白と黒の世界   作:水鏡 零

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30話

奇怪な悲鳴をあげてバケモノが宙に消えてゆく。

バケモノがいた場所には、淡い緑の光を腕にまとわせたランゼフが佇んでいた。

「やっぱり、巫女様の力が加わると心強いもんだな。」

「あぁ。」

片腕を大きく振るったグレイの周りに、幾つもの魔法陣が浮かび上がり、音を立てて氷の矢が出現する。

前方を塞ごうとするかのように立ちはだかっているバケモノ達に向かって、それらは風を切って突き進んだ。

辺りを照らしている蝶の羽から、白と黒の光が鱗粉のように撒かれ、グレイが解き放った矢へとまとわりつく。

悲鳴一つ上げることなくバケモノ達は屋に射抜かれ、同じように禍々しい煙となって消えていった。

「わ、わたしは・・・」

「るりはそこにいてくれれば大丈夫。」

「え・・・う、うん。」

ジェシカと共にバケモノと戦うランゼフ達を見守っていたるりは、不安げに辺りを見つめるしかない。

るりはランゼフ達と共に戦おうとしたのだが、ハージェントやランゼフ達に止められ、辺りを見守るしかなかった。

とはいえ、暗がりから湧いてくるバケモノには、近くへと迫れば力を使うしかない。

先頭を進むディルのおかげでさほど苦戦することはないが、それでも城の中を進むにつれ、バケモノの数はかなり増えている。

辺りを揺蕩っていた蝶を捕まえようと手を伸ばすバケモノもおり、先に進めさせたくないという敵の意向が嫌でもわかってしまう。

「やっと、静かになったか?」

「一旦は・・・な。」

乱れたストールをまき直し、ディルがるり達の方へと向き直る。

大きく肩で息をしているグレイを気にしてか、アルスが目を細めたのにるりは気が付いた。

「グレイお兄さんって、ミチルさんって人の弟なの?お兄さんなの?」

「えっ?」

顔をひきつらせて壁に寄り掛かったグレイに、ジェシカは興味津々に声をかける。

先を急ごうと足を動かそうとした彼を、何故かアルスが手を向けて制止させた。

ジェシカの質問に答えろと言いたいようである。

「まぁ・・・このまま進んでも、疲れて倒れそうだしね。」

「・・・・だろうな。」

ため息交じりにぽつりと呟いたランゼフに合わせ、ハージェントがグレイを見て頷く。

「あの人。たぶん気が焦って力を使い過ぎてるんだと思うよ。」

「・・・そっか。だから・・・。」

額に浮き出た汗を拭ったグレイは、ランゼフ達の言葉は聞こえていないらしく、近くに落ちていた瓦礫の上にゆっくりと腰を降ろした。

倒れ込むかのように座り込んだ彼を見て、アルスがため息をつく。

「俺は、ミチルの弟だよ。」

「じゃぁじゃぁ、ミチルさんってアルスお兄さんさんの妹で、グレイお兄さんの妹でー・・・あ、じゃぁ、グレイお兄さんって末っ子なんだね。」

「あ・・・うん。」

朗らかに笑っているジェシカに困惑しているのか、グレイは目を白黒させている。

それがどうしたと言わんばかりに、彼は首をかしげた。

「だからかー、ふむふむ、わかっちゃったかなぁ。」

「なんだよ?」

クスクスと笑いながら、ジェシカはグレイの周りを何度も行き来する。

意味深そうに笑ったジェシカは、腕を組む。

「グレイお兄さんは甘えん坊さんなんだねー。」

「はーっ???」

到底このような場所で出るはずもない魔の抜けたグレイの声に、るりは目を丸くしてしまう。

唖然とした顔でジェシカを見るグレイだったが、ジェシカは笑っているだけだ。

「だって、お屋敷でグレイお兄さんのママとお話した時、お兄さんってばアルスお兄さんと違って、ずっとお話に入ってなかったんだもん。」

「だからなんだっていうんだよ・・・。」

「本当なら、あそこにミチルお姉さんがいたら、グレイお兄さんはお姉さんにヨシヨシってされていたんだろうなぁって。」

「っく・・・。」

ジェシカの言葉に言い返さないグレイに変わり、アルスが何もない方を向いて肩を震わせる。

どうやら彼はジェシカの言葉に笑っているようだ。

自信満々に喋っているジェシカは、アルスが肩を震わせて笑っているとは気が付いていない。

「いやいやいやいや。それはない。それはないって。っていうか、そのミっちゃんを探している訳でっ!」

「・・・ミっちゃん?」

「っっっ!!」

遅れて弾かれたようにグレイが喋り出す。

が、慌てふためいて言った言葉に、思わずハージェントが声を挟んだ。

口を開いたまま唖然としたグレイの顔が、だんだんと赤くなってゆく。

「あ。ミチルさんだから、ミっちゃん!」

「っっ!」

ぽんと手を叩いて納得したように呟いたるりに、アルスは背中を向けたまま頷いている。

「ひょっとして・・・あんた・・・普段は違う喋り方を・・・」

「ないないないっ!っていうか、何で俺こんなあせってんだっ!」

「だって、グレイお兄さんがミっちゃんって言ったから。」

「はーーっ!」

白い目でグレイを見つめたランゼフは、一人で慌てふためいている彼を見てため息をつく。

わなわなと手を動かしているグレイは、何もフォローも言わないアルスの方へと視線を向けた。

「お前、そろそろ素で話せ・・・。っっ!」

「兄貴も笑ってんじゃねぇよっ!」

壁に手を当てて笑っているアルスに気が付き、グレイは顔を真っ赤にして兄の方へと駆け寄る。

「あー。すまんすまん。・・・いや、つい・・・しかし・・・ミっちゃんばれてるし・・・ふふ・・・。お前演技下手すぎだっつーの!」

「兄貴だって素じゃねぇかっ!」

「あー。もういいわ。」

「はーーー??」

咳払いをしたアルスは、隣で大声を上げて怒っているグレイの肩を叩くと、ぽかんと見つめていたるりやハージェント達をぐるりと見渡す。

「っと。まぁ、こんなもんで。俺らは演技をしていた訳である。」

「・・・い、一応母さんのメンツって言うのがあるだろ?」

「えーっ。アルスお兄さんもグレイお兄さんと同じ感じなの?」

ジェシカはアルスとグレイの周りをぐるりと回り、相当驚いたように二人の顔を交互に見る。

長杖を肩に担いだアルスは、頭を抱えて背中を向けたグレイをちらりと見ると歯を見せて笑う。

先の彼とは全くと言っていいほどに違う雰囲気に、るりは思わず口元に手を持って行ってしまった。

隣にいるランゼフは呆れたような視線を彼らに向けている。

「最近はバケモノ騒ぎが酷くってなぁ。屋敷にいる者以外にも雇い出してさ、まぁ・・・俺はカッコいいクールな兄貴を演じなくちゃいけないわけでして・・・」

「結果として俺ができの悪い弟状態なんだよな。」

「すまんねぇ。弟殿。」

「うっせぇ。」

「・・・。」

豪快に笑ったアルスを見て更に辺りは妙な空気になる。

アルスは軽く頭をかくと場の空気を読み小さく咳払いをした。

「だよな?ディル?」

「・・・俺に話を振るな。」

「えっ?でぃ、ディルさんも知り合いなんですかっ?」

話に入らずに別の方を向いていたディルに向かって、アルスが唐突に彼へと声をかける。

彼の言葉に驚いたるりは、目を丸くさせると二人の顔を交互に見つめた。

心底嫌そうに目を細めたディルは、ため息をつくとアルスを指さす。

「コイツとは幼い頃からの知り合いだ・・・。どうりで、変な話し方をすると思っていたが・・・まったく・・・どいつもこいつも・・・」

「まぁそういうな。ディルさん。」

「やめろ・・・呪われそうだ。」

ニヤニヤと歯を見せて笑うアルスに対して、ディルはそれ以上言葉を返す事はせず、一人別の方へと歩いてゆく。

ハージェントは興味が無いのか、その場から遠ざかり先を飛び交う蝶の方へと進んでいた。

その様子を見ていたグレイは小さなため息をつくと、苦々しげにジェシカを見つめる。

「確かに俺は甘えん坊でいざとなった時に役に立たない奴だ。でも、だからといって尻込みして力もないからって兄貴に頼ってはいられない。」

「・・・うん。家族って大事だもんね。」

「そう。その通りだ。」

ため息交じりに笑顔になったグレイは、ジェシカの言葉に頷く。

「家族は誰一人として欠けちゃ駄目なんだ。」

「グレイさん。」

決意を新たにしたのか、グレイは視線を前方へと向けて歩き出す。

先程のふらついていた足取りも軽やかになり、どうやら体力的にも少しは回復したようである。

「あいつは昔っから甘えん坊だけどさ、誰よりも家族を大切にし、誰よりも仲間や家の者達を大切に思ってるんだ。」

「・・・甘えん坊だけど、しっかり者さんなんだね。」

「ははっ。面白い考え方だな。お嬢ちゃん。」

アルスは長杖を振り、近くの壁に止まっていた蝶へと指示を出す。

ふわりと宙へと舞い出した蝶たちは、先を行くディルやハージェントたちの方へと飛び去ってゆく。

遅れて歩き出したるりやランゼフの周りにも、明るい光を湛えながら蝶がゆらゆらと飛び回り出した。

「あのさ。一つ聞きたいんだけど。」

「ん?」

静かな通路を歩きながら、ランゼフがるりの横でアルスに声をかける。

アルスはランゼフの顔を見て、小さく首をかしげた。

前方では、ハージェントが扉を開けて中を見ているのが見える。

ディルが彼に何かを言っているのか、二人はうなずき合っていた。

「あの、グレイって人。本当は君たちの兄弟じゃないだろ?」

「え・・・?」

「・・・。」

ランゼフの言葉に驚いた声をあげたるりを置いて、アルスは目を細めて彼女を見る。

何を考えて言ったのかは分からないが、ランゼフは無表情のままだ。

「あの家には魔族はいない。でも、あのグレイって人はどう見ても魔族だろう。使った光魔法も身体に負荷をかけているようだったし・・・。」

「さっすが。というか、鋭いな・・・監視者ってやつは。」

ランゼフとは視線を合わせず、アルスは小声で彼女に答える。

先を歩くグレイに聞こえたくないのか、彼はしきりに前を歩くグレイを気にしているようだ。

「昔色々とあってな・・・一緒に暮らすことになったんだ。」

「ふぅん。」

あまり興味が無いのか、ランゼフはそっけなく答える。

特に口をはさむことができないるりは、二人の会話を隣で静かに聞いているしかない。

「まぁ、お前さんに話す機会ができれば、あいつ自身から話すだろう。」

「じゃぁ、自分が本当の兄弟じゃないんだってこと・・・」

「知ってるぜ。あいつは。」

小さく答えたアルスは、それだけランゼフに言うと足を速める。

どうやら、これ以上は話すつもりが無いらしい。

口元を隠して歩いているランゼフの表情は、隣で同じような速さで歩くるりでさえも分からない状態だ。

何故彼女がアルスにそのような事を聞いたのか、アルス自身も理解できないようで、るりは彼がため息をついたのを背中越しに気が付いた。

「ランちゃん・・・先の・・・」

「・・・。わかんない。」

「え・・・。」

先を歩いていたディルたちと合流する前に、るりは思いきってランゼフに声をかけてみる。

しかし、彼女は首を左右にふり、視線を床へと落した。

「わかんないけど・・・。でも、なんでだろうって思った。だから・・・その、聞いてみたくなった。」

「・・・。」

「血のつながりが無いのに、どうしてそんなにも家族として大切に思えるんだろうって・・・。」

自分でも困惑しているのか、ランゼフの声はいつもより弱弱しい。

るりはそんな彼女を見て、小さく微笑む。

「私の考えだけど。・・・ランちゃんに置き換えたら、ヒーリカさんと同じような存在なのかなって。」

「ヒーリカと?」

「うん。だって・・・ヒーリカさんは、ずっとランちゃんと一緒にいてくれたんでしょう?」

「・・・あ・・・。」

るりの言葉に目を見開いたランゼフは、彼女の顔を見上げて頷く。

そこで何かを感じたのか、ふっと瞬きをしてランゼフは少しだけ微笑む。

何をいう訳でもないが、彼女はるりの顔を再度見ると照れくさそうに視線を逸らした。

「そっか・・・何となくだけど・・・うん・・・大事に思うって事・・・わかったような気がする。」

「私にも、本当の家族じゃないっていう事実がどんな事かはよくは理解できないけれど・・・でも、それでも家族って事だけで、大切な人なんだと思うよ。」

「・・・ちょっとわかんないかも。」

「ご、ごめん・・・。言った私もよくはわからない。」

るりと顔を見合わせ、ランゼフは共だって微笑む。

二人の会話は前方を歩く者達には聞こえていないのか、ディルたちはアルスやグレイと共に前方を指さしていた。

よく見れば平坦な道が終わり、木製の崩れかけた扉の先は薄暗くなっている。

足元には、幾つかの禍々しい魔石の破片が落ちており、アルスが片腕を動かし出現した魔法陣で散り散りに消してゆく。

「ディルさん。これは・・・」

「城の下へと続く階段のようだな。」

「・・・こんなもん。ここには無いはずだ・・・。」

崩れかけた扉の先に、照明の変わりに置かれた魔石が幾つも続き、そこにはらせん状に続く岩の階段が伸びている。

薄気味悪くぼんやりと辺りを照らしている魔石とは真逆に、るり達の周りを飛び交っていた蝶が、煌々とその階段を照らし出した。

かなり深い所まで伸びているのか、視界の先で光が屈折する場所は見当たらない状態である。

ひんやりとした空気が足元からせりあがってきており、鳥肌が立つほどの気味が悪い雰囲気がその先から漂ってきていた。

ランゼフがコンソールを宙に出現させ、傍らで操作をしてゆく。

「元々この城は、水を司る祭壇を守るために建てられた物だ。」

「水を司る祭壇?」

「あぁ。」

小首をかしげたるりに、ハージェントは彼女の持っている地図を指さす。

るりはおもむろにそれを持つと、その場に地図を出現させた。

地図上には、先と同じように赤いマークとうっすらとした黒いマークが浮き出る。

ミチルを示しているだろうと言われていた黒いマークが消えていないのを見て、るりは少しだけ不安感が薄れたような気がした。

「この世界も、るり達の世界と同じで、雨が降って川に沿って各地に水が運ばれてゆくんだけれど、一つだけ違う事があるんだ。」

「それが水を司る祭壇があるってことかな?」

「大雑把にいえばそうだな。」

赤いマークを長杖で示したアルスは、杖の先を光らせ線を描くように動かしてゆく。

地図上に水色の線が引かれ、それらが海へと続いた。

「水を司る祭壇からは、聖水が生まれている。それは海へと流れ、世界に溢れているんだ。」

「聖水が無ければ、水の中に生命は生まれず、植物は腐り果ててしまう。」

「場所によっては大干ばつに見舞われ、水不足になる。」

アルスの描いた線を見てゆくと、場所は特定されている訳ではなく、土地の至る所から引かれていた。

彼が迷いもなくその線を引いた事を考えると、この世界ではある程度の常識として聖水が流れ出る場所を皆がわかっているようだ。

「災いが関係している?」

ふっと目を見開いたるりは、ぽつりと言葉を発し皆の顔を見る。

ハージェントやディルが彼女の言葉に小さく頷いた。

「巫女と主帝が無くなれば、世界に災いが訪れる。普通ならば、天変地異が無ければ生物の生活はそれほど苦ではない。」

「だが、実際として世界は混沌と化し、世界中で巫女の候補者として選ばれた者達が様々な災いを解決しても根本的な解決にはなっていない。」

先を急ごうと思ったのか、ディルは言葉を紡ぎながら階段を降りだす。

彼に続いてアルスやるり達も、一歩ずつ地下へと進んでゆく。

「水の中に毒素が混じっていると言っていいだろう。そのせいで、緑豊かな草原は枯れ果て、植物が育たない地域も出ている状態だ。」

「じゃぁ、水を司る祭壇を復活させれば・・・」

「聖水が生まれ、それらが世界中に溢れだし、大地や水中に潜む見えない“災い”を浄化するだろう。」

靴の音が石造りの壁に反響し、るり達の人影が光りに照らされて伸びてゆく。

後方を見れば、蝶の光が無い場所は薄暗く、気味の悪い明かりがぼんやりと階段を照らし出していた。

一人で道を引き返すのは難しいだろう。

「その水を司る祭壇を守るためにここに城が立てられ、祭壇に続く洞窟へ悪い奴らが入らないようにしていたんだが・・・」

「前巫女の酷い政治のせいで、私利私欲に目がくらんだ奴らがこの城を落して中にいた者達を追い出しちまったんだ。」

前を歩くディルが早足で階段を駆け下り、それを追うように光の蝶が数羽飛び去ってゆく。

扉を開ける様な音が響くと、るり達の前に重々しい扉が視界に入る。

「追い出された人たちはどうなっちゃったの?」

ディルの後を追うようにアルスとハージェントが扉を静かに開く。

その先に敵がいないことを確認すると、ハージェントが手招きをした。

「どこかの土地に逃げたって言われているけれど・・・どうだろうな。」

「それって・・・。」

るりがグレイの言葉に反応し言葉を発しようとするが、それ以上は言葉として口から発することができない。

最悪の事態となったのだろう、とふいに頭を考えたことがかすめると、自然と言葉が出なくなった。

「というか、ここにそのミチルって人が捕まって何日経過しているの?」

重い扉を開けて更に続く道へと皆が出る。

そこには進んできた階段よりも、更に寒気がするほど冷たい空気が辺りを包み込んでいた。

薄暗い照明は先へと伸びており、かすかに見える前方には、薄らと他とは違う色の明かりが灯っているのが見える。

赤黒い気味の悪い色をしたその照明は、明らかに人を避けさせているように感じた。

「ミっちゃんが此処に捕まったのは二日前。ちょうど、先話した水を司る祭壇に皆で行こうとした当日さ。」

手に武器を構えたディルは、小走りに先へと進む。

るり達も同じように進んでいるはずなのだが、彼の靴は音さえもしない。

それどころか、ディルの姿が先に行けばいくほど気配が無くなっていくような不思議な感覚を感じる。

長いストールが視界の先を動いているのにも関わらず、まるで幻影を見ているかのように、そこに存在していないかのように感じた。

「変な仮面をかぶった奴らがいてさ・・・悔しいけど、すっごい苦戦して・・・兄貴や父さんが来た時には、全滅状態だった。」

苦々しげな表情を浮かべたグレイを見て、るりは言葉をかけることができなくなる。

目の前で、家族が連れ去られるのを見ているだけしかできなかった彼の事を考えると、心が痛み同時に不安感がせりあがってきた。

るりは大きく深呼吸をすると、目の前に迫ってきた気味の悪い照明が飾られた扉へと視線を向ける。

「だったら、今度はちゃんと助けないと・・・ですね。」

「大切な家族なんだもの!グレイお兄さん頑張らないとだよっ。」

「・・・お前ら。」

にっこりとほほ笑んだるりに合わせて、ジェシカがグレイの肩を背後から軽く叩く。

二人の顔を交互に見たグレイは、口元だけで小さく笑った。

「どうやら、この先が終着点と言う訳か。」

「・・・全然ボクの端末が役に立たない変な位置にいるみたい。」

「そうなんだ・・・。」

ランゼフがいつものようにコンソールを出現させようとするが、片腕を動かしても小さな緑色の光が粒となって現れるだけで、コンソールやスクリーンが形を成すことができない。

周りを飛び交っていた光の蝶たちが赤黒い照明へと近づくと、まるで火がついたように消しカスになってゆく。

だんだんと周りを照らしていた明るい光が無くなり、薄暗く人の身体を気味悪く照らす照明だけの明かりだけになる。

「嫌な雰囲気が漂ってくる・・・なんだろう。気持ちが悪いというか・・・頭が痛くなるような・・・。」

「大丈夫・・・?」

「う、うん。」

急に悪寒を覚えたるりは、自分の腕を抱くように身体を丸くさせる。

嫌な汗がにじみ、手が少しだけ震えだしてきた。

「恐らく、禍々しい気に当てられているのだろう。相手は巫女の力を奪おうとしているような奴らだ。それに対抗する何らかの呪術を施しているのだろうさ・・・。」

「早くなんとかしないと・・・だね。」

るりの身体に寄り添ったジェシカの言葉に、ディルが言葉もなく頷く。

周りを見れば、ハージェントやアルスたちの表情も強張っていた。

「では・・・。行くか。」

アルスが大きく深呼吸をすると、彼は手に持った長杖に力を込める。

目がくらみそうな程の光が杖全体を覆い、雷を走らせたかのような音が辺りに響く。

「っっ!」

彼は思い切りそれを扉に向かって叩きつける。

重い扉がはじけ飛び、その先を露わにさせた。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

息をするのにも辛くなり、目の前が揺らぎ周りに何が起こっているのかも、彼女は分からなくなっていた。

ただただ、気味の悪いバケモノ達の声が頭の上をかすめ、その度に悲鳴を上げたくなるほどの冷たい物が身体の中をめぐってゆく。

同時に、心臓を握りつぶさんとするような重い力がかかり、楽にしてくれと叫びたくなった。

「でも・・・それは・・・だめ・・・」

かすれた声で前方を見つめたミチルは、手の先に止まっている小さな光の蝶をじっと見る。

暖かな感覚が蝶から流れ込み、消え入りそうな程の命をつなぎとめてくれているようだった。

「・・・ありが・・とう・・・」

光の蝶は形を無くしつつあり、力を失ってゆくのをミチルは感じる。

だが、暖かな力を少しばかりでも与えてくれる蝶が、誰によって解き放たれたかを思うと、そのまま命を落としたくないと強く願った。

「・・・。」

声にならない人の名前が、ポツリポツリと口から紡がれる。

目の中に昔の情景が走馬灯のように流れ、それらは今に至るまでの時間を思い出させるように映って行った。

優しい声や勇ましい声が幾つも聞こえてくると、目の前に映像となって消えてゆく。

家で待っているであろう家族や、慕ってくれる家の者達。

何度も話をした魔導学校の学友たち。

家に訪れる無愛想だが母や父と楽しげに会話を楽しむ魔族の長。

そして、兄や弟たちとたわいもない話で盛り上がっている魔族の青年。

「・・・っ。」

そういえば、つい最近、母が笑いながら話していたのはどのような話だっただろうか。

 

かすれる瞳の中で、母の声が響く。

 

「―あの魔族の大馬鹿息子。現世で色々と首を突っ込み過ぎたみたいだねぇ。運命の人でも見つけたかのように女の子の話をしていたわ―」

 

母は何が面白いのか、楽しげにその話をしていた。

 

運命の人とはどのような者なのだろう?

 

「わた・・・しは・・・」

 

音もなく光の粒となって消えゆく蝶を見つめたミチルは、その先をじっと見つめる。

 

朦朧とする視界の先で、閃光が飛び散った。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

雄叫びを上げて突進してくるバケモノを切り裂き、ハージェントが翼をはためかせる。

強風に煽られたバケモノ達が声をあげて地面を転がり、上空から降り注いだ氷の槍に身体を射抜かれた。

「雑魚はこちらで何とかする。お前達は先に行けっ!」

「すまんっ!頼んだっ!」

地面から這い出たバケモノを切り裂きながら、ハージェントがアルスやグレイに向かって声をあげる。

二人はハージェントに頷くと、先行するディルとるりを追うように走り出した。

「ハジさんっ!わ、私も頑張るっ!」

「あぁ。・・・無理をするなよ。」

「う、うん。」

長銃を構えたジェシカは、ランゼフの背後に迫ったバケモノの頭部を狙って引き金を引く。

バケモノは小さな悲鳴をあげ足元をふらつかせると、足場から滑り落ちて暗闇へと落ちて行った。

「こんな所で出し惜しみはなしって事でっ!」

「だが、無理はするなっ!」

「わかってるよー!」

ハージェントの言葉に一つずつ答えたジェシカは、頬を膨らませて銃の引き金を引き続ける。

軽い音を立てて閃光が発射され、それらは道を塞ごうとするバケモノ達を打ち抜いて行った。

「私に足場は必要ないのっ!」

軽く足場を蹴ったジェシカは、何もない空間に飛び出す。

暗闇の中を浮いた彼女は、長銃を宙へと放り投げる。

同時に音もなく形を変えたそれは、黒い双銃となってジェシカの手へと戻ってゆく。

「大丈夫っ。るりもランちゃんもグレイお兄さんも頑張ってる。私も頑張るよっ。」

ハージェントの周りを軽やかに飛び交うジェシカは、薄暗い足場をかけてゆくるり達をじっと見た。

そしてその先に広がる禍々しい祭壇を睨む。

今まで通ってきた道に散乱していた気味の悪い魔石が置かれ、その中央に人の姿が見える。

衣服を引き裂かれ倒れ込んでいる女性は、遠くから見るだけでも痛々しく感じた。

彼女を包むように赤黒い魔法陣が幾重にもなって現れており、中からは脱出できそうもない。

それどころか、女性を囲むようにバケモノ達が揺らいでいるのが見えた。

「雑魚に力を使うな。お前が破壊するのはあの魔石だ。」

「は、はいっ!」

目の前に立ちはだかったバケモノ達を短剣で切り裂き、ディルがるりを守るように祭壇へと駆けてゆく。

るりは両腕に力をまとい、飛び交っているバケモノへとその力を槍へと変えて向けている。

足元に広がる暗がりから湧いて出てくるバケモノはきりが無く、倒してもまたそれを埋めるように姿を現した。

「ミっちゃんっ!聞こえるかっ!」

「ミチルっ!」

ランゼフの作り上げた足場を使い、グレイとアルスの二人が先に気味の悪い祭壇へと降り立つ。

雄叫びを上げて魔法陣の中から出てきたバケモノ達を氷の槍で引き裂いたグレイは、辺りをぐるりと見回した。

「どこに隠れてる?」

「隠れてなど・・・おりませんよ。」

「っっ!」

渦を巻いて地面から漆黒が湧き上がると、グレイの前にくぐもった男の声が響く。

気味の悪い仮面を着けた男が現れ、その周りに複数の仮面を着けた者達が姿を同じように表す。

先に姿を現した仮面の男はどうやら機嫌が悪いらしく、手に持った短杖を空いた手に何度も打ち付けていた。

「もう少しでこの愚かな娘を片付けられるというのに・・・貴方方はどうやってこちらに?」

「うるせぇ。んなこと答えてる時間はねえんだよっ!」

「っっ!」

声を張り上げて怒鳴ったグレイは、背後に幾つもの魔法陣を出現させ、仮面の男達に向かって氷の矢を放つ。

轟音となってそれらは彼らへと突き進み、グレイの手の動きに合わせて上空へと舞い上がる。

叩きつけるようにグレイが腕を降ろすと、上空へと舞い上がった氷の矢が一斉に雨となって地上に降り注いだ。

冷気と爆風を上げて氷の槍は地面へと突き刺さってゆく。

「間髪入れずに行くぜっ!」

「ぬっ!」

魔術でグレイの放った攻撃を避けた仮面の男達の前に、アルスが長杖を掲げて現れる。

瞬時に自分たちを守っていた魔術の結界が割れ、仮面の男達はその場から姿を急いで隠す。

雷鳴を帯びて雷が落とされ、逃げ切れなかった者達にそれらは当たると、焦げた臭いをまき散らして消えてゆく。

「なんと野蛮な・・・」

「野蛮はどっちだっ!」

「生きて帰れると思うなよ・・・屑どもが・・・。」

地面に突き刺さった氷の槍を吹き飛ばした仮面の男は、怒りを露わにしたように体中に禍々しい色の気をまといだす。

赤黒い光が短杖から溢れ、それらは地面を這うように漏れていた。

「この女やお前達が悪いのですよ。マーラ様のご復活を喜ばないお前達が悪いのです。」

「うっせぇ!あんなケダモノ染みた巫女なんざ知るかっ!」

「民の生活を苦しめた者が巫女として復活したい?笑わせんなっ!」

平常心を装っているのか、仮面の男は口調を崩すことはない。

だが、目の前で罵声をとどろかせたグレイとアルスの言葉に彼はぴくりと肩を震わせた。

周りで言葉を発さずにたたずんでいる仮面の者達も、同時にざわつき始めている。

「マーラ様を侮辱するとは・・・なんと愚かな・・・」

「聖女様であるぞ?お前達は何を言っている?」

「愚かな巫女の候補者など、消えればよいのです。」

「さぁはやく、あの愚かな女を始末せねばっ・・・」

「汚らしい・・・汚らしい・・・」

口々にグレイやアルスに悪態をつく仮面を着けた者達を見て、思わずランゼフがため息をつく。

肩を震わせ怒りを露わにしているグレイとアルスの間から現れた彼女に、仮面を着けた者達は思わず言葉を無くした。

「で。言いたい事はそれだけ?」

「・・・な・・・」

両腕を広げたランゼフの周りに、煌々とした緑色の光が溢れる。

魔法陣にも似た文字列が宙へと浮かび、渦となって彼女を包んだ。

「あとさ。先に言うけど。」

髪やローブをはためかせながら、ランゼフは意味ありげに口元に笑みを浮かべ仮面の男達を見る。

彼女に続くように魔法陣を背後に浮かび上がらせたグレイとアルスの二人も、唖然とたたずむ男達を蔑んだように見つめた。

「君たち、色々と気が付いてないみたいだね。」

「な、何を言っている?」

「この状況じゃ、まぁー無理ねぇってことか?」

「だろうなぁ。」

声をあげて笑ったグレイとアルスに、仮面を着けた者達はうろたえだす。

彼らが言おうとしている意味が分からない者達は、ざわつき互いの顔を見合っている事しかできないようである。

「ボクが使いもしない力を派手に見せたのは意味があるって事だよ。」

「俺達が此処に来るまでに見ていたんだろ?だったら、頭使って考えて見ろってことだ。」

「・・・・っ?」

鼻を鳴らして蔑むように笑ったランゼフは、身体にまとわせた光を一瞬にして解放してしまう。

魔法陣を出現させていたアルスたちも同じように攻撃を繰り出すことなく、背後に出現させていた魔法陣を消し去った。

あまりの事に動揺する仮面の者達は、リーダーであろう男の方へと視線を向ける。

どうすればよいのだ。とまるで威圧しているようだ。

「教えてあげますね・・・」

「っっ?」

ふっと思わぬ方向から声が響き、仮面を着けた者達は弾かれたようにそちらへと視線を向ける。

「な・・・・」

「そんな・・・まさか・・・」

唖然と立ち尽くした彼らは、視界の先で輝く黒と白の光を見て絶句する。

「私に時間を、皆が与えてくれたという事です。」

目を細めて男達を睨みつけたるりは、祭壇の上に出現させた魔法陣から雨のように光の矢を放った。

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