、部屋から出ていく。
私はお姉ちゃんに何も言えず、ただただお姉ちゃんが出ていった扉を眺めるしかない。
千枝お姉ちゃんと私の“見えているモノ”が違うことをその時初めて知ってしまった。