爆音と共に壁が崩壊し、一斉に人が中に押し寄せる。
「気を抜くなっ!お嬢様を探せっ!」
「敵がくるぞっ!」
怒涛のような人々の声に合わせて、あちらこちらで魔法陣が形成され、業火や爆発音が響く。
その中をぬうように黒いローブが宙を舞い、雄叫びを上げて人々へと降下してゆくのが見えた。
「下がれっ!」
「坊ちゃまっ!」
片手に長杖を抱えた青年が、茶色の髪を風に煽られながら仲間達を後ろに下がらせる。
自分の後方へと人々が移動したや否や、彼の手から氷の槍が飛び交いバケモノ達へと突き進む。
奇怪な悲鳴をあげて地面へと落ちてきたバケモノ達は、地面に吸い込まれるように姿を消していった。
「どうだ。見つかったか?」
「それが・・・。」
辺りに白い光の蝶を漂わせながら、青年は奥から戻ってきた者達に声をかける。
しかし彼らは表情を曇らせ、困惑した顔で青年を見た。
「この先に気配はしているのですが・・・敵も相当な術をはびこらせているようで・・・」
「やはりか。」
白いローブをなびかせた青年は、後方に佇む水色の髪の青年へと視線を向ける。
視線を向けられた青年は、眼をしっかりと閉じた状態で両手に淡い緑色の魔法陣を出現させていた。
「っちっ!」
「坊ちゃんっ!」
緑の輝きが一瞬強くなった途端、魔法陣が音を立てて消え去る。
片手を押さえた水色の髪の青年に、周りの者達が一斉に声をかけた。
震える手の先からは血が滴れており、青年は苦々しげに地面を見ている。
「この場所だっていうのはわかる。でも・・・。くそっ」
「・・・無理をするな。」
苛立った青年の声を押さえる様に、茶色の髪の青年が彼の手へと長杖を傾ける。
柔らかな白い光が手を包み込むと、滴れていた血が止まった。
「悪い・・・アルス兄さん。」
「気にするな。グレイ。」
破れた袖を引きちぎり、グレイと呼ばれた水色の髪の青年は、茶色の髪の青年アルスにうなずく。
空はだんだんと日が傾き、目の前に広がる景色を更に不気味にさせてきていた。
「ミチルの気配は感じられる。・・・嫌な話だがまだ息はある。」
「・・・俺達の力でも駄目なのか?」
「・・・。」
グレイは苦々しげに壁を殴り、歯を食いしばって声をあげる。
そんな彼を見た周りの者達も彼と同じように顔をひきつらせた。
崩れかけた城壁を見て、アルスが長杖をしっかりと握り腕をふるわせて怒りを露わにする。
「我々はまだ行けます!」
「行きましょうっ!」
「・・・それはならん。」
「坊ちゃまっ!」
周りの者達が感化されてアルスへと言葉をかけるが、彼は静かに彼らの提案を断った。
まわりからは悲痛な声が聞こえ、地団駄を踏む者達もいる状態だ。
「日が傾いてしまえば、我々の力は弱まる・・・。魔族や母上たちのお力もない以上・・・これ以上先に進むことは・・・私は承諾できない。」
「アルス兄さん。」
「・・・・坊ちゃま・・・。」
苦々しげに暗闇を見つめたアルスは、まわりに集まる者達に指示を出し始める。
皆が声をひきつらせ、彼の指示に従って崩れた城壁から離れてゆく。
しかし、誰もがその言葉に納得がいかないのか、顔をしかめていた。
とはいえ、アルスの意見に逆らう者はいない状態である。
「アルス様もお辛いんだ・・・。一番つらいのは坊ちゃまとグレイ様なんだ・・・。」
「くそうっ・・・!」
「こんな卑怯な手を使いやがって!」
後方へと下がっていく者たちは皆同様に同じような言葉を吐き捨てる。
それは見えぬ敵に対しての怒りの言葉ばかりで、誰もがアルスに対する不満を言っていない。
彼の判断が最善だという事を、嫌でも皆がわかっている証拠だ。
荒廃した城へと続く道へと戻った者達は、背後に佇む崩れかけた城を見上げてそれらを睨みあげる。
マントをひるがえしてアルスの後をついてきたグレイは、ふいにその城へと振り返った。
「とどけ・・・俺達がきたことだけでも・・・」
「グレイ・・・。」
宙に魔法陣を描いたグレイは、手を動かしてそれらを変化させる。
小さな白い蝶へと変わった魔法陣は、薄暗い城内へと吸い込まれるように入ってゆく。
「坊ちゃまっ!坊ちゃん!大魔女様からご連絡がっ!」
「・・・母上から?」
馬に乗り大急ぎで駆けてきた者達が、グレイとアルスの方へと息を荒げて駆けてくる。
彼は勢いよく馬から降りると、二人に一つの用紙を手渡した。
「っっ!」
「グレイ兄さんっ!これってっ!」
用紙に書かれた言葉を見たグレイは、アルスの顔を見て微笑む。
アルスは彼を見てしっかりとうなずくと、片腕を大きく上げた。
「全員!屋敷に戻るぞっ!・・・我々に女神は微笑んだっ!」
一瞬にして辺りがざわつき、アルスへと視線が注がれる。
「次は絶対に成功させる・・・。絶対にだっ。」
彼は緑色の目を細めると、背後にそびえ立つ荒廃した廃城を睨みつけた。
――
真っ白なドレスをなびかせ、白の女神は穏やかに微笑む。
同じような情景を雪の屋敷で経験したるりだったが、何故か背筋を伸ばしたくなるほどの緊張感に襲われる。
「やっぱり、るりは此処に来てくれると思っていたの。」
「あの・・・でも、私は巫女様になるって決めたわけじゃなくて・・・」
「いいえいいえ。そんなことは気にしていないわ。」
困惑した表情で言うるりとは対照的に、女神はにこやかに笑う。
部屋にいる他の者達は彼女に動揺していないのか、二人の顔を交互に見ているだけだ。
「女神様。お久しぶりだね。」
「えぇえぇ。竜の里にくるのはいつぶりだったかしら?」
「・・・二週間くらい前に来られています。」
「あら。そうだったかしら。」
ハージェントの言葉に驚いた女神は、ふわりと動きジェシカの隣に腰をかけた。
ジェシカと白の女神は顔を合わせると、どちらかと言う訳でもなく微笑みあっている。
「さて。お話をまたしましょう。るり。」
「は、はい。」
何が楽しいのかはわからないが、白の女神は手を合わせてるりの顔をじっと見つめた。
心なしか、笑っているように見えて、実際彼女は笑っていないのではないか?とるりは考えてしまう。
不自然な程の笑顔だ。
「私が嬉しいのは、貴女がちゃんと鍵をもってこの地に来てくれた事。私と私の姉妹が大切に育てたこの世界に貴女が来てくれたこと。・・・鍵を捨てずに持っていてくれてありがとう。」
「いえ・・・。私にとっては、お守りだったので。」
目の前に広がる地図と変わりない形をしている赤い鍵に手を置いたるりは、白の女神に小さく微笑む。
女神は目を細めて笑い返すと、地図へと手を伸ばした。
そして、手の先で禍々しい形をした駒をつつく。
「貴女が手にしたその鍵は、これからの道のりでとても大事な役割を何度も担うモノ。この世界を汚すケダモノに制裁を与え、水を作ることができなくなった宝珠を目覚めさせるために使い・・・そして・・・。」
軽い音を立てて駒が倒れ、地図に模様が浮き上がる。
その模様はユウからもらった白い魔術の地図にも同じものが浮かび上がってきていた。
「目覚めてはならない者を止め、二つの世界を正常な状態へと導くために必要な物よ。」
「・・・。」
王都の位置を示した地図に、白と黒の模様が浮かぶ。
まるで地図を小さくしたかのような同じ形をした模様は、王都の上にゆっくりと十字架を刺したかのように立っている。
その下には禍々しい駒があり、それを突き刺しているようだ。
「でもね。それには貴女の意思がどちらに向かっているかによって、最後は変わってしまうの。」
「・・・それは・・・」
女神が言わんとしようとしている言葉に気が付き、るりは言葉を詰まらせてしまう。
静かに話を聞いていた老婆や、ハージェント達の視線がるりへと向けられているのが痛い程に彼女は感じる。
「・・・私が巫女様にならないと達成できない事・・・ですか?」
意を決して白の女神に視線を向けたるりは、彼女が先とは違った表情を浮かべているのに気が付く。
凛とした表情、微笑んでいた口元は固く閉じられ、その目先は鋭い。
出来る事なら何もなかったと言わんばかり、この場から駆けだして逃げたいほどの威圧感を感じる。
「そうよ。・・・貴女が次の巫女になり、そして・・・想い人を主帝として迎えなければ・・・二つの世界はずっと混沌のまま。」
「まって!・・・他にも候補者はいるんだろう?最後の部分については、他の候補者だってできるはずだっ!」
「ランちゃん。」
何故か声を荒げたランゼフに、るりは思わず彼女の顔を見つめる。
珍しく目は泳いだように揺らいでおり、手は少しばかり震えているのがるりでさえもわかった。
何より、白の女神を睨みつけるランゼフは、理解できないと言わんばかりに声を荒げているのだ。
「私の大切な姉妹が選んだ候補者さんたちはね・・・」
視線を落した白の女神は手を少しだけ動かすと、テーブルの上の地図に更に模様を浮かび上がらせる。
それらに絶句した老婆が、息を飲むのをるりは見てしまった。
点々と散らばった黒いマークが、一つ一つ赤い印で消されてゆく。
赤い印へと変わった場所に禍々しい駒が浮かび上がり、同時に黒い印は後を消していった。
「ごらんなさい。・・・あと一つだけしかないの。」
「うそ・・・だろ?」
唖然と立ち尽くしたランゼフは、震える手で地図を指さす。
そこには今にも消え入りそうな黒いマークが一つだけ揺らいでいる。
各地に点々としていた黒いマークは無くなり、変わりに禍々しい魔物を模した印が浮かび上がっていた。
「下衆な輩じゃ。死してもなおも、この世界を我が物に戻そうとしているのじゃよ・・・。」
「神聖なる女神が選んだモノでさえも、消し去る奴らだ。」
「・・・ひどい。」
女神がため息をつき、勢いの無くなったランゼフを見る。
ランゼフは椅子に座りこむと、何も言わずただじっと地図を見つめた。
「私も私の姉妹も、誰が巫女になっても良い者を選んだわ。・・・でも、彼女は私よりも先に劣悪なる者達に目を付けられていた。結果として、あの子が心を込めて選んだ子たちは、意思半ばにしてこの世を去ってしまった・・・」
「・・・。」
表情を曇らせた白の女神は、何も言わないるりへと目を向ける。
るりは恐怖にも困惑にも取れる様な重々しい空気に押しつぶされそうになっており、息をするだけで精一杯になっていた。
何か喋らなくてはならないと思っても、目の前の地図上で起こった事を考えて悲鳴を上げそうになる。
“自分がいつこのような事になるか”考えてしまっているのだ。
「私は、現世に直ぐに行ったわ。嫌な者達に見つかる前に、隠れて育てられる巫女の卵を探した。・・・そして・・・」
白い手が動き、テーブルの上で震えていたるりの手を握る。
はっとした表情でるりは女神の顔を見上げた。
その顔は酷く穏やかで、痛々しくも感じる。
「貴女に出会ったのよ。るり。」
「でも・・・」
「え?」
震える声で出た言葉に、るりは自分でも嫌になってしまう。
「私に、そんな資格があるんですか?」
「・・・・。」
思った言葉だったとはいえ、この状況で発するような発言ではないとふいに思ったが遅かった。
酷く醜い言葉にるり自身が嫌になり、今の言葉はなかったことにしてくれと言いたくなる。
だが、女神は首を横に振る。
「貴女には十分素質があるわ。なる資格はある。・・・それは、貴女の周りの人たちがわかってくれているはずよ。」
「・・・っ・・・。」
突然瞳から涙を流した女神に、るりは目を見開く。
声さえも息もできない程になり、必死に言葉を探すが見つからない。
白の女神は手に持ったるりの手のひらを自らの額に当てて、静かに瞳を閉じた。
ぽたぽたと音を立ててテーブルに彼女の涙が落ちてゆく。
とっさにジェシカが自らのハンカチを手に持つが、白の女神はゆっくりと首を横に振った。
「貴女はとっても頑張り屋さん。自分がやらないといけないと、自分がしっかりしないといけないと・・・この鍵を持つ前からずっと思っていたでしょう。」
「そ、そんなことっ・・・。」
「誰にも迷惑をかけてはいけない。でも、皆には幸せになってもらいたい。素敵な世界になってほしい。あぁ・・・あぁ・・・貴女の中からたくさんの言葉が出てくるのよ。」
「っ・・・うっ・・・。」
穏やかな声とは対照的に、るりの瞳からも涙があふれてくる。
慌てふためいたジェシカの顔と、ランゼフの息を飲むような声が聞こえたが、るりはその声に答えられない。
「貴女はとっても優しい子。・・・だから私は選んだ。貴女に・・・貴女の世界と私達の世界を託した。」
「あっ・・・っっ!でもっ・・・私にはっ!そんなっ・・・っ!」
上手く言葉が出ないるりは、嗚咽交じりに白の女神へと言葉をぶつける事しかできない。
色々な思いが頭の中を巡ってゆき、それらは形を作ることもなく消えてゆく。
暖かい思いが手のひらを通じて流れ込み、今まで思い詰めていた様々な思いが弾けては涙となって落ちてゆく。
誰かに伝えたかった自分の思いがあふれ出してゆき、どうしてよいか考えるよりも早くそれは悲鳴のように出て行った。
泣き崩れ、その場で声も無く震えだしたるりへと、ジェシカは思い立ったように立ち上がって背中から抱き着く。
「大丈夫だよっ!るりには私がいるわっ!ランちゃんだって、ハジさんだっておばば様だって!るりの味方なのよっ。」
「っ・・・!」
悲鳴のような声をあげて、ジェシカはるりにすがるように言葉をかける。
白の女神から手を離したるりは、小さく何度もうなずくが、顔から手を離すことができない。
「どういっていいのか・・・わからないよ。でも、ボクは・・・」
震えているランゼフの声を耳に聞き、るりはそれでも手を離すことができない。
「ボクは、どんなことになっても、るりのそばにいるから。」
るりの服を握ったランゼフは、ぽつりと小さく呟く。
ランゼフの言葉に頷いたるりは、手で涙を拭きながらゆっくりと顔を覆っていた手を遠のける。
よく見れば、窓から夕焼けが入り込んでおり、白の女神が鮮やかなオレンジ色を湛えているのが見えた。
穏やかに微笑む老婆が、ゆっくりとうなずく。
「貴女にはもう仲間ができているわ。大丈夫よ。私達も貴女をこれからも見守ってゆくから。」
乱れたるりの髪を撫でた女神は、瞳から流れた涙を指ですくうとにっこりとほほ笑む。
「私達と共に行きましょう。るり。」
「・・・。」
ジェシカからハンカチを手渡され、るりは小さく礼を言うとそれを借りて涙をふく。
大きく深呼吸をしたるりは、ランゼフとジェシカの顔を見る。
そして目の前で微笑む白の女神へと視線を変えた。
「まだ、何とも言えない事が多いです。・・・でも・・・」
自分を落ち着かせるように何度も深呼吸をしながら、るりは喋り続ける。
「この前みたいなバケモノ達が、桜丘市に出るのは嫌です。友達や仲間達が危険な目に合うのも嫌です。・・・だから・・・」
ぼんやりと発光した鍵を握り、るりは凛とした瞳で答える。
「私にできることなら、頑張ってみます。」
「嬉しいわ。るり。」
「おぉ・・・。」
しっかりとした口調で答えたるりに、白の女神と老婆は嬉しそうに声を発する。
傍らで見守っていたハージェントも頷き、それにつられるようにるりは彼を見て頷いた。
――
星の見える空を見上げつつ、るりは静かになった街を歩く。
ぼんやりとした街灯を頼りに、街の外れまで歩いてゆくと、その先に広がる森を見つめた。
「一人で出歩くのは危険だぞ。」
「あ・・・す、すみません。」
カンテラのような物を持って、後方からハージェントが声をかける。
苦笑いを浮かべたるりは、急いで彼の方へと走って行った。
「ジェシカちゃんは先に寝ちゃってるみたいで。ランちゃんも、部屋にこもっていて・・・声はかけたんですけど。」
「そうか。」
噴水の音が静かに響く道を歩き、るりは何を話したものかと彼の顔を何度も見上げた。
「昼間の件は、女神が強引に決めてしまったように感じたが・・・大丈夫なのか?」
「えっ。」
自宅の軒先にカンテラを立てかけたハージェントは、おもむろにるりに向かって質問する。
片腕だけでテキパキと作業をする彼を見ながら、るりは顔をしかめて考えだした。
白の女神に色々な話を聞き、そしてジェシカからおばば様と呼ばれている老婆からある程度のこの世界の話をあれから聞いたが、それでもるりの答えは変わらなかった。
どうして、そのような結論を出すことができたのかは、その時の自分しか分からないように感じている。
とはいえ、今でも“世界を救う”という考えは変わっていない。
「言葉で言い現せないんですけど。でも・・・出来るなら、私がやりたいって思ったんです。」
「ふむ。」
ハージェントにつられ家の中へと入ったるりは、彼に手招かれるままにソファへと腰をかける。
壁にかけられた魔石を少しだけハージェントがつつくと、ぼんやりとした明かりが部屋の中に広がった。
「向こうの世界でバケモノ達が暴れていた時。私は友達や学校の同級生に守られてばかりで・・・自分でもなんとかしたいのに・・・って思ったんです。でも、どうしていいかわからなくて・・・」
「・・・。」
るりの向かい側に腰をかけたハージェントは、何をいう訳でもなく彼女の会話を聞きだす。
「そしたら、この鍵の事や私の力の事を知って・・・それで、その時は成り行き的に使えて・・・。」
「そうか。」
まとまりのない話をしている事にるり自身が困惑してしまい、ハージェントの相槌と共にそれ以上言おうとしていた言葉が見つからなくなってしまう。
あれもこれもと彼に言いたくなってゆくが、それをどうやって筋道を立てたらよい物かと考えると、言葉としてハージェントに伝えることは難しいのかもしれないとしり込みしてしまった。
何も言わなくなったるりを見て、ハージェントが静かに目を閉じた。
「昔話を一つしよう。」
「え・・・。」
「まぁ。眠る前の話だと思って聞いてくれ。」
「・・・はい。」
静かに言葉を発した彼は、立ち上がると羽織っていた長いマントをチェストの上に置いた。
今日一日で彼の姿はずっと見てきたるりだったが、彼がマントを脱ぐのは初めて見る
「・・・は、ハージェントさん・・あ・・あの・・・」
るりは目を見開き、彼が何故“片腕だけをマントから出していた”のかその時初めて理解する。
獣の爪で造られた留め具の下には腕があるはずの場所に何もなく、ぽっかりとした空白が広がっていた。
「ある日突然、この里に災いが降ってきた。それらは街を焼き払い、仲間達を連れ去り時に命を奪っていった。・・・この街の長は災いと戦うために皆と共に空へと飛び立ったが・・・災いの元凶である者に・・・いとも簡単に命を奪われてしまった。」
「・・・。」
同じ場所に腰をかけたハージェントは、更に続ける。
「長い年月の間、守られていた安息の地は壊されてしまい、それを守っていた長は居なくなった。変わりに彼の若い息子が仇を取らんと敵地へと一人向かっていった・・・だが・・・それはあまりに無謀だった。」
自嘲するかのように彼は小さく笑うと、ため息交じりに言葉を紡ぐ。
「敵地へと降り立った若者は業火のような攻撃を受け自らの片腕を無くし・・・そして、絶望を見た。・・・・・仲間が重たい鎖で繋がれ引きずられてゆく姿を無残に見つめ・・・悲鳴をあげて逃げ惑う子らを楽しげに命を奪い笑いあう敵を見て嘆いた。・・・・若者は残った腕を振り上げ歯を食いしばり怒りにまかせて叫んだ。・・・絶対に倒さねばならんと。その場で命を落としてでも仇を取らねばと・・・だが。」
テーブルに置かれた小さな魔石を指でつついたハージェントは、酷く穏やかな顔でるりを見る。
魔石はロウソクのようなぼんやりとした光を発しだした。
「お前には守るべき領地があるだろう。お前がここで命を落とす理由が見当たらん。帰って領地を守れ。そして美しい里を再建させろ。・・・男は赤い目で若者を叱咤し、迫りくるバケモノ達を蹴散らして言ったのだ。私にも守らねばならない領地がある。民がいる。妻や子がいる。だからこそ、共に生きぬかねばならない。例え人に後ろ指を指され、領地の外から愚かな者だと言われようとしても。それでも、民や同族を守る義務があるのだ。と。」
「・・・それって・・・。」
ふっとるりの口から言葉が発せられようとしたが、ハージェントは指を立ててその言葉を遮る。
唖然とした表情で彼を見たるりは、大人しく彼の話を聞く。
「若者はそのまま里へと戻り。荒れた街を再建する事だけに力を使う事にした。そして、自分を叱咤し導いてくれたあの者を助けねばならないと心に誓った。・・・それは今もかわらないことだ。」
「・・・。」
「どんなに後ろ指を指され、人に何を言われようとも、仲間や家族や同族を守る意思を曲げないその者は、今もその意思を変えようとしない。自分が裏切り者だと他種族から言われようとも、その者は気にもせずに領地やそして恩人である者達を守り続けているのだ。」
静かに微笑んだハージェントは、小さな魔石を台座の上に置くと、るりの目の前へと置く。
ゆらゆらと輝くその光は、心を落ち着かせるかのように静かにテーブルを照らしていた。
「仲間を失う事が一番の苦しみだ。・・・自分を守ってくれた者達が苦しむのも一番の絶望だ。」
「・・・。」
「だから私はお前の意思を尊重する。仲間を助けたいという思いで動こうとするお前の意思は、決して曲げてはならぬ。」
「ハージェントさん。」
ゆっくりとソファから立ち上がったハージェントは、自室の方へと歩いてゆく。
壁にかけられた魔石を彼がつつくと、部屋の中を照らしていた光が、るりの前でたゆたう小さな光だけになった。
「・・・明日からはハジとでも呼んでくれ。・・・皆からはそう呼ばれている。・・・お前とはもう仲間だと私は思っている。」
「・・・は、はい。」
片腕で自室の扉を開けたハージェントは、勢いよく答えたるりに静かにというように指を立てる。
「この街は安全だが、あまり遠くに行くな。それと・・・遅くまで起きていると体力が回復しないぞ。るり。」
「・・・・はい。」
小さく笑ったハージェントは、そのまま何をいう訳でもなく自室の扉を閉めて姿を消す。
その場に残されたるりは、静かに玄関の扉を開けると、外へと出る。
先よりも静まり返ってきた街並みを見ながら、石造りの噴水へと近づいてゆく。
ゆっくりと噴水の台座に座り、また空を見上げた。
真っ暗な夜空の中に、幾つもの星が今にも振ってきそうな程輝いている。
頭の中でハージェントの話を思いだし、そして昼間別れたユウや城の女神の姿を順に思い浮かべた。
皆が同じように微笑み、そして暖かな言葉をかけてくれる。
言葉として相手に伝える事が苦手なるりの思いを丸で代弁するかのように話をしてくれた城の女神を思い出し、じんわりと胸のあたりが温かみを覚えてゆく。
「また。会えるかなぁ。」
誰にいう訳でもなくるりは空に向かって呟く。
昼間に会った魔族の長という男を思いだし、その姿がだんだんと知っている人物へと重なっていった。
同じ色の青い髪をなびかせ、太刀を構えた青年の姿を思いだし思わず手を胸へと当てる。
「会えたら何を話そうか。」
「昔の事を聞いてみようかな。」
「それとも・・・」
背後で静かに流れる噴水の音にまぎれる様に、るりは小さく声を発する。
「私の気持ち、伝えてみようかな。」
恐らく通ってきたであろう石畳の道を見つめ、その先に広がる森へと視線を移す。
その先にいるであろう人物の姿を思い浮かべながら、るりは星空を見つめて微笑んだ。
――
清々しい程の青空が広がる中で、大きくジェシカは背伸びをした。
肩から下げた鞄の中には、何やら色々な物が入っている。
「若。お気をつけて。」
「すまないな。しばらくの間、里を頼んだ。」
「任せてください。」
竜の里の人々がハージェントを囲み何やら話をしているのを見て、るりはそちらをじっと見つめる。
時折人々の視線がるりの方へと向けられるが、その度に彼らは穏やかに微笑んでいた。
「るり、昨日はちゃんと寝れた?」
「え。うん。しっかり眠れたよ。」
「よかった。」
にっこりとほほ笑んだジェシカは、るりの肩を叩くと傍らでコンソールを睨みつけているランゼフを背中から覗き込んだ。
「難しい言葉がいっぱいだね。」
「・・・そう?」
「うん。」
目を点にして見つめているジェシカに、ランゼフは苦笑いを浮かべる。
そんな二人に思わずるりは小さく笑ってしまった。
出会ってから殆ど時間は経っていないはずだが、二人はとても仲良さそうに会話をしている。
朝食時にも何やらチグハグはしていたが、和やかに会話をしていたようにるりは感じていた。
「道中。色々な事があるかと思うが・・・気を付けてゆくのじゃぞ。」
「・・・はい。ありがとうございます。」
「無理をせずに・・・な。」
「はい。」
るりの傍らに立った昨日の老婆が、彼女の手を優しく握ると微笑む。
暖かな彼女の手に、るりはしっかりと握り返すと同じように顔を綻ばせて老婆を見つめた。
「行こう。この先で待ち人がいるはずだ。」
「は、はい。」
「レッツゴーだね!」
里の者達と一通り話をしたハージェントが、マントをひるがえしてるり達の方へと歩み寄ってくる。
振り返れば、子供たちが大きく手を振っているのが視線に入った。
るりはジェシカと共に、答える様に手を振る。
「お嬢さん。無理をせずにねっ!」
「何かあったら里に戻ってくるんだぞっ!」
「お気をつけてっ!」
声を大にして後方からるり達を励ます声が響きわたってきた。
その一つ一つの言葉に背中を押されるように、るりは頭を下げて別れの挨拶を彼らに向かってする。
「みんな、るりのこと心配していたよ。無茶はしちゃダメだよって。」
「そうなんだ・・・。」
「昨日の無茶苦茶な攻撃は、ただでさえ派手だったからね。ここまで光が見えたんじゃない?」
「う・・・。」
前方を見つめながらぽつりと喋ったランゼフの言葉に、るりは刺されたように顔をひきつらせた。
思い出そうとすれば、何故あそこまで無茶をしたのかと思ってしまう程である。
「これから気を付けてゆけばいいだろう。」
「あ。ハジさん優しいっ!」
「・・・でなければ、自滅するだけだぞ、るり。」
「・・・はい。」
「ハジさん。厳しい・・・。」
しゅんと小さくなったるりを見て、ジェシカは困った表情を向ける。
ちらりと彼女たちの方を振り返ったハージェントは、前方に見えてきた街道を指さした。
「この先は魔道士が収める領地だ。」
「白の女神が言うには、先で待っている者に話を聞いて。まずは、その問題を解決しろって言ってたね。」
「そうだったね。」
昨日の事を思いだし、るりは脳裏に凛とした表情の白の女神を思い浮かべる。
彼女と様々な話をした結果、まずは目先の問題を解決する。ということに専念するよう促され、今に至っていた。
先に白の女神が話を通してあるという者に会い、そこで話を聞いて行動に移す。という手はずになっている。
神出鬼没の女神たちは、昨日の一件で“誰にでも会えるが、何処で会えるか分からない存在”とこの世界ではなっているのだという事をるりは聞かされていた。
どう言った経緯で彼女たちが現れるのかは、皇帝でもわからないらしい。
「そういえば、こちらの方向に・・・黒いマークがあったような。」
「・・・え。そうだった?」
「う、うん。」
鞄に下げられたエメラルド色の魔石を動かし、るりはおもむろに地図を出現させる。
前方を歩いていたランゼフとハージェントも止まり、その地図へと近寄ってゆく。
淡い白い線で描かれた世界地図に、幾つかのマークが現れる。
その中に一つだけ、小さな黒いマークが浮かび上がった。
「ホントだ・・・これ・・・。」
「つまり、もしかすると・・・今回の件は・・・」
時折その黒いマークは薄らと消え入りそうな色合いになり、今にも赤いマークがつきそうである。
その意味を考えたるりは、少し手が震えてきた。
「とりあえず行ってみよう。話はそれからだよ。」
「そう、だね。」
ランゼフが進行方向へと指をさすと、そこには一人の人物がこちらの方へと駆けてくるのが見えた。