白と黒の世界   作:水鏡 零

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45話

自分のデスクに戻ってきた優志は、何食わぬ顔でパソコンを操作する。

警察署の前まで武藤に送り届けてもらった彼は、車内で司と相談をし、一人ここへと戻ってきた。

司は武藤と共にそのまま車内に残り、今は武藤の家にいるであろう。

パソコンの画面に映し出された資料を見つめ、優志は一つ一つを確かめるように見つめた。

「あ。あったねぇ、そういう事件。」

「・・・結構有名なのか?」

「うん。当時は新聞沙汰になったくらいにね。」

優志のパソコンを覗き込んだ他部署の警官が、マグカップを片手に呟く。

モニタに映っているデータを見つめ、彼は苦笑いを浮かべた。

「武田君が、この街に引っ越してくる直前くらいだよ。一斉捜査で俺達も駆り出されたこともあったけれど・・・まぁ、そんな大それた事しなくても、事件は解決したんだよね。」

男性は苦笑いを浮かべ、その場を後にしてゆく。

新聞の切り抜きや当時の資料を取りこんだデータを見つめた優志は、事細かに内容を確認し始めた。。

 

数年以上前にもあったという行方不明の未解決事件。

その発端は、現在の事でも関わっている中学生の少女が始まりであり、それを皮切りに今まで様々な怪奇事件が起きている。

事件として挙げられた事に関しては、遅くても数日以内に被害者は自宅へと戻っている事が多い。

例の少女は、夕方には市境の山で見つかっており、外傷も無し。

データとして残された事件に関しても、同じような結果だ。

そして何より共通する事がある。

被害者は皆、支離滅裂な話をしている事だ。

結果として残された話の中には、精神鑑定も視野に入れた結果がちらほら見受けられる。

知らない土地に飛ばされ、耳の長い人々に助けられた。

空を竜が飛び交い、彼らが出口まで案内してくれた。

人間ではない者に助けられ、気がついたら元の場所にいた。

どれもこれも、見れば見るほど頭が痛くなるような結果ばかりだ。

 

「その事件ですけど、一件だけ被害者が見つかっていない事件があるんですよ。」

 

「っえっ?」

真剣にモニタを見ていたせいで、後方から複数の者達が覗き込んでいた事に気がつかず、思わず優志は声をあげて驚いてしまった。

顔を見合わせ皆が苦笑いを浮かべるが、すぐに一人がモニタの一部を指さす。

「これです。」

「・・・被害者は高校生男子・・・名前は光丘彼方?」

「市長の息子さんですよ。」

「・・・っ?」

コンソールを叩いた優志の目の前で、画面が切り替わる。

幾つもの写真や目迎情報、それに合わせて街の様子が事細かに時間列に従って書かれているデータが映し出された。

見だしの下には、学生服を着た青年の写真が載せられている。

「市長には二人のお子さんがいるんです。そのうちの一人・・・えっと、お兄さんの彼方君が未だに見つかっていないんです。」

「見つかっていないって・・・もう、かれこれ三年以上は経っているんじゃないかっ・・・。」

「そう・・・なんですけどね。」

流暢に話しをする署員に驚いた優志は、後方から見つめていた者達を唖然と見返してしまう。

例え当時見つからなかったと言えど、被害者の身柄が見つかっていない以上、このようなデータとして残すだけで良いはずがない。

が。目の前で顔を見合わせている署員達は優志とは異なった意見を持っているのか、苦笑いを浮かべているだけだ。

「光丘市長から捜索の打ち切りをお願いされたんです。」

「えっ!・・・む、息子がいなくなったというのにっな、なぜ?」

「それが、よく分からないんですよね。」

当時の事を思い出しているのか、彼らはため息をつくだけだ。

間髪入れずに色々な事を質問したいと優志は思ったが、彼らの表情を見ると、あまり気乗りがしなくなる。

何も言わずにモニタへと視線を移した彼は、一つずつページの内容を読みだした。

「彼方君がいなくなってから数週間、最後は一斉捜査の命令が下り、署員のほぼ全員が駆り出されたんです。」

「でも結局姿も見つからなければ、目撃情報も無し。挙句の果てには別世界に飛ばされたとか言いだす人も出始めて・・・」

「捜査打ち切りが出る寸前は、もうグダグダでしたよ。」

「・・・。」

どうやら優志に話しかけている署員は“別世界”の事を知らない“部外者”のようで、まるで今この時も別世界が関わっている事が起きている事など知らないような言い方をしている。

彼らが部外者だと悟った優志は、思い当たった質問をいう事が出来なくまった。

「(その・・・別世界に捜索願を出したのか・・・とは言えないな。)」

資料を見るふりをしながら、優志は後方で話している人たちの姿を静かに考えた。

「今日も山へと捜索・・・といった当日、朝礼で署長が言ったんですよ。一斉捜索は本日でいったん終了、この件については担当者に引き継ぎ次第完了とするって。」

「その日は、署内が大荒れになりましたね。捜索の打ち切りはおかしいってその時の上司も食ってかかったんですけど・・・まぁ、担当者は無言の一点張りでしてね。」

「・・・そうか・・・。」

優志に話しかけている署員達と異なり、恐らく当時の担当者という者は、“部外者”ではないのだろう。

別世界の事情を知ったうえで何らかの事が重なり、これ以上“こちらの世界”で彼を探すことはしなくてよい。と判断されたのだ。

しかし、部外者である人たちに別世界の事を話すことは出来ない故に、大騒ぎに成り果ててしまったのだろう。

「(ある意味、その頃に転勤してこなくて良かったな・・・)」

しみじみと心の中でそう思った優志は、資料の最終項目を見つめた。

そこには、当時の担当者の名前が書かれている。

気がつけば、後ろで昔のことを語っていた者達は、自分たちの持ち場へと戻っていた。

「ちょっと・・・聞いてみるか・・・」

優志はパソコンの画面を操作すると、静かに席を立った。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

軽く扉をノックした優志は、部屋の中に入ると静かに扉を閉めた。

薄暗い部屋の中には、沢山の紙の資料が整理されている。

「あぁ。すまないねぇ。こんな所に来てもらって。」

「いえっ。こちらこそ・・・お仕事中すみません。」

警察署の資料室へと案内された優志は、その中で職務をこなしている男性へと歩み寄る。

彼は穏やかに微笑むと、部屋の奥へと優志を案内した。

 

先ほど見ていた資料を基に、当時の担当者である署員に連絡を取ってみると、あっさりと彼は話を了承してくれた。

今は別部署へと移動となっていたらしく、会議室や署内の開けた場所では話ができないと言われた優志は、こうして資料室へと訪れている。

 

「何せ、君が聞きたいと言っていた事件は、本来ならば他言厳禁なものでね・・・まぁ、竜崎署長や飛勇君と行動を共にしていた君ならば、事情もわかってくれるだろう?」

「はい・・・。」

壁のように重なった資料の間を通り過ぎ、少しばかり開けた場所へと二人は歩いてゆく。

質素なデスクと数台の椅子が置かれたそこは、男性の仕事場らしくパソコンが置かれていた。

モニタには、幾つもの付箋が折重なって貼りついている。

「さてと。僕も君も、職務中だからね。長話にならないようにしようか。」

「あ。はい・・・。」

壁に立てかけてあったパイプ椅子を優志に渡した男性は、ゆっくりと自分のデスクに置かれた席へと腰をかけた。

優志もなるべく音を立てずにパイプ椅子を広げると、そこに腰をかける。

見上げた資料は今にも崩れそうで、圧迫感が酷く感じられた。

他に職員がいないのか、目の前に座っている男性以外には、人の姿が見えない。

「さてと、武田君だったね。君が一番聞きたい事は、やはりどうして行方不明者が見つかっていないのに捜査打ち切りとなったか。という事でいいだろうか?」

「はい。・・・きっと、彼が・・・その・・・別世界にいる・・・と言う事がわかったから・・・でしょうか?」

「うぅむ・・・。」

先に質問をされた男性は、少しばかり眉をひそめる。

恐らく、優志に質問を質問で返されたという嫌悪感よりも、思っていた以上に彼が鋭く勘を立てていた事に困惑しているようだ。

「確かに、別世界にいる・・・ということがわかったから打ち切った。と、いうことに変わりはない。が・・・少しばかり違った事が起きてしまっていたんだ。」

「予期せぬ状況に彼が巻き込まれていたんでしょうか?」

「巻き込まれた・・・いや・・・自分から・・・」

まるで自分の考えを思い出すかのように、男性は優志の前で低く唸る。

当時の事を忘れてしまっている訳ではないようだが、彼は優志の質問に答えるたびに顔をしかめてしまう。

何やら、優志に話したくない事でもあるかのようだ。

「ところで君は・・・向こうの世界をどこまで理解しているんだい?」

「現状として、全く異なった生活を営んでいる世界であること。あと、未だに信じがたいですが、科学では説明しにくい・・・その・・・魔法的な物が使われている事でしょうか。それと・・・身分制度というか、変わった役職があるというか・・・。」

「巫女、主帝、王族・・・聖職者・・・などのことかな?」

「あ。はい。そうです。」

男性の言葉に大きく頷いた優志に、彼は大きくため息をつく。

決心をつけたように視線をあげた男性は、おもむろに立ち上がるとデスク脇に置かれたロッカーを開けた。

「・・・・。それだけ知っていれば、これを見せてもいいだろう。」

「え。」

ロッカーの中には幾つものケースが置かれており、そのどれもに鍵穴がついていた。

ケースの横を弄るように何かを取った男性は、優志に背を向けると目の前のケースを開錠する。

男性の背中越しからではどのケースが開けられたのかは優志には見えないようになっており、彼がその場を動くと鍵穴に入れられたであろう鍵も置かれていなかった。

「関係者だけが知りうる情報だ。」

「い、いいんですか?」

「良いも何も、竜崎署長と“アレ”を目の当たりにしているのだろう?だったら、見てはならないとは言えない。」

「・・・。」

この資料室へと来る前に、内線で彼に連絡を取り、アポイントを取ってはあった。

しかし、自分を知ってもらうために言った、先日の漆黒事件がこんな場所で役に立つとは優志自身も驚きである。

自らがほぼ部外者と変わりない存在であるため、あの事件がこれほどまでに関係者から大事として考えられているとは未だ信じられない。

丁寧にファイルへと仕舞われた資料を優志に手渡した男性は、無言でそれを開けるように手を動かす。

優志は静かにファイルを広げて中を確かめた。

 

 

A氏の証言により、桜丘彼方少年はこちらの世界へと来ていた事が判明した。恐らく、巫女マーラの力によるものであるが、確実な証拠は関係者からは得られていない。

また、今回の件に関しては、今まであったケースとは異なる結果を招いてしまっている。

既に彼の腕には禁忌の秘術が施されてしまった後であり、本人自身もそれを受け入れた事を承認している状態だ。悲しい事であるが、彼はもうヒトではない・・・現世のご家族には説明のしようがない結果だ。

恐らく、彼は言葉巧みに巫女マーラの側近たちから勧誘され、彼が受け入れてしまったのだろう。

今までこちらの世界に誤って召喚された者達は、皆頑なに勧誘を断っていたのだが・・・何故・・・。

彼の姿はA氏も数週間前に見たきりであり、最近は見ていないという。

王都にも彼方少年の姿は目撃されていない事を考えると、すでに彼は巫女マーラの側近魔術師と成り果ててしまっている・・・と最悪の予想を立てていいだろう。

ご家族にはどのように説明すればよいか、こちらでも検討するつもりだ。

尚、この件に関しては部外者以外には絶対に勘付かれないように動いてほしい。

大変難しい事ではあるが、こちらも精一杯の努力を惜しまないつもりだ。

 

 

「これは・・・、向こうの世界から送られてきた最初の手紙だ。」

「彼方少年、つまり被害者はやはりあちらの世界に。」

「・・・。」

流暢な日本語で書きつづられた手紙からすると、とても向こうの世界で暮らしている者が書いたとは言い辛いものである。

だが、書かれている内容は、部外者が見れば訳が分からない事ばかり単語が連なっていた。

男性は更に頷き、次の資料を見るように優志を促す。

 

 

返事が遅くなり、すまない。

こちらも大変なことが起こってしまった。

端的に言えば、今回のキーパーソンである彼方少年がこちらの世界で目撃されたのだ。・・・しかも、ご家族にだ。

彼は前触れもなく現れ、実の弟とその友人の前で自分の事を話したという情報が入ってきた。既に、ご両親にも伝えてある。

やはり、君の報告通りだったようだ。腕や身体には禁忌を施した紋章が掘られており、もはや人とは思えぬ術を使ったらしい。

そう、考えたくもないが実の弟を殺そうとしたようだ。

近くにいた先祖持ち・・・つまりは鍵を所有する友人たちが彼を助けたようだが、それでも被害は甚大である。

大規模な戦闘となったようで、彼方少年と親友だった少年は心身共に深い傷を負ってしまった。

この件に関してマスコミに知られる前に、車両事故等による大規模な爆発事故が起きたとなんとかカモフラージュする予定だ。

彼方少年はそれ以降こちらには姿を現していない。恐らくはそちらの世界へと戻ったのであろう。

関係各所には彼の捜索打ち切りを本格的に呼び掛けるつもりだ。次に彼と会う時は・・・。

 

 

「恐らく・・・彼と敵対せねばならんだろう。」

ぽつりと呟いた優志は、資料を置いて冷や汗を拭う。

大まかな事しか理解する事はできないが、それだけでも十分に背筋が凍るような内容だ。

「実の弟を殺害しようとした・・・被害者が・・・いや、もうこれでは、被害者とは言えないじゃないか。」

「・・・探していた人物は、被害者から加害者に変わり、もはやヒトでは無い者へと成り果ててしまった。」

「そして捜査も打ち切りへ。」

大きく頷いた男性は、震える優志の手から資料を預かると、元のケースへと入れてゆく。

何事も無いようにロッカーを閉じた彼は、大きなため息と共に倒れ掛かるように席へと座った。

「巫女マーラという人物は、その当時を仕切っていた巫女だ。私利私欲を尽くしたが為に、とても短い生涯を終えた・・・はずだったのだが。」

「・・・知っています。今、この状況を造り上げているのが復活した彼女だと。」

「そうか、知っているのか。・・・その通りだよ。」

優志はしっかりと椅子に座り直すと、男性へと視線を移す。

目を泳がせたように動かす男性は、優志の顔を見ることが無い。

ただ、じっと自分の手を見ているだけだ。

「とても恐ろしい事をしたよ。あの巫女はね。奴隷に殺戮、気に入らぬ者はすぐに処刑。刃向う者はヒトとは言えない生物に変えられ海の底や地底深くに幽閉され、生き地獄を味合わされた。闇の十数年だったと今でも思うのだよ。」

ふいに彼の言葉を聞いていた優志は、目の前の男性が“この世界の者ではない”と勘付く。

まるで目の前で見て来たかのように話す彼に、優志は息を飲んだ。

「僕はね。気がついたかもしれないが、元々は向こうの世界で暮らしていたんだが。竜崎署長に助けてもらった縁もあってね、こちらに移住してきたんだ。・・・昔のよしみで向こうの世界との橋渡しをしてきたのだが。」

「そうだったんですか。」

「そういう連中は隠れているが、この市内に多いよ。」

「っ!」

にっこりとほほ笑んだ男性は、手を触れる事無くパソコンの画面を操作し始める。

手の先が少しだけ光っているように見えた優志は、彼が別世界の者だと証明してくれているようにも見えた。

「光丘彼方。彼のご家族は当時かなり狼狽えていたよ。どうにか助ける方法が無いものかと、武藤家や四大家系の者達に声をかけていた。しかしね・・・無理なんだ。実の弟さんが証言したようだが、既に彼はヒトではないバケモノと化してしまった。」

「自らの意思で。」

「悲しいけれどね・・・。どうしてか、彼はその道を選んだ。」

パソコンの画面に幾つかのメールが並び、男性はそれを横目で流し読みをしながら優志に答える。

画面が優志の座る位置からは見えにくく、内容は分からない。

「恐らく。今後の事を考えるとね、彼とは嫌でも君たち・・・警官たちは衝突すると思うよ。・・・彼は敵だからね。」

「・・・待ってください。それは・・・その言葉では・・・」

静かにマウスを叩いた男性は、静かに優志の方へと顔を向ける。

優志は背中に流れた冷や汗に震えつつ、男性を見た。

「・・・この世界にも災いはまたやってくる。・・・それも、この前の漆黒が空を覆ったくらいでは済まされないね。」

「そん・・・・な。」

身体から急に力が抜けるように、優志は手を震わせる。

気がつけば、資料室の窓から夕焼けが入り込んでいた。

まるで血のような赤に錯覚してしまう程、鮮やかな色が床を照らす。

「多くの事は分からない。私も初めてだからね。災厄を持ち込んだ巫女が更に酷く世界を揺れ動かそうとすることは未だかつてない事だ・・・。何が起こってもおかしくない。と腹を括った方がいい。」

「っ・・・。」

「ん?」

男性の冷たい声が優志の頭に入るよりも早く、ポケットに入れられた携帯が振動する。

その音に自分で驚いてしまった優志は、とっさに携帯を取り出した。

男性は静かに手を動かし、着信の相手に出るように促す。

小さく頭を下げた優志は深呼吸をすると、静かにボタンを操作した。

「も・・・もしもし?」

「た、武田君!すぐに、今から言う場所に急行してくれっ!」

「・・・はい?」

電話の先で警察署員の声が慌てふためくように響く。

その声は目の前の男性にも聞こえているくらいだ。

「飛勇部長が乗った車がっ!市内でバケモノにっ!」

受話器の先で叫ぶ署員の言葉に、優志は椅子を倒して立ち上がった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

けたたましいサイレンの音が鳴り響き、黒煙が空へと立ち上る。

悲鳴をあげて逃げ惑う人々は、到着した警官に守られながら、近くのビルへと駆けこんでいった。

「落ち着いてこちらへっ!」

「けが人は向こうへ搬送するんだっ!すぐに救急車がくるっ!」

黒煙を上げ火柱が上がる異常な光景に、人々は我先にとその場を駆けて逃げてゆく。

夕焼けが反射して映ったビルの窓は、気味が悪い酷に赤く染まっていた。

ひしゃげた車が車道に乗り上げ、警報音が響き渡っている。

「夢郷さん。貴方達は、こちらにっ!」

「こ・・・これは・・・。」

路肩に止まった車から転がるように降りた雪の父は、千枝の両親をビルの方へと手招く。

中には多くの人々が避難しており、入り口は警官たちが構えていた。

「私達が一緒にいると逆に危険かもしれません。すまないが、この方々を頼んだ。」

「わかりましたっ!師匠っ!」

車を運転していた青年が雪の父親に大きく頷くと、震えあがった千枝の両親たちを手招いてビルへと入ってゆく。

敵に顔を知られていない彼らを守るためには、司や雪の父親は一緒に行動することは不可能だろう。

とっさの判断を取った二人は、燃え上がる車の間を駆け抜ける。

途中、悲鳴をあげて逃げ惑う人々を誘導し、司は雪の父親の背中を追うように走った。

「俺達を待っていたんでしょうか?」

「それはないはずだ。エルダの術がかけられた車を見つける事など、向こうの世界の人間でも難しい事のはず・・・」

「だとしたら・・・こいつらは・・・。」

奇妙な声をあげて立ち上がったバケモノ達は、燃え上がる車の炎を身体に受けても、何ともないかのように動き回っている。

身体に火柱をあげたとしても、バケモノ達はヒトの方へと這いずりまわっていた。

「駄目ですっ!俺達の力じゃっ!」

「な・・・なんなんだっ!」

警官たちが悲鳴に似た声をあげて、バケモノ達から後退してくる。

恐らく鍵を変形させ出現した武器であろうが、彼らがどんなに攻撃をバケモノへと向けても、それらは弾かれてしまう。

かろうじて足を止める程度のかすり傷しか与えられず、警官たちは司たちの方へと集まりだしていた。

「こいつら、先のビルに出てきた・・・」

「・・・嫌な連中だな。」

ヒトの頭とは思えない形をしたバケモノに、思わず警官たちは息を飲む。

先ほどから何度も見たバケモノとはいえ、司もその姿に息を飲む程だ。

 

「えーっと・・・あーっあーっ!」

 

「っっ!」

「な、なんだっ!」

突然魔の抜けたような声が司たちの頭上から響き、警官たちを含めて辺りにいた者達が頭上を見上げる。

黒煙に混じるように見えた人の姿は、まるで階段を降りてくるかのように地面へと近づいてきていた。

 

「マイクテーストっ、テストーっ!」

 

「・・・・。」

災害用のメガホンを使っているのか、男の声が緊迫感走る現状とはかけ離れた声を響かせている。

バケモノが蠢く地面へと降り立った男は、濃い紫のスーツを手で叩いて辺りを見つめた。

視界の悪いこの場所では見にくいが、男の手には赤黒い痣のようなものが見えている。

 

「えーっ、桜丘市のみなさーん、聞こえていますかー?はーい、返事して返事してーっ!」

 

「な、何をしているんだっ!」

「危ないだろうっ!」

「ま、まてっ!」

メガホンを片手に声を発した男に、司の周りにいた警官たちが慌てだす。

男の足元ではバケモノ達が蠢いており、とてもその場に立っている状態ではない。

とっさに走り出そうとした警官の前に両腕をあげ、雪の父親が彼らを制止させた。

 

「えっと?一応聞こえているということでー。はい、テスト終了!」

 

「なっ!」

空中へとメガホンを投げ出した男は、両腕をひらひらと動かす。

と同時に宙に投げ出されたメガホンが音を立てて潰れ、破片が飛び散る。

男の足元を蠢いていたバケモノ達が、まるで糸で吊り上げられたかのように一斉に立ち上がり、彼の周りに整列した。

異様な光景が更に不気味さを増し始め、警官たちは思わず後ずさる。

「今日はデモンストレーション。一応さぁ、俺の力もちょっとだけ試したいんだよね。ほら・・・こっちに来たの久しぶりだし?」

「君は・・・何を言っているんだ?」

誰に言っているのか分からないが、男はネクタイを締め直し、満足げに辺りをぐるりと見つめる。

ビルや建物の中から固唾を飲んで見ている一般人を見つけると、男は心底可笑しそうに顔をひしゃげて笑い出した。

「あーっとねぇ。お巡りさんたちに聞きたいんだけど。さ。ちょっと、人を探しているんだよね。俺。・・・うちの女王陛下から仰せつかっているんだけど・・・知らない?」

「・・・皆、後ろに下がれ。何があるかわからん。」

「な、なんだ・・・あいつは・・・。」

大げさに手を叩いた男は、辺りに立ち込める黒煙を苦々しげに見つめ、司たちが立っている方へと視線を向ける。

黒煙のせいでお互いの顔がしっかり見えない事に、彼は機嫌を害しているのか、ぐるりと辺りを見渡した。

「ちょっと視界が悪いねー。はいはい。」

「っっ!」

「頭をさげろーーっ!」

更に手を叩いた男に合わせて、突如として地面から突風が巻き上がる。

看板や建物の屋根が大きくきしみ、辺りを多くの人々の悲鳴が包む。

防弾用の盾を持った警官が下げ部や否や、周りの者達が地面へと姿勢を低くして、その突風から身を守りだす。

数秒の間辺りを包んでいた突風が収まると、黒煙が薄くなり、周りの様子が浮き彫りになった。

「これならいいんじゃないかなぁ。」

「なんってこった・・・。」

慌てふためいたように辺りを見た警官たちは、自分たちの周りが異様なモノへと変わった事に、皆が悲鳴に似た声をあげる。

路肩に駐車された車を貫通するように、赤黒い針のようなモノが幾つも突き刺さり、コンクリートの地面は抉れていた。

まるで前にも後ろにも逃げ場がないと言わんばかりに、司たちの後方には車に突き刺さった赤黒い針が折重なるように地面へと突き立っている。

「これでお話できるじゃん?ねぇ、お巡りさん。」

「・・・き、君は何者だ・・・何が目的だ?」

「ん?」

震えあがっている警官たちの前に、武藤が片手に刀を構えて進み出る。

後方から彼を止める声が聞こえるが、それを無視して彼は目の前の男へと向き直った。

 

「・・・彼方・・・なのか?」

 

「おやおや?」

「・・・お前は・・・彼方・・・?」

前へと出た武藤の後方から、司が震えたように声を発する。

目を見開き、手を震わせた彼は、視界の先でにんまりと笑った男へと一歩近づいた。

濃い紫のスーツに黒いシャツを着こんだ男は、顔から腕にかけて赤黒い痣を見せている。

黒い髪が風に揺れ、血のような赤い目が司を見て細まった。

「やぁ。奈美ちゃんのお父さんじゃん?元気っ?」

「やっぱり・・・お前・・・。」

ざわつく警官たちの前へと出た司は、武藤に制止されて彼から前に出ることができない。

とても人間とは思えない姿をした彼方と呼ばれた男は、まるで何とも思っていないかのように声に感情が灯っていないようだ。

「武藤さん。彼・・・光丘彼方くんですよ・・・数年前の・・・あの事件で行方不明になって・・・それで・・・・」

「っ・・・。あ、あの、被害者だというのか?」

「おやっ?」

目を見開いた武藤は、司の言葉に一瞬手をふらつかせるが、頭を左右に振ると彼方をじっと見つめた。

小首をかしげた彼方は、にんまりと歯を見せて笑う。

「まぁ、今はそういう話じゃなくてさ?ちょっと質問に答えて欲しいんだよね。・・・改めて聞くけどさっ、お巡りさんたちなら知ってるでしょ?」

「な、何をっ。」

大げさに手を叩いた彼方は、その手を大きく広げて司たちを見る。

その眼は、目の前にいる人々を蔑んでいるようにみえた。

 

「夢郷るりさんっていう中学生?どこにいるか、知らない?」

 

「っっ!」

赤い目をぎょろりと見開いた彼方に、辺りはしんと静まり返る。

数人の警官たちが周りの者達と顔を見合わせ、手を震わせ出す。

「あぁ、やっぱ知ってるんでしょ?」

彼らの反応を見た彼方は、心底楽しそうに両手を叩き、一歩一歩と警官たちに近づいてきた。

「残念だが・・・わ、我々も知らないっ」

「その中学生は、先日の一件で行方不明に・・・」

「へぇ・・・。」

彼方が近づいてくる事に驚いたのか、司の後ろにいた警官たちが、声を震わせながら彼へと声を荒げる。

それでも彼方の足は止まらず、だんだんとお互いの距離を縮めだした。

建物中から様子をうかがっている一般人たちには聞こえていないらしく、辺りからはざわつく声が響いている。

「それって、嘘のことでしょ?」

「そ、そんなっことはっ!」

彼方の言葉に反論しようとした警官たちに、おもむろに彼は片腕を向けて目を細める。

「君らじゃ、話にならないな。」

「っがぁっ!」

「うわぁぁっ!」

「お、おいっ!」

誰の声とも言えない悲鳴が辺りから聴こえ、同時に警官たちの身体が後方へと紙のように吹き飛ばされる。

司が驚いて振り返った時には、後方にいた警官たちは倒れ込んでいた。

「一般人に手を出すなっ!」

「あ。自分が一般人じゃないってわかってるんだ・・・ふぅん。」

「っちっ!」

大声で叫んだ司にひるむことなく、彼方は片腕を更に動かす。

その先には千枝の両親達が逃げ込んだビルがあり、彼はとっさに手に持った鍵を弾いて銃へと変化させ、そのままの勢いで引き金を引く。

しかし、彼方は軽々と銃弾を避けて一歩後方へと下がった。

「じゃぁさ、その一般人さんが怪我しないように、さっさと居場所を言ってくれない?」

「それは、できない事だな。」

「・・・・あっそ。」

司の前で刀を握り直した武藤は、彼方へと剣先を向ける。

目を細めた彼方は、片手を動かし、まるで宙吊りとなっていたバケモノ達を地面へと落し出した。

同時に上空から雨のように赤黒い針が落下し始め、路肩に止めてあった車を貫通してゆく。

ビルの中に逃げ込んだ人々の悲鳴が重なり、辺りが騒然となりだした。

「動ける者は何でもいい、とにかくここから下がれっ!」

「はっ!はいっ!」

司は後方で意識を失っていた警官を担ぎ、ビルの方へと引きずり出す。

重い身体を動かしながら、警官たちは怪我を押さえて走り出した。

「だからさっ、一般人たちに危害をっ!」

「っっ!」

「・・・・っ!」

両腕に赤黒い針を掴んだ彼方が、司の背中に向かってそれらを投げ出す。

赤黒い針は司へと刺さる前に、軽い音を立てて空中へと投げ出された。

「おじさん・・・やるじゃん。」

彼方は苦々しげに目の前に現れた武藤を睨みつけた。

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