白と黒の世界   作:水鏡 零

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29話

大きく羽ばたいたハージェントは開けた大地の上に着地すると、背中に乗せた者達を降ろした。

道中で出会った使者の者が背中から降りるのを確認し、ハージェントは疾風を巻き上げて人の姿へと変わる。

「申し訳ありません。私まで運んでいただいて。」

「構わん。」

深々と頭を下げた使者の男は、不機嫌そうにも見えるハージェントの顔を見てピクリと顔を引きつらせる。

おずおずと何度も頭を下げると、彼は一つの方向を指さした。

「と、とにかく、どうぞこちらへ。」

「は、はい。」

なるべくハージェントと視線を合わさぬよう使者はるり達を見て話すと、そそくさと歩き出した。

その先には大きな屋敷の入り口がある。

「ここの領地を治めている魔道士さんのお家だよ。」

「そ、そうなんだ。」

昨日から様々な建物を見てはいるが、それでも大きな屋敷を目の当たりにしてしまうと、るりは言い現せない程の緊張感に見舞われた。

ランゼフやジェシカ達は見慣れているのか、るりとは対照的にひょうひょうと使者の男の後ろをついてゆく。

「な・・・慣れないと・・・」

ぽつりと誰にも聞こえぬよう呟いたるりは、彼らの後を追うように駆け足で入り口をくぐった。

るりが中へと入ったのを確かめ、屋敷の門が重々しく閉じてゆく。

振り返り視線を上部へと向けてみれば、城壁ともいえる重々しい外壁の上に人が立っているのが見えた。

「敵が攻めてこないか。それを見てるんだと思うよ。」

「・・・。」

此処に来るまでに敵とは遭遇はしていたが、それでも竜の里や王都を思い出すと、敵襲があるというのはあまり考えられない。

だが、るりが思うより治安は悪いのか、屋敷の庭には武器を持って巡回している者達の姿が幾つか見えた。

「今は非常事態でして。普段はここまで物騒ではないのですが。」

「非常事態・・・ですか?」

「はい。」

屋敷の建物へと近づいた使者は、ゆっくりと振り返りるり達を見つめた。

「お話については、大魔女様と坊ちゃま達からお伺い下さい。」

彼はそういうと、建物のドアノブを叩く。

瞬時にして屋敷の大きな扉が開かれ、中から人が現れた。

白いローブを着た青年は、茶色の髪をなびかせ片手に長杖を持ってるりの前へと歩み寄る。

緑色の瞳が凛として輝き、彼はすっと片膝をつく。

「お待ちしておりました。次代の巫女様。」

「・・・あっの・・・・」

困惑した表情のるりは、うまく言葉が出ないまま、周りの者達が同じように自分の方に頭をたれている状況に息が詰まりそうになった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

屋敷の子息であるという青年アルスに連れだって、るり達は赤い絨毯の上を静かに歩いていた。

「るり・・・大丈夫?」

「ちょ、ちょっと緊張してきた。かな。」

落ち着かない雰囲気のるりを気遣ってか、ジェシカが耳元で呟く。

るりは先ほどの状況を思いだし、思わず顔を左右に振ってしまった。

次代の巫女になると決めていない。と前を歩くアルスに言いたかったのだが、あまりの状況に流されてしまいうまく声が出なかったのだ。

結果として、ランゼフとハージェントの二人が上手く話を進めてくれ、今に至る。

「女神様からお話は伺っていましたが・・・確かに、お若いですね。」

「彼女はまだ十五歳くらいだからね。」

「っっじ、十五歳ぃっ?!」

「へっ?」

ランゼフの言葉に、今度はアルスとハージェントの声が重なる。

二人は相当驚いているのか、互いに顔を見合わせて目を白黒させるりの顔を何度も見つめた。

どうしたものかと視線を逸らしたるりに、場の雰囲気を戻すかのように、ランゼフが咳払いをする。

「あのさ。とりあえず、行こうよ。」

「はっ!そそそ、そうでした。失礼・・・。」

「すまない。・・・。」

どちらともいう訳でもなく、アルスとハージェントは咳払いをして歩き出す。

小首を傾げて不思議そうについて行くジェシカは、ますます緊張した表情に変わっていたるりに気が付く。

「るり・・・大丈夫じゃないね。」

「う・・・うん。」

赤い絨毯が途切れ、その先に更に大きな扉が広がる。

アルスが長杖を少しばかり高く掲げると、扉に控えていた者達がゆっくりと扉を開いてゆく。

「わぁ・・・。」

思わず小さな声が出てしまったるりは、周りに聞こえまいと両手で口元を覆う。

しかし、誰もが気にしていないようですぐさまに手を降ろした。

 

目の前に広がっていたのは、大きな広間だった。

部屋の奥には重厚な造りの椅子が置かれ、その前には幾重にも紋章を重ねたような柄の絨毯が敷かれている。

天井には魔石が輝き、部屋の隅々を照らしていた。

「ようこそ。小さな巫女様。」

「あ・・・。」

ゆっくりと背中で入り口の扉が閉じられると、前方から柔らかな声が響いてきた。

視線をそちらへと向けると、一人の女性と青年の姿が見える。

アルスは小さく頭を下げ、彼女たちの方へと歩んでいった。

るりはランゼフに促されるようにハージェントやジェシカの前へと進み出ると、彼女と対面するように立つ。

るりはその場に立つと、何故か酷く緊張していた感覚が薄れ、倒れそうだった意識もしっかりと戻ってきていた。

「は、はじめまして。」

「えぇ。はじめまして。白の女神が選んだ小さな巫女さん。」

穏やかな口調で言葉を紡いだ女性は、真っ黒なドレスに身をつつみ、大きなつばのある真っ黒な帽子を深々とかぶっている。

まるで、その見た目はるりの世界で言う“魔女”だ。

背丈ほどの大きな長杖を片手でつかんだ女性は、ゆっくりとした動作で帽子のつばを動かす。

緑色の目がじっとるりを見つめ、赤い唇がにんまりとほほ笑んだ。

「私はこの魔道士一族を束ねる大魔女。レヴァンティア。貴女がここへと来てくれることは、白の女神から伺っていたわ。・・・ふふ。」

「そ、そうだったんですか。」

全く動きの見えないレヴァンティアに驚きつつ、るりは両手を軽く重ねると、おずおずと彼女を見る。

年齢さえも分からないレヴァンティアの姿は、確かに大魔女と言ってしまっていいほどだ。

「こちらは私の息子たちよ。」

「改めて、私はアルスと申します。」

ひらりと手を広げたレヴァンティアに合わせ、アルスが白いローブをひるがえして頭を下げる。

彼らの隣で佇んでいた青年が、二人の横から前に出た。

水色の髪、長い耳、アルスと少し異なった白いローブを着た青年は、緑色の瞳を瞬きさせると、表情を曇らせて口を開く。

「俺は、グレイ・・・。よろしく。」

「あ。はい。よろしく・・・お願いします。」

「・・・グレイ。」

簡素なグレイのあいさつに、アルスが後方から声をかける。

頭を小さく左右に振ったグレイはアルスに何をいう訳でもなく、彼の後ろへと下がって行った。

「すみません。無礼をお許しください。・・・何分、色々とありまして。」

「・・・。いえ、気にしないでください。」

深々と頭を下げたアルスに、思わずるりは手を振って彼を制止させる。

慌てふためいたような彼女の姿を見て、アルスは頭を下げるのをやめた。

隣でレヴァンティアの小さな含み笑いが聞こえる。

「して。小さな巫女様。貴女のお名前をうかがっても?」

「あっ、ははい。・・・えっと、私は夢郷るり・・・。るりと申します。」

「るり・・・ね。」

「はいっ。」

慌てた様子で頭を下げたるりに、ランゼフが何か言いたそうに口を開こうとするが、その動作はそこで止まり宙へと投げ出された腕をローブの下へと戻す。

固唾を飲んで見守っていたジェシカも、ランゼフと顔を見合わせるとその場に佇むことにした。

「小さな巫女様。私達のお願いを聞いていただけるかしら。」

「あの・・・その・・・」

「・・・ん?」

長杖を持って立ち上がったレヴァンティアに、るりはおずおずと顔を見て少しばかり視線を逸らす。

その仕草に小首をかしげたレヴァンティアは、るりの言葉を待つことにした。

「あの・・・私まだ・・・その・・・巫女様になろうとしているのではなくて・・・その・・・」

「あら。いいのよ。そんなこと。」

「えっ?」

言葉を詰まらせながら言ったるりに対して、レヴァンティアは目を見開いて小さく笑う。

彼女の後ろではアルスがグレイと何やら話をしているのが見えた。

「だって。巫女になる者は皆そんなものよ。誰しも、最初からなってやろうだなんて思っていないわ。」

「そ・・・そうなんですか?」

「えぇそうよ。だって。」

ため息をついたレヴァンティアは、長杖をついて部屋の中央へと歩く。

彼女の様子を見つつるりは、次の言葉を待った。

「私の娘もそうやって思っていたら・・・」

帽子のつばを振り上げレヴァンティアはるりの方へと振り返る。

と。同時に冷やりとしたモノがるりの背中を流れた。

「マーラの残党に捕まってしまったのよ。」

「え・・・。」

酷く冷たい視線で見つめられ、るりは思わず後方に下がりそうになってしまう。

つい先程まで柔らかに微笑んでいたレヴァンティアとは打って変わり、目の前の女性から発せられている酷く冷たい雰囲気は、あまりにも痛々しく感じる。

それはその場にいる者達が全員感じているらしく、屋敷の者達でさえもたじろぐのが見えた。

「私の娘ミチルはね・・・。黒の女神に選ばれた巫女の候補者だったの。あの子は巫女になりたいとも一言も言っていなかったわ。ただ“領地に起こっている災いを解決したい”とだけ言っていた・・・のに。」

ざわつく様な空気が更にるりを襲い、地面には薄らと何かがはびこるかのような禍々しさが満ちてくる。

とっさにジェシカはハージェントのマントを掴み、彼の傍で恐怖に溢れた顔でレヴァンティアを見つめた。

「優しくて良い子だった私の子を・・・あの・・・仮面の男どもは、連れ去った・・・マーラの力の糧にすると言って・・・おのれ・・・おのれ・・・おのれおのれ・・・っ!」

「母上っ!」

「っっ!」

怒りに駆られたレヴァンティアの声が部屋に広がり、とっさにアルスの叫ぶ声が響く。

るりを背後に隠したアルスは、手に持った長杖を掲げると、レヴァンティアの周りを漂っていた禍々しい気を打ち消した。

同時に、唸るような彼女の声も消えてゆく。

「・・・すまないわね。アルス。」

「母上・・・お気持ちは皆一緒だと言っているではありませんか。」

「ふふ・・・ごめんなさいね。つい・・・。」

体中を覆っていた冷たく痛々しい空気がはじけ飛び、周りからは安堵の声がもれだす。

レヴァンティアは帽子をかぶり直すと、ゆっくりとした足取りでるりの方へと歩み寄ってきた。

その表情には、あの恐ろしさは感じられない。

「・・・娘はこの領地にある廃城に捕らわれている事はわかっているの。けれど、その姿を見つけ出すことが未だできていない。」

「気配を感じていた者達が減っている今。ミチルの・・・妹の安否が危険にさらされているのは分かっているのです。」

「・・・・。」

るりの手を握ったレヴァンティアの表情は、痛々しい程に苦しさを現している。

その顔を見ると、るり自身も母が自分が居なくなったことをこのように思っているのではないか?と不意に考えてしまった。

だが、今はそのことを考えている場合ではない。

「私に・・・出来ることがあれば。」

「・・・ありがとう。」

大きく頷いたるりを見て、レヴァンティアはほっと胸をなでおろす。

周りで見ていた屋敷の者達もざわつき、るりが承諾してくれた事を喜んでいた。

「とある方から預かっている地図があるんですが・・・」

「まぁ・・・。」

るりは鞄に下げていたエメラルド色の魔石を手に持ち、レヴァンティアの前に地図を広げる。

白い光を帯びた地図上に、小さな黒い点がうっすらと映し出された。

「これは皇帝がお持ちの物ね。だとしたら・・・あぁ、娘はまだ生きているということ・・・。でも。」

「時間があまりないという事もわかる・・・か。」

今にも消え入りそうな黒いマークを指さし、レヴァンティアは座っていた椅子へと倒れる様に座る。

「私もそこに行きたいのだけれど、奴らがこの地域全体に放ったバケモノどもを監視する為に力を使っていて・・・私では戦力にならないわ。」

「・・・我々の父上も、バケモノの討伐でずっと屋敷には戻ってこれていないのです。」

「それで、領主の姿が見えなかったのか。」

「・・・えぇ。」

手に持った長杖を動かし、レヴァンティアは部屋の中央に地図を浮かび上がらせる。

緑色の光が形を成し、その中に禍々しい赤い点が幾つも浮かんだ。

「この領地全体がバケモノに喰われているわ。・・・隣接する魔族のコーディに昔のよしみで討伐を手伝ってもらっているけれど・・・うじゃうじゃと湧き出てきていてね・・・あぁ、忌々しい。」

思い切り長杖で地面を叩いたレヴァンティアは、大きなため息をつくとるりの方へと視線を向ける。

表情や口調が常に変化する彼女を見て、るりは困惑しつつも話を聞き続けた。

「ミチルが捕まっている廃城には、息子たちと共に行っていただくわ。私達の魔術では太刀打ちできない部分もあるだろうから・・・まぁ、昔のよしみで・・・昔のよしみであの阿呆・・・じゃなくて、コーディには今回の事は言ってあるの。だからたぶん・・・現地に誰かしら応援がきている・・・はずよ。」

「は、はぁ・・・。」

ため息交じりに話すレヴァンティアに、思わずるりは魔の抜けた答え方をしてしまう。

彼女の目はどこか嫌々そうにしているが、コーディという名前をいう時だけは、何故か輝いているようにも思えた。

「・・・腐れ縁って奴?」

「どうだろうか・・・。」

ぽつりと呟いたジェシカの声は、レヴァンティアには聞こえていないらしく、変わりにアルスの耳に届いたのか、彼は呆れた表情を浮かべているようだった。

相変わらず、グレイの顔は冴えていない。

「ミチルが帰ってきたら、色々なお話をしましょう。・・・貴女には、私からも話をせねばならない事があるだろうから。」

「え・・・。」

ふいに笑みを浮かべたレヴァンティアに、るりはきょとんと小首をかしげてしまう。

彼女は小さく笑うと、地面を長杖で何度か叩いた。

「さぁ。申し訳ないけれど、あなた達には直ぐに出発していただきましょう。・・・娘を頼んだわよ・・・。」

「っ!は、はい!」

るりやジェシカ達の足元に魔法陣が浮かび上がり、瞬時にして身体を包み込んでゆく。

アルスやグレイの身体も同じように魔法陣によって包み込まれていくのが見えた。

「貴女の事・・・。私は信じているわ。・・・でもね。」

「っ?」

消えゆく視界の中で、レヴァンティアの顔がるりの方へと向く。

目を細めて笑ったその顔は、この短時間で見た彼女の表情の中で一番柔らかに感じた。

「無理はしないで・・・。貴女を待っている人だっているのだから。」

「・・・あ、あのっ、それはっ?」

鮮やかな緑の光に包まれたるりは、思わず手を伸ばしてレヴァンティアの方へと駆け寄ろうとする。

 

瞬間、視界がふっと無くなった。

 

「あ・・・。」

瞬きをしたとたんに、視界が開け前のめりにるりは倒れそうになる。

石造りの地面を数歩だけ駆けるように歩き、辺りを見つめた。

「・・・。転送魔術か。」

ハージェントの声に弾かれるように辺りを見れば、そこは屋敷の中では無くなっていた。

崩れた外壁がそこらじゅうに散らばり、えぐれた地面が続いている。

焦げて朽ち果てた絨毯のような物が風で舞い、その先に広がる大きな空洞をさらに不気味に感じさせていた。

「・・・来たか。」

「・・・っ?」

聞き覚えのある声が聞こえ、るりはそちらへと視線を向ける。

とっさに武器を構えたアルスとグレイを見て、思わずるりは声をあげそうになった。

「・・・久しいな。」

「ディル・・・さん?」

長いストールを風にたなびかせ、ディルがるりの方へと振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

何時間が経っているのだろうか。

ぼんやりと視界に映った世界の中で、小さな光が眼の中に溢れる。

「あ・・・。」

言葉を発するのもできなくなる程の力が、全身を駆け廻っていた。

同時に、身体を吸い取られそうな勢いで“力”が抜かれる。

「まだ生きているのか?」

「なんてしぶとい。」

「やはり、魔女の娘は相当な力を秘めているのだな。」

聞きたくもない声が頭を過ぎ、眼だけを動かす。

気味の悪い仮面が視界の先で揺らいでおり、それらを睨む事さえも今はできない。

声をはって助けを呼ぶことさえもできなければ、その場から動く事さえも今はできない状態だ。

「(ここで・・・死ぬ?)」

冷たい石の地面を見つめ、そこに描かれた魔法陣を見て思わず嫌な感覚が全身を駆け巡る。

周りに置かれた禍々しい色をした石が輝くと、また悲鳴を上げたくなるほどの力が全身を襲った。

「だれ・・・・か・・・・」

揺らぐ視界の中で、小さな白い蝶が飛び交っている。

それが天国への道なのかと思ってしまうが、とっさに“何か”と判別してゆく。

それは、思いもよらぬことであり、心の中で待ちわびているものだった。

白い蝶を飛ばした人の顔を思いだし、思わず力無く笑ってしまう。

本当は飛び交っている蝶へと触れて声を発したいのだが、身体はいう事を聞いてくれない。

仮面をかぶった気味の悪い者達から隠れるように、蝶は石の壁へと張り付いてこちらを見つめる。

「(そう・・・今はそれでいいの。)」

その蝶へと呟くように、頭の中で言葉を発する。

「たすけ・・・て・・・」

ぽつりと口から滑り落ちた言葉は、仮面の男たちに気が疲れない程小さな声だった。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

長杖を掲げたアルスは、その杖の先端から光を放つ。

放たれた光は蝶の形を模ると、るり達の周りをゆっくりと飛び始めた。

目の前に広がる気味が悪い程の漆黒を見つめ、一行は壊れかけた城の入り口へと足を進める。

「なるほど・・・な・・・。」

るりやランゼフ達の話を聞きつつ、ディルは小さくうなずく。

この世界にやってきてから今まで出会った者や、王都から追われたバケモノ達の話。

そして、竜の里へと続く入り口で、魔族の長であるコーディに出会った事も彼に話した。

「親方様が俺に命令を下したのもそう言った経緯があるのかもしれんな・・・」

「それなりに見知ったやつを近くに置いた方が良いって事?」

「そんなところだろう。」

外の明かりが所々入り込んでいるだけの城内は、進むにつれて朽ち果てた部位が多くなってゆく。

軽々と瓦礫を越えて先へと急ぐグレイの後を、るりやアルスたちは遅れて着いて行く状態だ。

一人急ぐように先へと進むグレイへと視線を移したディルは、軽く地面を蹴って走り出す。

グレイの姿は小さくなっており、るり達が少しでも立ち止まれば姿を見失ってしまいそうな程だ。

「おい。後ろの者が離れている。少し、止まってくれ。」

「・・・っ。」

ディルの言葉に驚いたのか、グレイは勢いよく振り返って彼の姿をまじまじと見つめる。

長いストールを揺らしたディルは、視線が合わない彼に目を細めた。

「グレイっ。一人で進むには無謀だ!」

「兄さん・・。」

遅れて駆け寄ってきたアルスやるり達に、グレイは同じように視線を合わすことなく言葉を発する。

彼らの周りを飛んでいる光の蝶が、静かに城の壁へと止まった。

「先を急ぎたい気持ちはわかる。だが、魔道士の領主でさえも手間取るバケモノがいるのだぞ。・・・わかっているのか?」

「・・・。」

諭す様に言葉を発したハージェントに、グレイは何か言いたげに彼を見つめるが、すぐにその視線は床へと落ちて行った。

るりと顔を見合わせたランゼフは、ため息交じりに手を動かす。

壁に止まった光の蝶とは別に緑の淡い光がランゼフを包むと、周りに幾つかのコンソールとスクリーンが現れた。

その様子に驚いたのか、グレイとアルスが目を見開く。

「あ。ランちゃんは監視者なんだよ。」

「・・・なんとか位置だけでも検索してみるよ。」

「あ、あぁ。」

歯切れの悪い言葉を発したグレイだったが、先よりかは落ち着きを取り戻しているようにも感じる。

彼は祈るように胸へと手を当てると、頭を左右に振った。

ディルは彼らを見ると、その場から少し離れ先の方へと足を向ける。

「えっ。でぃ、ディルさん?」

驚いたるりが声をかけようと手を伸ばすが、横からハージェントが腕を上げてるりを制止させた。

「あの、ディルと言うモノは大丈夫だろう。」

「で、でも・・・領主様でも手こずる敵がいるって先・・・」

「俺の心配なら大丈夫だ。」

「・・・?」

困惑していたるりに気が付いたのか、ディルが少し先の方から声を発してくる。

よく見れば、彼の周りにはアルスが放った光の蝶が飛んでいない。

薄暗い中で見たディルの顔は、ぼんやりと照らされていて表情がわからないほどである。

「こういう所は慣れている。それに、闇の中の方が動きやすい。」

「ディルは・・・彼は魔族なんですよ。光の中よりも暗がりの方が力を発揮しやすいんです。」

「・・・その通りだ。」

アルスの言葉に頷いたディルは、そのまま城の闇に溶け込むように姿を消してゆく。

「お兄さん達は、あのお兄さんと知り合いなの?」

「え・・・。えぇっとまぁ・・・ね。」

小首を傾げて見つめてきたジェシカに、アルスは何故か歯切れの悪い答え方をする。

苦笑いを浮かべたアルスは、それ以上何をいう訳でもなく彼女とは別の方向を向いた。

しんと静まり返った中に、ランゼフの動かすコンソールの音だけが響きだす。

「内部の構造は動かしていないみたいだ。でも、呪術や何らかの力を使って道を隠しているみたいだね。」

「どおりで。我々が何度も城に入っても見つからない訳だ。」

「複雑な呪術についてはボクにはわからないから、それ以上は答えられないんだけれどね。」

コンソールを叩いたランゼフは、皆に見えるようにスクリーンを拡大してゆく。

淡い緑の光を帯びたスクリーンの中には、城の見取り図のような物が広がっていた。

所々が消えており、それが彼女の言う呪術や何らかの力が働いている場所だという事がるりでもわかる。

「この空白の部分に何かをすれば、もしかしたら道が開けるかもしれないね。」

「うん・・・。るりの力が必要だって先言っていたから、恐らくその場に行けばわかるんじゃないかな。」

「・・・私の力。」

コンソールとスクリーンを消したランゼフは、壁に止まっている蝶へと手を伸ばす。

ランゼフの指先に止まった蝶は、小さく羽を動かしていた。

「例えばだけど、この照らしている蝶に向かってるりの力・・・つまりは巫女の力を加えたらどうだろう?呪術に反応して、もしかしたら隠された物が見えるかもしれない。」

「なるほど・・・。」

るりへと指を向けたランゼフは、先に止まった蝶を宙へと飛ばす。

ひらひらと舞うように飛んだそれらは、他の蝶と同じように壁へ戻って行った。

彼女の言葉に頷いたアルスは片手に抱えた長杖を動かして、蝶を自分の方へと集め出す。

壁を照らしていた光が集まった事で、城の壁が闇へと消えていった。

離れてたたずんでいたグレイも近くへと移動してくる。

「あっ。ハジさんの背中でランちゃんとるりが使ったみたいに?」

「そう。」

思い出したように声を発したジェシカは、大きく頷いてるりへと振り向いた。

しかし、その表情は少し曇っている。

「でも、るり・・・倒れちゃったら・・・」

「力の制御が必要だな。」

「・・・う、うん。」

不安げに視線を向けてきたジェシカと、少しばかり笑みを浮かべたハージェントを交互に見て、るりは頷く。

「頼む・・・。ミチルを助けるために・・・力を貸してくれ。」

「・・・グレイさん。」

「あんな変なバケモノにミチルが捕まっていると思うと・・・俺、どうにもこうにもいられなくなって・・・」

「・・・。」

手を震わせて怒りを露わにしているグレイに、るりは表情を曇らせる。

レヴァンティアの前でさえも不安を露わにしていた彼にとって、るり達が見せた地図に映った情報はあまりにも酷だったのかもしれない。

ランゼフと目を合わせたるりは、大きく深呼吸をした。

「私に出来ることがあれば、やるって決めてますから。・・・頑張ります。」

「・・・すまない。」

グレイへと精一杯微笑んだるりは、高鳴り胸騒ぎを覚え出した胸を落ち着かせるために再度深呼吸をし始める。

胸に下げた鍵へと手を向けると、じわりと暖かい熱が指の先へと流れ出してきた。

白と黒を混ぜた光が粒となって指先からあふれ出し、それらはるりの手の上で転がりだす。

「魔道に対する力の制御は、私とグレイで協力しよう。」

「よろしくお願いします。」

るりへとうなずいたアルスは、長杖の周りに漂っていた蝶を彼女の方へと飛ぶように指示を出す。

ふわりと風が起きたかのように飛び出した光の蝶は、るりの周りへと集まり出した。

「そのくらいあれば、これらすべてに力が分け与えられる。」

「もう、魔力を出さなくていい。ゆっくり落ち着いて蛇口を止める様な感覚で栓をしてみて。」

「は、はい。」

るりの手先から溢れ宙を漂っている光へと蝶は吸い寄せられるように飛んでゆく。

白と黒の光へと身体を近づけさせた蝶たちは、羽から同じような光を放ちだした。

ゆっくりと瞳を閉じたるりは、手先に集中していた意識を解放してゆく。

「(蛇口の水を止めるように・・・落ち着いて・・・)」

グレイに言われたように心を落ち着かせながら、るりは鍵から手を遠ざけた。

溢れていた光が指先から流れるのを止め、辺りをゆらゆらと先に放出させた光が浮いているだけになる。

「るり、大丈夫?」

瞳を開けたるりの顔をジェシカが心配そうに覗き込むと、るりはゆっくりと首を縦に振った。

ほっと胸をなでおろしたジェシカは、嬉しそうにハージェントとランゼフの二人を交互に見る。

二人は何も言わないがるりに小さく頷いた。

「どうやら、うまく力を取り込めたようですね。」

「そうみたいだ。」

アルスがまわりを飛び交う蝶を見て、ほっと溜息をつく。

周りには白と黒の光をまとった蝶が飛び交い、辺りを先ほどよりもくっきりと照らしていた。

「城にはびこっている呪術を消しているのでしょう。」

「あぁ。俺達の魔道では、ここまで明るくはできなかった。」

「すごいっ。」

感心したようなアルスとグレイの言葉に、ジェシカは嬉しそうに笑うと、るりの両手を強く握る。

「よかったね。るりの力ってやっぱりすごいんだよっ。」

「う、うん。」

満面の笑みを浮かべたジェシカにつられるりも微笑む。

少しばかり表情を明るくしたグレイは、アルスと顔を見合わせるとるり達を先導するように歩き出した。

薄暗かった城が見違えるほどに明るくなったことにより、禍々しい気配が遠ざけられているようにも感じられる。

「ディルさん。姿が見えないね・・・」

「先の様子を見てくる程度だろう。このまま進んでいれば、合流はできるはずだ。」

「巫女様の力があったとしても、敵の情報が少しでも先にわかれば、心強いんだが・・・。」

辺りを照らしている蝶を注意して見つつ、アルスは数匹の蝶を先へと飛ばしてゆく。

蝶は形を変え鳥の姿へと変貌すると、スピードを上げて城の先へと飛び去って行った。

途中、何かが弾けるような音が聞こえてくる。

「今の音って?」

ジェシカが不思議そうに小首を傾げ、音のした方へと小走りに近寄る。

そこには禍々しい色をしたガラスのような破片が散らばっていた。

「これは・・・。」

唖然とその破片を見つめたアルスとハージェントに、るりやランゼフ達が急いで近くへと駆けてゆく。

ジェシカは気味が悪い破片から目を逸らし、ハージェントの後ろへと隠れてしまった。

「前巫女達が使用していた禁忌とも言える魔石だな。」

「強力な呪いを発動させるために使用されていた魔石だ。昔から、その力ゆえに使用はしてはいけないと言われていたけど・・・」

「忌々しい前巫女達は平気で使用していたのです。」

杖の先でアルスが散らばった破片をつぶすと、禍々しい煙を上げてその場から破片が蒸発してゆく。

残してはならないモノなのか、ハージェントとグレイも同じように残った魔石の破片を靴の先などでつぶしていった。

どれも同じように煙を上げて蒸発してゆき、気が付けば小さな塵一つも残っていない状態になる。

近くを見渡したハージェントは、ジェシカの方へと振り返った。

彼が振り返った意味を悟ったのか、ジェシカはおずおずと魔石の破片が落ちていた所を見る。

そこに何も無い状態だと分かった彼女は、ほっと胸をなでおろした。

「世界には様々な魔石が存在しているのだが、先の魔石だけは例え興味本位であっても使用してはならないとされている。」

「少しでもその場に残っていれば、誤って持ち帰った者が愚かな最期を迎えかねない。」

「それで・・・今の破片も壊したんですね。」

るりは先に広がる暗い道をじっと見つめて目を細める。

先程感じた胸騒ぎは減るどころか、更に酷さを増しつつある状態だ。

それが何を意味しているのか考えてしまうと、手が震えそうになる。

「この先にも同じような魔石があるならば、破壊してゆかねばなりませんね。」

「残しちゃいけないんだもんね?」

「そうだ・・・。」

長杖をゆっくりと動かしたアルスは、周りを飛び交っていた蝶たちを少しずつ前へと先に進めさせてゆく。

「急に周りが明るくなったと思えば・・・そういうことか。」

「わっ。」

「きゃっ!」

ふっといきなり何もない空間から声が聞こえ、思わずジェシカとグレイの小さな悲鳴が響く。

声のした方へと視線を向けると、そこには先を行っていたディルの姿が暗がりから現れた。

気配一つなかった彼に、さすがにハージェントも目を細めている。

目の前の者達が驚いた表情を浮かべているのにも関わらず、ディルは目を動かす事も無ければ、得と言って不思議そうな表情も浮かべていない状態である。

どうやら、このような光景は見慣れているようだ。

「お前達の使った魔道で、先の状況は一変しだしているぞ。」

「と。いうと?」

平静を取り戻そうとアルスが咳払いをしてディルの言葉に答える。

ディルは少しばかり目を逸らして、頭の上を飛び交っている蝶へと指を向けた。

「何もない空間に道ができ、この城の下へと続く階段ができている。」

「ってことは・・・そこにミチルが・・・!」

「恐らくはそうだろう。」

グレイの言葉に頷いたディルは、おもむろに腰から短剣を引き抜いた。

るりは彼の行動に思わず小首をかしげてしまう。

「隠したいものがあるからだろうな。」

「・・・なるほど。」

視線を進む先へと移したディルに合わせるように、アルスが長杖を構えて彼と同じように一歩前へと出る。

「あ・・・・。」

そこには足を引きずるようにるり達の方へと進んでくる、バケモノ達の姿があった。

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