「旦那様。お召し物が汚れてしまいます。」
「・・・構わん。少々、身体を動かしたい。」
「さようでございますか。」
太刀を軽々と片手で振るったコーディは、地面から這い出てきたバケモノ達を、塵を払うかのように薙ぎ払う。
新たに現れたバケモノへと斧を突き刺したアンディが慌てて声をかけるが、彼はぽつりと一言呟くと、のた打ち回りながら動くバケモノの方へと歩いていった。
楽器を抱えた精霊たちは元の姿へと戻り、身を縮ませて震えている。
「大丈夫だよっ。私達がいるからねっ」
「ぷにぷにさん・・・。大丈夫・・・。」
「・・・ぷにぷにさん。」
震えあがっている精霊たちを、ジェシカと李春が安全な場所へと誘導してゆく。
突然として精霊の悲鳴が聞こえるや否や、会場の至る所で異形のバケモノ達が闇の中から出現し数分が経過している。
招待された来客たちは屋敷の者達に連れ添われながら、コーディの屋敷へと逃げていた。
「なんだっていきなり・・・」
「知るかっ!」
太刀を両手で構え、迫りくるバケモノへと薙ぎ払ったアリスの横で、苛立った声をアルスがたてる。
きりがない程にバケモノ達は姿を現し、倒しても倒しても新手が闇から這い出てくる状態だ。
キノトやレヴァンティアが、バケモノが這い出てくる場所を突きとめて仕込まれた魔法陣を破壊しているが、それでも完全に新手がなくなったわけではない。
「元凶がここにいないのかもしれぬな。」
「そうかもね・・・。」
アイネの周りに集まりだしていたバケモノを、コーディが表情一つ変えず太刀を構え薙ぎ払って切り刻む。
彼女を守るように立ちはだかったコーディに恐れをなしたのか、バケモノ達は後方へと下がった。
「るりの方が心配なんだけど・・・。」
「大丈夫よ。ディルとマロウちゃんがいるから、何も心配することなんてないわ。・・・ね?アリス?」
「・・・・・・。」
ランゼフの言葉に微笑んだアイネは、ワザとらしくアリスへと言葉をかける。
アリスは何も言えず、ただその場から離れて行った。
「・・・・馬鹿息子め。・・・・何をやらかしたのやら・・・」
「パパに似て、乙女心を粉砕したみたいよ?」
「・・・・。」
周りの状況とは不似合いの話を夫婦そろってし始めるコーディとアイネに、ランゼフはため息をつくしかない。
とはいえ、状況としては苦戦しておらず、どちらかといえば優勢だ。
一体一体のバケモノはかなり強力であるが、コーディやレヴァンティアといった者たちからすれば、脅威ではないように見える。
恐らくは彼らにとっては格下の敵、なのであろう。
そう思うと、目の前にいる彼らがどれだけ驚異的な力を持っているのかと思ってしまう。
敵に回すのは危険だと、そっと心の中で改めてランゼフは考えた。
「そのうち、ディルに寝取られて戻ってくるんじゃないっすか?」
「ばっ!」
にやりとアリスに笑ったアルスに、アリスは思わず目を丸くして彼を見つめ返す。
アリスに睨みつけられた彼は、何事も無かったようにバケモノへと長杖を振り下ろしていた。
「ディルさんって・・・そういう人なのかな?」
「・・・クールに見えて、そういう人なんじゃないの?」
「人は見かけによらないからねぇ。」
こそこそとグレイとミチルが話をしているが、どうにもその会話は隠しきれていない。
わなわなと肩を震わせたアリスは、二人の方へと視線を向けた。
周りに見知った者達だけが残っているだけとなり、皆がいつもの調子に戻っているようだ。
「まぁまぁ・・・とりあえず、今は・・・こちらの方々のお話を聞いてみようじゃないか。」
「え・・・。」
キノトが長杖を構え、何もない方へと軽く振るう。
爆ぜる様な音が聞こえるや否や、何もいない空間が音を立てて崩れた。
「おっと・・・見つかってしまいましたか。」
「親族の話を盗み聞くのは、いかがなものかと?」
「・・・。」
「なっ・・・。」
地面に長杖を突きたてたキノトは、現れた人物を鋭い目つきで睨む。
気味の悪い仮面を着けた男は、彼の視線にひるむことなく、大げさに両腕を動かしリアクションを取った。
「少し、泳がせ過ぎたか・・・。」
「っ!」
アイネを抱えるように引き寄せたコーディが、キノトと同じように何もない空間に向かって太刀を振るう。
鏡を叩き割ったような音が辺りに響くと、気味の悪い仮面を着けた者達が複数姿を現した。
皆同様に赤紫のローブを着込み、コーディから避けるようにその場から距離をとる。
「素敵なパーティが始まる際に、我々の方から名乗った方がよろしかったかもしれませんが・・・まぁ・・・到着が少々遅くなってしまいましたので・・・。」
「招待もされていないのに、よくいうよ。」
レヴァンティア達の頭上に、気味の悪い色をした魔法陣が出現する。
彼女は長杖を振るうと、魔法陣をいとも簡単に破壊した。
「どういうつもりだい?私達があのようなモノに縛られるとでも?」
「ちょっと試しただけですよ。」
「っっ!」
気味の悪い仮面を傾げた男は、前振りもなく両腕を広げる。
先のような魔法陣が次々に現れ、幾重にも重なってゆく。
「鬱陶しい・・・。」
ため息をついたコーディが、呆れたように太刀を地面に突き立てる。
地面を揺らすような音が響いたと思えば、仮面の男が作り上げた魔法陣が地面から這い出た漆黒の槍に貫かれ、轟音と共に砕けた。
赤い細長い目で辺りを睨んだ彼は、地面から太刀を引き抜く。
「奥様がお戻りになられて良かったですね。コーディ様。・・・さぞや、マーラ様にご感謝を述べたいでしょう?・・・生かしておいて下さってありがとうございまっ・・・・」
「殺すなっ!コーディ!」
アイネの傍から疾風を巻き上げて動いたコーディに、レヴァンティアの声が重なる。
仮面の男が足を動かすよりも先に太刀の剣先を突きつけたコーディは、苦々しげにその一歩を止めた。
他の仮面を着けた者達がざわつき始め、彼らを見つめている。
剣先を突き付けられた男は、手を震わせていた。
「およし・・・。そんなモノを切る必要はないよ。」
「っ・・・。」
レヴァンティアが低く言い放つと、彼は太刀を収めて男から遠ざかる。
辺りに身を引き裂くほどの殺気が立ち上がり、それがコーディから発せられていると皆が感じ取った。
「お言葉にはご注意くださいませ。」
「はっ・・ははは・・・。」
震えあがった声で後ずさりした男に、静かにアンディが声をかけた。
角を生やし、真っ黒な翼を生やしたアンディは、いつものような穏やかな笑みを消し去っており、眼を細めている。
周りに残った屋敷の者達も同様に、皆が男達を睨みつけていた。
「大丈夫か?・・・アイネ。」
「私は平気よ。パパもアリスも、それにティアや皆がいるのですから。何も恐れる事などないわ。・・・貴方も落ち着いて。大丈夫だから。ね?」
「・・・あぁ。」
アイネの元へと戻ってきたコーディは、彼女になだめられると、ふっと視線を落した。
辺りに立ちこめていた身の毛をよだつような殺気が無くなり、仮面を着けた者達はその場から一目散にリーダーであろう男の方へと駆け寄る。
「それで、あんた達は暇を持て余して来たのか?」
「・・・な・・・なにをおっしゃられますか・・・・。」
長杖を抱えたアルスが、男達の方に杖を向け直し、低く唸るように言う。
先までの勢いを無くした彼らは、コーディの方をちらりと見ると、十分な距離を取り、盾のようにバケモノ達を集めた。
「わ、私たちは、皆様にマーラ様のご復活をお知らせに来たのです。」
平常心を取り繕った仮面の男は、大げさに両手を広げて一同を見る。
「・・・黒の女神様が言っていた事は・・・これだったのか・・・。」
ぽつりと呟いたアリスに、ランゼフは何も言わずに彼を見た。
アリスも、ランゼフの視線に気がついたのか彼女へと視線を向ける。
しかし、彼女は何をいう訳でもなく、アリスから視線を逸らした。
「多くの尊い生贄のおかげで、マーラ様はお力をつけ、完全復活をなされました。これは、祝うべき事かとっ!」
「馬鹿な事を言わないでっ!その生贄にされたのは、巫女になろうとした女性たちじゃないっ!」
「ミチル・・・っ。」
ドレスの裾を強く握り、ミチルは仮面の男達を怒鳴りつける。
珍しく怒りを露わにした彼女に、グレイは目を丸くした。
震えながら声を発したミチルを見て、彼は何も言わずに傍らへと近寄る。
「あぁ。貴女はおろかでしたね。マーラ様のお力となって生を全うすれば、世界は良くなったというのに・・・最後までご抵抗されたとか。」
「そんなことはないわっ!貴方達に屈してしまったら、世界はまた混沌に飲み込まれてしまう・・・!そんなことっ!」
「っ!ミチルっ!」
キノトの声が聞こえるや否や、グレイはミチルを抱えてその場から飛び退く。
音を立てて赤黒い針が地面を貫き、二人が立っていた場所へと現れる。
「お嬢さん?・・・言葉にはお気を付けください?」
「お前・・・。」
声をあげて笑った仮面を着けた男に、今度はレヴァンティアが怒りを露わにする。
「母様っ!挑発にのっては駄目よっ。私は平気だからっ!」
「っち・・・。」
「おっと・・・・。」
足元から漆黒を現したレヴァンティアに、ミチルは声を限りに叫ぶ。
レヴァンティアは苦々しげに男達を睨みつけると、ふっと息を吐く。
地面から這い出た漆黒は、渦を巻いてまた姿を消した。
「そのマーラは、ここにはいないみたいだけど・・・・ほんとに復活してるの?・・・ハッタリ?」
「なっ!」
「貴様っ!」
ミチルの前に出たランゼフは、男達をあざ笑うかのように言葉を発する。
想わぬ方向から言葉をかけられた仮面を着けた者達は、彼女の言葉にわなわなと肩を震わせた。
ランゼフはひるむことなく更に言葉を発する。
「本当はハッタリなんじゃないの?・・・この場で大口を叩けば、皆が抵抗しないと思ってさ・・・」
「・・・いつまで、そんな事を言えることやら・・・」
「ランちゃんっ!」
片腕を揺らした男に、ジェシカの悲鳴に似た声が響く。
ミチルを襲った赤黒い針が、音を立てて地面を突き破りだす。
全てがランゼフへと向けられ、幾重にもなって彼女の方へと突き進んだ。
「愚かだね。・・・君たちは愚かだ。」
「っなんだっ!」
ジェシカの腕を押さえたハージェントは、彼女がランゼフの方へと走らぬように前へと出る。
ランゼフは軽く地面を蹴ると、両腕に淡い緑色の光をまとい、赤黒い針を全て薙ぎ払った。
「マーラの居場所は特定されているよ。お前達がここに来る前からね、復活している事もボク達は知っていたさ。・・・遅かったね。」
「・・・ほう。」
攻撃を破壊された事を何とも思っていないのか、仮面を着けた男はランゼフの言葉に短く答える。
「では。前振りがいらなくなりましたね。・・・残念ですが、皆様にはここで消えて頂こうと、マーラ様から言われておりましてね。」
「お前達は此処で消えるしかないのだっ!」
「消えろっ!マーラ様に刃向った愚かな魔族!魔導士めっ!」
男が高々と両腕をあげると、合わさって周りの者達が声を発しだす。
気味の悪い声をあげてバケモノ達がいきなり動き出すと、ぞわりとした冷たい空気が全体を包みだした。
「無駄な事を・・・」
コーディが呆れたように太刀を振るい、バケモノ達を威嚇する。
しかし、バケモノ達はコーディやレヴァンティアには目もくれず、地面を這いずりだした。
「こ、こっちに来ちゃ駄目っ!精霊さん逃げてっ!」
「っっ!そういうことっ?」
はっとした表情で、ジェシカはハージェントの腕からするりと抜け、震えあがっている精霊たちの方へと走り出す。
バケモノ達は地面を這いずり、一目散に精霊たちの方へと向かう。
「チカラが無い者を先に仕留めるという事かっ!」
「あなた達が降参し、マーラ様の下僕となるとお約束頂ければ、その傀儡たちはすぐにでも消して差し上げますよっ!」
高々に笑った男は、更に地面からバケモノを出現させる。
群れとなって動くバケモノ達は、グレイやキノト達の攻撃を避け、精霊やジェシカ達のいる方へと近づく。
攻撃を避けきれずに複数のバケモノが魔法により消し飛ぶが、それでも動きは全く止まることが無い。
「お前は下がれっ!」
「ハジさんっ!一人じゃ駄目だよっ!」
「・・・ジェシカ・・・逃げて・・・」
「り、りーちゃんっ!」
ジェシカの前へと降り立ったハージェントは、眼を見開きバケモノ達を睨みつける。
牙をむき出しにし、姿勢を低くした彼の横で、李春が羽をはためかせた。
恐怖に震えあがった精霊たちは、その場から動くことができず、ただジェシカの後ろで言葉のような悲鳴をあげているだけだ。
「何故、お前達はこうも愚かな事を繰り返すっ?」
「愚かな事?弱者が強者に従うのは、昔からのしきたりでしょう?」
「そんなしきたりなどないわっ」
コーディやレヴァンティアの足止めをするように、赤黒い針が地面を突き破り彼らに襲いかかる。
それらの相手をするしかない彼らは、バケモノ達へと攻撃を仕掛けることがうまくいかない。
距離からしてそれほど遠くないが、わざと人のいる方へと進路を向けてゆくバケモノ達に、うかつに攻撃を放つことが皆できない状態だ。
「こしゃくなことを・・・!」
「おやおや、先程の余裕はどちらに?」
屋敷の者達がアンディの指示でコーディやレヴァンティア達の援護へとまわるが、急に勢いを戻した男達の攻撃は強まるばかりだ。
「ジェシカっ!とにかくお前だけでもっ!」
「やだよっ!精霊さん達を守らないとっ!」
迫りくるバケモノを弾き、ハージェントがジェシカへと叫ぶ。
ジェシカは精霊たちの前で両腕を広げ、バケモノ達を睨む。
手が震え、異形の頭を揺らしたバケモノを見て、ジェシカは顔が青ざめ意識が遠くなる感覚を覚えた。
「だめ・・・だよっ・・・!」
彼女にすがるように震えた精霊たちは、目の前に迫ったバケモノを見て震えあがる。
「もっと後ろに下がれっ!」
「っっ!」
腕を振り上げたバケモノを、滑り込むようにジェシカの前に出たアリスが太刀で切り付け弾き飛ばす。
ジェシカは頷くと、精霊たちを押す様に後方へと下がった。
「こんな奴らの相手している場合じゃねぇのにっ!」
思わず自分の口から出た言葉に、アリスは歯を食いしばる。
精霊たちを追うように動いたバケモノを確実に仕留めながら、彼は地面を突き破り自分へと迫った赤黒い針を蹴り壊す。
「坊ちゃまっ!大丈夫ですかっ?」
「俺に構うなっ!精霊たちを援護しろっ!」
自分の方へと駆け寄ってきたアンディへ、アリスは声を張り上げて指示を出す。
アリスに一括されたアンディは、後方で震えあがっている精霊たちの方へと駆けて行った。
彼は軽々と斧を振り回し、赤黒い針ごとバケモノを切り刻む。
「さぁ。どういたしますか?」
「・・・・。」
「だめよ。コーディ・・・。耳を貸しちゃだめ。」
コーディとアイネの前に降り立った男は、気味の悪い声で笑うと彼へと手を差し伸べる。
アイネはコーディと男の間へ割り込むと、長杖を男の方へと突きつけた。
「おやおや。これは、奥様?・・・・また、あのような怪物にされて海の底へ沈められたいのですかな?」
「・・・いいえ。そんなこと、出来るはずがないわ。」
「おや?それはどうして?」
凛とした瞳で男を睨んだアイネは、森の方へと視線を向ける。
「だって。私達には“小さな巫女様”がついているんですもの。」
「・・・・・何を言っている?」
男に長杖を突きつけたまま、アイネは穏やかな表情でコーディへと振り返った。
彼は何かを悟ったのか、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「そうだったな。我々には、巫女がついているのだったな。」
「えぇそうよ。心配する事なんて何もないわ。」
「貴様たちは何を言っている?巫女?・・・馬鹿な事を言うな。そのような存在はもうここにはっ・・・・」
あざ笑うかのように両腕を広げた男は、コーディ達から少しばかり距離を取る。
「マーラ様はまた巫女になられる。それは変わりない事・・・」
「いいえ。彼女はもう巫女じゃないわ。だって・・・」
「っっ?」
微笑んだアイネの足元に、白と黒を混ぜた光があふれ出す。
その光は辺りへと広がってゆくと、巨大な魔法陣へと変わった。
「これ・・・は・・・・」
バケモノを薙ぎ払ったアリスは、足元を照らす光に目を奪われる。
鮮やかな光を放ちながら、魔法陣はくっきりと浮かび上がりだした。
「どうやら、お戻りのようだねぇ。」
「うん。いいタイミングだね。」
這い出た赤黒い針を長杖で叩き割ったレヴァンティアは、キノトと顔を合わせて微笑む。
気がつけば、後方で震えあがっていた精霊たちも静まり返っている。
暖かな光へと変わった魔法陣は、瞬時にして消え去り光が消えた。
「る・・・り・・・?」
上空を見上げたジェシカは、眼を見開きぽつりと呟く。
「・・・・。何だったというのでしょうか?」
「これこそハッタリっ!」
「我々を侮辱するとはっ!」
罵声を辺りに響かせ、仮面を着けた者達が怒りを露わにする。
彼らは今の魔法陣はアイネが作ったと思ているらしく、彼女の方へと杖の先を向けていた。
コーディがアイネを引き寄せ、自分の羽織ったマントで彼女を包み込む。
「大丈夫よ。パパ・・・。ほら・・・帰ってきてくれた。」
「・・・あぁ。」
微笑んだアイネに頷いたコーディは、地面を蹴り上げ飛び去る。
「・・・・お前は誰だ?」
コーディがいなくなったことによって、仮面を着けた男の前が開けた。
そして、そこに一人の少女が立っている事に彼は気がつく。
クリーム色のドレスを揺らし、彼女はバケモノ達の前で両手を広げた。
「っなっ!」
仮面を着けた者達の声が聞こえるや否や、バケモノ達が白い光の剣で貫かれてゆく。
るりの前方に魔法陣が幾つも出現し、彼女が手を振ると中から白い剣が音を立てて放出されていった。
剣先は全てバケモノへと向けられ、光の剣に身を貫かれたバケモノ達は断末魔も上げぬままに塵へと帰ってゆく。
「まだ・・・そこにもっ!」
目を細めたるりは、片腕を別の方へと振り上げる。
精霊たちを追い回していたバケモノ達が、上空から降り注いだ黒い槍に身を引きちぎられ、気味の悪い悲鳴をあげて姿を消した。
「るりっ!」
「ジェシカちゃんっ!まだ、動かないでっ!」
「えっ?う、うんっ!」
るりへと駆け寄ろうとしたジェシカを、るりは言葉で制止させる。
上空を見上げたるりは、片腕を高々と振り上げた。
同時に、暗い空へと巨大な魔法陣が出現する。
先程地面に現れたものと同じものが夜空へと描かれ、煌々と辺りを照らした。
「ひ・・・こ、これはっ!」
「そんな・・・まさか・・・・あぁっ!」
対になるように地面へと魔法陣が現れ、上空と挟み込むように黒と白の光が溢れる。
「・・・消えなさい。」
目を覆いたくなるほどの光が溢れたと思えば、残ったバケモノ達と赤黒い針が塵となって消し飛ぶ。
バケモノ達を出現させていた仮面を着けた者達の魔法陣が跡形もなく壊されると、彼らはその驚異的な力にその場へ倒れ込んだ。
手足を震わせ、るりを見て悲鳴をあげる者もいる。
「・・・まだ・・・戦いますか?」
「っっ!」
上空と地上を照らしていた魔法陣が消え、るりの傍らに白い槍が幾つも出現する。
その刃先は仮面を着けた男の方へと向けられ、いつでも動き出しそうな程だ。
「おのれっ!」
「・・・るりっ!」
片腕を振り上げた男の周りに魔法陣が出現し、るりへと細長い弓が幾つも向けられる。
ランゼフがその場から駆けだすが、弓の速さの方が格段に速い。
「大丈夫だよ。ランちゃん。」
「なっ・・・!」
にっこりとランゼフに微笑んだるりは、ひるむことなく前方に白い魔法陣を出現させる。
男の放った弓は全てその魔法陣に破壊され、辺りに静寂が直ぐに戻った。
胸から下げた鍵を光らせ、るりは男を睨みつける。
「貴様・・・白の女神に選ばれた・・・現世の女かっ!」
「だとしたら、何だというのですか?」
「くぅ・・・。」
るりが一歩前へと出ると、それに伴って男は後方へと下がる。
「帰ってください。・・・貴方達がここにいていいはずがない。」
「・・・・。」
足元に魔法陣を描いたるりは、男達を睨みつけながら片腕を振るう。
悲鳴をあげた仮面を着けた者達は、リーダー格である男の言葉も聞かず、その場から走り出した。
敵に背後を見られているというのにも関わらず、彼らは森へと走り去ってゆく。
残された男は手に持った杖を震わせ、仮面の下でるりを睨む。
だが、るりはその威嚇にひるまない。
「いいでしょう・・・。今日の所は・・・帰らせて頂きます。」
わなわなと腕を振るわせた男は、仮面の下でため息をつくと自分を囲むように魔法陣を描く。
「その気合が、マーラ様の前で通用するか・・・見ものですねぇ。」
「ま、待てっ!」
「追わなくていいよ。アルスっ!」
「っ父さんっ?」
男の放った魔法陣を壊そうとアルスが長杖を向けるが、キノトによって彼は制止させられる。
気味の悪い煙を上げながら、男は笑い声をあげて姿を闇へと消し去った。
「・・・もう、大丈夫・・・だよ。」
「るりぃぃっ!」
「っっーーーっ!」
「わっ!」
ジェシカの方へと振り返って微笑んだるりに、彼女は勢いをつけて抱き着く。
何故かジェシカと共に精霊たちも走りだし、るりの周りに集まりだした。
柔らかな身体がるりを触り、押されるように精霊たちに取り囲まれる。
「みんな喜んでるっ!るりにありがとうって言ってるのっ!」
「そ、そうなんだね・・・・っ!」
ぎゅうとジェシカに抱き着かれ身動きの取れないるりは、困ったように周りの精霊たちの頭を撫でる。
黒く丸い目が細まり、精霊たちはとても嬉しそうに微笑んでいた。
言葉とは言えないような声を出し、精霊たちはるりに抱き着く。
「よかった。るりちゃん、ありがとう。」
「あっ。アイネさんっ!」
「ちょっと・・・大丈夫じゃなさそうだね。」
「あはは・・・。」
精霊とジェシカにもみくちゃにされ、るりはアイネとレヴァンティアに苦笑いを向ける。
ひとしきり喜んだ精霊たちは気が済んだのか、るりからだんだんと離れていった。
「るりっ!凄いよっ!本当にすごかったっ!かっこよかった。」
「ありがとう。ジェシカちゃん。・・・ミチルさん達の特訓のおかげだよ。」
「それにしたって、特訓中よりも強力になってたぞ?」
「そう・・・かな?」
「えぇ。」
きょとんとした表情でグレイとミチルを見たるりは、二人の顔を見て瞬きをする。
ジェシカはるりから離れると、腕を元に戻したハージェントの方へと駆けて行った。
「それだけ巫女の力が強まっているという事だ。」
「・・・。」
「悪い事じゃない・・・んだけどねぇ。」
コーディの一言に表情を暗くさせたるりは、彼の顔を見ることなく地面へと視線を落してしまう。
その意味に気がついたのか、レヴァンティアは離れた場所に立っているアリスへと視線を向けた。
彼は何食わぬ顔で、アンディや屋敷の者達と話をしている。
苦々しげに笑ったレヴァンティアは、アルスへと視線を向けた。
「へいへい。」
レヴァンティアに軽く返事をしたアルスは、長杖を肩で抱えるとアリスの方へと歩いてゆく。
「ディルやマロウちゃん達は?」
「あ。それなんですが・・・。」
アイネの言葉に顔を上げたるりは、コーディの方を見る。
「あの・・・。ディルさん達は、先の人達の仲間を捕らえてこちらに向かって来ています。」
「っ・・・。他にも仲間がいたのかい?」
「は、はい。・・・どうやら、参加者の中に・・・その・・・そういう人達が紛れていたようで・・・。」
「ほう・・・。」
興味深そうに森の方へと視線を向けたコーディは、アイネの傍から離れるとそちらの方へと歩いてゆく。
「すぐに来ると言われていたので、そろそろ来るかと・・・。」
「そうか。ならば、先にどのような者か・・・見てこよう。」
「えっ。」
るりの返事を聞くよりも早く、コーディは地面を蹴り上げる。
背中へと漆黒の翼を生やした彼は、疾風を巻き上げて森へと飛び去って行った。
「変わった奴だね。あいつは。・・・アイネに見せたくないんだろ。」
「そうかしら?・・・私よりも、るりちゃんやジェシカちゃん達に怖がられたくないんじゃない?」
「あぁ。そういうことかい。」
意味深に微笑んだレヴァンティアに、アイネが苦笑いを浮かべる。
二人の会話の意味が分かっているのか、キノトやグレイも顔を見合わせ苦笑いを浮かべていた。
「うちのパパはね。本気で怒ると、ほんっとに怖いのよ。そりゃぁもう、子どもだったら泣き叫ぶくらい。」
「そ、そんなに・・・。」
「一度見たら忘れられないくらいにね。」
「えぇ・・・。」
コーディが飛び去って行った方を見つめ、アイネがるりに呟く。
レヴァンティアはため息をつくと、くるりと向きを変えて振り返った。
「今の騒ぎについては、パパに任せておきましょう。さぁ、私達は屋敷に戻りましょう。・・・先に避難している人たちに状況を説明しないと。」
「それに関しては、僕から説明するよ。姉さん。」
「えぇ。お願いね。」
長杖を抱えたキノトは、いつの間にか戻ってきたアルスと共に、屋敷の方へと歩き出す。
屋敷の者達も思い思いに片づけをはじめだした。
皆、切り替えが早い。
「るり・・・大丈夫?」
「え。う、うん。大丈夫だよ?」
ふっとドレスの裾をランゼフに握られ、るりはにっこりとほほ笑む。
しかし、ランゼフの表情は少し暗い。
「大丈夫じゃないんじゃない?」
「えっ。」
グレイに言われたるりは、驚いたように彼を見る。
彼の隣ではっと目を見開いたミチルも、確かに、と小さく呟いた。
「るり・・・眼が赤いよ。・・・腫れてる。」
「・・・泣いていたの?」
「っっっ!」
李春とランゼフに言葉をかけられたるりは、思わず目を丸くする。
何も言わない彼女に、周りの人たちの視線が集まりだした。
「それは・・・その・・・」
「もうっ!こらっ、アリスっ!」
「・・・はっ?」
おずおずと言葉を発したるりよりも早く、アイネは怒った表情で一人別の所に佇んでいるアリスへと駆け寄る。
アイネの手を握って彼女を制止させようとしたが、るりの手は一歩届かなかった。
「母さん・・・ごめん・・・ちょっと・・・」
「あ。こらっ!」
何を聞かれるか分かったのか、アリスはその場から更に離れてゆく。
アイネの声に止まる事無く、彼は一人森の方へと姿を消していった。
ため息をついたアイネは、るり達の方へと戻ってくる。
「男ってよく分からないわ。・・・まぁ、頭冷やして戻ってくるでしょう。」
「・・・あの・・・。」
「いいのよ。るりちゃんは気にしちゃだめ。」
「でも・・・。」
一人暗い森の中へと歩いて行ったアリスの背中を、るりはじっと見つめるしかない。
彼が歩いて行った方向は、コーディ達がいる方と真逆である。
しばらくアリスの背中を見つめていたるりは、視線の先でぼんやりとした光が揺れている事に気がついた。
「・・・精霊さん?」
「あら・・・?」
ジェシカと一緒に近づいてきた精霊は、手に何かを持っている。
「あのね。精霊さん達が、るりに渡したいものがあるんだって。」
「わ。私に?」
「そう。」
柔らかな光を全身から発しながら、精霊はるりの前まで近寄ってくる。
彼の後ろでは、他の精霊たちがきれいに並んでいた。
「これ・・・は・・・。」
「何かの鍵ね。」
丸い手の上に乗せられたそれは、少し錆びついた鍵だった。
精霊の手から鍵を受け取ったるりは、鍵につけられたタグを持ち上げる。
何処かの番地なのか、タグには番号が並んでいた。
そして、目を疑うような文字が付け加えられている。
「まって・・・この文字は。」
「見た事もない文字だね。」
「あれ。これって・・・」
驚いた表情を精霊に向けたるりは、タグの文字へと視線を移す。
るりの背後からタグを見たレヴァンティアは小首を傾げる。
ランゼフはるりの横からタグの文字を見て、るりと同じように目を白黒とさせていた。
錆びついたタグを指で撫でたるりは、ゆっくりと口を開く。
「これは、私が現世で使っていた文字・・・です。」
「えっ、現世の文字?」
「なんで、なんで精霊さん達が?」
るりの言葉に驚いた一同は、精霊の方へと視線を向ける。
身振り手振りでジェシカへと言葉を発した精霊に、彼女は何度もうなずいていた。
どうやら、ジェシカには精霊の言葉がわかるらしい。
「精霊さん達は、この鍵を預かっていただけで、どうして別世界の文字が書かれているかはわからないんだって。」
「そ、そうなんだ。」
「ところで、なんて書いてあるの?」
精霊から渡された鍵を見たるりは、錆びついたタグを見て呟く。
「ヒカリオカ・・・サクラコと・・・シュオンの・・・家?」
「・・・まってまって!サクラコとシュオンってっ!」
「おい・・・マジか?」
「えっ?」
るりの言葉に相当驚いたのか、ミチルとグレイの声が重なる。
二人は顔を見合わせ、同時に周りの者達もざわつきだした。
興味深そうに聞いていた屋敷の者達も、口々に言葉を発しだす。
「サクラコとシュオンって言えば、数代前の巫女と主帝の名前だ。」
「彼らの住んでいた家の鍵だっていうのかい?」
驚いた声で精霊を見たレヴァンティアに、彼らは小さく頷く。
「桜子さんとシュオンさん・・・。」
「どうして、るりにそのお家の鍵を?」
聞きなれない名前に戸惑いながら、るりは鍵のタグへと視線を向ける。
ジェシカが精霊たちに問いかけると、彼らはまた身振り手振りで彼女に話し始めた。
時折驚いた声をあげるジェシカは、精霊たちが最後まで話をし終えるまで、何度もうなずいている。
精霊たちのジェスチャーが終わると、ジェシカは少し考えてから口を開いた。
「あのね。どうやら、その人たちに・・・精霊さん達は託されていたみたいなの・・・。その・・・次に住んでもらう人を見つけて欲しいって。」
「おいおい。じゃぁ、るりにその屋敷を譲りたいってことなのか?」
「う、うん・・・。」
「わっ、私にっ?」
素っ頓狂な声をあげたるりに、精霊たちは目を丸くしている。
「そのお屋敷を譲ってもいい人が現れたら、迷わずに渡しなさいって、その桜子さんって人に言われていたみたい。」
「ど、どういう基準で?・・・桜子とシュオンが巫女と主帝をしていたのはかなり前の時代だよ。それまでに数代変わっているはずだ。・・・そいつらには渡さなかったのかい?」
彼女にしては珍しく、レヴァンティアは目を白黒させている。
「そう・・・みたいだね。」
精霊たちから理由を聞いたジェシカでさえも、説明ができないのか、小首を傾げているだけだ。
「お屋敷に行ったら、意味が分かるのかなぁ?」
「そうね。・・・ここで彼らの話を聞いていても・・・事情がよく理解できないし。」
るりと顔を見合わせたミチルは、身振り手振りのジェスチャーを始めた精霊たちを見つめるしかない。
また同じように頷いたジェシカは、彼らが一通り話終えた後に、るり達へと向き直った。
「今日はもう遅いから、明日迎えに来るって。」
「そう・・・ね。そうしてもらいましょう。・・・」
るりは精霊たちに頷くと、彼らは嬉しそうに跳ねだす。
柔らかな光を漂わせた彼らは、ぴょこぴょこと動きながら、森の方へと進んでいった。
振り返ってるり達を見た精霊たちは、大きく手を振ると自らの身体から発光していた光を弱めてゆく。
まるで明かりが消えたかのように光が消えると、彼らの姿は完全に見えなくなっていた。
「色々とあったけれど、私達も屋敷に戻りましょう。」
「そう・・・ですね。」
鍵を握りしめたるりは、ほっと大きなため息をつく。
ジェシカや李春達はミチル達と先に歩きだし始める。
「るりちゃん。ちょっと・・・疲れているところ悪いんだけれど・・・」
「は、はい?」
ランゼフの後ろをついて行こうとしたるりに、アイネとレヴァンティアが声をかける。
るりはランゼフに先に行くよう呟くと、彼女たちの方へと戻ってきた。
「ちょっと複雑かもしれないけれどね。・・・阿呆をお迎えに行ってやってちょうだい。」
「え・・・。」
にっこりとほほ笑んだアイネとレヴァンティアは、るりの手に小さなカンテラを手渡した。