白と黒の世界   作:水鏡 零

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第2章-黒色世界-
24話


石造りの家々が並ぶ中で、遠くへと視線を移せば青黒い水源が見えた。

子供の賑やかな声も聞こえなければ、人の声さも荒々しい風の音でかき消される。

るりはランゼフの姿を追いつつ、気味が悪い程に静かな街を歩いていた。

 

始めて見る異世界は、あまりにも痛々しい。

枯れた大地。

薄汚れたような家々。

朽ちた瓦礫が散乱する街道。

思い描いていた異世界とかけ離れた世界に、るりは言葉も出ない。

そんな中でも人々は生活をしている。

ふいに視線を上げれば、朽ちてきそうな建物の煙突から煙が出ているのが見えた。

 

「あれは、鍛冶屋だね。」

「武器を作っているの?」

「うん・・・。」

薄暗い道を歩きながら、ランゼフは呟く。

ローブの裾を引き上げた彼女は、近くでなければ表情さえも分からない。

るりは首に下げた“鍵”を服の間に隠すと、ランゼフの後を続く。

時折、不思議そうにこちらを見てくる人がいたが、誰一人としてるり達に話しかけてくる者はいなかった。

「私の姿、この世界に合わせてるんだったよね?」

「そう。ボクには変わったところはわからないけれど、るりは今恐らく銀色の髪か他の色の髪をしているんだ・・・って言っていたね。」

「うん。」

崩れ落ちたレンガを越えて、るりはランゼフと共に街を進む。

顔を上げれば、目的とする場所がすぐ近くまで来ていた。

街の中を巡っている水路にかけた橋を渡る際、るりはおもむろに橋の下を覗き込む。

水面に映った自分の姿は元の世界と変わりない。

手で髪の毛を触っても、黒い髪が指に絡まるだけだ。

「この世界では、黒と白という色は、神聖なモノなんだ。」

「雪ちゃんの家で借りた本にも、確か書いてあった。・・・白の女神様と黒の女神様がいるから・・・だったよね。」

「そう。あと・・・初代の巫女が関係している事もある。」

開け放たれた城門を見上げつつ、ランゼフはるりに話し続ける。

るりも同じように彼女と視線を上げた。

薄暗い空の下に、高々と佇んでいる城は、少々気味悪くも感じる。

城下町の状況も相まって、不気味さを醸し出してしまっているようだ。

活気のない人々の声や視線さえも合わせない住民たち。

ファンタジーの物語小説などで見た事があるが、まるで世界の終りが近づいているような雰囲気だ。

この街に到着するまでに歩いてきた街道も、木々や草花は枯れ果てており、動植物の声とは異なった雄叫びを何度も耳にしている。

それらがるり達に襲いかかってくる事は無かったが、道端に無造作に捨てられ壊された荷車などを目にすると、魔物といってよいような生物が今は生き生きとしているのだろうと感じた。

るりは振り返り、今まで歩いてきた道をじっと見る。

家の中から時折人々が姿を現すが、彼らは身を潜める様に歩いてゆく。

何かに脅え、何かに会いたくないと言わんばかりに、周りを見渡しながら、何度も振り返っている者達が見えた。

改めて城門へと視線を戻し、警備の兵士さえもいない静かな城を見る。

「とりあえず。挨拶がてらにこれからどうしたらいいか。アイツに話を聞いてみようと思う。」

「・・・アイツ?」

「・・・うん。」

歯切れの悪い返事をしたランゼフは、るりの問いに答えることなく城門をくぐってゆく。

遅れて、るりもその先へと足を進めた。

見上げた城門の下をくぐると、今にも落ちてきそうな格子状の柵が天井から見えている。

恐らく、外敵が来たらそれらを落して、進行を止めるのだろう。

城門をすぎると、城を囲むように造られた堀が広がっていた。

「わぁ・・・」

まさに西洋のファンタジー映画などで見たかのような情景が広がり、思わずるりは辺りを見渡してしまう。

水位は低くなっているが、堀には淡々と水があふれている。

るり達が進む石造りの橋以外は城に続く道はないようだ。

振り返れば、城と街の間には石造りの塀が造られ、家々の屋根だけが見えている。

薄暗いとはいえ、堀の中に揺蕩っている水面には、キラキラと光りが反射していた。

「そんなに珍しい?」

「珍しいよっ・・・。私達の世界ではこんな風景見られないもの。」

「・・・そうなんだ。」

一人はしゃぎながら話し出するりに、ランゼフは小首をかしげた。

よくみれば、先まで口元まで覆っていたローブを、彼女は降ろしている。

表情がわかるようにはなっているが、いつも無表情気味のランゼフには、あまり変化がなかった。

「先の話も途中だけれど、色々含めてこれから会う人に聞いてみるといいよ。」

「そんなにたくさん質問しても大丈夫かな?」

「・・・今のうちに聞いておかないと、困るのはるりだよ。」

「そ、そうだよね。」

誰に会うのかランゼフは答えていないが、るりはなんとなく理解しているらしく、少々緊張気味に答える。

つい先程までにこやかに話していたが、城の入り口を見つめたとたん急に背筋を正し出した。

あえて何も言わないランゼフは、ちらりと後方を見る。

「・・・・何もなければいいけど・・・ね。」

「え・・・?」

城門と同じように開け放たれた城の入り口へと進んだ二人は、どちらからという訳でもなく、城の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

赤い絨毯が敷き詰められた通路を歩き、るりとランゼフは街以上に静かな城の中を進んだ。

誰かしらが手入れを施しているのか、主を無くしている訳ではないらしく、城の中は手入れが行き届いている。

街道の枯れ果てた木々とは打って変わった緑豊かな中庭を見て、るりは思わず足を止めてしまう。

「そういうのも、るりの世界にはないの?」

「無いというか・・・私が見た事が無い・・・かな。」

「そうなんだ。」

特に急いだ素振りを見せないランゼフに甘え、るりは石造りの大きな柱をくぐり、中庭へと歩み寄る。

静かすぎるほどの城内に響くように、噴水の水が音を立てて流れていた。

色鮮やかな花々が花壇には植えられており、真っ白なベンチや石造りの腰かけなどが置かれている。

「きれいだなぁ・・・って。」

「・・・そう。」

あまり興味が無いのか、ランゼフは石の柱に寄り掛かり、目を輝かせて辺りを見回したるりの姿を見ているだけだ。

先まで見てきた風景とは打って変わった情景に、るりは思わず深呼吸をしてしまう。

張り詰めていた空気もちぎれたように、るりはほっと胸をなでおろした。

胸元に隠していた鍵を取り出し、手のひらで形を確認する。

やはり、ここに来る前に変わった形状から、元の滴型には戻っていない。

まるで十字架を模した形を見て、目を細める。

「・・・私のおでこにできた痣・・・。これも、巫女様の力が覚醒したっていう証拠なんだよね?」

「そうだね。」

るりは薄暗い城の方へと視線を向け、その先にいるランゼフの顔を見る。

オレンジ色の瞳が瞬きをして、ゆっくりとるりの方へと歩み寄ってきた。

目の前にある噴水へと顔を近づけたるりは、水面に映った自分の顔を見てぽつりと呟く。

額にはくっきりと鍵と同じ模様の痣が浮き出ていた。

「それも、ヒーリカによって一時的だけど多くの人には見えないようになっているはずだよ。」

「・・・そっか。こちらの世界の人達がこれを見たら・・・私達、大変な事になる・・・んだね。」

「そう。ちょっと穏便に事を進められない場所も出てきちゃうと思う。」

水面から顔を離し、るりは先に歩き出したランゼフの後を追う。

靴の音が石造りの床を歩くたびに反響しており、妙に心をゆさぶる。

「でも、そういう不安ばかり考えていたらいけないからね。」

「前向きに。前向きに・・・ってヒーリカさん言ってたね。」

「うん。」

この場に来る前に見たヒーリカの言葉や顔を思いだし、二人は顔を見合わせて微笑む。

るりやランゼフの不安を軽減させるためなのか、それとも別の意味があったのかは分からないが、ヒーリカの表情はとても明るかった。

自分には別の仕事が山積みだから。と彼女は言っていたが、それに関しては一言も教えられていない。

ランゼフとしては、少しでも聞いておきたかったようだが、ヒーリカに軽くあしらわれてしまい、それ以上は聞けなかった。

「ヒーリカはいつもあんな感じだよ。」

「頼れる明るいお姉さんだね。」

「まぁ・・・そんな感じ・・・かな。」

静かな城内を歩き、二人は一際装飾の凝った扉の前へと進む。

ここまで通ってきた場所からすると、初めて閉じられていた扉でもある。

目の前には重厚な造りの扉が構え、その先はしっかりと見えない。

城内の扉は、ほとんどが開け放たれており、まるで誰もいないと言わんばかりの状態だ。

しかし、この場所だけは違っている。

近寄りがたい雰囲気を醸し出しているその扉は、何とも言い難い威圧感を与えてきていた。

「ここでいいの?」

「うん。」

おずおずと聞いたるりと打って変わり、ランゼフは気にすることなく扉へと進む。

重い音を立てて開け放たれた扉をじっと見て、るりは中へと入ってゆくランゼフの背中を見るしかない。

「早く入ってきて。閉めたいから。」

「ご、ごめんね。」

ふいに振り返ったランゼフに、るりは慌てて駆け寄るように扉の中へと入ってゆく。

るりが完全に部屋の中へと入ったのを確認すると、ランゼフはゆっくりと扉を元のように閉じた。

重い音を立ててるりの背中で扉が閉まり、外の光が部屋に入らなくなる。

「あ・・・・。」

るりは手に自分の鍵を掴みながら、一歩ずつ部屋の中央へと歩いてゆく。

「これ・・・。」

「あ。伝承とかにも書かれているやつだよ。」

天井を見上げたるりに向かって、ランゼフがぽつりと答える。

 

るりの視線の先には、大きなステンドガラスが天井を埋めていた。

 

黒い服を着た天使と白い服を着た天使が空を舞い、その中央に赤い物が描かれている。

るりの手にある鍵と同じ形をした赤い物は輝いているのか、放射線状に光が描かれ、それに導かれるように人々が手を掲げていた。

天使たちが飛び交う中で、その下には一組の男女が手を取り合っている。

一人は黒髪の女性。

もう一人は白い髪の男性。

 

 

「彼らがこの世界で初めて主帝と巫女になった人です。」

 

 

「っっ!」

ステンドガラスを見上げていたるりは、聞きなれない声に驚き、思わず息を飲んで視線を落とす。

天井から降り注いでいる光の中で、ぽつんと椅子に座った一人の姿がるりの視界に入ってきた。

穏やかに微笑み、るりとランゼフをじっと見つめている。

黒く長い髪、真っ白なローブを着こみ、手には大きな長杖を持った声の主は、にっこりとほほ笑む。

「世界が始まった時、この世界にはルールが確立していなかった。」

声の主はゆっくりとした動作で椅子から立ち上がると、るり達の方へと歩み寄ってくる。

長い髪が光りで輝き、難色も混ぜたような光が手に持った長杖へと流れ込んでいた。

「女神たちと協力してルールを創り、そしてこの世界を創られた二人は、

長い長い年月の間、ずっとこの世界を見守ってくれました。」

「けれども、巫女と主帝だけでは世界は運営できない。その為に、別の存在が確立された。」

「・・・別の?」

目の前まで歩いてきた人物と合わせる様に、ランゼフがるりに言う。

ランゼフの言葉に小さく頷いた黒髪の声の主は、こくりと頷く。

「各地に王族と言われる種族が誕生した。彼らは巫女と主帝と共に人々を導き、自分たちが収める地域を守護し続ける役割がある。」

ローブから手を出したランゼフは、るりの前で微笑む人物に手を向ける。

「その王族を更にまとめる中央都市の皇帝。」

「・・・皇帝。」

長杖を片手に持ち、声の主はゆっくりとした動作で首を垂れる。

「初めまして。現世の候補者様。僕は今の皇帝。ユウと申します。」

長い黒髪を揺らし、穏やかに微笑んだユウを見て、るりは目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

慌ただしく動き回る警官たちを押しのける様に、優志はとある場所へと急いでいた。

手には多くの資料を抱えており、すれ違う警官たちは急いで道を開けている状態である。

「先輩。あ。はじまってますよ。」

「すまないっ。」

小さな声で前方からせかされるように言われ、優志は小走りに部屋の中へと駆けてゆく。

優志が中に入ったと同時に、部屋の入り口が静かに閉められた。

どっさりと机の上に資料を広げた優志は、先に集まっていた者達の顔をちらりと見ると、自分の席へと急いで座る。

部屋の中央で腕を組んでいる竜崎の表情はあまりにも暗い。

今まで見た事も無いような深刻な表情をした彼を見て、周りからは小さなざわめきさえも起きているくらいだ。

「身柄を拘束した川西についてですが・・・まぁその・・・支離滅裂な発言ばかりしておりまして・・・」

「川西家に近しい者にも事情聴取を行ったのですが、手掛かりなしです。」

「そうか・・・。」

優志が抱えてきた資料へと目を通した竜崎は、警官たちの報告を聞いて更に眉間にしわを寄せる。

広がった資料へと目を通している他の者達も同様で、ため息や困惑の声ばかりが上がっていた。

 

 

数時間前。

別の場所で行われていた市長と四大家系による会議の現場で、異例の逮捕者が出たとあり、その一件で警察署内は大騒ぎの状態である。

マスコミには幸いまだ事の次第は知られていない状態だが、会議会場からパトカーが何台も離れて行ったのを見られている為、いつ勘付かれるかは時間の問題であった。

 

なぜ、川西家の当主である男が逮捕されたのか。

 

情報が散漫した署内は暴動のような騒ぎになってしまったが、一時期よりかは落ち着きを取り戻している。

「川西は、今回の不快な事件で事を起こした人物と結託していた。という事は確実ですが。」

「不可解な事件であるが故に、彼が具体的に何をしたのか・・・」

「そうだな。そのへんについては、しっかりと説明せねばならんな。」

動揺する警官たちをゆっくりと見回した竜崎は、椅子から立ち上がるとホワイトボードへおもむろに文字を書き始める。

率先して動く警察署長に驚きつつも、部屋の中に集まった者達はじっと彼が書き綴る物を見続けた。

「簡単に、そう、簡単に説明しよう。」

マーカーを台へと置いた竜崎は、ホワイトボードから離れると、自分の席へと座る。

ボードには“巫女”“中学生”“現世”など、一般人からしたら理解不明な単語が並んでいた。

しかし、この場に集まった者達はその意味が理解できるらしく、誰一人としてその単語に疑問を持ちかける者はいない。

「・・・武田くん。君、わかる?」

「・・・えっと。」

ざわつく部屋の中で、警官が優志の隣でぽつりと問いかける。

大丈夫です。とは言えない状態ではあったが、場の雰囲気を感じ取った優志は小さく頷くしかない。

質問が出てこない事を見た竜崎は、資料を手に持ちながらホワイトボードを見ずに語り出した。

「まず、伝承として起こった災厄により、この桜丘市の上空に謎の漆黒がはびこった。そして、バケモノが次々と現れ一般市民さえも襲い出した。そこまでいいな。」

複数の警官たちが竜崎の言葉に頷き、それを見て更に彼は続ける。

「今回の件に関しては、伝承にある“秩序を正す者”でああろう人物がほとんどを解決してくれた。それが、巫女と向こうの世界では言われている者であると判明している。」

「・・・。」

竜崎の言葉を聞き、優志はこの部屋に集まった者達が全て部外者ではないと理解する。

司の家で聞いた話とはいえ、本来ならば自分と同じ“部外者”が聞き入って良い話ではないだろう。

伝承や実際にあるという向こうの別世界については、多くは“部外者”に教えてはならないとこの土地にはルールがあるらしい。

短期間で色々とあったが、自分は改めてイレギュラーな存在となっているんだろう。と優志は考えた。

「そこで川西というモノが何をしてしまったのか。という点だが、彼はいわゆる我々の敵であり、向こうの世界の敵でもある者達と結託してしまった。・・・そう言い切ってしまっていいだろう。」

「なっ・・・」

「・・・マジかよ。」

竜崎の呆れる様な声に合わせ、辺りが急にざわめく。

今まで静かに彼の話を聞いていた警官たちが、慌てふためいたように動く様子を間近で見ると、川西というモノがいかに重大な事を仕出かしてしまったのかと優志は感じ取る。

「そんなことをすれば、別世界はおろか、こちらの世界にだって少なからず異変が起きてしまう。」

「バケモノ達がどんどん強化されていったことも、川西が何らかの事を敵と結託して行った結果なんでしょうか?」

「考えられるだろうな。」

挙手をして言葉を発した警官に対し、竜崎は大きく頷く。

その声に更に周囲からはざわめきが起こった。

「とはいえ、川西自身は自分に手を差し伸べた者が敵だったとは理解していないようでな。言葉巧みに操られた。と言い換えてもおかしくない。」

「ですが・・・川西がどのような手段で敵と出会ったのか。そして、どこで何が行われたのか。それを探らねばならないのが現状。」

恐らく竜崎と共に市長との会議に参加した警官だろう。

彼は竜崎の言葉に続くように資料を掴み、優志や同僚たちなどがまとめた文章を目で追いながら深いため息をついた。

多くの資料が机の上には散乱しているが、内容としてはほぼ同じ事がまとめられている。

取り調べを受けている川西の発言などがまとめられているが、どれも先に竜崎が言ったように支離滅裂で内容が無い。

まるで、人をあざけっているような言葉の数々を見ると、川西という男の精神状態が異常ではないのか。と思ってしまう程だ。

「伝承の災厄は、別世界の安息が約束されない限り、何度でもこちらの世界にも影響が及ぶとされている。」

「だとすれば、今後も何かしらの事件などが起こる可能性は大変に高いだろうと推測し、川西や周辺の者の取り調べを進めている訳だが。」

ここまでに来る途中でざっと優志は資料に目を通したが、どの証言や発言に関しても、訳が分からないとしか言いようがない物ばかりだ。

川西家にいた者達でさえも、当主である男が誰と面会をしていたのか知らないという。

更に言えば、妖しげな物陰が家を出入りしていたという証言もあるにも関わらず、「その時はおかしいとは思わなかった。」などと言っている者もいる状態だ。

「もしかしたら・・・あの家自体が操られていた?」

ぽつりと小さな言葉が部屋の中に響くが、周りからはざわめきが響くだけである。

「さて。」

場の状況を良くするためなのか、大きく咳払いをした竜崎に合わせ、そのざわめきが小さくなった。

「我々警察が今後どうしてゆくかに関してだが。」

「川西に関する事情聴取等については継続してゆく方向です。それから、市内の被害状況や安否確認を重点的にしてゆくのが一番かと。」

「としか。今は言えんな。」

まとまりのない話ではあるが、それでも今後については考えなくてはいけない状況でもある。

どんなことが起きたといえども、優志たち警察の仕事は変わらない。

司の父親にも言われたが、第一に考えるのは市民の安全だろう。

不可解な事件の全貌に関しては、その後にゆっくり考えを向けた方がいいのかもしれない。

優志自身、この短期間で起きたことは未だに理解できない事ばかりだ。

それだけではなく、事件の面たる者でもあろう“あの中学生の女の子”が今どこにいるのかも捜索をせねばならない。

他の警官に彼女の両親や家族を司と共に任せてはきたが、どうにも不可解で心配な事は多い状態だ。

「では。各自、仕事に戻ってくれ。・・・すまなかったな。これといって断定的な話ができず。」

「署長。」

「・・・いえ、署長だけの責任ではありませんから。」

眉間にしわを寄せたまま言う竜崎に、警官たちは顔を横に振り、彼に声をかける。

確かにまとまりは無い。だが、空に覆いかぶさった漆黒ができた時から、そしてこの時間まで、彼は的確に指示を出していた。

皆が同じように業務を行う中で、やはり竜崎と言う存在は大きかったのかもしれない。

「資料については、適正な場所に保管してくれ。」

「はい。」

部屋を後にしてゆく者達に声をかけられ、優志は竜崎の背中を見つめると、持ってきた資料の山をそろえ片付けだした。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

資料を別部署の者に手渡し、自分のデスクへとやっと戻った優志は、大きくため息をつくと席に腰をかけた。

思えば、よく分からないメモ書きのせいで、大きな事件に巻き込まれたものである。

「あれは何だったんだ・・・」

見覚えのない筆跡のメモを思いだし、何故か背中がぞわりと寒気立つ。

短時間だったとはいえ、出版社の内部で起こった事はあまりにも忘れられない事だ。

司のデスクへと視線を移すが、彼はまだこの場に顔をだしていないようである。

デスクの上にはメモ書きや資料が山となり、崩れそうだ。

「部長。戻ってきたら悲鳴あげそうだな。」

「ですね。」

淡々と資料をパソコンに打ち込んでいる後輩に呟くと、彼は苦笑いを浮かべた。

デスクから離れ、優志は司のデスクへと足を向ける。

事務的な連絡から、至急確認を急がれている案件も多い。

とはいえ、その置かれた時間からするに、すでに事は終わってしまっている方が多いように感じられた。

ぱっと目に入る案件は、殆どが空に現れた漆黒に関する事ばかりだ。

とある地区に出たバケモノ情報に関する事や、それらと対立している一般市民についての問い合わせ。

既に空を覆っていた漆黒が消えた今では、あまり重要案件とされない事ばかりである。

「飛勇さん。一度も戻って来ていないですよ。」

「・・・あの例のご家族にたぶん質問攻めされてるかと。」

「あぁ・・・。あのね。」

隣を通り過ぎた警官が、あいまいな言い方で優志に言う。

周りにいる多くの警官たちを気にしてか、誰と言う特定できそうな言葉は一切使用しない。

それは誰の事か。と優志は知らなければ聞いてしまいそうだが、“あの場”に実際にいたこともあり、何故彼らがそれ以上特定できる言葉を使用しないのか理解する。

「送りに同行した者から連絡が来たんですけどね。飛勇さんだけ置いて先に帰るようになったみたいで。」

「・・・まぁ、それだけの事が起きてるんだから仕方ないよな。」

「えっと。行方不明でしたっけ?今回の件で、人ごみの中ではぐれたっていう・・・」

「そうそう・・・。」

「・・・・。」

通り過ぎてゆく警官たちの話を横目に、優志は言葉をかけずにただ聞いているだけにする。

「(人ごみではぐれて行方不明・・・か。)」

多くの警官が目にするであろう案件であり、それをカモフラージュするように偽の情報が飛び交っているのも今の事実だ。

本来ならば、あり得てはいけないことであるが、状況が状況だ。

いらぬ心配やオカルト染みた話は、あまり広げない方が良いだろう。

そればかりか、目の前で飛び交っている行方不明者の話に関しては、他の件よりも扱いが難しい話だ。

「(漆黒を打ち消して消えた中学生・・・なんて、オカルトうんぬんより最悪な話だよな・・・)」

現実味のない事が何度も起きた事であり、話としてはありえなくもない事ではある。

とはいえ、こんなにも大きな事件として成り果てた状況で、“女子中学生が鍵を握っており彼女の発言で全てがわかる”などとは、警察署であっても言ってよいはずがない。

恐らくは、市長や四大家系の会議では、彼女が漆黒を破壊した。という話は通っているだろう。

だが、それとこれとは別物だ。

間違ってもマスコミに少しでも情報が流れてしまっては困る。

多くの情報に紛れ、人ごみではぐれた行方不明者として今は処理されていなければ、警察でさえもマスコミや関係各所に答えるすべがない。

「遺体や目撃情報が無いわけだし、最後にはぐれた場所に戻ってくるってこともありうるわよね。」

「この事件に紛れて誘拐事件とか起こす奴なんているのか?」

「窃盗や盗難は今の所は出てないみたいだが・・・」

「あんなバケモノがうろつく街中を、モノ欲しさでうろついて怪我なんて負いたくないだろ。普通は。」

少しずつ皆に余裕が出てきているのか、それとなくだが冗談交じりに話しをしている者も見受けられる。

冗談さえも言っていなければ落ち着いていられない。という事も考えられるのだが。

色々な意見が飛び交う中で、優志はそそくさと自分のデスクへと戻り、残った案件を処理する。

関係各所から集められた情報は山のようにあり、司の心配をしている状態ではない。

「まぁ、部長の事だし・・・なんとかするんじゃない?」

無責任にも感じられる同僚たちの言葉に、思わず優志は苦笑いを浮かべてしまう。

だからといって、自分が司の所に向かっても事態は悪化するだろうと、優志は確信していた。

怒涛のようにまくしたて、怒りに我を忘れそうな程に声を荒げていたるりという少女の姉。

その場に泣き崩れ動かなくなる母親。

顔面蒼白となり、学校の教師と竜崎とを交互に顔を見るしかない父親。

優志の脳裏に映ったのは、あまりにも悲痛な家族の情景だった。

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