白と黒の世界   作:水鏡 零

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49話

「おかえりなさい。随分とはやか・・・・」

屋敷の外で花の世話をしていたアイネは、森の奥から姿を現したアリス達を見て笑顔で出迎えようとする。

しかし、そこに見慣れない女性の姿を見つけ、彼女は思わず言葉を途切れさせてしまった。

「ただいま。母さん。」

「た、ただいまです。」

「・・・・。」

唖然とその女性を見つめたアイネは、何故かアリスを睨みつけるように見つめる。

「・・・なんでるりちゃんと二人で行ったのに、女の人が一人増えてくる状況になるの?・・・アリス・・・あなた・・・」

るりとそしてオカの二人を交互に見たアリスは、アイネの顔を最後に見つめ返す。

ぎょっと目を見開いたアリスは、後ずさりをしてるりの後ろに隠れた。

「ち、違うっ!話せばわかるっ!母さんっ!」

「え、えっとあのっ。」

「・・・・。」

食ってかかるように声を発したアイネは、るりの後ろで苦笑いを浮かべているアリスを更に鋭く睨む。

るりは二人の間であたふたと腕を振りながら、どうしたものかと傍らに立っているオカへと視線を向けた。

オカは不思議そうにアイネを見ており、アリスと彼女の言い合いをよく分かっていないようである。

「もう・・・。わかってるわよ・・・。」

「えっ?・・・はいっ?」

ふっとため息をついたアイネは、苦笑いを浮かべてアリスを見る。

今までの鋭い眼光が一瞬で変わったこともあり、アリスは間の抜けた声を出してしまった。

「それで、そちらの“神器”さんは?」

「・・む?わかるのか?」

「えぇ、わかりますとも。」

アイネの言葉に目を見開いたオカは彼女の方へと向き直る。

そしてオカは何かを悟ったように小さく頷いた。

「っえ・・・か、母さん・・・えっ?」

アリスとるりは二人のやり取りを見て不思議そうに小首をかしげるしかない。

「私は女神によって造られた、巫女の為の神器だ。・・・名前は・・・そう・・・オカ・・・と呼んでくれれば良い。魔導を司る者の王族。」

「あら。私の名前はアイネよ。オカさん。」

「うむ・・・。アイネ・・・か。わかった。アイネ。」

「・・・・。」

お互いにどちらかと言う訳でもなく手を差し伸べたアイネとオカは、固く握手を交わす。

唖然と見つめていたアリスは、るりの後ろに佇んだまま、彼女の肩におもむろに手を乗せた。

るりは驚いたのか、思わず彼へと振り返る。

「そっか。母さんも親父も王族だから・・・。それでオカが何者かわかったのか。」

「そうよー。今さら何言ってるの!」

「あ、うん。忘れてた。」

「っ?」

安堵のため息をついたアリスは、そのまま崩れる様に後方からるりを抱きしめる。

何が起こったと言わんばかりに、るりは目を丸くして硬直してしまっていた。

「母さんさ・・・怒ると怖いんだよ。・・・親父よりは怖くないけど・・・」

「そ、そうなんだ・・・。」

ぽつりとるりの耳元で呟いたアリスに、るりは上ずった声で答えるしかない。

何やら楽しげに会話をし始めたオカとアイネを見つめたるりだったが、彼女の中では今はそれどころではない状況だ。

目の前で話す二人の言葉は殆ど耳に入ってこず、ただただ張り裂けそうな程に高鳴る自分の心音に飲まれるしかない。

アリスがわざとそのような事をしているのかは分からないが、彼の顔が自分の顔の真横にあることもあり、るりは息をするのも難しくなる。

顏がだんだんと熱くなってくると、思わず自分の服の裾を強く握ってしまった。

「ところで・・・アリスさん?」

「っえっ?」

突然咳払いをしたアイネは、呆れたと言わんばかりに腕を組むとアリスの方へと近寄る。

るりに抱き着いたまま母親を凝視したアリスに、アイネは目を細めた。

「そういう事をするのは、場所を選んでしなさい。」

「・・・・・・・・。」

「あ・・え・・あの・・・」

アリスとるりの二人の顔を交互に見たアイネに、るりはどう答えて良いのか分からず小さく口を動かす事しかできない。

オカと話をしていた彼女が、アリスの行動に気がついていたのかと分かると、るりの顔が更に赤くなり、恥ずかしげに視線を逸らした。

オカは相変わらず不思議そうに彼女たちを見つめている。

るりの後方でアリスの含み笑いが聞こえ、ぴくりと彼女は肩を揺らした。

「だってさ。るりの反応見ていると面白いし。」

「もうっ。一昨日くらいの貴方に見せてやりたいわ。」

「う・・・そ、それは・・・忘れてよ。」

「忘れませんっ。」

「っっ。」

親子の会話を横で聞きながら、るりはアリスに更に強く引き押せられ、思わず悲鳴をあげそうになる。

この場にランゼフがいたら、更に状況は悪化するだろう。

「幸せなのはいいことだけれど・・・パパが来る前に止めないと、ママは知らないからね。」

「はいはい。わかってますよ。」

演技染みたように息を吐いたアリスは、るりからゆっくりと身体を離す。

顔を真っ赤にしたるりは、思わず自分の頬へと手を当てた。

「るりちゃんも慣れないと。そのうち、アリスに遊ばれちゃうわよ?」

「あの・・・もう・・・その・・・遊ばれているような・・・」

「・・・否定しないのね・・・。」

アイネの顔もアリスの顔も見られないるりは、おずおずとアイネに小声で答えると、自分を落ち着かせるように深呼吸を何度もする。

アイネの方から含み笑いが聞こえたような気がしたが、そちらに顔を向ける余裕はるりになかった。

長い時間彼女たちの間に沈黙が流れたような感覚がるりを包むと、視界の先でアイネの足が少しばかり動く。

「とりあえず、どういう意味合いがあって精霊がるりに屋敷を引き渡したのかは分かったよ。」

その場で佇んでいても話が進まないと思ったのか、アリスが沈黙を破るかのようにアイネへと声をかけた。

「そう。それで、るりちゃんは了承したの?」

「えっと。」

しばらくアリスの顔を見ることができそうもないるりは、オカへと視線を向けてしまう。

話の内容として顔を見たと思われたオカは、彼女に頷いた。

るりは軽くスカートの裾を叩くと、アイネの方へと視線を向ける。

「はい。まだ色々と終わっていないので、一段落付いたらあのお屋敷をどうしようか考えようと思います。」

「こちらの拠点も貴女やランゼフちゃん達には得と言って無い訳だし・・・有効活用させてもらえばいいんじゃないかしら。」

「そう・・・ですね。」

穏やかに微笑んだアイネに対して、るりはゆっくりとうなずく。

言葉を選んで言ってはくれているとは思うが、アイネが言わんとしている事の意味も、何となくだがるりは理解する。

つまりは、こちらの世界で巫女として行動するために、自分の居住場所として利用すればよいと言いたいのだろう。

「家具の事や家の内装については、またその時に相談になるわね。アリスの趣味で全部決めたら酷いことになるから。」

「んだよ・・・それ・・・。」

「だって、アンディに聞いたけれど、あまりにも女の子が喜びそうもない趣味嗜好なんだもの。」

「・・・・。」

ため息をついたアイネに、アリスは苦々しげに顔を歪ませる。

「さてさて。お外で話をするよりも、お部屋の中でお話をしましょう。・・・お屋敷で見てきた事や、オカさんの事もママは聞きたいわ。」

「は、はい。」

ぽんと両手を合わせたアイネは、るりの背中へとまわると、彼女が答えるよりも先に背中を押して歩き出す。

るりは慌てながらも足を動かし、屋敷の方へと進む。

二人の後を追うようにオカも歩き出した。

しかし、アリスは小首を傾げてその場に佇んでいる。

「あ。そうそう。二人とも、言っておかないといけない事があるの。」

「なんだよ?」

アリスの方へと振り返ったアイネは、るりの肩を掴んで彼女を無理やり振り向かせる。

慌てたようにスカートをひるがえして振り返ったるりは、アイネとアリスの顔を交互に見た。

「王都に行くのは、明日。・・・パパとママと一緒に行きましょうね。」

「・・・え・・・・」

「は・・・い・・・?」

一瞬にしてアリスの表情が変わり、見る見るうちに血の気が失せていくような顔へとなってゆく。

「ディルやマロウちゃん達も同行するの。パパと先に決めたから。これ、決定事項だからね。」

「まてまてまてまてっ。なんで、親父っていうか母さんまで?」

顔色を悪くしつつ、アリスはアイネへと駆け寄るように近づく。

屋敷の中で待っていたアンディが、先に中へと入ってきたオカとあいさつをすると、彼は彼女へと何かを呟き、二人で先に屋敷の奥へと進んでいった。

小首を傾げたアイネは、アリスの鼻へと人差し指をつける。

「色々とあるのよ。それに・・・二人だけで行かせるにはちょぉっとパパが許さないみたいだからっねっ?」

「わっ」

「っお、おいっ!」

アリスの鼻から指を離したアイネは子供のように笑うと、るりの背中を軽く押して屋敷の中へと入ってゆく。

思わぬ力に驚いたるりは、バランスを崩して目の前にいるアリスへと抱き着くように倒れ込んだ。

アリスはるりを抱き留めると、鼻歌交じりに屋敷の奥へと消えてゆくアイネの姿を見つめる。

「な・・・なんなんだよ・・・もう・・・」

「・・・・・っ。」

アイネの背中に向かって苦々しげに言葉を発したアリスは、るりを助け起こすと彼女の顔を見つめる。

顔を真っ赤にしたるりはアリスの視線に気がつくと、はっと目を見開いて後ずさりした。

「まったく・・・親父も母さんも・・・何考えてるんだか・・・わけがわかんねぇよ。」

彼なりに気を使ってくれたのか、アリスは赤面したるりの事には触れず、屋敷の奥へと消えて行ったアイネの姿を追うかのように顔を逸らした。

るりはじっとアリスの顔を見上げ、そして彼と同じように屋敷の奥へと顔を向ける。

と。ふいにるりは何かを思い立ったようにスカートの裾を握った。

「あ、あのね・・・あり・・・アリス・・・」

「・・・何?」

困ったような顔をしたままのアリスに、るりは顔を赤くしたまま言葉をかける。

深呼吸をしたるりは、まわりに人がいないのを確かめると、彼の顔を見上げた。

「・・・アリスってアイネさんに・・・お母さんに似ているのかもね。」

「ん?そ、そうかな?・・・親父に似てるってよく言われるけど。」

「えっと、外見はお父さんに似ているけど・・・。」

照れくさそうに顔をかいたアリスに、るりは小さく笑う。

背中の方で手を組んだるりは、面白おかしそうにアリスを見つめた。

何故か二歩三歩と後ろにさがっている彼女に、彼は不思議そうな視線を向ける。

後方には誰もおらず、その先にはアイネとオカが歩いて行った通路が見えるだけだ。

「子供っぽいところ・・・アイネさんにそっくりだもん。」

「っだ、誰が子供っぽいってっ!」

一際面白そうに笑ったるりは、そのまま屋敷の中へと歩き出す。

るりの言葉に一瞬遅れて反応したアリスは、彼女の腕を掴もうと手を伸ばした。

しかし一歩及ばず、るりはひょいとその手を避ける。

「そういうところも、子供っぽいんだよ?」

「いや。これは違うだろっ!あっ、こらっ!まてっ!」

二手三手とアリスはるりを捕まえようと動くが、彼女は面白おかしそうに笑いながら動き、彼の手を避ける。

「こんっの・・・っ!」

にやりと歯を見せて笑ったアリスは、その場に少したたずむと、視線を床へと落して腕を広げた。

そして、そのまま前方へと視線を戻し、足を踏み込む。

「っっ!」

「っ!」

と、同時に悲鳴にも似た声が響き、辺りにざわつく様な声が響いた。

お互いに顔を見合わせた二人は、空気が凍るような感覚に包まれる。

「・・・ただいま・・・親父殿・・・・」

「・・・・阿呆・・・・。」

苦笑いを浮かべたアリスを、抱き着かれたコーディは冷たい目でにらみつける。

コーディの後ろでは肩を震わせて笑っているアイネの姿があった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

活気のある声が町中に響き、店の前には様々な商品が連なっている。

色鮮やかな果実や瑞々しい色をした野菜がカゴの上で輝いていた。

路地裏へと視線を移せば、子供たちの賑やかな声が響いている。

「まるで別の国みたいだな・・・。」

「そうだね。」

真新しい魔道書を手に持ったミチルは、グレイの横で朗らかに微笑む。

数週間前に見た王都とは全く違った光景に、二人は驚きを隠しきれない。不安げな人々の声も聞こえなければ、声を潜めて震えている者の姿は無いに等しく見えた。

「新しい巫女様が即位されるのも早いかもしれないな。」

「なんでも、向こうの世界から来られた方だとか。」

「早くお会いしてみたいわ。」

道行く人々はまるで祭りでも開かれるかのように心を躍らせて会話を楽しんでいるようだ。

彼らが言っている人物の事を思いだし、ミチルはくすりと笑う。

「なんだ、ミっちゃん。るりの事考えてたのか?」

「うん。皆が彼女の事を見たらどう思うんだろうなって。」

「さぁどうかな。若すぎだーとか言いそうだな。」

「ふふ。」

慌てふためくるりの顔が二人の脳裏に浮かび、まるでこの先で彼女が待っているかのように話をしたい気持ちになってしまう。

「白の女神に選ばれた巫女・・・。噂として聞いていた人はいたみたいだけれど、こうも数週間で王都にまで広まってしまうのも不思議ね。」

「・・・確かに。まるで意図的に流されているかのような・・・。」

「意図的・・・。」

広々とした大通りを歩き、城へと続く道へと二人は進んでゆく。

先に見える城門には兵士の姿があり、無人と化していた城が嘘のようだ。

城へと続く道にはミチル達以外にも多く見られ、書物を抱え何やら難しい話をしている学者のような姿も見える。

視線を下の方へと向ければ、澄み渡った水が水路を流れ、空の光を反射して輝いていた。

「意図的に噂を流している人たちが、悪意を持った人たちでなければいいのだけれど。」

「わかんねぇな・・・。どうだろう・・・。まぁ、可能性としては無いとは言い切れないか。」

「うん。」

楽しげに会話をしている城下町の人々に混ざり、まるで場に不似合いだと言わんばかりの武装をしている者もいる。

長杖を抱えた魔道士の横で厳つい体格をした男が背中に太刀を持って歩いている姿も見えた。

「マーラの残党を探している者たちならいいんだけど。」

「・・・うん。」

ミチルの肩へと腕を伸ばしたグレイは、彼女を引き寄せると城門の方へと足早に歩いてゆく。

二人の隣を甲冑に身を包んだ兵士たちがすれ違って行った。

大きく開いた城門を越え、城へと続く一本道を二人は歩き続ける。

城を囲うように掘られた池には、先程と変わらず澄んだ水が淡々と流れていた。

眩しい程の光が水面を乱反射しており、城壁や辺りを照らしている。

水面には花が浮かんでおり、それらは城の方から流れてきていた。

「すごーい。誰が流しているのかなぁ?」

「お姫様だよー。」

「えー。皇帝様じゃないの?」

城へと続く道には一般人の姿も見られ、たわいもない会話を楽しむ女性たちもいれば、静かに池の水を見つめている者もいる。

子供たちは城から流れてくる花を見て、楽しげに話をしていた。

「お姫様ねぇ・・・」

「・・・ふふ。やっぱり、それを聞いちゃうとるりちゃんを思い出しちゃうわね。」

「確かにそうだ。」

顔を見合わせて笑ったミチルとグレイは、だんだんと人通りの少なくなってきた道を歩いてゆく。

城への入り口は開け放たれており、中には正装した者達が慌ただしく動いていた。

やはり人気のなかった城が嘘のようで、城内では資料や魔石を持った者達がにぎやかに動いている。

初老の男女もいれば凛とした表情を湛えた若者の姿もあり、皆が役職を全うしているようだ。

「今頃、お姫様は王子様と何を話しているのかしら。」

「・・・さぁ。アリスの兄貴の事だし、何言ってるか・・・な。」

「るりちゃんもたじたじかもね。」

「だなぁ。」

忙しなく動く人々の間を抜け、二人は城の奥へと進む。

奥へと進むにつれて更に人の姿は減り、賑やかな声は聞こえなくなってくる。

ふいに後方を振り返ったグレイは、何かを考えるかのように視線を天井へと向けた。

彼の行動に気がついていないのか、ミチルは淡々と通路を歩く。

「あのさ・・・ミっちゃん。」

「・・・どうしたの?」

ふいに足を止めたグレイに気がつかず、ミチルは数歩前へと歩くと、遅れてその場に止まった。

小首をかしげたミチルは、視線の合わないグレイに困惑する。

彼は大きく深呼吸をすると、かしこまった様にミチルへと近づいた。

「こんな時に言うのもなんだけど・・・聞いてほしいことがあるんだ。」

「なぁに?」

不思議そうにグレイを見たミチルは、彼の頬が少しばかり赤くなっているような感覚を覚える。

それが外の明るい光りに照らされているからか、または床に敷かれた絨毯の色で錯覚しているのかはわからない。

「・・・その・・・俺は・・・」

「あっ!二人とも。お帰りなさいっ!」

グレイが意を決したように声を発すると同時に、ミチルの後方から聞きなれた明るい声が聞こえ出した。

振り返ったミチルの視界に、ふわりと宙を浮いて近寄ってくるジェシカの姿が見える。

「ねぇねぇ。城下町はどうだった?」

「え。う、うん。凄く活気があったよ。まるで、前の状態が嘘じゃないかっていうくらい・・・」

ミチルの近くへと来たジェシカに、彼女はグレイを気にしつつも質問に答えてゆく。

ジェシカの後方からはランゼフやヒーリカの姿も見えた。

「新しい巫女の噂話をしている奴らもいたな。」

「・・・それって悪い噂?」

「いや。」

次に彼女がグレイの方へと振り返った時には、彼は何事も無かったようにランゼフ達と会話をし始めていた。

「ミっちゃんどうしたの?」

「っえ。な、なんでもないよ。」

「そう?」

不思議そうに小首をかしげたジェシカを見て、ミチルは慌てたように笑みを浮かべる。

ミチルはグレイの顔を見つめるが、彼は彼女の視線に気が付いていないかのように、ランゼフとヒーリカに真剣な表情で話しをし続けていた。

「確かに意図的に誰かが流している感じも無くは無いわね。」

「現世のような情報拡散能力は、この世界には存在しない訳だし、何らかの策で流している奴がいるのかもしれない。」

「・・・あるいは、マーラ達の残党をいぶり出そうと、どこかの王族が動いているのかもしれないし。」

「そうね・・・。ありえる話だわ。」

自分の周りにコンソールを出現させたヒーリカは、オレンジ色の光を漂わせながらキーボードに何かを打ちこんでゆく。

しばらく無言のまま出現させたモニターを睨んだヒーリカは、小さく頷くと出現させたそれらに向かって片手を揺らし宙へと消した。

「推測だけではわからないし、他の人達にも手伝ってもらいましょう。」

ヒーリカはにっこりとほほ笑むと、扉の開いている部屋へと入ってゆく。

後に続いてゆくようにランゼフやグレイたちも、その中へと歩き出した。

「・・・なんだったんだろう。」

彼らが部屋の中へと入ってゆく姿を見つめながら、ミチルは小さな声でグレイの背中へと言葉を向けた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

「・・・と。いう訳です。」

桜子とシュオンの屋敷で起こった事や、オカの事についてアイネとコーディに話をし終えたるりは、ほっと大きく胸をなでおろす。

元々さほど人と会話をするのが得意ではない彼女にとって、二人に筋道を立てて話すのはなかなか骨の折れる事だった。

時折アリスとオカが補足をしてはくれたが、ほとんどの話をるりがしている状態である。

手に汗をかいてしまったるりは、自然と自分がスカートの裾を強く握っていた事に気がついた。

「オカがその屋敷で眠っていた期間・・・かなりの長い時間だったのではないか?」

「そうだろうな。精霊達から話は聞いたが、今となっては遠い昔になる程・・・あの屋敷で眠っていたのかもしれん。」

「・・・。」

表情一つ変えずに話しだしたコーディに、オカは同じように何を考えているか分からないような無表情で答える。

「るりの手を通して様々なモノが見えたが、それら全てが私にとっては知らない情報ばかりだ。」

「わ。私の手から何か見えたの?」

「ん・・・?」

淡々と話しだしたオカの一言に、思わずるりはぎょっと目を丸くする。

頭の中に浮かんだ事柄を考えると、あまり人前で言ってはもらいたくない事ばかりが思い浮かんだ。

「そうだな・・・。るりの住んでいる世界の風景や、バケモノ・・・というようなモノだな。」

「現世の情景・・・。バケモノ?・・・あぁ、影の者を模した傀儡の事か。」

「・・・・。」

オカの言葉に大きく安堵したるりは、汗をかいていないのだが額を手でぬぐってしまう。

自分の頭を整理するかのように呟いたコーディの声に、ふとるりは小首をかしげた。

彼女が不思議そうな表情をしたのに気がついたのか、コーディはアイネの顔をちらりと見る。

「るりちゃん。何か気になる事でも?」

「え・・・。」

頭の中で考えていたことを見透かされたようにアイネから声をかけられ、るりはぴくりと肩を震わせる。

彼女たちの様子を静かに見ていたアリスは、苦笑いを浮かべた。

「親父・・・。聞きたい事があるなら、母さんを通さずに直接るりに聞いたらどうだ?」

「・・・・。」

「え?・・・え?」

呆れたような声でコーディに言ったアリスに、るりは思わず声を発してしまう。

「だ。そうですよ。パパ。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

心底嫌そうな表情をしたコーディを見て、アイネもアリスと同じように苦笑いを浮かべてしまう。

オカはあまり興味が無いのか、しんと何もない場所を見ていた。

「あ。あの・・・。」

「・・・いや。お嬢さんが私の言葉に首をかしげていたのでな。」

「・・・。」

るりへと顔を向ける事無く、コーディは咳払いをしてからぽつりと呟く。

アイネとアリスの二人が顔を見合わせて笑ったのをるりは見てしまった。

心なしか、コーディの目は泳いでいるように見える。

「パパったら。もう、今は家族しかいないんだから・・・そんなかしこまっていなくてもいいのよ。るりちゃんに聞きたい事があるなら、遠慮もしないで聞いたら?」

「家族だけ・・・ではないだろう。アイネ。」

「何を言っているの。るりちゃんもオカさんも家族に変わりないじゃないの。」

「・・・・・。」

ため息をついたアイネに、コーディは居心地が悪そうに視線を逸らす。

部屋の隅でアンディが微笑んでいたのにるりは気がつくと、彼がそっと屋敷に仕える者達を連れて、部屋から出てゆくのを見た。

「親父、女の子苦手だもんな。」

「・・・・斬るぞ。」

「なんでそうなるっ!」

にやりと歯を見せて笑ったアリスに、すかさずコーディの低い声が重なって聞こえる。

とっさに身構えたアリスは、黒く鋭い爪を光らせたコーディから距離を取った。

必然的にるりの座っている方へとアリスは近づき、広いソファにかけているというのにも関わらず、るりとオカの二人は狭そうに身を寄せ合うしかない。

「あの。し、質問してもいいですか?」

部屋の中がしんと静まり話が続いて行かないと思ったるりは、アリスと睨みあったコーディへとおずおずと手をあげた。

「パパ・・・。るりちゃんが質問ですってよ。」

「ん・・・あ。あぁ。そうだったな。」

るりの声に気がつかなかったのか、コーディはアリスを睨みつけたままであり、それに業を煮やしたアイネは、大きく咳払いをした。

やっとるりへと顔を向けたコーディの表情は、どこか落ち着かない。

「あの・・・。私達がバケモノ・・・って呼んでいる者ですが。あの、こ、コーディさんやマロウさん達は影の者とか影の者を模した・・・と言われていますけど。その、あれは・・・。」

「ふむ・・・。」

コーディが睨むのを辞めた事により、アリスがゆっくりとるりから離れてゆく。

少しばかり余裕ができたソファのスペースに、るりは姿勢を直した。

よく見れば、彼女の隣に座っているオカは、静かに目を閉じている。

やはり、あまり会話に興味が無いようだ。

「お嬢さんは・・・」

「パパ。お嬢さんじゃなくて、る・り・ちゃん」

「・・・・」

淡々と話し出そうとしたコーディに、横からアイネの鋭い一言が入ってくる。

ぴくりと眉をひそめたコーディは、苦々しげにアイネへと視線を向けた。

アイネはつんとそっぽを向き、彼の言わんとする事を拒否している。

「もう、昔みたいにるりちゃんがパパを見て泣き出したりしないから、大丈夫よ。」

「ぐっ。そ、それは分かっている・・・そうではない。」

「じゃぁ良いじゃない。るりちゃんはるりちゃん。お嬢さんなんて他人行儀に呼んじゃダメ。」

「・・・すまない。」

鋭利な角を生やし、真っ赤な目をしたコーディであるが、隣に座るアイネには頭が上がらないらしい。

アリスはしきりに笑うのを堪えているのか、両親の漫才染みた会話を聞いて肩を震わせていた。

「話がそれてしまったな。すまない・・・る・・・るり。」

「は、はいっ。」

「ほら、言えたじゃない。」

「くっふっ!」

「笑うな、馬鹿息子っ!」

「うるせぇっ・・・これが笑わらずにいられるかっ!」

るりの頭上でアリスやアイネの声が響き、合わせてコーディの慌てる様な声も響く。

困った様にるりがオカの方へと顔を向けると、彼女はソファの背もたれと肘宛を器用に使い、寝息を立てていた。

この状況下で眠れる彼女を、るりは羨ましくも思ってしまう。

「わかった。わかったからっ。話を進めろよ。親父。」

「・・・覚えていろよ・・・この阿呆・・・。」

「ほら。パパ。るりちゃんが困ってるから。」

「・・・くぅ・・・。」

笑い泣きをしたのか、アリスは目にたまった涙を拭くと、大きくため息をついて何故かるりの肩を叩く。

るりは困り果てたようにアリスの顔を見つめるが、彼はひょいと手をあげると、コーディを見ろと言うように、父親の方へと手を向けた。

大きく咳払いをしたコーディは、自分の気持ちを落ち着かせるためか、改まった様にソファにかけ直す。

「も、元々あの傀儡は、マーラの手下が使っていた物ではなく、また別の存在が自分の配下として生産していたのだよ。・・・それらの時に、言われていたのが影の者という名前だ。」

「そ、それで、皆さんがそう呼んでいたんですか。」

「あぁそうだ。」

大きく頷いたコーディに、るりは真剣な表情で彼を見る。

場の雰囲気があらぬ方向へとなってしまうのを恐れているのか、彼はアリスやアイネの方へは一切目を向けていない。

「君・・・る、るりが知っているかは分からないが、影の者は白と黒の女神のような神に値する存在が使っていた物だ。・・・そうだな・・・お嬢さ・・・る、るりは狂神という存在を知っているか?」

「くるい・・・がみ?」

聞きなれないコーディの言葉に、るりは首を横に振る。

彼女が知りうる神話や物語の中で、狂神と呼ばれる者の存在は聞いたことが無かった。

「名前の通り、人の狂いを司る神様の事だよ。・・・戦や犯罪、あらゆる狂った事に対して関わっていると言われている存在なんだ。」

「・・・そうなんだ。私、知らなくて・・・」

「いや、知らなくても恥じる事は無い。」

「え・・・。」

頭を小さく左右に振ったコーディは、更に続ける。

「狂神は人前に出る事が少ない。その存在は謎に包まれ、何よりも歴史の中で出てくることもこちらの世界でも滅多にない程だ。・・・ごく一部の王族や女神に通じる者達が存在を知っていると言っていいだろう。」

「女神様たちのお知り合いなの。狂神様は。」

「・・・・。」

穏やかな表情を浮かべているアイネだが、彼女の言葉を聞いたるりは、何故か背筋が凍るような感覚を覚えてしまう。

るりが表情をひきつらせたのに気がついたのか、アリスが心配そうに彼女を見つめる。

「いずれ、お前達は狂神と顔を合わせることになる。・・・あの神は、巫女と主帝の即位式に必ず呼ばれる者だ。」

「貴方達がその場へと進んでゆけば、出会うのは避けて通れないの。」

「・・・そう、なんですか。」

震えだした手を押さえる様に、るりはスカートの上で強く手を握りしめてしまう。

そんな彼女の様子を横で見ていたアリスは、何も言わず近づくと、そっと彼女の背中へと腕をまわした。

「マーラが道を外れた時に、当時の狂神が彼女の前に現れたと言われているわ。」

「・・・お前は道から外れたと、宣言されたらしい。」

「道から外れた。」

「そう。・・・もう戻れない所まで堕ちてしまったという事よ。どんなに道を正したとしても大きく道を逸れて・・・人の道を外れてしまったという事。」

るりの顔が強張ると同時に、彼女の背中へとまわされたアリスの腕に自然と力が加わる。

身体をアリスに引き寄せられたるりは、不安げにアリスの顔を見上げた。

「堕ちる所まで堕ちてしまった巫女と主帝は、戻ることは不可能に近いと言われている。実際、マーラとリフの二人を見ればその通りだ。」

「自分の過ちを正す事はね、彼女たちは受け入れられなかったの。」

「・・・そして世界が災厄に見舞われた。」

「えぇ。とてもとても深い闇に包まれてしまった。」

アリスの言葉に、ぽつりとアイネが答える。

しかし、アイネはすぐに表情を和らげ、目の前に座るアリスとるりを穏やかな表情で見つめた。

「でも、貴方たちなら大丈夫。パパもママも・・・アンディやディル達もいるわ。・・・私達はずっと貴方達の味方だから。」

「馬鹿息子が道を外そうというならば、私は迷わず刃を向けよう。」

「おいそれじゃ、フォローになってねぇよ。」

「・・・。」

「・・・・黙るなよ。」

呆れたような表情を浮かべたアリスは、アイネとコーディの二人を交互に見ると、視線をるりへと降ろす。

と。ふいに視界の先で彼女が両手で顔を覆った事にアリスは目を疑う。

「るりちゃん。大丈夫?」

「・・・るり?」

「あ、えっと・・・ご、ごめんなさいっ。」

声を震わせて泣きだしたるりに、アイネはソファから立ち上がると、彼女の前に座った。

アイネが優しくるりの頭を撫でると、彼女は頭を左右に振る。

「わ。私、まだ不安がいっぱいで、どうしようって思う事ばかりで・・・で、でも・・・皆が優しくしてくれて・・・大丈夫だよって・・・」

「るりちゃん。」

「い、今まで仲間とか友達とかっ、存在が無くてっ・・・嬉しくてっ、でも・・・ちゃんと巫女っていう存在になれるのかなって思ったら・・・急に怖くなって・・・ごめんなさい・・・ごめんなさいっ」

「・・・。」

震えた声で何度も謝りだしたるりに、アリスは言葉もなく彼女を抱き寄せる。

「大丈夫よ。アリスもいる・・・私達もいる。貴女には彼女と違って仲間や友達がたくさんいるんだもの・・・。独りじゃないわ。」

「俺はずっと傍にいるよ。約束したじゃないか。」

「っ・・・!」

言葉もなく頷いたるりに、アリスとアイネは顔を見合わせる。

頷いてはいるものの、彼女が泣き止むことはない。

「不安ならば仲間に頼ればいい。恐れを抱いているのなら、隣にいる者にすがればいい。・・・独りで抱える事などない。」

「・・・親父の言うとおりだよ。」

アリスの服を握りしめたるりは、何度もうなずく。

コーディの言葉が酷く優しく感じたるりは、泣きはらした目で彼の方へと顔を向ける。

彼にしては珍しく、穏やかな笑みを湛えたコーディと目が合い、るりの涙が自然と薄れてゆく。

感じていた恐怖感が次第に消えてゆくと、るりはアリスやアイネ達の顔を交互に見つめた。

優しい笑みを浮かべたアリスが、るりの頬を伝う涙をぬぐう。

「とても深い闇の中でも、貴女に手を伸ばしてくれる仲間はたくさんいるのよ。だから、るりちゃんは何も心配しなくていいの。自分の闇につぶされてないで・・・周りにいる光に手を伸ばして。」

「・・・アイネさん。」

るりの頭を撫でたアイネは、何をいう訳でもなくコーディの隣に戻って行く。

コーディの柔らかな表情を見たアイネは、小さく微笑んだ。

恥じたように視線を逸らした彼は、咳払いをする。

「るりは本当に似ているな。」

「・・・え?」

ふいに声が聞こえ、るりは声の聞こえた方へと振り返る。

「桜子もよく泣いていた。そしていつも隣でシュオンが支えていた。・・・似ていると思ってはならないとは思うが・・・やはりるりは似ている。」

「あら。泣き虫の巫女様は昔にもいたのね。」

「あぁ・・・。とても泣き虫の巫女だ。」

微笑んだオカは、アイネの言葉にしっかりとうなずく。

いつの間にかるり達の様子を見ていたのか、オカはるりとアリスの二人を見て何かを思い出す様に視線を逸らす。

「独りでは巫女は務まらない。主帝が隣で支え、意志を同じくする仲間が必要だ。・・・お前には、るりにはそれが既に揃っているではないか。」

そっとるりの頭に手を伸ばしたオカは、軽く彼女の頭を撫でる。

「お前はもっと、自信を持て。」

「・・・うん。」

深呼吸をしたるりは、オカの言葉に大きく頷いく。

るりの頭を撫でたオカの手がわずかに震えていたことに、彼女は気が付いていなかった。

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