白と黒の世界   作:水鏡 零

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37話

広場であった出来事から一週間が過ぎようとしている。

あの場で助けられた李春はジェシカと直ぐに打ち解け、今では彼女と共に行動をしている事が多い。

「ヒーリカは、元の世界に戻っちゃうの?」

「そうねー。」

ぼんやりと外を眺めていたジェシカは、隣でコンソールを叩いているヒーリカをちらりと見て呟く。

ヒーリカは目を細めてコンソールを叩くと、青々とした空を窓越しに見上げた。

「ちょっと気になる事はあるんだけれど、こっちも色々と動いて行かないといけないからねぇ。」

「ふぅん。ヒーリカも忙しいね。」

「・・・忙しそうに見えないけど・・・忙しい。」

「・・・。」

ジェシカの膝の上で呟いた李春に、ヒーリカは苦笑いを浮かべる。

そんな李春に何やら小声で呟いたジェシカは、共だって椅子から立ち上がると部屋の外へと出て行く。

「あ。明日はもうこのお屋敷から出発するんだったわね。」

「そうだよ。明日は魔族の森に行くの。」

「魔族の森ねぇ・・・。」

李春の手を握ったジェシカは、そのままヒーリカを部屋に置いて廊下を走ってゆく。

二人を横目で見送ったヒーリカは微笑むと、目の前に出していたコンソールの前で片腕を動かし、それらを消し去る。

軽い音を立てて光の粒として消えたコンソールを見つめ、ヒーリカは窓を開けて先に見える景色を見つめた。

青々と茂った草原や草花が視界の中に入り、同時に空を悠々と飛び去る鳥の姿が見える。

「本当、短期間で世界は見違えるモノなのね。」

聖水が降り注いで一週間、見る間に木々は生気を取り戻し、茶色の大地を露わにしていた土地は草花に覆われている。

枯れ果てた農作物は魔法がかかったように生き生きと育ちはじめ、野山を流れている水は透き通っている程だ。

「それだけ・・・巫女様の存在はこの世界に大きな役割を担っている・・・ということかしらね。」

窓を閉めたヒーリカは、その場にいない少女の事を思いだし、同時に傍らに立っているであろう人物を思い浮かべる。

「世界が整い始めているということは、それだけ決断の時期が早くなっている事でもあるのよね。」

「・・・レヴァンティアさん。」

部屋の入り口にいつの間にか立っていたレヴァンティアは、ヒーリカへと小さく微笑む。

「白の女神も黒の女神も目撃されていないわ。彼女たちも、るり達に刺激を与えるのは辞めたようね。」

「あの子自身の意見を尊重しようとしているの・・・かしら。」

「ふふ・・・さぁ、どうだか。」

長杖を抱え直したレヴァンティアは、ヒーリカに近寄る事無く部屋の入り口で言葉を紡ぐ。

ヒーリカも彼女に近づくことなく、その場で話をすることにした。

「あの・・・主帝が見つからないと、やっぱりるりちゃんは・・・」

「元の生活に戻れるけれど、こちらの記憶は無いに等しいでしょうね。」

「・・・やっぱり。彼女がイレギュラーだから。」

「そうね。」

不安げな表情を浮かべたヒーリカは、その場にいないるりを思い浮かべ、そして彼女が最も心配している事が的中すると分かると、ため息をつくしかない。

元々こちらの世界と関わりがないるりにとって、繋がりとも言える巫女の力が無くなれば、“こちらの世界を知る必要性は無い”と判断されるのだろう。

例えそれが、本人の意思とは関係ないとしたとしても。

「主帝・・・か。」

「共に歩み生きてゆく存在なのだから。・・・あの幼い年齢で決めてよいモノかと思ってしまうけれどね。」

「まぁ確かに。」

二十歳にも満たない少女に、今すぐに“旦那”を決めろと言うのはいかがなモノか。とヒーリカは内心で思ってしまう。

それが一生を互いで分かち合い、世界を良くするという意思を曲げないモノとして選ぶのはあまりに難しいのではないだろうか。

「それでも、白の女神はあの子を選んだ。黒の女神も彼女を信じるしかないと思っている。・・・まぁ、神様が何を考えているのかなんて、私達には到底わからない話でしょうね。」

「理解しようにも、頭の作りからして訳がわからないでしょうからね。・・・こればっかりは、様子見としかこちらも言えないわ。」

「ふふ・・・。」

大きなため息をついたヒーリカに、レヴァンティアは笑うしかない。

ゆっくりと扉から離れたレヴァンティアは、部屋の中をぐるりと見回して静かに微笑む。

「るりには仲間も出来たのだから。此処に来た当初よりは、心も成長できているでしょう。・・・幼い子供だと思って接するのは良くないのかもしれないわね。」

「そうです・・・ね。・・・昨日、彼女の特訓風景を見ましたけど、そう言っていいと思いますよ。」

「若い子は覚えがいいからねぇ。」

中庭の方からかすかな音が聞こえ、賑やかな声が響く。

ヒーリカは背伸びをすると、部屋の外へと歩き出した。

「おや・・・?」

「あれ・・・。」

ふいにレヴァンティアの横を通り過ぎようとした時、ヒーリカの端末が勝手に宙へと開かれる。

勢いよく文字が流れだし、同時に画像が幾つも周りに浮き出はじめた。

唖然と見つめるヒーリカの後ろから、レヴァンティアが小首を傾げて近寄ってゆく。

「・・・・っうそっ!」

「おや?どうしたんだい・・・?」

レヴァンティアがヒーリカの肩を叩くよりも早く、彼女は顔色を一変させて走り出す。

その表情は、凍りついたように引きつっていた。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

嬉しそうにミチルの方へと振り返ったるりに、彼女は微笑み返す。

目の前では肩で息をしているアルスとグレイの二人が地面に腰を降ろしていた。

「手加減してやってんだぞ!」

「手加減してやってんだよ!」

「す、すみませんっ・・・」

るりへと歩み寄ってきたミチルは、彼女の手を掴むと何度もうなずく。

「力加減もうまくいっているし、構成したい物も形をちゃんと作れるようになった。・・・もう、暴走する事もないでしょう。」

「よかったね。るり。」

「う、うん。」

傍らで見ていたランゼフが、嬉しそうに微笑んだるりにつられて、にっこりとほほ笑む。

身体の周りに漂わせていたコンソールを消した彼女は、ジェシカや李春と共にるりの方へと歩いて行った。

 

ミチルやアルスたちの特訓の成果もあり、るりは自分の力に自信を持つことができている。

この世界へと来た時は、半ば無理やり使用していた魔術も、ある程度ではあるが、理解しつつあった。

同時に、元板世界での遅れている勉強をランゼフに教わりながら、慌ただしい一週間を過ごしている。

 

風のように過ぎて行った日々は終わり、明日はついにキノトの屋敷から出発する日である。

 

色んな意味で高鳴る胸を押さえながら、るりは自分を落ち着かせるように何度も深呼吸をした。

「後は体力や持久力が必要だと思うけど、それに関しては時間が必要だろうな。」

「まぁ、今の感じなら一日くらい休まなくても何とかなるんじゃないかなぁって思うよ。」

「ありがとうございます。」

クリーム色のローブを羽織り直したるりは、頭を覆っていたフードを降ろして空を見上げる。

この世界に来てから空を見上げる事が多くなったが、日に日に天気は良くなり、空の青も清々しくなってきているように感じた。

「ねぇるりちゃん。あのね、母様や父様とも相談したんだけれど・・・」

「・・・?」

改まった様に話し出したミチルに、るりは小首をかしげる。

ミチルは何故かアルスとグレイの二人と顔を見合わせ微笑むと、ぽつりと言葉を発した。

 

「私も一緒に・・・これから先もついて行っていいかな?」

 

「え・・・っ?」

目を見開いて驚いたるりは、どうしてよいモノかとミチルを見返した。

「私、るりちゃんの役に立ってあげたいんだ。色々と迷惑かけちゃうとは思うけれど、でも・・・最後まで見届けさせてほしいの。貴女がどういった選択をするか。」

「み、ミチルさん・・・。」

「母様と父様の許可はもらってあるわ。二人とも賛成してくれたし、それに私だってちゃんと魔導は使えるから。・・・大丈夫だと思う。」「・・・・。」

るりの手を握りしめたミチルは、凛とした瞳で彼女を見つめる。

「で。更に相談なんだけどさ。」

「えぇ?」

ぽんと音を立てて肩を叩いてきたアルスに、るりは拍子抜けした声をあげてしまう。

彼が何かを言うとは思っていなかったのか、グレイやミチルも驚いているようだ。

 

「うちの弟もさ、もれなく連れて行ってくれない?」

 

「はぁぁ?」

グレイの肩を音が出るように叩いたアルスに、当の本人は目を丸くする。

ミチルとるりは、瞬きを何度もしつつ二人を交互に見た。

「ミっちゃんが守れないーってまぁた泣くと困るから、さ。そういうの、見てるのめんどうだから。よろしくってことで。」

「あ、兄貴?何言ってんだ?ちょっとまて・・・いやいや、確かにミっちゃんを一人で送りだすのは不安だとは言ったけど!」

「・・・・。」

唐突な相談にるりはどう答えたものかと、ランゼフやジェシカの方を見つめてしまう。

「どっちでもいいよ。人数が多い方が何かと役に立つだろうし。」

「私、ミっちゃんもグレイお兄さんも好きだから嬉しい!」

「・・・嬉しい。」

「み、みんな・・・」

苦笑いのような笑みを浮かべたランゼフに、続くようにジェシカと李春がミチルに抱き着いて答える。

るりは皆の顔を順に見つめると、息を吐いた。

「・・・よろしくお願いします。・・・えっと・・・お二人とも。」

「お、俺もかっ!」

「だ、駄目かな?」

「だだだ、駄目じゃないけどっ!」

慌てふためいて狼狽えるグレイに、アルスとミチルは笑い出す。

頬を赤くして不機嫌そうな顔をしたグレイは、観念したようにるりへと手を差し伸べた。

「よろしく・・・。えっと、巫女様?」

「うぅん。私はるりだよ。」

「・・・。」

グレイの差し伸べた手を前にして、るりはその手を取らずに答える。

咳払いをしたグレイは、一度手をひっこめると再度るりに手を差し伸べた。

「・・・よろしく。るり。」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」

満面の笑みで手を握り返したるりに、グレイは照れくさそうに笑いだす。

「兄貴はいいのか?」

「俺は父さんたちと一緒に、お前達のバックフォローにまわるよ。何かあった時に、すぐに連絡取れるようにしておくさ。」

「そっか・・・。兄さんなら頼もしいもんね。」

「ちょっとミっちゃん?それじゃ、俺がフォローにまわったら心配だらけみたいに聞こえるんだけど・・・。」

「え・・?」

「・・・・・・え?」

ミチルと顔を見合わせたグレイは、きょとんと小首をかしげた彼女に何も言えず、ただお互い顔を見合わせて固まるしかない。

「あんたじゃフォローは無理だろ。ツッコんで自滅してくれた方がこっちは楽だからさ。」

「っ!お、お前は・・・。」

わなわなと肩を震わせたグレイは、さげすんだように笑ったランゼフを睨みつける。

ランゼフはしらっと顔を背けると、何事も無かったようにその場から離れてゆく。

「あ、そうだっ!」

「えっ?」

ふいに思い出したようにミチルが目を見開く。

「そうだった。明日はコーディおじ様の所に行くんだから、あんまり疲れたらダメよねっ。」

「お、ついにるりちゃんもアリスと会うのか。」

「っっ!」

ニヤニヤと笑ったアルスは、意味深にるりへと視線を移す。

とたんにるりの顔が赤くなり、それをからかうようにミチルやグレイも彼女を見つめた。

「・・・アリス・・・って誰?」

「あのね、アリスお兄さんはねぇ、るりが好きなお兄さん。」

「っっっじぇ、ジェシカちゃっ?」

「・・・るり・・・顔が真っ赤だね・・・熱?」

「ふぇっ?」

顔を真っ赤にして怒ったるりに、ジェシカはアルスと二人でニヤニヤと笑いかける。

李春は首を傾げ、るりのおでこに向かって手を上げていた。

「だ、だいたいっ!なななな、なんでみんな・・・わた、私がアリスさんと知り合いというかなんというか、そういうこと知っているのっ?」

「え・・・あぁ。それ?」

「それはね・・・」

慌てたように話し出するりを見て、ジェシカやミチル達は心底楽し気に笑い出す。

「お母さまが話してくれたのよ。るりちゃんがいない時にね。」

「え・・・えぇ。れ、レヴァンティアさんがっ?」

くすりと笑ったミチルと目が合い、るりは真っ赤な顔を両手で覆うとため息をついて目を泳がせる。

耳まで赤くなった彼女は何度も瞬きを繰り返していた。

「あのさ・・・いつまでそんな話を・・・・」

賑やかに話す彼女たちの方へ、ランゼフは呆れたように歩み寄ってゆく。

 

「・・・・?・・・・」

 

しかし、その足はぴたりと途中で止まり、手を震わせ出した。

 

「ランちゃん?」

「どうした?」

突然顔色を悪くしたランゼフに気がつき、るりとアルスが駆け寄ろうとしてくる。

「っっ!だめだっ!来ちゃっ!」

「えっ!」

「っっっ?」

悲痛な程の声で叫んだランゼフは、思い切り手を伸ばしてるりの身体を弾くと、瞬時にして頭上へと手を動かす。

淡い緑の光が壁のように広がり、ランゼフは冷や汗を垂らしながら更に術を広げた。

「伏せてっ!何かくるっ!」

「っなんだっ!」

上空を見上げたミチルは、アルスと共に片腕を空へと広げると、頭上に魔法陣を浮かび上がらせる。

黄色の光を帯びた魔法陣はるりたちの頭上で広がり、屋根のように地面へと模様を浮かび上がらせた。

「っっきゃぁ!」

ジェシカの声が響くや否や、頭上から雨のように金属片が降り注ぐ。

音を立てて魔法陣やランゼフの作り上げた淡い緑色の壁へと、轟音を立てて何かが突き刺さった。

「・・・来る・・・」

「っっ!」

ジェシカに抱き着かれた李春はピクリと羽を動かし、ランゼフの立っている更に前方を見て目を細める。

「っっちっ!」

「ら、ランちゃん?」

頭上を覆っていた淡い緑色の壁を自ら破壊したランゼフは、前方から急接近してきた人物へと片腕を向ける。

軽い音を立てて何かがぶつかり合うと、ランゼフは距離を取るためにその人物から離れた。

彼女の片腕には淡い緑色の光を帯びた刃が光っている。

 

「・・・やっぱりだ・・・あぁ・・・あっていた・・・」

 

真っ黒な服をなびかせた青年は、顔の半分を包帯で埋め尽くしている。

白い髪が更に肌を色白くみせつけ、片方だけ見える赤い目が不気味に動いていた。

独り言のような言葉を呟き、彼はランゼフの方を見つめている。

「まてまて、この屋敷は外部から易々と入れねぇはずだぞ・・・?」

長杖を構えたアルスは、得体のしれない青年を見つめ唖然と口を開いた。

「さぁ、帰ろうよ?・・・おうちにさぁ?」

「おうち・・・?」

含み笑いを浮かべた青年は、心底可笑しそうに身体を震わせている。

しかし、その言動とは裏腹に、両手にはメスのような刃物を幾つもちらつかせていた。

アルスの言葉に興味が無いのか、彼はランゼフだけを見つめている。

るりはランゼフへと声をかけようとするが、彼女が手を震わせているのに気がつき、近寄ることもできない。

「下がってろっ!近くに来るとやられる!」

「で、でもっ!」

身体を揺らした青年は、地面を軽く蹴り上げるとランゼフとの距離を一気に狭める。

手に持った刃物を迷うことなく振りかざした青年に、ランゼフは片腕に装着した刃先を向けその攻撃を防御するしかない。

「どうしたんだいランゼフ?おうちに帰ろうよ・・・外は危ないよ?」

「お前といた方が・・・危ないんだよ・・・」

歯を見せて笑った青年は、不気味な印象しか感じられず、アルスたちはその場から足を動かす事も出来ない。

迂闊にその場を離れようとすれば、頭上を守っている魔法陣が崩壊し、突き刺さった刃物が落ちてきそうなこともある。

「いつまでも、この状況を維持するのは難しいよっ!」

「一か八かで応戦してみるかっ?」

「・・・っ!」

音を立てて魔法陣が割れはじめ、アルスは苦笑いを浮かべる。

ガラスが割れたような音をたてて、頭上を守っていた魔法陣が崩壊してゆく。

「なんだい・・・この騒ぎは・・・。」

「か、母様!」

るりたちの頭上目掛けで落ちてきた刃物は、声と共に舞い上がった風にまかれて跡形もなく消え去る。

入れ替わるように風をまとって現れたレヴァンティアは、ランゼフと対立している青年を見て、目を細めた。

「私の屋敷で自由に動くとは・・・お前は何者だい?」

「・・・っ。」

ランゼフに気を取られていたのか、青年はレヴァンティアが放った魔法を視界に入れると、苦々しげにその場から離れる。

額に浮き出た汗を拭ったランゼフは、片膝を立ててその場で肩を上げて息をしていた。

「ら、ランちゃんっ!」

「だめだよっ!るりっ!」

「っっ!」

青年の動きが止まったのを確認し、るりはランゼフへと駆け寄ろうと足を踏み出す。

しかしランゼフの怒鳴り声がるりを制止させ、彼女はその場に立ち止まってしまった。

「絶対に来ちゃだめだ・・・」

「ど、どうしてっ?」

まとったローブを払いのけ、ランゼフはゆっくりと立ち上がる。

ふらりと身体を揺らして倒れそうになるが、彼女は歯を食いしばり目の前の青年を睨みつけた。

青年は相変わらず何を考えているのかわからない表情で、真っ赤な目をぐるりと回して辺りを見ている。

「そうか・・・そうなのか・・・その子がいるから・・・おうちに帰ろうと思わないのか・・・」

「ば、ばかっ!違うっ!」

「いや、違わないよね?・・・その黒髪の・・・現世だったかな?そっちにいた彼女がいるから・・・おうちに戻りたくないんだろぅ?」

「違うっ!違うから!そっちに行くなっ!」

手に持ったメスを軽々と回転させた青年は、口元に笑みを浮かべながら方向を変える。

しっかりとるりを見つめた青年は、歯を見せて笑うと彼女の方へと歩き出した。

言い現せない程の恐怖が背中を駆け抜け、るりはとっさに手の中に力を溜めこむ。

「人の屋敷で好き勝手してるんじゃないよ・・・!」

「おっと・・・。」

レヴァンティアが長杖を振るい、青年の足元から灰色の槍を幾つも出現させる。

彼を捕らえようと灰色の槍は音を立てて地面から抉り出るが、青年は軽々とその一つ一つを捕らえて避けてゆく。

「るり・・・危ないよ・・・こっち・・・」

「り、李春ちゃん?」

ジェシカの腕からすり抜けた李春はるりの手を握ると、力任せに彼女を引っ張り出す。

るりは李春の手を握りながら、引かれるままにその場から走り出した。

羽をはためかせ飛び立った李春は、風に舞うようにるりを導く。

「嫌な男・・・」

「え・・・。」

後方でレヴァンティアが放った灰色の槍が轟音を立てて蠢いていると思えば、李春がぽつりと呟き急にその場へと佇んだ。

驚いた表情で立ち止まったるりは、目の前にいるはずのない人物が立っている事に気がつき悲鳴を上げそうになる。

「妖精・・・?へぇ、珍しいね・・・」

「・・・。」

青白い顔で笑った青年は、どうやって先回りしたのか分からないが、るりと李春の前から彼女たちに近寄ってきた。

「何なんだい・・・。あいつは・・・。」

「お、俺らが知るかよっ・・・」

「るりっ!李春ちゃんっ!」

苦々しげに青年を睨んだレヴァンティアは、アルスとグレイへと視線を向けるが、二人は困惑した顔で母親を見返るしかない。

ジェシカが声を大にしてるり達の名前を呼ぶが、二人はそちらへと振り返る余裕が無い状態だ。

「るりには手を出すなっ!」

「・・・おやっ」

小さな淡い緑色の光がるりの前で弾けたと思うと、その中からランゼフが姿を現す。

その勢いを使い、ランゼフは青年に向かって腕の刃先を振りかざした。

しかし軽々とそれを避けた彼は、可笑しそうに笑みを浮かべランゼフから離れる。

「凄いね・・・外の世界に行ってしまったから・・・君はこんなにも色々な表情をするようになったんだね・・・凄いね・・・凄いよ・・・」

「黙ってろっ!ディレイ!」

「おや・・・そんな言い方もするんだね・・・。」

吠えるように怒鳴ったランゼフに、ディレイと呼ばれた青年は目を細める。

今までランゼフには微笑んでいた彼だったが、名前を言われた途端に不機嫌そうに歯を食いしばりだした。

歪んだ眼がランゼフやるり達を睨み、手を震わせて怒りを露わにしている状態だ。

「・・・あの人・・・ディレイっていう名前?」

「え・・・そ、そうだけど・・・って今はそういう事言ってる場合じゃないんだけど・・・」

「・・・。」

息を荒げ喋るランゼフの横に、ふわりと李春は近寄る。

場違いのような言葉を投げかけられたランゼフは、頭を左右に振ると目を細めたディレイを睨む。

「僕に従順であってほしかったのに・・・やっぱり・・・そうか・・・その女の子のせいなんだね・・・あの・・・“死体”が言っていたとおりなんだね・・・その子のせいでその子のせいで?・・・その子のせいだ・・・よね?」

「何を言ってるんだ・・・?」

時折思い出したように小首を傾げ、ディレイは表情をクルクルと変えながらるりの方へと歩み寄ってくる。

彼女をかばうように前へと出たランゼフだったが、ディレイの目にはランゼフは映っていないようだ。

るりは指先に力を放出させると、いつでも発動できるように深呼吸をして自分を落ち着かせようとする。

「じゃぁ・・・あの死体が言っていたように・・・彼女は・・・消えた方がいいのかな・・・?・・・でも、おかしいな・・・それは・・・僕の端末は良いとは言っていなかった・・・変だな・・・」

「るり・・・離れて、どんどんアイツおかしくなってる・・・」

「危険だよ・・・凄く・・・危険な感じ・・・」

淡々と独り言を呟くディレイは、手に持ったメスとるりの顔を見比べ、小さく頷く。

「やっぱり・・・消してしまおう・・・それから・・・考えよう。」

「っっ!」

冷たく言い放ったディレイはメスをくるりと回転させ、地面を思い切り踏み込む。

赤い目が閃光のように輝くと、彼はるりに向かって一直線にそれを噴きかざした。

声にならないランゼフの悲鳴がるりの耳に入るや否や、彼女は両手を広げて前方へと魔法陣を張り巡らす。

軽い音を立ててディレイの持ったメスが弾かれ、彼は勢いをつけてその場から飛び退いた。

 

「見つけたっ!」

「っっとっ!」

ディレイが地面へと着地すると同時に、るりを飛び越えて一人の人影が駆けてゆく。

唖然とその姿を見つめたランゼフは、その場から動けずにただ二人の影を追うしかない。

「大丈夫?けがはないっ?」

「ひ、ヒーリカさんっ!」

こぶしを構え直し、足に力を入れたヒーリカは、対立するディレイの動きを気にしつつ後方にいたランゼフとるりをちらりと見る。

風を切るように足を浮かしたヒーリカは、るり達の言葉を待つことなくディレイへとこぶしを振り上げた。

紙一重のところで彼はヒーリカのこぶしを避けるが、それを予想していたかのように彼女は身をひねって大きく脚を蹴り上げる。

「なかなかやるじゃないかっ!」

「あんたに言われても!何にも嬉しくないけどっ!」

ヒーリカの回し蹴りを受け身で交わしたディレイだったが、地面をすべるように後方へと弾かれ、手に持ったメスを落す。

地面へと落ちたメスは金属であるはずだが、音を立てずにまるで泡のように形を消した。。

「さっさとお縄についてもらいたいんだけどっ!」

「それはっ、嫌だね・・・っ!」

軽々と身をひるがえしたヒーリカは、地面を両腕で押し込むと身体をバネのように飛び上がらせディレイへと急降下する。

苦笑いを浮かべた彼は、ヒーリカが目の前に降りてくる寸前でその場を退くと、新たに持ったメスを彼女へと突きつけた。

が、ヒーリカはひるむことなく彼の腕を弾きあげる。

「これは困ったね・・・」

「こっちも困ったわよ・・・あんた、すばしっこいのね。」

「・・・。」

短く呼吸を整えたヒーリカは、彼女には珍しい程に目を鋭くとがらせ、ディレイを睨みつけていた。

「なるほどね・・・あいつは監視者・・・だから、私と旦那の結界をいとも簡単にすり抜けたのかい・・・」

「監視者・・・ってあんなオバケみたいのもいるのかよ・・・」

「オバケと言うか、バケモノだぞ・・・。」

何故か感心したように頷いたレヴァンティアは、息子たちの横でヒーリカと対立するディレイを見つめる。

自分たちの攻撃では彼を追う事が出来ないと思っているのか、彼女たちはヒーリカに応戦する事もしない。

「今日は・・・やめよう・・・ちょっと・・・考えたいからね。それが良い・・・考えよう・・・」

「はっ?」

ぼそぼそと独り言を呟いたディレイは、大きく芝居じみたようにため息をつくと、自分の周りにコンソールを出現させた。

ヒーリカやランゼフの使うモノとは全く異なり、真っ赤な光を放ったそれは、毒々しい色をしている。

時折ノイズの走るコンソールは歪な音を立て、彼の指先で震えていた。

「ディレイ・・・あなた、“向こう”の連中と手を組んでるの?」

「・・・さぁ・・・僕は気まぐれだからね・・・手を組むとか・・・そういうのは嫌いなんだ・・・利害が一致すれば・・・ちょっと手伝う・・・くらいだよ・・・」

「・・・・。」

急に戦意喪失した彼は、ヒーリカに武器を向けることもしない。

つまらなそうにコンソールを叩き終えたディレイの周りに、赤黒い光りがまとわりつきだす。

「あのね・・・ヒーリカ。僕はランゼフとおうちに帰りたいだけだ。・・・だけど・・・それを拒んでいるのが目に見えてわかる・・・どうして?」

「当たり前じゃない。ランゼフはあんたと二人で暮らすのが嫌なの。見て分からないの?」

「・・・」

覇気のない声でしゃべるディレイを一括するように、ヒーリカは声を張り上げる。

気味の悪い笑みを浮かべた彼は、心底嫌そうに彼女をじろりと見つめた。

そして、ヒーリカの後ろに隠れるように佇むランゼフを見て、更に表情を曇らせる。

「あんたとは接点は“向こう”でなかったけど、よくよく考えてみたら同じ会社の人間だから知らないはずはなかったのよね・・・。ディレイとか・・・そんな名前知らないし・・・。」

「僕の名前はディレイだよ。それ以外の名前は無いんだ・・・。」

「あっそう。」

吐き捨てるように言ったヒーリカは、自分の周りにコンソールを出すと、勢いよく叩きだす。

ぴくりと肩を動かしたディレイは、嫌々そうに彼女の姿を見つめた。

「ハッキングするのかい?・・・趣味が悪いね・・・・」

「趣味が悪いのはどっちよ。もう、ランゼフを連れて帰ろうとか考えるのはやめてくれない?」

「・・・それは・・・」

「やめるって言わない限りは、ハッキングでもクラッキングでも破壊でもなんでもしてやるわよ?」

「・・・・。」

ディレイはどうやらヒーリカに頭が上がらないのか、彼は苦々しげに片腕を動かすと、赤黒い光りの中でヒーリカに向って何かのデータを投げつけた。

弾けるような音がすると、その赤黒い光りのデータはヒーリカの操作するコンソールへと吸い込まれてゆく。

「ちょっと、これ・・・」

「それ・・・いらないから・・・君にあげるよ。だから・・・今日は追いかけっこはやめてくれないか?・・・僕はあの“死体”に興味はないんだよ・・・」

「・・・・え・・・。」

大きなため息をついたディレイは、赤黒い光りに包まれて姿を消す。

跡形もなく消え去った彼に、周りの者達は唖然と立ち尽くすしかない。

「あ・・・あの・・・大丈夫・・・ですか?」

「え。あぁ。」

おずおずと進み出たミチルは、ヒーリカの顔を覗きこむ。

ディレイが投げつけたデータに目を見開いた彼女は、ミチルが近くへと寄ってきた事に気がついていなかったらしく、驚いて彼女へと答えた。

「私は大丈夫・・・。というか、なんだかごめんなさいね。・・・変質者を屋敷に入れてしまって。」

「・・・変質者・・・。」

コンソールを傍らへと飛ばしたヒーリカは、苦笑いを浮かべてミチル達に頭を下げる。

ヒーリカの変質者という言葉に苦笑いを浮かべたレヴァンティア達は、思い思いに屋敷へと戻ろうとした。

「ランちゃん・・・大丈夫?」

「顔・・・あおい・・・」

「・・・うん。」

その場に座り込んでしまっていたランゼフに、るりは駆け寄ると彼女の肩を抱くように立たせる。

ランゼフの顔を覗きこんだ李春はぽつりと小さく呟いた。

「ちょっとまだ・・・手が震える・・・でも・・・平気だから。」

「無理しないでね。」

「う・・・うん。」

そっとランゼフの頭を撫でたるりは、優しく微笑むと彼女達と共だってヒーリカの方へと歩いてゆく。

コンソールを勢いよく操作したヒーリカは、時折悲鳴のような反応を上げては頭を抱えていた。

「ヒーリカ・・・ありがとう。助かった。」

「え?あぁ、いいのよ。私も気がつくのが遅くてごめんなさいね。」

「ヒーリカ・・・すごかった・・・なんか・・・すごかった・・・。」

「ふふん。私だってやれば出来るのよ。」

パチパチと手を叩いた李春に、ヒーリカは胸を張って笑みを浮かべる。

いつもの調子に戻ったヒーリカを見て、ランゼフとるりは顔を見合わせて微笑んだ。

「っていうよりも、アイツね。うん、ディレイ。・・・色々と飛ばして言うけれど、ようはただの変質者。マッドサイエンティストっていうのかしらね・・・そんな感じの変質者よ。あいつ。」

「大雑把すぎないか?」

「でも、説明のしようがそれしかないんだもの。仕方ないわ。」

慌てふためいたように言ったヒーリカの言葉に対して、グレイが目を細めて愚痴を言う。

ディレイから渡されたデータが気になっているのか、ヒーリカの返答や言葉はかなり大雑把になっていた。

「まぁ、変質者ではあるけれど、頭は良いわ。馬鹿はしないタイプね。だから・・・まぁ・・・いきなり出てきて理由も言わずにズバッと命を取って行くことは無いと思うから・・・安心して?」

「いやいやいや・・・それって安心できるような感じじゃないと思うんだけどっ!先のあいつだってやたらに豹変したし・・・」

グレイに軽く笑ったヒーリカは、苦笑いを浮かべると次の瞬間にはコンソールと隣に浮かんだスクリーンへと視線を移してしまう。

話があまりできないと思ったのかグレイはため息をつくと、ミチルやアルスたちの方へと歩いていた。

「あの馬鹿・・・首ツッコすぎよ・・・。」

「・・・それ、先ディレイが投げたデータ?」

「え・・そうよ。」

震えが収まらない手を自分で握りながら、ランゼフはヒーリカの横からスクリーンを覗き込む。

色々な文字や写真などが乱雑に映ったそれらは、多くの事が端的に記されているようだった。

「これ・・・敵の情報じゃないの?」

「みたいね。何を考えてこの情報をこちらに横流ししたのか・・・さっぱり理解ができないわ。」

「・・・。」

るりと李春も同じようにスクリーンを覗き込むが、それらが何を意味しているのか理解できない事ばかりが羅列している。

見た事のない数式や、何かを示している文字列を見ても、るりには理解できない。

「解読が終わり次第、ランゼフの端末にも送るわね。万が一、ウイルスなんていうのが撒かれてしまったら最悪だし・・・。エナミに相談しつつ解読してみるわ。」

「あ・・・うん・・・。」

勢いよくコンソールとスクリーンを消したヒーリカは、大きく深呼吸をすると、浮かない顔のままで答えるランゼフを見つめる。

肩を叩いたヒーリカに、ランゼフはそっと彼女の顔を見つめた。

「でも、偉かったわよランゼフ。あなた、ちゃんと言った事を守れたじゃない。」

「・・・何の事?」

「るりちゃんを守るんでしょ?・・・ディレイからるりちゃんを守ろうとあなた必死に頑張っていたわ。」

「・・・・。」

偉い偉いと頭を撫でたヒーリカは、柔らかく微笑む。

「それに、るりちゃんだってあなたを助けようとしていた。・・・最初はどうなる事かと思っていたけれど、この短期間で二人はちゃんとパートナーとして打ち解けたのね。・・・私は嬉しいわ。」

「ヒーリカ・・・。」

傍らでるりが話を聞いているのに照れているのか、ランゼフは目を泳がせている。

再度ランゼフの頭を撫でたヒーリカは、思い立ったようにその場から離れて行った。

彼女は急ぎ早にレヴァンティアの方へと駆けてゆくと、何やら表情を一変させ、彼女と話をし始めている。

「ランちゃん。守ってくれるのは嬉しいけれど・・・私も頼ってくれるともっと嬉しいな。」

「・・・え。」

ぼんやりとヒーリカの姿を見つめていたランゼフに、るりが呟く。

彼女の言葉に驚いたのか、ランゼフは目を丸くして視線をそちらへと向けた。

るりは柔らかに微笑み、李春と何故か顔を見合わせてから、ランゼフへと笑みを向けた。

「ランちゃんは大切な仲間だもの。自分だけで抱えないで。・・・前にランちゃんが私に言ってくれたじゃない。」

「私も手伝うよ。・・・ランちゃんはお友達・・・」

「・・・。」

おもむろに手を広げた李春は、そのままランゼフへと抱き着く。

小さな手がしっかりと彼女の服を掴み、赤い瞳がじっと見つめてくる。

「あーずるいよ!私もいれてっ!」

「っておいっ!」

後方からジェシカの声が響くや否や、ジェシカはランゼフに背後から飛びつく。

驚いた声をあげてランゼフは二人に挟まれた。

「ランちゃん大好きだよーっ!」

「大好きだよー・・・」

「や、やめろっ!恥ずかしいだろっ!」

「ふふ・・・。」

声をあげてランゼフを抱きしめたジェシカを、マネをするように李春が同じように言葉を続ける。

顔を真っ赤にして慌てふためいたランゼフは、二人の間で大声を上げるが彼女たちは離れそうもない。

近くで見ていたミチルと目が合ったランゼフは、いっそう顔を赤くするとバタバタと手足を動かした。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

夕暮れも過ぎ、外が夜へと変わるころ、アイネは応接室へと届いた物を見て、眼を輝かせていた。

屋敷の者達も手伝い、彼女はそれらをトルソーに着せてゆく。

「ティア。これはミチルちゃんの?」

「えぇ。」

後方でぼんやりとした光に包まれ、レヴァンティアの姿が映し出されている。

彼女は魔法で姿だけをアイネのいる屋敷へと映し出しているらしく、身体が半透明になっていた。

「可愛いお洋服ね。この小さいドレスは?」

「るりが連れている妖精と監視者の子が着るようにね。」

「・・・妖精?」

聞きなれない言葉に首をかしげたアイネは、幼い子供が着れるくらいの小さなドレスを手に持ってレヴァンティアへと振り返る。

「そう。るりがキノトとミチルと一緒に街へと出向いた際にね、奴隷として売られていた妖精を助けたの。・・・妖精といっても、更に珍しい妖精だけれど・・・ね。」

「・・・?」

ふっと小さく笑ったレヴァンティアは、座っていた椅子から立ち上がり、映像から一瞬だけ姿を消す。

同時に、アイネのいる部屋に新たな魔法陣が現れると、男物の服が送られてきた。

アイネは屋敷の者達に指示を出し、それらもトルソーへとかけてゆく。

「うちの息子の物だからね。お前の息子はアイネが用意しておやり。」

「もう、そのくらいはちゃんと用意してあげてますっ。」

「おや・・・そうかい。」

からかうようなレヴァンティアの言葉に、アイネは頬を膨らませて怒りだす。

ため息をついたアイネは、何をいう訳でもなくその場から少し離れると、部屋に並べられた洋服をじっと見つめた。

「・・・ティアはどう思う?」

「・・・私?」

「うん。・・・るりちゃんと・・・そのほかの事。」

「あぁ・・・。」

用意された椅子に腰をかけ、アイネはレヴァンティアに言う。

問いかけられた彼女は、いつものように口元へと笑みを落すと、長杖を抱え直した。

「あの子はまだ幼い。それを支えてあげられる男がいるなら、巫女になるべき人材なのかもしれないね。」

「そう・・・ね。支えてあげられる・・・包み込んであげられる人じゃないと、るりちゃんはきっと・・・なれない。」

二人は言葉もなく顔を見合わせ、どちらと言う訳でもなく話し出す。

「私がるりちゃんに助けられた時に、あの子はとても深い闇の中で眠ろうとしていた。孤独と不安と恐怖を抱えていたわ。」

「少なからずとも、私も感じているよ。・・・あの子には、ほの暗い闇が心に居座っているようだね。」

「えぇ。きっと今まで生きていた中で、あの子が蓄えてしまったものなのでしょうね・・・」

「・・・。」

トルソーに洋服をかけ、屋敷の者達は何をいう訳でもなく部屋から姿を消してゆく。

何やら騒がしい音が屋敷中で響いているが、アイネは気にせず続けた。

「るりちゃんに蓄えられた闇は深いわ・・・。他人である私でさえも影響を受けそうな程だった・・・いつ爆発してもおかしくないほどに。」

「紙一重・・・というべきものかい?」

「えぇ、そうね。引き金がどこに隠れているか見当がつかないし・・・」

ぽつりと呟いたアイネの一言に、レヴァンティアは小さく頷く。

「あの子にとっても、るりちゃんにとっても、お互いの存在が引き合せているとしたならば・・・・」

「お前の子は腹を括らないとならないね。」

レヴァンティアはため息をつくと表情を曇らせる。

その言葉に頷いたアイネは、椅子から立ち上がると自分の長杖で床を少し叩いた。

魔法陣が浮かび上がり、もう一つのトルソーが出現する。

「ちゃんと明日は・・・アリスがあの子に話しかけられればいいけれど。」

「・・・どうだろうねぇ。」

柔らかなドレスを着たトルソーの横に出現したトルソーが並ぶように置かれる。

黒を基調とした男物の服を着せたトルソーを見て、アイネは大きなため息をついた。

 

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