真っ暗な森を切り裂くように、上空を光が飛び交う。
森の中で固唾を飲んで見守っていた者達は、その光が無くなるまで物陰に隠れていた。
「今のは・・・・」
屋敷の自室からそれを見ていたアリスは、思わずバルコニーに飛び出す。
外では屋敷の者達がざわつき合い、皆が同じ方を見ていた。
「あれは、竜ではありませんか?」
「里に戻る際に襲われているのかもしれませんね。」
「・・・でも、今の光は・・・」
ざわつく屋敷の者達を見て、アリスは空へと視線を向ける。
そこには銀色の身体をしならせ飛び去る竜の姿が見えた。
「今の光は・・・神聖なる者しか使えない・・・」
「っ・・・・。」
耳の中に声が響くや否や、アリスは部屋を後にして屋敷の外へと急いだ。
「坊ちゃま。どうされましたか?」
「どうもこうもねぇ。・・・山の方でなんかあったみたいだ。」
「む・・・?」
白髪の男性が驚いた表情でアリスの後を追う。
手に持った荷物を他の者へと渡すと、彼はアリスと共に外へと出た。
「まぁ・・・雨のようね・・・・」
「きれいだわ・・・」
「こ、これは・・・。」
外でざわついていた者達が、空から降り注ぐ黒と白の光へと手を向けて、皆が微笑んでいる。
雨粒のように降り注ぐその光は、どこか柔らかな印象を受けた。
降り注ぐ光に手を当てると、ほんのりと温かみを感じる。
「これは・・・魔力の粒ですね。」
「神聖なる者が使う魔力と断定できますわ。」
手のひらにすくうように光を集めた屋敷の者を見て、アリスだけが顔を引きつらせる。
それを傍らで見ていた白髪の男性は、ふむと小さく呟いた。
彼が言葉を紡ごうとした瞬間、穏やかな声をかき消すような悲痛な声が聞こえ出す。
「なんだっ・・・さわがしいっ!」
「っっあれはっ!」
立ち尽くしているアリスを置いて、周りの者達が騒ぎ出す。
目の前を通り過ぎて行った銀竜を追うように、空を禍々しいバケモノ達が飛び去ってゆく。
それらは影で出来ているのか、不気味な声をあげて屋敷の頭上を黒い塊となって蠢いて行った。
「銀竜を追っている?」
「いや・・・追いながら・・・」
ざわめく屋敷の者達を下がらせ、白髪の男性が手にはめた手袋をおもむろに直し歩き出す。
はっと表情を変えた複数の者達も、服を払い身なりを整えると、体勢を変えだした。
手には武器を構え、自らの姿を変貌させてゆく。
耳の上から角を生やした白髪の男性は、身体と同じ丈の斧を担ぎ上げる。
隣では、彼に続くように銃や刀を構えた者達が集まり出した。
「坊ちゃま。少々お下がりください。・・・下衆なモノ共が降りてまいりますようで・・・」
「・・・・・・。」
何を答える訳でもなく、アリスは彼らの後ろへと下がる。
白髪の男性は、雄叫びのような声をあげて急降下してきたバケモノを見て、大きくため息をつく。
「銀竜だけではなく、目に見えた者さえも獲物として見るとは・・・。なんと知能がない・・・愚かなバケモノだ。」
「ガッ!」
軽々と身丈程の斧を振り回した白髪の男性は、何体ものバケモノを連なって切り裂いてゆく。
鮮やかに舞うように動くその姿は、一つも無駄が無い。
「旦那様がお戻りになる前に、全てを片付けるのだ。このような物を屋敷に近づける事など、あってはならんぞ。」
「承知いたしました。」
「はいっ!」
歯切れよく男性の言葉に答えた者達は、アリスを置いて散り散りに辺りへと走ってゆく。
皆の姿が見えなくなったと思えば、あちらこちらでバケモノの断末魔が響き渡り出した。
銃声や金属の音が鳴り響く中で、アリスはただじっと空を見ている。
「坊ちゃま。どうされましたか?」
「少し、この場を任せていいか?」
「・・・おや。」
片手に太刀を構えたアリスは、傍らで佇む白髪の男性に呟く。
男性は小さく頷くと、穏やかな表情で口を開いた。
「旦那様には散歩に出かけた。とでも、お伝えしておきますね。」
「・・・そうしてくれ。」
アリスの前に立ちはだかったバケモノを、ホコリを払うかのように斧で切り捨てた男性は、更に現れた黒い影のバケモノを瞬時にして粉砕してゆく。
「掃除が終わりましたので。どうぞ、お気をつけて、いってらっしゃいませ。」
「あぁ。」
背中に大きな灰色の翼を生やしたアリスは、軽く地面を蹴り上げると、疾風を巻き上げて飛び去ってゆく。
咳払いをした白髪の男性は、辺りを見回して唸る。
「お客様をお呼びするには少々殺風景ですね。・・・少し、手入れをせねばなりませんな。」
背後に迫ったバケモノを何事も無かったかのように斧で切り刻み、男性は歩き出す。
前方を塞ぐように飛んできたバケモノも、後方から迫ってくるバケモノも、彼にとってはホコリ同然のようだ。
表情一つ変えずに辺りを一掃した男性は、屋敷の方へと戻り出した者達に向かって声をかける。
「近いうちにお客様をお招きするかもしれん。さぁ、急いで掃除を終わらせるのだ。」
「はいっ。」
大きく手を叩いた男性に続き、屋敷の者達は何事も無かったかのように手を動かし出した。
――
空を飛び続けるハージェントは、自身の周りに光の粒をまき散らせながら速度を落してゆく。
後方から迫ってきていたバケモノ達の姿は無くなり、森の上には黒と白の混ざった光の粒が雨のように降り注いでいた。
「るり・・・大丈夫?」
「う・・・うん。」
ハージェントの背中に倒れ込んだるりを抱え、ジェシカとランゼフは辺りを見回した。
るりが放った魔法陣からは数えきれないほどの光の矢が飛び立ち、眩しい程の光が辺りを包み込んだ。
バケモノの断末魔が響き渡る中で次第に眩しい程の光は収まり、飴玉程度の大きさの粒がハージェントを包むように漂っている。
「無茶をしすぎだ。巫女の力をある程度習得しているとはいえ、この規模の力を発動させるのは身体にも危険だぞ・・・」
「・・・す、すみません。」
ため息交じりに小言を呟いたハージェントは、るり達が無事だと分かると進行方向へと視線を向ける。
その先には、青々と茂っている草原が広がっていた。
「でも。るりのおかげで私達助かったんだよ。・・・ありがとう。」
「・・・。」
ほっと胸をなでおろしたジェシカは、ぎゅっとるりの身体を抱き寄せる。
弱弱しく笑ったるりを見て、ランゼフは大きくため息をつくしかない。
ランゼフはそのまま何も言わず、ハージェントの背中から後方へと視線を変えた。
「・・・バケモノ達はこの森にも下りて行ったみたいだね。」
「そのようだな・・・」
光の粒を帯のようにまきながら、ハージェントは先を急ぐ。
飛び去った森の方では、木々の間をすべる様にるりが放った光の粒が雨のように落ちてゆくのが見えた。
そして、同時に先まで追い回してきたバケモノ達の姿が、ちらほらと森の中へと降りてゆくのが見える。
「あの森にはね・・・魔族の偉い人が住んでいるお屋敷があるの。」
「・・・魔族?」
「うん。」
切り立った大きな崖を登るように、ハージェントは上空へと飛ぶ。
岩を切り落として作られたかのような急な崖は、人や動物が容易に登れそうにないほどである。
草花が所々に生えているが、ほとんどが岩をむき出しにしていた。
「魔族・・・。闇や漆黒などの人で言えば恐怖と変わりない物を力の糧として呪術を扱う一族だ。」
「あ。でも、悪い事は・・・今はしていないよ。この森を守っている良い人達なんだよ。」
「・・・・。」
遠くに過ぎてゆく暗い森を見ながら、るりはジェシカとハージェントの言葉を静かにきく。
隣に座ったランゼフは、何か気になるのか小さなコンソールと画面を手元に出現させ、眼を細くしていた。
「魔族は聖職者達とは真逆の力を操る者達だ。」
「あ。聖職者っていうのは、光や神聖なる力を扱う事が出来る人達だよ。」
「へぇ・・・。そうだったんだ。」
崖を飛び越え、大きく開けた草原地帯の上空へと出たハージェントは、そのまま地面へと降り立ってゆく。
今まで見てきた森とは打って変わり、青々とした草原と草花が生い茂るその場所は、まるで別世界のようだった。
「長い歴史の中で、本来ならば聖職者も魔族も手を取り合っていたのだがな・・・」
「え・・・?」
ジェシカとランゼフに手を引かれながら、るりはハージェントの背中から草原へと飛び降りる。
ふと、地面へと降り立つ際に、ジェシカの足がふわりと浮いたようにるりには見えた。
全身にまとわる光の粒を払い落とし、ハージェントは疾風を巻き上げて人の姿へと変わる。
その変身は見えることが無く、文字通り風のような一瞬だった。
姿を隠すほどの長いマントをひるがえし、ハージェントはおもむろに草原を歩き出す。
彼の進む方向は、切り立った崖のある方だ。
「前の巫女があまりに惨い事を各地で行った事により、聖職者と魔族の間に大きな隔たりができてしまった。」
「そのせいで、この大陸も未だに皆の心が一つになれないんだよ。」
「・・・・。」
るりの手を引きながら、ジェシカはハージェントの方へと歩いてゆく。
彼女たちの後ろを、ランゼフはコンソールを操作しながらゆっくりと着いて行った。
木々の間から崖の下へと視線を移したハージェントは、さらに視線を別の方向へと向ける。
彼の見つめる先には、今まで通ってきた森があった。
るりの使った技で降り注いでいた光の粒は、今では殆ど見えていない。
「森の方も落ち着いているようだ。恐らくは魔族が全て倒し終えたのだろうな・・・」
「・・・。」
ぐるりとオレンジ色の瞳が辺りを睨むと、ハージェントはるりの言葉を待つことなく別の方へと歩き出す。
青々と茂った草原の方へと進んだ彼は、振り返ってジェシカ達を見た。
「この先は竜の里だ。皆がお前の事を待っている。行こう。」
「わ、私を・・・ですか?」
「そうだ。」
小さく頷いたハージェントに、何故かジェシカも頷く。
るりから手を離したジェシカは、目の前に立つハージェントの方へ、ふわりと宙を浮くように歩み寄った。
心なしか足元が地面につくよりも早く、ジェシカは前に進んでいるように見える。
くるりと回転したジェシカは、ハージェントの横に立つと微笑む。
いつの間にか、ランゼフは手元からコンソールを消しており、るりの隣にたたずんでいた。
頬をなでる様に風がすぎ、るりは目の前に立つ二人をじっと見つめる。
「私達はずっと待っていたんだよ。新しい巫女様を。」
「白の女神が選んだお前を。」
「え・・・で、でも。」
ハージェントとジェシカの言葉に驚き、るりは思わず彼らの方へと駆け寄ってゆく。
「でも、私・・・まだ・・・巫女様になるとは・・・。」
「そうであっても、我々は待っていた。お前がこの先をどうするかはお前が決めればいい。・・・・だが・・・我々を導くのはお前だ。」
「・・・・?」
るりはハージェントの言葉に小首をかしげるしかない。
確かに、この世界で出来る事をするためにるりはここへと来た。
とはいえ、巫女という存在になる為ではなく、自分ができることをする。為に来たのだ。
だがどうだろうか。
目の前にいる二人は、すでに巫女になると断定している。
困惑した表情で見つめてきたるりに耐えかね、ジェシカは小さく唸った。
「お話を聞けばわかるよ。だから、里に行こう。」
「えっ・・・。」
「そうだな・・・。すまない。断片的な会話になってしまったな。」
「あの・・・・」
困った様にランゼフの方へと振り返るが、彼女も小首をかしげているだけである。
どうやら、二人の話については、ランゼフも意味がわからないようだ。
「里で一番長い時間を過ごしているおばあ様が教えてくれたの。だから、大丈夫。るりの聞きたい事も絶対知ってるよ。」
にっこりと笑ったジェシカは、るりとランゼフの手を握るとハージェントの後ろを歩き出す。
ざわつくように動いている草花を越えて、その先に見える森へと進んでゆく。
「ん・・・。」
ふと、ハージェントの足が止まり、続いてジェシカもぴたりと止まった。
心なしか、ハージェントから発せられる雰囲気に冷たさが走る。
ふわりと彼のマントが動き、これ以上来るなと言わんばかりにジェシカの前を腕が遮った。
「姿を現せ・・・化け物共が。」
「っ・・・は、ハジさんっ。」
牙をむき出しにして怒りを露わにしたハージェントに、ジェシカはるりとランゼフから離れて抱き着く。
彼女の手が小さく震えているのを、るりは後方から見て気が付いた。
「うまく追っ手を倒したと思ったけれど、どうやらただ先回りしただけってこと?」
るりの前へと進み出たランゼフは、苦々しげに前方を睨む。
「ふふ・・・。」
その先には、先程とは雰囲気の異なる世界が広がり出した。
見た目には変わりがないが、森の入り口は禍々しい気で溢れだしている。
薄暗さが更に酷くなり、先程まで居た荒廃した大地を思い出すかのような嫌な雰囲気が漂いだす。
「ウ・・・アァ・・・」
「っ!」
小さな悲鳴をあげたジェシカを背中に隠し、ハージェントとランゼフが目の前を睨みつけ戦闘態勢へと変わる。
地面から禍々しい色を湛えて湧きだした漆黒が、ゆっくりと人の形を形成し、るり達が見てきたバケモノ達へと姿を変えた。
見れば、青々と茂っていた草原が所々枯れ、その間からもバケモノ達が這い出てくる。
「もう少し先まで進まれていたら、我々は手出しができませんでした。」
「・・・。」
不敵な笑みを浮かべた男は、赤黒いローブをひるがえしバケモノ達の間で手を大げさに叩きだす。
見た目は桜丘市で見た仮面をかぶった男達に似ているが、声や背丈からすると彼らとはまた別の存在のようだった。
るりはランゼフの後ろで彼らを睨みつける。
「おや・・・。現世から逃げ帰ってきた愚か者どもが言っていた通りでしたねぇ。巫女の力を使いだすとは・・・ふむふむ。実に興味深い。」
両腕を組み、一つ一つの動作を大げさにする男は、周りに集まり出したバケモノ達と同じ個体を更に地面から出現させだした。
「顔では笑っているが。先の巫女の力を見て怖気づいたか?」
「ははは・・・まさか・・・。」
あざけるように言ったランゼフの言葉に、男は小さく肩を揺らすと、声を大にして笑う。
だが、青白い顔は確かに引きつっている。
「どうやら。図星のようだな。」
「・・・。」
マントからのぞかせた腕に力を入れたハージェントは、その腕だけを変貌させてゆく。
手の関節が音を立てて変わると、鋭い爪がむき出しになった。
「ですがねぇ。先の力は相当な消耗をされているはず。そちらの巫女の卵はもう力は出せないでしょう?」
「でも、ボクらは全く消耗してないけど?」
「あぁ・・・そうですか。」
まるでランゼフの言葉に興味が無いのか、男は感情のない声でただ言葉を発しているだけだ。
うめきながら近寄ってくるバケモノを見たジェシカは、ハージェントにすがるように抱き着く。
気を抜けば倒れ込みそうな程であったるりだが、傍らで震えているジェシカを見ると、そうも言っていられないと自分を奮い立たせる。
「・・・大丈夫。」
「るり・・・無茶しちゃだめよ。」
「でも、それじゃぁ、ジェシカちゃんやハージェントさんを守れない。・・・ランちゃんに無理させちゃう。」
自分に言い聞かせるように呟いたるりに、ランゼフとジェシカは困惑した表情をするしかない。
「意志が強いことは大変いいことだが。それでは、身を滅ぼす。・・・力を制御できない今は、お前は無茶をするべきではない。」
「は、ハジさんの言うとおりだよっ。るりのお顔・・・とっても具合が悪そうだよっ!」
「ジェシカちゃん・・・。」
震える手を押さえたジェシカは、ハージェントから離れると大きく深呼吸をする。
自分の服の裾を握った彼女は、小さく震えながらもしっかりと自らの足で佇んだ。
ジェシカは服のポケットへと手を入れると、何かを掴んで取りだす。
「大丈夫だよ。大丈夫。私も頑張る。」
「ジェシカちゃん。」
「平気よ。るり。私だって、先の“大戦”を乗り越えたんだもの。」
「おやおや。」
指を鳴らす様に赤い石を弾いたジェシカは、小さく石を光らせる。
瞬時にして石は形を変えて、彼女の手の中に長銃として落ちてきた。
「先の大戦ではこの地で我々も大敗を期してしまいましてね。・・・マーラ様には大変お辛い思いをさせてしまった。」
「あ、あんた達のせいで、ハジさんも竜の皆も大怪我しちゃったんだからねっ!」
「あれは竜が我々に屈しなかったのが悪いのですよ?」
震える声を押さえて叫んだジェシカに、男は蔑んだように言葉を返す。
心なしか男の言葉によって、ハージェントの表情が更に険しくなったようにるりは感じた。
「先代の巫女の件で、この竜の里でも酷い爪痕が残った。多くの竜は戦で怪我を負い・・・一部はマーラ達に奴隷として連れて行かれた。」
「ひどい・・・。」
ランゼフの言葉を聞いたるりは、知らずと目の前で笑っている男を睨みつけてしまう。
ハージェントたち竜にどのような事が起こったのか詳細は分からないが、ランゼフの言葉だけでも想像するだけでも惨い状況があったのだろうと推測できる。
あまり感情を表に出さないランゼフだが、それでも彼女の目が少しだけ怒りを映しているようにるりは感じた。
「今はそのような話をしている場合ではない。そこをどいてもらおうか・・・?」
「ははっ・・・」
片腕を振り上げたハージェントに、男は笑い出す。
視線の合わないような目をぐるりと一点させ、男はるり達を一同に見回した。
「そのような戦力で、マーラ様に仕える私に勝てると思っているとは。なんともあさはかなお考えで。」
手を叩いて笑った男は、小さく手を広げる。
「っ!」
「ランちゃんっ!」
ふいに横から殺気を感じ、るりは振りむく。
と同時にランゼフがその場を離れ、横から迫ってきたバケモノを真っ二つに引き裂いた。
彼女の手には緑色の光を放つ剣が輝いている。
「平気だ。この程度、何でもない。」
「おやおやおや・・・。」
声をひきつらせた男は、苦々しげにランゼフを見る。
いつもの無表情さを乱すことなく、彼女は何事も無かったかのように、るりの横へと戻ってきた。
ほっと胸をなでおろしたるりは、辺りをぐるりと見る。
彼女たちを取り囲むように蠢いているバケモノ達は、数は増えていないが目で追うだけでも相当な数がいるようだ。
目をひきつらせた男の後方では、ぽっかりと穴が開いたように森の中へと続く道が見える。
まるでそこが出口だと言わんばかりに、小道には光が溢れていた。
よく見れば、るり達が立っている地面には、自分たちの影がうっすらと変わる程度の明るさしかない。
上空を見上げてみるが、確かに空を照らしている太陽のような輝きは見えていた。
「この場所を一時的に閉鎖空間にしているんだろう。」
「だから、あの森は明るいんだね。」
「うん・・・。」
まわりのバケモノ達に警戒しつつ、ランゼフはるりの言葉に小さく頷く。
るり自身も、喉が痛くなるほどのバケモノ達の殺気を感じながら、両腕にじんわりと光を集め出していた。
「(大丈夫。慌てないで・・・)」
大きく深呼吸をしたるりは、ゆっくりと自分の胸へと手を向ける。
首から下げた鍵が輝きだしており、黒と白を混ぜた光が指の間からあふれ出る。
「っ・・・」
「るり、無理しちゃだめだ!」
とたんにぐらりと頭が揺れ、目の前へと倒れ込みそうになる。
るりの身体を押さえたランゼフは、るりを抱えて声を荒げてしまう。
そこに目を付けたのか、男の表情が一転した。
「大丈夫・・・だよ・・・まだ・・・」
「全然大丈夫じゃないよっ。」
「無理をするな・・・。」
弱弱しい声を出し、るりはランゼフから離れようとするが、思うように足が動かない。
片手を鍵へと持っていこうとすると、それを止めるかのようにジェシカがるりの手を強く握った。
額から汗をにじませ、どう見ても表情はこわばっている。
「るり・・・これ以上力は使わないで。」
「でもっ・・・・」
「無茶しすぎだっ!力を使ったら本当に身体が砕けてしまうよっ!」
「ランちゃん・・・。」
無理矢理にでもるりを止める為か、ジェシカとランゼフが交互にるりへと声をかける。
「あまり私も待っている時間はありませんので・・・」
「っっ!」
大きな音を立てて男が手を叩くと、バケモノ達が一斉に動き出した。
ハージェントがとっさに動き、辺りを睨みつける。
「それでは、良い死出の旅を・・・」
「だ、だめっ!」
男が手を上げた瞬間、バケモノ達が地面を蹴り上げて突進してくる。
ジェシカは手に持った長銃を地面へと落し、るりをかばうように彼女へと抱き着く。
「(どうしてっ!こんなところでっ!)」
るりは目を見開き、迫ってくるバケモノと目を細めたランゼフの顔を交互に見る。
身体を動かそうにも足にさえ力が入らず、彼女は首を左右に振る事しかできない。
ジェシカの体温が酷く胸に刺さり、何もできない状態の自分を声も出ないままに困惑する。
男の蔑んだような目がるりへと向けられている事に気が付き、彼女は思わず唇を噛みそうになった。
目の前に禍々しい姿のバケモノが迫り、気味の悪い雄叫びが響く。
「っっ!」
ジェシカの息を飲む声がるりの耳へと聞こえた瞬間、ふいに視界が漆黒一色に変わった。
「どういう・・・こと・・・だ?」
同時に、男の唖然とした声が聞こえ、るりは目を動かす。
よく見れば、ランゼフやハージェントの動きも止まっており、辺りを見つめている。
「遅れてしまったようだな・・・。」
聞いたことのない声が聞こえたと思えば、突風が身体を包み込む。
身を屈めたハージェントの姿が視界に入ると、辺りを包んでいた漆黒が一瞬にして引いた。
「これは・・・。」
気味の悪い声も聞こえなければ、バケモノの姿さえもない。
震えているジェシカは困惑しつつもるりから身体を離すと、落とした長銃を拾い上げ、ハージェントのマントを手でつかむ。
唖然とした表情を浮かべたランゼフに支えられながら、るりは立ち上がり前方を見つめた。
るりの身体を支えているランゼフの表情は、次第に鋭さを帯びてゆくように見える。
「なぜだ・・・。貴様は皇帝の城で足止めを食らって・・・」
「あの程度で、この私を止めていたと?」
「ギャァァッ!」
男が手を振るって地面からバケモノを出現させるが、瞬時にしてそれは塵へと帰ってゆく。
るりの前にたたずんでいるその人物は、青い髪をなびかせ何とも言い現せない威圧感をまわりに放っている。
背中越しに見える頭からは大きな角が二本生えており、服の裾から見えた手は細く厳つい。
黒くとがった爪が光るや否や、バケモノ達は悲鳴をあげて消えてゆく。
何度も男がバケモノを出現させても、即座にそれらは消されていった。
「・・・愚かにも程がある・・・。」
「ぐぅぅっ!」
地団駄を踏んだ男を見て、るりの目の前にいる人物は大きくため息をついて腕を振るう。
小さな揺れが辺りをつつみ、同時に男が出現させていた気味の悪い漆黒が地面から消え去る。
よく見れば、るりたちを覆っていた暗闇も無くなり、地面には彼女たちの影がくっきりとうつっていた。
「陛下からお話を伺っていたこともあり、帰ってくるのが遅くなってしまった。・・・と思えば、この状況。私の領地を荒らすとは・・・貴様はよほど死に急いでいるのだな。」
「あ・・・・。」
るりの目の前にたたずむ男は、片腕を振るうと手に太刀を出現させる。
その形に見覚えのあった彼女は、思わず小さな声をあげてしまった。
ふいに、男は振り返り唖然としている彼女をじっと見る。
「お嬢さんか・・・。陛下の仰っていた現世の巫女とは。」
「あ・・・あの・・・。えっと。たぶんそう・・・です。」
「ふむ・・・。」
赤く切れ長の目が揺れ、おずおずと答えたるりを見つめる。
威圧感のある男の雰囲気に圧倒され、彼女はうまく言葉が出ない。
「魔族の長・・・。すまないな。」
「何を言う。竜族とは長い付き合い。・・・我々の領地を荒らす者がいれば排除するのが当たり前だろう。」
ハージェントに声をかけられた魔族の長は、るりから視線を外すと太刀を軽く振るう。
剣先から水のような粒が弾け、それらは宙へと消えてゆく。
「(これ・・・この武器・・・・私・・・知ってる・・・)」
太刀の剣先を赤黒いローブを着た男へと向けた魔族の長は、言葉も無くそちらの方へと進んでゆく。
魔族の長が一歩歩けば、変わりに男は顔をひきつらせて後方へと下がる。
身丈ほどの大きさを持った太刀であるが、青い髪を揺らし歩く魔族の男は軽々と片腕で掲げていた。
「この場で下がれば命だけは助けてやろう。だが・・・立ちはだかるというのならば・・・」
「よ・・・よいのかな?」
「・・・。」
魔族の男に剣先を向けられつつも、男は苦し紛れに声を発する。
余裕のない表情とは真逆に、男は小さく笑い出す。
「マーラ様に告げれば、貴様の妻は更に酷を強いられるぞ?」
「・・・黙れ。」
酷く冷たい声がるりの耳をかすめ、目の前で青い髪がまるで怒りを現すかのように揺れ動く。
「まぁ、それも仕方がない事か?マーラ様に従ったはずが、反逆を企てたのだから仕方がなっ・・・」
「ひっ!」
男が声をあげて笑い出そうとした瞬間、ジェシカの悲鳴があがる。
とっさに彼女の目を腕で覆ったハージェントは、無表情のままに前方を見つめた。
「黙れと言ったのだ。・・・聞こえなかったのか?」
「あ・・・が・・・あ・・・・?」
男は自分の胸に手を当てて、滴れる血を見つめた。
何が起きたのかと言わんばかりに魔族の長へと視線を向けるが、るり達には彼の表情は見えない。
「汚らわしい。・・・消えるがいい。」
「な・・・ぜ?わた・・し・・・は?」
目を白黒とさせ、男は自分の手についた血を眺めつつ、その場に崩れてゆく。
太刀についた血を払った魔族の長は、空いた片腕を静かに動かす。
腹部に大きな風穴を開けられた男の身体は、突如として地面に開いた空洞へと落下してゆく。
音もなく消えて行った男の姿を見て、るりは何が起きたのか理解できないとばかりに、身体を震わせるしかない。
るりの身体を支えているランゼフは、彼女を心配しているのか震える手を握りしめた。
ランゼフの顔を見たるりは、眼が泳いでいる。
「汚らわしい奴らめ・・・。まだ、我々を愚弄するか・・・。」
手に持った太刀を振るった魔族の男は、水となって武器を消失させる。
小さなため息がるりの耳に入ったかと思うと、彼はるりの方へと視線を向けていた。
「・・・無理も無かろう。あれほどの力を瞬時に発動させたのだ。」
「・・・・。」
支えとなっていたランゼフから、崩れる様に地面へと座り込んだるりの元に魔族の長は近寄ってゆく。
「まだ、覚醒してそれほど時間が経っていないのだろう?」
「うん。」
朦朧とする頭で意識をなんとか保った状態のるりは、ランゼフと男の言葉を聞くだけで精一杯となっている。
目の前で敵とはいえ、一人のニンゲンが殺されたというのにも関わらず、頭さえも冴えない。
それどころか、恐怖感や嫌悪感さえも覚えられない程に、体力が消耗しきっていた。
「あ・・・の・・・。」
「ん?」
上手く発せられない言葉の中で、るりは必死に頭を動かそうとする。
身を屈めてるりの顔を見つめた男と目が合うが、それ以上言葉が口から発せられない。
「(きいて・・・み・・・ないといけないのに・・・)」
揺らいできた視界を必死にかき消す様に、るりは頭を左右にふる。
気を抜けば、そのまま倒れ込みそうだ。
「あなた・・・は・・・?」
「私か?」
伝えたい聞きたいことがあるのだが、今のるりでは言葉を発するだけで精一杯の状態である。
頭の上で、ジェシカの声かハージェントの声か、どちらかの声が聞こえたかと思うが今はそれさえも判別できない状態だ。
「るりっ!とにかく・・・・っ」
ランゼフが身体を揺さぶり、自分の方へとるりが視線を向ける様に誘導させようとする。
だが、るりは目の前でじっと見つめている男の赤い目へと視線を向けている状態だ。
「あなた・・・は・・・あ・・・アリスさんの・・・・」
「っっる、るりっ?」
ジェシカの悲鳴に似た声が響き、同時にるりは黒いマントを羽織った男の腕へと倒れ込む。
草原の緑色が遠ざかり、るりの視界に青い髪と赤い瞳がぼんやりと移りこんできた。
「調子が良くなったら・・・ “また”遊びに来なさい。」
薄らぐ視界の中で、魔族の長である男の声が耳に響く。
「今度はちゃんと歓迎しよう。・・・小さなお姫様。」
――
勢いよく草原へと降り立ったアリスは、辺りの様子を見て声を無くす。
不自然に空いた土の地面と枯れた草花たち。
穏やかな風が吹いているとはいえ、この状況は異常である。
そして何より、草原の中央で待っていた人物に絶句した。
「親父・・・。」
「・・・遅かったな。」
長い角の生えた頭を傾げ、青い髪を風になびかせた男はため息交じりに息子を睨む。
アリスは手に持った太刀を宙に消すと、父親の方へと歩み寄った。
「陛下に呼ばれて行ってみれば、何かと騒がしい事に巻き込まれてしまったのでな。」
「・・・。それだけじゃねぇだろ・・・。」
ふわりと風に乗って黒と白を混ぜた光の粒が二人の間を通り過ぎる。
ここに来るまでに幾つもの同じ物体を見たが、それらがこの先からぽつぽつとこぼれているのにアリスは気が付く。
目を細めたアリスの父は、小さく鼻を鳴らした。
「だったら何だというのだ?」
「それ以外に何かいう事ねぇのかよ。」
「ないな。」
「ぐっ・・・。」
軽く息子をあしらった男は、わなわなと肩を震わせる彼を置いて、その場を去ろうとする。
アリスは彼とは真逆の方向へと足を進めようとした。
「やめておけ・・・」
「っ!」
とっさに身構え、手に太刀を出現させたアリスは、後方から斬りかかってきた父親の一撃を間一髪受け止める。
同じ形をした太刀だったが、アリスは父親の力に押されていた。
「なんで・・・だよ・・・」
「お前が行った所で何も変わらん。」
「そんなにっ・・・必死に止めることかっ?」
アリスは父親の太刀を振り払い、間合いを開ける為にその場を飛び退く。
地面に刃先を突き立てた父親は、息子を睨みつける。
「必要性はある。」
「ぐっ!!」
疾風を巻き上げて地面を蹴り上げた父親は、アリスとの距離を瞬時に縮めアリスを武器ごと払い飛ばす。
受け身を取ったアリスだったが、思い切りその場から吹き飛ばされ、後方に生えている木々まで下がらされた。
行こうとしていた森からは距離を離され、更にその間には軽々と太刀を構えている父親が佇んでいる。
「まず第一にお前は“関係ない”事に首を更に挟もうとしている。」
「だから関係なくはないっって!」
「それはどうだろうな・・・。そしてっ!」
「っっこんのっ!」
太刀を構え地面を蹴り上げたアリスは、前方で淡々と語る父親に剣先を向ける。
思い切り前方へと斬りかかるが、まるで露を払うかのように父親の一撃でまた吹き飛ばされた。
「お前が会ったところで。彼女に何が変わる?」
「っっ・・・・。」
「お前が・・・主帝にでもなるか?」
「・・・・。」
蔑んだように笑った父親に、アリスは手に持った武器を力強く握る。
何か言い返そうと睨みつけるはいいが、それ以上言葉が出ない。
思いつく限りの言葉を口にしようとするが、そのどれもが意味を成さない事を不意に感じ、視線を落した。
「なれんのだろう?約束の一つも守れないお前に。力もないお前に。」
「うるせぇ・・・」
「無責任に動き、周りを翻弄する事しかできないお前に。」
「黙れよっ!!」
声を荒げ叫んだアリスに、父親は苦笑いを浮かべた。
アリスの顔は怒りにも悲しみにも取れる悲痛な表情をしている。
「どのような思いがあるのか私にはわからん。だが・・・これだけはお前に行っておこう。」
「なんだよ・・・」
ため息をついたアリスの父親は、腕を組むとアリスを睨む。
勢いの無くなったアリスは、ただ視線を逸らし次の言葉を待った。
「お前がすべてに覚悟を持たぬのなら、彼女と会うのはやめた方がいい。」
「・・・・」
太刀を肩に担ぎ、アリスの父親は彼の方へと歩み寄ってゆく。
頭を片手で抱えたアリスは、ため息をつくしかない。
「あの子が自分の意思を見失ってしまう。・・・お前という不確かな存在のせいでな。」
「っ・・・・くっ・・・。」
肩を思い切り叩かれたアリスは、苦し紛れに声を発する。
息子を置いてその場を去ってゆく父親は、長い青い髪をなびかせて、ゆっくりと振り返った。
「あぁそうだ。馬鹿息子。・・・彼女に一応伝えておいた事がある。」
「んだよ・・・」
思い立ったかのように今までの口調とはうって変り軽く呟いた父親に、アリスは悪態をつくしかない。
「落ち着いたら遊びにきなさい。とな。」
「っ俺に言ってる事と、真逆じゃねぇかっ!」
「・・・。」
小首をかしげた父親に、アリスは声を張り上げる。
ニヤリと笑った彼は、睨みつけてくる息子を見て更に心底可笑しそうに肩を震わせた。
「その時、お前が彼女に会うのか見ものだな。」
「こんのっ!悪魔っ!」
疾風を巻き上げて飛び去る父親を見て、アリスは彼の後を追うようにその場を去ろうとする。
「・・・・・なんだよ・・・馬鹿親父・・・」
アリスは一度後方を振り返ると、困惑した表情のまま地面を蹴り上げた。