白と黒の世界   作:水鏡 零

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第4章-再び現世へー
54話


唖然とモニターを見つめた一同は、声も出ずにそれを見つめるしかない。

「今の桜丘市の様子よ。」

「・・・。発動してしまった?」

「そんな・・・。」

モニターに映し出された異常な状況を見て、ミチルは思合わず口元を手で覆ってしまう。

真っ黒な塊が空を覆い、そこに重なるように魔法陣が浮かんでいる。

時折魔法陣が発光すると、市内のあちらこちらで黒煙が立ち込め、画面がそちらへと変われば、バケモノ達が徘徊する映像が流れた。

「禁忌の魔法陣だったわね。これが発動し始めた。つまり・・・」

「マーラが本格的に事を起こした。」

「そういうことよ。」

モニターの向こう側で懸命にバケモノ達と応戦する人々の姿があるが、ほとんどが劣勢となり、逃げ惑うしかない。

バケモノの姿に混ざって仮面を着けた者達も見え、白いローブを着込んだ者達が応援するのが見えた。

一般人は逃げ惑い、警官たちの指示で何処かへと駆けてゆく。

「彼女が公に姿を現すのも時間の問題でしょう。何を現世の方々に吹き込むのかはわかりません。」

「一刻を争うということか・・・。」

「そうね。・・・流暢な事を言っている場合じゃないって事ね。」

「・・・・。」

腕の振るえを抑え込もうと、るりは自分の手を強く握りしめる。

不安げな表情でモニターを見つめていた皆が表情を変え、だんだんとその顔が鋭くなってゆく。

皆が同様に、怒りを感じているようだ。

「何も知らない現世の人達に、こんな酷い事をして。」

「許せない。」

ジェシカの言葉に続くように、るりがぽつりと呟く。

その声に同調したアリスやランゼフが、小さく頷いた。

「さて。・・・長話をしている時間が無くなった以上・・・ここでお話をしている事はできないわ。・・・いいわね。るりちゃん。」

「・・・・。」

モニターを片手で消すような動きをしたヒーリカに、るりは無言でうなずく。

音もなく消えたモニターに合わせ、ヒーリカはコンソールを叩きだした。

「マーラが何処に現れるかは予想がつきません。とにかく、まずは向こうで先に待機している者達と合流してください。」

「・・・その頃には、事が動き出すだろう。奴の事だ、多くの者に恐怖を植え付ける為、自ら何かを起こす可能性が高い。」

「あえてそこを狙って、マーラを討つってことかな?」

「そうだな。」

次第に部屋の中へとオレンジ色の光が集まり、るりやランゼフ達を包みだす。

ユウが長杖を掲げると、その光が一変し、オレンジ色の輝きから白色へと変わった。

「向こうへ着くまでに何かあったら困りますからね。・・・まずは此処で僕も協力させて頂きます。」

「ユウもあまり無理をするなよ?」

「は、はい。」

オカの言葉に深々と頷いたユウは玉座から立ち上がると、光に包まれる彼女たちをぐるりと見渡す。

「るり・・・怖い?」

「えっ。」

視界が白々とし始めてきた頃、小さな手がるりの手を握ってきた。

視線をそちらへと向ければ、李春の赤い瞳がじっと見つめてきている。

「・・・うん。怖いかもしれない。でも、大丈夫。」

「大丈夫?」

「うん。」

大きく頷いたるりに、李春は小首をかしげる。

足元が煌々と光りだし、るり達を取り囲むように幾重にも数式のようなものが現れだした。

「だって、りーちゃんも・・・アリスも・・・オカさんも・・・皆が傍にいるんだもの。大丈夫だよ。」

「そう・・・そうね。」

李春の手を握り返したるりは、光の先で佇むユウへと視線を向ける。

心なしか額が暖かくなり、首から下げた鍵が静かに光り出していた。

鍵を握ったるりは、ゆっくりとうなずく。

「ユウさん。先に行っていますね。」

「はい。・・・るりさん。皆さん・・・ご武運を。」

ユウが軽く地面を長杖で叩くと同時に、辺り一面が白に変わる。

目を覆いたくなるほどの光が荒らしのように吹き荒れ、るりの髪が舞い上がった。

「・・・っ。」

るりは思わず片腕で目の前を覆い、その光を遮るように身を少し屈める。

地面の感触がわずかに変わり、辺りの音が聞こえなくなった。

まるで宙を浮いているような感覚が全身を覆い、次の瞬間にはどこかに落ちてゆくかのように身体が重くなる。

「あれ・・・。」

靴から伝わる地面の感触が変わり、微かに感じていた気温が瞬時にして懐かしいモノへとなった。

「ここが・・・現世?」

ジェシカの声が耳へと聞こえ、るりは恐る恐る目を見開く。

 

空へと突き抜けるかのように立ち並んだビル。

アスファルトで塗装された地面。

見慣れた車がいくつも並び、流行の服が飾られた店。

 

「桜丘市・・・だ・・・。」

ぽつりと言葉を発したるりは、辺りをぐるりと見渡す。

数週間前には見慣れていた風景はあまりにも懐かしく感じ、そのどれもが新鮮に見えてしまう。

しかし、その風景は見慣れているとはいえ、現状は変わり果てている。

黒煙を上げて大破した車。大きく割れた店のガラス扉。

ひしゃげた標識が道路へと倒れ、所々から焼け焦げた嫌な臭いが漂ってきている。

「一戦交えたって感じだな。」

「人の気配もない・・・。」

乗り捨てられた車体の傍には、壊れた携帯が落ちている。

アリスは辺りを警戒しつつ、少しばかり皆から離れて歩き出す。

別の方向へと歩き出したディルとマロウは、黒煙の立ち込める方を見て目を細めた。

「悲鳴が聞こえるわ・・・。もしかしたら・・・」

「影の者が暴れているのでしょう・・・ね。」

モニターとコンソールを出現させたヒーリカの横で、アイネが苦々しげに声の響く方を振り返る。

ヒーリカのモニターには現在地が表示され、そことは別の部分にマークが点滅していた。

先程言っていた合流場所だろう。

「大通りを進みましょう。・・・一般人は殆どここにはいないわ。」

「別の場所にまとめて逃げているみたいだし。下手に路地を進むよりはいいと思うよ。」

モニターを傍らに出現させたランゼフが、先導するように歩き出す。

彼女の言葉に頷いたるりは、小走りに彼女を追うように足を動かし出した。

「こんな状況じゃ、姿を隠してとかカモフラージュさせてとか、言ってる場合じゃないだろうしな・・・。」

「それに、交戦は避けられないだろうし。」

ビルや街灯の明かりが足元を照らしているとはいえ、辺りはあまりにも薄暗い。

空を見上げれば真っ黒な塊が覆い付くし、気味の悪い魔法陣が静かに蠢いていた。

見つめていると吐き気さえも感じてしまう程、それらは禍々しい。

「気味の悪いモノだな・・・辺り一面が呪術で埋め尽くされている。」

「オカさん・・・わかるの?」

「あぁ。身を汚されそうなほど、気分が悪くなる。」

「・・・そうか。」

苦々しげに辺りを睨みつけたオカは、ジェシカの問いに短く答えると、何をいう訳でもなくるりの方へと寄ってゆく。

先頭を歩いていたランゼフとヒーリカの肩が小さく揺れ、二人はその場にぴたりと止まった。

「来たか・・・。」

「お早いことだこと。」

廃墟のようになった大通りに、突如として奇怪なうめき声が響きだす。

泡を立てたように地面から赤黒いモノが湧きだし、その中から這いずるようにバケモノ達が姿を現した。

奇怪な形をした顔や、あらぬ方向へと曲がった腕を動かしたバケモノは、常にうめき声を発している。

「ちょうどいい。るり、行くぞ。」

「えっ?」

戦闘態勢を取ったランゼフ達の後ろで、ふいにオカがるりの肩を叩く。

るりは驚いて彼女の顔を見るが、オカの言わんとする事に気がつき、小さく頷いた。

「先の者共は私達が斬る。・・・お前達は倒し損ねた者を頼んだ。」

「えっ。ちょ、ちょっと?」

「ヒーリカさん。お願いしますっ。」

「はっ?」

オカに手を握られて走り出したるりに、ヒーリカは目を丸くして二人の姿を追おうと手を伸ばす。

「あ。やめとけ・・・。巻き込まれるぞ。」

「はいっ?」

とっさに走り出そうとしたヒーリカの腕を掴んだアリスに、彼女は更に困惑した顔で彼を見返した。

るりは大きく深呼吸をすると、オカに向かって頷く。

「行くぞっ。」

「は、はいっ!」

地面を蹴り上げたオカに合わせて、るりが彼女を引き寄せる様に腕へと力を込める。

額の紋章が熱くなり、同時にオカの姿が光に包まれた。

見る間にオカは姿を変え、るりは柄を強く握りしめる。

「言われていても分からなかったが・・・これは・・・」

白と黒の光で覆われた大鎌を見つめ、ハージェントがぽつりと呟く。

るりは手にした柄を両手で抱え直すと、迫ってきたバケモノへと目を細める。

自然と脚がそちらへと向き、地面を蹴り上げた彼女は、考える事も無く大鎌を構えた。

弧を描くように鎌を振り上げ、勢いに任せて刃先をバケモノへと突き立てる。

まるで紙のように真っ二つにされたバケモノに、るりは驚く暇もなく足を更に踏み込む。

手に持った柄へと力を込めると、白い光が刃先を包み込み、同時に集まりだしたバケモノ達をいとも簡単に切り刻んだ。

「凄い凄いっ!るりもオカさんも凄いよっ!」

風のように動く二人を見て、ジェシカは浮かれたように声をあげる。

声につられてるりが振り返るよりも早く、周りには新手のバケモノ達が姿を現し出していた。

小さく息を吐いたるりは、大鎌の柄を握る。

しっかりと刃先を向ける相手を睨んだ彼女は、地面を踏み込み刃先をバケモノの身体へと突き立てた。

「あんまり、一人で頑張り過ぎちゃ駄目よ。」

「っ!あ、アイネさんっ?」

るりの肩をぽんと叩いたアイネに、彼女は驚いて目を見開く。

長杖を片手で振り上げた彼女は、ぽつりと何かを呟いた。

バケモノ達の頭上に魔法陣が浮かび上がり、炎が身体を焼き払いだす。

熱さに驚き悲鳴をあげたバケモノ達は、魔法陣から避ける様に蠢く。

「全くだ。・・・るり様には倒すべき相手がいるだろう。」

「っ?」

アイネの方へと腕を振り上げたバケモノに、マロウが矢のように飛び込み、喉を短剣で掻き切る。

バケモノの頭部が地面に落ちるや否や、身体が灰のように消し飛んだ。

「まずは合流することが目的なんだからね。・・・オカも、あんまり本気になって動いたらだめだろ。」

「む・・・そうだな。」

るりの横に立ったランゼフが、自分の周りに淡い緑色の光を出現させる。

光りが形を変えて矢へと変わると、後方で蠢いていたバケモノ達を貫いて行った。

追い打ちをかけるようにジェシカが双銃の引き金を引き、銃弾が当たったバケモノ達は灰となって姿を消す。

「巫女を狙っているという訳ではなさそうだな。」

「目の前に現れた敵の相手をしている。と言っていいだろう。」

「・・・力に勘付いている訳じゃないって事かしらね。」

片腕で軽く太刀を振るったコーディの周りで、バケモノ達が風にあおられたように身体を引きちぎられてゆく。

ジェシカや李春に迫っていたバケモノ達は、ハージェントによって引きちぎられていた。

「ご丁寧にお相手をしている訳にも行かないわ。さっさとこの場は避けて行きましょう。」

「は、はい。」

ヒーリカがコンソールを叩くと、バケモノ達を覆うように光が矢となって頭上から降り注ぎだす。

ビルの合間に出現した魔石のようなものが光ると同時に、そこからバケモノへと矢が放たれる。

るりは大鎌になったままのオカを抱え、ヒーリカの後を追うように走り出した。

途中、バケモノ達が地面から這い出てくるが、るりが動くよりも先に周りの者達が敵を倒してゆく。

力を温存しろと言わんばかりの彼らに、るりは感謝しつつ走り続けた。

「合流地点はこの先。ほらっ、白い魔法陣が見え・・・」

るり達へと振り返ったヒーリカは、くるりと向きを変えて前方を指さす。

しかし、明るい彼女の声が段々と勢いを無くし、足取りが同様にゆっくりとなってきた。

「あ・・・れ・・・・?」

「どうした、るり?」

ヒーリカが指さす方を見たるりは、そこに佇む人影を見て首をかしげる。

るりの異変に気がついたオカが、不思議そうに前方を見つめたるりに問いかけるが、彼女は反応しない。

ヒーリカと同じようにだんだんとスピードを落したるりは、目の前に現れた人物を見て驚いたように目を見開く。

街灯の光に照らされた彼女は、どこか違和感があった。

何故か紫色のローブで全身を覆い、首から下を隠している。

手に持っている短剣からは、身の毛がよだつような嫌な気が漂っているように感じた。

「貴女・・・どうしてここに?」

「・・・。」

後方に出現しているバケモノ達と対峙しているのか、ジェシカやハージェント達はるり達から少し離れている。

苦戦を強いられている訳でもない為、恐らくはすぐに合流できるだろう。

が。今は彼らの事よりも、るりにとっては目の前の光景から、視線を逸らすことができない。

「るりちゃん。・・・帰ってきたんだね。」

「ゆ、雪・・・ちゃん?・・・だよ・・・ね?」

長い髪を揺らして微笑んだ雪だったが、るりは同じように微笑むことができない。

彼女から発せられる雰囲気が明らかに歪であり、別人ではないかと疑う程の殺気が彼女から感じられる。

「・・・なんだ・・・るりの・・・知り合いではないのか?」

「そう、なんだけれど、でも、何か違う・・・」

両手に持った大鎌の柄を握ったるりに反応するように、オカが低く唸るように声を発する。

ヒーリカは目を細め、るりの前に立つと軽く手を広げ、雪に近寄るなと言わんばかりに片手へと力を溜めだす。

雪は不思議そうに首を傾げ、その様子を見つめた。

紫色のローブが揺れ、一歩一歩とるりとヒーリカの方へと近づいてくる。

「るりちゃん?どうしたの?・・・ねぇ?」

「ゆ、雪ちゃんこそ。どうしたの?なんだか、変・・・だよ?」

ぴくりと肩を揺らした雪は、短剣を強く握りしめる。

歪な笑みを浮かべ、唸るような声をあげた彼女は、静かに視線を地面へと向けた。

「へん?・・・変なのは・・・。」

片手に持っていた短剣を両手で握りしめ、雪は地面を見つめたまま、ぽつぽつと呟く。

その様子に異変を感じたヒーリカは、片手に溜めた力を細身の剣へと変化させ構えた。

るりは息を飲み、ヒーリカの顔を後ろからのぞく。

何も言わない彼女は、左右に首を振った。

「変なのはるりちゃんだよっ!」

突然大声をあげた雪は、短剣の刃先をるり達へと向けると、地面を蹴り上げて突進してくる。

「っ!離れてっ!」

「ヒーリカさんっ!」

るりを後方へと突き飛ばしたヒーリカは、突進してきた雪と対峙し、彼女の剣を薙ぎ払うように押し返す。

その力は思った以上に重かったのか、ヒーリカの顔が歪んだのにるりは気がついてしまう。

「るりちゃんおかしいよ?変だよ?どうして?どうして?どうして?」

「ゆ、雪ちゃんっ?」

「近づいたらダメよっ!」

「っ!!」

再度攻撃を仕掛けてきた雪を、ヒーリカは剣を振り払って押し返す。

地面へと身を低くさせ、ヒーリカの攻撃を避けた雪は、歪な笑みを浮かべたまま滑るように動くと、るりの目の前まで迫った。

とっさに大鎌を構えたるりは、雪が降り上げた短剣を薙ぎ払う。

「呪術かっ!」

「お、重いっ・・・っ!」

オカの驚いた声が聞こえるや否や、雪の持った短剣が当たるとるりの手に重い衝撃が走る。

バケモノを攻撃したときには感じられなかった衝撃が走り、るりはオカと共に後方へと飛び退く。

「るりちゃん。どうして巫女になろうとするの?どうして?どうして巫女になろうとするの?変だよ?」

「あの娘・・・何かに心を喰われている・・・」

「心を喰われている?」

「そうだ・・・。」

うわごとのように言葉を吐きながら、雪はるりへと近づいてゆく。

感情がない声に背筋を凍らせたるりは、彼女が近づくと真逆に距離を取るために後方へと下がった。

「洗脳・・・と言った方がいいのか?・・・あの娘は悪意に飲まれ、身体を乗っ取られているようだっ。」

「悪意・・・乗っ取られ・・・」

何処を見ているのか分からない瞳で、雪は奇妙な笑みを浮かべている。

一度ローブの中へと手を入れると、彼女は短剣を二本構え直した。

短剣の刃先は禍々しい色をしている。

「雪ちゃんっ!ねぇ、聞こえるっ?」

「だめだよ、るりちゃん?だって、巫女様になるのは貴女じゃない。巫女様は決まっているんだよ。・・・マーラ様が巫女様にっ!」

「ッ!」

るりの言葉は聞こえていないのか、雪は短剣を構えて彼女へと走り出す。

受け身を取るために大鎌を構えたるりは、ローブから見えた雪の身体に目を見開く。

「るりっ、他に気を向けるなっ!」

「あ、アリスっ!」

目の先まで迫った雪の短剣が、音を立てて地面へと転がる。

両腕で太刀を構えたアリスがるりの前へと滑り込むと、雪は落した短剣を拾い上げて後方へと下がった。

「何者っ。」

「・・・・?」

後方へと下がった雪に、間髪入れずにマロウが攻撃を入れ込む。

しかし、紙一重の差でそれらを避けた雪は、アリスやマロウ達から十分な距離を取って地面へと着地した。

「あれ・・・切れちゃった・・・?」

「ちょ、ちょっと・・・なによあれ・・・」

プツリと糸が切れたように雪の着ていたローブが破れ、覆っていた布が地面へと落ちてゆく。

マロウの攻撃で引き裂かれた布を見つめた雪は、ぼんやりとした目で地面へと落ちた布切れを見ている。

ローブの下から露わになった雪の姿を見て、ヒーリカが困惑した声をあげた。

るりは青ざめた顔で雪を見つめ、言葉が出ない。

雪の両手足には枷のようなものが嵌められ、そこから赤黒い鎖が全身を締め付ける様に伸びている。

首には重々しい首輪が装着され、そこからも鎖が全身へと伸びていた。

「私、マーラ様のシモベになったんだよ。凄いでしょ?ねぇ・・・?」

「そんな・・・だめ・・・だよっ。」

「ダメ?どうして?こんなに素晴らしい事は無いんだよ?」

「・・・。」

両腕をあげて笑みを浮かべた雪に、るりは思わず後ずさりをしてしまう。

最後に見た彼女とはかけ離れた言動に、声を震わせるしかない。

「マーラはね。巫女として君臨している時にも、同じような事を何度となくしていたわ。」

「・・・あ、アイネさん。」

るりの後方へと佇んだアイネは、声は普段と変わりないが、明らかにその言葉に怒りを露わにしている。

遅れて到着したジェシカやハージェントも、雪の姿に息を飲んでいた。

「そして、必要ないと判断すれば、容赦なく殺していた。」

「・・・っ。」

「仕方ないですよ。だって、私はシモベです。いらなくなれば、必要ないと判断されれば廃棄されるのは当たり前ですよ。」

「ゆ、雪ちゃんっ!」

コーディの言葉に微笑んだ雪に、るりは頭を左右に振るしかない。

声をあげて笑い出した雪は、両手に短剣を握り直すと、周りの者達には目もくれず、るりへと刃先を向ける。

るりを守るように太刀を構えたアリスだったが、相手が完全な敵ではないと分かっている為、先に動くことができない。

「どうにか・・・どうにかしないと・・・」

大鎌を構えたるりは、見ていられない程のあられもない雪の姿に、思わず冷や汗を流してしまう。

「マーラ様が仰っていたよ。るりちゃんを殺せば世界が幸せになるって。だから、ここで死のう。そしたら世界が良くなるよ。」

「・・・そんなこと・・・違うよ・・・・」

頭を左右に振ったるりは、剣先を向けてくる雪に悲痛な声をあげる。

不思議そうに首をかしげた雪は、静かに短剣を構え直すと、姿勢を低くした。

「じゃぁ、私が殺してあげるからね?」

「ゆ、雪ちゃんっ!」

にっこりとほほ笑んだ雪は、地面を強く蹴り上げると、るりに向かって突進してくる。

太刀を構えたアリスは、それと対峙するように剣先を彼女へと向けた。

 

「どけっ、そこの魔族っ!」

 

「はっ?」

「・・・えっ」

と。いきなり頭上から聞いたことのある声が聞こえ、その声に驚いて皆が空を見上げる。

雷鳴を轟かせ一人の影がビルから飛び降りると、それは勢いをつけて雪へと突き進む。

「見つけたっ!」

「っうぅ?」

刃先を向け、的を絞った後に、新たな影が頭上から迫っている事に気がついた雪は、苦々しげに向きを変え、とっさに別の方へと身を避ける。

着地した地面に雷柱を走らせた彼は、避けた雪に向かって更に接近する。

「逃がさねぇよっ!」

「ッ!」

雪が向けてきた短剣を蹴り上げ、彼は彼女の腕を掴もうと手を伸ばす。

寸前の所で避けた雪は、無表情のまま距離を取った。

「・・・カーくん・・・?」

「お前・・・聖職者の・・・・」

「お前・・・エルダの・・・」

「・・・え?」

雪の言葉にかぶさるように、アリスとコーディの声が重なって聞こえ、思わずるりは二人の方を見た。

顔を見合わせたアリスとコーディは、目を白黒させている。

はっと表情を一変させたアリスは、何でもないと言わんばかりにコーディから視線を逸らす。

その仕草に、コーディの目が細まり、変わりにディルのため息がるりの耳に響いた。

「え、えっと、カーティルスさん・・・?」

「っ?あ、あれっ?お前・・・。」

「知り合いか?」

ふっと目を見開いたカーティルスは、まるでるりには気がついていなかったのか、彼女の顔を見て驚いた表情を浮かべる。

くるりと辺りを見回した彼は、目を白黒させると、またるりを見つめた。

「あの。こっちの世界でお世話になった人だよ。」

「ほう?現世に住まう聖職者とは・・・珍しいな。」

「ん?・・・武器が喋ってる?ん?」

るりの手に持った大鎌から声が発せられていると分かったカーティルスは、興味津々に彼女へと近づいてゆく。

赤い目が何度も瞬きすると、片手を大鎌の柄へと向けた。

そして、ぴくりとその手を動かすと、何事も無かったかのように手を遠ざける。

「そっか。巫女になるって決めたのか。」

るりに向かって微笑んだカーティルスは、身体から雷を走らせつつも、普通に会話をし続ける。

「は、はい。色々とありましたが、自分なりに決意したつもりです。」

「まぁ、がんばれよっ。」

「な・・・。」

「ぬ・・・。」

ぽんとカーティルスの手がるりの頭にのり、そのまま髪をくしゃくしゃと動かして彼は頭を撫でる。

少しばかり頬を赤くしたるりだったが、カーティルスの背後から驚愕した表情をしているアリスとコーディを見てしまい、苦笑いを浮かべた。

「・・・カー君。どうして?どうして?どうして?」

「雪・・・。」

「どうして?だって、巫女様はマーラ様だよ?巫女様はマーラ様。るりちゃんは巫女様になってはいけないのに・・・どうして・・・。」

「・・・。」

悲痛な声でうわごとのように呟いた雪に、カーティルスは背を向けながら聞き続ける。

ゆっくりと彼女の方へと振り返ったカーティルスは、更に全身から激しい雷鳴をあげ、髪を逆立てるほどの力を放出しだした。

「今、助けてやるからな。」

「助ける?どうして?助ける?誰を・・・誰を?」

「おいっ。どうするつもりだ?」

短剣を構え直した雪に向かってカーティルスは姿勢を低くし、戦闘態勢へと変わる。

ハージェントが唖然とした顔でカーティルスへと問いかけるが、彼はそちらへと振り返らない。

「俺は聖職者だ。・・・どっかの誰かのどこぞの“執行者”が教えてくれたんだよ。・・・俺なら解放できるって。」

「どこぞの?誰かの?どっかの?んん??」

「誰・・・それ・・・。」

的を得ないカーティルスの言葉に、ジェシカは小首をかしげる。

カーティルスの力が相当強まっているのか、周りの者達の服や髪が、ゆらゆらと揺れ始めた。

「執行者の魔導士までも現世に来てるのか?」

「来ているというよりも、住んでいるみたいだぜ。魔族の長さん。」

地面を軽く蹴り上げたカーティルスは、ブツブツと呟いているままの雪へと弾丸のように接近する。

雪は倒れ掛かるように揺れ動くと、短剣を構え直し彼へと剣先を向けた。

「っ!」

カーティルスよりも姿勢を低くした雪は、彼の懐に入り込むように剣先の位置を調整する。

少し目を細めたカーティルスは、眩しい程の雷を地面へと走らせ、彼女の背後にまわろうと地面を再度蹴り込む。

「雪の事は任せてっ!お前達はこの先にいる人達と合流しろっ!」

「で、でも!」

雪が降り上げた短剣をかわし、カーティルスはるりの方へと声を大にして叫ぶ。

思わずるりはカーティルスと雪の方へと走り出そうとしたが、足が思うようにそちらへと向こうとしない。

それが自分の意思ではなく、手に持ったオカが制止させていた事に、るりはすぐに気がついた。

彼の言う通りにしろと言いたいのだろう。

「それにっ。俺だけじゃないから安心しろって。」

「え・・・っ?」

ビルの屋上から白いモノが舞い散り、ジェシカはそれを手に取ろうと触れてみる。

「これ・・・ゆ・・・き?」

手のひらで消えた雪の結晶に、ジェシカは小首をかしげた。

確かに気温は低く寒くも感じるが、雪が舞い散るほどではない。

「兄者っ!」

「遅れた・・・すまない、カーティルス。」

「っ?」

冷気を纏って地面へと降り立ったルヴァンは、足元を凍りつかせるほどの力を放出させている。

彼の髪も逆立ったように揺れ動き、手に持ったレイピアは根元まで凍っていた。

ルヴァンが歩くと同時に地面は凍りつき、街灯の明かりで氷が輝く。

「どうして?どうして?どうして?ルヴァンまで?」

「・・・その問いは無意味だ。やめろ、雪。」

軽くレイピアを振り払ったルヴァンに合わせ、雪を取り囲むように空気が凍りついてゆく。

雪は短剣を地面へと突き立て、自分の周りに突風を出現させる。

同時に一瞬にして氷が辺りに飛び散り、彼女はまた虚ろな瞳で首をかしげた。

「まぁっ!あなた、ルヴァンくんなのね。大きくなったわねぇ。」

「・・・・あ、アイネ様?」

アイネの声に驚いたルヴァンは、ぎょっと目を見開いて彼女を見つめる。

隣で不機嫌そうに佇んでいたコーディへと視線を移した彼は、雪の方をちらりと振り返ると、深々と頭を下げた。

「も、申し訳ありません。非常時でご無礼をっ!」

「・・・構わん。・・・お前の弟は更に無礼極まりなかったからな。」

「かっ!カーティルスっ!」

「はっ?」

雪へとこぶしを振り上げたカーティルスは、ルヴァンの怒鳴り声に魔の抜けた声をあげる。

わなわなと肩を震わせたルヴァンは、コーディの方へと振り返ると、勢いよく片膝を折り曲げ頭をたれた。

「まぁまぁ、ルヴァン君。コーディの事は気にしないで。今は、弟さんの方を手伝ってあげて。」

「はっ、はいっ!」

「・・・・。」

なんとも言えない空気の中で、ルヴァンはおずおずと頭をあげると、再度頭を深々とコーディとアイネに下げて走り出す。

目を白黒させて様子を見ていたるりは、この非常時に微笑んでいるアイネにきょとんと視線を向けてしまった。

「大丈夫だろう。・・・先に行くぞ。」

「えっ。ちょっ!えぇぇ?」

不機嫌な表情を浮かべたまま、コーディはぽかんと立っていたヒーリカに声をかけ、何も見ていないと言わんばかりに雪達の横を歩いてゆく。

唖然と彼を見つめていたヒーリカだったが、続くように歩き出したアイネやマロウに、押されるように駆けだし出した。

「るり、行くぞっ」

「えっ・・・う、うんっ!」

オカの声にはっと目を見開いたるりは、困惑したままアリス達の後を追いだす。

その様子に気がついた雪の顔が一変し、表情が歪む。

「どこに・・・いくのっ!」

「っゆ、雪ちゃっ!」

怒鳴り声をあげて走り寄ってくる雪に、るりは思わず足を止めてしまう。

短剣を構えている彼女からは、殺意しか感じられない。

「おいおいっ!雪の相手は俺達だっ!」

るりと雪の間に着地したカーティルスは、にやりと歯を見せて笑うと、手のひらに雷を走らせ、雪の腕へとそれを伸ばす。

「ぐっあぁぁっ!」

「っっ?」

身体の向きをすぐさま変えたカーティルスは、雪の構えた短剣が刺さる手前で彼女の手首を枷ごと握る。

雪の腕が雷に包まれ、悲痛な声が辺りに響いた。

その声に弾かれたるりは、オカの制止を振り切って雪とカーティルスの方へと走り出そうとする。

が、その腕をミチルとグレイの二人が強く掴み、彼女を制止させた。

驚いた顔をしたるりに、ミチルは顔を左右に振る。

「るりちゃん、行きましょう!大丈夫だからっ!」」

「でもっ、雪ちゃんが苦しんでっ!」

「違う!あれは、洗脳を解くために必要なんだっ!」

「え・・・・。」

二人の言葉を聞いたるりは、恐る恐る雪の方へと視線を向ける。

「よく見て。あの子の腕にかけられた枷。あれを外すために、カーティルス様は力を使っているの。」

「・・・・。」

地面を走る雷の先で雪の腕を掴んだカーティルスは、彼女と同じように顔を歪ませ歯を食いしばっている。

ミチルの言うとおりに雪の腕へと視線を向ければ、微かに彼女の腕にかけられた枷がひび割れだしていた。

「どちらも辛いんだ・・・。だからって俺達じゃできないんだ。」

「聖職者は光と聖なる力を有する者。・・・彼らでないと、呪術の解放は難しい・・・。それに・・・。」

落ち着きを取り戻したるりから、ミチルとグレイは腕を離す。

見れば、周りに現れだしたバケモノ達を、ルヴァンが一人で相手をしているのが見えた。

だが、表情一つ変えずに動く彼の動きは無駄が無く、苦戦しているようには見えない。

「それに・・・彼女は彼らにとって大切な存在なんでしょう?」

「・・・。」

「あいつらに任せて行こうぜ。俺達には別のやることが待ってる。」

るりの背中を軽く叩いたグレイは、ミチルと共に先へと進んだヒーリカ達の後を追うように走り出した。

足元にはカーティルスの放つ雷が波のように押し寄せ、るりの足元が煌々と光っている。

「行こう。るり。・・・・友を信じろ。仲間を信じろ。」

「・・・うんっ。」

「後で、笑って話せるように、俺達はすることを優先しよう。」

「・・・アリス。」

傍らで様子を見ていてくれたのか、るりの肩をアリスが優しく抱く。

大鎌の柄を強く握りしめ、るりはアリスと共にミチル達の背を追うように駆けだした。

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