白と黒の世界   作:水鏡 零

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20話

ふいに昔の情景が見えた。

遠い昔にあった話。

本当にそうだったのかはわからない。

けれども、何故か頭をよぎる。

知らない世界。

知らない土地。

知らない人々。

きれいな庭先。

素敵なドレスを着た女性。

大きなお屋敷。

頭を撫でてくれたおじいさん。

 

手を握る少年。

 

顏も姿もおぼろげで、何処で出会ったのかも分からない。

ただ、優しくて暖かくて、この人は誰なんだろうと思った。

 

場面は変わる。

 

怖い角を生やした男の人。

怒られている少年。

でも、自分の手は握ってくれていた。

どんなに怒られても、手は握ってくれていた。

何故だろうか、その景色は本当に忘れられない。

夢だったのかもしれないと、思えるほどに儚い。

大きなお屋敷を少年に手を握られながら離れる。

綺麗なドレスを着た女性に頭を撫でられた。

 

「さようなら。可愛いお姫様。」

 

女性は姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。

夢にしては本当にできたモノだと思う。

 

両親に話したことはあるが、二人とも笑って聞いているだけだった。

姉は何も言わないし、少し不思議な感じだった。

 

場面は変わる。

 

彼と最後に会った場所。

 

薄暗い祠。

その先に見える夕暮れの街。

 

「ごめんね。」

 

白くて優しい手先から、溢れんばかりの鮮やかな花を手渡された。

持てなかった小さな花は、耳にかけてもらった。

 

彼は小さく手を振ると、祠の先へと走って行った。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

「・・・・。」

手先がとても暖かく、身体は何かに守られているように暖かい。

ただ、最後に見えた情景はあまりにも悔しい事だ。

もう少しで“完成”すると思ったのに、思わぬ方向から敵が現れ、自分の身体を吹き飛ばした。

戦闘に慣れている雪や翼たちなら、あのような攻撃にひるむ事は無かったのかもしれない、と自分に落ち度を示してしまう。

全身の力が一気に抜け、気が付いたら瞳さえも開けられない状態だ。

恐らく、自分の身体はランゼフかヒーリカによって助けられたのだと、理解している。

皆の期待を一身に受けたのに、これでは何も意味はない。

「どうに・・・か・・・。」

鉛のように重たい身体を起こそうと、全身に力を入れる。

両腕に熱い程の感覚があり、何故だかそれが“完成”された物だと理解してしまう。

初めて使ったというのにも関わらず、何故かわかった。

「・・・だ・・・じょう・・・ぶ・・・?」

「・・・え・・・。」

ふいに、耳の中に薄らと声が響く。

聞いたことのあるような無いような、柔らかい声。

ぼんやりとした頭の中で、その声がこだまするように響く。

身体にも少しばかりだが感覚が戻りつつあり、薄らと瞳を開けた。

上空に見える太陽の光がまぶしく感じ、何度も目を閉じてしまう。

「大丈夫・・・?・・・るり・・・ちゃん?」

「あ・・・・。」

もうろうとする頭をたたき起こす様に身体を動かし、声の主がいるであろう方向を向く。

 

一番聞きたかった。一番会いたかった人の声。

 

「大丈夫?気が付いたか?」

「・・・・。」

視界の中に鮮やかな青が広がり、思わずピクリと身体を動かした。

重たい頭を無理に起こし、彼の方へと向き直る。

足元は淡い光で形成されたフロアに支えられており、更に身体を起こすために彼が背中に腕をまわしてくれていた。

「あ・・・あの・・・。」

「いや。色々あって遅れちゃってさ。・・・大遅刻っぽいけど。」

「あ・・・。」

苦笑いを浮かべたアリスは、片手に太刀を握り辺りを見ている。

よく見れば、彼の背中には灰色の鳥のような羽が生えていた。

大きな翼をはためかせ、彼はぐるりと辺りを見ている。

「上の方から落とされたんだろうな。・・・それに、その腕・・・。」

「・・・。」

アリスに言われるように視線を落とすと、自分の腕を取り囲むように白と黒の光が溢れていた。

安定した動きをしているそれを見ていると、どうやら成功しているということを再確認しホッっとしてしまう。

「そうか・・・るりちゃんは・・・その・・・巫女様の候補者になったんだね。」

「・・・・は、はい・・・。」

まじまじとアリスに顔を見つめられると、何故か視線を合わすことができない。

ちゃんと顔を見て話をしたいのだが、どうしても出来そうもなかった。

それどころか、昨晩は何処にいたのか?どうして一緒にいてくれなかったのか?・・・と色々な疑問が溢れてきても、彼に問う事が何故かできなかった。

「まだ・・・その・・・色々わからないけれど・・・今できることをしたいと思ったから。」

「そっか。・・・・偉いな。」

「え・・・?」

静かな声でぽつりと呟いたアリスに、思わず小首を傾げてしまうが、彼は気が付いていないかのように視線を逸らしてしまう。

上空で金属のすりあう音が聞こえ見上げてみると、ヒーリカ達の姿が視界に入った。

彼女たちの前では、双剣を鮮やかに扱うディルの姿が見える。

奇怪な仮面をかぶった敵が二体動いているが、それらを翻弄するようにディルは動いていた。

「あいつ、かなり強いからな。まぁ、よっぽどの奴じゃないと、ディルには勝てないと思うぜ。」

「そう・・・なんですか。」

自慢げに話したアリスを見て、何故か心が落ち着く感覚を覚える。

状況は最悪であるが、彼と再会できたことに、とても内心は喜んでしまっているのだ。

「と・・・。まぁ、話は後にして。俺も働かないとな。親父殿様から一応は許可を頂いてきている以上は・・・な。」

「えっ?・・・きゃっ?」

太刀を一振りしたアリスは、その太刀を水の泡にして消し去ると、何食わぬ顔であっけに捕らわれたるりを抱き上げてきた。

あまりの予期せぬことに、るりは思わず悲鳴をあげてしまう。

「時間はあんまり無いって事だろうな。ちょっと乱暴だけれど、上まで連れて行くよ。首に腕をまわしてくれる?・・・・あ、嫌かもしれないけれど・・・。」

「え・・・・あの・・・あ・・・。」

アリスは歯を見せて笑うと、灰色の翼を羽ばたかせ、ゆっくりと上昇してゆく。

恐る恐る彼の首元に腕を絡ませ、なるべく平常心を保つように関係のない場所を見つめる。

青い髪が頬をくすぐり、思わず顔が綻んでしまったが、彼や他の者達には気が付いていないだろうと、勝手に自分に言い聞かせていた。

「周りに人間たちが集まり始めている。まずいな・・・姿を易々と見せている事は、俺達もるりちゃんの仲間たちも良いことじゃない。」

「・・・一般人に・・・えっと、部外者には、なるべく悟られちゃいけないんでした・・・よね?」

「えっ。あぁ。そうそう。ちょっと、昔からの掟でね。」

風を切るように羽をはためかせ、アリスは上空に見えるフロアへと飛び急ぐ。

彼の様子を気にしつつ、るりは辺りのビルへと視線を向けた。

アリスの言う通り、確かに出版社のビル近くには、多くの人間たちが集まりだしているのが見えた。

地上には、警官の姿もちらほら見え、ビルに群がるバケモノ達に武器を向けている。

「俺たちの住んでいる世界と、るりちゃん達が住んでいる世界は、交わって良い人間とそうではない人間とに分かれている。っていうのは知っているかな?」

「は。はい。・・・えっと、本を読んだくらいしか知識はまだ無いですけれど・・・。確かその・・・部外者という・・・力の無い人達、能力のない人たちは、あ、アリスさん達の世界と交流は持てないんですよね。」

「そうそう、その通り。」

双剣を構えなおしたディルが、緩やかに飛び去るアリスに向かって手を上げる。

アリスもそれに答えるようにうなずくと、彼らの立っているフロアを過ぎて、更に上空へと向かった。

「あー、あのっ!魔族のお兄さんっ?!とりあえず、その子を頼んでいいかしら?」

ふいにアリスの背中に向かってヒーリカの声が響く。

アリスはゆっくりとその場に留まると、ランゼフと一緒に見上げているヒーリカにうなずいた。

「そのつもりで来てるからな。それで・・・あの、切れ目から上に行けばいいのかっ?」

「えぇ。そうよっ!」

アリスに向かって話すヒーリカの背後に仮面の男が迫ると、彼女は即座にその場から離れる。

「こいつらの相手は、俺に任せろ。」

「わかった。しばらく頼むっ!」

ヒーリカと入れ替わるようにディルが飛び出し、仮面の男に対峙する。

アリスは彼と頷き合うと、空に走った漆黒の切れ目に向かって速度を上げて飛んでゆく。

「るり、大丈夫っ?」

「ら、ランちゃん!」

「なんだ?お前も行くのかよっ?」

「・・・・。」

ふいにるりの耳にランゼフの声が入ると、緑の髪がふわりと視線の先で揺らめいた。

アリスの横で上着をはためかせて飛ぶランゼフに、るりは眼を白黒させるしかない。

ランゼフには、アリスのように翼もなければ、それといった道具も身に着けていない状態だ。

文字通り、何もない状態で、ランゼフは空を飛んでいる。

「アンタだけに、るりを任せておけない。それに・・・その術式をどう発動させ使うかは知らないだろ?」

「・・・。ま、まぁな。」

苦々し気にアリスを睨んだランゼフは、大きくため息をつくと二人を追い越して漆黒の切れ目の先へと消えてゆく。

アリスはランゼフの後を追うように、その先へと急いだ。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

漆黒の割れ目を通り過ぎ、青空の広がる場所に出ると、眩しいくらいの光が溢れていた。

先に到着していたランゼフが手招き、彼女が作り上げた淡い緑色のフロアにアリスは舞い降りる。

るりをその場に降ろすと、彼は眩しい程の光に目を細めた。

「るり、本当に大丈夫?」

「あ。う、うん。大丈夫だよ。・・・ちょっと、フラフラするけれど、平気だから・・・っ!」

「る、るりっ!」

急によろめいたるりにランゼフは駆け寄ると、彼女を支えるように腕を伸ばした。

しかし、ランゼフの体格ではるりを支える事ができず、るりはその場に座り込んでしまう。

「急激に魔力を使い過ぎたんだろ。」

「・・・。少し休む?」

ゆっくりと立ち上がったるりの顔を覗き込み、ランゼフが心配そうに表情を曇らせる。

二人の様子を見ていたアリスが、ふいに片手に太刀を宿らせた。

「下がって。何かいる。」

「えっ。」

目を見開いたランゼフはるりを自分の背後に回すと、両腕に淡い緑の光をまとわせた。

るりは二人の顔を交互に見るが、一向に目の前には何も現れない。

「大丈夫よ。私は何もしないわ。」

「この声・・・。」

小さな含み笑いが聞こえ、三人の前に一人の女性が姿を現す。

黒い長い髪、金色の瞳、そして黒い丈の長いドレス。

漆黒をまといながら姿を現した彼女だったが、その黒は足元で渦巻くモノとは雰囲気が全く異なり、禍々しさも気味の悪さもない。

色さえ黒ではあるが、発せられる雰囲気は、まるで太陽のような温かさがある。

「黒の女神様が、何故ここに?」

「えっ・・・。」

目を見開いて目の前の女性を見つめるアリスに、ランゼフとるりの驚いた声が重なる。

黒の女神は微笑むと、三人の方へと歩み寄ってきた。

「何故って、私の姉妹が選んだ候補者に挨拶をするために来たのです。」

「るりに会いに来たの?」

「えぇそうですよ。監視者さん。」

ふわりとドレスを揺らしながら、黒の女神はるりの目の前まで歩み寄る。

金色の瞳が一直線にるりを見つめており、彼女は何ともいえぬ緊張感に押しつぶされそうになった。

「力はまだまだ幼い・・・でも・・・えぇ・・・これは成長するわ。」

「・・・。」

おもむろにるりの手を握った黒の女神は、穏やかに微笑むとるりの胸にさげられた鍵を見つめる。

片手をその赤い石へと向けると、彼女は小首をかしげた。

何を言う訳でもなく、黒の女神はそのまま赤い石を握る。

「あら・・・。形が変わっていなかったのね。・・・ふふ・・・これは私達からのプレゼントよ。」

「・・・・プレゼント?」

両手で包むように赤い石を持ち直した黒の女神は、微笑むとゆっくりとるりの顔を見た。

女神の指から黒い光が溢れ、彼女が手をそこから離してゆく。

「あ・・・あれ・・・?」

「形が変わった?」

「ふふ・・・。」

楽し気に笑う黒の女神とは裏腹に、るりやランゼフ達の表情は一変する。

二人の間から様子を見ていたアリスも、驚いた顔をしていた。

 

るりの胸にさげられた赤い石が、形を変えていたのだ。

 

石は雫のような形から変形し、それはまるで十字架のようになっている。

十字が重なる部分は球体になっており、小さな隙間が所々にできていた。

「これ、俺達の住んでいる世界の地図みたいだな。」

「っ。あ、アリスさん達の住んでいる?」

「・・・黒色世界・・・確かに。」

「・・・。」

感心したような表情で見つめるアリスに、るりは困惑するしかない。

ランゼフは少し小首をかしげてから、不意に片腕を動かし宙に地図を浮かび上がらせた。

ヒーリカが使っていたような端末が現れ、その下に大きな地図が浮かぶ。

画面に現れた地図は、確かにるりの胸にある赤い石と形が似ていた。

「また一歩、あなたが巫女に近づいたということよ。るり。」

「・・・巫女に近づいた・・・。」

穏やかに微笑んだ黒の女神は、くるりと向きを変えてるり達から遠ざかってゆく。

「この後は私達には何もできないわ。・・・力をうまく使って、この愛しくもない魔の力を壊してみせて。」

「やっぱり、前巫女マーラの力なの?」

「・・・あら・・・お察しの良い監視者さんね。」

黒の女神の背中に向かってランゼフが問いかけると、女神は振り返ることなく彼女の問いに答えた。

ランゼフの言葉に、アリスが一瞬何かを問おうと口を開いたのが見えたが、彼は何も言わずに視線を逸らしてしまう。

不可思議な彼の行動に気が付いたるりだったが、彼に問う理由も思い浮かばず、気が付かないふりをした。

「私は好きじゃないの。・・・こちらの世界にまでこんなバカげたことをしてしまうあの子・・・。それに従うおバカさん達・・・。気に入らないにもほどがあるわ。」

「・・・待ってくれ・・・。前巫女は執行者に断罪され、死んだはずじゃなかったのか?」

「あら・・・あら・・・・。」

震える様な声で言葉を発したアリスに、黒の女神が困ったと言わんばかりに振り返り苦笑いを浮かべる。

彼女自身が墓穴を掘ったのか、ランゼフも女神と同じようにため息をついて困っているようだ。

どうやら、アリスには知られてはいけない話だったらしい。

「それについては、お答えできないわ。私達が愛する世界の住民であっても・・・あなたにはその“権利”が無い。」

「け、権利が無いってどういうことだよ?」

「言葉のままだ。魔族。」

「はっ?」

嫌悪感を含んだランゼフの声に、るりはぴくりと肩を震わせてしまう。

アリスは食って掛からんとばかりに、ランゼフの方を振り向いた。

「るりは巫女になる可能性があるから話しても害はない。だが、あんたは巫女でもなければ主帝でもない。・・・ただの黒色世界の住民だ。」

「・・・住んでいるだけの奴には教えられないってことか?」

「ごめんなさいね。魔の力を受け継いだ子。・・・前巫女の事については、貴方たちにはお教えできないのよ。」

「・・・・。」

困り果てた表情で微笑んだ黒の女神は、ランゼフと顔を見合わせるしかない。

どうやら、これ以上はアリスに話は出来ないといいたいようだ。

「とにかくは、今はこの状況を打破する事が先。・・・この後の話はまたこの後にしましょう。」

「は、はいっ!」

険悪な雰囲気が漂いだした中、黒の女神は不安げな表情をしていたるりへと視線を変えた。

るりは弾かれるようにうなずくと、ランゼフへと視線を移す。

ランゼフはアリスの視線を無視するように動くと、るりをフロアのはじめと案内する。

そこはちょうど漆黒が割れている部位の真上になっており、切れ目のような光が辺りに広がっていた。

割れ目を補おうと漆黒がうごめいているが、力が弱いのか広がる様子は見られない。

「さぁ、はじめましょうか。」

「は、はい・・・頑張ってみます。」

大きくうなずいたるりは、両腕を組みゆっくりと瞳を閉じる。

地面に淡い光を放ちながら紋章が浮かぶと、中からいくつもの槍が生まれ出てきた。

「これをこいつらにぶつけるのか?」

「そう。あとは完成した力の結晶を注ぎこめば、壊せるはず。」

「なるほどな・・・。」

感心した表情でるりの背中を見つめたアリスは、ランゼフと共に彼女から少し離れる。

「大丈夫・・・いける・・・・」

自分に言い聞かせるように呟いたるりは閉じた瞳を開くと、自分の周りに浮いている光の槍へと、組んだ手を解いて広げた。

黒と白の光が交互に混ざり合うと、槍が四方八方へと飛び出す。

「切り開くのは未来。」

「作りえる力は巫女だけ。」

「やがて世界を包み。」

「やがて世界を正しき道へと導く。」

アリスと黒の女神が交互に呟くや否や、彼らの隣を豪速で槍が飛び去る。

足元へと急降下した槍は、漆黒へと突き刺さるとひび割れを大きくさせてゆく。

音を立てて崩れる漆黒を更に加速させて壊そうと、るりの足元から無数の槍が更に飛び出していった。

「・・・っ!」

「るりっ!」

見渡す限りの漆黒に、大きなひび割れができた頃、ふいにるりの身体が傾いた。

ランゼフの声がこだまするが、るりは首を横に振るだけだ。

「もうすぐ、愛しくもない力が崩壊する・・・」

「これが・・・巫女の力を受け継いだ者だけが成せれる技・・・」

ひび割れを起こし、崩れていく漆黒は砂のように上空で消え去ってゆく。

あたり一面を覆い尽くしていた物はなくなり、太陽の光が地上へと降り注ぎだした。

同時に、はるか下の方で、バケモノ達の悲鳴が響きだす。

ランゼフが身を乗り出してフロアから覗き込むと、太陽の光が当たっている部分では、バケモノ達が同じように塵になってゆくのが見える。

「あぁ。なんて素敵なのでしょうね。・・・・えぇ。とても。」

黒の女神はランゼフの隣から覗き込み、嬉しそうに笑いだす。

ゆっくりと彼女の頭を撫でた女神は、そのまま立ち上がると微笑む。

「次は、向こうの世界で会いましょう。」

「・・・・わかった。」

少し頬を赤らめたランゼフは、手を振って姿を消した黒の女神に不服そうに答えると、大きくため息をついた。

視線の先で更に漆黒が姿を消し、太陽の光が建物を照り付けるように輝かせてゆく。

大通りには人々が溢れ、歓声のような声も聞こえてきた。

静まり返っていた町中が、段々と活気ついてゆく。

「とりあえず、なんとかなったみたい。」

「すげぇ、眩しいな。」

「これが・・・この世界の明るさだよ。」

目を細めて立っているアリスに、ランゼフは呆れたような声で答える。

「まぁ・・・見慣れてるって言えば確かに見慣れて・・・」

アリスは言葉を言い終える前に、異変に気が付くとランゼフを見ることなく駆け出していた。

「る・・・り・・・?」

視界の先で音を立てて倒れたるりに、ランゼフの顔が凍り付いた。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

眩しい程の太陽が地面へと降り注ぎ、思わず手で光を遮りながら上空を皆が見上げる。

そこには崩れるように漆黒が消えてゆくのが見えた。

「るりちゃん。やったみたいだね。」

「だな。」

刀を軽く振るって鞘に納めた雪は、隣で肩を上下に動かし息をしているカーティルスとルヴァンに微笑む。

後方では、翼がにっこりと微笑んでいるのが見えた。

「お前もすでに力など無いだろう。立ち去れ。」

「ぐ・・・うぐうう・・・・」

身体を小さく丸めるようにうずくまっている仮面の男と対峙するように、竜崎が肩をまわして言う。

先までの禍々しい姿が無くなり、元の姿へと戻った仮面の男は、竜崎に武器を向ける力さえもないようだ。

太陽の光が当たるたび、周りを蠢いていたバケモノ達が悲鳴を上げて消えてゆく。

ビルの入り口付近でも、警察官たちの歓声が聞こえてきていた。

「あぁ。こっちも沈静間近だ。」

「・・・・。」

唖然と空を見上げる優志の隣で、疲れ果てた表情で電話の応対をする司は、穏やかに微笑んでいる。

上空ではうっすらと緑色の光が見え、そこへと続く道は消えていた。

恐らくは、これ以上は上がって来なくてよい、と先にいる者が教えているように感じられる。

「まさ・・・か・・・そんな・・・。」

「君たちの作戦は大失敗。・・・命までは取らないから、今日はさっさと帰ってくれないかな?もちろん・・・向こうの自分たちの居住地へ。」

杖を振りあげた翼に、仮面の男は小さな悲鳴を上げて後ずさりをする。

まるで先のモノとは別人となった男は、彼の敵ではないようだった。

「勢いばかりで、力が無くなれば雑魚以下だな。」

「っっ!」

音もなく地面に着地したディルに、カーティルスが驚いて彼へと視線を向ける。

ディルの目の前には、うめき声だけとなった仮面の男が二人うずくまり、仲間の元へと這いずってゆく。

全身は切り傷だらけで、二人はとても戦える状況ではないようだ。

「上の方も何とかなったみたいね。後は、そこの三人だけ。」

「と、いうことは、大成功ってやつかな?」

「そんなもんね。」

ゆっくりと降下してきたヒーリカに、場に不似合な程の明るい声でエナミが声をかける。

ヒーリカは呆れたといわんばかりにため息をついた。

「君たちを束ねている者が、誰なのかはあまり考えたくないけれど・・今のところは、その人の所へ帰った方がいいと思うよ。」

「くぅ・・・。」

身を寄せ合うように一カ所へと集まった仮面の男達は、手を震わせながら地面に紋章を出現させる。

気味の悪い色の紋章は三人を取り囲み、ジワリと辺りに寒気を催すような雰囲気を出すと、彼らをその中へと引き込んでいった。

「ひとまずは、こちらの世界は安定するでしょうね。」

「一時の応急処置にしか、ならないかもしれないが・・・な。」

跡形もなく消失した仮面の男達を見ると、ぽつりとヒーリカが呟く。

その声に反応したディルは、カーティルス達から避ける様にその場を後にして行った。

ディルの姿を追おうとカーティルスが足を動かすが、彼の肩をルヴァンが強く掴む。

「事情はどうであれ、今回は助けられたようなものだ。我々に口出しをする権利はない。」

「・・・あ、あぁ・・・。」

妙に静かに言い放ったルヴァンに、思わずカーティルスは困惑した表情を向けるが、後方で小首を横に振った雪と目が合い、それ以上は言わないようにする。

一連の状況に未だ頭痛さえも起こしている優志は、司と共にビルの下にいる警察官たちと連絡を取り出していた。

「彼女が今後、どのような選択をされるかはわからぬが・・・。願わくば良い方へと向かってほしいものだな。」

ネクタイを締め直した竜崎が、近くに歩み寄ってきたヒーリカとエナミに向って言う。

未だ上空では淡い緑のフロアは顕在しており、その様子は黙視できない。

「貴方は・・・」

けたたましい程に鳴りだした携帯をポケットから取り出した竜崎は、苦々しげに画面を見ると司たちの方へと歩いてゆく。

ヒーリカとエナミは、その場にたたずみ彼の背中を見つめた。

「私はただの警察官だよ。この場から離れれば、それは君たちだってそういう事になるだろう?」

「・・・・。」

ビルの下から、そして近くのビルからも人々の声が響いてくる。

それは、歓喜に満ちた声から怒涛のような声にも聞こえていた。

街全体がざわめいているようにも感じる。

「そうですね。ここから離れれば、僕は大手出版社の副社長です。」

「お互い。今はその方が都合が良いという事だ。」

「・・・そういう事にしておきましょう。」

ため息をついたヒーリカは、エナミとうなずき合うとその場を後にしてゆく。

入れ替わるように去って行った竜崎は、司と優志と共にビルの中へと姿を消していった。

「あちら様は一応事が収まったみたいだな。」

「我々も、一旦この場を離れた方がいいかもしれないな。」

「そうだね・・・。人間たちの迫ってくる声が聞こえてくるよ。」

杖を一振りした翼は、いつもの学生と変わらぬ姿に変わり、雪やルヴァン達を見つめた。

ヒーリカとエナミの姿はすでになく、見上げれば淡い緑色のフロアも消えている。

「たぶん。るりちゃんは、大丈夫だろう。」

「そう・・・ね。」

「ここに雪の姿があるのは、色々と親父さんたちの立場上マズイかもしれないし・・・行こうぜ。」

刀を鞘にしまった雪はカーティルスの言葉に頷くと、風をまとってその場から去ってゆく。

一連の騒動があったとは思えない程、ビルの屋上は静まり返っていた。

「この辺も、ちょこっとテコ入れしておいた方がいいかも・・・ね。」

屋上の柵に飛び乗った翼は、周りを見渡してから杖を一振りする。

淡い光が屋上へと舞い降りてゆき、えぐれた地面や壊れたベンチなどを修復していった。

 

まもなくして、竜崎たちと入れ替わるように多くの人々がビルの屋上へと駆け上がってくる。

しかし、彼らが思っていた状況は一つもなく、そこには変わりない穏やかな休憩所の風景が広がっているだけだった。

 

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