白と黒の世界   作:水鏡 零

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51話

ステンドガラスがはめ込まれた天井から地面に光が差しこんでいる。

幾重もの色が足元で重なり、そこは不思議な空間となっていた。

「そろそろ。・・・時間ですね。」

長杖を抱え直したユウは、部屋に集まった者達を順に見つめて微笑んだ。

同時に彼らの前が光りに包まれ、大きな魔法陣が地面に描かれる。

「っ!」

一瞬まわりの空気が弾けたような感覚に襲われると、次の瞬間には目の前に複数の人々の姿があった。

「・・・。」

「久しぶりに転移魔法を使ったけれど、るりちゃんの手助けもあったからうまくいったみたい。」

「よ。よかったです。」

長杖を抱えたアイネが、共に杖を握っていたるりに柔らかに微笑む。

彼女たちの足元には、白と黒の光を放つ魔法陣がうっすらと残っていた。

「・・・るりさん。皆さん。お久しぶりです。」

「っあ。ゆ、ユウさんっ。」

柔らかな声が背中の方で聞こえ、るりは驚いてそちらへと視線を向ける。

長杖を抱えて笑ったユウは、彼女たちの方へと進み出た。

「っ。」

「っえっ・・・あっ。」

ふいに周りの人々が動き、るりは思わず目を見開いて制止してしまう。

コーディやアリス、そしてマロウやディルが、瞬時にしてユウへと片ひざを折ると頭をたれた。

るりの隣では、アイネがスカートの裾を軽く摘み深々と頭を下げる。

完全に取り残されてしまったるりは、慌てふためいて周りを見つめた。

「るりちゃーん。大丈夫かーっ。」

「ひ、ヒーリカさんっ・・・・!」

背中の方で声が聞こえ、るりはおずおずとそちらを見るとにやりと笑ったヒーリカと目が合った。

ヒーリカの顔を隣で見上げたランゼフは、呆れたように片手で顔を覆っている。

るりは何度も首を横に振り、ヒーリカとランゼフに助けを求める様に瞬きをするが、二人はその場から動いてもくれない。

「皆さん。楽にしてください・・・。あの、るりさんが・・・困っていますので・・・。」

「っ・・・。」

両手を広げたユウは、苦笑いを浮かべてコーディ達へと視線を向ける。

静かにコーディが立ち上がると、連なってアリスやディル達も立ち上がった。

恥ずかしげに彼らから視線を逸らしたるりは、後ろで声を殺して笑っているヒーリカへと怒りたくなってしまう。

「陛下。お久しぶりです。お元気そうでなに何よりですわ。」

「アイネさんも、お久しぶりです。色々とお話は伺っています。・・・お身体には変わりは?」

「はい、特に異常はありません。」

「それはよかった。」

アイネの胸よりも低い背丈のユウだが、その口調は子供の姿と不似合いなほどに大人びている。

見慣れた明るく元気なアイネとは異なり、おしとやかな身のこなしをする彼女にるりは唖然としてしまう。

よく見れば、アリスの表情も凛としており、前に立つコーディと見比べると、そっくりな程である。

自分だけまわりと取り残されたような感覚になったるりは、次にこのような事があるのならば、なるべくヒーリカ達側の方にいたいと思ってしまった。

「るりさん。だいぶお力が安定されていますね。」

「えっ。あ・・・はい。」

「ここに来られた時と比べれば、別人のようですよ。」

「・・・そ、そうですか?」

「はい。」

慌てたようにユウへと返事をしたるりは、やはり周りの空気になじめず、言葉を詰まらせてしまう。

ユウはそれに気がついているのか、くすりと小さく笑った。

しかしその表情は直ぐに変わり、視界に入った人物に驚き目を見開く。

「・・・オカ・・・さん?」

「む。お前・・・ユウか?」

「っ。」

白い髪をゆらし、オカがるりの後方からユウの方へと歩み寄る。

その姿に相当驚いているのか、ユウは唖然と口を開いていた。

「おかしいな。私が眠っていた時間を考えれば、お前は既に成人した人の姿をしているはず・・・なぜだ?」

「え。あぁ。あの・・・この姿の方がその・・・調子がいいので。」

「・・・おかしなやつだな。」

「わっ。」

「な、なにをっ。」

ふいにユウへと手を伸ばしたオカに、驚いたコーディの声が響く。

コーディの声に気がついていないのか、オカはそのままユウを抱え、子供を持ち上げる様に宙へと浮かせた。

周りの者達は皆、唖然と見つめている。

「懐かしいものだな。昔はよくこうやってお前をあやしたものだ。」

「ちょ、ちょっとオカさんっ!一応僕も大人なのでっ!」

「あやしていた・・・陛下を・・・?」

「む?何かおかしいか?」

「・・・?」

オカとユウの二人を凝視したコーディに気がついたのか、オカはユウを地面に降ろすと彼を見つめた。

マロウやディル達も同様の表情をしている。

此処に来る前に一通りディル達にもオカの事は話していたが、未だよくわからない彼女に、二人は困惑しているようだった。

そしてまたこの状況が重なり、更に皆が驚いている。

オカの姿を始めて見たジェシカやグレイたちは、離れた場所で様子をうかがっていた。

「お、オカさんは、僕が幼少期にお世話になった巫女の使われていた神器なのです」

「私の中ではまだユウは幼子だ。・・・・しかも見た目が変わってないとなれば、理解するのは難しいぞ。」

「す、すみません。でも、察して下さいよ・・・。」

少しばかり顔を赤くしたユウは、咳払いをして周りを見つめる。

未だ不思議そうにオカは首をかしげているが、それ以上この場で話をすることではないと思ったのか、ユウへと言葉をかけることをしない。

ユウがその場を動いたことにより、取り乱していた者達が一斉に視線を逸らす様に元のように姿勢を正した。

長い黒髪を揺らした彼は、長杖を抱えてコーディの方へと歩いてゆく。

「陛下。・・・・。」

「み、見苦しいところを見せてしまいましたね。・・・か、彼女とのことは、またいずれ・・・お、お話しますね。」

「・・・は、はい。」

静かに頭をたれたコーディに、ユウは元のように笑みを浮かべると言葉をかける。

コーディから一歩下がった場所に佇むアリスは、そんなユウの姿をじっと見つめていた。

その視線に気がついたのか、ユウは赤い目を動かしアリスの方へと近づいてゆく。

ピクリと肩を揺らし、アリスは小さく息を吐いた。

どうやら、緊張しているらしい。

ユウがアリスの前へと立つと、アリスは彼に頭をたれる。

「お久しぶりですね。・・・コーディの息子さん。アリスさん。でしたね。」

「は、はい。陛下。」

「・・・そうか。貴方が・・・。」

「っ。」

ふいに片手を動かしたユウは、アリスの手を掴みあげる。

コーディやディル達の目が見開く中で、ユウは目を細めてアリスの手を見つめた。

手のひらには、薄らとだが模様が浮かび上がっていた。

「この意味を・・・君はわかっているのだろうね?」

今までの柔らかな笑みを一瞬にして消したユウは、睨みつけるような顔でアリスの顔を見上げる。

「・・・はい。」

ユウに睨まれたアリスは息を飲むが、しっかりと彼の言葉に答えた。

「そうですか。それなら・・・僕は何も言いません。」

「・・・・。」

アリスの手を離したユウは何度か頭を左右に振ると、自分の玉座へと戻って行く。

ユウに掴まれた手を見つめたアリスは、何かを考えているかのように視線を床に落とす。

その様子が気になったるりはユウを見る事無く、ただ後ろからアリスの横顔を見つめていた。

「関係する方々が揃ったところで、お話を進めていきましょう。」

玉座へと座り直したユウは、後方に佇んでいたヒーリカへと手を向ける。

咳払いをしたヒーリカは颯爽とその場から動くと、ユウの隣へと歩いて行った。

途中、るりの肩を軽く叩いたヒーリカに、彼女は目を丸くする。

「さて。皆さんとお会いするのはこれで二回目。時間も迫っている事だし、さっそく私達・・・監視者から現世の状況とこの世界の状況を話させてもらうわね。」

軽々とユウの座っている玉座に手を置いたヒーリカを見て、コーディの目が細くなる。

ヒーリカは気がついているのか、それでもひるむことなく片腕を大きく広げた。

「るり・・・こっち。ここ・・・色々・・・ヒーリカが使う。」

「わっ。あ、う、うん。」

ふいに片手を引っ張られ、るりは思わず声をあげてしまう。

視線を向ければ、李春が手を握っていた。

李春はるりの手を引っ張りながら、彼女を部屋の中央から遠ざける。

アリスやコーディ達もその場から動き、皆が中央を見られる位置へと移動した。

「こちらの世界に関しては、現状としては大変良い状況よ。マーラの残党も姿を見せていないし、気候も安定している。人々から恐れられていた魔物はいなくなった・・・と言っていいでしょうね。後で見てもらえばいいと思うけれど、王都の様子を見てもらえれば一目だと思うわ。」

「聖水も十分に世界に行きわたったようです。砂漠化した大地も、着々と元の姿に戻ってきていると王族達から報告がありました。」

「・・・よかった。」

明るい声で話をし始めたヒーリカに合わせ、ユウが言葉を発してゆく。

事前に打ち合わせでもしているのか、二人の息はピッタリだ。

あまりそれが面白くないのか、やはりコーディの表情は鋭い。

「各地で奴隷として売られてしまった竜たちも助け出されている。多くの者達が里へと戻り、今は傷を癒している状態だ。」

「行方の知れていない者達に関しては、各地の王族達や聖職者を通して探索を進めています。・・・魔物も出なくなった今であれば、捜索も難航せずに進むでしょう。」

ヒーリカの近くに佇んでいたハージェントが、部屋に集まった者達に向かって言葉を発する。

彼の隣に佇んでいたジェシカの表情は、とても穏やかだ。

「さて。次に現世の事についてだけれど・・・。」

「・・・?」

顔を見合わせたユウとヒーリカは、お互いに何をいう訳でもなく、るりの方へと視線を向けた。

るりは小首を傾げ、二人を見つめ返す。

「・・・覚悟して・・・っていう言い方は悪いかもしれないけれど、それだけは先に言っておくわね。」

「・・・え・・・。」

急に表情を険しくさせたヒーリカに、思わずるりは声を詰まらせる。

片腕を静かに動かした彼女に合わせて、部屋の中央部分にオレンジ色のモニタが音も無く出現した。

「現世については最悪な状況よ。・・・桜丘市はマーラの残党に占拠されつつあるわ。」

「っな・・・。」

グレイの驚いた声が響き、誰とも言えない息を飲む声が響く。

恐らく、彼の反応からすると、先にこの場へと来ていたミチルやハージェント達にも現世の状況は知らされていなかったのだろう。

ヒーリカやランゼフなりに理由があったのかもしれないが、その点に関して彼女たちは補足を入れずに話を続ける。

「事の発端は、マーラの姿が現世で目撃されてから。それはもう畳みかけるかのように色々と起こっている。・・・まず、あの影の者・・・バケモノ達が街に再度出現しつつあること。しかもいわゆる強化型の厄介なやつね。・・・それから・・・」

思わずスカートを握りしめたるりは、ヒーリカの顔を見ることができず地面を見つめてしまう。

覚悟してほしい。というヒーリカの言葉がうっすらと脳裏を通り過ぎてゆくが、自分が思う以上に恐怖感がるりの身体をせりあがってゆく。

「るりちゃんに関係している現世の人達が、次々に襲われているわ。」

「・・・え・・・・・・。」

顔を勢いよくあげたるりは、自分の顔から血の気が引けていくのを感じてゆく。

耳の中が痛くなり息をするのも辛い程に、喉を押さえられているかのように息苦しくなる。

彼女の様子に困惑したのか、ユウがヒーリカの顔を見上げた。

しかし、ヒーリカは顔を横に振ると続ける。

「最初は一般人を装って、貴女の居場所を特定しようと敵は学生たちに近寄って行ったわ。仲の良い同級生。知り合い・・・だんだんとその距離は近づいてゆき・・・」

るりはヒーリカの言葉を遮りたくなり、彼女が口を開くよりも先に首を横に振ってしまう。

手が震え、立っているだけでも精一杯の状態だ。

李春やランゼフが心配そうに視線を向けているが、そちらに顔を向ける事ができそうもない。

「・・・るりちゃんの家族が先日・・・襲われ・・・。」

「おっ、おいっ!」

「る、るりっ。大丈夫かっ?」

一番恐れていた言葉が頭の中に響き、るりは糸が切れたようにその場に座り込んでしまう。

顔面蒼白の彼女に駆け寄ったアリスとオカは、共に彼女の肩を揺さぶるが反応が無い。

見開かれた瞳は小刻みに震え、まるで息をしていないかのように身体は硬直している。

「幸い、ご家族には怪我はなかったけれど、今は自宅とは違う場所で身柄を確保させてもらっているわ。」

「家族に怪我はない・・・大丈夫だっ。聞こえているか?るり?」

「・・・っ。」

淡々と話しているヒーリカと対照的に、ユウは思わずその場から立ち上がり、モニタが浮かんでいる場所を越えてるりへと歩み寄る。

「るりっ!」

意識が無いような表情をしたるりに、アリスは声を張り上げて言葉をかけ続ける。

「返事をしてくれっ!るりっ!」

「っあ・・・。」

アリスの声にぴくりと肩を震わせたるりは、震えながらも小さく頷いた。

まるで息ができなかったと言わんばかりに、るりは過呼吸になる。

るりの目の前に身を屈めたユウは、アリスと顔を見合わせた。

「・・・ヒーリカさん。・・・続けてください。」

「よろしいのですか?」

「・・・いいのか?るり・・・。」

顔面蒼白のままかすれた声で呟いたるりに、アリスは首を横に振る。

ユウの顔を見つめたるりは、震えながらも彼に頷いた。

「ちゃんと・・・話聞かないと・・・。私が・・・しっかりしないと・・・。」

ユウは再度アリス達と顔を見合わせると、自分の玉座へと戻って行く。

「いいのね。」

「は・・・はい。」

オカに支えられて立ち上がったるりは、青ざめた顔のままヒーリカへと視線を向けた。

「今は・・・状況を・・・知らないといけないから・・・」

「・・・。わかったわ。」

ヒーリカはるりの言葉に頷くと、片腕を動かし目の前のモニタを動かす。

彼女の声は何と変わりないように感じられるが、動かした片腕はわずかに震えている。

そしてモニタに画像が映り込むと同時に、桜丘市の様子が現れた。

「ひ、酷い・・・」

「これはほんの一部よ。前とは違い、バケモノ達は一般市民も襲いつつあるわ。関係各所が懸命に応戦しているようだけれど、手が回らないくらいになってきている。」

「あまり良くない事ではありますが・・・こちら側からも聖職者や純潔の魔道士達を応援に向かわせています。」

モニタの中で奇怪な動きをしているバケモノ達が見え、続いて武器を片手に走り去ってゆく人々が映し出される。

「そこまで事態が酷くなっているのですか?」

ユウの言葉にぽつりと問いかけたコーディに、るりは顔を向ける事ができない。

虚ろに見つめたモニタの先で様々なモノが過ぎては消え、まるで走馬灯のように人々の顔が消えてゆく。

警官が逃げ惑う人々を誘導し、一般人がいなくなったところに、現世では見慣れない格好をした者達が姿を現す。

それは、ミチルやキノトと共に行った街で見た白いローブを着込んだ者たちだった。

彼らは片手に魔道書や武器を持ち、バケモノ達と対峙してゆく。

「エルダ様?エルダ様まで・・・現世に?」

「まぁ。エルダくん・・・。」

モニタを見つめたミチルとアイネが、目を見開いて一人の男性を見つめている。

「・・・奴が出撃せねばならぬ程なのか・・・現世は・・・。」

僅かに目を見開いたコーディが、モニタの先で動く一つの姿をじっと追うように見つめている。

片手に細身の剣を握った男性は、軽々と身をひねると複数のバケモノ達を瞬時に切り刻んでいった。

よく見れば、彼が先導し白いローブを着た者達が続いている。

「数週間前から引き続き、彼には向こうの世界で動いてもらっています。マーラが現世にいると分かった以上、彼らをこちらの世界に待機させておくのは・・・不利になりかねません。」

「・・・確かに。」

頭の上で様々な話が飛び交っているが、るりは視線を移す事さえもできない状態である。

アリスとオカに身体を支えられてやっと立てているが、恐らく手を離されれば倒れ込んでしまうだろう。

まるで極寒の地にいるかのように全身が寒さで震え、どうにも身体が上手く動かない。

「マーラはこちらの世界で殺めた巫女の候補者の力を総べて蓄えている状態よ。・・・女神が選抜者に配った鍵は、マーラが持っているの。」

「つまり、相当の力を彼女が蓄えているということになります。」

ヒーリカとユウの言葉に驚いた皆が、目の前で流れている映像から視線を逸らし、彼女たちの方へと視線を向ける。

しかしやはり、るりはそちらへと顔を向けることができない。

「マーラの事で分かっている事は二つ。・・・一つは襲われた選抜者の鍵は全て彼女が所有しているという事。もう一つは・・・」

何故かヒーリカはミチルの方を向き、言葉を詰まらせる。

どうやら、次に伝えたい事は彼女にも関係があるらしい。

ミチルは彼女の視線に気がつき、困惑しつつも小さく頷いた。

「もう一つは、命を奪われた選抜者の方々の身体は、彼女の糧となってしまったということです。」

「え・・・。」

「死ぬ直前まで力を奪われ続け、精神や力は糧にされ、残された身体は恐らく・・・手下たちの身体を維持するために生贄にされた・・・。」

「そんな、じゃ、じゃぁ・・・私以外の人達は・・・」

口元を両手で覆ったミチルは、目を見開いてヒーリカを見つめる。

ヒーリカは片手を動かし、部屋の中央に流れていた映像を変えた。

そこには、幾つかの女性の姿が映し出される。

隣には世界地図が映され、上にはマークが浮かび上がっていた。

そのマーキングされた場所には、ミチルとグレイの家もある。

「遺体の見つかっている子たちは恐らく・・・連れされる前に発見されたと言っていいわ。・・・見つかっていない子たちは、今はもう・・・原型があるかどうかもわからない・・・」

「あ、あんな恐怖や痛みを、死ぬまで与えられていたの?み、皆・・・」

「ミっちゃんっ!」

頭を押さえたミチルは、ふらりと身体を揺らすと壁に寄り掛かった。

ジェシカが彼女へと駆け寄るが、ミチルは自分を落ち着かせるように深呼吸を繰り返すと、頭を振り彼女に微笑んだ。

少しでも彼女を不安にさせまいとしているのだろう。

「誰のせいでもないわ。これは・・・奴らがやらかした大きな罪よ。・・・そして今も、あの者達は罪を犯し続けている。」

「まさか・・・現世の人間が生贄にされているとか・・・言わないよな?」

「・・・えっ・・・。」

震える声でグレイが呟くと、その言葉に弾かれたようにるりが顔をそちらへと向ける。

生気の抜けたような表情をしたるりに、グレイは自分の呟いた言葉を撤回したくなった。

「・・・可能性は無いとは言えないわ。」

「そん・・・な・・・。どうして・・・。」

「可能性があるだけであって、確定的とは言えません。・・・るりさん。」

るりに言葉をかけようとしたユウだったが、彼女の顔を見ると彼は断念してしまう。

「るりちゃん・・・。もう少し話を聞いてもらえる?」

「・・・・。」

まるで鞭をうつかのように、ヒーリカは声を鋭くさせてるりへと言葉をかける。

しかし、彼女は一点を見つめたままで答えようとしない。

「続けるわね。・・・彼女には後で話をまとめて伝えてあげて。」

「・・・あぁ。」

返答が難しいと判断したヒーリカは、アリスとオカへと言葉をかけると、大きくため息をつく。

李春がるりのスカートを掴んで引っ張っているが、るりは全く反応を示さない。

「・・・今は、動かさない方が良いだろう。」

「そう・・・だな。」

「・・・。」

るりの身体を抱き寄せるように支えたアリスは、オカと李春の二人と顔を見合わせるとお互いに頷き合う。

不安げな表情のランゼフとオカは視線が合うが、彼女は首を横に振るだけである。

そんな中で、近くにあったコンソールを打ちこんだヒーリカの前で、モニタの映像がまた変更された。

「昨日送られてきた情報よ。・・・現世の空の様子が映されているわ。」

「これは・・・。」

一際大きく映された映像が流れだし、それを見つめたアイネやディルが息を飲んだように声を発する。

「禁忌の魔法陣ではないか・・・。」

マロウが低く唸るように呟くと、ミチルやグレイの顔が一変した。

皆が空に浮かんだ赤黒い魔法陣を見つめ、唖然とその模様を見つめる。

流れている映像の先でも、現世の人間たちが青ざめた顔をそちらへと向けていた。

恐らく、見た事もない魔法陣に驚き、困惑しているのであろう。

「これを造り上げたという事は、もう時間が無いという事です。わかりますよね・・・。こちらの世界にいる人間ならば。」

「忘れもしない・・・。この忌々しい魔法陣を。」

怒りの感情を表だって発したハージェントは、髪を逆立てて身体を震わせる。

苦々しげに映像を睨んだコーディやマロウ達も、ユウの言葉に頷く。

「王都の上空にアレが発動した日の事は・・・今でも忘れられないわ。」

「・・・あぁ。」

赤黒い魔法陣はゆっくりと回転しており、幾重にも重なる模様を複雑にさせてゆく。

稲光のような赤い光が模様から発せられると、魔法陣は色濃くなってゆくように見える。

「っ・・・寒い・・・」

「っるり?」

ぼんやりとした視線で映像を見つめたるりは、その禍々しい色を見つめ、意識が遠のく様な感覚に陥りだす。

全身を氷水で浸されたように身体が震えだし、寒さとは真逆に頭がもうろうとしてゆく。

アリスの声やオカの声が頭の上で靄がかかったように聞こえ、視界が薄れてきた。

「るりさんっ・・・!」

「っ、まずいわっ!」

「るりっ!」

ずるりと音を立ててアリスの腕から滑る様に地面へと倒れ込みそうになったるりに、ユウは慌てて玉座から立ち上がり駆け寄る。

とっさにヒーリカは映像を映し出していたモニタを空間から消し、ユウを追うようにるりへと近づいた。

「・・・禁忌の魔法陣を見たショックか・・・あるいは・・・」

「過度なストレス・・・になってしまったのかもしれないわね。」

青白い顔で力無く倒れたるりを、アリスはゆっくりと抱き上げる。

るりのまつ毛には薄らと涙の粒が溜まっていた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

噴水の音が耳の中で響きわたる。

周りでは賑やかな人々の声が聞こえているが、どうにもそちらへと視線を向ける気にならなかった。

「・・・・。」

様々な事を経験し、自分が“巫女”になると決意したはずだった。

しかし、先のヒーリカの話を聞いたとたん、言い現せない程の恐怖が全身を押しつぶし、頭の中が真っ白になってしまう。

なんとか立て直そうとしてはみたものの、どうにも身体はいう事をきいてくれなかった。

同時に、数週間会っていない家族の事を思いだし、悲鳴をあげたいほどの恐怖が身体を突きぬける。

「・・・他の者達には、るりがここにいる事だけは伝えておこう。」

「すまないな。」

「いや・・・いい。気にするな。」

大理石のような石が並び、その間に草花が植えられた城の中庭には、るりを含んだ三人の姿しかない。

普段は多くの人でにぎわっているとは聞いていたが、恐らくはユウの計らいもあり、しばらく人を寄せ付けないようにしてくれているのだろう。

「落ち着くまで、ここにいると良い。」

優しくオカに頭を撫でられ、るりは彼女の顔を見上げる。

白い髪が風に揺れており、一際オカの表情が痛い程に柔らかな笑みを作っていた。

オカそれ以上は何も言わず、アリスの肩を叩いて城の方へと歩いて行く。

視線をそちらへと向けてみると、心配そうにるり達を見ているジェシカやランゼフ達の姿がある。

オカは彼女たちに何か語りかけ、皆を連れて城の中へと入って行った。

「・・・少しは落ち着いたか?」

「ご・・・ごめんね。」

「謝らなくていいよ。俺も皆も気にしていないから。」

るりの隣に座ったアリスは、にっこりとほほ笑む。

心配させまいと笑顔を作ってくれる彼に、るりは心が苦しくなってきた。

「私、巫女になるって自分で決めた。・・・でも、ヒーリカさんの話を聞いていられなかった。・・・怖かった。どうしようもないくらいに怖くなっちゃった・・・どうしよう・・・どうし・・・よう・・・」

「・・・るり・・・。」

震えあがった身体を押さえる様に、るりは自分の腕で身体を抱くが、それでも恐怖感はぬぐえない。

脳裏に映った家族の顔が赤い血で塗れたものに変わり、姉や両親の姿が崩れる様に壊れてゆく。

「怖い・・・どうしよう・・・家に帰ったら・・・誰も居なくて・・・誰も・・・誰も・・・」

家で待っている家族の顔が薄れてゆき、変わりに気味の悪い仮面が瞳を閉じるだけで思い出されてしまう。

目を開けば、視界の先には艶やかな草花が映り込むのだが、まるで色が抜けたように灰色な風景にるりは見えてしまった。

「るり・・・。」

アリスがゆっくりと動き、震えあがったるりの肩を抱く。

「・・・どういう言葉をかけてあげればいいのかはわからない。でも・・・これだけは伝えるよ。」

「・・・あ、アリス・・・?」

るりの肩から腕を離したアリスは、彼女の身体を両腕で抱き寄せる。

痛いほどの力がるりに加わり、恐怖で震える中で彼女はアリスの顔を見上げた。

アリスの片腕が動き、るりの髪を撫でる。

酷く暖かなアリスの手に、るりは涙で視界を揺らしてしまう。

「・・・俺が傍にいるから、大丈夫。」

「っあ・・・。」

優しく微笑みながら、アリスの腕が抱きすくめるようにるりの身体を包み込む。

「怖いならずっとそばにいる。悩みがあるなら言えばいい。・・・何も言わずに苦しんでいなくていいんだ。」

「っ・・・ありっ・・・すっ!」

ガタガタと音を立てて歯が震え、どうにもいられなくなると、彼の身体にすがるようにるりは彼に抱き着いた。

怖くて何も聞きたくない程の恐怖が溢れ、それと比例してもっと傍に寄ってほしいとるりはアリスを求めてしまう。

「怖いよな。あんなもの見せられちゃったらさ。るりは女の子だし、現世の子だ。・・・無理もないよ。」

「で、でもっ。わ、私はこれからっ、巫女にならなくちゃいけなくてっ。だからっ、怖がったらっだ、駄目なんだよっ」

「そんなことないさ。」

胸の内に取りとめていた事を、るりは晒す様にアリスへとぶつける。

それは違うときっぱりと言い返されると思えば、彼は酷く優しい声で否定してきた。

「怖いモノは誰だってあるし、それを克服するのが苦手な人だっているんだ。巫女だってヒトだ。怖いモノがあって嫌いなモノがあって、何が悪いんだ?」

「でっ、でもっ・・・!」

アリスの背中にしがみつくようにるりは腕へと力を込め、その度に彼は頭を優しく撫でてくれる。

小さな子供のように泣きはらしているというのにも関わらず、アリスは呆れる事無くただ言葉を聞いてくれた。

「怖いなら、怖いって言えばいい。俺が・・・俺が傍にいるから。」

「っずっとっ・・・ずっと傍にいてくれっる?」

「・・・。」

駄々をこねる様に言葉を発し、まるで彼を困らせたいかのような質問を投げかけてしまう。

普段ならとても言えそうもない事を、るりは止めることができない。

ずっと。という言葉がいつまでを現しているのか、るり自身もわかっていないが、今はそんなことを考えている余裕などない。

「ずっと・・・ずっと傍にいるよ。」

「っうんっ・・・。」

先程まで感じていた恐怖感が薄れ、だんだんと心が落ち着いてくる。

震えあがり歯をガタガタと震わすほどの寒気は無くなり、今は嗚咽だけが残るだけだ。

アリスが頭の上でくすりと小さく笑うと、彼の腕がそっとるりの身体から離れてゆく。

もどかしくも名残惜しくも思いつつ、るりは泣きはらした顔でアリスを見つめた。

「オカが言っていたよな。泣いたらその分強くなるんだって。だから、るりは泣いていいよ。・・・でも、一つ約束してほしい。」

「・・・っ・・・っ?」

るりはぐずぐずと子供のように鼻を鳴らしてしまうが、目の前に見えたアリスの顔から視線を逸らすことができず、じっと見つめてしまう。

柔らかに微笑んでいるアリスだったが、どこか真剣な目をしているように見えた。

青い瞳がしっかりとるりの顔を見つめ、片手が涙の止まらない頬へとあげられる。

指の先でるりの涙を拭いたアリスは、その顔を動かし彼女の耳元へと近づけぽつりと呟く。

「これからはさ・・・泣いていいのは、二人だけの時だけにして。」

「えっ・・・。」

「その涙も顔も・・・俺だけのモノにしたいから。」

「っ?」

悪戯を考えた子供のように微笑み、アリスがまた背中へと手を伸ばす。

引き寄せられた身体はアリスに抱かれ、耳元で彼の息が聞こえる。

「約束・・・。できる?」

「・・・。」

妙に熱を帯びたような声に、だんだんと心臓の音が響く感覚を覚え、るりは恐る恐るアリスの服を握る。

視線の先には城が見えるが、人が通る姿は無い。

「うん。・・・約束する。」

涙の止まった顔をアリスの肩に埋め、そっと彼の背中へと腕を回す。

感じていた恐怖感はすっかり無くなっており、変わりに心地よい感覚が身体を浸していた。

両親の事やヒーリカの言葉を思いだしてしまうと少しばかり心が揺さぶられるが、今はそれよりも強い感覚に満たされている。

「あの・・・ね。アリス。」

「何?」

すがるようにアリスに抱き着きながら彼へと声をかけると、柔らかな声が耳に響いてくる。

瞳を閉じれば、眠ってしまいそうな程の心地よさだ。

「・・・大好き・・・。」

「っ。お、おい。今言うのか?」

「・・・うん。今・・・言いたかった。」

「そ、そう・・か。」

ぴくりとアリスの身体が動き、驚いたような声が背中に響く。

心なしか、彼の背中にまわした手に高鳴った心音が聞こえてきているような感覚をるりは覚える。

それは恐らく彼も同じで、張り裂けんばかりに動いている心臓の音を、アリスには聞かれているだろう。

「・・・ヒーリカさんからちゃんとお話し聞かないと。」

「うん。」

「これからの事、ユウさんとも話さないと。」

「そうだな。」

此処から動かないといけないと自分で思いつつも、るりはどうしてもアリスから離れたく無くなってしまう。

背中にまわした腕に力を込めると、静かに瞳を閉じた。

「・・・もう少し、このままでいてもいい?」

「・・・。」

何も言わないアリスは、変わりにまわした腕に力を込めてくる。

少しだけ苦しいくらいの力で抱きしめられると、自然と顔に笑みが浮かんできてしまう。

空の青を移したようなアリスの髪がるりの頬を撫で、視界の先で光を帯びてゆらめいた。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

コンソールを叩きながら、エナミは外の様子をモニタ越しに見つめる。

テレビをつければ同じような番組ばかりで、呆れてしまう程同じ映像が流れ続けていた。

「先日から続いている謎の現象ですが、これに関して市長からは・・・」

「商店街側の方では、奇怪な生物は現れていないようですが・・・」

片腕を動かし、モニタに映ったテレビの映像を切り替えてみたものの、やはりどの番組も同じことをしきりに映し出していた。

「やれやれだね・・・。」

画面の上には緊急速報のテロップが仕切りに流れ、桜丘市での怪奇現象が止まる事無く流されてゆく。

「だいぶ情報錯乱が難しくなってきたわ。」

「・・・だと思った。こちらも手間取っているからね。」

「そう・・・。」

宙に浮いたモニタの先で目を細めたブレアと顔を見合わせ、エナミは大きなため息をつくしかない。

桜丘市から市外へと今この状況が下手に流れてゆくのは、彼や“向こうの世界を知る者”からしたら、絶対に会ってはならない事である。

幸いにも全国放送では流されておらず、カモフラージュされた内容が淡々と外へと連絡されているようだ。

しかし、ビルの屋上へと出てみれば、ローカルテレビ局やラジオ局のヘリコプターが飛び交っている状態である。

前回のように一つ一つ対処しているようでは、間に合いそうもない。

現場で指揮を取り続ける事も困難となっている今は、どうしても“会社”の者に手伝ってもらうしか方法は無かった。

「上空の魔法陣。あれが崩壊すれば、自ずと自体は良い方になってゆくらしいけどさ。」

「そうはいってもその間の時間稼ぎは必要でしょう?」

「ごもっともだよ。副社長。」

背伸びをしたエナミは、おもむろに伊達眼鏡をデスクへと置くと、周りのモニタを整理する。

自動で処理をし続ける画面もあれば、手直しが常に必要なモノもあった。

「そちらの仕事に関しては大丈夫なの?」

「まぁ、外が異常事態だからね。・・・急いで動く案件も減っているよ。」

「そうね。一般人が危険にさらされては、元も子もないわ。」

「全くだよ。」

デスクの傍らに置かれた書類を見て、エナミは指を弾く様な仕草を取る。

カタカタと音を立てて緑色の光が書類を取り囲み、瞬時にして自分の端末へと内容が記憶されてゆく。

新しい雑誌の内容が構成された物や、企画に関しての承認不承認を問う物が主なようだった。

「それで・・・ヒーリカ達の方は大丈夫なの?」

「あぁ。彼女たちの事ね。うん・・・。」

画面越しで見たブレアは声を潜める様にエナミへと呟く。

周りで耳を傍立てている者がいるのか、いつも以上に彼女は慎重だ。

「とりあえず、当初の目的である案件は良い方に行っているよ。そのおかげで、こちらの方にもうすぐ戻ってこられそうだしね。」

「そう・・・。」

神妙な顔つきになったブレアは、淡々とコンソールを叩きだす。

音が少しやむと、すぐにエナミの端末にメールが届いた。

送られてきた相手は、目の前で話している彼女である。

不思議そうに見つつも、エナミはそれを開封し、中身を見た。

「そういう・・・。あぁ・・・。なるほど。」

「ヒーリカからの情報としては、それだけなの。でも、もう敵意はないかもしれない・・・って言う話なんだけれど。」

「・・・。」

何も言わずにメールへと手を伸ばしたエナミは、静かにその内容を削除する。

他人に見られては困る内容という事もあるが、残しておいても得はないだろうと判断した為でもあった。

「こちらから意図的に接触するのは今まで通り辞めておいた方がいいだろうね。何を仕出かすかわからないしさ。」

「そうね。」

「・・・・ん。」

急にノイズの走り出したブレアの映像に、エナミは目を細める。

その意味合いを感じ取ったのか、ブレア自身も表情を曇らせていた。

「お相手様は、相当本気のようだね。」

「私達に干渉するなんて、よっぽど目が冴えているみたい。」

「・・・だね。」

ノイズは次第に大きくなり、時折モニタが音を立てて消えそうになる。

片手を動かしたエナミは、その手を傍らに置いた“現世のパソコン”へと当てつけた。

同時に画面が切り替わり、ブレアの顔が映し出される。

しかしそこには、ノイズが走っていなかった。

「連絡も少しばかり難しくなるだろう。・・・お互い必要最低限の連絡としていこうか。」

「えぇ。その方がいいでしょうね。」

周りに浮いたエナミのモニタが音を立て、ノイズや暗転が酷くなる。

「きっと事が終局へと向かっている証拠でしょうね。」

「いい結果になるよう、努力してゆくよ。」

「こちらもよ。」

お互いの顔を見合わせたブレアとエナミは、画面越しに笑みを浮かべる。

ブレアの腕が画面の向こうで動くと、通信が終了する音が響いた。

とっさに動いたエナミは、周りのモニタやコンソールを消し出す。

ノイズの酷くなった物から片づけた彼は、最後の一つを空中へと消すと、ほっと溜息をついた。

「さて・・・場所を移した方が良さそうだ・・・。」

突然と部屋の扉が乱暴に叩かれ出し、エナミは苦笑いを浮かべる。

椅子から立ち上がった彼は、青い光りを纏い、入り口の扉とは真逆の方へと歩いてゆく。

「僕も、捕まりたくないんでね。」

元の姿へと戻ったエナミは、軽く地面から飛び上がると、青い光に包まれて姿を消す。

乱暴に開けられた扉からバケモノ達が部屋へと流れ込んだ時には、エナミの姿は無くなっていた。

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