桜丘市第一中学校。
“桜丘市”にある中学校の中では、一番古い歴史を持っている。
中高一貫制度を取り入れており、多くの生徒はそのまま“桜丘高校”へと繰り上がる仕組みだ。
オフィスビル街間に位置する校舎は、昔から場所を移していないこともあり、周りはすっかり都市開発によって高いビルで囲まれている。
それでも、その歴史を守ろうと、廃校や他の中学校と合併することはない。
グラウンドや体育館など、一通りの設備もしっかりと整っており、学生が不自由な生活を送ることはなかった。
新しい年度を迎え、始業式を向けた桜丘第一中学校の門は、学生であふれていた。
貼りだされた名簿を見上げて、二年生は下駄箱近くで騒いでいる。
その横では、二年生よりクラス編成が変わらない三年生が静かに教室へと向かって行っていた。
廊下のいたるところで、久しぶりに会う学友たちとたわいもない話をしている生徒が多い。
「うわぁぁ・・・。これはこれは・・・。」
とある三年生の教室で、一人の少年の嘆く声が響く。
彼の名前は“星 流星”。
絶望した表情の中で、自分の席を見つけた流星は、辺りを恐る恐る見渡す。
「流星・・・。お前さぁ・・・」
「奈美ちゃんに聞かれたら、ホント、ヤバイから・・・。」
「お。おう。」
流星の隣で二人の少年が、ぼそぼそと小声で彼をとがめている。
少し髪が長い“光丘 光士”は、流星と同じように息をひそめるかのように周りを見ていた。
その横で“黒川 翼”が、二人を見て苦笑いを浮かべている。
流星は荷物をすっと机にかけると、横の席に貼られた名前をおずおずと見ている。
そこに書かれているのは、彼の幼馴染の名前だった。
「これは運命というやつでは?」
「はっ。りゅ、流くん。じつは・・・。」
「ちょ、お前ら。やめろ!んな恐ろしいこと言うな!」
茶化すような光士と翼の言葉に、思わず流星は声を荒げてしまう。
教室の入り口でしゃべっていた学生たちが振り返り、流星はくるりと向きを変えた。
「笑えない冗談はやめてくれ・・・。」
二人の肩に手をまわした流星は、うなるように呟く。
相当ご立腹の様だ。
光士と翼の二人は、苦笑いをしつつも首を縦に振る。
「いいか?三年生の記念すべき一学期。このような由々しき事態に陥っている俺を、慰めるのが本当の友情というやつで・・・・」
「へぇ・・・。何が由々しき事態なの?」
「そりゃぁもう・・・お隣様があの恐怖の塊のな・・・・。」
いきなり後ろから声が聞こえたと思うと、流星は何も考えずにその声に反応する。
声の主が誰か解った翼と光士は、互いに顔を見合わせると、すっと流星から離れた。
遅れて、流星の顔が引きつり、ゆっくりと振り返る。
「誰が、恐怖のなんですって?」
「ひっ!!」
部活で愛用しているテニスラケットを床に立て、“飛勇 奈美”がにっこりと笑っている。
しかし、目は完全に笑っていない。
流星の顔から血の気が無くなり、眼が泳ぎだす。
「あたしだってね!!あんたの隣だなんて最悪よ!!授業とか、最悪じゃない??」
「すみません。すみません。許してください。」
「はっ?!!こっちが悪いみたいじゃない?!!」
「ちょ、ちょっと奈美ちゃん。落ち着いてっ。」
今にも殴りかかりそうな奈美に、翼が手をあげて止めようとする。
怒らせる原因を作った流星は、光士を盾にして震えていた。
情けない。と付け足して、奈美は大きくため息をつく。
「朝からみんな、元気だね。」
「あ。雪ちゃん・・・。」
「っっっ!!」
そんな4人の成り行きを見ていた“武藤 雪”が、クスクスと笑いながら奈美の後ろから顔をのぞかせた。
雪の姿を見つけた流星は、はっとしたように光士をつき飛ばす。
「おはよう雪ちゃん。元気だった?!」
「流星くんもおはよう。相変わらず、元気だね。」
「そりゃぁ、元気だけで生きているような男だからね・・・。」
「・・・奈美・・・ひどい。」
格好をつけようとした流星の思いを打ち砕くように、奈美が鋭い突っ込みを入れる。
肩を震わせて笑った雪を見て、流星は奈美を静かににらんだ。
机にぶつかった光士は、翼の助けを受けながら立ち上がっている。
教室には生徒たちが集まりだし、かなり賑やかな声が響いていた。
思い思いに春休みの話やら、たわいない話をしている。
「そういえば、転校生が来るみたいだね。」
「え。そうなの?」
「そうそう。今朝ね、先生たちが話しているのを聞いちゃったの。」
流星の前に座った女子生徒が、友人と話をし始める。
「あの席じゃないかな?」
「あ。ほんとだ。」
会話を聞いていた光士が、女子生徒たちに声をかけ流星が座る席の後方を指差す。
そこには見慣れない女子生徒の名前が貼られ、何人かの生徒が机を見ていた。
「転校生の女の子に迷惑かけないようにね。流星さん。」
「へいへーい。わかってますよ。奈美せんせー。」
むすっとした表情で答えた流星を見て、奈美も睨みつける。
二人のやり取りを後で見ていた翼は、思わずため息をついていた。
間もなくして、始業のチャイムが部屋全体に鳴り響く。
ざわざわとしつつも、生徒たちが自分の席へと着きだした。
勢いよく入り口の扉を開けて、堅のいい男性が入ってくる。
「よし、みんな席に付いてるな!!」
「げっ。担任は賢三先生かよ!」
「まじかぁ!」
無駄に大きな声をあげながら、賢三が黒板に文字を書いてゆく。
あまりに筆圧が強いのか、チョークがガリガリと音を立てていた。
「今日からこのクラスの担任になった体育担当の賢三だ!いいな!わかってるな!元気に行くぞ!」
何人かの生徒がその大きな声に困惑し、落胆の声をあげている。
しかし、そんな声にもお構いなしで、賢三は話を続けた。
彼は大きく頷くと、黒板に書いた自分の名前を消し、別の名前を書いてゆく。
濃すぎるほどの筆圧で、“夢郷 るり”と賢三は書き終えると、全員の顔を見わたした。
数人の生徒がざわつきはじめ、流星の後ろの席を振り返る者もいる。
「 “むきょうるり”さんだ。両親の転勤で、この春から桜丘に引っ越してきた。この市内についてはまだ知らない事が多いだろうから、色々と教えてあげてくれ。」
はーい。という生徒の声が聞こえると、賢三は大きく頷き、教室の入口へと向かう。
勢いよく扉をあけ放つと、廊下で待っていた“彼女”に声をかけた。
間もなくして、一人の少女が教室へと入る。
「じゃぁ、簡単に自己紹介をお願いしようか!」
「あ・・・えっと。」
教室中の視線が集まっていることに、“るり”は眼を泳がしてしまう。
しばらく、何かを言おうかとしていたが、ぽつりと小さな声でつぶやく。
「夢郷るりです。よろしくお願いします。・・・えっと・・・、父親の転勤で先日桜丘市に引っ越してきました。・・・あ、姉がこの市で暮らしていたので、と、とても興味があります・・・よろ、宜しくお願いします。」
最後の方は小さな声すぎたようで、教室の後ろ側の生徒は小首をかしげてしまう。
るりは地面を見たままで、前を向こうとしていなかった。
「・・・えーっと。じゃぁ・・・るりさんの席は星の後ろだったな。」
賢三に促されるように背中を押され、るりはおずおずと生徒の間を歩いてゆく。
興味津々に生徒たちの眼が姿を追うと、彼女はそそくさと席に座った。
「よぉーし。それじゃぁ、ホームルーム始めるぞー!」
るりが自分の席に座るのを見届けると、賢三がいびつな雰囲気を壊すかのように大きな声で話し出した。
――
休み時間になると、るりの周りには女子生徒が集まっており、彼女と話をしだしていた。
おずおずと答える彼女に対して、明るく話しかける生徒たちに、だんだんとるりも顔を上げだす。
「流くん。前の席なのに、なぁーんにも話しかけられないねー。」
「そのうち、星さん。邪魔です。とか言われちゃうんじゃないの?」
「んなこと言われねぇよ。」
桜の舞い散る校庭を窓辺で見ながら、流星はぼんやりと呟く。
翼と奈美が声をかけるが、反応はいまいちだ。
「あのさ・・・流くん・・・えっと、もしかしてだけど・・・。」
「・・・翼、お前もなんとなく・・・ “わかる”んじゃないのか?」
「・・・やっぱりか。」
「え・・・?」
流星は大きくため息をつくと、くるりと身体の向きを変えてるりの方を向く。
女子生徒たちに質問攻めにされながらも、彼女は嬉しそうに笑っていた。
その姿を見つつ、翼が腕を組んで難しい表情をする。
「ちょっと、何にもわかんないんだけど。」
「えっと・・・奈美ちゃんにはわからないかもだけど・・・。」
「ほっとけ、ほっとけ。奈美に話してもっぐえっ!!」
呆れたように鼻で笑った流星に、奈美の強烈な蹴りが入る。
腰を抑えて倒れこむと、彼は目の前で睨みつけている奈美に小さく謝った。
翼が流星を助け起こしながら、苦笑いする。
「 “先代様付き”のお前らからしたら、何か感じるのか?転校生に。」
「ほら!光士だって混乱してるじゃない!!さっさと答えなさいよ・・・でないと・・・」
「わかった。わかったから、やめて蹴らないで!死ぬ!!」
再度、戦闘態勢に入った奈美に、流星は悲痛な声をあげて翼の後ろに隠れる。
光士はやれやれと手を振ると、そばにあった椅子に座った。
「モヤモヤとした感じだけどさぁ・・・うちの“アレ”と似た感じがするんだよな。」
「うん。僕も、夢郷さんの傍から“魔力の塊”を感じるよ。」
「そうなんだ・・・。」
流星は翼と頷き合うと、るりの机にかかっている鞄を指差す。
光士と奈美は小首をかしげるだけだ。
「だとしたら、雪ちゃんなんて、モヤモヤどころじゃないじゃないの?」
「・・・うん・・・。恐らくだけど・・・。夢郷さんが教室に入ってきた時、雪ちゃんすごい驚いた顔してたし。」
翼は姿の見えない雪を思い浮かべているのか、更に困惑した表情をする。
その横では、流星が何故か驚いた表情をしていた。
「翼・・・」
「どうしたの、流くん?」
急に真剣な顔で肩を掴まれ、翼はまじまじと流星の顔を見た。
あまりに鋭い眼光だったため、光士と奈美の二人も流星をじっと見るしかない。
「お前の席がうらやましい。」
「そっちかよ!」
女子生徒とるりの笑い声に混じるように、光士の鋭い突っ込みが流星の頭を叩いた。
前のめりに倒れた流星は、声もなく震えている。
「まったく、馬鹿流は・・・。」
「あはは・・・流くんらしい・・・と思うけどなぁ。」
よろよろと立ち上がった流星を奈美が睨みながらも、助け起こす。
流星は何故か奈美に謝り続けていた。
「でもさ・・・ “この時期”だからこそ、警戒は怠らない方がいいかもしれないね。」
「 “この時期”?」
「うん。」
翼は小さく頷くと、自分の席へと戻って何かを机から出すと流星たちの元へと戻ってきた。
手には、綺麗な装飾が施された手紙が握られている。
「 “うちの実家”から、速達で届いたんだ。」
「へぇ~。翼の実家って“あちら”だったわよね?珍しくない?」
「うん。そうだね。あまり、“こちらには干渉しない”家柄なんだけど・・・。」
彼はためらうことなく流星に手紙を渡し、中を確認させる。
流星は頭を抑えながらも、内容をパラパラとめくって読み始めた。
「―ツバサ。元気ですか?父上も母上も元気に暮らしています。しかしながら、急を要する事が起こったので、手紙屋さんへ無理を言って“そちら”へ届けてもらいました。実を言うと・・・」
「流?」
「どうした?」
突然手紙を持ったまま制止した流星に、奈美と光士が不思議そうに彼の顔を覗き込む。
その顔は、驚きで震えているくらいだ。
「―世界に“終焉”が訪れました。―」
驚いた表情を浮かべる彼らの間に小さな沈黙が訪れる。
風に舞うように、桜の花びらが手紙の上に落ちた。
――
桜丘第一中学校。
その屋上に、一人の少女が立っていた。
入り口は固く閉じられているのにも関わらず、その女子生徒はたたずんでいる。
「お呼びだてしまって、申し訳ないわね。」
「いえ。そんなことありません。」
“雪”は閉じていた瞳をゆっくりと開けると、後方にいつの間にか立っていた女性へと振り返る。
黒い髪をポニーテールに結い、柔らかな色合いの着物を着た彼女は、雪と向かい合うように歩み寄った。
「小鳥先生。“事の次第”はどのような状態なのですか?」
優雅な動きで口元を覆った“小鳥”は、瞳を細めて雪を見た。
雪は真剣な顔つきで彼女を見つめる。
「・・・あら・・・。そこまで考察されていたの?」
「・・・はい。不確かではありますが。」
「そう・・・ねぇ。」
小鳥は口元から手を降ろすと、小さく小首をかしげる。
ざわざわと木々が音を立てながら、桜の花びらを舞い上げた。
それは彼女たちが立っている屋上にも舞ってくる。
「まずは、“先の終焉”から、状況は大変悪化しつつあるわ。“先代”は闇の化身へと変わり、今も活動をしているという報告が上がってきています。」
「・・・闇の化身。死してケダモノへと姿を変えた・・・ということでしょうか?」
「もしくは“崇拝する者たち”の仕業か・・・と。」
小鳥は舞い上がってきた花びらを指でつまむと、小さく息を吹きかける。
桃色の花びらは形を変えて、小さな蝶へとなって空へと消えてゆく。
雪はその蝶が彼方へ消えるまで見届けた。
「そこで“白の女神”が先手を打とうとしたようですね。彼女たちも今の状況が一刻も早く終結ことを望んでいますから。」
「先手・・・。あぁ、それで・・・。」
小鳥の言葉に弾かれるように、雪は眼を見開きはっと彼女を見る。
しかし、その表情は一瞬で困惑したものへと変わった。
「でも、どうして“彼女”が?・・・ “外部”から来た彼女に力を託すなど・・・。」
「そうね。外部・・・なのに。不思議だわ。」
穏やかな口調で話す小鳥だが、表情はとてもこわばっている。
彼女自身も、雪と同じ意見なのか、二人は無言のまま空を見上げた。
「とりあえずは、“我々”は様子を見ることにしているわ。もし・・・何か“悪いこと”が起こるようだったら、手を出すつもりよ。」
「・・・ “こちら側”は、父上から指示を貰うつもりです。」
「そうね。それがいいでしょう。・・・何か嫌な事がこちらで起こらなければいいのだけれど・・・。」
小鳥がつぶやくや否や、始業のチャイムが鳴り響く。
それに弾かれるようにして、二人は別々の方向へと向かった。
――
新しい一日目が終わり、るりは大きくため息をついた。
思った以上に多くの事があり、彼女はそれを処理することで精一杯だ。
登校前に感じていた不安感は消え去ってはいたが、心臓が妙に騒がしい。
「夢郷さん。明日、またお話きかせてね。」
「あ!う、うん。」
大きく手を振って教室を出てゆく生徒たち。
るりは弾かれたように立ち上がると、彼女たちに力なく手を振った。
彼女の表情はほころび、思わず椅子に座り込んでしまう。
「(これも、お守りのおかげかなぁ・・・?)」
生徒たちがほとんど帰った教室の中で、るりは自分の鞄を持ちあげて中身を見る。
書類やノートに隠れるように、キラリと赤い石が外の光を反射して輝いた。
不思議な少女から貰ったとはいえ、これほどまでに良いことが続くのだろうか。
るりは、初日から出来た交友関係にほっと胸をなでおろす。
「(とりあえずは・・・今までみたいに“ひとりぼっち”になることは・・・ないかな。)」
ふっと視線をあげてみると、前の席に座っている少年が、隣の女子生徒と会話をしているのが見えた。
彼らを囲むように、2人の男子生徒と女子生徒が会話をしている。
「あれ?えっと、夢郷さんは・・・帰らないの?」
「えっ?!」
自分の視線に気が付いたのか、髪の長い女子生徒がきょとんと小首をかしげる。
彼女に合わせるように、まわりの生徒たちもるりを見た。
思わぬ反応に驚き、るりは眼を泳がせてしまう。
「あ。もしよかったら、一緒に帰らない?」
「えっと・・・。」
「確か、商店街の先に家があるんだよね?」
「う。うん。」
「なんだ。俺らの家に近いじゃん。」
「・・・。」
知らなかったの?とツインテールの少女が、相当驚いたような声で反応する。
その反応が面白かったのか、他の男子生徒の二人が笑う。
あっけに囚われたるりは、彼らの顔を交互に見るしかない。
「どうかな?」
「・・・と、特にこれから予定もないから。大丈夫。」
「やったぁ!じゃぁ、決まりね!」
屈託のない笑みで答えられ、るりも思わず微笑む。
そんな彼女を見て、何故か長い髪の少女が悲しげな顔をした。
――
お互いの家族の事や自分の自己紹介を改めてしながら、るり達は商店街を歩いていた。
所々で、流星の名前を呼ぶ店主たちがおり、彼はその度に店先で足を止めている。
「流くん家はね、この先にあるお花屋さんなんだ。」
「そうなんだ・・・。」
鮮魚店の店先で何やら会話をしてきた流星は、手にビニール袋を持って戻ってくる。
「母さんが買ったらしいんだよ。俺が通ったら渡してくれって・・・。」
「お前近づくなよ?!臭いがつくだろ?」
「こんなんで臭いがつくかよ?!」
光士が嫌そうな顔をして、近寄ってくる流星から逃げてゆく。
そんな二人のやり取りを見て、思わずるりは笑ってしまった。
「うちはそこにある喫茶店なんだ。」
「奈美ちゃん家のケーキ、すごくお勧めだよ。」
「わぁ。素敵なお店・・・。」
古めかしい外見の喫茶店を指差して、奈美が照れくさそうに言う。
中では常連客なのか、こちらに手を振ってくる人が見えた。
「また、今度。休みの日とか家族と来てよ!じゃっ!」
「あ。うん!」
るり達に手を振った奈美は、喫茶店の横にある小さな玄関をくぐると、中へと消えてゆく。
しばらく外見を見ていたるりは、先に歩きだした雪と翼の後ろを追った。
得と言って学校で会話をした生徒たちと同じような会話を先ほどからしているのだが、何故か前を歩く二人や流星たちとの会話は、ほかの生徒たちとは感じ方が違っている。
それは、るり自身もよくわからない感情であり、言葉に言い表すことができない。
つい言葉に詰まってしまう話し方は変わらないが、不思議と初対面にも関わらずストレスをあまり感じないような気がしている。
「(気のせい・・・なのかな?)」
前方で魚の入った袋を持って光士を追いかけていた流星が、ぴたりと止まって一件の店へと消えてゆく。
やっと追いかけられなくなった光士は、その場で大きく肩で息をしている。
「あ。ここが、流くんのお家だよ。」
「フラワーショップホシ・・・。まんまだけどな。」
翼の言葉に続けて、喘鳴混じりに光士がぽつりとつぶやいた。
思わず光士の様子を見て、翼が苦笑いをしている。
「あら。光士くんたちもいたのね。・・・それと・・・。」
「・・・あ。」
花の入ったバケツを持ちながら、店の中から女性が姿を見せた。
彼女は見慣れないるりの顔を不思議そうに見ている。
るりの顔を見た女性は小首を何故かかしげると、彼女の鞄を見てきょとんとした表情でまたるりの顔を見た。
るりは、そんな彼女の仕草に気が付かず、おずおずと頭を下げる。
「転校生の夢郷るりちゃん。今日から、俺らのクラスに来たんだよ。」
「あぁ。そうだったのね!はじめまして。流星の母です。」
「えっと・・・!む、夢郷るりです。・・・よろしく、お願いします。」
流星の母がにっこりと笑うと、るりはかしこまって頭を下げる。
「市内なら配達もしているから、よかったら使ってね!」
「え。あ。は、はい。」
ひょうひょうとした動きで、流星の母が名刺を取りだすと、るりの手に乗せる。
るりは大事そうにそれを握ると、鞄の中へと入れ込む。
「そうだ。・・・はい。これ!」
「え・・・?」
思い立ったように動いた流星の母は、近くにあった小さな花束をるりの手に持たせる。
あっけらかんとした表情で、るりはその花束と彼女の顔を交互に見た。
「引っ越し祝い。それと、これから流星と仲良くしてあげてね。」
「え・・・あ。ありがとうございます。」
白い不織布に包まれた小さな花束だったが、色とりどりの花を見たるりは朗らかに笑う。
店の奥では、流星が何故か胸を張って大きく頷いていた。
――
商店街を過ぎると、光士と翼は別々の方向へと帰って行った。
何気ない会話を楽しんでいたが、るりにとってはどれも興味が沸く話ばかりで、時間が過ぎるのが早く感じた。
気が付けば空は茜色に染まり、遠くの空にはうっすらと月が見える。
「光士くんの家は、この桜丘市の市長さん。翼君は、訳あって親戚のお家で暮らしているの。」
「そうなんだ・・・!」
今まで呑気に隣で話していた少年が、この大きな市を束ねる家系の者だと知り、思わずるりは眼を見開いてしまう。
雪はそんな彼女の反応を見て、クスリと笑った。
「えっと。雪ちゃんのお家は・・・?」
「あぁ。私の家は、あっち。」
「え・・・。」
るりは雪が指さす方を見て、呆然とたたずんでしまう。
彼女が指を向けている方向には、市の堺にある大きな山があった。
桜の花で山のほとんどが桃色に染まっている。
「ほら。あそこに鳥居があるでしょ?その先にあるんだ。」
「・・・そう・・・なんだ。」
るりは、自分の家があまりにも一般的で、まわりの者たちが遠い存在に感じてしまう。
驚いて口数の少なくなったるりを気にしているのか、雪は困ったように咳払いをした。
「今度。休みの時に、家においでよ。・・・うーんと・・・まぁ、うちには剣道の道場ぐらいしかないけど・・・。」
「すごい!雪ちゃんの家って、なんだか・・・すごい。」
「そうかなぁ。」
変な家だよ?と雪は付け足すと、るりの前をゆっくりと歩いてゆく。
背丈は自分と同じくらいなのにも関わらず、目の前にいる雪を、るりは妙に大人びた人に感じた。
よく見れば、身体つきも大人っぽく見える。
しばらく話をしつつ歩いてゆくと、るりの足が止まった。
前を歩いていた雪も同じように止まる。
「私の家。こっちなんだ。」
「あ。そうか!・・・じゃぁ、ここまでだね。」
「うん。」
人通りの少ない十字路に差し掛かり、二人は向かい合うように立つ。
るりは手に持った花束と、雪の顔を交互に見るとにっこりと笑う。
そんな彼女に、雪はきょとんと小首をかしげた。
「今日は色々ありがとう。・・・えっと、また明日。学校で。」
「えぇ。また明日。」
普通の学生からしたら、本当に些細な日常の挨拶だろう。
しかし、今までのるりからしたら、この些細な事であっても特別に感じてしまった。
「(きっと。お守りのおかげ。・・・・明日、皆に話してみようかな。)」
雪が動くよりも先に、るりは小さな花束を持って歩きだす。
何件かの家を通り過ぎ、小さな公園へと差し掛かった。
あの不思議な少女と出会った場所だ。
「・・・?」
ふっと、誰かの視線を感じ、るりは足を止める。
振り返って後方を見るが、そこには車が通りすぎるのが見えただけだ。
雪の姿も無く、彼女も自宅の方へと帰って行ったようである。
るりの後方には誰の姿もなかった。
「気のせい?」
ぽつりとつぶやいたるりは、また前方をふりかえる。
と、彼女の足は自然と制止してしまった。
そこには、不気味な黒いフードをかぶった者が立っていた。
表情さえも見えず、冷やりとした空気が漂っている。
思わず手に持った花束を握りしめ、るりは後ずさりをした。
「あ・・・。う・・・。」
うまく声がでず、喉の奥が急に乾いた感覚が押し寄せる。
声を張り上げて人を呼びたいが、頭が痛いくらいに動かない。
「アァ。見ツケタ。・・・アァ。コレガ・・・。」
「ひっ!!」
引きずるように歩きだした前方の不気味な人物に、思わず小さな悲鳴を上げる。
全身が震えあがり、思うように足が動かない。
「(なに・・・?何なの?!!!)」
後ろを振り返って走りだそうと頭は考えるが、身体が金縛りにあったように言うことを聞かない。
それどころか、声さえも出ない状態が続いた。
刻一刻と、目の前の不気味な人物は、地面をズルズルと足を引きずるように近づいてくる。
うわごとのように何かを呟き、それと同じように首をかしげる仕草をした。
ゆらゆらとローブが動いてはいるが、顔が全く見えない。
まるで、ローブの中は漆黒しかないようだ。
「ハヤク・・・仕留メル。手柄ニスル・・・アァアァ!!」
「っっっ!!」
突然雄叫びのように叫んだ目の前の人物は、身体を前のめりにしてこちらに突進してくる。
手に持った花束と荷物を抱えこみ、るりは眼を見開くしかない。
「(仕留めるって??!仕留めるってどういう??!)」
それほど早くない速度で、ローブを引きずりつつ奇声をあげて“バケモノ”が近づく。
るりは、悲鳴を上げようとするが、うまく呼吸ができない。
「殺ス!!オ前ヲ“献上”シテ!!!マーラ様ニ認メテモラウ!!アァァァ!!!」
「ころ・・・・。」
バケモノが叫んだ言葉が、るりの頭の中を埋めてゆく。
言われたこともない“殺す”という言葉に、全身が支配されたように硬直する。
冷たい水を頭からかぶったように、るりは全身が更に震えるのを感じた。
バケモノは目の先に迫り、逃げようにも足が全く動かない。
「(誰か・・・。誰かっ!!!)」
「お願い。誰かっ・・・!助けてっ!!!」
自分では大声で叫んだつもりであったが、その声はとても小さく祈る様な悲痛な声にしかならなかった。
ローブの中の暗黒が目の前に迫り、全身の感覚がマヒする。
あぁ、自分はここで・・・
るりがそう思うと、目の中にバケモノの中の漆黒だけが移りこむ。
その後は、スローモーションの様だった。
目の中を埋め尽くすほどの漆黒が遠ざかり、茜色の夕焼けが景色と共に戻ってくる。
同時に、鮮やかな“青”が広がった。
まるで青空のような美しい“青”が、瞳の中に吸い込まれるように映りこむ。
バケモノの悲鳴だろうか、くぐもった奇声が聞こえた気がしたと思う。
そして、一気にるりは“現実”へと戻された。
――
風を切る音を立てながら、雪は家々の屋根を軽々と飛び越える。
手には愛用の日本刀が握られ、長い髪を風に揺らしながら走り続けた。
「まさか、こんなに早く“敵さん”が動くとはなっ!!」
「こちらも高をくくっていたのが悪いだろう。」
彼女の後方からは、二人の青年が遅れまいと必死に走っていた。
「先までは何もなかった。どうして、気が付かなかったのかしらっ!!」
「わからん。もしかしたら、雪が離れるのを待っていたのかもしれん・・・」
「その可能性は大だな。兄者!」
三人は一つの道に降りると、個々に武器を構えた。
雪はためらうことなく、日本刀を鞘から引き抜く。
目の前には、同じようなローブに身を包んだ者たちが複数立っている。
「下っ端どもか・・・。」
両手に雷を走らせた青年が、吐き捨てるように呟く。
その横ではレイピアを構えた青年が、大きくため息をついた。
「蹴散らすぞ。」
「時間がありません。急ぎましょう。」
「あぁ。」
三人は戦闘態勢に入ると、大きく踏み込む。
「参りますっ!!」
雪は刃先に風をまとわせると、刀をおおきくふりかぶった。