白と黒の世界   作:水鏡 零

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43話

真新しい服に袖を通し、るりは鏡の前でくるりと回ってみる。

黒地に白の縁取りを施した洋服は、言い換えるとすれば現世のブレザーに近い形をしていた。

「よくお似合いですよ。」

「そ。そうですか?」

着替えを手伝っていたメイドが微笑み、るりの肩に丈の短い黒いマントをあてがう。

留め具を幾つかテーブルに並べたメイドは、銀色の留め具を手に持ち、るりの肩へとマントをかけ直した。

彼女は手に持った留め具を、るりが羽織ったマントへと着ける。

「現世のお洋服に似せた形だと伺っております。このような服はよくあるのですか?」

「えっと・・・。私くらいの子が着ている事が多いです。」

「さようでございますか。」

服に合わせて作られたのだろうか、黒い鞄をるりへと手渡したメイドは、部屋の入り口を静かに開けた。

鞄にはユウから貰った地図の魔石がキーホルダーのようについていた。

るりは彼女にお礼を言うと、部屋を出て一階へと向かい歩いてゆく。

窓の外へと視線を移してみると、昨日パーティが開かれた場所が見えた。

片づけをしている者の姿が見えるが、大方の器具は片付いているようだ。

あれ程の戦闘が繰り広げられたというのにも関わらず、目に見える景色にはその爪痕は残されていない。

屋敷の者達が術を使って治したのかはわからないが、まるで昨晩の事が夢であったような気分にるりはなってしまう。

「新しいお洋服?」

「っ。」

ふっと背後から声が聞こえ、るりはマントをひるがえして声のした方へと身体を向ける。

そこにはミチルとグレイの姿があった。

二人とも見慣れぬ服装をしている。

長いローブを着たミチルは手に魔道書を抱え、隣に佇むグレイは同じ形の黒いローブを羽織っていた。

どこか、正装と言えるような装いである。

「アイネおば様が試行錯誤で考えたお洋服なんですって。おば様が言っていたわ。」

「そうだったんだ。」

「現世の服をイメージしたって、自慢げに言ってたぜ。」

ミチルはるりのマントへと手を伸ばすと、まがっていた留め具を直す。

おそろいの服装にも見えるグレイたちの格好に、るりは小首をかしげた。

「私達は今日、王都に向かうの。」

「先に行ってる・・・って言った方がいいかもな。」

「王都へ?」

「えぇ。」

ミチルとグレイの言葉に、るりは目を丸くする。

そして、グレイが言った一言でいずれ自分もそちらへと向かう事に気がついた。

「ジェシカちゃんやハージェントさんも先に行くつもりよ。」

「ランゼフも、嫌そうだったけどさ・・・まぁ、なんとか言いくるめて連れてゆくからさ。」

「わ、私も行かなくていいのかな?」

困った表情で呟いたるりに、ミチルは思わず微笑む。

「るりは、アリスの兄貴と一緒に来なきゃダメ。」

「え・・・。あの・・・。」

「まだ、ちゃんと聞いてはいないけれど、昨晩の事・・・聞いたわ。」

「っ。」

微笑んだグレイとは対照的に、ミチルは不安げな表情でるりを見る。

ミチルが言わんとする事に気がついたるりは、視線を床へと落した。

彼女たちには、自分が巫女になるかはわからない。とレヴァンティアの屋敷で言っている。

それが、昨晩の事もあって、自分が“そちら”へと進もうとしている事に困惑しているのだろう。とるりは思ってしまう。

しかし、首を横に振ったミチルは、表情を変えて微笑んだ。

「昨晩のるりちゃんを見て思ったの。貴女なら・・・大丈夫って。」

「えっ・・・。」

「やっと決心がついたんだなって、ミっちゃんと話をしてたんだ。」

「・・・。」

顔を見合わせて笑ったグレイとミチルに、るりは何と言ってよいのだろうと言葉を詰まらせる。

「私はるりちゃんとアリスさんの味方よ。・・・もちろん、グレイも。」

「当たり前だっ。ミっちゃんが信じている人なんだ。・・・それに、俺達の恩人なんだしな。二人とも。」

「あっ。ほらっ。泣いちゃだめよっ。」

「う、うん。」

グレイの言葉に、るりは思わず目頭を熱くさせてしまう。

瞳に涙を浮かべた彼女に、ミチルは慌てて抱き着く。

柔らかなミチルの身体がるりを包み、るりは頷くしかない。

「先に王都で待ってるから。・・・今日は二人でゆっくりお話をしてきて。」

「うん・・・。」

「王都に行ったら忙しくなるだろうからな。・・・まぁ。何って言えないけれど、勘で。」

「そうね。」

ゆっくりとるりから離れたミチルは、るりの頭を優しく撫でる。

瞳にたまった涙をぬぐったるりは、深呼吸をした。

心が少しばかり落ち着き、ミチル達の言葉にしっかりとうなずく。

「ランちゃんと李春ちゃんの事は、私に任せて。」

「よろしくお願いします。」

「はい。」

にっこりとほほ笑んだるりに、ミチルが答えるように微笑み返す。

「ホントは一緒に残りたんだけどね・・・。」

「あ。ランちゃん。」

静かに部屋から出てきたランゼフは、心底不機嫌そうにるり達の方へと歩いてくる。

何か調べものをしているのか、彼女の周りにはコンソールとモニターが揺れ動いていた。

「るり・・・あの馬鹿に何かされてない?」

「えっ?」

コンソールを側へと避けたランゼフは、真顔でるりへと問いかける。

「あー。昨晩、かなぁり遅かったみたいだしなぁ。」

「あら・・・もうそんな?」

「えっ・・・えぇっ?」

すると彼女の隣で、グレイがにやけた表情で笑い呟いた。

彼の言葉に、ミチルがはっとしたように口元を手で覆い隠すと、るりをまじまじと見つめる。

るりは、二人の言葉に目を丸くさせると、ぴくりと肩を揺らした。

脳裏には昨晩の光景が映りこみ、月明かりで微笑むアリスの顔が思い出される。

見る見るうちに顔を赤くし始めたるりに、ミチルとグレイは顔を見合わせた。

その横ではランゼフが大きなため息をついている。

「な。なにも・・・ない・・・よ・・・。」

「ふぅん。」

「ふぅぅん。」

「なっ、何もなかったよっ!」

「あらあら?そんなにムキにならなくてもいいのにっ。」

からかうように笑い声をあげたミチルは、顔を真っ赤にして怒りだしたるりの頭を軽く撫でる。

目を泳がせたるりは、三人から少し距離を取った。

「ら。ランちゃん。ごめんね。先に・・・い、行っていてね。」

話題を変えるようにランゼフへと視線を移したるりは、彼女が半端上の空の状態でミチル達の会話を聞いていた事に気が付く。

ランゼフは自分の周りを漂うモニターを見つめており、ちらりとるりを横目で見るだけだ。

「ボクは大丈夫だよ。それに・・・ヒーリカも来るみたいだし。」

「え・・・。ヒーリカさん?」

「うん。」

ふっと表情を変えたるりは、思わぬ人の名前に目を見開く。

「どうやら、現世の事で話をしたいみたい。ユウとも交渉して、ちょっと事を動かしたいって。」

「・・・なんだ・・・ろう?」

コンソールを片腕で消したランゼフは、何事も無かったように一階へ続く階段の方へと歩いてゆく。

話し方はあまり普段と変わりないが、やはりどこかランゼフは不機嫌そうだ。

「わかんないけど、昨日の事やマーラの事が関係しているというのは、確実だと思うよ。」

「う、うん。」

ランゼフに促されるように、るりやミチル達も一階の方へと向かう。

隣を通り過ぎてゆく屋敷の者達は、るりの姿を見てはにっこりとほほ笑んでいる。

不思議そうに見つめたるりに、ミチルはグレイと後方で顔を見合わせて笑っていた。

急ぎ足で階段を降りたランゼフは、何をいう訳でもなく玄関から外へと出て行ってしまう。

追うように外へと出た三人の前に、複数の人影が見えだした。

和気あいあいと話す彼らの傍らには、大きな竜が佇んでいる。

銀色のたてがみを揺らした竜がハージェントだと気がついたるりは、彼に小さく頭を下げた。

ハージェントは目を動かし、るりの姿をぐるりと見つめる。

「身体の調子は大丈夫か?」

「はい。前のように重い感覚はありません。」

「そうか。ならば、良かった。」

大きな目を細めたハージェントは、その場でゆっくりと翼をはためかせた。

辺りに風が舞い上がり、るりやミチル達の服が静かに揺れる。

「じゃぁ。るりちゃん。私達は先に王都で待ってるから。」

「えっ。も、もう行っちゃうの?」

「あったりまえだろう。」

ハージェントの背中で手を振ったジェシカと目が合い、るりは片手を上げる。

ジェシカの後ろでは眠そうにしている李春の姿が見えた。

「俺達も忙しいし、そっちも忙しいんだしさ。」

「・・・?」

小首をかしげたるりは、そそくさとハージェントの背中へと向かって行くミチルとグレイを見送るしかない。

「ミチルちゃん。グレイくん。それにジェシカちゃんや皆も、身体には気を付けてねっ!」

「アイネさん。」

屋敷の中から小走りに現れたアイネは、るりの肩をぽんと叩くと、ハージェントの背中に乗り上げたミチル達に大きく手を振る。

にっこりとほほ笑んだミチルは、ゆっくりと上昇し始めたハージェントの背中で手を振った。

彼女は上昇し始めたハージェントに驚いたのか、グレイの背中に抱き着いている。

ぎょっとした表情で後方を見たグレイの顔が、瞬時に赤くなるのをるりは見てしまった。

「ランゼフちゃんはいいの?」

「・・・ボクは追いかける事ができるから大丈夫。」

「まぁ。そうなの。」

だんだんと小さくなってゆくハージェントを見つめ、ランゼフが嫌々そうにアイネに答える。

るりの顔を見て微笑んだアイネは、ちらりと屋敷の方を振り返った。

「なんだ・・・もう、グレイたちは行っちまったのか?」

「もう。アリスが遅いのよ。」

勢いよく屋敷の中から現れたアリスは、昨日見た正装とは打って変わった服装をしている。

るりが現世で見たアリスそのものであり、見慣れているといえば見慣れた格好だ。

「じゃぁ、俺らもいこ・・・・って、なんでお前いるの?」

「・・・ボクはるりの見送りで残ったの。」

「はぁっ?」

アリスの顔を睨みつけたランゼフは、ずいと彼の前へと進み出ると、困惑した彼を鋭い目つきで見上げる。

「おい、馬鹿。」

「誰が馬鹿だっ!」

「ちょ、ちょっと、ふ、二人ともっ!」

急に喧嘩腰でアリスに話しかけたランゼフに、アリスも目を細めて彼女を睨む。

慌ててるりがランゼフを止めようとするが、アイネがその手を掴んで彼女を制止させた。

「一言・・・お前に言っておきたい事がある。」

「な、なんだよ・・・。」

ランゼフの威圧に驚いたのか、アリスは一歩後方へとさがる。

地面を軽く蹴り上げたランゼフは、そのままふわりと宙へと舞い上がり、アリスの顔の目の前まで飛んでゆく。

「・・・今度るりを泣かせたら・・・お前を・・・許さないからな・・・」

「・・・・・・。」

耳元で冷たく言い放ったランゼフは、何食わぬ顔でるりとアイネの方へと戻ってくる。

顔を青くしたアリスは、何も言わずにただ立っているだけだ。

屋敷の中から現れたコーディが、不思議そうに彼を見つめる。

「じゃぁ。るりも気を付けて。」

「え。う、うん。・・・ヒーリカさんに、よろしくね。」

「うん。」

しっかりとうなずいたランゼフは、淡い緑の光を全身にまとわらせ、その中で姿を消す。

光りの粒が地面へと落ちるよりも早く、音もなく彼女の姿は消えた。

「るりちゃんのナイトちゃんは、とっても強いのね。」

「頼りになる子です。」

「ふふ。そうね。」

楽しげに微笑んだアイネは、コーディの隣に立つ。

アリスはバツが悪そうに足を動かすと、るりの方へと近づいた。

「その服、よく似合ってるよ。」

「えっ・・・あ、ありがとう。」

おもむろに手を伸ばしたアリスは、るりの頭を優しく撫でる。

目を泳がせたるりは、スカートの裾を掴んで頬を赤くした。

「えっとっ」

「あっ。」

「おっと・・・。」

コホンとわざとらしく咳をしたアイネに、アリスはぎょっと目を見開いて彼女の方へと身体を向ける。

アイネの隣では、さげすむような顔をしたコーディが、アリスを睨みつけていた。

「あの、アイネさん。・・・その・・・お洋服ありがとうございます。…それに鞄やマントまで・・・本当に・・・感謝しきれないです。」

「いいのよ。娘ができたみたいで、私もパパも嬉しいの。」

「え・・・。」

「馬鹿息子だけだったからな。面白みが無くて。」

「おい。どういうことだよ。」

コーディとアリスの言い合いに、るりはくすりと笑ってしまう。

アイネと顔を見合わせ、るりと彼女は肩を震わせて笑った。

「気を付けて行ってらっしゃい。・・・何か困ったことがあれば、すぐに戻ってくるのよ。」

「あぁ。わかった。」

「・・・わかりました。」

るりと顔を見合わせたアリスは、彼女の手を取って森の方へと歩き出そうとする。

アリスに握られた手を見つめたるりは、そっと彼の手を握り返した。

るりがそのような行動に出るとは思わなかったのか、アリスは少し照れくさそうに視線を逸らす。

二人並んで森の方へと歩いてゆく後ろ姿を、アイネとコーディは姿が見えなくなるまで見つめた。

「・・・私も少し屋敷を留守にする。」

「かしこまりました。旦那様。」

後方で控えていたアンディが、コーディの言葉に静かに答えた。

「貴方も・・・。あまり、無理はしないでね。」

「わかっている。留守中の事、頼んだぞ。」

「えぇ・・・。」

アイネの髪を撫でたコーディは、マントをひるがえして森の方へと歩いてゆく。

疾風のような風が舞ったと思えば、コーディの姿は既になかった。

「おそらく、昨晩の輩の事でしょう・・・。」

「そうね。・・・マロウちゃん達のお家に行ったのでしょう。」

良く晴れた空を見上げ、アイネは寂しげに微笑む。

「時間は刻一刻と過ぎてゆくと言えばいいのかしら・・・。」

「・・・。」

「良い事も悪い事も、どちらも待ってはくれないものね。」

「・・・さようでございますね。」

穏やかな青空が広がる上空を見つめ、アイネはぽつりと呟く。

静かに空から目を逸らした彼女は、アンディの方へと歩きだす。

屋敷の中へと入って行った彼女の後ろで、ゆっくりと扉が閉じられた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

木々の間から鳥の声が響き、頬を柔らかな風が舞う。

しばらく鍵のタグを見つめていたアリスは、るりへとその鍵を手渡した。

「恐らく。向かう場所は昨日の精霊が住んでいる場所だ。・・・あの辺は人なんて住んでいなかったと思うんだけどな・・・。」

「そう・・・なんだ。」

るりの手を握り、アリスは淡々と足を進めてゆく。

繋がれた手へと視線を向けたるりは、自然と顔が熱くなるのを感じる。

アリスには気がつかれていないらしく、彼は進む方向を見つめていた。

青い髪が風に揺れ、長い耳が髪の間から見えた。

「どうかしたか?」

「えっ。う、うぅん?なんでも、ないよっ!」

いきなりるりへと視線を向けたアリスに、るりは驚いて上ずった声をあげてしまう。

不思議そうにるりを見たアリスは、また進行方向へと顔を向けた。

るりは片手で自分の頬を押さえ、恐らく赤くなっているであろう自分の顔を想像してしまう。

「で。・・・顔赤いけど?」

「っっ!」

アリスの言葉に弾かれたるりは、思わず彼の顔を見上げる。

にやりと笑ったアリスは、ワザとらしく手に力を込めた。

「もしかして、恥ずかしいとか?」

「っ。ち、違うよっ・・・・違うっ。」

ムキになって顔を左右に振ったるりに、アリスは更に歯を見せて笑う。

まともにアリスを見ることができない彼女は、足元へと視線を向けた。

「大丈夫だよ。・・・他の連中はいないし、俺達だけしかいないんだ。」

「そ。その方がっ、ドキドキするよっ!」

「えっ・・・。」

「ぁっ・・・。」

思わず声を荒げて言った言葉に、はっとるりは口に手を当てる。

しまったと言わんばかりに、彼女はアリスの顔を見上げた。

視界の先で見えたアリスの表情は驚いたように目を丸くしているが、だんだんと笑みを浮かべだす。

「そっか。・・・そうなんだ。ふぅん。」

「・・・・っ。」

くすりとほほ笑んだアリスは、握ったるりの手へと視線を向ける。

何か企んだように笑うと、おもむろに顔を上げた。

「おっと。危ないっ!」

「えっ?きゃぁっ!」

思いきり腕を引っ張られ、るりはアリスの胸にぶつかる。

ここぞとばかりに身体を引き寄せられ姿勢を崩したるりは、アリスの身体に腕をまわして倒れ込む。

「ほら。ね。」

顔を真っ赤にしたるりは、おずおずとアリスの顔を見上げる。

「わ・・・わざと?」

にっこりとほほ笑んだアリスは、るりの頭を優しく撫でた。

「さぁ。どうだろう。・・・るりが、ちゃんと前を見ていないから、本当に危険があったのかはわからないよな?」

「・・・っ。」

困り果てた顔を浮かべたるりは、アリスからゆっくりと離れた。

「なんだろうな・・・もっとこう・・・るりと近づきたいって思っちゃうのは・・・だめ・・・かな。」

「えっ・・・あの・・・。」

苦笑いを浮かべたアリスは、何故か頬を赤くしている。

るりは目を白黒させて、彼の顔を見つめた。

「私も・・・そう・・・あの・・・アリスともっと近づきたいって・・・思うけど・・・」

「る、るり・・・。」

恥ずかしそうに目を逸らしたるりに、アリスは更に顔を赤くする。

辺りを見れば、本当に二人だけしかいない空間だ。

「あの・・・」

「えっと・・・」

お互いに恥ずかしくなったのか、顔を見ては視線を逸らし、二人はその場に佇むしかない。

「その・・・るり・・・あの・・・・っっ!」

ふっと顔を上げたアリスは、いきなり表情を変えて目を見開く。

「どうしたの?」

るりは彼の様子に驚き、小首をかしげた。

「これ・・・は・・・」

「・・・どうしたの?」

森の方を見て目を見開いたアリスに、るりは不思議そうな表情を浮かべるしかない。

るりの手を握ったアリスは、自分が見つめる先へと指を向けた。

 

木々が風に揺れ、木漏れ日が地面を照らしている。

 

「あれ・・・は・・・。」

「そんな、あんな屋敷・・・見た事ない・・・。」

「えっ。」

 

木々の間から見えたレンガ造りの屋敷に、アリスは驚いて声を発する。

ゆっくりと歩き出した彼に連れられ、るりもそちらへと向かう。

思わずアリスの手をしっかりと握り返し、木々の間を小走りに駆けた。

 

開けた場所に出てくると、急に視界の先が明るくなる。

 

オレンジ色のレンガで作られた屋敷は、可愛らしい外見をしていた。

屋敷の周りには畑があり、日の光を反射して小川が流れている。

色鮮やかな花々が辺りには植えられ、石畳の道が屋敷へと続いていた。

 

まるで中に誰かがいるかのように、屋敷の周りには暖かな空気が流れている。

 

「先まで、こんなお屋敷見えなかったのに・・・。」

「あぁ。」

石畳の小道を歩き、るりは屋敷の方へとアリスと共に進む。

外にはベンチが置かれ、足元には可愛らしい花が咲いていた。

お時話で見たような可愛らしい外見の屋敷のまわりは、川の流れだけが響いており、とても静かだ。

「表札があるよ。」

「ひょうさつ・・・?」

「あっ。・・・」

るりの言葉に驚いたのか、アリスは小首をかしげる。

この世界には聞き覚えのない言葉なのか、彼は不思議そうにるりを見た。

「あの・・・ね。お家の持ち主さんの名前が書かれている札なの。表札。」

「そうなんだ。・・・こちらの世界にはそういう風習がないから。」

「じゃ・・・じゃぁ。やっぱりこのお屋敷は・・・。」

アリスの手を握り、るりは屋敷の入口へと小走りに進む。

 

レンガの壁に貼られた表札は、薄くなっており年季が立っていることが一目でわかった。

 

指でなぞり、文字を見つめると、るりの目が大きく見開いた。

 

「光丘・・・・桜子・・・。」

 

おもむろに精霊から渡された鍵を手に持ち、タグへと視線を向ける。

そこには表札と同じ名前が掘られていた。

「桜子さんとシュオンさんのお屋敷・・・。」

るりは屋敷を見上げ、ぽつりと呟く。

扉の前に立っても、まるでその中に人がいるかのような息遣いが感じられた。

自然と暖かな気持ちになり、不安な感情が浮かばない。

「とりあえず。その鍵を使わせてもらおう。」

「っ。う、うん・・・。」

アリスに静かに呟かれ、るりはゆっくりと鍵を持ち直す。

鍵穴にするりと入り込んだ錆びついた鍵は、重い音を立ててひねられる。

カチリと鍵が開く音が響き、屋敷の施錠が解除された。

「開いた・・・。」

るりは鍵穴から鍵を引き抜くと、鞄の中へと入れ込む。

アリスと顔を見合わせた彼女は頷くと、ドアノブをゆっくりとひねった。

 

音を立てて入り口の扉が開かれ、その先が露わになる。

 

まるでるりが住んでいた家のように、屋敷の入り口からは奥へと廊下が伸びている。

入り口には花瓶が置かれているが、中には何も入っていない。

「おじゃま・・・します・・・」

おずおずと中へと入ったるりは、アリスの方を振り返ると静かに玄関を進みだした。

優しい日の光が外から入り込み、屋敷の中全体を照らしている。

「リビングか?」

「う、うん。」

廊下の先に広がっていたのは、可愛らしい色合いのソファが並んだ開けたホールだった。

中央にはテーブルが置かれ、壁際には暖炉がある。

暖炉の上には古びた写真立てが置かれており、その横には様々な装飾品が並んでいた。

「まるで、人が今までいたみたい。」

「あぁ。・・・でも、気配はない・・・な。」

綺麗に磨かれたテーブルや暖炉の上を見て、手入れが行き届いた部屋を二人は不思議そうに見つめる。

「先に行ってみようか。」

「うん。」

アリスに手を引かれ、るりは更に屋敷の奥へと歩いてゆく。

 

レヴァンティアやアリスの屋敷からすれば、大きいとは言えない構造ではあるが、それでも数十名の人が住んでいたのではないかと思えるほど、多くの部屋が並んでいた。

 

分厚い本が並んだ部屋。色鮮やかな魔石が飾られた部屋。

広々としたキッチンと面するように造られたスペース。

水回りが集まった部屋は大きく、脱衣所の先には広々とした風呂場が広がっていた。

まるで今まで使っていたかのように、暖かな湯が揺蕩っている。

 

だが、どの部屋を覗いても人の姿もなければ、気配さえもない。

 

まるで鍵を開けた際に、一瞬にして人が消えてしまったかのようだ。

 

「この部屋。玄関とは別の入り口がついている。」

「・・・ここが、応接間かな。」

「かもしれない。」

一階の突き当りには、大きな部屋が一つあり、その内装は他の部屋とは違っていた。

大理石のような床石がはめ込まれ、壁には重厚なカーテンや装飾品が飾られている。

そして窓脇には、大きな扉が一つあった。

アリスがそちらの扉を開けてみると、その先には石造りの小道があり、外へと繋がっている。

「日常生活と、公務を分けていたんだろうな。今まで俺達が通ってきたところは完全に日常の生活をしている場所。・・・来客はこの部屋に皆通されていたんだろう。」

「・・・。」

廊下へと戻ってきた二人は、応接室の横から伸びている階段へと目を向けてゆく。

明るい日の光を浴びた階段の先には、窓が見えた。

「ここに住んでいた桜子さんは・・・どんな人だったんだろう。」

「さぁな・・・。今まで多くの巫女と主帝が生まれて・・・歴史書に載らなかった者もいるって聞いたことがあるし・・・・」

「そう・・・なんだ・・・。」

階段わきにあった窓から外を見つめると、ちょうど森の方へと視線が行くようになっている。

ぼんやりとだが、木々の間から光が見えているのにるりは気がついた。

見覚えのあるその輝きに、るりはしばらく視線を向ける。

「あれ・・・。昨日の精霊さんかな?」

「え・・・。」

階段を先に登り終えたアリスは、るりの方へと戻ってくると、同じように窓の外を見つめた。

黒い目が光の中で瞬きをしており、精霊であろう光は、ゆっくりとこの屋敷の方へと集まってきている。

「俺達がここに来た事に気がついたのかもな。」

るりの肩を抱いたアリスは、じっと窓の外を見つめていたるりへと視線を向ける。

「そうだね。・・・二階・・・見てみよう。」

「あぁ。」

アリスに背中を押されたるりは、階段を登り二階へと足を進める。

 

そこには、幾つもの同じ扉が均等に並んでいた。

 

「今まで寝室が見えなかった。もしかしたら、二階は住んでいた人たちの個室なのかもしれない。」

「・・・うん。」

一番近くにあった扉へと歩み寄った二人は、そっと扉を開ける。

 

部屋の中には小さなテーブルとベッドが一つ置かれていた。

 

白いカーテンの先では、森の木々が見える。

 

私物は一切残されておらず、どのような人物が使っていたのかさえもわからない状態だ。

 

「不思議だな。今まであんなに生活感があったのに・・・」

「そうだね。ここだけ切り離されているみたい。」

白いテーブルを撫でたるりは、アリスに手招かれて廊下へと戻ってゆく。

 

隣に面した部屋も、そしてその次も、部屋の中は同じように家具が残されているだけだった。

どの部屋にも白いカーテンとベッドが置かれ、テーブルが窓脇にあるだけである。

 

妙な静けさが二人を包み、るりはアリスの顔を見上げた。

 

「残るは奥の二つだけ・・・か。」

「・・・。」

少しばかり他の部屋とは感覚を開けて、二つの部屋は隣り合っている。

まるで、他とは別の物だと主張しているようだ。

アリスはドアノブに手をかけると、ゆっくりと入り口を開ける。

「あ・・れ?」

「・・・どういうことだ。」

驚いた表情を浮かべたアリスは、ドアの中へと吸い込まれるように歩いてゆく。

るりは彼に続くように部屋へと入った。

 

今まで見てきた部屋とは違った光景が広がり、その部屋には私物が置かれたままになっている。

本棚には幾つもの本が重なるように並べられ、窓脇に置かれた大きなデスクの上には、書きかけの書類が残っていた。

まるで今朝までベッドが使われていたかのように、掛布団は少しずれて床へと落ちそうになっている。

「誰かがここに住んでいるのか?」

「っ。だったら、私達が勝手に部屋に入っちゃったのは・・・・だ、駄目だよね・・・?」

「あ・・・あぁ・・・。」

はっと目を見開いたるりは、開け放たれた窓から身を乗り出し、屋敷の入り口付近を見つめる。

そこには人の姿は無く、森から現れた精霊たちの姿があった。

「どうしよう・・・」

「いや。待って・・・。これ・・・。違う。」

「どうした・・・の?」

デスクの上に置かれた書類を見て、アリスは声を震わせる。

しばらく外を見ていたるりは、彼の声に首をかしげた。

不思議そうな表情を浮かべるりはアリスへと近づくと、同じように書類を覗き込む。

 

「このサイン。シュオンって・・・。」

「・・・・そんな。」

 

インク壺の横に置かれた書類には、サインが書かれていた。

誰かに宛てた手紙なのか、最後の行には、その手紙を書いた人物の名前がくっきりと残っていた。

「ここまできて同姓同名って事はないだろう。だとしたら、この部屋だけ・・・どうして残されているんだ・・・」

手紙は幾重にも重なってデスクの上に置かれている。

アリスは置かれた用紙を片手で持つと、その内容に息を飲んだ。

「やっぱりだ。・・・主帝として・・・誰かに宛てて書き綴っている。」

「・・・。」

パラパラと窓から入ってきた風にあおられ、アリスの手の中で紙が揺れ動く。

るりはふっと思い立ったように目を見開き、入り口の方へと視線を向けた。

「・・・じゃぁ、隣の部屋は・・・。」

「・・・行ってみよう。」

震えた手で書類をデスクに戻したアリスは、るりに手を引かれてその場を後にする。

急ぎ足で廊下へと出たるりは、一つだけ残された部屋の前へと立つ。

何故か心臓が高鳴り、妙な緊張感が溢れた。

「入ってみよう。」

「うん・・・。」

アリスに促されるように、るりはドアノブをまわして中へと入ってゆく。

 

「・・・ここも・・・同じだ。」

るりの後方から部屋へと入ったアリスは、目の前の光景にぽつりと言葉を呟いた。

 

開け放たれた窓。

書類の置かれた大きなデスク。

壁際には本が置かれ、チェストの上には写真立てが並んでいた。

 

「この部屋の持ち主は・・・桜子さんなんだよね・・・。」

「だろう・・・な。」

桃色の柔らかなクッションがベッドの上に置かれ、まるで先まで人が座っていたかのように温かみを感じる。

デスクに置かれた書類には、隣り合った部屋と同じように、直筆のサインが書かれた用紙がわざとらしくも置かれていた。

「でもどうして。他の人達がいた形跡はまったくないのに。」

「わからない。でも・・・この屋敷全体から、微かだけれど、魔力を感じるんだ・・・。」

「そっか、これって気配じゃなくて・・・魔力の残り・・・」

静かに瞳を閉じたるりは、深呼吸をして心を落ち着かせる。

まるでアリスやるり以外にも人がいるかのように感じられた雰囲気は、屋敷全体を包むように流れている事に気が付いた。

「この書類は・・・何を意味しているんだろう・・・」

「シュオンの部屋と同じだったら、巫女として誰かに宛てた物なのかもしれない。」

デスクに置かれた書類へと手を伸ばしたるりは、指の先に一つの手紙が当たった事に気がつく。

先までそこにあったのかは定かではないが、古びた封筒には宛名が無い。

自然とそれを手に取ったるりは、書いた人の名前をじっと見つめた。

「光丘桜子さん。」

「誰宛の手紙なんだろうな。」

「うん。・・・誰だろう・・・・。」

古びた封筒を裏返し、るりは後方から覗き込んだアリスを見上げる。

宛名は書かれておらず、消印さえもない。

 

 

「それは・・・貴女に宛てたお手紙だ・・・新しい主。」

 

 

「っっ!」

ふっと後方から声が聞こえ、るりは目を見開く。

るりの肩へと手を置いて手紙を見つめていたアリスも、その声の主が背後に現れていた事に気が付いていなかったのか、彼の手にも瞬時に力が入った。

アリスと目を合わせたるりは、同時に声のした方へと振り返る。

 

部屋の入り口に佇んでいる彼女は、赤い目を光らせていた。

背後から入り込んだ光が白い髪を照らし、陶器のような白い肌が同じように照らされている。

 

簡素な服装を着ている彼女は、静かに部屋の中へと足を踏み入れた。

「お前は・・・誰だ・・・?」

「・・・武器を収めよ。・・・戦うつもりはない。」

片手に太刀を出現させたアリスに、彼女は首を左右に振る。

しばらくお互いを見つめ合っていたアリスと彼女は、しんと静まり返った部屋の中で少しだけ動いた。

「・・・アリス。大丈夫だよ・・・。この人からは、嫌な雰囲気もしないから。」

「・・・わかった。」

るりになだめられる様に言われたアリスは、大きく息を吐くと太刀を水の泡へと変化させた。

「すまない。・・・私は言葉が足りない。・・・よく、桜子に言われた。」

「あ、貴女は、桜子さんのお知り合い?」

「・・・知り合い・・・か。」

手紙を持ったまま、るりは目の前の女性に微笑む。

少々取り繕った笑顔になってしまったが、お互いの警戒心を解くぐらいにはなったようである。

「私はヒトではない。・・・故に、知り合いというよりも、彼女を守るために作られた武器・・・と認識してもらえればよい。・・・新しい主。」

「え・・・っと。」

静かに歩み寄った彼女は、るりの手から手紙を取り上げると、何も言わずにその封を開けた。

 

そして、るりへとその手紙を向ける。

 

「私は此処で待っていた。新しい主が・・・桜子が選んだ“巫女”が来ることを・・・。」

「桜子さんが・・・私を選んだ?」

「そうだ。」

古びた封筒を彼女の手から受け取り、るりはそっと中の便箋を取りだす。

数枚の便箋を広げてみると、るりには見慣れた文字が並んでいた。

アリスは目を細め、首をかしげている。

「私が向こうの世界で使っていた文字だよ。」

「どうりで。見た事はあるが・・・読めないと思った。」

黒いインクで書かれた柔らかい文字に、るりは目を通す。

じっとその様子を見ていた女性は、急に思い立ったように部屋の隅から椅子を持ってきた。

それに座れと言わんばかりに、るりの横へと置く。

「読んでみて、るり。俺には読めないんだ。」

「う・・・うん。」

目の前でるりを見つめている彼女の視線に困惑しつつ、るりは彼女が用意した椅子へと腰をかける。

ふっと息を吐いたるりは、便箋へと目を移した。

 

 

親愛なる人へ

貴女がこの手紙を読んでいるという事は、精霊達が貴女をお選びになったという事。つまりは、この屋敷の新しい所有者になった巫女ということですね。

私はこの屋敷で多くの思い出を作りました。楽しい事も、辛い事も、何があっても此処に戻ってくれば、仲間達や旦那様が出迎えてくれました。それはとても幸せな時間だったと言えるでしょう。

この世界に来て、右も左もわからない私に、旦那様は色々な事を教えてくださりました。皆が私を助けてくれたように、私は皆を助けたいと思い巫女になりました。

貴女は、どう言った経緯で巫女になられたのでしょうか?

きっと精霊たちが選んだのですから、同じような事を考えていたのでしょうね。彼らはとても敏感で、心を見透かす子たちです。良い意味でも、悪い意味でも、とても理解してくれる人たちです。

きっと貴女も同じように、悩んでいたのでしょう?巫女になるべきか。それとも現世に戻って普通の女子として生きるか。ずっと・・・

 

ふいに言葉を詰まらせたるりに、目の前の女性は小首をかしげる。

「泣いているのか?主?」

「る・・・り?」

「ご、ごめんなさい・・・あの・・・ちょっと、待って。」

便箋へと涙が落ちないようにと、るりは手紙をアリスへと手渡す。

柔らかな文字で書かれた手紙の内容は、今のるりにとってはとても心に響く言葉ばかりだ。

まるで自分が書いているかのように、るりの想いに似ている。

「わかった。ならば、私が読もう。」

「あんた・・・現世の言葉読めるのか?」

「あぁ。桜子に教わった。」

「そ、そうか。」

涙が止まらないるりを見て、彼女はアリスへと手を伸ばす。

アリスは彼女へと手紙を渡すと、るりの頭をそっと撫でた。

 

ずっと悩んでいたのでしょう?

私も多くを悩み、そして悔いた事もありました。

でもね、ここまで長い時間生きていられたというのは、選択を間違えていなかったという証拠。そして、私を愛してくれた旦那様のおかげ。

あの方は私を受け入れてくださり、私と共に歩む事を喜んで下さった。何も知らない私をかばい、私と皆の為にと奮闘して下さった。本当に尊い方です。

私が白の女神に選ばれ、この地へと流れついた時も、あの方は運命だと喜んで下さりました。私がいくらはねのけて、あの方から遠ざかろうとしても・・・どこまでも追いかけてきてくださったのです。

今でも、その事は忘れられないものですよ。

 

さて・・・。のろけ話をする為に書いたのではないので、お話はこれくらいに致しましょう。

 

私はもうすぐこの世を旦那様と旅立ちます。女神達が仰いました。私達夫婦は、役目を全うしたのだと。

ですからこの屋敷は空になってしまいます。ただ、知らぬ者に譲るのには少々気が引けるので、屋敷を外部から隠し守ってくれた精霊たちに託すことにしました。

 

私達のように屋敷を大切に使ってくれる巫女へと、譲ってほしいと。

 

思い出の詰まったこの屋敷を、大事に使ってくださいね。

 

現世から渡ってきて、貴女がこの世界で何年生活したかはわかりませんが、もしもまだ悩んでいるとしたら、私から言える事は一つ。

 

貴女の愛する主帝を信じなさい。

貴女を想う人達を信じなさい。

きっといつか、その時に貴女を助けてくれますから。

そうそう、最後に一つお願い事が。

屋敷の中に一人残してゆくことになりました。

彼女も屋敷と共に大事にして下さい。

頼りになる子です。

闇をはらい、悪食を消し去る事の出来る賢い子です。

 

どうか、素敵な日々をこの屋敷で過ごしてくれたら私は嬉しいわ。

 

               ―――月―――日  光丘桜子

 

 

 

ふっと息を吐いた彼女は、唖然とした表情を向けるアリスを見る。

「まるで、この屋敷がるりに渡る事を知っていたような内容じゃないか。」

「そう・・・とれるとも言えるな。」

アリスの言葉に短く答えた彼女は、便箋を封へとしまい込む。

そして、凛とした赤い目がるりへと向き、彼女は片膝をついた。

「新しい主。私は貴女の盾となり武器となる者。今はヒトの姿を模しているが、貴女が望むなら物の姿へと戻ろう。」

「え・・・。」

唐突な内容にるりは困惑し、目の前でじっと見つめる彼女の姿をまじまじと見てしまう。

女性としてはあまりにも簡素な格好をしているが、どう見ても物や武器のそれと思える部分は見えない。

陶器のように白い肌をしているが、手足は筋肉質だ。

「まって、私が新しい主って・・・あの・・・それは・・・。」

「ん?・・・貴女は次代の巫女であろう?」

「その、まだ決まった訳ではないというか・・・なんというか・・・」

「いや、貴女の額にある紋章は巫女である証だ。・・・知らないのか?」

不思議そうに立ち上がった彼女は、白い手でるりの額へと手を向ける。

るりは自分の額へと手を当てて、思わずアリスの方を見上げてしまった。

「巫女であった人の側近だった彼女が言うんだ。・・・俺も、よくは知らないけれど、身体のどこかに女神の祝福を得た印が現れるとは聞いたことがある。それが、きっとるりの額に現れている紋章なんだろう。」

「・・・。」

アリスの大きな手が動き、るりの額をそっと指でなぞる。

細い長い指が額の紋章へと当たると、急に熱を帯びたようにるりの額が熱くなった。

るりには見えないが、目の前では彼女が赤い目を細めている。

「そういうことか・・・・。」

「あんたにはわかるんだな。」

「あぁ。」

アリスの手をじっと見つめた彼女は、困ったような表情を浮かべるとるりへと視線を移す。

二人の会話を聞いていたるりは、不思議そうに小首をかしげた。

「この場が保持されているのは、桜子とシュオンの力が残されているからだ。・・・いずれ、残された力が無くなれば、屋敷は静かに息を引き取るだろう。」

「息を引き取るって・・・・。」

「朽ち果てる。と言い換えればいいか?」

「そんな。」

椅子から立ち上がったるりは、おもむろに部屋の隅に置かれた写真立てへと近づいてゆく。

そこには朗らかに笑う人々の姿があった。

「この屋敷が無くなる事は私も避けたい・・・。思い出と言えばいいのだろうか。・・・桜子たちと過ごした長い時間を無くしたくない。・・・これは、わがままというものだろうか?」

赤い目の彼女は、ぽつりと呟き、手に持った手紙をじっと見つめる。

その瞳はかすかに揺れ動き、悲しみを帯びているようにも感じられた。

「・・・違うと思う。」

ゆっくりと振り返ったるりは、アリスとそして彼女へとほほ笑む。

「わがままじゃないよ。大切な人たちと過ごした時間を消したくないという思いは・・・願いだよ。」

首から下げた鍵を両手で握り、るりは二人の顔を交互に見つめる。

「そうだな。思い出を大切にすることは何もわがままじゃないさ。」

「・・・・。」

るりと顔を見合わせたアリスは、傍らにたたずむ赤い瞳の彼女へと視線を向けた。

彼女はアリスの顔を見て、そしてるりへと向き直る。

「あぁ・・・そうか。桜子・・・。そういうことだったのだな・・・。」

柔らかに微笑んだるりの胸元で、赤い鍵が暖かな光を放っていた。

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