朗らかに微笑んでいるユウを見て、るりは居心地悪そうにスカートの裾を掴んで椅子に座っている。
目の前には静かに注がれた茶が湯気をだし、隣には可愛らしい茶菓子が並んでいた。
「そう固くならずとも。」
「え。は、はいっ。」
どうぞ。と手を伸ばしたユウに、るりはおずおずと茶器を手に持つ。
一口ゆっくりと茶を喉に流し込むと、急に疲労が全身を駆け巡った。
「さて。どこからお話しましょうか。巫女様。」
「あっ。あの・・・それ・・・なんですが・・・」
黒い髪を揺らし、ユウがるりの顔をじっと見る。
るりは隣に座るランゼフへと視線を移すが、彼女はまるで気が付いていないと言わんばかりに目を逸らしていた。
自分で話せ。という事らしい。
「あの。私・・・その・・・巫女様になるというのが・・・その・・・まだ決まってないというか・・・」
「えぇ。それは存じています。未だ、貴女は全ての力を手に入れていませんし、世界を解放していませんし。」
「え・・・。」
小さく笑ったユウは、小首をかしげると傍らに置いた長杖を掲げて、宙に光を発した。
長杖から発せられた光は形を帯び、るりの胸にある鍵と同じような形へと変貌する。
所々に小さな丸い印を作ったその模様は、三人が座っている席の真ん中で揺蕩っていた。
「では。まずは、これから巫女様・・・ではなく・・・えっと。」
「あ。私はるりと申します。あと・・・こちらは・・・。」
「・・・言わなくていいよ。」
「えっ???」
慌てふためいて自己紹介をしたるりに、ランゼフは思わず肩を震わせて笑うと、ふてぶてとユウへと視線を向けた。
「ランゼフさんは、ちょっとるりさんをからかいすぎですよ。」
「っっ?」
くすりと小さく笑ったユウは、ランゼフの顔を見て更に笑う。
あっけに捕らわれたるりは、二人の顔を交互に見るしかない。
「し、知り合い・・・?」
「そうだよ。ユウもボクも先に知り合ってる仲だよ。」
「そん・・・な・・・。」
してやったと言わんばかりに笑ったランゼフに、るりは顔を赤くして落胆の声を出す。
今まで二人にからかわれていたのかと思ったるりは、目の前で小さく肩を震わせているユウをじっと見た。
「僕はこう見えても数百年は生きてますよ。ランゼフさんよりかはずいぶん長生きしてますから。」
「とか言って。ユウは堅苦しいのは苦手だって前に言っていただろ。」
「まぁ。そうですけど。」
ランゼフとそう背丈の変わらないユウに、るりはどう接して良いのか分からず、言葉を詰まらせ選びながら会話をしていた。
その様子に何一つ今まで答えなかったランゼフに困惑していたが、意図がやっとわかり、るりは大きくため息をつく。
自分の見た目に対してユウはフォローをしたつもりだろうが、それでも今のるりにはあまり関係ない。
「緊張をほぐすのも良い仕事だとヒーリカさんが仰ってました。」
「ヒーリカさんゆずりだったのね。」
「というわけ。」
にっこりと少年の顔で微笑んだユウに、るりはがっくりとうなだれるしかない。
脳裏に満面の笑みでポーズを決めたヒーリカを思い浮かべ、更に落胆してしまった。
「ですが、るりさんを困惑させてしまったのは申し訳ないです。もう少しやり方があったかもしれませんね。次回は精進します。」
「・・・。」
小さくお辞儀をしたユウに、ランゼフはため息をつく。
「真面目すぎるんだよ。お前はさ。」
「・・・?」
ぽつりとランゼフが言い放った言葉は、ユウの耳には入らなかったらしく、彼は小首をかしげている。
目を動かし話を進めろと言わんばかりに手を動かしたランゼフを見て、はっとユウが顔を戻して咳払いした。
るりは本当に彼が偉い地位の者かと困惑してしまう。
だが、確かにこの場にいるユウから発せられる雰囲気からすると、ただならぬモノを感じていた。
それが昔の力が無い自分ではわからない事だろうと、薄々ながらもわかってしまう。
心なしか、るり自身も前よりも力が強まっているのを確信していた。
「・・・この世界の現状に関しては、ランゼフさん達や他の方々からるりさんは伺っていますか?」
「は、はい。」
急に声のトーンが低くなったユウに驚きつつも、るりは大きく頷く。
隣で笑っていたランゼフの表情も心なしか鋭くなったように感じる。
「前の巫女様が亡くなって、世界が混沌に包まれていると。」
「はい。正確に言うならば・・・前の巫女が犯した罪によって世界が混沌に包まれている状態です。」
「え・・・。」
テーブルの中央を揺らいでいた模様が色を変え、怒りに溢れているかのように真っ赤な色へと変貌する。
それは、今のユウが感じている思いを形にしたのか、この世界を取り巻く状況を模しているのかはるりには理解できない。
「前巫女であるマーラは、巫女になった当初から私利私欲を尽くし世界を混沌へと引きずり込んでしまいました。・・・本来ならば、対である主帝がそれを阻止せねばならなかったのですが・・・彼はそれをしなかったのです。」
「それは・・・どうして?」
模様の中央が一際赤く光り、その一点に髑髏のマークが浮かび上がる。
「わかりません。・・・」
「わからない?」
「前主帝は謎が多く、未だに側近でいたであろう者達でさえも理解できない点が多いとされています。」
「・・・。」
ユウの作り出した模様は色を変え、元の穏やかな白色へと戻ってゆく。
赤い髑髏は薄らと残っているだけで、禍々しい色は消えていた。
るりはユウの言葉に目を逸らし、カップの中で揺らいでいる茶をじっと見つめる。
「彼が・・・彼女を愛しすぎていたから・・・止められなかった?」
「・・・何それ・・・。」
「恋は盲目って言うんだよ。ランちゃん。」
「はぁ?」
突然として呟いたるりの言葉に、ランゼフはあっけに捕らわれたような声を出す。
ランゼフは理解できないと言わんばかりに、首をかしげていた。
「それは・・・ないと思います。」
「えっ。で、でも、主帝様と巫女様は相思相愛で・・・・」
「・・・なくてはならないのですが・・・ね。」
「・・・?」
妙に大人びたような表情でるりに答えたユウに、るりは自然と彼が自分よりもはるかに歳が離れていると確信してしまう。
子供が背伸びをして言ったとはどうにも言えない雰囲気なのだ。
ユウが何故、ランゼフと同じくらいの子供の姿をしているのか謎ではあるが、今はあえて気にしないようるりは頷く。
「前巫女マーラと前主帝リフに関しては、また機会があったらお話しましょう。今は、その混沌とこれからについてが重要です。」
「は、はい。」
無理矢理話を切るかのように言ったユウは、長杖を動かして宙に浮いた模様を動かす。
色を変えず大きさを変えたそれは、地図のように町や山などの形を所々に模りだす。
「これはこの世界の地図です。そして、僕達がいる場所がこの中央部分ですね。」
「・・・。」
ユウが杖を向けた先が光り、中央部分に大きな城が形とられる。
ちょうど十字架でいえば重なる部分であろう部位に、大きな都市と城があるようだ。
それよりもるりが気になった事が一つある。
「あの・・・先、ここに髑髏の模様が・・・」
おずおずと指を向けたるりに、ユウは小さく頷く。
先に見た気味の悪い髑髏のマークは、今ユウが形成させた城の部位に確かに映し出されていたのだ。
嫌な予感がるりの脳裏をかすめ、思わずランゼフの方へと視線を向けてしまう。
だが、彼女は何も語ろうとしない。
「よく気が付きましたね。・・・あの髑髏はとても意味があります。というか、あの髑髏のせいで、世界が未だ混沌に包まれているんです。」
「あ、あの・・・それって、まだその・・・前巫女が・・・」
るりの言葉が終わる前に、何故かユウは片手を口元へと持ってゆくと、静かにと彼女にジェスチャーする。
はっとした表情で口元を手でおおったるりは、こくりとうなずいた。
辺りを見回したユウは、何事も無かったかのように長杖を振り、更に宙へと浮いている地図を動かす。
赤い光が各地に点々と光りだし、そのいくつかが白くなる。
複数の赤い点が白い地図の上に残った状態になったのを見ると、ユウは静かに語り出した。
「この世界には、前巫女の影響であらゆる災害が起きています。水が枯れてしまった大地・・・魔物がはびこり人々を襲う大地・・・それらは多種多彩です。」
森であろう地図の中央に、一際赤く光っている部位がある。
何故かとてもそこが気になったるりは、他の部分を気にしつつも、じっとそれを見つめていた。
「赤い部分が白色に変わっただろう。そこは、別の・・・巫女の候補者が事を収束させたんだ。」
「私以外の?」
「そう・・・。」
ランゼフの言葉に驚いたるりは、首をかしげてしまう。
自分だけが選ばれてしまっているのかと思っていた彼女は、ランゼフの言葉に困惑しているように見える。
「白の女神からあまり話は聞かされていないようですね。」
「は・・・はい。てっきり、今は私だけが・・・と・・・。」
目を白黒させている彼女に微笑み、ユウはランゼフと顔を見合わせる。
「るりさんがお会いした白の女神様と対になる黒の女神様からはですね、今回の巫女と主帝に関しては何人かの人から選抜したいとお話を伺っています。・・・でも。」
「でも?」
急に目を逸らしたユウは、どう言ったものかと、小さく唸る。
ランゼフは何かを悟ったらしく、苦々しげに視線を地図へと向けた。
「この数か月の間に、こちらの世界で選抜された候補者の女性は・・・知る限りでは・・・もう・・・・数える程しか残っていません。」
「え・・・。」
ユウが長杖を振るうと、地図の上に小さな×のマークがついてゆく。
それらは全て、赤い点が白へと変わった部分の近くであり、マークが何を意味し、彼が言った言葉が何を示すのか理解したるりは、冷やりと背中に冷たい汗を流した。
「理由は様々ですが・・・多くの者達は、暗殺されたと聞いています。」
「敵が動いているってことか。」
「そう・・・ですね。るりさんたちの住む世界“現世”で起こった事件を起こした者達が暗躍しているのは確かでしょう。」
「そん・・・な・・・」
急に手が震えだしたるりは、目を泳がせながらも手にもった鍵をゆっくりと握りしめる。
自分の住んでいた世界で遭遇したバケモノ達を思いだし、あのような恐怖を覚えながら、別の候補者たちが救われる事なく命を落としたと思うと、恐怖で頭が覆い尽くされそうになった。
「残りの災害・・・この世界の混沌として残ったモノは数えるだけです。」
「ボク達がまず取り掛かるのは、それらを解決する事・・・か。」
「そう・・ですね。」
ランゼフとユウの会話が耳の奥で聞こえる中、るりは息苦しくなりその場を立ち去りたくなってしまう。
先にこの世界に来る前に決意を新たにしたとはいえ、目の前で話されている内容を考えてしまうと、どうにも恐怖心が前に出てしまう状態だ。
頼っていた雪やルヴァン達の手助けは無いし、見知った者達は目の前にいる二人だけと言っていいだろう。
しいて言えば、この世界のどこかにいるであろうアリスやディルの事を考えてしまうが、彼らを無理に巻き込むわけにはいかない。
会いたいとはいえ、身勝手な事で探すのはさすがにできないとるりは考えていた。
それに会えば、どう話をして良いのか整理できない。
去り際にアリスへ先手を打ったかのように言葉をぶつけたが、彼にどう伝わったのかは分からない状態だ。
言葉さえも聞こえず、自分だけが満足しているだけかもしれない。
更に嫌な思いが重なり暗闇の中でおぞましい声が脳裏に響く。
彼は主帝になってはくれない
彼は自分を愛していない
彼は自分を好きではない
好きでもない人を助けてくれる?
助けてなんて言えないじゃない
「・・・っり?・・・るり?」
「えっ?」
ふいに声をかけらたように感じ、るりは顔面蒼白の表情で、ランゼフの方を振り向く。
るりの顔を見たランゼフは唖然としており、向かいに座るユウでさえも何度も瞬きをしている程だ。
「大丈夫・・・?」
「う、うん。・・・考え事しちゃっただけ。」
「・・・。」
顔を左右にふったるりは、冷めてしまった茶を少しだけ飲むと、取り繕ったように笑みを浮かべる。
ランゼフはユウと顔を見合わせると、小さく頷いた。
「るりさんの不安。言葉にしなくてもわかります。貴女には、この世界の協力者が少なすぎる。」
「ゆ・・・ユウさん・・・。」
大人びた表情で言葉を紡いだユウに、自分の考えていた事を見透かされたるりは、何故かほっとしてしまう。
自分だけで悩んでいなくてはいけない話ではないと理解したこともあり、どうしようもない不安感が少しだけ晴れたように感じた。
ユウは長杖を小さく振るうと、部屋の隅に置かれた鮮やかな色の宝石を近くへと魔術で運んできた。
るり達の住んでいる世界で言うエメラルドのような色をした宝石は、ユウの前まで飛んでくると漂っていた地図を吸い込んでゆく。
十円玉程の大きさをした宝石は、全ての地図を吸い込み終えると、音もなくるりの前に置かれる。
おずおずと手を伸ばしてるりがその宝石へと指を付けると、先程まで漂っていた地図が、宝石の上に広がった。
「紙に書かれた物をお渡ししたいのですが、その方が小さくて持ち運びやすいかと思いまして。」
「あ・・・。」
ふわふわと何処からともなく現れた金具が、るりの前に置かれた宝石を掴んでゆく。
数秒のうちに金具へと収納された宝石は、るりの腰に下げた鞄へとキーホルダーのようにぶら下がる。
「その地図を頼りに動いていれば、自ずと道は開かれると思います。・・・るりさんが巫女になるかどうかに関しては、全ての災いが片付く時までに考えてくだされば、我々王族も良いのです。」
「・・・。」
穏やかな声で語るユウに、るりは小さく頷くしかない。
ここに来る前までは不安ばかりが先走っていたが、決断する時間を伸ばしてくれているように感じるユウの言葉に、今は自然と心が穏やかになるように感じた。
つい先に脳裏をよぎった言葉が何度か甦ろうとするが、るりは小さく頭をふってなんとか忘れようとする。
「それで。まずはどうしたらいいと思う?」
「そうですね・・・。まずは・・・。」
ランゼフの言葉に押されるように、ユウが席を立って窓辺へと足を進めてゆく。
彼が立っている先には、大きく開け放たれた大窓があり、さらに先には城下町が見えていた。
何故か辺りをぐるりと見渡したユウは、長杖を抱えながら席へと戻ってくると、小さく杖をふるった。
テーブルの上に地図が現れると、一つの場所が光る。
「この場所に行ってみたらどうでしょうか。・・・僕の考えでは、るりさんの手助けをして下さる方が見つかると思うので。」
「・・・ここって・・・。」
大きな山々が連なる中で、ぽっかりと空いた部分が地図上で光っている。
民家を模した場所が点々としているのが確認でき、どうやらそこが街だとわかった。
しかし、森を囲っている山々は断崖絶壁にあり、どうにも人が住もうには難所のようにも感じられる。
「そうです。・・・ここなら・・・ね。」
何か喋ろうと口を動かしたランゼフに向って、ユウは自分の口元に指を当て言葉を遮った。
その仕草を見た彼女は、ちらりと周りを見ると、おもむろに席を立つ。
「るり、とりあえず行こう。」
「えっ・・・う、うん。」
急に急ぎだしたランゼフに驚き、るりはあっけに捕らわれたように席から立ち上がる。
まだ、彼女としてはユウから話を聞きたい事は多い。
できれば、もう少しこの場に残りたいくらいだ。
「急がせてしまって申し訳ないです。・・・もっと見張りを多くして置けばよかったのかもしれません。」
「遅かれ早かれ、何処にいても見つかるのは承知の上だ。」
「そうです・・・ね。」
慌てふためくるりの手を握って、ランゼフが歩き出す。
ユウが二人の前へと進み、入ってきた扉とは真逆の方へと彼女たちを先導し始めた。
意味が分からないるりは、促されるままに足を動かすしかない。
だが、何かしらの気配を後方から感じ、その歩みを止める気にはならない状態だ。
「いつでも出発できるように、ちょっと知人にお願いしてあります。きっと向こうでも彼らが助けてくれますから。」
「お前は大丈夫なのか?」
「僕は大丈夫ですよ。しらっとしてます。いつものように。」
何故か笑い出したランゼフとユウに、るりは二人が意外と面識が長いのだろうと悟る。
ユウを先頭にして、細い通路へと出た三人は、粗末な石造りの階段を駆け上がってゆく。
後方からは先にも増して何かの気配が近づきつつあり、るりでさえも息が詰まるような思いをしてきた。
「奴らは、僕が使い物にならないと思っています。・・・とはいっても、幽閉とか真っ平ごめんなので・・・ささっと片付けてぱぱっと身を隠すか何かをしておこうかと思います。」
「なんかユウ・・・ヒーリカに似てきたみたいだ。」
「あははは。そうですか?」
殺気にも感じ取れる雰囲気が背中を覆いだし、るりは無言のままに二人の会話を聞き続けるしかない。
状況としては最悪なのだろうか、どうにも二人の会話からはその緊迫感が全く感じられない状態だ。
とはいえ、ちらりと振り返ったユウとランゼフの目は、言葉とは裏腹に笑っている様子は見受けられない。
音を立てて階段を登り終え、木造の扉を開けたユウは、その先へと駆けてゆく。
「一旦施錠させてもらいましょうっ!」
「同感だっ!」
るりを引っ張るように扉から駆け抜けたランゼフは、思い切り木の扉を蹴りあげ扉を閉める。
同時にユウが長杖を振るうと、重い音を立てて扉に鍵が出現した。
「えっ・・・」
「間一髪だったというわけか。」
「ですね・・・。」
お世辞でも頑丈とは言えない木の扉だが、ユウの魔術が重なったことにより、石造りのような強さを得たようである。
内部から蹴りつけるような音が響き、無理やりにでも外に出ようと何者かがいるのを示していた。
「あー。待ってたんだよー。遅いよー。」
「・・・?」
緊迫した状況とは裏腹に、るりの背後から明るい少女の声が響き渡る。
見れば、るり達は城の屋上へと出ており、眼の先には遠くに海が見えるだけとなっていた。
これといった装飾もない屋上は、ただただ広いだけである。
「すみません。ジェシカさん。ハージェントさん。お時間、早くについたようで・・・。」
「・・・気にするな・・・皇帝。」
聞き覚えのない声が更に聞こえ、るりは怒涛のように扉を蹴る音を気にしつつも、ゆっくりと振り返る。
「あ。この子が新しい巫女様になるの?」
「・・それはこれからのお話です。ジェシカさん。」
大きく手を振っている金髪の少女と、その隣には大柄な体格の良い銀髪の青年が一人立っている。
金髪の少女は髪を二つに結い、ロングスカートを風にたなびかせていた。
対照的に静かな印象を覚える銀髪の青年は、右肩に魔物の骨であろうか、大きな爪を三本留め具として使っている身体をすっぽりと覆う程のマントに身を包み込み、なんとも対照的な格好をした二人である。
「皇帝。我々は、指示通りに里へ巫女の卵を預かるぞ。」
「うんうん。なんだか、変な連中わんさか来てるからね。早く行こう?」
「お願いします。・・・どうか、ご無事で。」
「あ、あの・・・。」
淡々と話が進んでいく状況に、るりは思わず彼らに声をかける。
一斉に皆の視線が自分へと集まり、ふと言いたかった事をるりは忘れそうになってしまった。
それでも一同を見回し彼女は口を開く。
「状況がよくつかめてませんが・・・それでも、私に出来ることがあるなら・・・やってみます。」
「はい。そうして下さると大変うれしいです。」
「るりのフォローはボクがするから、大丈夫だよ。」
金髪の少女や銀髪の青年の事を聞こうと思っていたのにも関わらず、ふいに聞こえた扉を壊そうとする音に促されるかのように、るりは思っていた事とは違う言葉を彼らに言ってしまう。
ランゼフから戻ってきた言葉に頷いたるりは、ユウの方を向こうとした。
「ボク、だけじゃないよっ!」
「えっっ?」
ひょいと軽々身をひねった金髪の少女は、るりの目の前へと進み出ると、満面の笑みでるりに抱き着く。
思わぬ事にるりは悲鳴にも似た言葉を発すると、彼女はくるりとるりに抱き着いたまま回転し、風のように離れ両手を握った。
「私ジェシカも、ハジさんも、ユウ様も!みぃんな、えっと・・・るりの仲間だよっ!」
「わわっ!」
声高々に笑い出したジェシカに振り回され、るりはそのまま彼女に手を引かれてまわりだす。
唖然とした表情で様子を見ているランゼフと異なり、ユウは穏やかに微笑んでいるだけだ。
「ジェシカ。行くぞ・・・。時間が無い。」
「わっとっと。そうだね。そうだね。」
嫌な音を立てて扉の破片が飛び散り出し、そろそろユウの呪術さえも破壊されそうになってきた後方の扉を見つめて、銀髪の青年ハージェントが小さく言う。
ジェシカは大きく何度も頷くと、るりとランゼフの手を無理やりに握って走り出した。
「ユウさんっ!あのっ!」
ジェシカに引っ張られるままにハージェントの方へと駆けてゆくるりは、佇んでいるユウに向かって声をかける。
ユウの手に持った長杖からは光がこぼれており、彼はるりの声に小さく頭を揺らした。
長い黒髪が風に舞い、何故かるりの身体も強風に煽られだす。
その風は、ジェシカが駆けてゆく方から発せられているが、今はユウへ声をかけるために、るりはそちらを向かない。
ランゼフの驚いた声が聞こえたような気がするが、彼女は更に声をあげてユウへと言葉をかける。
「あのっ!また、ちゃんとお礼と言わせてくださいっ!それから、あのっありがとうございますっ!私、がんばりますっ!」
「はいっ。」
小さく手を振ったユウは、自ら発した光に消えるように姿を包ませる。
「せーのっ!」
「わっ!」
ジェシカとランゼフに手を引っ張られたるりは、そのまま地面から足が離れ身体を彼女たちに引き寄せられる。
「えっ・・・えっっ?」
「はーい。ハジさんっ!みんな乗ったよー。」
「・・・うむ。」
るりが目を白黒させる中で、彼女はジェシカに手を握られつつユウの姿を眼下に見てゆく。
街並みが次第に小さくなり、変わりに目の前に空と雲が溢れてきた。
「さて・・・。僕も一旦姿を消しましょうか。」
木材がきしむ音を聞いて、ユウは大きくため息をつく。
目の前では、竜の背中が遠ざかるのが見えている。
銀色の身体が空の光に当たり、鮮やかに輝いているのが見えた。
手に持った長杖を持ち直したユウは、軽く地面を何度か叩く。
杖の先から溢れていた光が紋章へと変わり、地面を覆う程の大きな模様を辺り一面へと浮かび上がらせた。
「さてさて。小さな巫女様が誰を相手に選ぶのか、楽しみだね。」
物陰に隠れていた人物がゆっくりと姿を現し、ユウの後ろで片膝を立てて首を垂れる。
困ったような表情を向けたユウは、彼に向かって微笑んだ。
「少しばかり無理をさせてしまいそうですが。お願いしても?」
長い髪を揺らした男は、何も言わずに立ち上がると小さく頷いた。
「陛下の御身の為です・・・。それに、愚か者の息子が仕出かしたこともありますので。」
「あまり、彼を見下すのは良くないですよ。貴方の息子なんですから。」
「・・・・。」
ため息をついた男は、漆黒のマントをひるがえしユウとは真逆の方向を向いた。
長く鋭い爪が音を立て、赤い瞳が氷のように輝く。
「では、また後でお会いしましょう。コーディ。」
「御意・・・。」
煌々と光る紋章の中に吸い込まれていったユウを見届けると、男は無表情のまま現れた敵を見下す様に見つめる。
「本当に、馬鹿息子です。・・・・誰に似たものやら。」
「アァ・・・ガァ・・・」
青い髪を風に揺られながらコーディは片腕を振るう。
角ばった手の中に水を含んだような太刀が現れると、彼は軽々とそれを一振りする。
コーディの前を揺らぐように動いていたバケモノが、悲鳴一つ上げることなく、真っ二つに切り裂かれた。
――
風を切って空を飛ぶ竜は、後方から見えた追っ手を見て小さく唸る。
銀色の鬣をなびかせ、彼は背中に乗せた者達をかばいつつ更にスピードを上げた。
「ハジさんっ。追っ手だよっ!」
るりはジェシカの手を握りながら、ゆっくりと後方を見る。
「・・・空を飛ぶバケモノ・・・」
先程まで立っていた城から、幾つもの真っ黒な物体が飛び出してくるのがるりの眼でも見え、それらが全て彼女たちの方へと向かっているのがわかった。
心なしか、何体かの黒い塊が落下しているように見えるが、定かではない。
「里に到着するまでにはまだ距離がある・・・」
「この距離だと、ボクの攻撃でも届くかどうか。」
「だからと言って、これ以上近づかせるわけにはならん。」
「わかってるよっ!」
金切声のような奇怪な声をあげて、バケモノ達はボロ絹のような穴だらけの翼をはためかせて飛び交ってくる。
眼下に広がる街並みや木々が去っていくのを見ると、相当な速さでハージェントが飛んでいる事がわかるが、追っ手はそのスピードに追い付いてきていた。
「背中にお前達を乗せたままでは、私も手が出せん。」
「ひえぇ・・・」
雲の間や高さを変えて飛び、可能な限りを尽くしてハージェントは空を舞うが、それでも追っ手であるバケモノ達は数を減らしつつもスピードを上げてきた。
「何体かだったら、落とせると思う。」
「るりっ!」
大きく深呼吸をしたるりは、ランゼフの言葉を無視するように両腕に力を集中させる。
「ランちゃん。ここで、私がやらないと・・・皆が助からない。それに、これから行く場所にあんなバケモノを近づかさせちゃだめだよ。」
「っ・・・。」
「るり・・・。」
凛とした表情でランゼフを見たるりは、しっかりと頷くとバケモノの方へと身体を向ける。
ジェシカは首を縦に振ると、るりが振り落とされないようにと彼女の服を掴んだ。
「大丈夫。私、ハジさんの背中は慣れているから。いっぱい頑張って大丈夫だよっるりっ!」
「・・・っ!あ、ありがとうっ!」
「まったく・・・」
ため息をついたランゼフは、両腕を振るうと辺りに緑色の光を作り上げそれらを槍のように形を変えてゆく。
ハージェントはちらりと視線を後方へと向けた後、何事も無かったように前方を睨み飛び続ける。
「ボクの武器に力を集中させて。それを相手にぶつけるようにすれば、飛距離はかなり増えると思う。」
「やってみようっ!」
強風に煽られながら、るりはしっかりとした表情で胸からさげた鍵へと手をかざす。
一瞬だけ神々しく発光した鍵は、形を変えることなく手の中で輝く。
ジェシカはその光を後方で見つめながら、るりの身体をなるべく自分の方へと寄せた。
かなり巨体のハージェントではあるが、少しでも場所を移動すれば、今の彼のスピードでは飛ばされかねない。
「数はそれほど多くない。武器の向きはボクに任せて、るりは力を集中させることだけを考えるんだ。」
「うんっ。」
「頑張ってっ!二人ともっ!」
「・・・頼んだぞ。」
ランゼフが前方へと出現させた槍を見て、るりは腕を動かす。
黒と白の光が混ざったモノが空中へと解き放たれると、それらは槍へと渦を巻いて混ざり合ってゆく。
次第に形を成してきた光は、ランゼフが作り上げた緑の光を取り込み、黒と白だけの輝きへと変えていった。
「行くよっ!」
「任せてっ!」
「っっ!」
るりが片腕を振るうと、風をまとって槍が飛び去ってゆく。
ランゼフは瞬時にそれらの方向を調整し、飛んでくるバケモノ達へと的確に向ける。
表情も無ければ顔もない漆黒のバケモノ達は、目の前に迫ってきた光に驚き、一瞬だが足を止めだした。
爆発音に合わせる様に光の槍はバケモノ達を貫き、同時に辺り一面へと光の粒をまき散らす。
「凄い・・・凄いよっ!」
「まだっ!」
「うんっ!」
歓喜に溢れた声で微笑んだジェシカとは対照的に、るりとランゼフは更に迫ってくる追っ手に向かって休むこともなく新たな光の槍を解き放ち続ける。
黒と白の光がはじけ飛び、それらは空で弾けると、下に広がる森へと雨のように落ちていった。
地面には当たる事無く、ぼんやりとした輝きのまま空中で消えてゆく光は、薄暗い辺りを照らす。
「まだ追いかけてくる・・・」
「し、しつこいよーっ!」
るりとランゼフはかなりの数を迎撃したが、追っ手ははじけ飛ぶ光を越えて、彼女たちを追いかける。
「数が多いっ!」
「それだけ相手も必死だという事だ・・・。」
「ハジさん流暢に言ってる場合じゃないよーっ!」
ふらついたるりを抱えながら、ジェシカは半泣きになってハージェントに言葉をぶつける。
力を使えるようになったとはいえ、るりはかなり消耗している状態だ。
焦りを覚えたランゼフも照準が合わなくなり、光の槍を軽々と敵に越えられてしまっている。
危機感を覚えたるりは、肩で息をすると目を閉じた。
「自分でやるって決めたんだから・・・だめ。」
「る、るり・・・?」
ぽつりと呟いたるりに驚き、ジェシカは思わず彼女から手を離して様子をうかがってしまう。
「おいっ!無理をするなっ!」
「ハジさんに慣れてないのにっ!立ったら危ないよっ!」
「るりっ!」
背中の異変を感じ取ったのか、ハージェントが声を荒げる。
突然立ち上がったるりに驚いたジェシカとランゼフは、彼女を止めようと手を伸ばす。
しかし、二人はその手が届く前にぴたりと動きが止まった。
「・・・・これが巫女様の力・・・?」
「・・・・るり・・・」
両腕を突きだしたるりの周りに、大きな黒と白の紋章が浮かび上がり幾つも重なり合い出した。
額の紋章が光りだし、移動している為に起こった強風とは別に、彼女の足元からは気の流れのような物があふれ出す。
「守るよ・・・絶対にっ・・・」
「っ・・・!」
ランゼフが声を発するよりも早く、るりの周りに浮き上がった紋章がまぶしい程に輝いた。