白と黒の世界   作:水鏡 零

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4話

書物に身を隠すように座っている彼は、いつの間にか部屋に訪れていた客人に気が付き頭をあげた。

彼の目の前には、先日納品された新しい雑誌が置かれている。

内容は社会問題や今後の世界情勢を予想する内容が掲載されている、ごく普通の世論雑誌だ。

「やぁ。久しぶりだね。ヒーリカ。」

「相変わらず、“こっち”では忙しそうね。エナミ。」

自室の入り口に会議中の看板を立てたエナミは、ヒーリカとその後ろに立つランゼフの二人を応接用のソファに座らせた。

彼は愛用のパソコンを閉じると、彼女たちと向かい合うように座る。

「ブレアからは、だいたいの事情は聞いているよ。事は一刻を争う部分も出ているようだね。」

「話が早く通じて嬉しいわ。恐らく、ブレアから資料は貰っていると思うけれど・・・こんな感じかしらね。」

ヒーリカは手を左右にゆらし、緑色に発光する画面を出現させる。

色々な資料が表示されると、それをエナミの方へと向けた。

エナミ自身も同じように手を揺らし、自らの“端末”を起動させる。

「先日。こちら側でも、小さな事件があってね。関係者の話では“残党”が桜丘市に紛れているという話だよ。」

「先手をなんとしても打ちたいのかしら?」

「恐らく、その可能性は高いだろう。相手側も時間がないのは確かだ。」

互いの画面を入れ替えるように見始めたヒーリカとエナミを、ランゼフは横からじっと見ている。

ヒーリカは一つの資料を見つけると、上から食い入るように見つめた。

「 “残党”がどうやら一般市民に手を出したようでね。幸い、それを見た者は“部外者”ではないようだったからよかったけれど。」

「なんでまた・・・。」

「理由はわからないね。相手は何を考えているか見当もつかない連中だ。それ相当の理由があったのかもしれないし・・・あるいは・・・。」

「無差別?」

ぽつりとつぶやいたランゼフに、エナミはうなずく。

「彼らにとって今以上の力を得ることができるのならば何でもいいのかもしれない。それは“部外者”が持っている生命力であってもね。この桜丘市に住んでいる者を狩ればそれ相当の“なにか”を得られると勘違いしている可能性もある。」

困ったものだね。と付け足すと、エナミは立ち上がり窓の外を見た。

昼下がりの穏やかなオフィス街が眼下に広がり、多くの人達が石畳の路地を行き来している。

「それなりにこちら側も注意を払ってはいるんだけれど、何せ相手の数は“無限”。ここまで来て“親玉”クラスの者たちが参戦してきたら、たまったものじゃないよ。」

「関係各所には取り合ってもらっているの?」

ヒーリカの言葉に、エナミは力なく頷く。

「今まで何も“影響がなかった”分に、一部の所からは返答が得られてないね。それも困ってしまうんだけれど・・・。“後始末ができなくなってから”の協力要請はお断りしている状態さ。」

「団結力に欠けてしまっているってことかしら・・・ね。」

大きなため息をついたヒーリカは、自分の端末へと手を伸ばし、画面をシャットダウンさせる。

エナミの端末は未だに起動しており、それを手に取ったランゼフは、一つずつ資料を読みだした。

殆どの内容は、彼女にとってあまり興味がないもののようだが、今回の“事件”に関わるモノはそれなりに目を通して淡々と読んでいる。

「こちら側の “候補者”について、目星はそれなりに付いてはきているけど。そこも不可思議な点が多いね。」

「何よそれ。断定的な事がないって事?」

「まぁ。とりあえずは、その資料どおりっていうくらしか・・・今の僕にも言えないかなぁ。」

元々細い目を更に細めて、エナミは笑う。

ヒーリカとランゼフの二人は、彼の端末を操作して該当するデータを見つめた。

そして、同様に顔を見合わせて困惑した表情をする。

「 “白の女神”が候補者として彼女に“鍵”を与えたみたいだね。その使い道も、自分がどうしたらいいのかも・・・どうやら、“その子”には女神は教えていないようなんだ。」

「 “お守り”として“鍵”を渡したっていうの?!“部外者”の子に?」

小さく頷いたエナミは、ますます困惑した表情になるヒーリカをよそに、さらにデータを二人に見せる。

そこには、ここ数日のうちに桜丘市で目撃された“敵”の情報が映し出されていた。

「下級クラスの“影”をこちらに派遣しているだけみたいだね。“彼女”の所在については、まだ気が付かれていないようだ。それに、接触する前に“聖職者”や“こちらに住む人たち”によって、敵は倒されている。」

「聖職者たちも、彼女の事は気が付いているの?接触は?」

端末を自分へと引き寄せたエナミは、情報を全てその中へと戻すと、音もなくシャットダウンさせる。

薄暗かった部屋がゆっくりと照明で明るくなり、乱雑としてもみえる部屋の中がくっきりと露になった。

「接触については、避けているところもあるね。“一般的な交流”として“彼女”に係わっている人が多い。・・・何せ、相手の子は“こちら”の事は無知と言っていいからね。混乱を避けるためには、隠す必要はあるだろうさ。」

「そうなんだ・・・。」

端的にまとめたエナミは、デスクへと戻るとパソコンを立ちあげる。

今まで使用していた“端末”の存在など無かったかのように、彼は椅子に腰を掛けた。

「それなりに僕の今の立場から、君たちをフォローしていくつもりではあるんだけど・・・何分色々と背負わされている案件が多くてね。」

「大丈夫よ。こっちはこっちで、なんとか本部と連絡取り合いながら、頑張ってみるわ。」

「うん。頼もしい。」

勢いよく立ち上がったヒーリカは、全身にデータをまとわせて“姿”をカモフラージュさせる。

今まで着込んでいた服とはうって変わり、黒いスーツ姿へと見た目を変更した。

ランゼフは何も言わずにその場を立ち去り、姿自体を消す。

それを見届けたエナミも、机に置かれた“伊達メガネ”をそっとかけた。

「それじゃぁ。定期報告まで、しばらく“他言厳禁”ということで。」

エナミがそう呟くや否や、部屋の入り口がノックされる。

彼が小さく返事をした後に、ヒーリカが扉を開けた。

「編集長。そろそろ、会議の時間です。」

「あぁ。そんな時間だったね。ありがとう。」

中に入ってきた女性は、扉の隅に立っているヒーリカを見て小首をかしげる。

そうだった。と言いながら、エナミが資料を抱えて立ち上がった。

「彼女は、海外支部から派遣してもらったスタッフだよ。名前はヒーリカさん。」

「はじめまして、今日からこちらの本社で働かせて頂きます。ヒーリカです。」

ヒーリカは名刺を一枚取りだすと、扉の前にたたずむ女性に手渡した。

 

 

――

 

 

 

 

桜丘出版社。

名前に捻りは全く無いが、出版社の名前を出せば誰もが頷くだろう。

数多くの有名雑誌や漫画雑誌などを手掛け、その支社は全国に分布されている。

爆発的に販売数を増やしたファッション雑誌や経済評論雑誌は、今でも多くの愛読者たちによって販売数を伸ばしていた。

就職したい企業ランキングでも常に上位で見かける名前だ。

その本社は、社名の由来通り桜丘市にあり、オフィス街の一等地に立っている。

関係各所の企業も近くに何店もあることもあってか、本社とまわりのビル群を行き来する人たちは毎日多い。

この時期は桜の満開も重なり、観光客も溢れかえっていた。

会議を終えた千枝は、同僚たちと共にすぐに別の部屋で打ち合わせを開始する。

議題は、先ほど“副社長”と重役達とも話し合った“怪事件”に対する記事だ。

「確かに。副社長の言う通りで、ローカルな話題を前面に出すことは難しいんじゃないかな?」

「うちはさぁ、オカルト雑誌じゃないんだし・・・。」

同僚たちや部下たちが困惑する一方で、千枝は頭を横に振るしかない。

議題として扱ってもらった“桜丘市に起こる怪事件について”は、先の会議でも上司たちの食いつきはそこそこだった。

ある上司は、小さなブームとなっているオカルト事業に乗算するのは良い。と言ってくれた。

その意見に便乗して、多くの重役たちもうなずいてくれる。

 

ただ、副社長だけは頭を縦にふってくれなかった。

 

物腰柔らかで、部下たちにも指示の高い光丘副社長は、高い考察力と経済効果についての意見は誰一人としてこの社内で右に出る者はいないだろう。

彼からのお墨付きであれば、あとは現場で色々な情報を聞きだせば、次号のトップ記事になる。

が。どの重役の意見を聞いたとしても、一度たりとも首を縦に振ってくれることはなかった。

「こんなこと。ここにきて初めてよ・・・。」

思わず後輩たちの前で、千枝は大きく落胆した声を出してしまう。

今まで乗り気だった部下や同チームメイトたちも、副社長の意見に目を通すと、自ずと消極的な意見になった。

真実性のないオカルトブームで、一面を飾るのは難しい。

その土地に住んでいる人たちから、抗議やひんしゅくを買えば、社運だって悪くなる。

もっと違う方へと目は向けられないのか?

「確かにごもっともなご意見ではあるんだけど。」

突き放すだけではなく、ヒントや提案を出してくれた副社長には感謝をしている。

だが、どうしても千枝はこの案件を大々的に書きたかった。

「昔から、桜丘市って“摩訶不思議な所”っていうのは、全国的にも有名ですからね。」

「この観光シーズンに合わせれば、今以上の売り上げだって期待できるんですけど。」

「まぁ・・・案件の内容が・・・ねぇ。」

何も言わずに資料と睨みあいをしている千枝に、チームメイトは苦笑いをするしかない。

目の前には、先日から続いている“怪事件”の資料が山となっていた。

情報不確かなネットの投稿記事もあれば、出版社に匿名で送られてきた写真。

スタッフが現地で聞きこんだ情報も混ざっている。

これだけの資料があれば、数ページは優に特集が組めるはずだ。

だが、肝心の“OK”がおりていない。

「お蔵入り記事になっちゃうんでしょうかねぇ・・・。」

「こ、ここまできて?!」

「それだけは嫌だなぁ・・・。」

断固として反対してきた副社長の顔を思いだし、思わず一同は落胆の顔をする。

ある程度の無茶な記事であっても、最終的には了承を得ることが多いのだが、どんなに会議を長引かせようとしても、彼は頭を縦にはふってくれなかった。

その頑固なまでの姿勢が、千枝の中では少し不可思議にも感じている。

「ちょっと。あたし。副社長に直談判してみる。」

「えぇっ!!!」

「夢郷さんっ・・・?!」

思い立ったように立ち上がった千枝は、資料を一通り持ち上げると、部屋を後にしようと入口へと向かう。

彼女の背中に向かって、他のメンバーが驚きと困惑の声を上げた。

「だって。こんなに力入れた内容を、お蔵入りにするなんてできないでしょう?!」

「千枝・・・。」

同僚のスタッフが真剣な表情で振り返った彼女を見て、思わず名前を呼んでしまう。

この短期間の間で動き続けてくれたスタッフたちの事を考えると、千枝には諦めることがどうしてもできないようだ。

「それに、そこまで頑なに拒んだ理由も聞きたい。」

「私達も同意見です。やっぱり、納得いかない点はあります。」

「・・・そうですね!」

決して熱血タイプではない千枝だったが、彼らの後押しもあって、大きく頷くことができた。

そして、深呼吸をすると会議室の入り口を開けて出てゆく。

「良い報告になるように。みんな、祈っていてね。」

千枝はそう言うと、会議室の扉をゆっくりと閉めた。

 

 

――

 

 

 

 

副社長室の中で、千枝とエナミの二人はお互いに何も言わずに見合っている。

真ん中に置かれた資料へと視線を移したエナミは、困惑した表情で一つ一つを丁寧に見返した。

ぼやけた写真もあれば、鮮明に対象が移っている物もある。

ネットから拾い集めたのだろうか、それ以外にも冷や汗が出る様なものまでがあった。

「ここまで。まぁ・・・集めたものだね。」

「当たり前です。私たちはプロとして色々な角度から、情報を集めていますから。」

自信満々に言う千枝とは対照的に、エナミの表情は時間が進むにつれて暗くなった。

それなりに“怪事件”の真相については、わからないように情報を“改ざん”していたはずだったが、どうやら“こちらの世界”の者たちは、自分以上に目が肥えているらしい。

ふとエナミはそんなことを考えてしまい、思わず苦笑いをしてしまう。

「副社長。どうして、そこまでこの内容を了承して頂けないのでしょうか?」

真剣な面持ちで見つめてくる千枝に、どうしたものか、とエナミは視線を逸らした。

なんとでも理由をつけて切り抜けようとはしたが、どうやら彼女は納得してくれないらしい。

 

数年前に、“とある理由”から、支社から彼女を引き抜いた理由が、まさかここで自分の首を絞めることになろうとは、エナミは頭を抱えてしまう。

 

同じような題材で、彼女“夢郷千枝”は、この桜丘市の事を記事にしてしまった。

 

それは、今でこそ愛読者を持つことができた週刊誌とはいえ、“橋渡し”としてこの地に住んでいるエナミとしては、かなり痛い記事だった。

恐らくは、そのまま放置して“関係ない土地”で彼女を野放しにしておくことは、“我々”にも“あちら側”にも大変危険が及ぶことが予想される。

そのため、“自分たちの目の届く所”で彼女が“事を起こさないよう”に見張ろうと、この桜丘市の本社へと移動させたのだ。

前回の記事については、それなりにオブラートがかかったような内容で、彼女の力量もついていなかったこともあってなのか、幸いにも“観光特集”程度に集約することはできた。

 

とはいえ、今回の内容はそれを上回りすぎる内容だ。

 

オカルト雑誌にも載っている“気味の悪い格好をした謎の人物”写真。

人の手から溢れるように出てくる光や炎の動画。

コンクリートの壁から、まるで穴が開いたように出てくる“人影”写真。

 

どれを取り下げたとしても、残った資料に対して後々から厄介になることは考えられないモノが一つもない。

彼女たちの仕事の頑張りは認めてあげたいが、それとこれとは話が別だ。

次号の決定会議で、このような内容を突如として提出された身としては絶対に頭を縦に振ることなどできはしない。

重役に紛れている“あちら側”の人間たちも、少しは否定的な事を言ってはくれたが、頭の切れる彼女達に対抗できる者はいなかった。

苦笑いでこちらを見てきた重役たちの顔を思い浮かべると、少しだけ恨んでしまいそうになる。

「副社長。お答えいただけないのですか?」

「う・・・ん・・・。」

ずいと身を乗り出して言いだした千枝に、エナミは眼を逸らす。

ここで無理矢理でも部屋から追い出すことは可能だろうが、それでは今後の仕事で支障がでることは眼に見える。

「そうだな。言わなくてはならないな。」

彼は自分に腹を括らせるように呟くと、置かれたコップの中身を飲みほして千枝をみた。

千枝は姿勢を正して、エナミの眼をしっかりと見る。

と。彼女の方向に不自然に浮かび上がる文字をエナミは見つけた。

まるでカンペのように羅列された輝く文章は、完全に願ってもいない“助け船”だ。

「(ランゼフ?ヒーリカ???こ、これは助かった!)」

恐らく、自分の部屋を“別の場所”から彼女たちが見ていたのだろう。

今までの状況を一部始終監視されていたのは苦笑いが出そうになってしまうが、これといった決定打になるような考えも思いつかず、行き当たりばったりで意見を取り繕うとしていたエナミにとっては、ありがたい助け船だ。

無論、そのような文字が見えるはずがない千枝は、ただエナミを見ているだけである。

ある程度の文章が表示されたのを見届けると、エナミは口を開いた。

「まず・・・。なぜ、どうしてもこの記事に対して了承ができない事に付いてだが・・・」

彼は咳ばらいをすると、淡々と喋り続けた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

各方面からのビルから昼休憩のチャイムが鳴りだすと、オフィス街にはさらに多くの人で溢れかえる。

皆、つかの間の休息に浮足立ったように、目的地へと歩いていた。

「あ。千枝。お疲れ。」

「・・・・。」

黒髪のショートヘアの女性が、ビルの屋上に造られた庭園で、顔なじみの同期に声をかける。

千枝は力なく手をあげると、どっかりとベンチに倒れこんだ。

その表情は落胆と悔しさの色でいっぱいだ。

「すごい酷い顔だね・・・。」

「お前、また無茶したんじゃないの?」

ショートヘアの女性が心配する横で、ぼうっとした表情の女性が声をかける。

しかし、千枝はうめくだけだ。

「何があったか話してみろ。」

「そーだ。そーだ。ユナの言う通りだよ。何も言わないなんてわからないよー。」

千枝の頭を軽くつついたショートヘアの女性“ユナ”に合わせて、隣の女性もうなずく。

「来てくれるか!親友よ!ヒスイちゃんもきいてくれるの!?」

「おぉ。千枝復活・・・。」

人が変わったように身体を起こした千枝に、二人は眼を真ん丸にする。

あまりの変わりように、荷物を落としそうになった“ヒスイ”と呼ばれた女性が、苦笑いをする。

大きく頷いた千枝は、二人に向き直ると話をし始めた。

 

 

身振り手振りを交えて話をし終えた千枝は、二人の顔を交互に見る。

彼女の話が区切りをつけたと同時に、青い空を小さな鳥が飛び去って行った。

「つまり、最短で集めた記事に対して、完膚なきまでに副社長にダメ出しを食らったと。」

「で。副社長が了承してくれない理由に対して、対抗できる意見が見つからずへこんだと。」

ユナとヒスイの二人は、今まで熱弁した千枝の話を、まとめて言う。

千枝はうんうんと言いながら、うなずいて二人を見た。

「まぁ。確かに。副社長の言うとりでもあるからね。」

「桜丘市には、タブーとされている事も多いって・・・前に聞いたことあるからね。」

「あ、あたしだって、上司からは耳にタコができるくらい聞いてるわよ。」

でも。と付け足すと千枝は、大きく落胆しため息をつく。

「それなりにオブラートに包んだように書いたんじゃ・・・今回の記事は面白くないし、読者にも伝わらないのよ」

千枝はすっかり冷めたコーヒーを飲みつつ、二人にぶつぶつと話す。

ため息をついたユナは、千枝の持っていた資料を手に取りおもむろに内容を見る。

「・・・。あー。確かになぁ、ここまで書いちゃうとアウトだろ。」

「だねぇ・・・。特に土地の名前を出しちゃったりするのはアウトだねぇ。」

「・・・やっぱり?・・・ダメか・・・。」

幼い頃からこの土地で暮らしているというユナとヒスイの意見を聞いて、千枝は更に肩を落とす。

ユナの手に持った資料には、“怪事件”が起きた場所や時間が事細かに書かれていた。

「千枝の担当する紙面ってさぁ。こんなオカルトな内容じゃないし・・・会社としても認められないんじゃないの?」

ヒスイが気味の悪い写真を見て、思わず手で見えないように覆う。

それは路地裏に立っているローブを着た奇妙な大人の写真だった。

「それは重役や副社長からも凄い言われた・・・。あたしの担当は主に明るい話題なんだから・・・こんな人を不安にさせるようなことはダメだって・・・。」

「チームメイトや後輩の頑張りを持ちあげてやりたいのは分かるけど、やっぱ仕事なわけだし。」

「・・・それ。先、チームメイトにも言われた。」

「ですよねぇ~」

三人は顔を見合わせると、お互いに苦笑いをする。

千枝はユナから資料を受け取ると、大きく背伸びをした。

穏やかな春の昼下がりは、どんどん時間が過ぎていく。

「昼休憩して、頭を冴えてから再度ミーティングなんだ。ちょっと考え直して、この内容をどうにか生かせないかと・・・。」

「じゃぁ、逆にパワースポット的な話にしたら?」

「え・・・?」

「あぁ。」

ヒスイの言葉に驚いた千枝が、きょとんと小首をかしげてしまう。

彼女は千枝の手に持った資料を取ると、パラパラとめくる。

心なしか、辺りに少し強い風が吹き始めた。

「あったあった。先ちらっと見えたんだよねぇ。ねぇ?この資料とか使ってみたら?ほら、今若い女性にパワースポット人気でしょ?」

「えっっ?」

ふわりと風が止んだかと思うと、ヒスイはおもむろに千枝に資料を戻す。

その数枚の資料には、桜丘市の簡易地図と神社や山間にある水辺などの写真が挟まれていた。

千枝は眼を白黒させて驚いている。

「先まで・・・何回も見たはずなのに・・・こんな資料あったの?!」

「オカルト記事ばっかり眼がいって、気が付かなかったんじゃないの?」

「私、この内容の方が若い子が目につきやすいと思うなぁ。」

細かに書かれた土地の説明や、近くに点在する店などが記載された資料を見て、千枝は更に小首をかしげてしまう。

だが、一通り読み終えた彼女の表情は、先よりも格段に明るくなっていた。

ユナはヒスイの顔をちらりと見て、微笑む。

と同時に、ビルの中からチャイムが響いてきた。

どうやら定刻の休憩が終わる時間らしい。

千枝は再度資料を並び替えると、浮足立ったように立ち上がった。

他の二人は、ベンチに座ったままだ。

「うんうん!!これなら、副社長だって文句は言わないはず!・・・二人ともありがとう!」

「千枝元気出たみたいでよかったぁ。」

「がんばれよー。」

資料を抱えた千枝は、二人にお礼も簡易的に済ませると、そそくさと庭園を後にしてゆく。

残されたユナとヒスイは、彼女の姿が完全に見えなくなるまで見届けた。

「・・・ヒスイ。よく考えたな。」

「まぁねぇ・・・。さすがにあれはまずいでしょ・・・。」

「だな。」

ヒスイは手に持った写真を見て、大きなため息をつく。

そこには、先ほど資料に挟まれていたローブ姿の人物が映った写真がある。

「こんなに鮮明に残ってるし。千枝ちゃんには悪いけれど、ちょっと思考もスッキリさせてもらったよ・・・。」

「あそこまで、“こいつら”に執着されちゃったら、あたしらだって困るからね。」

「対処するのが・・・面倒。」

ヒスイの言葉にユナは小さく頷く。

「それに・・・あんたも、もっと手際よく動かないとまずいってことだぜ?」

「エナミさぁん。困るよぉ~」

二人はいつの間にか立っていたエナミを見て、苦々し気に言う。

エナミは両手をそろえて申し訳ないと頭を下げた。

「いや・・・でもまぁ。これでよく事態がわかってきたぜ。」

「うぅん。考えたくないけど確かに。」

ユナはベンチから立ち上がると、庭園から柵の向こうに見える市内を見渡した。

桜の花が舞い上がり、緑豊かな木々の間にも絡まっている。

「 “敵さん側”が、もはや“隠れていよう”とは思っていない。ということだ。」

「エナミさんたちは、動いてるの?」

「まぁ、そこそこに・・・。関係各所には警告しているよ。」

ふわりと風を巻きあげるようにして、ヒスイが“宙に浮く”。

彼女はためらうことなく更に上昇すると、辺りを見下ろした。

桃色の花びらが舞い上がり、彼女を隠すかのように地面へとおりてゆく。

「おや?」

「ん?」

その間をぬうように、小さな桃色の塊が飛んできた。

近くまで寄ってみると、小さな蝶の形をしている。

「ユナぁ。お手紙みたいだよ~」

「おう。」

ヒスイは小さな蝶に息を吹きかけると、ユナに向かって飛ぶように指示をした。

花びらに混じって飛んできた蝶は、彼女の指にとまる。

一通り辺りを飛んでいたヒスイも降りてくると、エナミと一緒に蝶を見つめた。

「あぁ。“先生”さんからか。」

ユナは呟くと、蝶の頭を小さくつついた。

 

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