白と黒の世界   作:水鏡 零

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31話

気味の悪い色をした魔石が音を立てて割れてゆく。

赤黒い魔法陣はガラスが割れたように歪に崩壊すると、泡となって宙へと消えて行った。

同時に辺りにはびこっていたバケモノ達が断末魔を上げて塵へとなり姿を消してゆく。

「な・・・ぜ・・・だ・・・」

額の紋章を光らせながら、るりは一歩一歩足を進めてゆく。

その先には仮面を着けた者達がおり、彼らは彼女が近づくと逆に一歩後ろへと後退した。

「短時間で成長したものだな。」

「ありがとうございます。」

ディルがるりの横を歩きながら彼女の顔を見て呟く。

彼の言葉に微笑んだるりは、残った魔石に向かって片腕を向けた。

黒と白を混ぜた光が魔石へとまとわりつき、同時に握りつぶすかのように破壊する。

散り散りとなった魔石の破片は宙へと砂となって舞う。

その情景を見て、仮面を着けた者達が複数悲鳴をあげて後退した。

「ミっちゃん!」

「ミチルっ!」

声もなく横たわっているミチルへと駆け寄ったグレイとアルスは、弱弱しく息をしている彼女へと声をかける。

「あ・・・れ・・・」

「いいよっ。しゃべらなくていいからっ!」

光の共っていない瞳を動かし、ミチルは傍らで悲痛な声をあげたグレイを見つめた。

震える手で彼への服を掴もうとするが、うまく力が入らないらしく、宙をかいて力無くミチルの腕が垂れる。

「よかった・・・もう、大丈夫だから・・・」

「頑張ったな。偉いぞ。」

「にいさ・・・」

自分の羽織っていたローブを脱ぎ、アルスはそれをミチルに巻きつける。

弱弱しく微笑んだミチルを抱き上げたグレイは、アルスと共に立ち上がった。

そして、前方にいる仮面の男達を睨みつける。

「ここまで・・・巫女の力を使いこなす者だったのか・・・!」

「現世の者達が言っていた情報とは違うではありませぬかっ!」

「おのれっ!」

るりに向かって声を荒げる男達は、彼女の全身を覆っている力を見て更に後方へと下がってゆく。

主犯格であろう仮面の男を盾にするように下がった者達は、漆黒に紛れるように消えようとしていた。

「まだです・・・まだっ!」

「っ!」

裏返った声で短杖を振るった仮面の男は、身体の周りを漂わせていた禍々しい気を放出させる。

彼の後方から魔法陣が浮かび上がり、赤黒い槍が一斉に飛び出す。

「まだ・・・そんなことをっ!」

「るりっ!」

グレイたちの前に出たるりは、迷うことなく両腕を広げる。

白い光が盾となって前方に放出され、仮面の男が放った赤黒い槍をひとつ残らず破壊した。

間髪入れずにるりは片腕を振るい、男の背後に現れていた魔法陣を白い光の矢で叩き割る。

そのあまりの威力に驚いたのか、数名の者がまた悲鳴をあげた。

「マーラ様に仇名す現世の女め・・・」

「・・・。こんな酷い事をする人が巫女様になるだなんて許せない。それだけは絶対にあっちゃいけない事だよ・・・。」

「な・・・んだと・・・。」

遅れて祭壇へと到着したハージェントとジェシカは、凛とした瞳で佇んでいたるりを見て、お互いに顔を見合わせた。

「大切な人を無くすことって、凄く心が痛い事だよ。・・・こんな事はしてはいけない・・・。」

「う、うるさいっ!」

るりの言葉を遮るように仮面の男は短杖を振るうが、どの攻撃も彼女に届く前に破壊されてしまう。

手を震わせ後退した仮面の男は、さらに後ろで震えている仲間を見て絶句するしかない。

「いいでしょう・・・今日のところは引いて差し上げます。」

「負け惜しみ言ってんじゃねぇよ!」

ため息交じりに言葉を発した男に対して、グレイが蔑むように罵声をあびせる。

男はぴくりと肩を震わせ彼へと鋭い視線を仮面の下から向けるが、るりをちらりと視界に入れると、振るおうとした短杖をローブの下へと隠すように下がった。

地面から湧き出るように赤黒い霧が浮かび上がり、仮面を着けた者達を次々に飲み込むように姿を消してゆく。

「その勢いが・・・マーラ様の前でも通用するか・・・見ものですね。」

「っ!ま、まてっ!」

漆黒に身体を飲み込ませた男は、闇の中で不気味に笑うとそのまま闇へと姿を消す。

アルスが手を伸ばした時には、目の前に何も残っていなかった。

「・・・逃げられたか。」

「いや、その方がこちらとしても都合がいい。」

「・・・?」

ため息をついたディルに、アルスは首をかしげて彼へと振り向く。

るりから発せられていた光がいつの間にか消え、あわ粒のような黒と白の光を漂わせた球体が辺りに幾つも揺らいでいた。

その中でるりが脚を震わせて立っているのが見える。

「そういう・・・ことか。」

「む、無茶しすぎだよっ!」

肩で息をしてその場に崩れるように座ったるりに、ジェシカが後方から慌てて駆け寄る。

辺りを照らしている光が消えかかり、アルスが長杖から先と同じように光の蝶を幾つも放出させた。

黒と白の光へと近づいた蝶たちは、その光を吸収して煌々と辺りを照らし出してゆく。

見れば、地面には先程の魔法陣の跡が幾つもあり、残された祭壇の後をしっかりと残していた。

彼らが入ってきた入り口はいつの間にか消え去っており、そこへと続いていた道も無くなっている。

ぐるりと辺りを見回すと、天井にかすかな光が見えていた。

「立てないようだな・・・。」

「す、すみません。」

その場から動けなくなったるりに、ディルは手を伸ばして抱えるように腕をまわす。

彼に支えられて立ち上がったるりは、グレイの腕の中で静かに息をしているミチルを見つめた。

「ありがとな・・・。こんな無理までして、ミっちゃんを助けてくれて。」

「・・・。」

優しく微笑んだグレイに、るりは首を横に振るしかない。

よく見ると、彼の手先が淡く発光し、その光がミチルへと流れているのがわかる。

「私だけの力だったら、成功できませんでした。・・・私だけじゃ、救えなかったかもしれないし。」

「・・・るり。」

苦笑いを浮かべたるりは、不安げに見つめてくるランゼフへと視線を移し、何とも言えない表情を浮かべるしかない。

「いや。でも、ホントありがとう。君が無理までしてくれたから、こうやってミっちゃんの手当てに余裕ができているんだ。あの時に力を温存できたから・・・できるんだよ。」

「グレイさん。」

彼の指先から溢れている光が回復魔法だと分かったるりは、ほっと溜息をするしかない。

あれほどまでの力を幾重にも使ったにも関わらず、自分のように倒れ込まないグレイやアルスを見て、るりは表情を曇らせた。

「グレイの言うとおりだ。お前さんはもっと自分に自信を持たないと・・・なっ?」

「・・・。」

軽くアルスに肩を叩かれたるりは、眼を見開く。

「お前はよくやったよ。この場の誰もがそう思っているだろうさ。」

「ディル・・・さん。」

ため息交じりに言葉を発したディルを見た後、るりはジェシカやランゼフ達へと視線を向ける。

「無茶ばっかりはよくないよ。でも、るりって凄いんだよ。・・・だから、もっともっと自分凄いって思ってほしいな。」

「自信持っていいと思う。・・・先のるりは、かっこよかった。」

「ジェシカちゃん・・・ランちゃん。」

急に目頭が熱くなってきたるりは、震える手で目元をぬぐう。

何度も深呼吸をした後、彼女は皆を見回してにっこりとほほ笑んだ。

「ありがとうっ。私、もっともっと頑張る。」

「ほどほどに・・・な。」

「は・・・はい。」

ハージェントに頭を軽く撫でられたるりは、照れくさそうに微笑むと頭上を見上げた。

 

「・・・あれ。」

「?。」

ふいに視線をそのまま止めたるりに、ランゼフ達は小首をかしげる。

るりはディルによりかかかりながらも、何故か片腕を上部へとゆっくりとあげだした。

何かを掴もうとしているのか、何度も腕を動かしている。

しかしそこには何もなく、その先に見える外の微かな光だけがランゼフの目に映る。

「どうしたの?るり?」

「え・・・・あの・・・なんか、ここに・・・」

「・・・?」

ディルからゆっくりと離れたるりは、ふらつきながらも上部を見上げて手を動かす。

指の先からは微かに黒と白の光が溢れている。

「おい。指先から魔力がもれて・・・」

「えっ?」

不思議そうに見つめながら、ディルがるりへと手を伸ばす。

 

と。その時、るりの指先に何かが当たった。

 

同時に、音を立てて何かが動き出す。

 

「な・・・に?」

「っっ?」

目を見開いてるりは視線の先を見た。

その様子を見ていたグレイやジェシカ達も、言葉を無くしてただじっと目の前で起こっている事を見つめるしかない。

薄らと地面から風が巻き上がり、皆の髪が揺らぐ。

指の先から黒と白の光をあふれさせたるりは、突如として巻き上がり出した強風に煽られつつ、足を進める。

ランゼフは思わず彼女の背中へと腕を伸ばすが、足がうまく動かない。

「これ・・・。」

「・・・・。」

ふっと視線を落したランゼフは、足元を見て言葉を無くす。

気味の悪い魔法陣の跡がひび割れを起こし、その間から水がもれだしてきているのだ。

「そうか・・・ここは・・・」

アルスが辺りを見て目を見開き、そしてるりへと視線を移す。

彼らの前ではるりが両手を上げ、その先をじっと見つめている姿があった。

 

「水を司る祭壇だったのか・・・。」

 

淡い水色の光を湛えた大きな魔石がるりの手の上で煌々と光り、柔らかな輝きを辺りに溢れさせている。

 

先までの禍々しさは辺りからなくなり、地面にはいつの間にか別の魔法陣が浮かび上がっていた。

 

地面から湧き上がる水は、音を立てて足場の下へと流れてゆく。

 

「先の通路は、奴らが勝手に作った物だったのか。」

「空間を捻じ曲げたか何かをして、この場所につなげていたのかもね。」

足元が魔石と同じように淡い水色に発光し始め、浮かび上がった魔法陣が足場全体に広がってゆく。

音を立てて足場から流れていた水は次第に静かになり、魔石の光を乱反射させ壁や床を光らせていた。

「この場所なら、新たに魔力を集める必要性がない、それで・・・その上に自分たちの呪術を無理やり構成させ自分たちに都合の良い祭壇を作りあげた・・・っというわけか・・・。」

「更に、黒の女神に選抜された彼女の力を加え、何かをしようとしていたのだろう。」

グレイの腕の中で静かに息をしているミチルを見て、ハージェントは大きなため息をつく。

先程よりもミチルの顔色は良くなってきていた。

表情も良くなり少しばかり口元に笑みを浮かべている。

自分が助かったという事を、分かっているようだ。

「きれい・・・。」

目の前で煌々と輝く青い魔石を見つめ、ぽつりとるりは呟く。

指先から漏れていた光は無くなり、熱を帯びていた腕も元に戻りはじめていた。

しかしながら、頭はだんだんと靄に包まれたように意識が薄れている。

「るりっ!大丈夫?」

「外に出るよ。」

「っ。」

ふらりと意識が揺らいだ瞬間、ジェシカとランゼフの声が響き、ふっと目を見開く。

目の前で微笑んだ二人は、心配そうに彼女を見つめていた。

その先では、あらわになった本来の出入り口が開いている。

「そうだね・・・外に・・・」

二人の言葉に答え、るりは足を動かす。

 

「っ?」

「るりっ!」

ジェシカの手をるりが握ろうとした瞬間、るりの身体が水色の魔石と同じ光に包まれた。

思わずランゼフとジェシカが彼女に駆け寄ろうと両手を伸ばす。

「きゃっ!」

目がくらむほどの閃光が走り、ジェシカはランゼフと共に目を閉じてしまう。

うっすらと目を開けて前方を見ると、水色の光に包まれたるりの姿が揺らぎだしているのが見えた。

出口へと先に進もうとしていたハージェント達が駆け戻り、目の前で起こっている状況に息を飲む。

「いったい何が起こってっ?」

「わ、わかんないよっ!いきなり、るりが光りに包まれてっ!」

目がくらむほどの光に圧倒されてしまい、ハージェントやアルスも近寄ることができない。

「あ・・・れ・・・?」

「るりっ!」

「しっかりしてっ!るりっ!」

まるでジェシカ達の声はるりに聞こえていないのか、彼女はランゼフ達の方へと向かない。

「っ!」

「お、おいっ!」

水色の光がより一層明るさを帯びた瞬間、ランゼフの横からるりの方へと人影が動く。

 

瞬時にして眩しい程の光が収まり、辺りに静寂が戻る。

「・・・るり・・・?」

そこにはるりの姿は無く、ただ水色の魔石だけが揺らいでいた。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

身体が鉛のように重たくなり、周りの風景が揺らいでゆく。

ぼんやりと微かに見える世界は水色で、まるで海の底から空を見上げているかのようだ。

髪の毛がゆらゆらと動き、上部へと流れるように動いている。

「ここ・・・は・・・?」

水底に落ちたように身体が動かなくなり、るりは瞬きをした。

頭はぼんやりとしたままで、多くを考えることができない。

「ランちゃんは・・・皆は・・・」

視界の先には水色の光だけが広がり、人の姿は一つも見えない状態だ。

それどころか、ここがどこなのかもわからない。

「・・・眠い・・・」

瞳が重たくなり、身体を自然と丸めてしまう。

 

「このまま・・・眠ったら・・・」

 

誰に聞こえる訳でもなく、ふいに考えを口から発する。

柔らかな布団にくるまっている訳でもないのに、まるでベッドの上でくつろいでいるかのように睡魔が襲ってきていた。

 

何も考えずにただただ深い眠りに落ちてしまったら・・・

どれだけ・・・楽になれるだろうか?

 

頭の中を不自然に言葉が飛び交いだす。

 

「何も・・・考えないで・・・眠る・・・」

 

誰かの言葉を復唱するかのように、るりはぽつりと言葉を発した。

 

 

「それは、もっと後にした方がいいかもしれない。」

 

 

ふいに自分の声とは違う声が頭に響き、るりは薄らと瞳を開ける。

 

「貴女はもう少し先に進まなくてはいけない。」

 

揺らぐ視界の中で、人の形が目の中に入ってくる。

 

「あの子も待っているはずよ。・・・だから。」

 

聞いたことのない声が頭に響き、その声はもうろうとする頭をだんだんと呼び覚ましてゆく。

 

「私の息子に会いに行きましょう?」

 

柔らかな女性の声と共に、暖かな腕が身体を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

唖然と立ち尽くしているディルは、視界の先で起こった出来事を処理しきれなくなっている。

「どういう・・・こと・・・だ?」

首に巻かれたストールを取り、彼はゆっくりと前へと進んだ。

頭上では水面の光を反射して岩が青く光り、不思議な空間を生み出している。

 

静かに揺れ動く波打ち際へ近づき、ディルは“二人”を出迎えた。

 

「奥様・・・?」

「・・・。」

青々と光る水中から、ゆっくりと女性がるりを抱えるように岸へと上がってくる。

二人に駆け寄ったディルは、瞳を閉じたままのるりを女性から受け取り抱きかかえた。

穏やかな青い瞳が驚いた表情の彼を見つめ、にっこりとほほ笑む。

「どうやら、私を縛っていた物が壊されたようね。・・・地上は何年ぶりかしら・・・。」

まとったドレスを搾り、水を出した女性は大きく背伸びをした。

濡れた髪から水滴が地面へと流れ、辺りを濡らしている。

「前巫女の呪いが解けた・・・のですか?」

「えぇ。そのようね。頭もすっきりと冴えているから、もうすっかり良くなったみたい。」

「・・・それは・・・。」

ディルに微笑んだ女性は片腕を少し動かし、地面に魔法陣を描く。

瞬時に炎のような物が魔法陣を包むと、濡れていた髪や服から水滴がなくなった。

女性はそのまま指を動かし、濡れたディルやるりも魔法で乾かす。

小さく頭を下げたディルを見て、彼女はまた笑った。

「また背が伸びたみたいね。大きくなって。」

「え・・・あぁ。」

あたふたと慌てふためくようにディルはるりを抱えたまま視線を泳がせてしまう。

そんな彼を見た女性は、口元に手を持ってゆくとおかしそうに笑った。

「私がマーラに捕まってから、長い時間が経過したのかしら?」

「・・・はい。」

眠ったままのるりへと視線を移した女性は、ふいに表情を暗くさせる。

るりの顔にかかった髪を指で動かし、彼女の額にあった模様を見て目を細めた。

「意識もないようなバケモノに変貌させられ、この海底で漂っていたらね・・・声が聞こえたの。眠ってしまいたい・・・消えてしまいたいっていう暗い声が。」

「暗い声・・・」

「えぇ。とても悲しくて暗い声。」

るりの頭を撫でた彼女は、ディルに目くばせすると共だって歩き出した。

その先には、崩れかけたような岩の階段が伸びている。

階段の先では少しばかりの光がもれ、所々に草花が生い茂っていた。

よく見れば、階段には水が流れ落ちており、それらは後方に広がっている水面へと流れ込んでいる。

振り返れば、そこには煌々と輝いている水面が伸びていた。

遠くでは、何処からか滝のように水が落ちてきている音がしている。

「私がここに連れてこられた時は、真っ暗で気味の悪い場所だったのだけれど・・・見違えてしまっているわね。」

苦笑いを浮かべた女性は、視界の先で上部から漏れている青い光を見て、そしてるりへと視線を向ける。

ふっとディルが彼女の目を追った先で、ぽつりと呟いた。

「あぁ、そういうことか。」

「・・・?」

小首をかしげた女性と、腕に抱いたるりを見てディルは頷く。

「彼女の力で、水を司る祭壇が浄化されたことで・・・奥様を捕らえていた呪術が無くなったのかと。恐らく、この場所は祭壇から生まれる聖水を含んだ水面になり、自然と奥様が助かったのではないでしょうか。」

「なるほど・・・ね。」

ぽんと手を合わせた女性は、小さなため息をついたるりを見て微笑む。

「この子が、私を助けてくれたのね。」

だが、すぐにその表情は曇り、ディルへと視線が映った。

「それでディル?この子は、新しい巫女様?」

「・・・。」

酷く静かな声に、ディルは少しばかり視線を逸らす。

その顔は、明らかに困惑していた。

「なる・・・はず・・・というか・・・いえ・・・まだ、そうとは決まっている訳ではなく・・・。」

「歯切れの悪い言い方ね。つまりは、まだこの子は巫女の力を持っているだけで、正式な巫女様ではない・・・ということ?」

「申し訳ありません。ですが、その、奥様のおっしゃる通りです。今の状況は・・・あの、順を追って説明をした方が・・・奥様にも分って頂けるかと・・・。」

「ふむ・・・。」

目を細めた女性と視線が合い、ディルはるりを抱えたままたじろいでしまっている。

ため息をついた女性は片腕を小さく動かすと、手の先に魔法陣を浮かび上がらせた。

魔法陣には地図のような物が現れ、幾つかのマークが浮かぶ。

「お話は、この場所から出る間に聞かせてもらえる?」

「は、はい。」

「今の状況も知りたいし、まずは一番近いティアの家に行きましょう。」

魔法陣から出現した地図には、動いているマークと動いていないマークが幾つか映っていた。

青い印が施された部分の所には、三つのマークがある。

恐らくは、今ここにいる場所を示しており、ディルたちをマークが示しているのだろう。

「今、俺・・・じゃなくて、私が受けている任務が、レヴァンティア様からの依頼ですので、私にとっても好都合です。」

「そう、それならよかったわ。」

指先で魔法陣を消した女性は、上部へと続く階段を登りだす。

彼女の後を追うように、ディルもるりを抱えて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

勢いよく外へと飛び出したランゼフは、そのまま辺りを見回す。

しかし、探している人物の姿はどこにもなかった。

「・・・っ」

手を薙ぎ払うかのように乱暴な動きをし、彼女は周りにコンソールとモニタを幾つも出現させる。

「だめ・・・なの・・・?」

「・・・くっ。」

後方から走ってきたジェシカが、苦々しげにモニタを見たランゼフへと声をかけた。

彼女たちの周りに漂うモニタにはノイズが走り、一つも正常に機能していないようだ。

「このあたりじゃ使い物にならないさ。・・・それだけ、あの魔石の力があるって事だし。」

「・・・。」

苦々しげにモニタとコンソールを消したランゼフは、辺りを睨みつけるように歩き出す。

何処に続いているかもわからない森が広がり、木漏れ日が風でざわついていた。

「ボクはいつも、肝心な時に力になれない。」

「ランちゃん・・・。」

当てもないような場所を彷徨う事が、どれだけ無謀な事であるかはランゼフ自身もわかっている。

上空を見つめ、苦し紛れに呟いた言葉は痛々しくも周りに響いた。

後方に広がる洞窟の入り口から、アルスやハージェント達も姿を見せてくる。

「先に通ってきた城はあっちだろう。とりあえず、下山した方がいい。」

「ここでは俺達の力も約立たない。・・・なぁ。」

「・・・。」

アルスとグレイに言いくるめられるように、ランゼフは二人の後を静かについて行く。

ジェシカが何か言葉をかけようとするが、ハージェントが肩を叩き、それを止めた。

今の彼女に何を言っても無駄と言いたいようである。

「敵の罠ではないことは確かだ。それに、あの魔石は邪悪な物ではないのもわかるだろう?」

「それは理解できる・・・でも、問題はるりが今どこにいるかだよ。」

「でもさぁ、ディルもきっと一緒にいるわけだし・・・大丈夫じゃねぇ?」

「・・・。」

薄暗い森を抜け、一行の前に草原が広がる。

その先には、崩れかけた城と遠くには街が見えてきた。

「先に見える街はこの辺を取り仕切っている王族が収めている街。んで、あっちは俺達の家、ね。」

「・・・うん。」

歯切れの悪い答え方をしたランゼフに、グレイはアルスへと視線を向けるしかない。

アルスは小さく首を横に振るだけで、ランゼフに特に声をかけることはしなかった。

視線を泳がせた彼女は、とぼとぼと足を動かし、青々とした草原を降ってゆく。

「あ・・・れっ?雨?」

「ん?」

ぽつりと音がしたと思えば、地面に音を立てて雨粒が降ってくる。

「とりあえずは、急いで帰った方が良さそうだな・・・。」

森から草原の方へと歩み出たハージェントは、疾風を巻き上げて竜の姿へと変わる。

一瞬の出来事に驚いたグレイやアルスを横目に、ジェシカは先を一人で歩いているランゼフへと駆け寄った。

「ランちゃん!こっちだよっ!」

「っっ!」

ジェシカの気配に気が付いていなかったのか、ランゼフは目を見開いて彼女へと振り返る。

髪から水を下垂れつつ、ランゼフはジェシカに引きずられるようにハージェントの方へと足を向けた。

「大丈夫。るりなら大丈夫だよ。ランちゃん。」

「・・・うん・・・。」

「私だって、何にもできなかったのが悔しいもん。」

「え・・・?」

困惑しつつハージェントの背中へと乗っているグレイとアルスを横目に、ジェシカはランゼフの手を握りつつ、話を続ける。

表情はいつも通りに明るい笑顔を絶やしていないが、その声はどこか震えているようにも感じた。

背中に彼女たちが乗った事を確かめると、ハージェントはゆっくりと上昇し始め、地面が小さくなってゆく。

「もっとるりの役に立ちたい。でも・・・私、何にもできないから。」

「・・・。」

唖然とジェシカの顔を横からランゼフだったが、どう彼女に答えていいのか分からず言葉を無くす。

「ハジさんの役にも立っているのかわかんない。るりのお荷物になっているなら・・・嫌だな・・・。」

ふっと悲しげに笑ったジェシカに、思わずランゼフは声をはっしようとする。

しかし、その言葉が発せられるよりも先に、ハージェントが降下をはじめ、グレイの小さな悲鳴が聞こえてきた。

「あっ。か、母様ぁっ!」

アルスの声が聞こえるや否や、前方に彼らの住む屋敷が近づいてくる。

魔法陣で造られた雨よけの下で、静かに微笑んでいるレヴァンティアの顔が見えた。

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