白と黒の世界   作:水鏡 零

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55話

初めて出会ったのは、桜の舞い散る季節だった。

父と母に手を引かれて歩き、行ってはいけないと言われていた祠の方へと歩いてゆく。

「いい?この先で見た事は、学校のお友達に言っちゃだめよ?」

「はいっ。」

「よし、良い返事だ。」

父の大きな手が頭を撫で、自然と笑みが浮かんでしまう。

母の手を握り返し、薄暗い祠を進んでゆくと、急に視界が開けてきた。

眩しい程の光が目の前に広がり、感じた事のない感覚が全身を浸す。

「わぁ・・・。」

瞬きをして見渡した世界は見た事が無く、それは絵本で見たような特別なモノだった。

空では竜が飛びまわり、魔法の箒や絨毯に乗った大人たちが頭の上を飛び去ってゆく。

映画で見たようなフードを深くかぶった者達がすれ違い、思わずそちらへと視線を向けてしまう。

彼らは白いフードの中で微笑み、こちらへと手を振ってくれた。

それに答える様に手を振ると、彼らの姿は小さくなってゆく。

「ほら。もうすぐだ。」

「あまり、はしゃがないようにね。」

「は、はいっ。」

大きな声で返事をし、両親に手を引かれて歩いてゆくと、目の前に見た事もない建物が見えてきた。

思わず駆け回りたくなる衝動を抑え、夢にまで見た光景につい微笑んでしまう。

真っ白な壁に、真っ赤な絨毯。鮮やかな絵画が飾られた廊下。

甲冑を着た騎士たちが隣を通り過ぎてゆき、皆がこちらへと頭を深々と下げてくる。

目まぐるしく変わる景色に沸き立つ心を落ち着かせるため、着物を着た母の手を強く握り、目の前を歩く父の背中を見つめた。

見たこともない花が植えられた中庭はお伽話でよく見る風景と一致し、駄々をこねてよいのなら、そちらへと走って行きたくなってしまう。

見れば、美しいドレスを着た女性たちが穏やかに茶をたしなんでおり、まるで夢の世界へと来たかのような気分だった。

「ほら。こちらだよ。」

「・・・。」

豪華な大きな扉へと近づいた父に招かれ、急に緊張しだすと、つい母の手を強く握ってしまう。

軽く肩を叩かれると同時に、目の前で扉が音を立てて開かれる。

「待たせてしまったようだな。」

「いや。そうでもない。・・・ご足労を駆けてしまって申し訳ない。」

「・・・わぁ。」

父の背中越しに見えた風景に、幼い目は更に見開く。

宝石のようなシャンデリアが頭上で輝き、部屋の隅に飾られた装飾品はどれも目を奪われるほどの美しさだった。

そして、近くへと歩み寄ってきた男性の姿に、言葉を無くす。

淡い緑色の髪を揺らした男性は、真っ白な服を着ている。

彼はこちらの視線に気がついたのか、柔らかな笑みを浮かべて近寄ってきた。

思わず母の後ろに隠れてしまうと、咎める様な母の声が聞こえる。

しかし、どうしても彼女の前へと出ることができず、母の着物越しに男性の顔をじっと観察するように見つめた。

片膝を追った彼は、優しい笑みを浮かべて見つめてくる。

赤いガラスのような瞳が揺らぎ、つい母の着物を強く掴む。

「はじめまして。お嬢さん。お名前を聞かせていただけないかな?」

「あ。は、はじめ・・・まして。」

おずおずと母の後ろから姿を現すと、彼はそっと手を握ってくる。

すべすべとした手袋越しに握られた手は、自然と汗ばんでしまっていた。

「わ、私、名前はゆ、雪です。む、武藤雪っ。です。」

「そうか。お嬢さんの名前は雪というのだね。」

「は、はいっ。」

裏返った声であいさつをしてしまった事など気がつかず、母や父が苦笑いを浮かべているのは視界で見え、小首をかしげてしまう。

目の前の男性は肩を震わせて笑っており、後方では同じように笑っている女性が見えた。

 

そして、彼女の隣では二人の少年の姿が目に入る。

 

同じような白い服を着た少年たちは緊張しきった顔で佇み、余裕が無いと言わんばかりにお互いの顔を見合わせていた。

 

「お前達。こちらに来て、お嬢さんにご挨拶をしたらどうだ。」

「はっ。」

「わ、わかりましたっ!」

目の前で立ち上がった男性は切りそろえた短い髪を揺らし、後方にいた少年たちへと声をかける。

びくりと肩を動かした彼らは慌てふためいたように駆け出し、男性の横へと立った。

瓜二つだと言ってよい程似た顔の二人は、緊張した顔で近くへと歩み寄ってくる。

「私の息子たちだ。」

「え、えっと・・・カーティルス・・・です。」

「私はルヴァン。」

「えっとえっと・・・。わ、私は雪ですっ。」

三人の自己紹介に、周りの大人たちは自然と笑みを浮かべている。

彼らがどうして笑っているのか理解できず、きょとんと少年たちの方へと顔を向けると、ルヴァンはカーティルスの顔を、カーティルスはルヴァンの顔を見て苦笑いを浮かべていた。

 

 

場面は変わり、桜が目の前に落ちてくる。

 

 

机の上に並べたお守りを見て、ルヴァンとカーティルスは不思議そうにそれらを手に取る。

彼らの反応が面白くなり、その時は肩を震わせて笑ってしまった。

「これ、お守りっていうの。修学旅行のお土産。」

「ふぅん。こういう縁担ぎ的なやつが、現世にはあるんだな。」

「そうだよ。女の子は皆持っているの。」

「・・・・わ、我々は男だ。」

真面目に答えてきたルヴァンに、また肩を震わせ笑ってしまう。

わかっているよ。と付け足せば彼のため息が響いた。

「これは何て書いてあるんだ?」

「こちらの文字は習っているが・・・どうにも読めないな。」

「えっとね。」

照れくさそうに笑った顔を見て、二人は小首をかしげる。

「縁結び。」

「はぁっ?」

「・・・なぜ、それを選んだ。雪・・・。」

困惑した声をあげた二人に、やっぱりだと言わんばかりにわざと笑みを浮かべて顔を見る。

見る見るうちに顔が赤くなるカーティルスとは対照的に、ルヴァンは本当に悩んでいるのか目を細めていた。

「いらない?」

「・・・お、俺は一応もらっておく。」

「・・・そうだな。せっかくだ。貰っておこう。良き縁に恵まれると信じてもらっておこう。」

照れくさそうにお守りを手に取った二人に、心の底から選んでよかったと思ってしまう。

二人が何を考えているかは分からないが、照れ隠しでも笑ってくれた彼らに心が温かくなる。

「ところでさ。雪はどんな物を自分の土産にしたんだ?」

「え。」

「そうだ。他にもあるのならば、是非にそれらを見てみたいのだが。」

思わぬ質問に、どうしたモノかと視線を移し、傍らに置いた紙袋へと手を伸ばしてみる。

中から様々なモノを取り出し、テーブルの上に並べてみると、二人は興味深そうに一つずつ手に取って見ていた。

「そうそう。おば様にもと思ってね。これを買ってきたの。あとエルダおじ様にも・・・・」

「そ、それは自分で渡してくれ。お、俺は無理。」

「・・・そうだな。」

「えぇ。だっておじ様とおば様に会うのは、だいぶ先だよ?」

「そ、それでもっ。」

慌てたように顔を左右に振りたくったカーティルスに、思わず頬を膨らませて怒ってしまう。

隣にいるルヴァンも同じ反応を示しているのを見ると、強要することは出来そうもない。

仕方なく紙袋へと土産を入れ込む。

「あれ。これって。」

「え・・・。」

最後にしまおうとしていた物をカーティルスがひょいと持ち上げ、ルヴァンと共にそれを見つめた。

しまったと言わんばかりに目を逸らすと、二人は顔を見合わせる。

「わ、私も良い縁に会えればなぁって思って・・・」

「良い縁ってなんだ?彼氏か?彼氏が欲しいのか?」

「おい、そんなにいきり立つな。」

「・・・。」

テーブルを叩いて立ち上がったカーティルスに、思わず目を丸くして彼を見てしまう。

呆れた顔をしたルヴァンが彼を咎めるように背中を叩くと、カーティルスは不機嫌そうに座り直した。

その姿に、何故か顔が少しばかり赤くなってしまう。

「・・・彼氏と言うか・・・なんというか・・・」

「な、なんだっ!学友で気になる奴でもいるのかっ!」

「だからお前は落ち着け!」

わざと目を逸らして呟くと、先と同じようにカーティルスが席を思い切り立ち上がって声を荒げだす。

今度はルヴァンも共に立ち上がり、同じように声を荒げだした。

二人の様子を見て思い切り吹きだすと、彼らは互いの顔を見て頬を赤くする。

「いいか!最初にそういう奴を紹介する時は!俺と兄者に言えっ。」

「・・・どのくらいの力量か確かめてやろう。」

「ちょ、ちょっと・・・。」

真面目そうな顔で呟いた二人に、今度はこちらが慌てふためく。

互いの顔を見合わせ、どちらと言う訳でもなく、声を出して私達は笑いあった。

 

そういう関係がずっと続いていれば

 

きっと、縁結びというお守りは必要ないのかもしれない

 

誰か他の誰かを求めている訳じゃない

 

私は彼らとずっといたいだけなんだ

 

雨が降りしきる中で泣いていた時も

心無い言葉を他者から言われ絶望していた時も

悲しくて立ち直れない事があった時も

 

二人はずっと傍にいてくれた

 

「なぜ、忘れてしまったのだろうか。」

 

振り払えば切り裂ける闇の中で

誰にいう訳でもなく呟いてみる

 

「どうして、こんな事で悩むのか。」

 

手の先を動かしてみると、馴染んだ刀が音もなく現れる

 

「もっと頼ればよかったんだ。」

 

前後もわからぬ闇の中で

銀色の刃先を構える

 

「兄弟に話をすればよかった。ちゃんと助けをあの時求めればよかった。一人で考えていては駄目だったんだ。・・・何やってるんだろう・・・私。」

 

自分に言い聞かせるように

真っ暗な闇の中で苦笑いを浮かべる

 

そうだ

いつだってそうだ

 

二人は私を見守ってくれていた

二人は私をいつも助けてくれた

 

なんで

忘れてしまうのだろう

なんで

絶望していたのだろう

 

「私は良い縁に恵まれたいんじゃない。私は・・・ずっとずっとこの縁が切れてほしくないと願っているの!」

 

祖母から受け継いだ刀を握りしめ

手のひらに柔からなそよ風をまとわせる

 

「帰ろう。二人の・・・所へ。」

 

片足を後方へと一歩下げ目を細める

 

私は、幕を切り裂くように銀色の刃を深い闇へと薙ぎ払った

 

 

 

――

 

 

 

「っっっ!」

つんざく様な悲鳴が頭の中に響き、思わず掴んだ手をカーティルスは離しそうになる。

悲痛な顔が目の前で揺れ、歯を食いしばらなければならない程、彼女の顔は見ていられない。

「大丈夫だっ!もうすぐっ!楽にっ!」

ありったけの力を注ぎこむように、雪の手首にはめられた枷へと力を込めると、音を立てて枷が割れだす。

首にはめられた物も次第にひび割れを起こし、はめ込まれた魔石がガラスを割った様にはじけ飛びだした。

「もうすぐかっ。」

カーティルスと雪に向かって集まりだしたバケモノを、ルヴァンは表情一つ変えずに切り刻む。

全身から冷気を放出させた彼の一撃は、バケモノ達を瞬時にして凍らせ、身体を粉々に砕き続ける。

恐らく、雪を回収しようと集まりだしたのだろうが、ルヴァンはその一体一体を確実に仕留めながら、とめどなく出現するバケモノ達の出所を目で追う。

眩しい程の光が辺りを覆い付くし、それらがカーティルスから放出されている為、何体かのバケモノ達は雷に当たって姿を消してゆく。

相当な消耗をしているはずであるが、カーティルスは片膝もつかず、雪の腕を力強く掴んでいた。

「嫌だっ!嫌だっあぁぁっっ!」

「馬鹿野郎っ!そんなっ!力っ!さっさと手放せっ!」

枷が音を立てて割れだすと、雪は頭を左右に振りたくり、カーティルスの掴んだ腕を力の限りに振り放そうとする。

鎌鼬のような風が雷に混じって起こり始め、それらは雪の腕を掴むカーティルスの身体を傷つけだす。

「私はっっ!マーラ様のっ!」

「お前は誰のモノでもねぇっ!」

「私はシモベっ!」

「違うっ!お前はシモベじゃないっ!」

雪の言葉を全て否定し、カーティルスは更に腕に力を込める。

足にはめられた枷がはじけ飛び、雪の身体にはびこっていた鎖が粉々に噴砂してゆく。

その様子を見ていたバケモノ達がピクリと止まり、慌てたように辺りを見始めた。

「そうか・・・。回収するモノが崩壊し・・・うろたえだしたか。」

バケモノの喉をレイピアで切り裂いたルヴァンは、手に持った剣を軽く振り回すと、地面に突き立てる。

彼を中心にして氷柱が地面から走り出し、それらはバケモノ達を貫いて行った。

カーティルスと雪を取り囲むように氷柱が地面を覆い、バケモノ達は容易に近づけなくなる。

軽々と氷柱を飛び越えたルヴァンは、雷の中心で歯を食いしばっているカーティルスへと駆けて行った。

衣服は避け、所々から血を巻き上げている彼を見たルヴァンは、目を細めて二人へと近づく。

先まであれほどまで叫んでいた雪は、宙を見つめたように静かになり、叫ぼうともしない。

「耐えろ、二人とも・・・。」

「あ、兄者っ。」

「う・・・あぁ・・・あ・・・・」

レイピアを軽く振り上げたルヴァンは、カーティルスの横から剣先を雪へと向け、彼女の喉へと突きつける。

首にはめられた枷へと剣先が当たると、亀裂が入った部分からいっきに枷が粉砕した。

首元から流れるように身体へとはっていた鎖が同時に消え、痛々しい跡を残すだけになる。

「助け・・・て・・・?」

「っ。ゆ、雪っ。」

薄らと開けた瞳の奥で、雪がかすれた声をあげる。

一瞬だけ青ざめた顔をしたカーティルスは頭を左右に振ると、雪の腕を掴み直した。

「今、助けてやるからっ!」

「くるし・・・助け・・・・」

「もう少しだっ!」

手から剣を投げ捨てたルヴァンは、カーティルスと共に雪の手首にかけられた枷へと手を重ねる。

逆立ち荒れ動く髪と共に、雪の目から滴が舞い上がる。

歯を食いしばったカーティルスは、思い切り握りつぶすかのように、枷へと力を込めた。

ガラスが割れる様な音が耳に響くと、雪の手首にはめられた枷が宙へと舞い上がってゆく。

「っっ!」

「カーティルスっ!雪っ!」

枷が粉砕し雪の身体から鎖が消えると、カーティルスと共に雪の身体が地面へと倒れ込みそうになる。

ルヴァンは二人を抱える様に支え、静かにその場へと座り込んだ。

辺りを包んでいた雷鳴や雷柱は消えており、残っているのはルヴァンが作り上げた氷柱だけになる。

「・・・やったか?兄者。」

「あぁ。成功した。成功したぞ!」

喘鳴のような声を発しながら、カーティルスは力なく微笑む。

大きなため息をついたルヴァンは、傍らで弱弱しく息をしている雪を見て、彼女の身体を締め付けていた物が無くなったのを確認する。

「良く頑張った・・・。二人とも。」

「兄者も・・・ありがとな・・・。」

「う・・・あ・・・・。」

震える様な声で呟いたルヴァンは、二人の身体を抱き寄せる。

照れくさそうに笑ったカーティルスは、目の前に見えた雪の頬へと静かに手を当てた。

ゆっくりと彼女の目が動き、弱弱しく口元が動く。

「ありが・・・とう・・・ごめ・・・んなさ・・・」

「今はいい。今は喋るな。」

「全くだ。今は喋らなくていい。」

「・・・お前もだ。」

ルヴァンに支えられながら、カーティルスは地面に座り直す。

自分の羽織っていたマントを外したルヴァンは、雪の身体をそれで包み込む。

「・・・めでたしめでたし。と、でも言うのですかね?」

「っっ!」

ふいに氷柱の先から聞き覚えのない声が聞こえ、ルヴァンはとっさに地面へと転がったレイピアを掴む。

カーティルスも立ち上がろうとするが身体にうまく力が入らず、動くことができない。

「そうはいきませんよ。えぇ、そうはいきませんとも。」

「貴様・・・・。」

ルヴァンの作り上げた氷柱を破壊し、その先からバケモノ達と共に、気味の悪い仮面を着けた女が現れる。

弱弱しく息をする雪をカーティルスへと託したルヴァンは、レイピアを女の方へと剣先を向けて立ち上がった。

「お身体。貴方もかなり消耗されておられますね。えぇ、わかります。」

「だったら、何だというのか?・・・お前ごときでは、この程度の力が残っていれば良い。」

「ほう・・・。」

静かに息を吐いたルヴァンは足元と剣先に冷気を纏い、辺りを取り囲むように現れたバケモノ達を睨みつける。

カーティルスは雪の身体を抱き寄せ、動けない自分の身体に目を細め苦々しげに彼らを睨みつけるしかない。

「貴方は生き残るでしょう?しかし、いかがなものでしょう?・・・そちらのお二人は・・・少しでも攻撃が当たれば・・・」

「っっ!」

「あ、兄者っ!」

後方から突進するように動いたバケモノに、ルヴァンは瞬時に反応するとレイピアを喉へと突き立てる。

悲鳴一つ上げる事無くバケモノは身体を切り裂かれ消えてゆく。

軽く手を叩いた仮面の女は、おかしそうに笑いながら更に辺りへとバケモノ達を出現させた。

「さぁ、どこまで耐えられるか見ものですね。えぇ、感動的な最期を私に見せてくださいな。」

「・・・・。そうはいかないな。」

心底可笑しそうに笑い出した女に、ルヴァンは鼻で笑い返す。

「はい?」

余裕の無くならない彼に対して、女は仮面の下で目を細めた。

ルヴァンは何故かレイピアを鞘へとしまい、彼女を見て笑い出す。

「お前は我々の“王”を怒らせてしまったようだ。古くからの友である家の娘を傀儡のように操り、そして我々までも侮辱した。」

「なにを・・・言っているのですか?」

「わからないのか?」

「・・・ん?」

小首を傾げた女はぐるりと辺りを見回す。

そして、ある場所を見つめた瞬間、彼女の顔から血の気が失せだした。

手元が小刻みに震え、仮面の下ではうろたえたように目が左右に動いている。

「これだけ派手に動いていたのだぞ。気がつかれない訳がない。」

「まさか・・・そんな・・・や、奴はここにいないはず!な、なぜ・・・。」

「もう遅い。」

「っっっ!」

冷たく言い放ったルヴァンに、女は自分を守り固めるかのように辺りに魔法陣を幾つも出現させてゆく。

バケモノ達は溢れかえるほどに通りへと現れ、カーティルスや雪の近くにもそれらは蠢きだす。

雪の身体を更に抱き寄せたカーティルスは、苦々しげに辺りを見つめる。

だが、目の前に立っているルヴァンの表情は、勝ち誇ったように笑っていた。

「・・・愚かな者だな。お前達は・・・何度過ちを犯しても・・・また、このような事を仕出かす。」

「ひっ!」

ルヴァンが片膝を地面につくと、彼の前に白い光を放つ魔法陣が出現し、中から人影が現れた。

真っ白なマントをひるがえした彼は、片腕を軽く空へと向ける。

バケモノ達の頭上に足元を照らす魔法陣と同じように、白い魔法陣が幾重にも重なって出現し始めた。

仮面を着けた女は後ずさりをし、その場から逃げるかのようにルヴァン達に背を向ける。

「敵を前にして背を向ける。それは、敗北の印だ。」

「っっっ!」

空へと振り上げた腕をエルダが勢いよく降ろすと、目を覆いたくなるほどの光が一面に溢れだす。

女の悲鳴のような声が響いたと思えば、辺りはしんと静まり返り、変わりに白い煙があちらこちらから上がっていた。

バケモノの姿は一つも見えず、気配一つもない。

「う・・・ぐあ・・・。」

エルダの見つめる先で、ひしゃげた仮面を着けた女が煙をあげて倒れ込み、足を引きずって彼から逃げるようにうごめく。

片手を動かし、地面へと魔法陣を出現させた女は、振り返る事無くその中へと身を滑り込ませる。

「・・・良いのですか?」

「構わん。・・・・どちらにしても、いずれ“執行者”によって断罪される身だ。今処罰を下さなくても良いだろう。」

「・・・。」

白いマントをひるがえしたエルダは、片膝をついたままのルヴァンへと向き直る。

ルヴァンは静かに顔をあげると、父親を見つめた。

「お前は本当に・・・冷や冷やさせる事ばかりするのだな。」

「う・・・ぐ。すみませ・・・。」

呆れたようにため息をついたエルダは、雪を抱えたまま座り込んでいるカーティルスへと近寄る。

片腕を彼へと向けると、白い魔法陣がエルだの手の先から出現し、同時にカーティルスの身体に付けられた切り傷が白い光に包まれた。

柔らかな光が傷口へと流れ込み、彼の傷を癒し出す。

「しかし、今回ばかりは言っておこう。」

「は・・・はい・・・。」

「大儀であったぞ。カーティルス。」

「は・・・・。え・・・・。」

ふっと息を吐いて微笑んだエルダに、カーティルスは目を丸くさせる。

カーティルスの傷口がふさがったのを見ると、エルダは彼へと近づき思い切り頭を掴むように撫でる。

かき乱された髪の毛を気にせず、カーティルスの顔は見る見るうちに赤くなっていった。

それを見つめているルヴァンと顔が合い、更に彼は頬を赤くする。

「マーラの洗脳を見事打ち破った。それは大儀である。・・・成長したな。私は誇らしいぞ。・・・もちろんルヴァンもだ。」

「っっ。あ、ありがとうございます。父上。」

「ち、父上っ!」

「・・・馬鹿者。なぜ、そこで泣く。」

ルヴァンにしては珍しく目を見開いて微笑んだ姿を見て、エルダはつられたように笑う。

が、目の前で子供のように泣き出したカーティルスを見つめると、彼は呆れた表情を浮かべた。

「お、俺・・・ちゃ、ちゃんと雪を助けられるか心配でっ。で、でも、助けなきゃってなってっ!雪の声が痛くてっ!痛くてっ!」

「もうよい。もう泣くな。・・・誰でもあれは辛いものだ・・・。」

「ち、父上俺はっ!」

「だからもう泣くなっ!」

「はっ、はいぃっ!」

雪を抱きしめながら泣き続けるカーティルスに、エルダは彼の背中を軽く叩いては声をかける。

二人のやり取りを見て苦笑いを浮かべているルヴァンだったが、その瞳はとても穏やかだ。

片手で涙を拭きとったカーティルスは大きく深呼吸をすると、ルヴァンとエルダの二人を見つめた。

やれやれと呟きながら、エルダは地面に白い魔法陣を描き出す。

「拠点へ行くぞ。・・・雪の姿もなんとかせねばならん。」

「そ。そうですね。」

「年甲斐もない女子に、裸同然の格好を強いるとは・・・まったく、奴らは何を考えているのか・・・。」

まるで話題を変えるかのように呟いたエルダに、思わずルヴァンは笑ってしまうしかない。

鼻を鳴らして泣きはらした目をしているカーティルスを見ると、エルダは頭を抱える。

「あと一分程で転送するぞ。それまでにその顔を何とかしろ。阿呆。」

「ぐぅっ。す、すみませんっ!」

「・・・。」

エルダに頭を叩かれたカーティルスは、何度も彼に頭を下げると、腕の中で眠りだした雪の顔を見る。

「よかった。・・・お帰り・・・雪。」

ぽつりと呟いたカーティルスの前で、雪は穏やかな笑みを顔に浮かべていた。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

ざわつく人々の間を悠々と通り抜け、一台の車が家の前へと止まった。

「あれは・・・?」

「え。誰?」

車から降りてきた人物を見て、辺りに集まっていた者達が唖然とした表情で視線を送る。

スーツを着こなした男が助手席から現れると、彼は後部座席の扉を静かに開いた。

「今、一台の車両が市長宅へと・・・・」

カメラの前で声を荒げたアナウンサーは、車の方を見つめて言葉を無くしマイクを落しそうになる。

カメラマンが驚いたように彼女へと合図を送るが、アナウンサーの女性は何もしゃべろうとしない。

「おい、どうしたんだ?カメラはまわっているんだぞっ。」

「あの・・・えっと・・・。」

周りに集まっていた野次馬も、彼女の異変に首をかしげている。

指示を出していたディレクターが声を荒げるが、アナウンサーは震えたようにマイクを持っているだけだ。

市長の自宅へと足を進めて行く人物の背中を見つめた彼女は、だんだんと顔色が悪くなってくる。

カメラマンが困り果てたようにディレクターへと視線を向けると、彼は何かに気がついたように目を見開いた。

構えていたカメラを別方向へと向け、ディレクターに手を向ける。

不思議そうに見つめたディレクターは、カメラマンが指さす方へと顔を向けた。

「な・・・。」

「っっ!」

「な、なんでこんなところにっ!」

「きゃぁっぁぁっ!」

ディレクターがそちらを見るや嫌な、辺りから金切声のような悲鳴が響きだす。

マスコミを見ていた野次馬が一斉に動きだし、皆が一同になって同じ方向へと走り出した。

「まずいですよっ・・・。こ、ここでカメラを向けてる場合じゃないっ!」

「撤収だっ!撤収!」

同じようにカメラを構えて中継を介していたマスコミ達が、声を荒げて機材を担ぎ上げる。

片づけが間に合わないと思ったのか、機材をそのままにして走り出す者達もいた。

「・・・あれ・・・なに・・・なんなの・・・」

「おっ。おいっ!とにかくっ、逃げようっ!」

車から降りてきた人物を青ざめた表情で見つめたアナウンサーの女性は、辺りに響き渡る悲鳴が聞こえていないのか、玄関へと進んでいく人物にくぎ付けである。

様子が明らかにおかしい彼女へと駆け寄ったディレクターは、肩を揺さぶるように彼女に声をかけた。

耳にかけたイヤホンからは、彼女たちの名前を必死に呼んでいるテレビ局の人々の声が響いている。

しかし、誰もがそれに答えている余裕が無い。

「中継は中断ですっ!ば、バケモノが、バケモノが現れっ!」

「きゃぁぁぁっ!」

茫然とマイクを握りしめていたアナウンサーからもぎ取るようにマイクへと声を荒げたディレクターは、彼女の手を乱暴に握ると皆が逃げてゆく方へと駆けだす。

後方を振り返れば、歪な身体をしたバケモノ達が暗闇から這い出てくるのが見えた。

街灯がバケモノ達の姿を映しだし、見たくもないひしゃげた顔がくっきりと明かりに照らされる。

その顔に一瞬だけ悲鳴をあげそうになったディレクターは、先に見えた中継車の中へと転がるように入った。

「な・・・なんだってこんな・・・」

「とにかく、テレビ局に戻りましょう・・・。こ、ここは危険です。」

勢いよく扉を閉めたスタッフは、ディレクターの返答を待たずに車を発進させるように指示を出す。

逃げ惑う人々は車道など気にせず、あちらこちらへと駆けており、とてもスピードを上げることができない。

それでも車は動きだし、辺りに響く嫌な悲鳴に皆が脅えながら、その場を後にしてゆく。

「先の女性。あれは何者なのでしょうか?」

「わ。わからない。しかし・・・この状況で市長宅へと入るとすれば、只者ではないはず・・・。」

「あんなヒト、今まで市長の会見でも見た事が無いわ・・・。」

逃げ惑う人々の波から脱した車両は、テレビ局へと急ぐために速度をあげ走り抜ける。

窓から外を見つめれば、同じように現場から一目散に逃げてゆく同業者の車が見えた。

「あの・・・大丈夫ですか?」

「・・・。」

「どうしたんだ。いきなり・・・中継もメチャメチャで・・・」

座席に座り込んだまま震えているアナウンサーの女性に、周りの者達が心配そうに声をかける。

彼女は歯をカチカチと音を出すほどに震え、まるで極寒の地にいるかのように自分の身体を震わせていた。

「み、見てしまったんです・・・私・・・あの・・・女性の・・・」

「・・・え。先の女性?」

「は。はいっ。」

ぽつりと言葉を発したアナウンサーに、周りの者達が目を見開く。

彼女は大きく深呼吸をすると、辺りを見回して小さく頷いた。

「女性の周りにいた人達。あれ・・・人じゃなくて・・・ば、バケモノ・・・バケモノだったんですよっ。」

「え・・・。」

声を荒げ、悲鳴のように叫んだアナウンサーは、両手で頭を押さえると、真っ青な顔で身を縮ませる。

「何を言っているんだ。」

「あの女性に付き添っていたのは、スーツを着た付き人だったじゃないですか・・・。」

「ち、違う・・・違う・・・っ。」

呆れたように笑ったスタッフに、アナウンサーの女性は顔を勢いよくあげると、首を激しく左右に振った。

周りの者達も同様に、アナウンサーの言葉に小首をかしげている。

「見えたんですよ・・・ほんの一瞬。姿が揺らいで・・・。」

「確かに今の状況はあまりに不可解だ。オカルト染みている。だからといってだね・・・君・・・それは・・・」

「っっで、でもっ!」

呆れたように笑ったディレクターに、アナウンサーの女性は同じように悲鳴とも言える様な声で答える。

彼女の尋常ではない姿に、スタッフたちは困惑していた。

「・・・あれは、人じゃない・・・あれは、あれはバケモノです・・・」

「その・・・。」

うわごとのように言葉を発するアナウンサーに、ディレクターはどうしたものかとスタッフたちへと助けを求める様に視線を向ける。

すると、ふいに車両のスピードが落ちだした。

信号もない場所でだんだんと車両のスピードが落ちてゆき、スタッフが不思議そうに前方へと視線を向ける。

「・・・え・・・あ・・・・」

運転席の方から前方を見つめたスタッフは、見る見るうちに顔色を悪くさせ、声を詰まらせる。

「そんな・・・うそ・・・」

今まで身体を縮ませ震えていたアナウンサーが、ふっと顔を上げて言葉をぽつりと呟く。

彼女たちの異変に気がついた他の者達も、目を丸くさせて車両の前方を見つめた。

運転席に座っている者は、窓の外に見えた光景に声が出ないのか、ハンドルを握る手が細かに震えていた。

「どうにか・・・助けを呼ぶ方法を・・・」

「と、扉が開いたら・・・わ、私達っ。」

突然として車両の入り口が激しく揺れ、鍵を無理に開けようと大きな音が鳴り響く。

扉側に座っていたスタッフたちは、恐怖に震えあがり悲鳴すらも上げられない。

「えっ。なんでっ・・・・。」

必死に扉を押さえていたスタッフが尻餅をつき、同時に車両の入り口が開け放たれる。

声にならない悲鳴をあげたスタッフたちは、身を寄せ合いながら一つにかたまり扉から距離をとった。

「怖がらないでください。私達は、貴方方にお願いがあって参りました。」

「っ・・・。な、何をっ。」

不気味な仮面の下から声が聞こえ、ディレクターが武器代わりに持ったスタンドを掲げて声を発する。

ゆっくりとした動作で頭を下げた仮面を着けた男は、その仮面の下で笑い出す。

「貴方方に、是非とも皆様にお見せしてほしい映像があるので。それを中継していただきたいのです。」

仮面を着けた男がそう言うや否や、車両を取り囲むようにバケモノ達が姿を現した。

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