白と黒の世界   作:水鏡 零

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40話

黒いマントを揺らしながら歩いてゆくアリスを見て、ランゼフは思わず大きなため息をついてしまう。

踊る人々の間へと入り込んだ彼は、慣れた手つきでるりの腕を掴むと何やら楽しげに話し出していた。

そして、ゆっくりと動き出す。

るりに話しながらも、アリスの足取りは的確に動いている。

迷いなく足を踏み出す先に合わせるように、るりが揺れるように彼へと誘われていた。

「・・・ランちゃんは・・・こういう会が嫌い?」

「嫌いとか好きと言うよりも、ボクは興味が無い。」

「ふぅん・・・。」

会場の隅に置かれた椅子にランゼフは李春と共に座ると、ドレスをひるがえして踊る人々をぼんやりと見つめた。

柔らかに微笑んだアリスがるりの身体を引き寄せ、また一歩と視界の先で遠ざかる。

「・・・ランちゃんは・・・あのお兄さんが嫌い?」

「わかんない。」

椅子に腰をかけた李春は地面に足がつかず、ブラブラと足を動かしながらランゼフへと話しかけ続ける。

「・・・最初は部外者のくせに首を突っ込みやがって・・・って思っていたんだけどさ、色々と調べていくうちにアイツがるりに近づいていくのは必然っていうのなのかな・・・って思ったんだけど。」

「必然・・・神様は見ていた?」

「ごめん。ボク達の世界では神様の概念は無いから、自分でそうは言ってもよく分からないんだ。」

淡々と独り言のように話をしていたランゼフだったが、隣で座っている李春が思った以上に自分の話を理解している事に驚く。

「難しいのね・・・FD空間というのは・・・」

「はっ?・・・お、お前なんで・・・?」

そして、まさか彼女の口から聞くとは思わなかった言葉に、ランゼフはぎょっと目を見開いた。

優しく楽しげな音楽が辺りを包んでいるはずだが、ランゼフは李春と二人だけ離されているような感覚に陥る。

「・・・皆には内緒・・・まだ、言えない事いっぱいあるから・・・」

「そう、なんだ。」

「それに・・・るりがどういう道をたどるのか・・・行きつく先で、私も“変わる”んだと思う。」

「・・・。」

幼い子供の身体でしゃべり続ける李春に、その見た目とは異なる事を考えていると理解したランゼフは、彼女をじっと見つめた。

赤い目でぼんやりと見つめている先には、るりとアリスの姿が見える。

「きっと、ランちゃんもそうなのでしょう?・・・皆と一緒に行く先で、貴女も変わっていく・・・今は、その変化に戸惑っている・・・だけ。」

「・・・かもしれない。」

思っていた事を見透かされたように言われ、ランゼフはふっと笑う。

「るりと出会う前も、ボクには別の仲間達がいた。ボクの中では仲間と言える人たちがそれ以上増えるとは思っていなかった。・・・変わる事のない変化のない生活が続くと思っていた。でも、今は違う。」

「大きな変化が・・・私も・・・ランちゃんも・・・包んでいる。」

「そうだな。・・・それはボク達だけじゃないのかもしれないよ。」

足を縺れさせたのか、るりがアリスへと寄り掛かる。

ヴェールの下で困ったように口を動かしたるりに、アリスは首を少しだけ左右に振ると、何事も無かったように足を再度動かし出す。

「たくさんの人達と出会い、興味が無い世界に興味が湧くっていうのは、とっても疲れるけど、面白いんだなって。ボクは思うよ。」

「そう・・・それは良い事よ。」

背中の羽を動かした李春は、相も変わらずぼんやりとした表情を浮かべている。

何を考えているのか、表情だけではわからないくらいだ。

「私も、皆に出会えてよかった。・・・ウィリーに感謝しなくちゃ。」

「・・・ウィリー?」

ぽつりと李春が呟いた言葉に、ランゼフは首をかしげる。

ランゼフの方へと顔を向けた李春は彼女にしてはめずらしく、にっこりとほほ笑む。

「ウィリアスはね・・・私の大事な友達。・・・私に名前を付けてくれた・・・大切な大切な友達。・・・いつかお礼を言いたいものだわ。」

李春はそれだけ呟くと、空へと顔を向ける。

夜空には、るり達の世界で言う月のような星が輝き、小さな星々が飾りのように光っていた。

「あの子は今・・・どこで・・・何をしているのかしら・・・。」

空を見上げる李春の顔を見つめたランゼフは、幼い姿とは打って変わったように大人びた笑みを浮かべているように感じる。

色々な事を李春に聞きたいと思ったが、今は問いかけるべきではないと頭の中でランゼフは考えてしまう。

見慣れたと思っていた李春の表情に、どこか見た事もない人の顔を思い浮かべ、ランゼフは彼女から視線を移す。

人々が踊る会場の中央をぐるりと見渡すと、視界の先でぴたりと目を奪うモノが見えた。

「嫌な連中が紛れているかもしれんな。」

「っえっ・・・。」

ふっと後方から声が聞こえ、ランゼフは驚いて椅子から落ちそうになる。

振り返れば、眼を細めて同じ方を見ていたマロウの姿があった。

全く彼女の気配を感じなかったランゼフは、しばらくそのままの姿勢で停止してしまう。

「確かに・・・嫌な者がしっぽを出し始めた感じだ。」

「・・・嫌な者・・・?」

「あぁ。」

見れば、彼女の横からディルが姿を現す。

同じ方を見つめた二人に、ランゼフも目を細める。

楽しげに会話をする人々の間で、一件普通に見えるが、どこか妙に落ち着かない動きをし始めている者達がいた。

皆同じように、るりとアリスの方へと視線を向けている。

「るり様に興味がある・・・と一言で言い終えてはならぬ感じだな。」

「・・・あの者達が何者か、アンディに身元を伺って参ります。姉上。」

「頼んだ。」

「はっ。」

表情一つ崩さす、マロウはディルに顔を持むけずに言葉を返す。

マロウの返事を聞いたディルは、頭をたれると闇へと紛れるように彼女の後方へと動いた。

音もなく姿を消した彼に、ランゼフは目を丸くするしかない。

何度か彼と会ってはいるが、ここまで気配を悟られない存在だとは思っておらず、敵に回すべきではないな。と心の中で呟いた。

「様子がおかしい人・・・るりが来てから何人かいる・・・でも、あそこにいる人たちは・・・もっと・・・変。」

「・・・何もせずに穏便に帰路についてもらえればよいのだが・・・な。」

「どういうこと?」

「・・・。」

マロウに質問したランゼフだったが、彼女は何も答えない。

まるで今は答えられないと言わんばかりに、マロウはランゼフへと視線を向けようとしなかった。

「姉上・・・。」

「・・・。」

ランゼフがマロウを見つめていると、また、彼女の背後からディルが音もなく姿を現した。

マロウが瞬きをすると、ディルは小さく頭を下げて口を開く。

「王都に住まう魔導士のようです。招待客に間違いはないようです。」

「・・・そうか。」

「しかし、屋敷の者達も不穏な雰囲気を感じているとのこと。」

「だろうな・・・。コーディ様に古くから仕えている魔族であれば、勘付かないはずがない。」

「はい。」

苦々しげに鼻を鳴らしたマロウは、視界の先で動いている者達を見つめている。

彼らは何をするわけではないが、るりとアリスが動く方へとゆっくりと移動をし始めていた。

アリスはるりへと視線を向け、ランゼフやディル達の方へと向きそうもない。

「あの人達・・・るりの方へ行ってる・・・・」

「曲が終わり次第、話しかけようとしているのかも。」

「どうだろうな。」

「え・・・?」

ランゼフの言葉に、マロウはぽつりと呟く。

見れば、先まで彼女の後ろにいたディルの姿が無い。

「嫌な勘が当たらなければいいのだが。・・・お前達は奴らに勘付かれないよう、あまり奴らを見るな。・・・・いいな?」

「・・・・。」

マロウの口調は淡々としているが、どこか鋭く聞こえる。

何も言わず、ランゼフと李春は彼女の言葉に頷くしかない。

「・・・祝いの席で事を起こせば・・・許すわけにはいかぬ・・・。」

「あ・・・。」

後方の闇へと姿を溶け込ませたマロウは、ランゼフ達の視界から完全に姿を消してしまう。

頭上で楽しげな音楽が響いているが、ランゼフの胸には言い現せない不安感が生まれだしていた。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

頭上で楽しげな音楽が響き、あたりは柔らかな光で包まれている。

クリーム色のヴェールの先で、アリスの優しげな表情が見え、るりは思わず足を止めそうになってしまう。

「ごめん。腕の力、強かったら言って?」

「あっ・・・だ、大丈夫・・・ですっ・・・」

背中に当てられたアリスの腕に力が入り、るりは自然と彼に抱き寄せられるように動く。

自分に合わせて動いてもらえれば良い。とアリスに言われているとはいえ、異性とここまで密着した事など数えるほどしかない。

ましてや、ダンスなど踊った事もないるりにとって、自然と動くことができるはずもなかった。

もつれそうな足を必死に動かし、アリスにぶつからないようにと気をはるしかない。

「えっと・・・ちょっと、話しをしてもいいかな?」

「えっ?」

なるべく人のいない方へと動いているのか、るりの視界には踊っている人々の姿があまり入ってこない。

アリスが羽織っている黒いマントで彼の姿以外が見えないという事もあるが、よく見れば森の木々にかけたランタンが近くに見えている。

どうやら、会場の中央から少し離れているようだ。

「この場にいる人たち、るりちゃんの力や姿に興味が湧いている・・・それは、自分でも気がついている?」

「あ・・・。は、はい。」

るりが足を止めそうになると、決まってアリスの腕に力が入る。

まるで止まるなと言われているような感覚だ。

「レヴァンティアのおばさんやキノトおじさんがカモフラージュしているようだけれど、それでも君の力は上回ってしまっている。・・・だからといって、それは悪い事じゃないんだけど・・・さ。」

「っ・・・。」

急に向きを変えたアリスに引きずられるように、るりはドレスをひるがえしてついて行く。

アリスはるりから視線を逸らすと、進行方向を見つめた。

しばらく、静かな沈黙が流れる。

「これから先、君の力に興味が湧いて寄ってくる奴らは多いだろう。・・・女性であったり・・・男性であったり・・・ね。」

「そ、それは・・・。」

足を動かすことで殆ど精一杯なるりだったが、アリスの言葉には必死に耳を傾ける。

少しばかりではあるが、アリスに身をゆだねることに抵抗がなくなり、るりは彼の腕に押されるように足を動かす。

「るりちゃんの・・・傍にいたいと言う男が現れるかもしれない・・・」

「っえ・・・・あっ・・・。」

るりの背中を押さえていたアリスの腕に、今まで以上の力が加わる。

アリスが呟いた言葉に驚く暇もなく、るりは彼に抱き寄せられた。

耳の中に響いてきた音楽がいつの間にか曲調が変わり、しっとりとした曲調へと変わっていることに気がつく。

恥ずかしげにアリスから視線を逸らしてみると、周りで踊っていた人々もゆらゆらとドレスを揺らしつつ、静かに踊っていた。

「ごめん。動く前に、ちゃんと先に言ってあげればよかった。」

「えっ・・・と・・・・だ、大丈夫・・・です・・・」

ヴェールの下でるりが困惑した表情を浮かべている事に気がついたのか、アリスは苦笑いを浮かべる。

抱き寄せられるように踊るしかない状況に、るりは自分の顔が段々と赤くなってゆくことに戸惑いを感じていた。

いつ、目の前のアリスに気がつかれるかと冷やりとしてしまう。

「あのさ・・・るり・・・ちゃん。」

「っは、はいっ。」

頭上でアリスの声が聞こえ、思わずるりは裏返った声で返事をする。

まともに彼の顔を見ることができなくなり、そのまま次の言葉をるりは待つしかない。

「俺が今からいう事は・・・その・・・何も答えずに聞いてほしいんだけど・・・さ・・・・」

「えっ・・・。」

アリスの一言に、るりは弾かれたように顔を上げる。

 

「俺は・・・君の事が・・・好きだったみたいだ・・・」

 

周りの音が妙に静かになったように感じ、耳が痛くなる。

顔を隠したヴェールから先が見えない程に視界が揺らぎ、アリスの声だけがるりの耳へと流れ込んできた。

息をすることさえも忘れそうな程に、アリスの一言が頭の中を駆け巡ってゆく。

突然何故、彼がそう言ったのかるりは理解できない。

 

「唐突でごめん・・・でも・・・言わないといけないんだ。もっと違う言い方があるのかもしれない・・・で、でも・・・今この時に伝えられる言葉が、これしか思い浮かべることができなくて・・・」

「その・・・」

「お願いだ。・・・今は、俺にだけ話をさせて。」

「っ・・・。」

 

何か言おうとるりが口を開くと、ぴしゃりと止めるようにアリスが言葉を早口で呟く。

るりは息を飲んだように、小さく頷いた。

 

「君が、昔ここに迷い込んできた女の子だって知ってから、ずっとずっと考えていた。ディルにも怒られて、母さんにも怒られて・・・そこでやっと・・・ほんと、遅いよな。遅すぎるんだけど・・・やっと、自分の気持ちに気がついたっていうか・・・ほんと・・・遅くて・・・」

「あ・・・っ・・・。」

 

消して大きな声ではないが、アリスの声はるりの耳へとしっかりと流れ込んでくる。

彼が喋れば喋るほどに、るりは心臓が破れるのではないかと感じるほどに心拍数が上がってきていた。

嬉しい気持ちと、はちきれんばかりの不安が比例して増え、何をどうしていいのか分からなくなってゆく。

心なしか、るりの背中へと伸ばされたアリスの腕が、小さく震えているように感じ、込められた力が強まっているように感じた。

 

「もっと・・・こうなる前に・・・気がつけばよかった・・・」

 

アリスの足がゆっくりと停止し、同時にるりもその場に佇む。

頭上を流れていた音楽が消え、周りでは拍手が鳴り響いていた。

人々の話し声が聞こえはじめてきており、二人の横を人々がすぎてゆく。

 

「俺は・・・君に何もしてあげられなかった・・・・」

 

るりの背中からアリスの腕が離れ、彼女の手を静かに握ると、その場に佇んだままのるりを無理やり歩かせる。

ヴェールの先に黒いマントが揺れ動き、青い髪が流れていた。

声を限りにアリスの背中へと言葉をるりはかけたくなるが、何を言っていいモノかと喉が傷みだす。

 

つい先ほどまで感じていた嬉しさや期待感は微塵もなくなり、変わりに別の感情がるりを覆う。

 

言葉として言うのであれば、絶望というものだ。

 

「ちがう・・・・ちがう・・・・違う・・・・」

「・・・・。」

震える声で言葉を発したるりだったが、目の前のアリスには聞こえていないらしく、彼は振り返らない。

 

「違う・・・よ・・・違う・・・」

 

アリスが発した“何もしてあげられなかった”という言葉が何度も頭をよぎり、るりは頭を左右に振った。

近くを通り過ぎた人が不思議そうにるりの方へと寄ってくるが、アリスはその人々を避けるように足早になる。

急に目頭が熱くなり、るりはアリスの背中を見ていられなくなった。

流れた涙をぬぐい、彼が言った言葉の意味を考えてしまう。

「まだ・・・離れてないよ・・・?」

「・・・。」

人のいない所まで来たアリスは、何をいう訳でもなくるりから手を離して、背中をむけてしまう。

頭を左右に振ったるりは震える身体を押さえ、ドレスのスカートを両手で握りしめた。

 

「アリスさん・・・は・・・、もう、私を好きじゃない?」

 

「っっ?」

るりが後方で泣いているとは思っていなかったのか、アリスは驚いた表情で振り返る。

ヴェールの下で大粒の涙を流した彼女に、アリスは真っ青な顔で見返す。

 

「私が巫女に・・・なってしまうから?・・・私のことは、嫌いになってしまったの?・・・私が巫女にならなければ・・・・」

 

「違う・・・そうじゃ・・・ない・・・」

 

「・・・うぅん。違わないよ・・・」

 

楽しげな人々の声が少し離れた所から聞こえてくるが、るりの耳にはそれらが入ってこない。

会場に背を向けていることもあり、他の者達にはるりの表情は見えていないのだろう。

彼女たちの所に、駆け寄ってくる人もいなければ、近づいてくる者達の姿もない。

 

「・・・私が巫女になるって決めたから・・・嫌われちゃった・・・」

 

ふわりと舞い上がった風に揺られ、るりの顔を覆っていたヴェールがほんのわずかだが舞い上がる。

 

るりの表情に目を見開いたアリスは、一歩彼女へと近づいた。

アリスは歯を食いしばり、頭を左右に振る。

 

「ッ・・・違うっ!君が巫女様になるって決めたから、想いを諦めたわけじゃないっ!だた・・・俺はっ・・・・もう、君に何もしてあげられないからっ・・・もう・・・この気持ちを・・・っ」

「・・・・どうして・・・」

「え・・・・」

 

声を荒げて更に言葉を発しようとしたアリスは、るりの顔を見つめ直すと言葉を無くしてしまう。

ドレスの裾を両手で強く握りしめたるりの手に、涙が音を立てて落ちてゆく。

 

「私は・・・まだ・・・・」

 

頭を左右に振ったるりは、あふれ出た涙をぬぐうと、ゆっくりとアリスへと視線をあげる。

 

「アリスのことが・・・好きなのに・・・」

 

「っっまっ!まってっ!」

 

大粒の涙を流したるりは、アリスが伸ばした手をすり抜けてその場から駆けだす。

会場とは真逆の方向へと駆けだしたるりは、暗い森の中へと一人姿を消してしまった。

「まってっ!違うんだっ!俺はっ!」

「お前はここで待ってろっ!」

「でぃ、ディル?」

るりを追いかけようとしたアリスの腕を、いつの間にか姿を現したディルが思い切り掴む。

その眼は鋭く、振り払えば切り刻まれそうな程だ。

「まったく・・・お前は本当に・・・」

唖然とディルの顔を見つめたアリスは、震えつつその場に足を止めるしかない。

ため息をついたディルは、おもむろに服の襟元を緩めると、会場の方をちらりと振り返った。

「アリス・・・先に言っておく。今考えるのは難しいかもしれないが、落ち着いて聞け。」

「なん・・だよ・・・」

「・・・不穏な動きをしている者達がいた。・・・何を企んでいるかはわからないが、この会場から姿を消している者達がいる。」

「っ・・・それ・・・って。」

「だから落ち着けっ!」

また走り出そうとしたアリスの腕を、ディルは爪が食い込む程にきつく掴む。

二人の会話に気がついていないのか、それとも“気がつかれないようにしている”のか、会場の視線はそちらへと向いていない。

「・・・アイネ様の息子であるお前がこの場から姿を消す事だけは、絶対にあってはならん事だ。・・・それに、お前が今あの子に会った所で何も変わらん・・・大馬鹿野郎。」

「・・・・・。」

アリスの腕を離したディルは、るりが駆けて行った方へと視線を向けた。

「姉上が先に彼女を追いかけている。俺もそちらへと向かう。・・・お前はここで待ってろ。・・・・頭冷やしてろ。」

「アリス?」

「・・・・っ!」

ディルは低く唸るように言うと、会場から姿を消す。

何か言いたげに彼を見つめていたアリスは、後方に近づいてきていた人影に気がつかず、その声に驚いて振り返る。

「母さん・・・。」

そこには、凛とした瞳で見ているアイネの姿があった。

更にその奥では、コーディがアンディと何やら話をしている。

恐らくは、ディルが今言っていた件についてだろう。

「・・・るりちゃん。逃げちゃったの?」

「ごめん。母さん・・・俺・・・」

「馬鹿ね・・・。」

「・・・。」

ため息をついたアイネは、アリスの眉間を指先で弾いた。

アリスは痛みで目を細めるが、大きくため息をつくしかない。

「パーティも、もうすぐ終わりよ。・・・この意味わかる?」

「ごめん。馬鹿だからわかんない。」

「もうっ!パパと言い、ほんっとうにうちの男達はっ。」

「い、痛っ!」

アイネは声を荒げ、アリスの耳を思い切りつねる。

ぎょっとした表情でアイネを見たアリスは、眼を白黒させるしかない。

「追いかけてきなさい。お姫様を連れて戻ってくるまでは、家にいれないからね。」

「お姫様・・・。」

「ディルに取られちゃっても知らないわよ?」

「・・・でも・・・。」

腫れた耳を押さえたアリスは、るりが駆けて行った森の方へと視線を向けるしかない。

アイネの睨むような視線が全身に刺さり、それ以上言葉が出ないアリスは、暗い森を見つめる。

ディルとマロウに任せていれば、るりの身の安全は守られるだろう。

「・・・取られても・・・仕方ないこと言っちゃったし・・・」

「まったくもうっ!意気地なしっ!」

「・・・・。」

到底母とは思えぬ言い方でアイネに怒られたアリスは、自嘲気味に笑みを浮かべる。

「だめよ。このままにしたら。絶対にママは許さないからね。」

「母さん・・・でも・・・」

「でもじゃない。この阿呆。」

「・・・・。」

コーディの言葉を真似たのか、アイネは腕を組んでアリスを見つめた。

何を言っても聞いてもらえないと思った彼は、アイネから視線を逸らす。

「ずっとずっと。探していたんでしょう?・・・小さなお姫様に会うんだって、アリスはずっと言っていたじゃない。どうして、会えたとたんにこんなお別れの仕方をするの?」

「でもっ。あの子は俺と違う道を歩むんだ。俺の気持ちだけで・・・あの子を縛り付けちゃ・・・だめなんだ・・・」

苦し紛れに発した言葉に、アリスはアイネの顔を見ることができずに声を荒げるしかない。

「俺はあの子の傍にいちゃ・・・だめなんだ・・・あの子が・・・巫女になるために・・・俺は・・・・」

「っーーーーっっっ!!」

アイネへと視線を向けようとしたアリスは、その先で目を疑うような光景が広がり、唖然と目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

暗い森を何も考えずに駆けていたるりは、開けた場所へと出てくると、ゆっくりとその場へと座り込んだ。

頭につけたヴェールが地面へと落ちると、花を模った飾りに涙がぽたりと落ちる。

「なん・・・で?」

その場にいない人の顔が脳裏に映り、出しきったはずの涙が音を立てて地面へと落ちた。

 

聞きたかった言葉はあまりにも酷く残酷で、思い出すほどに心臓が抉られるように痛くなる。

 

出会わなければよかった。

身を明かさなければよかった。

ここに来なければよかった。

 

あの“湖”で消えればよかった。

 

「っ・・・・!」

嗚咽交じりに涙が止まらなくなり、どうしようもない感情が全身を駆け巡っては戻ってくる。

誰もない静かな場所で、冷たい草の上でもがくしかない。

どうしようもない程の苦しさが喉を伝い、助けを呼びたいほどだ。

 

好きだった。

 

と言う言葉がこれほどまでに重いモノなのかと、るりは思い詰める。

あの時間まで戻り、彼の言葉を遮りたいと心の底から思ってしまう。

「知らなければ・・・よかった・・・」

誰にいう訳でもない言葉は、自分へと当てつけのように呟く。

 

「こんなことになるなんて知らなかった・・どうして?・・・・わ、私が私が私が・・・っ!」

 

考えたくもない昔の嫌な思い出までが頭を覆い付くし、もうろうとした感覚が全身を覆いだす。

 

「え・・・・。」

 

手元へと視線を移すと、薄らと黒い煙が手の先から溢れていた。

 

まるで、るり自身の嫌な感情がもれているようだ。

 

「そっか・・・そうだ・・・真っ暗な闇に・・・溶けちゃえば・・・」

 

何も考えなくていい。

 

ぞっとするような結論へと至ったるりは、壊れたように笑うと、黒い煙をにんまりと見つめる。

 

冷たく氷のような感触が指先を覆いだしはじめ、全身を寒気が走った。

決して外の気温は低いわけではないのだが、厚手のコートを着込みたいほどに全身が寒くなってゆく。

 

「私が・・・消えちゃえば・・・いいんだ・・・」

 

虚ろいだ瞳で自分の手を見つめたるりは、ぽつりと呟くと自分の首へと手を持ってゆく。

人の手とは思えない程の冷たさが首元へと迫り、自分の腕だけが他人のように感じられた。

 

「おやすみなさい・・・」

 

それはまるで、水の祭壇で感じたような感覚にとても近い。

深い眠りへと誘われるように、指先からもれた黒い煙はるりの首へと巻きつこうとする。

 

「・・・っ!何をしているっ!」

「っっ!」

後方から怒鳴り声が聞こえたと思うと、るりの手首をもの凄い力でその人物は掴み首から離した。

唖然としたるりの前で、マロウが鋭い目つきで彼女を睨む。

 

「私・・・いらない・・・んです・・・。いらない子だから・・・」

「誰がっ!誰がそのような事を申したっ!」

「・・・私が・・・」

「なっ・・・。」

るりの手首を掴んだマロウの手が震え、淡々と呟くるりを凝視する。

感情さえないような表情で、るりはマロウを見つめていた。

「私が消えれば・・・アリスさんも・・・皆も・・・幸せになる・・・私がそう言ってる・・・」

「お前が消えて何になるっ!アリス様が幸せに?」

「そう。だって、私がいたら、ずっと彼は悩んじゃう・・・だから・・・消えないといけない・・・」

マロウから手を離させようと、るりは力任せにそのまま首元へと再度手を持っていこうとする。

尋常ではない力加減に、マロウは歯を食いしばるように力を加えた。

 

「誰も・・・お前が消えて幸せになる世界はない・・・」

「っっ?」

 

るりの手先が自分の首元へと当たる寸前、ふわりと彼女の身体に腕が撒きついた。

 

想わぬ人物なのか、マロウは目を白黒させる。

 

「お前が消えたらどうなる?・・・アリスは悲しむ。それだけだ。」

「そんなこと・・・ない・・・だって・・・もう、あの人はいらないって・・・言っていた・・・」

「言っていない。」

「っ・・・・。」

背後からディルに抱きすくめられたるりは、顔を歪ませる。

指先からもれていた黒い煙はだんだんと薄まり、ぼんやりとした虚ろな瞳が揺らぐ。

るりから手を離したマロウは、ディルに小さく頷いた。

「誰も・・・お前が消えて欲しいとは思っていない。」

「でもっ・・・でもっ・・・・」

「大丈夫だ。」

「っ!」

悲鳴のようなるりの声にひるむことなく、ディルはるりの身体にまきつかせた腕に力を込める。

苦しい程のディルの力に、るりは声を引きつらせるが、それでも彼は腕から力を抜かない。

「もう、我慢しなくていい。・・・大丈夫だ。」

「っっ・・・。わ、私はっ!」

嗚咽交じりに言葉を詰まらせたるりを、ディルは一度腕を離して抱き寄せる。

ディルに抱き寄せられたるりは、彼の背中に腕を回すと泣き出す。

「アイネ様が仰っていました。・・・この子には、闇が蓄えられてしまっていると・・・その闇が・・・いつ爆発するか分からないと。」

「先の、禍々しい気か。」

「恐らく・・・。」

腕の中で泣き言葉にならない声を出したるりを気にしつつ、ディルはマロウへと話し出す。

ため息をついたマロウは、るりの頭をそっと撫でた。

「幼子に変わりない程に歳若い貴女が・・・背負うにはあまりに酷だ。」

「っ・・・っ・・・。」

「今は誰も来ない。・・・気が済むまでこのままでいればいい。」

身体を震わせて泣くるりを、ディルは優しく抱き返す。

辺りにはるりの声が響き、痛々しい程の嗚咽が聞こえる。

「なぜ・・・彼女でなくてはならないのか・・・」

「それは、我々には分からないことです。姉上。・・・ただ、俺にわかるのは、この子に背負わせるならば・・・」

「それ以上は・・・今は言うな。」

「・・・はい。」

るりの頭上でマロウとディルの話し声が聞こえるが、今のるりにはそれに答える余裕が無い。

暖かなディルの身体にすがればすがるほど、身体が重くなり足を動かし元の場所に戻る事さえも嫌になってゆく。

嗚咽交じりに涙をひとしきり流したるりは、ディルとマロウに見守られる中で、だんだんと落ち着きを取り戻していった。

「何を言われたかは分からないが・・・あの場に戻ろう。・・・アイネ様や皆が心配する・・・いいな?」

「・・・す、すみません。」

「・・・気にするな。」

ディルからゆっくりと離れたるりは、地面に落ちていた頭飾りを拾い上げる。

落ち着きを取り戻せば戻すほど、ディルに申し訳なさが湧いてきた。

「何もやましい事は考えていない。・・・お前はどちらかと言えば、妹のような感じがするからな。」

「えっと。」

「一族の幼子の面倒をこやつはよく見ている。・・・それと同じことなのだろうさ。」

「あ、姉上・・・。」

ふっと笑ったマロウに、ディルは苦笑いを浮かべるしかない。

 

「ところで・・・この状況どうする?」

「・・・できれば、血生臭いものは辞めたいのですが・・・」

「え・・・。」

咳払いをしたマロウは、ドレスの裾をひるがえすと、両手に短剣を握り姿勢を低くする。

ディルは戸惑うるりを引き寄せると、片腕に短剣を構えた。

辺りに嫌な雰囲気が溢れており、どこかしら森が暗くなったような印象がある。

ぐるりと辺りを見つめると、先まで感じなかった、刺すような視線が木々の間から溢れている。

「姿を現せ。・・・我ら一族に姿を見せず戦いを挑もうとしても、無駄だ。」

「ほう・・・。」

マロウの言葉に弾かれたように、木々の間から足音が聞こえ出す。

草花を踏みしめて暗がりから現れた者達は、顔には笑みを浮かべている。

見れば、会場で見かけた者たちだ。

とはいえ、彼らから発せられている雰囲気は、到底穏やかさなどみじんも感じられない。

「そのお姿。・・・やはり、噂の巫女の卵でしたか。」

「白の女神が秘密裏に選んだという現世の・・・。」

「なぜ、貴殿たちは、この場まで彼女を追う必要がある?」

「おっとそれは・・・。」

朗らかに微笑んだ男は、にっかりと歯を見せて笑うと、演技染みたように両腕を広げる。

瞬時にして辺りに殺気が溢れ、草花が音を立てて揺れ出した。

「アァッ・・・・ガァ・・・・」

「あ、あれは・・・・。」

「そういうことか。」

ドレスの裾をひるがえしたマロウは、赤い瞳を更に鋭くさせる。

暗闇を引き裂くように現れたバケモノ達は、男達の前でのた打ち回るように動く。

目の前で蠢くバケモノ達は、桜丘市やこの世界で見たバケモノとは形が異なり、もはや人とは思えない姿をしている。

頭の部分からは見たくもない物が黒い塊となって溢れ、両腕は獣の物と変わらない形をしており、動きは奇怪だ。

「アイネ様がご生還されたと伺い、我々も大変喜んでおりました。・・・やっと一家全員トドメが刺せると思ったので。」

「貴様・・・。」

「我々は皆同じですよ?・・・マーラ様の下で大人しくしていれば、あの魔族共も少しは楽になったであろうに・・・。」

「・・・・。」

あざけるように笑った男達は様々な長さの杖を手に持つと、軽く何度か宙を振るう。

同時に魔法陣が幾つも現れると、地面からバケモノが這い出てきた。

「向こうのパーティもそろそろフィナーレ。お前達が運よく会場に戻ったとしても、誰一人として生きていないでしょうなぁ。」

「・・・最初からそのつもりだったのか。」

「そ、そんな・・・。」

るりをかばうように立ったディルとマロウは、男達の動きを見つめながら、辺りを睨みつける。

バケモノ達は奇怪な声をあげ、のた打ち回るように三人の周りを蠢いていた。

「マーラ様がご復活をされた今、我々ができる最善のおもてなしをする。それが、我らができること。」

「いらぬ者を排除すれば、あのお方もさぞや過ごしやすく・・・」

「もういい。喋るな。下衆ども。」

「なっ・・・・。」

軽く鼻を鳴らしたマロウはハイヒールを脱ぎ捨てると、地面を軽く蹴り上げる。

風が揺れたと思えば、近くを蠢いていたバケモノ達が無残にも切り刻まれていった。

マロウの姿は一切見えず、草花が動くだけである。

「こ、これが・・・暗殺一族の・・・」

「ひるむなっ!」

マロウがどこにいるのか分からない男達は、急に顔色を変えてうろたえだすと、次々にバケモノを召喚し始める。

「・・・とりあえず、今はその“想い”をありったけ、バケモノどもに撃ちつけてやるといい。」

「えっ・・・。」

「誰も文句はいわないさ。」

「・・・。」

るりを不安にさせない為か、それとも彼女に自信を与えたいためか、ディルは軽くそういうとマロウのように地面を蹴り、闇へと姿を溶け込ませる。

彼の姿が見えなくなるや否や、後方から迫ってきたバケモノが、断末魔をあげる暇もなく粉々に切り刻まれた。

腕を無我夢中で動かしたバケモノが、るりの目の前で頭を切り落とされ、そのまま全身を銀色の刀で粉々にされる。

「我らに構わず、るり様。」

「は・・・はい。」

姿を見せないままにマロウに言われ、るりは困惑しつつも深呼吸をして自分を落ち着かせる。

考え込もうとした自分を押させつけ、ミチルやアルス達に教わった通りに両手に力を込めだした。

「踊れ・・・」

低く言い放ったるりの周りに、白と黒を混ぜた光が溢れ、彼女を囲うように魔法陣が幾つも描かれてゆく。

「なっ・・・そんな・・・」

「こんな力を秘めてっ・・・・」

男達の声がるりの耳に聞こえるが、彼女は手を動かすのを止めない。

ドレスの裾をはためかせ、はびこるバケモノへと両腕を振るう。

魔法陣から光を帯びた剣先が現れ、疾風を巻き上げてバケモノ達を薙ぎ払ってゆく。

「行きますっ!」

テンポを取るように一歩前へと足を踏み込んだるりに合わせ、新たにバケモノを出現させようとした魔法陣が音を立てて破壊される。

悲鳴をあげた男達は、手に持った杖を抱えて後退するしかない。

「消えてっ。」

「ひぃぃっぃっ!」

男達を守るように集まったバケモノが、頭上から降り注いだ黒い剣に貫かれ、断末魔をあげることなくかき消された。

あまりの威力におののいた男達は、その場に尻餅をつく。

「お前達には、後で証言者となってもらおう。」

「っあ・・・あっ・・・。」

森の奥へと逃げようと立ち上がった男の背後で、マロウの声が静かに響いた。

 

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