白と黒の世界   作:水鏡 零

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第3章-動き出す闇-
42話


しんと静まり返った森の中で、アリスは色とりどりの花を見つめていた。

屋敷の方へと視線を移せば、ぼんやりと部屋に明かりが灯っている。

どうやら、皆は屋敷へと戻ったらしい。

「そっか・・・。」

ぼんやりと明かりの灯っている方を見つめていると、自分が言い放った言葉を思いだし、彼は大きくため息をつく。

 

思い起こせば、そんな事言うべきではなかった。と反省してしまう。

 

もっと違う言葉があっただろう。と、自分を咎める。

 

そう思っても、時間は戻すことができない。

 

ヴェールの下で大粒の涙を流し、森へと駆けて行ったるりの事を思い出すと、胸のあたりが酷く傷んだ。

そして、何事も無かったように戻ってきたるりは、あの場所で力を隠すことなく使い母や父さえも助ける。

人を助けることに迷いが無い彼女を見て、随分と変わったのだな。と考えてしまう。

「・・・俺は、変わってないじゃないか・・・。まるで、決意もなにもしていない。」

自分に言い聞かせるように言ったアリスは、前方を見てため息をつく。

夜の明かりに照らされた様々な花が風に揺れ、羽織ったマントが音を立てた。

 

幼い少女が目の前に佇み、見慣れない世界に涙を浮かべていたあの日。

興味深そうに近寄る気味の悪い大人を見つけ、無我夢中で彼女の手を握って走った。

 

それが何を意味しているのかもわからずに。

 

ただ、彼女を救いたかったんだと今は考えている。

 

“俺が守らないと”とどこかで思いながら。

 

幼い自分と少女の姿がぼんやりと隣を過ぎてゆき、屋敷の方へと姿を消してゆく。

 

残像のように残ったそれは、目の前で音もなく消えた。

 

「・・・俺はどうしたいんだ?」

また目を開けば、目の前には小さな少女の姿が映る。

いつもこの場所に来ると、それは何度となくアリスの前に現れた。

自分が会いたいと思い続けていた彼女を、最後に見た風景のままに見続けてしまう。

 

やっと会えた。というのに、自分で壊してしまった。

 

いないはずの少女へと近づくと、アリスはその場に片膝をつく。

足元の草花が風で揺れ動くと、彼女の姿は目の前で消えた。

 

「本当に俺は・・・中途半端で・・・決意も覚悟もない。」

 

自分をあざ笑うかのように、アリスは笑みを浮かべる。

 

「君を守ると言ったのに・・・俺は守ろうともしない・・・君と向き合う事も・・・運命とか宿命とかそういうモノから・・・俺は遠ざかろうとしている・・・」

 

目の前に彼女があたかもいるかのように、アリスは独り言を呟く。

風が頬を抜け、辺りを包み込んだ。

 

夜を照らす星の光が影を作り、アリスは片膝をついたまま呟く。

 

「君はあんなにも頑張っているのに・・・俺は・・・自分の想いを勝手に言って・・・ありがとうと・・・終わりを告げようとした・・・それってさ・・・」

 

立ち上がったアリスは、そっと空を見上げる。

 

「かっこ悪いよな・・・ほんと・・・」

 

ため息をついて、誰にいう訳でもなく彼は続ける。

 

「本当はまだ・・・君の事が・・・」

 

音を立てて風が巻き上がり、その音に混ざって足音が後方から近寄ってきているのに不意に気が付いた。

「・・・。」

屋敷の方に家族やパーティの参加者たちが戻っているとすれば、ここに来るような近しい者はいないだろう。

ましてや、あのような騒ぎの後だ。

 

アリスは振り返らずに、ゆっくりと片手に太刀を握る。

先のこともあり、相手が判断できないという以上、武器を構えるしかないと思った。

 

「・・・・。」

 

背後に近寄ってきた人物は、何をいう訳でもなくじっとしている。

誰だ。と問いかけたい気持ちを抑え、アリスは太刀を握りしめた。

 

どこか、違和感のある気配である。

しいて言えば、何かによって正体を隠しているようにも感じられた。

 

「・・・・だれ・・・」

 

ふっと言葉を吐きだし、アリスはゆっくりと振り返る。

 

辺りを柔らかな風が駆け抜け、足元の草花が音を立てた。

先と感じた雰囲気が変わり、痛々しい程優しい風だとアリスは感じる。

 

「あの・・・・・。」

「どうして・・・・。」

 

目を見開き、アリスは手に持った太刀を泡へと変える。

 

宙を漂った水の泡は、るりの方へと流れて行った。

 

「・・・迎えに・・・来たの・・・」

「・・・・。」

 

無理に笑っているのか、彼女は取り繕ったように微笑む。

手が少し震え、今にも来た道の方へと走り出しそうだ。

何も言えないアリスは、彼女へと一歩近寄る。

同時に、るりは一歩後方へと下がった。

 

「あの・・・ね・・・アイネさんが・・・今夜はもう遅いから・・・帰ろうって・・・それで・・・あの・・・頼まれて・・・」

目を泳がせたるりは、アリスの顔を見ることなく喋る。

手に持った小さなカンテラをぎゅっと掴み、視線はその光を見ていた。

 

「だめだ・・・」

「え・・・?」

 

ぽつりと言葉を発したアリスに、るりは驚いて顔を上げる。

彼女が動くよりも先に彼は地面を蹴り走りだすと。

あまりの事で驚いたるりは、後方へと足を動かそうとした。

来た道へと振り返り地面を蹴ろうとしたるりの手を、アリスは半端無理矢理のように掴む。

音を立ててカンテラが地面に落ちると、中に入っていた魔石が発光するのを止めた。

るりは目を見開いて、アリスの顔を見上げている。

 

「帰らないで。・・・話を聞いて・・・」

「・・・でも・・・もう、お話は終わって・・・」

「終わってない。」

「・・・あっ。」

 

力任せにるりの手を引っ張り、アリスは花々の咲き誇る方へと彼女を無理やり連れてくる。

るりは困惑した表情で足を動かし、アリスに引き寄せられるようにそちらへと動いた。

 

うす暗い星の光に照らされながら、アリスはるりとしっかりと向き合うと、彼女の視線を追う。

視線を逸らそうとしたるりの肩へと腕を置き、彼女が別の方を向くことを許さないかのように、アリスは眼を細めてるりの顔を見つめる。

 

「俺は・・・君が・・・るりが傷つかないようにって思って最善の答えを出したと思っていた。・・・でも、君の反応は真逆だった。」

「・・・。」

 

るりの肩を掴むアリスの手に力が入り、彼女はぴくりと動く。

 

「結局また・・・俺は君を悲しませてしまった。何にも決意も決断もしていなかったんだ。・・・それに、それにやっと気がついた。・・・るりが・・・君が・・・あの場所で力をためらうことなく使った事で・・・俺は・・・気がつかされたんだ。俺は・・・俺は君にも自分にも嘘をつこうとしていたんだ・・・っ」」

「・・・でも。もう・・・アリスさんは、私を・・・」

「違うっ!」

 

おずおずと言葉を発したるりに、アリスは声を荒げてしまう。

まるで自分に言い聞かせているかのように乱暴な言動で、アリスは胸の痛みをこらえて言葉を紡ぐ。

 

「俺は・・・今でも・・・本当は・・・君が・・・るりが好きだ・・・」

「・・・うそだよ・・・・」

「嘘じゃないっ!」

「・・・・っっ!」

 

顔を左右に振ったるりに、アリスは彼女の肩から手を離すと、力任せに彼女を抱き寄せる。

るりは息をするのにも苦しいのか、アリスの腕の中でもがいた。

それでも、アリスは力を緩めない。

 

「俺はうそつきだ・・・本当はこんなにも君が・・・るりが好きなんだ。・・・でも、君が・・・るりが幸せになればって・・・そんなこと考えていて。」

「っあ・・・。」

「るりが俺を好きだって言ってくれて・・・それで・・・もう・・・どうして俺はあんなことを言ったんだっ・・・。」

「っっ・・・っ・・・。」

 

震える自分の手を押さえるように、アリスはるりの身体を引き寄せる。

手のひらにるりの心臓の響く音が伝わり、彼女が自分と同じように心拍数をあげている事に気がつく。

それでも腕に力が入ってしまい、アリスは声を詰まらせる。

うるさいくらいに自分の心臓が音を発し、耳の奥が痛みだす。

 

「俺は・・・るりが・・・大好きだ・・・。あの時、るりを助けた時に、ひとめぼれをしてしまったんだ。」

「あり・・・す・・・さっ・・・」

「・・・逃げないで・・・ここにいて・・・」

「っ・・・。」

 

そっとるりの背中にまわした腕から、アリスは力を弱める。

片腕をるりの頭の方へと動かした彼は、彼女の髪に指を絡ませ意味もなくその黒髪を撫で上げた。

るりは言葉が出ないのか、アリスの胸の中で小さな声をあげるだけだ。

小さく震える手で、るりはアリスの服を掴んでいる。

 

「私は・・・貴方とお別れした後も・・・探していた・・・」

「・・・え・・・。」

「ずっとずっと、夢じゃない、あれは夢じゃないって一人で思っていた。」

「る・・・り・・・?」

 

すがるようにアリスの胸にしがみついたるりは、ぽつぽつと小さな声でつぶやきだす。

 

「どんなに辛い時も、きっと・・・いつか会えるんだって・・・そう信じていて・・・また会えたらどんなに幸せだろうって思っていた・・・皆、夢だって言っても・・・私は・・・ずっと・・・」

「・・・・。」

 

アリスの腕の中で身体を動かしたるりは、そっと顔をあげると、彼の顔を見つめた。

 

「貴方の事を・・・ずっとずっと・・・想っていた・・・。」

「るり・・・。」

「だから、また会えたんだって思ったら、嬉しくてどうしていいか分からなくて・・・でも・・・いろいろ変わってきてしまって・・・」

「っ・・・」

 

満面の笑みを浮かべたるりだったが、その瞳からは涙があふれている。

星明りで涙がガラスのように輝き、彼女の頬を伝っていった。

 

「私がこんなに変わってしまったから・・・嫌われてしまったんじゃないかって・・・私と一緒にいたら不幸になっちゃうと思って・・・っ」

「・・・ごめん・・・るり・・・もうっ」

 

彼女の言葉に酷く傷んだ胸を押さえ、アリスはるりの頭を抑え込む。

その場に崩れるように座り込みそうになったるりに合わせ、アリスはそっと一緒に地面へと足をついた。

 

「私は・・・もう・・・アリスと離れた短剣・・・ごめんね・・・わがままで・・・ごめんね・・・」

「・・・わがままじゃない。違うよ・・・。」

 

嗚咽交じりに言葉を発したるりに、アリスは優しく声をかける。

悲しげに泣いているはずの彼女が、今のアリスには愛おしく感じた。

少しだけ頭を抱えていた手から力を緩めると、目を腫れあがらせたるりがアリスの顔を見上げる。

 

「俺も・・・君と・・・るりともう、離れたくないよ。」

「アリ・・・ス・・・っ。」

 

ふっと微笑んだアリスは、るりの言葉を聞くよりも先に彼女の目にたまった涙を指ですくい上げる。

顔を赤くしたるりは、目を丸くしてアリスを見上げていた。

心地よいような、苦しいような感覚がアリスをせり上げる。

小さく息を吐いた彼は、るりの黒髪を手で撫でた。

 

「好きだ・・・いや・・・愛してるよ。るり・・・」

「えっ・・・っ!」

 

ぴくりと肩を揺らしたるりに、アリスは急に真剣な表情を向ける。

頬を赤くした彼女の頭を抑えこむと、アリスはるりへと口づけをした。

目の先でるりのまつ毛が揺れ、瞳がぎゅっと閉じられる。

 

「・・・・。」

「・・・。」

 

そっとアリスの唇が離れると、るりは憂いだ瞳でアリスを見つめる。

困り果てたようにも見える彼女の顔に微笑んだ彼は、何も言わずにるりの身体を抱き寄せた。

お互いの心臓の音が響き、自然とアリスの顔も赤くなってゆく。

 

「これから先、今度こそ・・・るりを守るよ。」

「・・・うん・・・。」

「俺、頼りないかもしれないけど・・・。」

「そんなことないよ・・・。」

 

アリスの服を握ったるりは、頬を赤くして彼の胸にすがるように身体を預ける。

先よりもお互いの心音が穏やかになり、頬を撫でる風がひんやりとそよいでいるように感じた。

 

「今度こそ・・・守るから・・・」

 

息を深く吐いたアリスは、るりの髪を静かに撫でだす。

彼の手には、うっすらと彼女の額にある紋章と同じものが、浮かび上がってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴一つ上げられず、男達は後ずさりをするしかない。

とはいえ、後方にはマロウとディルが立っており、駆けだして逃げる事さえもできない状態だ。

「どういうつもりだ・・・?」

「ちっちがっ!こ、これはっ!」

「っっーっ!」

木々の間から現れたコーディは、足元から不気味な音を響かせている。

魔法陣も出来ていない地面からは、漆黒が湧き上がっていた。

赤い目を光らせ、手に持った太刀からは同様の漆黒が渦を巻く。

歯を食いしばったディルは、自分の手が震えないようにと短剣を痛い程握りしめる。

まるでその視線で、目の前で震えあがっている男達を殺してしまうのではないかと思う程に、コーディの目は冷たい。

「私の妻に対して・・・祝いの席を催したというのに・・・お前達は・・・」

「待ってくれっ!違うんだっ!頼むっ!」

「し、死にたくないっ!」

情けなく泣き叫ぶ男達は、自分たちを取り囲む不気味な漆黒を手で払いながら必死に声をあげ続ける。

だが、目の前で佇むコーディには、慈悲と言う言葉はないようだ。

太刀の剣先が一人の男へと向けられ、脳天へと刃先が突きつけられる。

「・・・わ、我々は脅されていたのだっ!奴らに協力しなければ、家族が殺されてしまうっ!だからっ!」

「一人残らず家族が殺されてしまうっ!逃げれば親族共々っ!」

「ほう・・・?」

コーディの振るった太刀が、宙を切り裂いて地面へと突き立つ。

足元に音を立てて突き立てられた太刀に、男はまるで重傷を負わされたかのような酷い声をあげた。

「ならば、今この時も王都ではお前達の家族は、捕らわれているという事か?」

「そ・・・そうだ・・・。わ、私達の家族は・・・っ!」

「・・・。」

「ひぃぃぃっ!」

必死になってコーディに言葉を投げかけ続けていた男達だったが、彼が全く殺気を取り払わない事に焦りだす。

それどころか、男達の足元は不気味な音を立てて漆黒に食われている。

氷の上に立たされたような痛みを伴う冷たさが、彼らの足を伝って這い上がりだした。

 

「・・・もう少しまともな嘘をついたらどうだ?」

 

「え・・・。」

「っーーーっ!」

片手で軽々と太刀を振るったコーディは、唖然と座り込んでいる男を見下したように睨みつける。

衣服が音もなく切り裂かれ、男の纏っていた洋服が地面へと舞い落ち、色白い肌が露わになった。

「これは・・・。」

後方で目を見開いたマロウは、男の腕に描かれた模様を見つめる。

 

手の甲から肩まで描かれた模様は、赤黒い光りを放っていた。

まとっていた衣服で隠されていた上半身の殆どに、幾重にも重なるように複雑な模様が浮かび上がっている。

 

「マーラが多用していた禁忌の紋章。それを私に見られても、お前達は嘘を突き通せるというのか?」

「ぐっ・・・ぅぅ。」

男はコーディを睨みつけ、片手に短杖を出現させる。

それと同時に男の手首から上の部分に、血液が流れるように同じ模様が浮かび上がってきた。

後方でうめいていた男達も同様に、顔や腕へと赤黒い模様を出現させる。

「・・・うまく潜り込めたと思えば・・・まさかあのような小娘がいるとは思わなかった。」

「マーラ様に仇名す、災いを持ち込んだ現世の小娘め・・・」

「せめて、あの小娘だけでも・・・・」

「・・・。」

今まで震えあがっていたのは演技だったのか、男達は視点の合っていない目をぐるりと動かし、身体を拘束する漆黒に構わず立ち上がる。

嫌な音を立てて骨が砕けているようだが、男達は異様な動きでその場へと蠢きだした。

 

とても人とは思えない状況だ。

 

「身も心も売り払ったのだな・・・愚かな・・・」

ねじまがった腕を振りだし、男達は人の声とは思いたくもない叫び声をあげてコーディへと迫る。

しかし彼は狼狽えることもなく、先と変わらぬ表情で男たちを睨みつけている状態だ。

「コーディ様。どうされますか?」

「そうだな・・・。」

同じように表情一つ変えずマロウがぽつりと呟く。

ディルも手に武器を構え、コーディの言葉を待つ。

全身を赤黒い模様で浮かび上がらせた男達は、すでに原型をとどめておらず人間の姿を留めていない状態だ。

「もう言葉も通じないだろう。・・・暴れる前に始末しろ。」

ため息をついたコーディは、足元から湧き上がらせていた漆黒を収め、屋敷の方へと歩いてゆく。

「・・・承知いたしました。」

暗い森の中に姿を消したコーディを見送り、マロウは短剣を構える。

「お前は初めてだったな。・・・これが、マーラが使用した禁忌を受け入れた愚かな者共の末路だ・・・。」

「・・・こんなものを受け入れてまで・・・奴に忠誠を誓う必要があったのでしょうか・・・」

「さぁな。」

コーディの歩いて行った方へとのたうち動き出した男達に、マロウは淡々と短剣の刃先を突き立ててゆく。

悲鳴とも取れる声をあげた男達は、身体を痙攣させだす。

マロウの使用した短剣の刃先は、紫色に光を反射させていた。

どうやら、毒が塗られているらしい。

「我らが忠誠を誓うのは、魔族の長だけだ。・・・どのような事が一族に起ころうとも・・・決して奴らには屈する事は無い。」

「そうですね。」

男達の周りに短剣を投げたディルは、地面にそれらが突き刺さった事を確かめ、腕を動かす。

円を描くように地面へと大穴が開き、男達はその中へと落ちて行った。

底が無いのか、しばらく経っても身体が地面へと落ちた音がしない。

「・・・まったく、しぶとい連中だ。」

脱ぎ捨ててあったハイヒールを拾い上げ、マロウは呟く。

軽く足をはらった彼女は、靴へと足を滑り込ませた。

ディルがまた片腕を動かすと大穴は無くなり、元の静かな森へと辺りが戻る。

「今回の事で、敵も本腰を入れるだろうな。」

「そうでしょうね。白の女神が選んだ巫女の卵・・・自分にトドメを刺した者達の復活・・・。相手からすれば、嫌なピースが揃い過ぎている。と言ってよいでしょうし。」

地面から短剣を拾い上げたディルは、辺りに他の痕跡が残っていないか視線を動かす。

血痕一つ残されなかった男達は、ここに彼らがいたという事が全くわからない状態へとなっている。

「るり様が良くも悪くも噂となっているのであれば、彼女が力をつけたという事実を知り次第マーラ達も本格的に彼女を探し出すだろう。」

「ここに・・・長居をさせるべきではない・・・ですね。」

「・・・あぁ。」

先の会場でのこともあり、ディルは言葉を詰まらせる。

るりを先に戻してから時間はかなり経っているが、果たしてどういう事になったのかはわからない。

突然として会場の方から現れたコーディの事を考えれば、事態は少なからず良いほうへと終結しただろう。

「あれだけの能力を有しているのだ。・・・そろそろ、女神たちが決断を迫ってくるだろう。」

「・・・。」

薄暗い森を歩きだし、マロウは後方を歩くディルへと呟く。

前方に見えてきたパーティ会場はしんと静まっており、灯っていた明かりも消えている。

大方の片づけが終わっており、人の気配は無くなっていた。

コーディ達の姿も見えないところを見ると、彼らは既に屋敷の方へと帰っているのだろう。

「・・・これは私の憶測だが・・・もしかしたら・・・決戦は現世になるのやもしれん・・・。」

「え・・・。」

結ってあった髪をほどき、マロウはディルへと振り返る。

灰色の髪がなびき、星の明かりに照らされた。

「考えてみろ。こちらの世界は順調に回復している状態だ。奴の力がこちらで通用しない事も増えている・・・としたら・・・」

「少しでも縛りのない場所で、力を振るう。」

「そうだ。・・・考えたくもないがな。」

ため息をついたマロウは、得と言って何もない方へと視線を向けた。

「力無い者が多く集まる場所ならば、抵抗する勢力も少ない。生贄として使えるものも多い。そして何よりも、脅威となりうる人物が留守ならば・・・・」

「その隙を狙って事を起こす。」

「あぁ。」

瞬きをしたマロウは、ふっと息を吐くと何をいう訳でもなく視線を移す。

そちらを見ろと言わんばかりに、彼女は片腕を動かした。

ディルは不思議そうに彼女が示す方を見る。

「あれ・・・。」

「ディル?」

「・・・・・・。」

 

暗がりの森から、小さな光を手に持った二人が姿を現した。

 

よく見れば、カンテラを握ったるりの腰に、アリスは腕をまわしている。

二人の姿を見たディルは、マロウと顔を見合わせた。

「・・・どうやら、心配はいらぬようだな。」

「そのようで・・・。」

「えっと・・・。」

るりへと視線を向けたマロウは、彼女にしては珍しく微笑む。

言葉を詰まらせたるりは、傍らに立つアリスへと視線を向けた。

アリスは照れくさそうにディルとマロウを見る。

「・・・めんどくさい奴だな。ホント、お前はさ・・・。」

「言ってろ・・・。」

ため息をついたディルに、アリスは顔を少し赤らめると、るりを引き寄せる。

引き寄せられたるりは、同じように顔を赤くすると少しばかり微笑んだ。

「事情は屋敷で聞かせて頂きましょう。」

「・・・いや、言うような事は何も・・・」

「俺達に言わなくても、アイネ様やコーディ様が許さないだろうな。」

「う・・・。」

歩き出したマロウの後ろを、ディルは静かについて行く。

苦々しげにディルを見たアリスは、二人を追うようにるりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

静まり返った屋敷の中は、明かりもまだらに灯されているだけだった。

ジェシカ達の姿もなく、避難していた来客たちもいない。

「おかえりなさい。・・・ふふ。」

「え。あぁ。ただいま。」

明かりの灯った応接室へと入ったアリスとるりは、ソファに腰をかけて微笑んでいるアイネと視線が合い、どちらも言葉に詰まる。

るりからカンテラを預かったメイドは、二人の様子を見て他の者とほほ笑むと屋敷の奥へと消えて行った。

「マロウちゃんとディルもお帰りなさい。・・・コーディから聞いたわ。何やら迷惑をかけたようで、ごめんなさいね。」

「いえ。我らの職務ですので。」

「それに、奴らは賊。我々が事を起こす前に見つけられなかったことの方が、大きな失態です。」

姿勢を正したマロウとディルは、不安げに見つめるアイネへと答える。

「色々と聞きたい事はあるけれど、今夜はもう遅いわ。・・・二人ともまた明日にしましょう。」

「は・・・はい。」

「ありがとうございます。」

柔らかに微笑んだアイネに、ディルとマロウは深々と頭を下げると部屋から出てゆく。

「俺、ちょっと行ってくるよ。」

「あ・・・。」

ディルの後を追うように部屋から出て行ったアリスを、るりは眼で追いかけてゆく。

屋敷の入り口付近でアリス達は立ち止まり何やら話をしているようである。

「さてさて。・・・るりちゃん。疲れているところごめんなさいね。・・・ちょっと、お話をしましょう。」

「え。は・・・はい。」

アリスの姿を見ていたるりは、アイネに声をかけられて驚いたように部屋へと戻る。

アイネに手招かれるように、るりは彼女の前に置かれたソファへと腰をかけた。

「もう・・・パパもアリスも早く来てほしいのだけれど・・・。」

「・・・?」

ため息をついたアイネの声に合わせ、廊下の方から足早に近寄ってくる靴音が響いてきた。

「・・・すまないな。待たせたか?」

「ちょっとだけね。」

勢いよく部屋へと入ってきたコーディは、後方を睨みつけてアイネの隣へと腰を降ろす。

遅れて戻ってきたアリスは、アイネにるりの隣へと座るよう促された。

「みんな。ちょっと、席を外してもらえる?」

「はい。奥様。」

入り口付近で待機していたメイド達にアイネは声をかけると、彼女たちは戸惑うことなく部屋から出て行った。

入り口が静かに閉じられ、しんとした空気が部屋へと流れる。

急に緊張感を覚えたるりは、アイネとコーディの顔を交互に見るしかない。

アイネはいつもように微笑んでいるように見えるが、その瞳は鋭さがあるように感じた。

「さて。・・・母さんと父さんに話してもらえる?アリス。」

「・・・。」

「貴方が選んだ結論を。」

静かに呟くように口を開いたアイネに、アリスはぴくりと肩を震わせる。

隣で不安げに彼を見つめたるりは、アリスの表情が真剣な顔つきになっている事に気がついた。

視線を移せば、睨みつけるようなコーディの視線が、じっとアリスへと向けられている。

「俺はるりと一緒に行くよ。」

「・・・本当にいいのね?」

「あぁ。」

アリスの言葉に間髪入れずに口をはさんだアイネに、アリスはぐっとこぶしに力を入れる。

いつも見慣れた母親とは全く別人のような口調に対して、少なからず動揺をしているようだ。

「お前がそう決断したという事は、どういう事になるのか・・・。分かって言っているのだろうな?」

「わかっている。・・・いや、わかっています。父上。」

「・・・ほう。」

喉を焼く様な緊張感に、るりは思わずドレスの裾を握りしめる。

アリスはコーディへと向き直ると、震える声を押し殺す様に語りだした。

「俺が、彼女とるりと共に歩むという事は、彼女が巫女になり、俺が主帝となる事も考えられるという事。・・・それがどれだけ重い決断となり、今後どうなっていくのかも・・・腹を括ったつもりだ。」

「中途半端な事しかできなかったお前が?・・・どうだろうな。」

「・・・何とでも言ってくれ。ただ、今までと全てが違ってくる事くらい・・・あんたの息子なんだ。・・・・わかっていると思う。」

「・・・なかなか面白い事を言うではないか。」

苦笑いを浮かべたコーディは、両腕を組むとアイネへと視線を向ける。

背筋をただし、じっと二人を見ていた彼女は、首を小さく左右に振った。

「巫女になること。主帝になること。それはすなわち・・・世界と共に歩むことになるのよ。身勝手な行動は断罪され、間違った制裁を民に加えれば、二人はすぐに命を落とすかもしれない。・・・本当に・・・わかっているのでしょうね?」

「・・・。」

睨みつけるような視線でアリスを見たアイネは、そのままるりの方へと顔を向ける。

るりは震えあがった手を押さえ、息を吸い込んだ。

「わかりません。」

「・・・。」

「でも・・・。」

アイネの顔をまっすぐに見つめたるりは、震えた声で続ける。

「私は、今まで誰の役にも立てなかった・・・。いつも後ろで脅えているだけで、誰かが助けてくれた。でも、私の住んでいた世界・・・現世でバケモノ達に襲われて、白の女神様から言われて・・・私にしかできない事があるなら・・・それで“生きている”と実感できるんであれば・・・私は、自分の考えたとおりにしていきたいと思いました。」

「・・・」

「あの・・・まとめられなくて・・・でも・・・」

アイネにじっと見つめられ、るりは思わず視線を落してしまう。

自分で考えていたことを言ったはずではあるが、それでもまとまりが無いとるり自身わかっていた。

「そこに・・・アリスと言う人物が必要?」

「え・・・。」

「母さん・・・。」

冷たい声が耳へと響き、るりは唖然と顔を上げる。

睨むような顔がそこにはあり、るりをアイネは見つめていた。

アリスが思わず口を挟もうとするが、コーディが手をあげて阻止する。

「そこに・・・彼は・・・」

「・・・アリスじゃない人が隣にいても、いいんじゃないかしら?アリスではないといけない理由は?」

「っ!母さんっ!」

「お前は口をはさむな。」

「おや・・・じ・・・っ!」

理解者だと思っていたアイネに冷たくあしらわれ、るりの頭が真っ白になってゆく。

隣でアリスがアイネへと声を荒げるが、やはりコーディに止められる。

「一緒にいて欲しい人が、アリス以外だと考えたく無いです。考えた事が無いです。・・・だって・・・」

うっすらとるりの胸から下げた鍵が光り、彼女はそれを握りしめる。

「彼が私を助けてくれた王子様だから・・・。」

「・・・・。」

酷く柔らかな笑顔で、るりはアリスへと顔を向ける。

唖然とした表情を浮かべた彼は、るりを見つめ返した。

「まったく・・・もう・・・」

「・・・母さん?」

大きなため息が聞こえるや否や、アイネの呆れた声が部屋の中に響く。

るりの手を握ろうとしたアリスは、るりと共に彼女を見た。

「だ。そうですけど?パパ?」

「・・・くっ。」

「ほら。パパが笑っちゃったじゃない、二人ともっ」

「えっ・・・。」

急に片手で顔を覆ったコーディは、肩を震わせて笑い出す。

あっけらかんとした顔で彼を見たアリスは、るりと顔を見合わせる。

「・・・えぇっと。よろしいかしら?」

「ふっ・・・くっ。」

「もうっ、パパ・・・?」

「すまん。あまりに馬鹿息子がキザな言い方をして・・・っ。」

「おい・・。」

ひとしきり笑ったコーディは、彼にしては珍しく目に涙を浮かべるほどに笑っている。

そんなコーディを睨んだアリスは、咳払いをしたアイネの方を見た。

るりは三人を交互に見つめるしかない。

「私達は、あなた達の行く末を見守るだけよ。手助けが必要であるならば・・・いつでも手を貸すわ。」

「母さん・・・。」

「全く、芝居をするというのは難しいモノだな。」

「・・・・この、親父は・・・。」

満足したのか、コーディは大きく息を吐きだすとソファにもたれかかる。

心の底から笑ったのか、コーディの表情はとても柔らかい。

「どのような結末が待っていても、私達は二人の味方よ。・・・だって、それは二人が小さい時からずっとずっと・・・出会ってからパパと約束したんですもの。」

「え・・・。」

「君がこの森に連れてこられた時、白の女神から言われていたのだよ。」

未だ震える手を押さえ、るりはコーディへと顔を向ける。

「もしもまた、彼女がこの地へと訪れたのであれば・・・彼女を頼んだ。と・・・な。」

「おいおいそれじゃぁ、その時からるりは・・・っ!」

「どういうお考えかはわからん。ただ・・・そうだったのかもしれんな。」「・・・。」

ふっと糸が切れたように、るりから緊張感がほぐれる。

アイネとコーディの顔はとても穏やかで、親のそれと同じ子を見つめる顔をしていた。

「とはいえ・・・状況は状況だ。・・・今夜はもう遅い。余韻に浸るよりも休息を取るといい。」

「明日、もし二人の調子が良ければ、ここへ行ってきなさい。」

「えっと・・・。これは。」

アイネはテーブルの上に錆びた鍵をそっと置く。

それはるりが精霊から預かった屋敷の鍵だ。

「精霊さんが私にって、パーティの会場で渡してくれたの。」

「どうやら、数代前の巫女が所有していた屋敷の鍵らしい。」

「・・・・?」

錆びた鍵を手に持ったアリスは、鍵と共についているタグを見つめる。

薄汚れたタグには、番地と名前が刻まれていた。

「ランゼフちゃんやミチルちゃん達には上手くいっておくから。」

「・・・何を?」

ぽんと手を叩いたアイネは、楽しげに二人を見る。

「二人でそこに行ってらっしゃい。」

「・・・・え。」

「・・・は?」

コーディと顔を見合わせたアイネは、楽しげに笑いだす。

そんな彼女の顔を唖然と見るしかないアリスとるりは、眼を白黒させた。

「森も昼間なら安全だ。・・・これからの事もあるからな。お互いに話をしたい事もあるだろう。・・・特別に取り計らってやる。」

「いやいやいやいや。意味が分からんっ!」

急にソファから立ち上がったコーディは、アイネと共に部屋の出口へと歩いて行った。

「さぁ。今夜はもう遅いから、あなた達も早く寝なさいね。・・・おやすみなさい。お姫様と王子様。」

「えっ!あの・・・っ!」

「おいっ!どういうっ!」

アリスとるりの言葉を聞かず、二人は廊下へと出た。

思い切り扉を閉めたアイネは、大きくため息をつく。

「まったく・・・もう・・・。」

「アイネ・・・。」

コーディと顔を合わせ、アイネは苦笑いを浮かべた。

閉じられた扉の向こう側では、何やらアリスが声を荒げてるりへと話している声が聞こえる。

賑やかにも感じられる息子の声を聞き、アイネはふっと息を吐いた。

「信じてあげましょう。私達の子だもの。」

「・・・そうだな。」

扉のノブから手を離したアイネは、自室の方へと歩きだす。

しばらく閉じられた扉を見つめていたコーディは、思い立ったように向きを変えるとゆっくりとアイネの隣へと歩み寄る。

何をいう訳でもなく、コーディはアイネの肩を抱き寄せた。

 

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