白と黒の世界   作:水鏡 零

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52話

薄暗くなってきた桜丘市には、帰宅を急ぐ人々で溢れていた。

大通りには警官の姿が見え、路地へと繋がる通路には、立ち入り禁止の看板が置かれている。

「聞いた?第一中学で誘拐事件が発生したみたいよ。」

「知ってる・・・。なんか、あのバケモノ達に連れ去られたとか・・・」

「嘘・・・。それってヤバくない?」

通りを歩く女子学生たちが、携帯を片手に会話をして過ぎてゆく。

他愛もない話をしているように見えるが、その内容は物騒だ。

街頭に設置されたテレビでは、アナウンサーやコメンテーターが病院の映像を背にしながら、目を細めて会話をしているのが映し出されている。

画面の上部には、しきりに別の話題が書かれたテロップが流れていた。

「空のアレって何なんだ?」

「なんでも・・・かなり危険な事が起こる前振りだって言ってたぜ。」

「あぁ。ほら、隣の部署の奴だったよな。魔法みたいなやつが使える・・・」

空を見上げた会社員の男が、隣を歩く者達に困惑した表情で話しをしながら大通りを過ぎて行く。

「相も変わらず何も情報ナシって感じかな?」

「・・・・。」

ビルの屋上へと降り立った翼は、何も答えないカーティルスに苦笑いを向けてしまう。

長杖を抱え直した翼は、じっと大通りを見つめているカーティルスの隣に立った。

ぼんやりとした瞳で佇んでいる彼に、翼はため息をつくしかない。

「君たちの気持ちは痛い程わかるつもりなんだけどね。・・・僕も一応、彼女の同級生なんだしさ。」

「・・・すまない。」

「なんで、そこで謝るかなぁ。」

いつものひょうひょうとした印象が無くなったカーティルスは、見た目は変わらないが、言い換えてしまえば屍のようである。

先日の一件で、雪が敵にさらわれてしまってから、彼の様子は常にこの状態が続き、エルダやルヴァン達でさえも対応に困っているようだ。

「僕達の通っている学校でもさ、かなり深刻な状態が続いているよ。・・・相も変わらず、バケモノ達は通学中にも出てくるし、姿を変えた仮面達が学生に近寄っては、るりちゃん達の情報を聞きに現れている。」

「そうか・・・。」

「・・・あのさぁ・・・。」

曖昧な回答をしたカーティルスに、思わず翼は声を荒げた。

不思議そうに小首をかしげ、翼の顔を見つめたカーティルスに、彼は大きくため息をつく。

「今の僕の言葉・・・聞いてなかっただろ?」

「・・・。」

赤い目を細めた翼は、彼にしては珍しく怒りを露わにしている。

わからないと言わんばかりに視線を逸らしたカーティルスに、翼は更に目を細めた。

「・・・雪ちゃんがさらわれたのは、るりちゃん達の情報を聞き出す為であると断定している。しかし、敵は彼女を確保できたというのに、更に学生や彼女の近辺を捜索している。・・・それ、どういう事だと思う?」

「それは・・・。」

翼の言葉に目を見開いたカーティルスは、苛立った表情で見つめている彼をじっと見つめてしまう。

うまく言葉にできないのか、カーティルスは小さく口を開き、声を出さずに動かしている。

「つまり。雪ちゃんから有力な情報を得られていない。君たちが得ていた情報を・・・彼女が喋っていない。そういう事になるんじゃない?」

「・・・。」

「もしくは最悪のパターンも考えた。でも、それは無いと断定していいんじゃないかな。」

「最悪のパターン・・・。」

震えた声で答えたカーティルスに、翼はまるで感情がこもっていないかのように無表情へと変わる。

「殺されていないってことさ。」

「っ。」

長杖を抱えた翼は、背中に真っ黒な羽を出現させ、カーティルスから少し離れた位置へと飛び去る。

彼が攻撃を仕掛けてくる可能性が無いとしても、今の状態では何を仕出かすか分からない。

身内でもない者がカーティルスと単独で接近するのは、彼の精神状態を考えると、少しばかり危険であると翼自身も思っていた。

「あえて言うよ。恐らく、雪ちゃん・・・武藤さんのご令嬢が次に君たちの前に現れた時・・・それは彼女が敵として現れる・・・」

「なに・・・言ってんだ?」

「僕は真面目さ。聖職者の息子。」

「なっ・・・。」

急に声を低くして喋り出した翼に、カーティルスの表情が一瞬にして変わった。

怒りに身を震わせているのか、カーティルスの手からは小さな雷柱が走り出している。

それでも、翼は喋る事を止めようとしない。

「今までのマーラ達からすれば、捕らえた者達は皆同じ道を辿った。精神崩壊・・・洗脳・・・使えなくなれば殺して破棄。君だって、仲間達がそういう目にあったのは見ただろう?」

「・・・黙れよ・・・」

「彼女が影の者に捕らわれて姿を消したというのであれば、次にされるのは洗脳。もしくは、精神崩壊をさせるほどの拷問による服従。禁忌とされていた魔石が見つかっている以上、その道は・・・」

「っ!」

破裂したような音が聞こえるや否や、カーティルスのこぶしが翼の目の前へと迫る。

翼は呆れたように目を細めると、片手に構えた長杖を彼へと向けた。

二人の間で雷鳴がとどろき、カーティルスは後方へと下がる。

何もなかったかのようにその場に佇んだ翼は、軽く長杖を振るった。

「お前は雪の友達とかそういう関係じゃないのか?」

「確かに僕は、現世では彼女たちの友人だ。・・・けれど、向こうの世界での僕は“執行者”の息子だよ。・・・わかるだろう、聖職者。」

「ぐっ・・・。」

蔑むような目でカーティルスを見た翼は、長杖を彼へとまた向ける。

急に自分の首を押さえ苦しみだしたカーティルスに、翼は静かに近寄って行く。

「魔導士の一族でも、執行者として代々役目を成してきた者達は、決断の時には冷酷であらねばならない。例えそれが、苦楽を共にしてきた学友や身内であったとしてもね。」

「っ・・げほっ!」

翼の杖が振り上げられると、カーティルスは首を押さえたままむせ返りだす。

しばらくの間息ができなかった彼は、何度も咳き込み肩を大きく動かしていた。

「・・・エルダは分かっていると思うよ。自分の家臣でさえも手にかけなくてはいけなかった彼だ・・・。」

「俺が、俺があの時・・・っ。」

むせこみながらも、カーティルスは声を発しだす。

地面をこぶしで殴りつけた彼の周りには、音を立てて小さな雷が弾けていた。

「悔やむのは終わってからにするんだ。・・・それに、誰が・・・彼女が助からないと言ったかい?」

「・・・な?」

カーティルスの肩を軽く叩いた翼に、彼は思わず顔を上げる。

先とはまた違った表情を浮かべている翼に、カーティルスは目を丸くさせて彼を見つめるしかない。

「確かに雪ちゃんは洗脳や何らかの禁忌を埋め込まれている可能性は高いだろうね。・・・でも、それらを破壊するのが君たちの役目だろう?」

「俺達の役目?」

「おいおい、今さら何を言ってるんだい?」

けらけらと声をあげて笑った翼は、しゃがんだままのカーティルスへと片手を伸ばす。

その表情には先のような冷たさはみじんも感じられない。

柔らかな笑みを、翼は浮かべていた。

「君たちは聖職者だ。・・・悪しき力を屈し、禁忌を破壊する事の力を持った能力を使える。・・・だとしたら、君がすることは一つだろう。」

「・・・。」

おずおずと翼の手を握ったカーティルスは、彼に引かれて立ち上がる。

自分の手を見つめた彼は、静かに目を閉じた。

「雪を助ける。」

「・・・まぁ・・・それ、結論だけどね。」

苦笑いを浮かべた翼は、長杖をぐるりと回転させる。

目を開いたカーティルスも、何も言わずに手のひらを握り、小さく息を吐く。

「ア・・・・アァ・・・・」

「詳しい話は、別の場所で話すよ。」

後方に突如として現れたバケモノ達を見て、翼は長杖の先をそちらへと向ける。

顏のひしゃげたバケモノは、気味の悪い声をあげて地面を蠢いていた。

「・・・待ってろよ。雪・・・。」

小さく呟いたカーティルスは、軽く地面を蹴り上げると、雷鳴を轟かせてバケモノへとこぶしを向けた。

 

 

 

――

 

 

 

 

モニターに映し出された桜丘市の映像を見て、るりは思わずスカートを強く握ってしまう。

「先、謁見の間で説明した内容はここまで。・・・で、大丈夫?」

「は・・・はい。」

顔色の冴えないるりを心配してか、ヒーリカはコンソールを操作するのを止めて、彼女の顔を見つめた。

思わず別の方向へと視線を向けそうになったるりは、小さく頭を左右に振る。

「気分が優れないようだったら、すぐに言ってちょうだいね。」

「わかりました。」

ヒーリカの言葉に頷いたるりは、また目の前のモニターへと視線を向け直した。

ここに到着してすぐに見た映像や内容を一通りヒーリカから再度説明を受けたるりは、先とは変わって気を失う程の恐怖感を感じる事はなく、比較的落ち着いて彼女の話を聞くことができた。

とはいえ、やはり内容を深く考えてしまうと、気分はあまり良くない。

「私達が次に取る行動はどういったことなんでしょうか?」

「あぁ。それね。・・・意外と確信を聞いてくるようになったじゃない。」

「えっ。」

ふいに頭をよぎった言葉をヒーリカに問いかけたるりは、コンソールを操作する彼女の顔がいきなり微笑んだ事に驚いてしまう。

ヒーリカの隣で同じようにコンソールを操作していたランゼフも、何故か微笑んでいた。

「前のるりちゃんだったら、私達の指示通りに動いていくことしかなかったんじゃないかしら。・・・ようは、貴女が成長したっていう事ね。」

「そ、そうですか?」

「えぇ、私はそう思うわよ。」

コンソールを操作し終えたヒーリカは、周りを動いていたモニターを引き寄せて、そちらへと指を向ける。

桜丘市の映像が変わり、画面には別の場所が映し出されていた。

「その前に、皆をもう一度集めないといけないわね。これからの話は、向こうに一緒に行くことになる人たちにも話しておかないといけない訳だし。」

「向こう・・・。」

「るりのいた現世に行くって事。」

「・・・。」

ふいに椅子から立ち上がったランゼフは、ヒーリカの背後を通ると部屋から出てゆく。

ランゼフの背中をじっと見つめていたるりは、彼女たちが言わんとする事を考え、目を細めた。

「向こうの世界は本当におかしくなっているわ。バケモノ達が徘徊し、仮面共が一般人に接触している。・・・奴らはこちらの世界では身動きが取れないと確信しているんでしょうね。」

「それは・・・聖水が元に戻ったり、バケモノ達が動けなくなったことによってですか?」

「その通り。」

ぽんと手を叩いたヒーリカは、満足げに笑みを浮かべる。

話している内容としては笑えない事であるが、るりの的確な答えにヒーリカは純粋に嬉しく思っているようだ。

「バケモノやマーラ達が使っていた呪術の影響が世界から消え去っている今として、こちらでは彼女たちはあまりにも不利なの。不利な状態で私達・・・ようは敵に喧嘩を売るっていうのは、難しいわよね?」

「私の住んでいた世界なら聖水の影響もなければあの人たちに対抗する人たちも少ない所で力を蓄えることができる・・・でも・・・でも、確かにそうだとしても、力のない人達や事情の知らない部外者達がいるところで悪さをするなんて・・・。」

「そうね。とても、許される事ではないわ。」

ランゼフが出て行った入り口が再度開き、中へとグレイやミチル達が入ってくる。

彼女たちはるりの顔を見て小さく微笑むと、自分たちの席へと静かに座って行った。

「あっ。るりっ・・・。」

ハージェントの後ろから浮かない顔をして現れたジェシカは、るりの姿を見つけるや否や、表情を一変させ笑顔へと変わる。

るりの方へと駆け寄ってきたジェシカは、李春の手を握りながらじっと彼女を見つめた。

「ジェシカちゃん。りーちゃん。心配させちゃったね。ごめんね。」

「うぅん。気にしないで。」

「・・・るりが元気になった・・・だったらいいの。」

「ありがとう。」

小さく微笑んだジェシカは、李春の手をひっぱると自分たちの席へと歩いてゆく。

ディルやアイネ達の姿も見え、皆が席へと腰をかけると、るりはぐるりと皆の顔を見渡した。

「もう。平気なのか?」

ユウが最後に部屋へと入ると、扉が静かに閉じられる。

と同時に、ぽつりとオカがるりへと言葉をかけてきた。

「うん。だいぶ調子も良くなってきた。・・・それに、落ち着いてきたからもう大丈夫だよ。ありがとう、オカさん。」

「なに。気にするな。」

「・・・?」

深々と頭を下げたるりに、何故かオカは微笑む。

よく見れば、ミチルやハージェント達も、笑みを浮かべていた。

グレイに至っては、アリスとるりの二人を交互に見て、にやりと歯を見せて笑っている。

不可思議そうに彼の顔を見たアリスは、ディルへと何かを問いかけるが、彼は気がついていないと言わんばかりに視線を逸らしていた。

「では。始めましょうか。」

「そうね。」

咳払いをしたユウに合わせ、ヒーリカがコンソールを操作する。

皆の座った席の前に、テーブルの上へと様々な資料が映し出されだす。

桜丘市の地図や、それを簡易化させたもの。魔法陣が書かれた資料や、何かの模様が書かれた物などがモニター越しに見えていた。

「現世でやるべきことは一つ。マーラを倒す事だけ。」

「彼女が向こうの世界にいる以上、現世では災厄が何度も起こってしまいます。それらを食い止めるには、やはり・・・マーラ本人を倒すことしかないでしょう。」

「・・・・マーラを倒す。」

コーディがぽつりとユウの言葉を復唱すると、辺りの空気が瞬時にして重たくなる。

それらが全て、るりを除いた“こちらの世界”の者達から発せられていると感じた彼女は、遭遇した事もないマーラと言う存在に息を飲む。

「話した通り。マーラは巫女の選抜用として女神が用意した鍵・・・ようは神器のかけらをほぼ全て強奪しているわ。彼女の周りがいくら劣勢だとしても、核となる人物がそれだけ強いとなれば・・・わかるわよね。」

「・・・見つけ出したとしても、力に押され逆に劣勢になる可能性が高いという訳か。」

「そう。」

マロウの言葉に頷いたヒーリカは更に続ける。

ヒーリカの指が動くと、テーブルの上に幾つかの顔写真が映し出された。

男性の顔もあれば、女性の顔も見える。

「わかっている情報として集めた彼女の手下達よ。同じ仮面を着けていることから、もう手っ取り早く仮面って呼ぶことにしたわ。」

「・・・あっさり。」

「いいのよ。わかりやすいじゃない。」

李春の呟きに困惑したヒーリカだったが、彼女はまわりの冷たい視線を打破するためのように咳払いをする。

「で。この仮面集団。以前からマーラの手下として働いていた者達が殆どなんだけれど、それに加わって新たな顔ぶれもあるみたいね。」

「城の者達が集めた情報によれば、マーラが亡くなってから数か月の間に集められた新鋭のようです。各地で横暴を働いていた貴族たちのなれの果てとも言っていいでしょう。」

「マーラが復活すれば、少なくとも自分たちに利益が出ると思って、彼女の復活を手助けしたみたいね。」

「愚かにもほどがあるな。」

「まったくです。」

ため息をついたハージェントに同調してか、アイネやミチル達も小さく頭を縦に振る。

「仮面共の相手は私達や聖職者に任せてちょうだい。・・・それ以外、つまりはマーラやその側近の相手についてだけれど・・・。」

ヒーリカの視線が動くと、必然的にるりは彼女の顔を見つめてしまう。

視線が合ったのを確かめると、ヒーリカは静かに頭を縦に振った。

「私がマーラを倒すしかないんですよね。」

「そう・・・。巫女の力でないと、あいつを倒すことはできない。」

重い口を動かして呟いたるりに、ヒーリカはぽつりと言葉を紡ぐ。

「誰が独りで行かせるものか。・・・私がいるではないか。」

「オカさんっ。」

「お前が使うための武器が私だ。私も共に行かねば意味が無い。」

るりの隣で微笑んだオカは、彼女の肩を軽く叩く。

つられて微笑んだるりは、しっかりと彼女に頷いた。

「るり・・・独りで考えていた?・・・・私達もいるよ・・・。」

「・・・りーちゃん?」

「そうだよ。その為に・・・私達も一緒に来たんじゃない。」

「だな。」

李春やミチル、グレイたちの声に驚いたるりは、彼女たちの方へと顔を向け驚いたように目を丸くさせる。

「わ、私だって、るりの力になりたいよっ!」

「・・・マーラと一度交戦しているからな。それなりにアドバイスくらいはできると思う。」

「ジェシカちゃん・・・ハジさん。」

グレイたちの言葉に乗るように、ジェシカとハージェントがるりへと声をかける。

だんだんと心の中がうずきだしたるりは、皆の顔をぐるりと見渡した。

ディルやマロウも首を縦に振り、アイネも穏やかに微笑んでいる。

「周りの者達は私達に任せ、お嬢さ・・・・る、るりはマーラとの戦いに専念すればよい。」

「・・・・。」

言葉を発したコーディの表情は変わらないが、彼の目はとても穏やかな色をしている。

コーディの隣で座っているアリスも、似たように柔らかな笑みを浮かべていた。

「るりにはたくさんの仲間がいるんだよ。・・・オカも先言っていたよ。君は仲間に恵まれているんだって。・・・ボクも負けないように頑張るからさ。」

「ランちゃん・・・。」

自分で出現させたモニター越しに、ランゼフが少しばかり恥ずかしげにるりへと声をかける。

ランゼフの隣で微笑んだヒーリカは、ユウと顔を見合わせた。

「先に向こうの世界に渡っている聖職者の方々や魔導士の方々には、僕の方から一方を入れておきます。・・・僕は万が一こちらの世界に彼女たちが逃げ込む事を想定し、守りを固めてから援護に行かせて頂く予定ですので・・・・」

「・・・こ、皇帝自ら出陣ですかっ?」

「・・・はい?」

穏やかに話し出したユウの言葉に、ハージェントとコーディが思わず席から立ち上がってしまう。

いつもの彼らとは別人のように取り乱した二人に、アリスやジェシカは驚いて目を丸くさせた。

「もちろんです。前回の時には不甲斐ない王族の長となってしまいましたので・・・。今回ばかりは皆さんの制止を振り切らせて頂きます。」

「・・・・。」

「お、御身をお守りする者はいるのですか?」

「はい。考えてますから、ご心配なく。」

「止めたんだけどね。無駄だったわ。」

自信満々に答えたユウの横で、ヒーリカが苦笑いを浮かべコーディ達へと視線を向ける。

頭を抱え座り直したコーディは、何かブツブツと小声を発していた。

その言葉が聞こえるのか、アイネが口元を押させて笑っている。

ハージェントも同じように頭を抱えると、大きなため息をついて席へと座り直した。

「では。作戦を説明しましょうか・・・」

周りの微妙な空気を押し切るように、ヒーリカが強引に話をし始めた。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

静かな城の中をるりは一人で歩いている。

皆が寝静まっていることもあり、庭の噴水の音が近くに感じられた。

豪華な装飾が施された部屋を覗きこんだ彼女は、広々とした部屋の中を入り口から見つめる。

「・・・。」

ネグリジェの上から羽織った上着を手繰り寄せ、るりは開け放たれた部屋の中へと入って行った。

中と入ると窓の外から星明りが入り込んでおり、金銀の装飾がきらめいている。

赤い絨毯の上を静かに進んでゆくと、天井から下がった大きなシャンデリアが目についた。

「舞踏会が開かれる部屋だよ。」

「っ?」

入ってきた方向から声が聞こえ、るりは言葉もなく振り返る。

そこには入り口に寄り掛かってこちらを見ているアリスの姿があった。

「眠れないのか?・・・もう、遅いぞ?」

「・・・うん。」

苦笑いを浮かべたるりは、その場から動かずに返事をする。

アリスは柔らかに微笑むと、彼女の立っている場所へと近づいてきた。

星明りに照らされた壁を見ながら、るりはただじっと佇んでいる。

「なんだろうね。・・・凄い・・・緊張してるの。」

「明日の事?」

「・・・明日もそう。それから・・・・・・これからの事も。」

「そっか・・・。」

家具も置かれていない部屋はただ広く感じ、アリスとるりの声が反響して聞こえる。

「凄い短い時間で、いろんな事が変わったなって・・・」

「俺もだよ。・・・数週間前の自分に言ってやりたいくらいだ。」

「びっくりするだろうね。」

「確かに。」

顔を見合わせて笑った二人は、お互いの目をじっと見つめる。

何も言わずに手を伸ばしたアリスは、そっとるりの額を撫でた。

アリスに触れられた紋章が暖かく感じ、彼女は瞳を閉じる。

「大丈夫。俺が傍にいるから。」

「大丈夫。私が傍にいるから。」

お互いの声に驚いたのか、二人はぴくりと肩を動かし、また相手の顔を見つめた。

「同じこと、考えていたんだね。」

「・・・るりに触れたら、同じこと言ってた。」

「・・・。」

「・・・・・。」

頬を赤くし目を逸らしたるりに、アリスは自然と笑みを浮かべる。

るりの額に当てられた手の甲がうっすらと光り、そこには彼女の額にある紋章と同じ模様が浮かび上がっていた。

静かにそこから手を離すと、アリスの手の甲に映し出された紋章はぼんやりとした形へと戻ってゆく。

その様子をるりには見せたくないのか、彼はすぐに手を背中へと隠した。

るりは気にしていないのか、その行動には気がついていない。

「元の世界に行くだけなのにね。なんだろう、新しい場所に行くような感じがするんだ。私の知らない世界に行くような。」

「数週間ぶりに帰るって言うのにか?」

「うん。不思議だよね。・・・自分でも理解できてないの。」

窓辺の方へと歩いていったるりは、カーテン越しに見える城下町を不安げに見つめだす。

夜の闇に溶け込みだした城下町には、あまり明かりが灯っていない。

皆が寝静まり、街も静かになっている証拠だ。

「るり、一つ聞いてもいいか?」

「なぁに?」

るりの後ろへと立ったアリスに、彼女は振り返って小首をかしげる。

アリスは優しく微笑んでいるのだが、どこか落ち着きが無い。

「あのさ・・・」

「うん?」

頬を赤くさせたアリスは、片膝を折ると彼女へと手を差し伸べた。

「全部終わったら、俺と正式に結婚してほしい。」

星明りで青い髪がきらめいたように輝き、青い瞳がガラス玉のように光を反射している。

それはまるで、るりが現世で初めてアリスにバケモノから助けられたあの姿と重なって見えた。

「るりは巫女に、俺は主帝になる。それは確かにふ、夫婦になるって事で変わりない。でも・・・それは・・・形式上というか・・その・・・」

「・・・。」

片腕をるりへと差し伸べたまま、彼にしては珍しく顔を真っ赤にさせてアリスは喋り続ける。

自分でも処理しきれていない事なのか、しどろもどろした話し方だ。

アリスと同じように顔を真っ赤にさせたるりは、自分の手を握ったまま彼の手と顔を交互に見つめている。

「だから・・・その・・・形式上じゃなくて、ちゃんと・・・お互いの想いを形にしてと言うか・・・あぁ!・・・そのっ!俺とっ!」

「っ?」

急に頭を左右に振ったアリスは、声を何故か荒げて息を吸い込む。

「俺と、結婚してくれっ。」

「・・・・あ、あの・・・・」

「・・・っ。」

差し伸べた手が震えているアリスに、るりは頭が真っ白になる感覚を覚えてしまう。

心臓がはちきれんと言わんばかりに高鳴り、息をするにも不自由な程だ。

「・・・それは、えっと・・・あの・・・ね・・・?」

アリスの顔と彼の手を交互に見て、るりは自分の手を強く握りしめる。

ふっと大きく息を吐き深呼吸をしたるりは、泣きそうな顔で一歩前に出た。

「・・・断る理由なんてないよ。好きな人を振ったら自分に嘘ついちゃうもん。」

「る・・・り・・・。」

恥ずかしげに微笑んだるりは、差し伸べられたアリスの手を両手で包み込む。

「全部終わったら・・・落ち着いたら・・・ね。」

愛おしげにその手を自分の頬へと当てたるりは、にっこりとほほ笑むとアリスの顔を見つめる。

勢いよく立ち上がったアリスは、小さく口を動かし、何か言いたげにるりの顔を見返す。

しかし、声が上手く出ないのか、彼は目を泳がせているだけだ。

「アリス、顔が真っ赤だよ?」

「っ。そ・・・それは、るりだって同じだろっ。」

「えへへ。そうだね。」

るりの顔を見つめるアリスは、耳まで赤くなって声を震わせている。

いつもとは違った一面を見せている彼に、るりはおかしくなってきてしまい、クスクスと声をあげて笑い出した。

罰が悪くなったのか、アリスは不機嫌そうに視線を逸らす。

「・・・この場所、舞踏会が開かれるんだよね?」

「えっ。あぁ。そうだな・・・。きっと、全部丸く収まれば、また定期的に開かれるんじゃないか?」

「そっか。」

話題を逸らす様に話し始めたるりは、顔を赤くしたまま部屋のシャンデリアを見上げる。

つられてそちらを見つめたアリスは、得と言って変わりない天井を見て小首をかしげた。

「それまでに、私もちゃんと踊れるようにならないといけないよね。」

「ははっ。そうだな。足を踏まれちゃ困るし。」

「こ、この前は足なんて踏んでないよっ?」

「でもさ、転びそうになったよな?」

「・・・・は、初めてだったんだもん・・・。」

頬を膨らませて怒りだしたるりをからかうように、アリスは歯を見せて笑うと部屋の入口の方へと歩き出す。

彼の後ろをついて行くるりは、声を荒げながらも表情は明るい。

小走りにアリスの方へと近寄ったるりは、着込んでいた上着を引き寄せて彼へと寄ってゆく。

部屋の外へと出てみると辺りはさらに静まり返り、廊下の明かりは星明りだけになっていた。

庭の噴水の音が大きく聞こえ、廊下に響いている。

「さて。そろそろ本当に寝ないと大変なことになるな。」

「そうだね・・・眠れるかなぁ。」

うっすらと部屋から明かりが漏れている部屋もあれば、ほとんどの部屋は明かりが消え暗くなっていた。

アリスの隣を歩きながら、るりは上着の裾を握る。

「大丈夫、全部上手くいくよ。・・・大丈夫だ。」

「・・・うん。」

足元を照らす星空を見上げ、るりはアリスの手を静かに握る。

アリスは彼女の手を握り返すと、るりが見つめる先を同じように視線をあげて見つめた。

「きっと、大丈夫。・・・私は独りじゃないから。」

ゆっくりとアリスの顔を見上げたるりは、青空のように輝く彼の瞳を見てぽつりとつぶやく。

指を絡ませ合った二人は、静かな廊下を寄り添うように歩いて行った。

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