柔らかな日差しが目の中に入り込み、大きなため息をつく。
木々がざわめく音を聞きながら、るりはぼんやりと天井を見上げた。
「気分どう?」
「・・・うん。」
傍らに座っていたランゼフと目が合い、るりは小さく頷く。
気を失い、気が付いた時にはこの場所に運ばれていた。
外では子供たちの笑い声が聞こえ、不安感がかき消されるような感じがしてくる。
「・・・あの・・・ね・・・」
「言わなくていいよ。わかってるから。」
「うん・・・。」
手の先で動いていたコンソールを消すと、ランゼフはため息をつく。
「無理しすぎも良くない・・・と、思うよ。」
「そうだね・・・。逆に、ランちゃん達に迷惑かけちゃった。」
「・・・。」
苦笑いを浮かべたるりは、先の事を脳裏に思い出す。
無理に力を使い続けた結果、敵との交戦中にも関わらず倒れ、ハージェントやランゼフ達に守られる事になってしまった事。
大丈夫だとは何度も言っていたが、結果的には全く大丈夫ではない状態だった。
「一緒に頑張ろうよ。・・・その・・・ボクも頑張るし、るりも頑張る・・・それで一緒。」
「・・・ランちゃん。」
自分の言った言葉に照れているのか、ランゼフはそれだけ言うと、ぼそぼそと声を小さくしてしまう。
心なしか眼は泳ぎ、顔が赤くなっているように思えた。
微笑んだるりは、ゆっくりと身体をベッドから起こすとランゼフに笑いかける。
「そうだね。一緒にがんばろう。・・・これからは、気を付けるね。」
「・・・うん。」
頷いたランゼフは、るりの顔を見ると同じように微笑む。
金色の目が光に映って光ると、宝石のように輝いた。
「ランちゃんの目ってきれいだね・・・」
「えっ?」
ぽつりと呟いたるりの一言に、思わずランゼフは目を見開く。
相当驚いているのか、彼女は何度も瞬きをしていた。
「だって。キラキラ輝いて・・・宝石みたいだなって。」
「そ・・・そう?」
「うん。」
うなずいたるりの顔を見て、ランゼフはどういったモノかと視線を逸らしてしまう。
小首をかしげたるりをちらりと見ると、彼女はため息をついた。
「その・・・ボクは・・・自分の事好きじゃないから・・・なんて言っていいか分からないんだ。」
「ランちゃん。自分が好きじゃないの?」
「うん・・・。色々あるから。」
「?」
曖昧な答え方をするランゼフに、るりはきょとんとするしかない。
彼女はランゼフに対して質問を幾つか思いつくが、どうしてかそれを伝えることができなかった。
どこで生まれたのか。
両親はどんな髪色だったのか。
瞳の色は。
ぽつりぽつりと疑問は浮かんでは来たが、るりはそれをランゼフにきくことができない。
何故だか、“それは聞いてはいけない”と自分のどこかで考えてしまっているようだ。
それがどうして、考えてしまっているのかは分からない。
「でも、私はランちゃん好きだな。」
「・・・なんだよそれ・・・。」
「ふふ・・・。」
色々な疑問を感じながらも、まるで話を終わらせようとするかのように、るりはランゼフに言う。
居心地が悪くなったのか、ランゼフは悪態をつくとそっぽを向いてしまった。
耳が少し赤くなっているのを見て、るりは照れているのだろうと思う。
「そういえば、ジェシカちゃんやハージェントさんにお礼を言わないといけないね・・・。それに、あの・・・」
「先の魔族?」
「あ。うんっ。」
慌てて言葉を発したるりに、ランゼフは表情を戻して答える。
「ハージェントとジェシカは別の部屋にいるよ。ここはハージェントの家なんだって。・・・あっと。それから魔族の長は、ここにはいない。」
「別の場所にいるの?」
「ん・・・っと。」
どう言ってよいものかと言わんばかりに、ランゼフはるりから視線を逸らして考え出す。
るりが最後に見た情景では、彼も一緒にいるかと思っていたが、そうではないらしい。
「あの人は・・・自分の屋敷に戻った。」
「そう・・・なんだ。じゃぁ、あの・・・先の森に?」
「そうだよ。」
ベッドの足元に置かれたるりの靴を動かしつつ、ランゼフは淡々と喋る。「るりが何か質問してたから、あの魔族・・・気にしてたけどさ。」
「えっ。」
「あ、そうそう。あの人、色々と片付いたら屋敷に来いって言ってたよ。」
「・・・」
ベッドから足をおろし靴へと手をかけたるりは、ランゼフの言葉に驚いて思わず靴を床に落としてしまう。
相当に驚いているのか、彼女の目は泳いでいた。
「・・・るり、倒れる前に、あの魔族に何質問したの?」
「え・・・っと・・・。」
小首を傾げて目を細めたランゼフに、るりは苦笑いを浮かべるしかない。
「(アリスさんと関係ありますか?なんて聞こうとした・・・とか、ランちゃんには言えないなぁ・・)」
じっと睨むような視線を向けられ、るりはひたすらに思い出すふりをして唸り続ける。
どうにかランゼフが諦めてくれないものかと、今のるりは祈ってしまう状態だ。
聞きたかった事とはいえ、あまりアリスの事を良い存在だとは思っていないような素振りをしたランゼフには、正直に先の事を言えそうにない。
言ったとしても軽くあしらわれてしまい、あるいは魔族の屋敷には行くなと言われそうだ。
「なんだったかなぁ・・・ちょっと思い出しておくね。」
「・・・・うん。」
じっとりと目を細めて見られたるりは、冷や汗をかきながらベッドから立ち上がる。
何か言いたげにランゼフは彼女を見るが、それ以上言ってもどうしようもないと感じたのか、大人しく後を着いて行くことにした。
木製の扉をゆっくりと開け、るりはその先に広がる部屋へと足を向ける。
「わぁ・・・。」
思わず声をあげてしまったるりは、眼を見開いて部屋の中をぐるりと見回した。
大きな窓の外に広がる鮮やかな花々に囲まれた家々。
足を踏み入れた部屋にも、壁のあちこちやテーブルの上に花々や緑が飾られており、深呼吸をしたくなる程だ。
家具はアンティーク調の綺麗な彫刻が施された物が並び、窓辺にはキラキラと外からの光を反射するサンキャッチャーのような物が揺れていた。
「あ。るりっ!」
「ジェシカちゃん。」
外から勢いよく扉を開けて入ってきたジェシカは、手に持った花々をテーブルの上に置くと、そのままの勢いでるりへと駆け寄る。
「わっ。」
飛びつくようにるりに抱き着いたジェシカは、言葉もなく腕に力を入れてゆく。
るりよりも少し背丈の低いジェシカの金色の髪が、るりの頬を何度も撫でた。
「よかった・・・心配したんだよ・・・」
「うん・・・ごめんね。」
ほっとしたジェシカの声に押され、るりは彼女の背中に腕を回す。
それほど出会ってから時間は経っていないが、どこかジェシカには心を許してしまうような気がしていた。
るりはちらりと後方を見ると、苦笑いを浮かべているランゼフと視線が合いつい笑ってしまう。
「あ。そうだ。改めていなわいとね。」
「え?」
ゆっくりとるりから離れたジェシカは、るりとランゼフの前に立つと、服の裾を払ってスカートを持ち上げてお辞儀をする。
「ようこそ。竜の里へ。現世の巫女様。」
「そ、そんなっ、改まらなくていいのにっ・・・」
「いいのっ!一応・・・ちゃんとしておかないといけないの。」
雰囲気さえも一変させて挨拶をしたジェシカに、思わずるりは困惑して彼女の肩を叩いてしまう。
頬を膨らませて怒ったジェシカは、るりとランゼフの困惑した顔を見て、首を横に振った。
「るりをお迎えに王都に行く時に、皆に言われたのよ。ちゃんとあいさつしないとっ、もしかしたらここに来てくれないかもしれないんじゃぞーって。だから言ったのに。」
「・・・そう・・・なんだ。」
テーブルに置かれた花々を持ったジェシカは、部屋の奥へと駆けてゆく。
水が跳ねる音が何度かしたと思うと、ガチャガチャとした音がるりの耳に聞こえてきた。
「あっちに水回りがあるみたい。・・・ちょうどいいから、顔でもあらってきたら?」
「あ。そう・・・だね。」
ランゼフに促されるように、るりはおずおずとジェシカの駆けて行った方へと歩いてゆく。
本やテレビで見たような外国の古風な家を思わせる内装に、るりはついつい辺りを見回して足を動かした。
細い通路を進んだ先に、開けた場所へと繋がりそちらへと入る。
「あ。ごめんね。ジェシカちゃん・・・。ちょっと顔を洗いたくて・・・」
「うん?・・・あ、そうだね!るり、起きたばかりだもんね。」
先までの不機嫌そうな表情がないジェシカは、樽の中に花を入れると、慌てたようにるりを手招く。
彼女に言われるままに進んでゆくと、ガラス窓のはまった扉が目の前に現れた。
ジェシカはその扉を開くと、中へと入ってゆく。
「ここ。バスルームだよ。水道はこっち。」
タイル張りの部屋には、猫足のバスタブとトイレが置かれていた。
電気でも通っているのか、トイレは水洗式のようである。
「ちゃんと・・・電気が通っているのね。」
「え・・・?」
まじまじと部屋の中を眺めたるりは、水道をひねって更に驚く。
自分が住んでいた世界と同じような造りの水回りに、彼女は驚きながらも顔へと水を運んだ。
目が覚めるほどの冷たさを感じた水に、一瞬にして頭が冴える様な感覚を覚えたるりは大きく深呼吸をする。
顔を上げた先にジェシカがタオルを持ってきており、るりは彼女からタオルをゆっくりと受け取った。
「あのね。現世とは違って・・・この世界にはあまり電気は使われていないんだよ。」
「えっ?」
思わぬジェシカの言葉に、るりは彼女にタオルのお礼を言う前に声をあげてしまう。
驚いた顔のるりを見て不敵に笑ったジェシカは、るりの手からタオルを取ると、彼女を手招く。
「私も最初は驚いたんだ。電気や化学の力を利用しているのは、ここから遠く離れた土地だけでね。ほとんどはこの魔石を使うの。」
「・・・魔石。」
ジェシカに手招かれるままに部屋の隅に置かれた籠の中へと視線を向けると、るりの視界に鮮やかな色を発している石が入ってきた。
紫色にも黄色にも色を変え、それらはまるで虹のような輝きを籠の中で揺らいでいる。
「昔の偉い魔道士様達が、この魔石を造り上げたんだって。今はどこの家庭でも使われていて、それらを元に・・・えぇっと、色々な技術が現世のように使えるんだーって大工さんが言っていたよ。」
「そう・・・なんだ・・・。」
目を輝かせて籠の中で揺らぐ魔石をみたるりに、ジェシカは時折小首をかしげつつも懸命に説明をする。
今まで見てきた小説や漫画などの世界に匹敵する不思議な生活に、るりは現状を忘れて胸を躍らせた。
よく見れば、通ってきた廊下にも小さな同じ魔石が壁に掛けられている。
「私ね、実を言うと・・・この世界の人じゃないんだ。」
「えっ・・・そ、そうなの?」
「うん・・・。ちょっと訳ありでハジさんのお家にいるの。」
タオルをハンガーにかけたジェシカは、るりを手招いて廊下へと出る。
ゆっくりと背中の扉を閉じると、彼女は廊下を歩いて元の部屋へとるりを案内した。
「まぁ、私の深ーいお話は、また今度にしよう。今は、おばば様の所に行かないと。」
「どうしたの?」
少し気まずい雰囲気を醸し出していたのか、部屋に戻ってきた二人を見たランゼフが訝しげな顔をする。
「なんでもないよー。」
「はぁ・・・?」
ジェシカはるりに微笑むと、何事も無かったようにランゼフの肩を軽く叩いて笑う。
困惑した表情のランゼフを置いて、ジェシカは二人を手招いた。
「さぁ行こう。ハジさんもおばば様も待っているから。」
「え・・・う、うん。」
「・・・なんなんだよ・・・。」
玄関の扉を開けたジェシカは、二人をせかす様に促す。
お互いに顔を見合わせたるりとランゼフは、ジェシカの後を追うように外へと出た。
重い音を立ててるりの背後で扉が閉じ、音に促されるように辺りを見る。
「・・・・。」
先まで見てきた都市とは異なり、青々とした木々が町全体を覆った風景に、るりは思わず息を飲んでしまう。
レンガや木材で作られた家々の間には、石畳の道が続いている。
家のベランダには花々がプランターに植えられ、視線を落せば足元にも同様に美しい花が生えていた。
子供たちが楽しげに石畳の上を駆け回り、石造りの噴水を駆け抜けてゆくのが見える。
「すごい・・・きれい。」
「ハジさん達、竜の皆の自慢の街だよ。」
るりの手を握ったジェシカは、唖然と立ち尽くす彼女を引っ張るように歩きだし、街の中を進んでゆく。
軒先で開かれた商店には色とりどりの食材が並び、店主と買い物客が笑いながら会話を楽しんでいる。
「この土地は、竜や魔族たちによって頑なに守られているからね。魔物や外敵から攻撃されることがほとんどなかったんだ。」
「それで、こんなにきれいなんだね。」
「そう。」
石畳の道を進みながら、るりは辺りを見回しつつランゼフの言葉に耳を傾けてゆく。
柔らかな風に乗って甘い香りが広がり、そちらの方へと視線を移せば、家の煙突から白い煙が上がっているのが見えた。
思わず顔が綻びそうな程の風景に、るりは今までの不安感を忘れてしまいそうになる。
森の入り口で遭遇した恐怖よりも、今はこの風景に浸っていたいと心の底で思ってしまった。
「ランちゃんは物知りさんなんだね。」
「なんで?」
「だって、里の事は外部の人間はあまり知らないはずだもん。」
ジェシカに振り返って不思議そうな表情を向けられたランゼフは、あまり気乗りしていない表情をジェシカへと向ける。
「・・・あぁ。それね。」
面倒そうな口調で答えたランゼフは、辺りをちらりと見てジェシカの方へと近づく。
「ボク・・・監視者だから。」
「っっえぇ。そ、そうだったんだ・・・。」
相当驚いているのか、ジェシカはランゼフの顔を見て眼を見開く。
ジェシカがどうしてそこまで驚いたのか理解できないるりは、二人の会話を静かに後ろで聞く事しかできない。
「ボク、るりの護衛でここにいるの。」
「ふむふむ。だから、ランちゃんって色々物知りなんだね。」
「まぁ・・・そんな感じ。」
会話が成り立っているのかどうかは不明だが、二人はそれとなく色々な事を語りだす。
よくは聞いていても理解できないとるりは思い、ジェシカに手を引かれるままに辺りを見る事にした。
一見してみてみればどうといって変わりのない街に見えるが、なんとなく人々の雰囲気が“ニンゲン”とは異なっていることに感じ取れる。
それはハージェントの近くにいた時と同じで、何か“別の存在”として感じ取れる不思議な感覚だ。
行き交う人々には、角も無ければ鋭い爪さえも見えない。
走り回って遊んでいる子供たちは民族衣装のような物を着ていても、外見的に変わったところは無い。
だが、ふっと隣を過ぎ去る人を目で追いかけると、やはり“人ではない”という不明確だが何かを感じる事がるりはあった。
前の自分では恐らくそれらは分からない事だろうが、巫女の力という能力を得た今だからこそわかってしまう事なのかもしれない。
「さぁ、ついたよー。」
「あっ。」
ジェシカの声に弾かれるように、るりは足を急いで止める。
声の方へと振り向けば、そこには平屋建ての小さな家があった。
よく見れば、少し他の家と離れた場所にぽつんと建てられており、家の裏には森が広がっていた。
「私、先におばば様とハジさんに言ってくるね。ちょっと待ってて。」
「うん。」
るりの手を離したジェシカは、パタパタと音を立てて家の中へと駆けてゆく。
すぐさま扉が閉じられ、中からジェシカの明るい声が聞こえてきた。
「あまり出会ってから時間が経ってないのに。なんだろうね。ジェシカに名前を呼ばれても変な感じしない。・・・おかしい?」
「私も・・・。ランちゃんも思ってたんだね。」
「え。う、うん。」
ランゼフが呟いた言葉に驚いたるりは、少しだけ微笑む。
るりの表情を不思議そうに見たランゼフは、ローブの下で腕を組むと恥考える様に空を見上げた。
口元はローブの襟で見えず、どのような表情をしているのかは分からないが、嫌悪感を抱いているようではないようだ。
「ヒーリカと同じ感じって言いえばいいのかなぁ。明るいし、嫌な感じがしないんだ。」
「ジェシカちゃん、とっても明るいもんね。」
「うん・・・。ヒーリカくらいにね。」
「ふふ。」
ため息をついたランゼフだったが、それが嫌味で言ったわけではないと理解できる言い方に、るりは思わず笑ってしまう。
頭の中で、にっこりとほほ笑むヒーリカの顔が浮かび上がり、るりは軒下に置かれたベンチにゆっくりと腰をかけた。
ランゼフも続いて、そこに座る。
「ヒーリカさん達、大丈夫かな・・・。あっちの世界の事も全然連絡が無いし・・・。」
「まぁ、あっちはあっちで心配するなって事なんじゃないかな。ボクも、一応報告はしているけど、返事こないし。」
「そうなんだ・・・。」
手のひらを動かし、手元にコンソールを出現させたランゼフは、その一部をるりに見せる。
パソコンのメールアイコンに似たモノが浮かび上がっているが、そのどれもが既読になってはいるが、宛先のヒーリカからのメッセージは付いていない状態だ。
最後に彼女からメッセージが届いた時間が、丁度るり達が桜丘市のビルに到着したくらいになっている。
あれからどれくらい時間が経ったかは不明ではあるが、ランゼフの浮かび上がらせたコンソールや画面を見る限りでは、それなりに時間は経っているようだった。
「ハージェントも言っていたし、ユウも言っていたけれど。るりは自分のやれる範囲の事をすればいいんだよ。強制的に巫女になれって今から言われるとは思えないし。」
「・・・みんな、優しいよね。」
「・・・。」
会話もなく過ぎた時間に、ランゼフが言葉を入れる。
るりは頬を撫でる柔らかな風に目を閉じながら、ぽつりと呟いた。
「この世界には色々な事が起こっていて、それには巫女様と主帝様が必要だって・・・皆が凄い必死に言っているけれど、だからと言って私に強制的になれって誰も言わない。・・・本当はならないといけないんじゃないかって・・・私思っちゃうんだけど・・・。」
「・・・・。」
「別世界から来ているから、皆が気を使ってくれているのかなって思うんだけど・・・どうなんだろう。」
「・・・さぁ・・・。」
ゆっくりと目を開けたるりは、薄暗い青空を見上げて独り言のようにランゼフに言う。
るりの言葉に曖昧に答えたランゼフは、何やら騒がしい家の中をちらりと見ると、ベンチから立ち上がった。
そして、じっとるりの顔を見つめる。
金色の瞳が光り、その視線がしっかりとるりを見つめていた。
るりは小首を傾げ、彼女の言葉を待つ。
賑やかな街の声が遠ざかり、木々がざわめく音だけが二人の間をかけた。
「ボクは、るりが巫女にならなくても、なっても。・・・傍にいるから。」
「ランちゃん。」
「決めたんだ・・・。桜丘市でるりと話をして、その・・・ボクがやりたい事を自分で。だからさ。」
ふっと表情を和らげたランゼフは、片腕をるりに向けて手を握る。
「るりがしたいようにすればいいよ。ボクも自分がしたいようにするからさ・・・。自分がやりたい事を見つけてよ。」
「・・・・。」
自分の手よりも小さなランゼフの手が、何故だか大人のように大きな者に見え、るりは思わずしっかりと彼女の手を握りしめる。
「うん。・・・自分がしたいこと・・・見つけるね。」
小さく頷いたるりは、ランゼフの手を握ったままベンチから立ち上がり、空へと視線を向ける。
薄暗く感じていた空にも慣れ、太陽に似た光がだんだんと傾き始めている事にるりはようやく気が付いた。
――
ジェシカに言われるがままに家へと入ったるりとランゼフは、目の前に静かに座っている白髪の老婆と対面していた。
「ようこそ。いらっしゃいましたね。」
「いえ。こちらこそ。あの・・・お邪魔しています。」
ちぐはぐとした答え方をしてしまったるりは、老婆に手招かれて椅子に腰をかける。
老婆の横ではハージェントとジェシカが座っているのが見えた。
「道中何やら下衆な輩に追われたとか。・・・なんとも、奴らも懲りぬ者達じゃ。」
「残党が活発に動き出す可能性がある。先も言ったが、魔族や魔道士達と連携を今以上に取らねばならんな。」
「・・・うむ。そうじゃな。」
ハージェントの言葉にしっかりと答えた老婆は、大きなため息をつくと、るりとランゼフを細い目で見つめた。
「まずは、なぜ皇帝がお嬢さんを此処に連れて来るようにしたのか。それから話さなくてはなりませぬな。」
「は、はい。」
穏やかに微笑んだ老婆は、机の上に古びた地図を出す。
その地図は、ユウの城で見た地図と同じ形をしていた。
所々の地名は剥げてしまっており、相当な年月を経ていると見える。
「これはこの世界の地図。恐らくは、皇帝から同じようなモノを預かっておるじゃろう?」
「は、はい。あの・・・石の中に。」
「ほう。」
手荷物に手をかけたるりは、そこに下がっていたエメラルド色の石を手に持つ。
ふっと光を放った石から、ぼんやりと白い地図が机の上に広がった。
その中には、変わらずに赤いマークが揺らいでいる。
「この印については、皇帝から話は聞いておると思うが、それらへと続く道を考え、あの方はこの里を選んだとワシは聞かされておる。」
「災害が起こっていると聞きました。水が枯れてしまっていたり・・・魔物が悪さをしていたりと・・・。」
「うむ。」
頷いた老婆は、ハージェントからチェスの駒のような物を受け取る。
るりの出した地図の下に広げた紙の地図に、老婆はその駒を点々と置き、話をし始めた。
「多くの災いについては、黒の女神が選抜した者や自らの意思で巫女になろうと決意した者達が片づけたとは聞いている。じゃが、全てが片付いている訳でもなく、ましてや・・・」
大きな黒い魔物のような駒を持った老婆は、一つの場所にゆっくりと置き目を細める。
その場所は、るり達が最初に訪れた王都の場所を示していた。
「巫女と主帝となった者がおらん。」
外はまだ明るいはずなのだが、家の中がうっすらと暗くなってゆく。
上空に雲が増えたのかは分からないが、気味が悪い程の暗さが影となって部屋に入り込み、テーブルに置かれた黒い魔物を模した駒を一掃不気味な物へと変貌させていった。
見れば、他の地域に置かれた物も形は違えど、気味の悪い形をしている。
「前巫女の残党や、彼女を復活させようと暗躍している者共のせいで、彼女達・・・巫女になろうとしている者や、主帝としてその子らに付き添おうとした者達が、次々に姿を消している。」
「・・・亡骸が見つかった者もいれば、身体の一部が見つからない者もいる状態だ。」
「そん・・・な・・・」
ひやりと背中に冷たい汗を感じたるりは、震えだした手を押さえる様にテーブルの下で両手を抑え込む。
「マーラは確かに聖職者や王族によって処刑された。しかし、その死体は謎の紛失を遂げていると一部の者達は言っている。」
「恐らくは・・・何らかの秘術を使って奴を甦らせようとしているに違いないと・・・知りあいの魔術士たちが言っておったわ。」
思っていた以上に敵が酷い事をこの世界で行っていると分かった彼女は、急に喉が詰まるような違和感を覚えた。
確かに桜丘市で対立した敵や、この街に来るまでに出くわした者達は、禍々しく恐ろしい者たちばかりだ。
だが、るりは様々な人々に助けられ完全に孤立したことがない。
助けが来ないままに殺されている者達が何人もいると思うと、自分も同じ目に合うのではないかという怖さをるりは覚え出す。
なんらかの条件が合い、今までは自らの命を落とす事なない。
それに、周りにいた者達も亡くなった者は誰一人として見ていない。
が。これからはどうだろうか。
今後もし、あのような者達に囲まれ、自力で脱出し敵を倒すことができるのだろうか。
そのような事を考えだしたるりは、何と言って理由もなくランゼフの顔を見てしまう。
「・・・。」
るりの視線を感じたのか、ランゼフは老婆の方を見ながらも、そっとテーブルの下でるりの手を握った。
心配するなと言うような彼女の行動に、少しばかりだがるりは安心感を覚える。
「・・・この地は、王都からこちらに来るときに見えたとおり、深い深い黒い森によって守られておる。魔族や力ある魔道士たちも多く住んでいるからのう。この場は安心して滞在してもらえる。と、皇帝も考えたのじゃろう。」
不安げな表情を浮かべたるりを心配してか、老婆の顔がほんの少しだけ柔らかな笑みを湛えた。
小さく頷いたるりを見て、更に老婆は続ける。
「若から聞いた。まだ、巫女になるか迷われておるのじゃな?」
「え・・・あ・・・はい。」
禍々しい駒を気にしつつも、るりは老婆の言葉に歯切れ悪く答える。
今の話を踏まえてのこの質問は、るりにとっては相当なプレッシャーとなった。
とはいえ、容易に答える事が出来る質問ではない。
「どうすればいいのか答えは出ていません。・・・でも、自分が今できる事をしたいと思って。その・・・私達の住んでいる世界から来ました。」
「うむ。」
弱弱しげなるりの声に老婆はうろたえることなく、しっかりと合図地をうつ。
彼女が言葉を発しない事を見たるりは、ゆっくりと口を開く。
「巫女様になるとしても、私には相手になる主帝がいません。・・・そのような男性が近くにいる訳でもないし・・・その・・・最終的に皆さんの期待に応えることができるかはわからない。でも、ハージェントさんもジェシカちゃんも、私が巫女に・・・って。」
「あのねっ、るりっ!それはっ」
「ジェシカ・・・。」
「・・・・。」
るりの困惑する言葉に間髪入れずにジェシカが声を挟もうとすると、それを止める様にハージェントが彼女の名を呼ぶ。
勢いよく立ち上がりそうになったジェシカは、彼の一言でゆっくりと椅子に腰かけ直した。
少しの沈黙が過ぎた後に、老婆が微笑む。
「確かに、巫女が成り立つとしたら、主帝が必要になろう。じゃが、我々はそのような事を考えてはおらんのじゃ。」
「え・・・。」
静かに顔を上げたるりの目に、柔らかに微笑んでいる老婆の顔が映る。
「我々は、白の女神様からお嬢さんの話を聞いて、喜んでいるのじゃ。女神様が・・・白の女神様が候補者を立ててくれたことに。」
「白の女神様・・・。」
「そう。黒の女神様ではなく、白の女神様がるりを選んだ事を皆は喜んでいるのよ。」
不明確な言葉に、るりはきょとんとジェシカと老婆を見るしかない。
だが、二人は顔を見合わせ、にっこりと笑っている。
隣へと視線を移せば、ランゼフでさえも気が付いたように小さく頷いている状態だ。
「白の女神様がお選びになった巫女様はね。今まで、誰もがとても素晴らしい世界を創ってくれたの。」
「その生を全うするまで、主帝と共にこの世界を守り続けてくれた。」
「・・・。」
一冊の本をテーブルへと置いたジェシカは、そのページをめくり、大きな挿絵のページを指さした。
「最初の巫女様も、白の女神様が見つけてくれた方。黒の女神様だって悪い方ではないのよ!でも、白の女神様特有のお力があるから、その人達は素晴らしい巫女様になるってことがあるの。」
「白の女神様が?」
しっかりとうなずいたジェシカは、るりにその本を向ける。
黒い髪の女性と銀色の髪の男性が手をつなぎ、その上空を白い翼の生えた天使のような存在が飛び交っている。
近くにいる人々の中には、上空を舞う天使と同じ格好をした黒い天使が描かれていた。
「白の女神様は人々の優しさや愛を司るの。幸せや祈り、それらを持っていらっしゃるから、白の女神様は自分と同じ属性の巫女様を探すの。」
「え・・・。」
「黒の女神は強い意思と正義感。秩序そして相手との協調を司っている方だ。黒の女神が選ぶ巫女は、人々の上に凛として光臨し、荒廃する者達を叱咤する。そして秩序を乱す者を許さない屈強な国を御造りになるのだ。」
ジェシカとハージェントの言葉を静かに聞いたるりは、どうという表情も出来ずに、老婆の方へと視線を向けた。
相変わらず、彼女は穏やかに微笑んでいる。
「白の女神様が此処に来られた時に仰っておったわ。素敵な巫女の卵を見つけたと。」
「それが、わ、私?」
「えぇそうよ。」
慌てふためいたるりは、思わず首にかけた鍵に手を当てる。
薄らと発光した光に驚き、自ずと部屋を見回してしまう。
ふいに視線の先に白い物が動き、るりはぴくりと肩を揺らした。
「自分では気が付いていないのでしょうけれど。貴女はとっても優しくてとっても仲間思いの子なのよ。るり。」
「女神・・・さま。」
驚きもしないジェシカとハージェントを気にしつつ、るりは視界に突如として現れた白の女神に驚く。
隣ではため息が聞こえ、ランゼフが苦々しげに彼女を見ているのに気が付いた。
「さぁ、しっかりお話をしなくてはいけないわね。」
白の女神は老婆の背後に立つと、穏やかに微笑んだ。