白と黒の世界   作:水鏡 零

20 / 68
19話

るりの姿を後方へと隠したヒーリカは、階段下でこちらを見ている一行をいぶかしげな表情で見つめた。

ぽかんとした顔で見上げている優志を見て、彼女は大きくため息をつく。

「どういうことかしら?」

「どういうことも、こういうことも・・・」

「・・・・まったく・・・。」

唖然とした表情でエナミを見た司を見て、更にヒーリカは頭を抱える。

ランゼフはるりと顔を見合わせ、黙って成り行きを見守るしかない。

「初めまして・・・。私はヒーリカ。えっと・・・監視者・・・と言えばご理解いただけるかしら?」

「なるほど。・・・私は桜丘市警察署署長の竜崎です。」

「・・・なるほど・・・。」

「・・・?」

竜崎とヒーリカは互いの顔を見ると、どちらともいう訳でもなく、お互いに頷き合う。

とはいえ、ヒーリカの表情は未だに鋭くその眼光はエナミへと向いているようだ。

「警察署に恐らく事件を起こしている者達から手紙のようなモノが届いたらしくて・・・。それで、彼らはこちらに出向かれた、ということだそうだ。」

「そう・・・」

エナミは表情を崩さずに話をしているようだったが、その目元は微かに引きつっている。

恐らく、ヒーリカの視線によるものだろう。

竜崎は頭を小さく下げると階段をゆっくりと登り、彼女達と同じ踊り場にたたずんだ。

切れ長の目が動き、るりとランゼフを見つめる。

遅れて階段を駆け上がってきたエナミ達も、彼女たちを見つめた。

「君が・・・女神様に選ばれた少女か。・・・“我々の災厄”を引き受けてくれたことを感謝すると共に・・・謝罪したい。」

「え・・・あの・・・。」

「しょ、署長?」

るりの目の前に立ち直した竜崎は、穏やかな口調で話し出す。

そして、静かに彼女の前で頭をゆっくりと下げた。

優志はあまりの事に驚き、思わず二人の間に駆け寄ろうとする。

しかし、彼の肩を無言で司が掴み、制止させた。

優志が視線をるりへと移すと、彼女の額に自然と目が行く。

先に街頭でるりを見た時には見えなかったが、彼女の額にはぼんやりと痣のような模様が浮かび上がっている。

よく見れば、胸元には司たちが持っている“鍵”に良く似た赤い石が輝いていた。

その石は司たちが持つ物とは異なり、石本来が発光している。

「君が“巫女”にならなくても我々は君を恨まない。お嬢さんはお嬢さんが進みたい道に進めばよい。」

「・・・・。」

「我らが長も、そう仰ると思う。」

「え・・・。」

ゆったりとした動きで頭を上げた竜崎は柔らかに微笑むと、るりの前から離れてゆく。

彼の言葉に小首をかしげた優志だったが、それを聞き返す事ができない。

今はそれよりも竜崎がるりに対して言った“巫女”と言う言葉に驚いて他が考えられないからだ。

司が先に仮定として言ってはいたが、本当に目の前の少女が“巫女”という存在に選ばれようとしているという事実に、妙に頭が痛くなる思いを抱いていた。

「我々が出来る事は、雑魚を散らす事だけだ。あとはお嬢さんがやらなくてはいけない。それは・・・聞いているね。」

「は、はい。」

「・・・。」

るりと竜崎の会話に隠れる様に、ランゼフとヒーリカがぽつりぽつりと会話をしているのを、エナミは気が付く。

ランゼフの言葉に驚いているのか、ヒーリカは目を丸くして竜崎をみていた。

「して、監視者殿。作戦としてはどのように?」

「えっ!あl、はいはい!」

急に言葉を振られたヒーリカは、竜崎の声に驚くように声を裏返す。

彼女は屋上へと出る扉を軽く叩くと、一行を見回した。

「作戦っていう程ではないわ。とにかく雑魚を蹴散らす。その間に、私と・・・この子とるりちゃんとで一気に暗黒を破る、それだけよ。」

「ボク達には、空を埋めている結界を壊す力はないからね。るりを雑魚から守るくらいだけれど・・・。」

緑の髪をゆらして話すランゼフを、相当不思議な存在だと思っているのか、優志は目を白黒させて彼女を見つめる。

優志の視線が気になるのか、ランゼフはるりの背中に隠れてしまった。

「優志はとりあえず、俺らから離れるな。お前は“見届ける”義務があるだけだからな。」

「・・・・ちょっと不甲斐ないですが。仕方ないです。」

司に大きく肩を叩かれ、優志はため息をつくしかない。

「上空の暗黒が崩されれば、敵側の力も格段に弱まると思うの。それができれば“執行者”に後は任せてなんとかなる・・・はず。」

「今は、暗黒を消すことを重大目標としよう。それ以外は二の次だ。」

「そうだな。」

エナミがにっこりとほほ笑み、一同は小さく頷き合う。

大きく深呼吸をしたるりは、ヒーリカに頷き返した。

「それじゃ、行きましょうか!」

ヒーリカはるりの手を握り返すと、屋上へと出る扉を大きく開け放った。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

仮面の男が放った技を、カーティルスが拳で殴りつけるようにうち消す。

同時に後方からルヴァンが飛び出し、男に対して切りかかる。

しかし、間一髪のところで男はそれらをかわし、後方へと飛び去った。

「流石に持久戦は辛いっつぅの!」

「そう吠えるなっ!体力だけが削がれるぞっ!」

お互いに肩で息をしつつ、二人は自分たちに突進してきたバケモノを蹴散らし、その場から離脱する。

翼と雪がいる場所へと降り立つと、地面から這い出たバケモノを見渡し、仮面の男との距離を確認した。

「だいぶお時間がかかっていますねぇ。大丈夫ですか?」

「うるせぇ!」

あざけるように笑った仮面の男は、カーティルス達にバケモノをけしかける。

雪が大きく踏み込み、眼先へと迫ったバケモノに対して、疾風を巻きあげて切り刻んだ。

「なかなか聖職者も執行者もしぶといものですね。」

「そちらさんも、だいぶ粘るね。・・・そのまま離脱して帰ったらどうだい?」

「・・・・。」

「帰れない理由があるんだろうけれど・・・・。お前にそれは出来ないと思うよ。」

男を挑発するように言い放った翼は、足元を杖で叩くと地面から紋章を浮き上がらせる。

金切声のような悲鳴を上げてバケモノ達は紋章に飲まれ、数秒の間に屋上にいたバケモノが全て消え去った。

仮面の男は手を震わせ、少しばかり後方へと下がる。

「僕はまだまだ戦えるからね。さぁ、どうする?」

「チィッ!」

息の荒くなってきているルヴァンや雪達をかばうように立ちはだかり、翼は小ばかにするように笑い声をあげる。

ビルを取り囲むように淡い光がとめどなく溢れており、それらが仮面の男達の増援を阻止しているらしい。

どう見ても劣勢と思われる状況だが、仮面の男は引き下がろうとしないようだった。

「恐らく・・・るりちゃん達を仕留めようと・・・」

「だろうな。」

「覚醒しようとしまいと、今のうちに倒してしまえば、候補者は減る。・・・それに・・・現世も自分たちの意のままになるだろうと思っているのだろうな。」

「おそらく・・・ね。」

小声で会話をする翼たちを見て、仮面の男は己の顔を両手でつかむと、肩を震わせ低くうなりだした。

その異様な光景に、雪達は即座に武器を構える。

「このままでは・・・マーラ様に・・・」

大きく拳を振り上げた仮面の男は、全身に漆黒をまといだし、更にうなりだす。

その漆黒は上空から降り注ぐように彼へと流れ、全身を取り巻きだした。

「あれを利用しようっていうのか?」

「ちょっとだけ、厄介な事をしだしたね。」

「・・・。」

獣のような雄叫びを上げた男は、姿自体は変わらないが、まとった漆黒から気味の悪い雰囲気を醸し出し始める。

一歩一歩と足を動かすと、まるで沼地を這うように、足元に禍々しい気が垂れ落ちた。

「なるべく触れずに倒したいもんだな。」

「そうだね・・・触るのは絶対にしたくないね。」

「軽く言っている場合ではないぞっ!」

両腕を突き出した仮面の男に合わせて、地面から人の悲鳴を上げながらバケモノ達が再び姿を現す。

ローブさえも形を留めておらず、それは単に異形の人型をしたバケモノでしかなかった。

「これじゃ、さっきより酷い消耗戦じゃねぇかっ!」

「流石にこれはっ!」

二手三手と高速で繰り出してくるバケモノ達に、カーティルスは避けるだけで精一杯になる。

隙を見て雪が切りかかるが、先のように刃先は届くことができず、彼と同じように守備に回るしかなかった。

「複数で相手をした方がいいっ!」

「ごもっともだっ!」

ルヴァンの攻撃に合わせて再度拳を振り上げたカーティルスは、両腕に雷鳴を響かせて地面を叩く。

辺りに雷柱が一気に広がってゆくと、敵の動きが鈍くなった。

後方へと下がった雪は、バケモノの攻撃を潜り抜け、大きく踏み込むと力任せに刀を振り切る。

カーティルスの雷と混ざった疾風は、複数のバケモノを切りつけた。

二人が倒し損ねた敵を、ルヴァンと翼が追い打ちをかけるように畳み込んでゆく。

「悔しい・・・にくい・・・マーラ様に・・・栄光をっ!」

「自我も保つのに精一杯なのにっ!まだ強化するのか?」

仮面の男が悲痛な声をあげ、へし曲がった腕を上空へと向ける。

落雷のように漆黒が男に激突すると、嫌な音を立てて周りに漆黒が飛び散った。

「あんなの当たってたまるかっ!」

「下がれっ!来るぞっ!」

仮面の男から間合いを取った四人だったか、それでも男の攻撃は後を追うように迫ってくる。

「ちょっと、やばいんじゃないかって!」

「雪さがれっ!」

「ちょ、ちょっと二人ともっ!」

敵の攻撃を切り消そうと前に出た雪の腕を、ルヴァンが無理矢理掴むと、そのまま後方へと引きずる。

雪は驚いて姿勢を崩すと、そこに待っていたカーティルスに担がれ、その場から飛びのかれた。

「あぁぁ!・・・・ま、マーラ様にっ!えぇぇぇええ栄光をぉぉ!」

「やばい!やばいやばい!」

地面に腕を叩きつけた仮面の男は、漆黒の槍をそこから無数に生み出すと、ルヴァンたち目がけて放つ。

予想以上の速さで迫りくる槍に、翼とルヴァンが紋章を浮かびあがらせ盾を作りあげるが、すぐにヒビが入ってしまう。

「ほんっと・・・やばいかもっ!」

先までの戦闘で、それなりに翼も消耗していたのか、彼は震える両手で杖を何とか支える。

「ちっ!衝撃に備えろっ!カーティルス!」

「お、おうっ!!」

「ちょ、ちょっとっ!!まっ!」

ルヴァンの怒鳴り声が聞こえるか否や、カーティルスは雪を背後に隠すように身を低くし、盾が割れる衝撃に備えた。

雪はカーティルスに倒されるような姿勢になり、武器を持ち直すこともできず、ただ彼の横顔越しに前を見るしかない。

音を立てて紋章の盾が割れ、漆黒がすぐ目の前まで迫った。

 

「えぇっと、なんとか間に合った感じかしらっ?」

 

轟音と共に漆黒の槍が来る衝撃へと構えたカーティルスや雪だったが、その予想とはかけ離れた明るい声が前方から聞こえ、目を見開く。

レイピアを杖代わりに立ち上がったルヴァンは、隣で座り込んだ翼と共に、目の前に仁王立ちしている女性を見て言葉を無くす。

黒い服を着た茶色の髪の女性は、片腕を横に振り払う。

すると、銀色の槍が更に前で高速で飛び交い、漆黒の槍をいとも簡単に、音を立ててへし折りだした。

彼女が操っている銀色の槍は、全ての漆黒の槍をへし折ると、頭上へと舞い上がってゆく。

よく見れば、女性ヒーリカの前には、白と黒の光を放つ大きな紋章が浮かび上がっていた。

「るり・・・ちゃん?」

カーティルスに助け起こされた雪は、両腕を大きく突き出した姿勢のまま制止していたるりに向かって恐る恐る声をかける。

るりは肩を小さく揺らすと、腕を降ろして雪の方を振り返った。

「あ・・・おい。それ・・・って。」

「・・・るりちゃん。紋章が・・・・。」

「うん・・・。」

雪はるりの額にくっきりと浮かび上がっている紋章を見て、言葉を無くしてしまう。

カーティルスも目を見開き、うなずいたるりの顔を見つめた。

「強要はしていないわ。るりちゃんが自分で考えた事よ。」

「うん。ヒーリカさん達に強制的になるように言われた訳じゃないよ。」

「そう・・・なんだ・・・ね。」

「・・・うん。」

しっかりと頷いたるりは、ゆっくりと近づいてくる雪を見ると、微笑む。

「私ね。まだ全然色々わからない事ばかりだよ。でも・・・みんなが必死に頑張っているのに、私は何もできないのは嫌だから。」

「で、でも・・・。もし・・・・」

「巫女様になるとか、よくわかってないけれど・・・。それは“これから”考えていくことにした。今できる事をしたいから。」

「るり・・・ちゃん。」

雪の震える手を包むように、るりは彼女の手を握り返す。

ものの数時間しか経っていないとはいえ、このビルへと来るまでのるりとは、別人のように雪は思ってしまった。

彼女をそこまで突き動かす事がなんだったのか、雪にはわからないが、決意に満ちたるりの表情を見ると、自ずと不安感が薄くなるように感じてしまう。

「じゃぁ。作戦行きましょう。えーっと。お巡りさんっ!よろしくねっ!」

「はっ?」

「ええぇっ??」

場に不似合な程のヒーリカの声に、翼とルヴァンは間の抜けた声を出して振り返った。

視線の先には準備運動をしている竜崎と司の姿が見える。

二人が立っている後方では、目を白黒させている優志がいた。

「ご協力者さん達ですよ。よろしくお願いしますね。」

「よろしくって・・・はい?」

翼の肩を軽く叩いたエナミは、眼鏡の下で不敵に笑うと片腕に火柱を上げて前方から迫っていたバケモノを焼き払う。

あっけに囚われていた翼たちだったが、敵が迫っている事を思い出し、散り散りに走り出した。

バケモノが這い出てくる中央には、異形と化した仮面の男が見える。

「司令塔は私に任せて、君たちは周りのバケモノを頼んだよ。」

「えっ!ちょ、ちょっとっオッサン?」

カーティルスの背中を叩いた竜崎は迷うことなく走りだし、バケモノを生み出す仮面の男へと近づいてゆく。

訳が分からないと言わんばかりにカーティルスはルヴァンへと視線を移すが、頼みの兄も頭を左右に振るだけだ。

司はなるべく離れた位置に優志と待機しており、彼らの前にはエナミが翼と何やら会話をしながら敵を倒している姿が見える。

「とりあえず。るりちゃんたちを援護しましょう。あと・・・あの、お巡りさんを援護しないと・・・。」

「ってっ!オッサン、ホント何者なんだよっ!」

困惑した表情で竜崎の背中を追うカーティルスと雪だったが、彼は簡単にバケモノ達を蹴散らしてしまう。

得といった武器も見えなければ、何か魔術のようなモノさえも目には見えない。

「私は桜丘市警察署署長の竜崎だよ。“聖職者の少年”」

「えっ・・・・」

「それって・・・・。」

バケモノを殴りつけ振り返った竜崎の言葉に、思わずカーティルスとルヴァンは眼を見開く。

しかし竜崎はそれ以上言葉を発せず、淡々と敵を倒し出した。

優志や司には彼らの会話が聞こえなかったらしく、互いに人知を超えた不可解な情景に、頭を悩ませているようだ。

「さてさてさて・・・・。私達も行きましょうか。」

「るり、大丈夫?」

「うん・・・。大丈夫だよ。」

軽く手を叩いたヒーリカは明るい声でそう言うと、るりとランゼフを交互に見る。

るりはランゼフに小さく微笑むと、それを返すようにランゼフもうなずいた。

ヒーリカはるりに手を差し伸べると、彼女はその手を握り返す。

るりは上空を見上げ、くっきりとひび割れた漆黒を見つめる。

「何となくわかる?何処を狙えばいいか・・・とか。」

「・・・えっと・・・。」

ヒーリカの言葉に目を細めたるりは、上空をゆっくりと見回す。

空の青をその先に見せた漆黒には、所々ひび割れのような部分が見える。

その筋を辿り、るりは人差し指をあげた。

「あの場所・・・あそこが・・・一番ひび割れが酷いです。」

「了解。あそこに向かって集中業火ね!」

「いくよ・・・。」

ランゼフが二人の顔を交互に見ると、前方に向かって手を付きだす。

何もない空間に淡い緑の光が広がってゆくと、半透明な階段が空に向かって形成されてゆく。

ヒーリカはるりの手を引っ張るように階段を駆け上がってゆくと、自らの周りに先にも発生させた銀色の槍を幾つも出現させた。

「ア・・・・マズイ・・・・コレ・・・ハ!」

「ぬっ?」

もはや人の形さえ模っていない仮面の男が、ひしゃげた仮面の下で歪な声をあげる。

竜崎は目の前に迫ったバケモノを蹴散らし飛び越えると、仮面の男に対面するように着地した。

しかし、男が自分ではなく空へと駆け上がってゆくるり達を見ている事に気がつき、表情を鋭くさせる。

まるで闇に溶けだしたような腕を上げ、男は上空へと赤黒い光を集中させ槍へと形成し刃先を向けてゆく。

「お前の相手は私だっ!」

「アァ・・・・ガッ・・・・!」

竜崎の怒鳴り声など聞こえていないのか、仮面の男は漆黒の槍を上空へと幾つも放ちだす。

彼が男の身体を殴り飛ばすも、すでに発射された漆黒の槍は上空へと風を切って飛び放たれた後だ。

「るり!ヒーリカっ!下だよっ!」

ランゼフが悲痛な声をあげてヒーリカ達の背中に叫ぶ。

その声に弾かれるようにヒーリカは足を止め、音を立てて飛んでくる槍を目視する。

「雑魚は黙って見てればいいのにねっ!」

「きゃっ!」

るりの身体を後方へと隠したヒーリカは、周りを飛んでいた銀の槍を終結させた。

盾のように眼下に迫った漆黒の槍へと向けると同時に、押し上げられるような衝撃がるりとヒーリカを襲う。

「るりちゃんは、先に行って!」

「で、でも、ヒーリカさん・・・!」

「大丈夫だからっ!」

「っ!」

るりの不安げな顔を見たヒーリカは、表情をひきつらせながらも微笑む。

「大丈夫。私もランゼフも平気。貴女は先に進むのよ!」

「っ・・・は、はい!」

ヒーリカに背中を叩かれたるりは、大きく深呼吸をしてから階段を駆け上がりだす。

後方で金属のすれ合う音が聞こえてきたが、彼女は頭を左右に振ると振り返る事無く走った。

「アァァ・・・!マズイ・・・マズイ!」

人の声とも言えぬ奇妙な声が下から聞こえたと思えば、身を引きちぎらんとばかりに重い何かがるりの身体にまとわりつく。

「っ!」

「ナニッ?」

意識を集中させ、身体にまとわりつき下に引きずり落とそうとする禍々しい漆黒を手で握り、白と黒の混ざった光をそれらに当てつける。

ブツリと糸が引きちぎれるような音が響き、まとわりついた漆黒が空間へと消えてゆく。

「早く行かないとっ・・・!」

後方を見れば、片膝をついた状態でヒーリカがこちらを見ているのが視界に入った。

震えそうな足を無理やり立たせ、るりは淡い光に包まれた階段を上がりだす。

「るりっ!」

「ランちゃんっ?」

るりの名前を呼んだランゼフは、人とは思えぬ速さで階段を駆け上がり、彼女の手を握ると引っ張るように先導する。

「下はエナミに任せてきたから大丈夫っ」

「う、うん!」

空いている手を器用に動かし、ランゼフは更に上へと登るために階段を生成し続ける。

るりがちらりと後方を振り返ると、遥か後方でエナミがこちらに手を振っているのが見えた。

体勢を立て直したヒーリカとも目が合い、彼女はるりに向かって微笑む。

よく見れば、市内のあちらこちらで爆炎や交戦する人たちの姿が見えた。

近くのビルには大勢の人の姿が見え、こちらを見つめている。

「相手側もかなり焦っているみたいだね。とにかくこちらの戦力を削ぎたくてこのビルに向かって来ているみたいだけれど・・・」

「他の人達が妨げてくれているんだね。」

「うん・・・。」

振り返る事無く頷いたランゼフは、片腕を大きく振るう。

目の前に淡い光を放ちながら薄緑の光を帯びたフロアが形成され、るりとランゼフはその場へと駆け上がる。

「下の奴らが妨害してくるとは思うけれど・・・」

「・・・私はとにかく集中する・・・んだったよね。」

「そう。」

大きく頷いたランゼフは、るりの手を離すと辺りを見回す。

るりは首から下げた“鍵”を両手で握りしめると、ランゼフが作り上げたフロアの中央へと立った。

「るりはボクが守るから安心して。」

「ランちゃん。」

無表情ながらもほんのりと頬を赤くしたランゼフは、金色の瞳を瞬きさせ、るりから距離をとる。

「大丈夫・・・。」

握りしめた鍵から手を離し、るりはゆっくりと両手を空へと向けた。

髪がだんだんと揺らめき、フロアに渦を巻くように光があふれ出す。

るりは意識を一点に集中させるため、瞳をゆっくりと閉じた。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

見慣れた自分の仕事場であるはずのビルが、今は遠い世界の映像を見ているような状態だ。

奇形のバケモノ達が屋上にはびこるのが見え、それらと対立するようにテレビで見た事がある警察署の署長や、妹と同じ学校の制服を着た少女が日本刀を振るい、彼女の近くでは、お伽話の世界で見る様な姿をした青年たちの姿が見えた。

 

そして、上空では半透明な不可思議な階段を駆け上がっている妹の姿。

 

「これ以上は近づけませんね。」

「そんな・・・るり・・・どうして・・・?」

母の悲痛な声が隣で聞こえ、千枝は思わず歯を食いしばってしまう。

今すぐにでもこの場から走り去り、馬鹿げたような状態である出版社のビルへと乗り込みたい気分だ。

しかし、それは此処にいる誰しもが出来ないという。

騒ぎをききつけた一般人たちが周りのビルにも集まりつつあり、この場所にも多くの者達が出版社のビルを見つめていた。

「カメラも使えない。ビデオも撮れない・・・どういうことだ?」

「これって何かの映画の撮影・・・じゃ・・・ないわよ・・・ね・・。」

屋上の金網越しに見える風景に、辺りは騒然となっている。

出版社があるビルの頭上では、謎の漆黒に割れ目ができており、そこから眩しい程の青空が見えていた。

周りに集まりだした人々の携帯は機能しておらず、どこかのテレビ局から派遣されたスタッフたちは、突然使えなくなった録画機に頭を悩ませていた。

千枝も自分の携帯へと視線を移すが、電源の入っているはずの画面は真っ暗になっており、どのボタンを押しても使い物にならない。

仕事で使っているカメラさえも、全く機能していない状態だ。

出版社の入り口付近では、武器を持った警官たちの姿も見えるが、上空から降り注いでいる光の粒がバリケードとなり、扉に触れる事さえできないようだった。

「あの女の子は何をするんだ?」

「あれ・・・桜丘一中の制服よね・・・?」

千枝の周りでは、不可思議な階段を駆け上がっている妹の姿にどよめいており、とても身内だという事を口に出すことさえできない。

「るりちゃんのご両親を御頼みしますね。賢三先生。」

「えっ?せ、先生?」

人で溢れかえっている屋上で、賢三の間の抜けた声が後方から聞こえ、千枝は両親と振り返る。

穏やかな微笑みを湛えた小鳥が、彼女の旦那と共に人をかき分けて金網の方へと歩いてくる姿が見えた。

「この下にも、敵さんが湧いているようですので。私たちは下へ行きますね。」

「こ、小鳥先生・・・あの・・・む、娘は・・・何を?」

表情一つ変えずに話す小鳥に、千枝の両親は困惑した表情で彼女を見つめる。

小鳥は小さく唸ると、そっと指を上空へと向けた。

「あそこに漆黒のひび割れが見えますでしょう?るりさんは、今からあのひび割れを使って、この市内上空の結界を破壊するんです。」

「・・・そ、そんな簡単に言われても・・・」

「大丈夫ですわ。」

「・・・・。」

くすりと笑った小鳥は、両手をぽんと叩くと向きを変え歩き出す。

前方では金網越しに下を覗いた人々が悲鳴をあげているのが見えた。

どうやら、千枝たちのいるビルの下に、バケモノが現れたらしい。

「彼女達なら・・・大丈夫。娘さんを信じてあげて下さいませ。」

「ちょっ、ちょっとまっ・・・!」

千枝が小鳥に手を伸ばすが、その手は一歩届かず、小鳥は柊に抱えられると金網を飛び越えて下へと落ちてゆく。

一瞬の出来事に周りからはざわめきが起こり、千枝も人々と共にビルの下を覗き込む。

「・・・あれが・・・私達には理解できない力?」

小鳥を抱えたままの柊の姿が見えたが、彼は空中で小鳥を離し、自らは日本刀を地面へと剣先を向けて急降下してゆく。

着物をはためかせて落ちてゆく小鳥の周りに、赤黒い水のような物が現れ、彼女はそれをまとう様に地面へと降り立ってゆく。

片腕を小鳥がゆらすと、赤黒い水は針のように鋭く光り、目の前にいたバケモノ達を貫いていった。

日本刀をバケモノの頭頂部に突き立てた柊は、止まる事無く次の獲物へと斬りかかる。

間もなくして彼女たちの周りには武器を持った警察たちが合流し、何やら会話をし始めていた。

地上から千枝たちを見上げた小鳥は、彼女と目が合い小さく手を振ると柊と共にその場を去ってゆく。

「本当に、小鳥先生は自由人だなぁ・・・・」

千枝の後ろから地上を見ていた賢三の声が聞こえ、千枝は自然と視線を先と同じように出版社のビルの方へと向けた。

「・・・何をしようとしているの?」

半透明の淡い緑を放つ階段を登りきったるりの姿が見え、彼女がゆっくりと手を広げる姿が千枝の視界に入る。

るりの後ろには茶色のローブを着た子供が立っており、下からるりを狙って飛び交う黒い槍を見つけると、華奢な腕でへし折るのが見えた。

「なんだ・・・あの光は?」

「あの子は何者なの?」

ざわめく声の中で、千枝や両親たちは黙ってるりの姿を見るしかない。

るりの足元からは白と黒を帯びた不思議な光が溢れ出ており、渦を巻いて彼女を囲んでいる。

それらはるりの手元へと流れ込んでおり、うっすらと手の先に何かの模様が現れ始めていた。

「あれは・・・伝承の・・・」

「伝承の紋章じゃないか?」

「あぁっ!そうだっ!」

「え・・・・。」

千枝の周りは一層ざわめき始め、歓声にも聞こえる声が辺りに響きだしていた。

手に持った携帯を落としそうになった千枝は、急いでポケットに乱暴に入れ込むと建造へと視線を移す。

賢三は千枝の睨むような視線に気がつき、顔を曇らせた。

「古い文献によく見る紋章です。・・・この地に災厄が訪れた時、秩序を正す者が使うとされる大いなる力。」

「大いなる力は、秩序を正す者しか使う事ができない。」

「じゃぁ、あの女の子が?」

「え・・・そうなの?」

賢三の言葉に触発されたのか、周りの一般人たちが更にざわめき、千枝の言葉さえも飲み込んでしまう。

千枝の両親は賢三の顔を困惑した表情で見るが、彼は顔を左右に小さく振る事しかできない。

「・・・巫女様の力は偉大なり・・・てか・・・。」

「・・・っ?」

ふいに千枝の横から声が聞こえ、彼女は聞き覚えのあるその声に驚いて視線を移す。

「さて・・・どうなることやら・・・」

「さぁ。」

二人は千枝に気が付いていないのか、前方で起こっている情景をじっと見つめていた。

「ゆ・・・な・・・?」

千枝がユナとヒスイに声をかけようとするが、彼女たちは千枝に振り返る事無くその場をゆっくりと後にしていった。

人々の間をぬうようにユナ達は歩き去って行ってしまい、千枝は追う事もできない。

意味深な言葉を二人が呟いていた事だけは理解できるが、それが何の意味を持っているかなど千枝にはわからなかった。

ただ、いつも見ている会社の仲間とは到底思えないような雰囲気だったとは千枝は感じている。

「おい!ちょっと!」

「っどうなるの?」

あっけに捕らわれていた千枝に、頭から水をかぶされたように人々の悲鳴が響き、彼女は急いで振り返った。

金網を握りしめ、前方を凝視する両親の姿が見え、尋常ではない状況に心臓が傷む程の衝撃を受ける。

「る・・・り・・・?」

千枝の視界の先で、るりが紙切れのように黒いローブを着たバケモノに、飛ばされるのが見えた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

地面を蹴り上げ、ランゼフは仮面の男に殴りかかる。

瞬時に強化された腕に殴られた事により、仮面の男は受け身をとってもその場から大きく弾かれ、飛び退くしかない。

「っ!」

息をつく暇さえ与えないかのようにランゼフの金色の瞳が獲物を睨み、風を切り裂くように男を蹴り上げる。

「まったく・・・躾のなってない“人形”だ。」

男がランゼフから大きく距離をとると、彼女は両腕を大きくつきだし悲痛な顔で下を見る。

 

るりの周りに紋章が形成されるや否や、突如として新手が現れた。

気配さえもなかった敵にランゼフは不意を付かれ、その隙にるりがフロアから弾きだされてしまったのだ。

目を見開いたるりは、フロアから落ちまいと力を使おうとするが、敵の動きの方が一手早かったこともあり、ランゼフが手を伸ばした瞬間には遅かった。

「ランゼフっ!だめっ!届いてないっ!」

「っっ!」

階段を駆け上がったヒーリカが、ランゼフに攻撃を仕掛けようとした仮面の男と対立しだす。

ランゼフは落ちてゆくるりの姿を目視すると、即座に次の手を打つ。

両手に紋章を形成し終えてしまったるりには次の技が出せないようで、自らの身体をその場に制止させる術も使用できていない。

「るりっ!だめだっ!目を開けてっ!」

短期間で色々な力の使い方を覚えたとはいえ、るりの体力は限界なのか、ランゼフが声をあげても彼女は動く気配がない状態だ。

なんとか、ランゼフの術によって落下は止まり、空中に漂ってはいる状態ではあるが、敵の攻撃が激しくランゼフも迂闊に動けない。

ビルの屋上にも新手が現れたらしく、雪や竜崎たちの動きも鈍りだしているのが見えた。

「下の奴は我々の中でも下級クラス。」

「じゃぁ、あんたも?」

「まさか・・・!」

細身の槍を構えたヒーリカは、目の前で仮面越しに笑った男を睨む。

姿形は今まで見てきた仮面の男と変わらないが、雰囲気はまるで別物だ。

発せられる気は鋭く、胃をせり上げる様な気味の悪い雰囲気が辺りを包み込んでいる。

「私は奴らとは違う。マーラ様にも認められ、軍師として世界を導く使命を頂いているのだ・・・。あのような役も無いバケモノ達と一緒にされては困るな。」

「・・・あっそう・・・。確かに、今までの奴と違ってよく喋るものだわね。」

「褒め言葉として受け取ってやろう。監視者。」

低く唸るように笑った男は、片腕を振り上げると手に大鎌を握る。

ヒーリカはランゼフをちらりと見ると、迫る男に刃先を向けた。

「重っ!」

男の鎌とヒーリカの槍がぶつかり、辺りに金属がぶつかり合う音が響く。

弾かれるように後方へと下がったヒーリカは、苦々しげに腕を振るうと、更に追いかけてきた男に向かって槍を向けた。

「ランゼフっ!こっちはいいから、るりちゃんをっ!」

「駄目だっ!」

「なんでっ!」

「だってっ!!」

珍しく声をひきつらせたランゼフに、ヒーリカは男の攻撃をかいくぐって彼女の方へと向きを変える。

「げっ・・・。」

とたんにヒーリカは表情をひきつらせ、ランゼフの隣に駆け寄った。

ランゼフの前にはもう一体の仮面の男が立っており、手には双剣を握っているのが見える。

高笑いをした男は刃先を地面に叩きつけ、フロアに傷をつけた。

「あいつ・・・今までと何か違う・・・」

「そのようね。おしゃべり野郎と同じ感じがするわ。」

ヒーリカはランゼフと小声で話すと、ゆっくりと近寄ってくる仮面の男達から距離をとる。

「あちらに落とした巫女の卵・・・。増援がそろそろ到着するはずだ。それらに任せておけば良いだろう。」

「幸い目覚めて時間が経ってないみたいだからな。お休み中に一気にけりをつけた方がいいだろう。」

「・・・・。」

鼻で笑った男は、再度フロアを剣先で叩き、小さなひびを幾つも付けてゆく。

恐らく、この立っているフロアさえも破壊しようとしているようだ。

「絶体絶命ってやつね・・・。」

苦笑いを浮かべたヒーリカは、思わず上空を見上げる。

幸いなのか、割れた漆黒は修復することができず、未だにその上に広がる青空は見えたままだ。

「・・・え?・・・」

ふいに視界に黒点のような物が入り、ヒーリカは目をこする。

薄暗い所から明るい場所を見てしまった為だろうか、と彼女は頭を小さく振りため息をつく。

「・・・って・・・え・・・?」

仮面の男へと視線を戻したヒーリカは、自分と男の間に異変が起こった事に目を白黒させた。

隣に立っていたランゼフも、小さな声をあげるしかない。

銀色の髪が風でそよぎ、黒く長いマフラーが同じようにはためいていた。

「理由は後だ。とりあえず・・・こいつの相手は俺がする。」

「・・・・。」

腰から双剣を引き抜いた彼は、振り返る事無くヒーリカに声をかけた。

「あなた・・・確か・・・昨日・・・・」

唖然とたたずむしかないヒーリカとランゼフの目の前で、彼は仮面の男たちへと近づいてゆく。

「もしかして・・・じゃぁ・・・彼も?」

ぽつりと言葉を発したヒーリカの見つめる先で、灰色の羽根がゆらりと風に舞ったのが見えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。