白と黒の世界   作:水鏡 零

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39話

屋敷の者達や、アイネ達とたわいもない話をしつつ、時間はゆっくりと過ぎて行った。

辺りは夕暮れとなり、夜の闇が空へと広がりだしている。

ぼんやりとした明かりが外を照らしだし、深い森の色をより濃くしていった。

「ほらみて。あそこ。」

ベランダから身を乗り出したジェシカの指さす方を見ると、そこには小さな光がポツポツと見えている。

切り立った崖の上で揺らめくその光は、竜の里があった方向だ。

「この一週間でバケモノも出なくなったから、里の皆が入り口を照らす明かりをつけたんだよ。」

「外から来る人たちを出迎えているという事か?」

「うんそうだよ。」

嬉しそうにそちらを見つめたジェシカは、ランゼフの言葉に大きく頷く。

キラキラと瞳を輝かせた彼女は、ふわりと空へと身を浮かべる。

「それだけ、聖水が世界に溢れたという事だな。排他的な意識が減りつつあるって言うのは良い事だ。」

「私達の住んでいた街も、これからもっと賑やかになるでしょうね。」

部屋の外が昼間よりも慌ただしくなり、それに伴って外を照らす明かりが色濃くなってゆく。

屋敷の者達が辺りの木々にカンテラのように魔石を駆けてゆくのがベランダ越しから見えた。

庭を照らす照明が輝きだし、その先に見える小道を照らす。

「るりちゃん。ジェシカちゃん。見てごらん?ちょっと変わった人たちが通るわよ。」

「えっ?なになに?」

「あれ・・・は・・・?」

小道を照らした先へと、ぼんやりとした明かりがフワフワと浮いて行くように動いてゆく。

金や銀の楽器を抱えた真ん丸な球体は、可愛らしい蝶ネクタイを胸につけて小道の方へと動いていた。

「今夜のパーティの精霊さんの楽団だね。おば様が魔導で呼び寄せたんだと思うよ。」

「お、おばけさん?」

「あぁ、ちょっと違うかなあ。」

半透明な薄いクリーム色をした球体は、背中に小さなしっぽが動いているようだった。

勾玉を思わせるような身体には、真ん丸な目がパチパチと動き、皆同じように蝶ネクタイをしている。

「この森に住んでいる精霊さんみたいな人達なの。皆、楽器が大好きで・・・私が小さいときは夜になると楽しい音楽を響かせていたんだけれどね。」

「まぁ、例の一件でバケモノから身を守るために隠れていたんだろう。」

「そうだったんだ。」

軽々とオルガンを二匹で抱えてゆく精霊は、照らされた小道を楽しげに動いてゆく。

彼らが進んで行く先では、開けた場所がバルコニーから見え、色とりどりの明かりが灯し出されていた。

傍らに楽器を持って集まっている精霊たちの姿がぼんやりと輝いており、その前ではテーブルや椅子が用意されている。

どうやら、今宵の会場は屋敷ではなく森の中で行われるらしい。

「真ん丸で柔らかそうで・・・・美味しそう・・・」

「食べれないよ、りーちゃん。」

「・・・りーちゃん?」

ぼんやりとした表情で精霊を見つめた李春に、ジェシカが苦笑いを浮かべて声をかける。

ジェシカの言葉に小首をかしげたるりは、二人を交互に見つめた。

「るりがいない間にジェシカが考えたんだよ。りーって呼べばいいんじゃないかって。」

「それで、りーちゃん?」

「うん・・・。気に入った。」

不機嫌そうにるりを見たランゼフは、李春に抱き着かれながら呟く。

小さく羽を動かした李春は、ジェシカの方を向いて頷いた。

「じゃぁ、私も李春ちゃんじゃなくて、りーちゃんって呼んだ方がいいかなぁ?」

「うん。るりもそう呼んでいいよ。」

「上から目線じゃねぇか。」

自信満々に頷いた李春に、グレイのツッコミが瞬時にして入る。

二人のやり取りに微笑んだミチルは立ち上がると、ジェシカの隣から森をゆっくりと見渡した。

明かりが灯された場所以外は、静かな夜の闇が森全体を包んでいる。

ちらほらと小さな光が動いているが、それらからは妖しげなものは感じられていない。

本当に穏やかそうな雰囲気が、森全体を包んでいるようだ。

視線を変えて精霊たちが動いている方へと向けると、慌ただしく動いている人々の姿が目に移りこんできた。

「皆様、おそろいですかな?」

「っ。アンディさん。」

ふいに後方から声が聞こえ、るりやミチル達は驚いたように振り返る。

部屋の扉を静かに開けたのか、そこには先程までいなかったアンディの姿があった。

彼の後ろでは、屋敷の者たちが佇んでいる。

「そろそろ。お支度を始めて頂きたいと奥様より申し付かったので、お伺いさせて頂きました。」

「そうですね。」

「うぅ・・・。」

るり達に振り返ったミチルに合わせて、グレイやジェシカ達も部屋の中へと戻ってくる。

渋々とバルコニーへ行く扉を閉めたランゼフは、嫌々そうにるりの後ろへとついてきた。

「ボクは別に・・・このままでいいのに・・・」

「それは駄目だよ。レヴァンティアさんが選んでくれたんだし。」

「そうそう。そんな物騒な格好して、パーティに出る奴はいないぞ。」

「・・・。」

からかうようにグレイに笑われ、ランゼフは彼を睨みつける。

グレイはランゼフの視線に気がつきながらも、ミチルの後を追うように部屋から出てゆく。

「では。参りましょう。・・・そうそう・・・るり様。」

「えっ?わ、私ですか?」

皆が部屋から思い思いに出てゆく中で、アンディがるりの背中に向かって声をかけた。

るりは足を止めてアンディへと振り返る。

ランゼフが同じように止まろうとするが、ジェシカに手を掴まれ引きずられるように先へと進んでいった。

「るり様は、こちらへ。」

「・・・?」

人差し指を立てて微笑んだアンディは、るりを先導するようにランゼフ達が行く方向とは逆へと彼女を案内してゆく。

一度後方を振り返ったるりは、不思議そうに思いつつもアンディの後をついて歩き出した。

「おやおや・・・。お姫様は別待遇か?」

「ふふ。」

ニヤリと笑ったグレイはちらりと振り返ると、ミチルの耳元で呟く。

ミチルはその言葉に微笑むと、屋敷の者と共だって案内された部屋へと入って行った。

「ランちゃんー。るりの事とか着たことが無いお洋服に嫌々するのはわかるけど、もうちょっと我慢しようよ。」

「・・・わかってるよ。っていうか・・・混乱してるだけだよ。」

「きれいなお洋服・・・着るの・・・李春も初めて・・・大丈夫。」

「・・・いや・・・その・・・」

ランゼフの手を握った李春は、思い切り彼女の手を振って歩く。

苦々しげにそれを見つめつつランゼフはジェシカに引きずられるように、部屋の中へと入って行った。

後方で扉が閉じられ、部屋を隠す様にカーテンが引かれる。

目の前に置かれたテーブルに上着を置いたミチルは、一生懸命に服を脱ぎだした李春の手伝いを先に始めた。

ジェシカはメイドたちに付き添われ、真新しい服に袖を通してゆく。

しかし、一向にランゼフはローブを脱がないどころか、その場から動こうとしない。

「ランちゃん・・・。」

「あのさ・・・お願いがあるんだけど・・・」

「・・・?」

後押しするように呟いたランゼフに、ジェシカやミチル達は小首をかしげる。

ランゼフは大きくため息をつくと、羽織っている長いローブをゆっくりと脱いだ。

「それ・・・ランちゃん・・・あの・・・」

「・・・るりには黙っていて。」

「・・・・・。」

手首に巻き付けてあったアームカバーを取ったランゼフは、ミチルやジェシカ達をじっと見る。

「ボク、君たちを信じてるから。・・・お願い。」

ランゼフの身体を見つめたジェシカは、思い切り彼女に抱き着く。

「・・・何も聞かないよ。聞いたりしないし、言わないから。」

「・・・・ありがとう。」

そっとジェシカの背中に手をまわしたランゼフの手首には、縫い目のような跡がくっきりと残っていた。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

柔らかな魔石の光に照らされながら、人々が集まってくる。

先導するように動いていたカンテラがゆっくりと動き、それらは木々の枝にぶら下がった。

「おう。元気だったか?ディル?」

「・・・ん?」

親友の背中を叩いたアリスは、彼が振り返る前に言葉を発する。

声に導かれるように振り返ったディルは、アリスの姿をまじまじと見つめた。

「・・・似合わん格好をして・・・」

「それを言うなら、お前もだろ・・・」

「・・・うるさい。姉上に聞こえたら首が飛ぶ。」

「・・・・。」

二人の前を振り返らずに歩く女性は、銀色の髪をきれいに後頭部でまとめ、鮮やかな紫のドレスを着ている。

アリスとディルはお互いの正装姿を苦々しげに見ると、彼女の背中を恐る恐る見つめた。

「アリス様・・・聞こえていますよ?・・・ディル・・・お前もな。」

「っっ!」

「っっっ!」

息を飲むようなアリスとディルの悲鳴が聞こえるや否や、目の前を歩いていた女性が勢いよく振り返る。

高いヒールを履いているとは思えない程の身軽な動きで地面を蹴り上げると、彼女はディルの前で目を光らせた。

心なしかディルの腕は震えている。

「ここが、奥様の祝いの席でなければ、お前の首は無かっただろうな。」

「もももも、もうしわけございませ・・・」

刺すような彼女の視線に圧倒され、ディルは一歩二歩と後退し、アリスの影に隠れるように身を隠す。

彼らの隣を、不思議そうに小首をかしげた精霊たちが、楽器を抱えながら言葉のような何かを発していそいそとその場を過ぎて行った。

「マロウ・・・あんまり、弟をイジメるのは・・・」

「これは失礼。アリス様・・・。少しばかり度がすぎていた発言だったように聞こえたので。」

「あ。いえ。すみません。」

まったく笑みを浮かべずに見つめられたアリスは、切れ長の目でマロウに睨まれ、ディルと同じように硬直する。

「それにしても、着なれぬ服を纏うというのは、お互い似合わぬものであるな。」

「え・・・あぁ。まぁ。確かに。」

何を考えているか全くわからない彼女は、表情一つ作らずに淡々と喋る。

ふわりとドレスのスカートをひるがえしたマロウは、行くぞ。とディルに呟くと、道の先へと進みだした。

「父上と母上は、先にこちらに見えているはずだ。・・・まさか、姉上と向かうとは・・・思わなかった・・・」

「お前の姉さんはホントに何者なんだよ・・・」

「次期族長だ。」

「・・・そうだけど・・・さぁ・・・」

愛想笑い一つ浮かべず、マロウは淡々とその場を離れてゆく。

遅れて足を動かし出したディルは、アリスと共に彼女の後を追うように歩き出した。

ぼんやりとした明かりが足元を照らしながら、先の方では明るい音楽が響いている。

「母さんが精霊を呼び寄せたみたいだけど、皆元気そうでよかったよ。」

「彼らには戦闘能力が無いと聞いている。・・・バケモノが巣食っている状態では、自分たちの巣からは出られなかったのだろう。」

「今まで森から姿を消していたり、逃げ惑っていたりしていた者達も戻ってきているらしいしさ・・・その・・・凄いよな・・・色々と。」

「・・・。」

急に歯切れ悪く喋るようになったアリスに、ディルはちらりと視線を向けると苦笑する。

「それで。あれからこちらの世界で、彼女に会ったのか?」

「・・・・。」

「その様子だと会ってないんだな。」

「いや・・・その・・・」

小道を進み、音楽が響く場所へと出てくると、多くの人々で会場は賑わいを見せていた。

様々な種族の者達が穏やかに会話を楽しみ、それに合わせて精霊たちが演奏をしている。

人の形を模した精霊たちは、柔らかな光を放ちながら、伸び伸びと楽器を演奏していた。

見慣れた者達の姿も多ければ、名前も顔も知ら無い者も少なくない。

皆が思い思いに会話を楽しんでおり、時折ディルたちが立っている会場の入り口へと視線を向けていた。

「ここで・・・会う予定・・・というか・・・」

「そういえば、レヴァンティア様が仰っていたな。一週間後に此処に彼女たちが来ると・・・あぁ・・・そういうことか。」

ふっと吹きだす様に笑ったディルは、こちらへと近寄ってくる人物に気がつき、姿勢を正す。

苦々しげにディルを見ていたアリスだったが、彼の行動をみて同じように前方から寄ってきた彼女を見つめた。

「あぁ二人ともよかった。マロウちゃんが先に来たから、二人はどうしたんだろうって思ったのよ。」

「すまない、母さん。ちょっと話し込んでた。」

「そう。いいのよ。」

穏やかに微笑んだアイネは黒いドレスをひるがえし、アリスの服へと手を伸ばす。

襟元を直したアイネは、姿勢を正したままのディルへと向き直った。

「このたびはお招きいただきありがとうございます。・・・アイネ様。無事のご帰還、改めてお祝い申し上げます。」

「ありがとう・・・。ディルは変わっちゃったわね。真面目で好青年で、本当にアリス追い抜かれちゃうわね。」

「・・・いえ・・・あの・・・」

「・・・俺はこのままの方が、好青年なの。」

「ふふっ。そうね。こんな、真面目君になったら、ママびっくりしちゃうわ。」

「・・・。」

アリスとディルの二人を交互に見たアイネは、にっこりと笑う。

「とりあえず、俺はそれなりにあいさつ回りしてくるよ。」

「そうね。パパと一緒にまわったら?」

「いや・・・よしておく。」

苦笑いを浮かべたアリスは、穏やかに会話を楽しんでいる人々の方へと足を向けてゆく。

ディルはアイネの顔を見つめ、そして去って行ったアリスの背中へと視線を向けた。

柔らかな笑みを湛えたアリスは、初老の男性たちが会話をしている中に入り、小さく頭を下げる。

彼らは驚いた表情をアリスに向けつつ、何やら話をし始めた。

「なんだかんだ言って、凄く緊張しているみたいね。」

「そのようですね。」

「まだ、本人とも顔を合わせてないのに。どうなることやら。」

「・・・。」

ため息交じりに呟いたアイネに、思わずディルは苦笑いを浮かべるしかない。

彼女が言いたいとする人物を探してみるが、まだそこに姿はなかった。

「あ。ディルのお兄さん!」

「あらあら。可愛らしい。」

二人の後方から明るい声が聞こえ、そちらの方へとアイネ達は振り返る。

ふわりと宙を浮いて歩いてきたジェシカが、李春と嫌々そうな顔をしたランゼフの手を握ってアイネの前へと降り立つ。

可愛らしい刺繍の入ったドレスをひるがえし、ジェシカはにっこりと笑うと、その真似をして李春がスカートの裾を摘まんで頭をたれた。

後方では、視線を逸らしたままのランゼフが見える。

遅れてグレイとミチルが会場へと歩み寄ってきた。

「みんな良く似合ってるわね。やっぱり、ティアの見立ては凄いわ。」

「母様たちはまだ到着していないのかしら?」

「そうみたいだな。」

ディルに小さくお辞儀をしたミチルは、ぐるりと会場を見渡す。

様々な人の姿が見えるが、そこにレヴァンティアの姿は見当たらないようだった。

「あぁ。ティアにはね、ちょっとお願い事をしてあるの。」

「お願い事?」

「そう。とっても、大事なお願い事。」

くすりと笑ったアイネは、自分の屋敷がある方へと視線を向けた。

「さぁ。そろそろ、皆が集まる事だわ。あちらにハージェントもいるからジェシカちゃんも行きましょう?」

「えっ?う、うん。」

アイネはジェシカの手を取ると、黒いドレスをひるがえして歩いてゆく。

彼女が向かう先では、ハージェントがコーディと共に会話をしているのが見えた。

ハージェントはジェシカの姿を見つけたのか、小さく手を振る。

満面の笑みを浮かべた彼女は、大きく手を振って彼に答えていた。

「母様と父様は、お姫様のエスコートかもな。」

「・・・ふふ。そうかもしれないわね。」

「お姫様・・・か。あぁ、そういう。」

ミチルとグレイの言葉に頷いたディルは、会場の奥で来客たちと会話をしているアリスへと視線を移す。

顏は笑っているように見えるが、何処かしら落ち着かない様子のアリスは時折ディルたちのいる方を振り向いてはすぐにその場を動いている。

「落ち着きないね。アリスさん。」

「ちゃんと喋れるのか?」

「さぁ。どうだろうな。」

ため息交じりに笑ったディルは、二人の傍から離れるとアリスの方へと歩いてゆく。

落ち着かない彼をフォローするためなのか、何食わぬ顔で近づいたディルは彼らの会話に混じる。

「俺達も、それなりに場所を移動しようか?」

「そうだね。母様や父様に見つけやすい場所に行きましょう。」

グレイに言われて足を進めようとしたミチルは、自分の前に出された腕を見て目を丸くする。

彼の顔を見たミチルは、きょとんと小首をかしげた。

「い、一応・・・。エスコートする・・・よ。」

「まぁ。」

頬を赤くして腕を向けたグレイに、ミチルは思わず笑い出してしまう。

しばらくためらうように手を揺らした彼女は、そっとグレイの腕に手を絡ませた。

「それでは。よろしくお願いしますね。」

「う、うん・・・。」

演技染みた言い方をしたミチルは、眼を泳がせているグレイの顔を横で見つめ、絡めた腕に少しばかり力を入れる。

柔らかに微笑んだグレイに気がつき、彼女はほんのりと頬を赤くした。

お互いに何も言わず、ただゆっくりとその場から歩きだし、人の少ない場所へと移動する。

ふわりとドレスの裾をひるがえしたミチルは、辺りに視線を移して人々の様子を見つめだした。

「みんな、世界が良くなってゆくと思っているのよね?」

「脅えて隠れていた者達も出てきているだろうし、何よりバケモノがいなくなったという証明として森でパーティを開いたんだろう。それに参加しているくらいだから、ミっちゃんの言うとおりに思っていると俺も思うよ。」

「そうだね。そうだといいな。」

柔らかな明かりの下では、人々が笑みを浮かべて会話を楽しんでいる。

それらを見ているだけでも、ミチルの表情は穏やかになっていった。

「これから、きっと良い方になってゆくといいね。」

「うん。」

ミチルの手から腕をほどいたグレイは、何食わぬ顔で彼女の腰へと腕を伸ばす。

「ふふ・・・。」

「・・・・。」

顔を赤くしたグレイを見上げたミチルは、嫌がる素振りもせず彼に寄り添うように身体を近寄らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

淡いクリーム色のヴェールが視界の先で揺らぎ、るりは着なれない服に戸惑いつつ歩く。

「目の前のヴェールを取ってあげたいけれど、何せ・・・るりの額を連中が見たら、パーティどころじゃないからね。」

「騒ぎになっていらぬ方向に話がそれても困るから・・・少し我慢して。」

「は、はい。」

レヴァンティアに手を引かれながら、るりはキノトの後を追うように足を動かす。

幻想的にも見える木々にかけられたランタンへと視界を向けては、月明かりに照らされた小道を見つめた。

「さて。少しばかり話をしようかね。」

「お話ですか?」

「そう。ちょっとした昔話さ。」

クスリと笑ったレヴァンティアは、ゆっくりと歩きながら口を開く。

「昔々。それはとっても偉大な魔族の息子がいました。彼は、魔導学校でも聖職者の長の子供と並ぶほどに優秀な成績を収めており、それはそれは周りからも期待されていました。」

淡々と話すレヴァンティアの表情は見えず、るりは何も言わずに彼女の言葉をじっと聞き続ける。

「彼はある時、同じ魔導学校へと通っていた少女と出会いました。少女は魔導士の王族である家柄で生まれ、その力は偉大だとされていました。周りからはたいそう可愛がられ、友人たちにも恵まれていました。」

目の前に会場の入り口が見えると、レヴァンティアはその場にゆっくりと止まった。

前を歩いていたキノトはちらりと振り返ると、何も言わずに会場に一人進んでゆく。

「二人はお互いを愛し、親同士の話し合いも無いままに結婚を誓い合いました。・・・どちらも純潔の種族。他種族との婚約などもってのほかでしたが、二人は両親に絶縁されたとしても結ばれたいと誓ったのです。」

るり達の姿に気がついたのか、アイネがジェシカの横で小さく手を振る。

レヴァンティアは答えるように片手をあげ、口元に笑みを浮かべた。

「二人の兄弟姉妹は両親を説得し、絶縁は免れました。しかし、どちらの屋敷にも住むことができなかった二人は、暗い暗い森の中で静かに暮らすことを選びました。」

「それに賛同した召使たちは、両家から自ら出てゆくと、二人の屋敷へと移り住んだのです。そして・・・お二人は幸せな家庭を築きました。」

「・・・っ?」

ふいに後方から声がすると、そこにはアンディが満面の笑みを浮かべて立っていた。

「良くお似合いですよ、るり様。・・・坊ちゃまもさぞや驚かれるでしょうね。」

「当然よ。この大魔女が選んだんですもの。驚きもしなかったら、頭を叩いてやるわ。」

「おお、それは・・・。」

鼻を鳴らして胸を逸らしたレヴァンティアに、アンディは困り果てたように苦笑いを浮かべるりを見る。

るりは二人のやり取りに、小さく笑った。

「二人の間に生まれた息子は、妻に似て天真爛漫に、夫に似てそれ相当の者ではないと倒せない程の力を有しました。友となった者達にも恵まれながら、彼は同族たちの冷たい目にもひるまない程に凛々しくなったのです。」

「それはそれは、盛った話だね。」

「よいではございませんか。」

るりの横へと進み出たアンディは、会場の奥へと視線を向ける。

そこには、来客たちやディルと共に会話を楽しむアリスの姿があった。

「さてさて。お話はその息子へと繋がってゆくわけですが・・・」

「・・・?」

ぽんと音を立ててるりの肩を叩いたレヴァンティアは、彼女が首から下げていた鍵を持つと、ドレスの間へと隠す様に仕舞い込む。

「いいかい。これから王子様と再会して、どんな運命が待っていても、お姫様は闇に飲まれてはいけないよ。・・・酷な言い方だとは思っているけれど・・・それが世界の運命を分け隔てる選択となるんだ。」

「・・・・。」

凛とした瞳でレヴァンティアに見つめられ、るりはヴェールの下で目を泳がせてしまう。

胸のあたりが微かに痛みだし、思わず倒れ込みそうな程の恐怖感が背中を駆け抜けた。

「でも。どういう選択になったとしても、私はお姫様の味方だよ。」

「・・・レヴァンティアさん。」

「私達からしたら、お姫様の歳はあまりにも若すぎる。長生きをする魔女が見たら・・・お前はまだまだ幼子と同じなのさ。」

クリーム色のヴェールを指で直したレヴァンティアは、るりの肩をそっと叩くと、会場へと進み出る。

「奥様も旦那様も・・・昔々にお姫様がこちらに来られた時から、御身をご心配されておりました。それは・・・王子様も同じことです。」

「あの息子をみて、王子様だというと、やっぱりぞわりとするねぇ。」

「そうお言いにならず・・・。」

小言を付けたすレヴァンティアに、アンディは困った表情を浮かべるしかない。

るりの手を握った彼女は、彼に小さく頷くとアイネ達のいる方へと足を動かしていった。

「周りは見なくていいよ。お前の力を薄々感じ取っている連中が多いからね。変に顔を向ければ・・・こちらに寄ってくるからね。」

「は・・・はい。」

柔らかな明かりが照らす会場へと入ると、痛いほどの視線がるりへと向けられてきた。

人目を避けるように急ぎ足で歩いたレヴァンティアは、彼女を隠す様にアイネの前へと立つ。

心なしか、楽しげな会話をする人々の声に交じって、ざわつく様な嫌な声がるりの耳へと入り込んできた。

視線を少しばかり動かして辺りを見つめると、るり達の方を見つめながら小声で話しをしている者達が視界の先で動いている。

「遅くなってしまったわね。」

「いいえ。・・・るりちゃん。大丈夫?」

「は、はい。」

レヴァンティアの背中に隠れるように立ったるりは、アイネに小声で言葉をかけられ、小さく頷く。

人々の視線が遮られたとはいえ、言い現せないような不安感がるりの身体を包み込んだ。

明るい音楽がゆっくりと停止し、精霊の楽団の前にアンディが現れる。

しんと静まり返った会場を見渡した彼は、深々と頭を下げた。

「皆様。今宵は遠路遥々お越しくださいまして、誠に感謝申し上げます。・・・長いあいさつは省かせて頂き、本日の主役であらせますアイネ様よりお言葉を頂きたく存じ上げます。」

「・・・アイネ様だわ。」

「あそこにいるのは・・・?」

「あれは竜の一族?」

「・・・大魔女様もいらっしゃる。」

アンディの言葉が終わるや否や、人々の小さなざわめきがあちらこちらから響きだす。

ざわめきの中を駆けるように、アイネが黒いドレスをひるがえし、コーディと共に客人の前へと進み出た。

「・・・るり。」

「っ。ハージェントさん。」

「大丈夫?」

「う・・・うん。」

クリーム色のヴェールで顔を隠したるりの近くへと、ジェシカやハージェント達が近寄ってくる。

レヴァンティアの隣にはいつの間にかキノトが立っており、ちらりとるりの方へと振り返ると、彼は彼女と同じようにるりの姿を隠す様に立ち止まった。

「元気そうで何よりだ。・・・それよりも、力が強まったのだな。」

「あ・・・。わ、わかりますか?」

「あぁ。安定しているとはいえ、この来客人たちには隠し切れんだろう。」

「色々と細工はしてあるんだけどね。・・・まぁ、阿呆共は近寄らせないからご安心なさい。」

「は・・・はい。」

振り返る事無く呟いたレヴァンティアの言葉に、キノトが苦笑いを浮かべたのをるりは後方から見てしまう。

会場の中央では、アイネが柔らかな笑みを湛えて来客たちにあいさつを始めている。

隣で立っているコーディは、静かに彼女の言葉を聞いていた。

「よかった。・・・るりちゃんも、無事に参加できたね。」

「無事というか・・・母さんと父さんから離れたらアウトな感じがするけど・・・な。」

「やぁ・・・鋭いね。皆々様。」

「アルスさん・・・。」

いそいそと会場の外を通り、るりの後方からミチルやグレイと共に、アルスが苦々しげに姿を現した。

ミチルはるりを落ち着かせるためか軽く肩をさすりだす。

「大丈夫よ・・・。阿呆共は私に任せない。」

「・・・母さん・・・頼むから魔法はぶっ放さないでね。」

「いざとなったらだよ。手が滑ったとでも言ってやるからね。」

「それだけは勘弁してくれ。」

小声で会話をするレヴァンティア達の前で、アイネがグラスを掲げる。

どうやら挨拶が終わり、パーティが本格的に始まるらしい。

屋敷の者達にグラスを配られたるり達は、同じようにグラスを掲げた。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

精霊たちが音楽を奏でる中で、まわりの人々はたわいもない話をし続けている。

彼女が此処へと姿を現した途端に、少なからず近くにいた者達は会話の内容を変えたように感じた。

何ぬわぬ顔でディルとその場を離れ、アリスは彼らの会話を耳に入れないよう足をそそくさと動かす。

「・・・あの少女・・・いったい何者でしょうか?」

「この魔力は、どうやら只者ではないとは思いますが・・・」

「大魔女様の娘様が近くにいるとすれば、やはり近頃噂になっている者ではないのでしょうか?」

「まさか・・・しかし、髪の色も黒となれば・・・」

ひそひそと声を潜めて話をしている者達は、皆同じように彼女の事を話している。

アイネやコーディがそのような者達の近くへと何食わぬ顔で近寄り、会話を寸断させているが、彼らが少しでも場所を移動すれば、すぐに同じ会話をし出していた。

「気の毒な話だな・・・」

「っっ、あ、姉上?」

人の集まっていない所へと移動したディルとアリスは、暗闇から姿を現したマロウにぎょっと目を見開く。

平然とした表情でマロウが見つめる先には、ミチル達と楽しげに会話をしている彼女の姿があった。

「あれが、お前の言っていた巫女の卵か?」

「え・・・は、はい。」

「そうか・・・。」

マロウはそれだけ呟くと、また同じように暗闇に姿を消してゆく。

「私も挨拶をしてゆきたい。・・・ディル。お前も来い。」

「は、はい・・。」

暗闇の中から淡々と言葉を発したマロウにせかされるように、ディルはその場を離れて彼女たちがいる方へと歩いて行こうとする。

ふいに立ち止まったディルは、アリスの方へと振り返った。

「俺はもう少しここにいるよ・・・。今近づいたら、あの子に他の奴らが近づきそうだ。」

「そう・・・だな・・・。」

小さく手を振ったアリスは、遠ざかってゆくディルの背中を見つめる。

ミチルの背後から音もなく出現したマロウに皆が驚き、それをフォローしようと駆けだしたディルは、少しばかり可哀想だなとアリスは思った。

「ちゃんと話したいんだけどさ・・・。」

クリーム色のヴェールで顔を隠された彼女は、マロウの言葉に頷いたりディルの方を向いたりとしている。

頭を下げた彼女に、マロウが今度は困った様に首をかしげた。

「どうだ?話できそうか?」

「うをっ!」

突然として背後から声が聞こえ、アリスは驚いてよろける。

振り返れば、そこにはニヤニヤと笑っているアルスの顔があった。

彼は辺りを見回し、小さく咳払いをするときざっぽく微笑む。

「アリス殿。もう少し、君は積極的になるべきではないかな?」

グラスを片手に微笑んだアルスの姿に、アリスは苦笑いを浮かべるしかない。

恐らく、周りには身内以外の者達が多くいる為、このような話し方を彼はしているのだろう。

とは思っていても、やはりどこか気味が悪い。

「積極的って・・・母さんからも言われたけどさ・・・。そういうもんでいいのか・・・。」

「まったく、君はまだまだ幼いお子様かい?」

「・・・頼むから、気持ち悪くなるからなんとかしろよ。その言い方。」

近くを通り過ぎた女性に、アルスは深々と頭を下げる。

その仕草を見た女性は、頬を赤く染めて微笑むとその場を過ぎて行った。

咳払いをしたアルスは周りを見渡すと、表情をぐるりと変えてニヤニヤと笑う。

「じゃぁ、いっそ言ってしまうけどよ。・・・お前、このままだとディルにも俺にも先起こされて、悲しい独り身人生で終わるぞ。」

「・・・なんか同じことを最近誰かに言われたぞ。」

「やっぱりなぁ。俺の目は狂いないって事だ。」

「全く嬉しくない的確な目でございますことでっ!」

思い切りアルスの背中を叩いたアリスは、苦々しげに彼を睨みつけると、ため息をついて視線を変える。

アルスから顔を背けたとしても、何処を向いても息つく先はディル達と会話をしている彼女の方だ。

「ちゃんと話してこいよ。・・・とはいっても、この状況下で近寄るのは難しいだろうな。」

「・・・当たり前だ。俺が近づいて行ったら、もっとあの子に視線が向けられてしまうだろ。」

「そういう所は鋭いんだよなぁ・・・お前。」

「うっせぇ。」

ただでさえ今の状態でも、彼女の方へと人々の視線は向けられている。

パーティの主催であるアイネの息子が、淡々と一人の女性に近寄ってゆけば、そちらに視線が集まるのは確かだ。

それ以上に、彼女からは隠しきれていない魔力を皆が感じているだろう。

「だったら・・・何食わぬ顔で誘ってみろよ。・・・その方が、話がしやすいと思うぜ?」

アルスが指さす方ではアンディが精霊たちに何かを話している。

指揮をとっていた精霊が頷き、一瞬音楽が消えた。

ざわついた会場がしんと静まり返り、数秒の沈黙が流れる。

「・・・。そういうこと・・・か。」

指揮棒を振り上げた精霊に合わせて音楽が再開し、今まで流れていた曲とは異なる楽長の音楽が響き渡りだす。

「では。ご一曲・・・。」

「まぁ・・・。」

近くで会話を楽しんでいた男女が動き、会場の中央へと歩き出す。

視線を変えてみれば、嫌々そうにも歩き出したコーディと朗らかな笑みを浮かべたアイネの姿が見えた。

「お前練習したんだろ?アンディの爺さんが言ってたぜ。」

「・・・ぐぅ、お前いつの間に聞いたんだよ・・・。」

「さぁなぁ・・・。」

アリスの背中を強く叩いたアルスは、ニヤリと微笑むとその場から離れてゆく。

澄ました表情へと変わったアルスは、レヴァンティア達の方へと歩いてゆくと、ミチルとグレイに何かを呟きだす。

驚いた表情を浮かべたグレイは、レヴァンティアやキノトに後押しされるようにミチルの手を取って歩いてゆく。

その先には、幾重にも重なるようにダンスを楽しむ人々が見えた。

「腹をくくれってことか・・・よ・・・。」

視線を彼女がいる方へと向ければ、アリスの方を見ているキノトとレヴァンティアと視線が合い、アリスは苦笑いを浮かべる。

レヴァンティアに至っては、鋭い視線を向けていた。

「・・・さて。俺もちゃんとしないと・・・な。」

重い足をあげたアリスは、手に持っていた空のグラスをテーブルへと置くと、彼女が立っている方へと歩いてゆく。

クリーム色のヴェールが揺れ動き、その下で微かに微笑んでいるのがアリスの視界へと入る。

彼女はアリスが近寄ってきている事に気がついていないらしく、マロウやディルと共に会話を楽しんでいた。

「一番会いたがっていたのは俺だもんな。」

誰にいう訳でもなく、アリスはぽつりと呟く。

「忘れかけていた時に、君は俺の前に現れたんだ。」

長い髪を揺らし、一歩一歩彼女へと近づいてゆく。

「腹はくくったんだね。」

「その言い方は親父みたいで怖いよ。」

「はは。それは面白い返し方だね。」

壁のように立ちはだかったレヴァンティアを見て、アリスは苦笑いを浮かべるしかない。

だが、その眼はしっかりと見据えていた。

ため息をついたレヴァンティアは、アリスの肩を軽く叩く。

「行っておいで。お前の父親も同じようなもんだったよ。」

「え・・・。」

「うん。なんだか、昔を思い出すね。・・・僕らも行こうか?」

「おやおや。それは面白いものね。」

唖然と立ち尽くしたアリスの隣を、レヴァンティアとキノトは楽しげに笑いながら過ぎてゆく。

二人は手を取り合い、踊る人々に混ざって行った。

「・・・お出ましだな。」

「・・・。」

ディルの声が聞こえ、アリスはしばらく踊る人々を見つめる。

思い立ったように髪をひるがえし、彼女の方へと向き直った。

「やぁ。久しぶり。」

「あ・・・お、お久しぶりです・・・。」

おずおずと小さな声がヴェールの下から聴こえ、アリスは、できればそれを外して欲しいと言いそうになるが、ぐっとその言葉を飲み込む。

襟をただし、深呼吸をしたアリスは、そっと片腕をるりへと向けた。

「俺と、踊ってくれないか?」

アリスの言葉に驚いたのか、るりの肩が小さく揺れ動く。

「・・・・。」

しばらくして、るりの手が動くと、アリスの手のひらに柔らかな彼女の手が乗せられた。

 

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