白い色をした魔法陣が上空で静かに輝き、その下では多くの人々が集まっていた。
明かりの変わりに向こうの世界でよく見た魔石が置かれ、それらはカンテラのような物で囲われている。
「あぁ。ひ、ヒーリカっ!」
煌々と光っている魔法陣の下へと入り込むと、ヒーリカやランゼフには聞きなれた声が響いてきた。
「エナミ。貴方、だ、大丈夫?」
「はは。なんとか・・・ね。」
へらへらと笑いながら近寄ってきたエナミは、こちらの世界に住む人間の姿をしたままである。
よく見れば、着ているスーツが所々焼け焦げたように黒んでいた。
「こんなに多くの人がいる中で、僕が“本当の姿”をしてしまうと、後々具合が悪くなるからね。まぁ、このままでってことで。」
「そ、そうね。」
息を切らして魔法陣の方へと走ってきたジェシカやミチル達は、その中でいた人達を見て思わず足を止めてしまう。
「どうしよう・・・ハジさん。」
「どうにもならん。仕方がないと思ってもらうしかないだろう。」
「まぁ、確かにそうだよ、な。」
魔法陣の下に集まっていた人々は、警官や一般市民の姿もある。
彼らに混ざって白いフードをかぶった者達もいるが、多くはこちらの人間のようだ。
彼らはグレイやハージェント達の姿を見て驚いた表情をしており、別の方を向いていた者達も彼らの声に驚いて視線を向けていた。
別の世界など認識が薄かったこちらの世界の人間たちからすれば、見た事もない服装や外見をした彼らは珍しいとしか言いようがない。
「りゅ、竜の長ではありませんかっ。」
「そちらにいらっしゃるのは、レヴァンティア様の・・・」
「あ、あなた方はっ。」
白いフードを深々とかぶった者達が、ハージェントやミチルの姿を見て駆け寄ってくる。
金や銀の刺繍が彩ったローブを着込んだ彼らは、ハージェント達の顔をぐるりと見渡すと、深々とかぶっていたフードを脱ぐ。
そこには、向こうの世界では見慣れた青や緑の髪を生やした人々の姿が露わになった。
警官や一般人たちのざわつく声が後方で聞こえはじめるが、彼らは慣れたようにその声に振り返ることが無い。
「この場は我が王が守る拠点となっております。王より、皆様が来ることは伺っていましたが・・・」
「どうかしたか?」
困惑した表情を浮かべた男性が、隣に佇む者と顔を見合わせ、ハージェント達が走ってきた方向を見つめる。
振り返れば、そこにはるりやアリス達の姿があった。
「我が王が何かを察したようでして、今しがた姿を消されておりまして。」
「我々が皆様に状況を説明できるほどでもなく・・・。」
「そうか・・・。」
ハージェントが目を細めて彼らの言葉に頷くと、白いローブを着た者達はおずおずとした表情へと変わる。
彼らの後ろでは、ヒーリカとエナミが何やら会話をしているのが見えるが、その声はハージェント達にはあまり聞こえない。
「エルダ様が出られたというのであれば、それ相当の敵が現れた。ということでしょうか?」
「わかりません・・・ですが、血相を変えて出陣されたので。もしかすると・・・。」
不安げな表情で問いかけてきたミチルに、白いローブを着た者達は顔を見合わせるしかない。
「なんだ・・・。あ奴は留守なのか・・・。」
「っっ!」
「えっ!」
ゆっくりとミチル達の方へと進んできたコーディに、白いローブを着た者達が一斉に驚いた声をあげ出す。
その息を飲むような仕草に気がついたのか、周りにいた者達が一斉にコーディとアイネへと視線を向けてきた。
「・・・。何だというのだ?」
「こ、コーディ様?」
「あ・・・あれ。魔族の長の・・・。」
「なぜ、あの方がここにっ?」
目の前で起こっている事を不安げに見ていた一般人たちの中で、白いローブを着ている者達がざわつき始める。
血相を変えて後ずさりする者もいれば、誰かを呼びに行くのか走りだした者もいた。
ミチルやハージェントの近くにいた男性たちは、唖然と目を見開いて彼の姿を見つめている。
まるで、この場にいるのが幻覚ではないかと、何度も目を見開いては瞬きを繰り返していた。
「できることなら、キノトにこの場に来て取り持ってもらいたいものだが・・・。」
「もう。そんなにイライラしないの。」
「あ・・・え・・・どうして・・・え・・・・」
泡を食ったようにうろたえだし始めた者達を苦々しげに睨み、コーディはため息をつく。
軽く彼の背中を叩いたアイネは、ぐるりと周りの様子を見つめた。
不安げに見つめる者もいれば、状況が全く分からず困惑した表情を浮かべている者もいる。
アイネは穏やかな表情を浮かべると、後方から駆けて来た人物へと視線を向けた。
「これはどういう状況だ・・・?」
「え・・・。」
「・・・。」
オカとアリスと共に魔法陣の下へと駆けこんできたるりは、こちらの世界の者達と、向こう側の世界の者達が混ざって集まっている光景に目を丸くする。
ヒトの姿へと戻ったオカは、上空を照らしている魔法陣を見つめ、目を少し細めた。
「ここに聖職者の王がいるのか?」
「えっ。は、はいっ。」
唐突にオカに質問をされた男性は、裏返った声で彼女に答えてしまう。
質問をされた男性の視線は、未だコーディへと向けられていた。
アリスは不機嫌そうに佇む父を見て、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
気がついたコーディは、大きなため息をつくと痛いほどの視線を向けてくる者達を見渡した。
皆が彼の視線に驚いたように動く。
「我々は、巫女の護衛として来ただけだ。」
「っっ!」
吐き捨てるように呟いたコーディの言葉に、また更に辺りが更にざわつき始める。
その異様なざわつき方に、るりは思わずオカの後ろに隠れそうになってしまった。
逃げたくなるような雰囲気に負けそうになりつつ、彼女は何度も深呼吸をする。
「あ。あの・・・っ。」
「王がご帰還されたぞっ!」
意を決して言葉を発したるりの声に、遠くから駆けて来た男性の声が重なってしまう。
彼の声に弾かれるように辺りの視線が一点に集中すると、るりは困った様に言葉をつぐんでしまった。
「タイミングが悪かったな。」
「う、うん・・・。」
ぽつりとるりの耳元で呟いたアリスに、るりは小さく頷く。
白いローブを着た者達が見つめる先から、複数の人影が見えだした。
彼の姿を見て、警官や一般人たちがまた驚いた顔をしてゆく。
一般人の視線など気にせず歩いてくる男性は、どこか鋭い雰囲気を醸し出していた。
「合流しろっていう人物は、彼の事みたいね。」
「・・・あの方、ですか?」
「そう。たぶんね。」
エナミと一通り会話をし終えたのか、ヒーリカが何食わぬ顔でるりの隣へと近寄ってゆく。
一般人と変わりない格好をしたエナミは、るりやヒーリカ達とは別の方へと歩いてゆき、まるで一般人とそう変わりない様子を醸し出し警官たちに話をしている。
その内容はるり達には関係ないのか、彼らは地図を片手にエナミへと何やら説明をし始めていた。
「久しい顔が並んでいるではないか。・・・見たくもない顔があるが。」
「・・・それは、こちらも同じだ。」
「もう、二人ともっ。」
鋭い眼光をした男性は真っ白なマントをひるがえし、睨みつけるようにコーディの目の前へと進み出る。
顔を見合わせた二人はどちらからと言う訳でもなく、お互いの顔を睨み殺気のような雰囲気を辺りに散らばらせだした。
その様子に、アイネは苦笑いを浮かべている。
「あっ!」
「まぁ・・・。」
彼の後方から姿を現した人物を見て、るりは思わず声をあげてしまう。
ミチルの驚いた声が聞こえたや否や、ヒーリカの隣を駆けだしたるりは、彼らの方へと駆け寄った。
「先はすまなかったな。」
「うぅん。よかった・・・。」
「おや・・・。」
白いマントを風になびかせた男性の後方から現れたのは、ルヴァンとカーティルスだった。
カーティルスの腕の中では、雪が静かに息をしている。
「あの、雪ちゃんは・・・」
「今は体力を消耗しきっているだけだ。じきに目が覚めると思う。」
「そっか。それなら・・・よかった。」
穏やかな表情を浮かべた雪の顔を見て、るりはほっと胸をなでおろす。
るりがカーティルスやルヴァンへと視線を向けると、二人は同じように柔らかに微笑んでいた。
「君は・・・。」
「っ!」
ふっとるりの頭上から声が聞こえ、彼女はぴくりと肩を揺らして声がした方へと振り返る。
「あ。す、すみませんっ。」
「いやっ。そういう訳では・・・っ?」
何度も頭を下げたるりを見て、声をかけた男性は短く切りそろえられた緑色の髪を傾げ不思議そうな顔をする。
しかし、すぐにその表情は一変し、目を見開いた男性は何をいう訳でもなくコーディとアイネを交互に見つめた。
「我々王族の使命だ。・・・新たな巫女をお連れした。」
「なん・・・と。」
コーディの言葉に声を震わせた男性は、るりの顔を見つめる。
どうしたものかとるりが困惑した表情を浮かべると、あたりから感じられた視線が、自分へと向けられ始めている事に気がつく。
「彼女が次代の巫女・・・。」
「えぇそうよ。エルダくん。」
目を丸くさせ瞬きを何度もし始めたエルダは、明らかに動揺している。
その様子がおかしいのか、アイネがコーディの隣からぽつりと言葉を発し、くすくすと笑いだした。
「は。はじめまして。あの・・・私は・・・。」
「いや、お待ちください。私から名乗らなくてはっ!」
「えっ・・あの・・・え・・・。」
るりが深々と頭を下げようとした瞬間、飛び退くように動いたエルダは白いマントをゆらし、地面へと片膝を勢いよく折る。
「っ!えっ。ちょ、な、なにっ?」
ヒーリカの驚いた声が響くと辺りが一斉に静まり返り、同時にるりを囲むように集まっていた者達がエルダと同じように片膝を折りだす。
困惑した表情で李春と手を繋いで辺りを見たジェシカは、思わずるりと目を見合わせてしまった。
「ご無礼申し訳ございません。巫女様。私の名はエルダ。聖職者を束ねる者でございます。」
「えっあ・・・。」
助けを求める様にるりが振り返ると、今まで笑みを浮かべていたルヴァンやカーティルスでさえも、頭を深々と下げていることに気がつく。
「あいさつー。るりちゃぁんっ、あ、い、さ、つ!」
「っ!」
アイネが助け舟を出す様にるりの近くへと寄ると、彼女の耳元で楽しげにつぶやいた。
るりは何度も瞬きをすると、自分を落ち着かせるように深呼吸をする。
「わ、私の名前は夢郷るりです。あの・・・。できれば、頭を皆さんあげていただけませんか?」
「・・・かしこまりました。巫女様。」
「っひぇっ。」
静かに呟いたエルダはゆっくりと立ち上がり、辺りに集まっていた者達へと手を向ける。
それを合図に一斉に皆が立ち上がり、様子を見ていたヒーリカの口から間の抜けた声が発せられたことに、るりは気がついてしまう。
威圧感のあるような彼らに、るりは自分のスカートを強く掴むしかない。
「とりあえず。エルダくん。状況を話していただきたいのだけれど?」
「む。そうだったな。」
るりの緊張を解きほぐすためなのか、アイネが咳払いをしてエルダへと問いかける。
相変わらず周りの持達はしんとしており、遠くに見える一般人や警官たちはどうしたものかと目を丸くして様子を見ていた。
「かいつまんで説明すれば、この桜丘市はマーラの禁忌によって影の者達が横行する悲惨な状況となっている。さながら・・・昔の王都だな。」
「・・・。」
何かを思い出すかのように、エルダの言葉に目を細めたハージェントは、自分たちが駆けて来た道を振り返り、ため息をつく。
時折奇怪な声がどこかで聞こえ、その度に一般人たちが小さな悲鳴をあげ出す。
彼らを落ち着かせるためか、脅えだした人々の方へと警官たちが駆けてゆくのがるりの視界で見えた。
「元凶となるマーラの居場所は未だ不明だ。手下達の姿は見かけるが、決定打となる場所の検討がつかん。」
「こちらの警察という組織の方々にも情報を提供してもらっているのではあるのですが・・・目撃情報は今も無く。」
「そう。どういう意味があるのかしらね・・・。」
「それは、わかりませんが・・・。」
るりの隣へと進み出たヒーリカは、小さなモニターを傍らに出現させる。
白いローブを着た者達が壁のような役割をしており、そのおかげもあって彼女が出現させたモニターに気がついた一般人はいないようだ。
モニターには様々な情報が映し出されるが、ヒーリカ達が知ろうとしている情報は映し出されていないようである。
目を細めた彼女は更に新しいモニターを出現させ、コンソールを叩きだした。
「一般人たちの身については、我々と協力者とで守っている状況だ。奴らは聖職者の魔法を弱点としているからな。」
「魔法陣を市内に幾つか展開し、魔石によって維持させています。・・・数週間は持ちこたえるかと思いますが・・・。」
「・・・そんな長期戦になったら、こちらが不利なんじゃないの?」
「そう・・・だな。」
淡い緑の光を走らせたランゼフは、るりやエルダ達の前にモニターを出現させる。
そこには幾つものマークが映し出されており、点滅をしては別の場所に同じマークが出現していた。
るり達の頭上で展開されている魔法陣が模したマークが幾つかあり、数字が映し出される。
恐らくは、そこにいる人々の人数だろう。
「ボク達で計算した人数はこれだけ。恐らくは、市内で未だこういった拠点にたどり着けていない一般人もいると思うよ。」
「バケモノ達に襲われている人たちが、今もいるってこと・・・?」
「うん。そうだよ。」
淡々と言葉を発しているランゼフであるが、その表情はとても硬い。
るりはランゼフが出したモニターをじっと見つめると、頭上で輝いている魔法陣へと視線を向けた。
緩やかに動いている白い魔法陣は、時に石か何かが当たったかのように、ノイズが走ることがある。
「空を埋めている暗黒があるだろう?あれが、俺達の作り上げた魔法陣を破壊しようとしているんだ。」
「チカラが分散されているとはいえ、禁忌である呪術が一斉に向けられれば、さすがに・・・壊れてしまう可能性は高い。」
「・・・。」
カーティルスとルヴァンの言葉を聞いたるりは、何かを考えるように魔法陣をじっと見つめる。
「時間はそれほど待ってくれないってことね。」
苦々しげに声を発したヒーリカはコンソールを操作して、何らかの情報を端末から引き出そうとしているようだった。
よく見れば、複数のモニターの一部に、テレビの映像が流れている。
アナウンサーが仕切りに何かを発しており、画面には避難所になっている場所が映し出されている。
「ねぇ。テレビでなんか中継が始まるみたい。」
「え。こんな時に何?」
「あら・・・?」
今まで声を殺しているように静かだった一般人たちがざわつきだし、彼らは携帯を片手に声を発しだす。
一見すれば何とも思わない情景だが、何故かるりはその声に不安を覚えてしまう。
ざわつきだした一般人たちにあわせ、警官たちも携帯を片手に何やら慌てたように無線へと手を伸ばし出した。
「なんだ・・・?」
「なんだか、こちらの世界にいる人たちにとって、重要な事が起こるみたいね。」
「・・・てれ・・・び?」
携帯を片手にざわつく人々を見て、マロウや李春が聞きなれない言葉に首を傾げだす。
その様子をじっと見ていたヒーリカは、自分の出現させたモニターへと顔を向け、おもむろに指を動かした。
小さかったモニターが大きくなり、一般人たちが見ているであろうテレビの映像がビルへと映し出される。
「おやおや?最新型の投影装置だねー。すごいなぁぁぁ?」
「ナイス。エナミ・・・。」
突如として合われた巨大なモニターに、携帯を見つめていた者達がぽかんと口を開けてそれを見る。
間の抜けたようなエナミの声が辺りに響くと、不思議そうに見つめていた一般人たちは、納得したようにモニターへと視線を戻した。
ヒーリカがぽつりと呟いたのに、皆は気がついていないようである。
「まさ・・・か・・・」
「あれ、うそだろっ・・・うそ・・・・だろ?」
「な・・・・。」
モニターに映し出された映像が切り替わり、それに合わせ辺りから絶望した震える声が響きだす。
今まで無表情だったハージェントやコーディ達の顔が一斉に変わり、皆が画面の先に映し出された女性を見て、表情を鋭くさせた。
赤いドレスをまとい、白髪の長い髪を揺らした女性。
血のように赤い口を満面の笑みで覆い、指先を彩る赤い爪が髪をかきあげる。
どこかの屋敷なのか、狭い廊下を歩く彼女は、開け放たれた部屋の入口へとゆっくりと近づいてゆく。
部屋の入り口には、アナウンサーの女性が佇んでおり、後方には複数の人影が見えた。
――
青ざめた表情を浮かべたアナウンサーは、マーラの背を追うように部屋へと入ってゆく。
カメラがゆっくりと二人の後についてゆくと、異様な光景がモニターに映し出された。
彼女たちが座ろうとしている席の前に、両腕を拘束され倒れている市長の姿が映し出される。
周りの光景とは真逆に満面の笑みを湛えたマーラは席へと腰をかけた。
ディレクターからマイクを渡されたアナウンサーは、血の気が失せた顔で彼女の横に座る。
「大丈夫よぉ。そんなに怖がらないで?・・・今は殺したりしないから。」
「ひっ・・・ぐぅ。」
思わず悲鳴のような声を出したアナウンサーは、足元で血を流して倒れている市長を見て、更に顔を青ざめさせる。
部屋の中には多くのバケモノ達がはいずりまわり、とても逃げる事などできない状況だ。
「さぁ。そろそろ時間でしょう?はじめましょう。」
「っ。」
赤い爪をひらりと揺らしたマーラに合わせ、アナウンサーの女性が震える両手でマイクを握ると、カメラへと視線を向ける。
口を震わせた彼女は、大きく息を吸い込む。
「み、みなさっ。こんにちはっ。いま、いま、今から、市長宅にて、き、緊急の声明を発表いたしまっ、すっ。」
「ふふ・・・。」
歯を震わせたアナウンサーの女性は、裏返りそうな声を押さえてカメラに向かって言葉を発しだした。
市長が床に倒れたままむせ込むと、アナウンサーはぴくりと肩を震わせて視線を落す。
「・・・大丈夫だ。私に構わず・・・・」
「は、はぃっ。」
喘鳴のような音を響かせ呟いた市長に、アナウンサーは背中を押されたように大きく深呼吸をする。
「ではっ。今からっ、こちらにいらっしゃいます。マーラ様よりお言葉がありますのでっ。」
「っっ?」
アナウンサーの女性は、震える手でマイクをマーラへと向ける。
マイクを向けられたマーラは、真っ赤な爪でそのマイクを受け取ると、ひらりと片腕を動かした。
後方に気配を感じたアナウンサーは、カメラが回っているにも関わらず、ゆっくりと後ろを振り返る。
「え・・・。」
「に、逃げろっ!逃げるんだぁぁっ!」
悲鳴のような大声が映像と共に響くと、弾かれたようにアナウンサーが席から立ち上がりカメラの前から姿を消す。
と。同時に、モニターを見つめていた人々が、悲鳴をあげた。
「あぁ。残念。面白いショーを皆に見せてあげたかったのに。」
「ひっあっ・・・・。」
ケラケラと声をあげて笑ったマーラの横で、女性が座っていた椅子が音を立てて崩壊する。
バケモノに押しつぶされた椅子は跡形もなく壊され、壁へと弾き飛ばされた。
「なによ・・・これ・・・」
「なんなの・・・あの人・・・どうなってるの?」
モニターを凝視する人々が口々に悲鳴のような声をあげだし、背筋が凍るような悪寒が皆を包みだす。
「変わらない・・・と言うべきか・・・」
「愚かな女だ。」
るりの横でモニターを見つめていたエルダとコーディが低く唸るような呟きを発し殺気立つ。
皆が困惑した表情でモニターを見つめる先で、マーラの笑い声が耳にこびりつくように聞こえ出す。
赤い口を楽しげに開いたマーラは、目の前のカメラへと狂気のような笑みを向けた。
「はじめまして。とはいっても、こんにちは。また会ったわね。という者達もいるのでしょう?
私にはわかっているのよ。お前達が私をまた土の中へと戻そうとしている事もね。
でも、残念だったわね。私は完全に復活したの。貴方達を逆に土の下へと埋めてやる為にね。
さてさて、このマーラ様から皆に言ってあげることがあるの。
それは、お空に浮かんでいる素敵な模様の事。あれ、何か分かる?
あの素敵な模様がきれいに浮かんだ時、この世界は私の物になってゆくのよ。まずはこの市内から。そしてだんだんと日本を包んで世界へ。
素敵でしょう?素敵よねぇ?
さぁ、私が勝つのが先か。それとも、貴方達が勝つか勝負しましょう?
私が勝てば、皆が幸せになるの。
・・・だから、これから私がいう事を、よくお聞きなさい?」
――
テレビの映像が動き、一つのフリップを持ったバケモノが画面へと映し出される。
バケモノはゆっくりとそれをカメラへと向け、同時にマーラは楽しげに画面の向こうで笑い出した。
「まずは、皆にこの小娘を探して捕まえてもらいたいの。」
満面の笑みでフリップを叩いたマーラの映像に、竜崎の目が鋭く光る。
唖然とテレビ画面を見つめていた署員達は、見覚えのあるその少女に言い現せない程の不安感を覚えた。
桜丘第一中学の制服を着た少女が描かれたフリップには、彼女の特徴が事細かに書かれている。
マーラの足元で目を見開いた市長は、全身が震えあがり何かを言いたそうにフリップを見上げていた。
「たかが小娘ひとり・・・。あまり時間はかけたくないわ。簡単に捕まえて皆の周りにいるこいつらの真ん中に放り出してくれればいいの。」
「あの女。何を言っているんだ・・・。そんなことしたら・・・」
テレビ画面の先で微笑んでいるマーラに、苛立った声を署員達があげ、辺りは更にざわつきだす。
何処かに連絡をとりだした者達は、竜崎に声をかける事無くデスクの方へと駆けて行った。
「バケモノの真ん中に放り出す?そんなことしたら、あの女の子を殺すと言っているようなモノじゃないか。」
「・・・いったい彼女が何をしたっていうんだ?」
画面に映し出された中学生の少女を見て、署員達は思い思いの言葉を吐き捨てるように呟く。
それらはフリップに映し出された彼女に対しての怒りではなく、皆がマーラと言う不可思議な存在へと向けているようだった。
怒りの矛先が中学生の少女ではないと感じ取った竜崎は、表情一つ変えてはいないが、ほっと胸をなでおろすしかない。
「署長。やはりだめです。・・・市長宅は完全に乗っ取られました。」
「そうか。」
「連絡も取れない状態で、屋敷に近づく事さえも・・・。」
「・・・・。」
ざわつく中で声を殺して近づいてきた警官たちが、竜崎の近くでぽつぽつと情報を呟く。
テレビ画面の先ではマーラが満面の笑みを浮かべ、支離滅裂とも言えるほどの事を話し続けていた。
「彼女はいわば・・・私達の敵なのよ。新しい素敵な世界を創るのに、不要な存在。この子がいる限り、世界は私の治めるとっても素敵なモノへと変わることができないの。いい・・・わかった?」
気味の悪い笑い声をあげたマーラは、椅子の上で足を組み直すと、白い髪を手でかき上げる。
よく見れば、装飾品で隠してあるようだが、首元や腕に縫い傷のようなものが幾つも見えていた。
余裕が無い者達には気がつくことが無いだろう。
「捕まえてバケモノ達の前に出してくれればいいのよ?・・・生きていようがどうなっていようがどうでもいいわ。・・・さっさと探しなさい?」
突然と真顔へとなったマーラは、椅子から立ち上がるとカメラが置かれている方へと歩み寄ってゆく。
画面には映っていない場所で悲鳴が聞こえだし、機材が倒れる様な音が響きだした。
映像に残された市長が青ざめた表情へと変わり、流血しているというのにも関わらず、必死に立ち上がろうと身体を動かしている。
その異様な雰囲気に、竜崎の周りにいた署員達は静まり返り、唖然と映像を見つめだした。
「逃げなさいっ!はやくっ!ここからっ!」
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
「やめろっ!やめてくれぇぇっ!」
「な・・・んだ・・・?」
悲痛な声をあげた市長の映像が乱れ、逃げ惑う人々の声がテレビの向こう側から響く。
機材を倒したのか何かが割れる音が響くと同時に、部屋の出口へと逃げてゆく人々の姿が微かに見えた。
「やめて・・・くれ・・・・っ。」
「あらあら。ひとりしか捕まえられなかったじゃない。」
「っ・・・あぁっ・・・やだ・・・っ!」
カメラの前に戻ってきたマーラは、テレビ局のスタッフであろう女性の髪を片手でつかみあげ、彼女を引きずって歩いてくる。
乱暴に髪を引っ張られた女性は、市長の後ろに投げられた。
床に叩きつけられた彼女は、青ざめた顔でまわりを見つめる。
「やめろ・・・まさか・・・・」
テレビ画面へと近づいた竜崎は冷やりとした汗が背中を伝うと同時に、映像を凝視する。
画面の向こうでは小さな悲鳴をあげ、近づいてくるバケモノ達を見上げて後ずさりをしている女性の姿があった。
「やめろっ・・・彼女は部外者だっ!」
「部外者だろうが何だろうが、知らないわ。皆に私の言葉を拒否したらどうなるか、見てもらわないといけないのよ?」
「ひ・・・やっ・・・」
中継の映像がテレビ局へと戻されようと、何度も映像が乱れる。
テレビ局側で何かの捜査をしているらしく、ガタガタと歪な音がしているが、一向にスタジオの映像へとテレビ画面は変わらない。
誰の悲鳴なのか、誰の苛立つ声なのかは判別できない声が入り乱れ、尋常ではない人々の声がテレビから響く。
「私の要件が飲めないのなら、皆こうなってしまうのだからね。」
「っっっ!」
「や、やめろぉぉぉぉっ!」
市長の大声が画面の中で響くと同時に、聞きたくもない嫌な音が画面を埋め尽くす。
映像が激しく揺れ、その先で真っ黒な塊に飲み込まれてゆく女性の姿がはっきりと映し出される。
「・・・なんと・・・愚かなことを・・・・」
「むごい、こんなことをするだなんてっ!」
くぐもった女性の悲鳴がしばらく響き、映像から目を逸らした警官たちは悲痛な声をあげた。
真っ黒な塊の中で宙をかくように女性の手が動くと、彼女の姿は溶けてゆくように塊へと吸い込まれてゆく。
聞こえていた悲鳴は無くなり、誰の声か判別できないが、女性の泣き叫ぶ声が画面から響いていた。
「さぁ。皆があの小娘を差し出すのが先か。それとも私の綺麗な魔法が発動するのが先か・・・。見ものね。」
カメラへと顔を向けたマーラは真っ赤な口をひしゃげて笑うと、指を軽く鳴らす。
音が消えるよりも先にテレビ画面は真っ暗になり、遅れてテレビ局のスタジオへと映像が戻された。
泣き崩れるアナウンサーや腰を抜かして転倒している者達が画面へと映し出される。
「・・・しょ、署長・・・。」
テレビから静かに背を向けた竜崎に、周りにいた署員達が一斉に視線を向けた。
竜崎は鋭い眼光で辺りを見渡し、皆の顔を一つ一つ見つめる。
「私はこれから、市長宅へと向かう。」
「っっ?」
「な、何をっ!」
突然と呟いた竜崎の言葉に、署員達は唖然と彼の顔を見つめた。
しかし、竜崎は意見を変える事など無いと言わんばかりに、警察署の出口へと歩いてゆく。
「市民の安全を守るのが我々の業務だ。・・・あのような得体のしれない者に動かされる事など断じてあってはならぬ。」
「それはわかっています。し、しかし・・・今の映像からすれば・・・市長宅は今はもう・・・。」
「それがどうしたというのだ?」
「えっ。」
竜崎を止めようと駆け寄ってきた署員達に、彼は目を細めてそちらへと顔を向ける。
肩を掴んで彼を止めようと動いた者は、竜崎の威圧的な眼差しに、思わず手を止めてしまった。
「被害を最小限に抑えるのだ。・・・謎の協力者たちが市内に現れていると報告も入っている。彼らとの接触も必要だ。そして何より、市民である市長達の身も守らなくてはならない。」
「・・・・。」
椅子に掛けられた上着を掴みあげると、竜崎は停止したままの署員を横目に、急ぎ早に出口へと歩いてゆく。
「留守の間。・・・頼んだぞ。」
「っ。」
ふいに立ち止まった竜崎は、後方で唖然とたたずむ者たちへと振り返る。
勢いよく敬礼をした彼に、皆が目を見開いてその姿を見つめた。
「は、はいっ!」
「署長もお気をつけてっ!」
「あぁ。」
あのような奇怪な映像を見た後であるというのに、竜崎の表情は困惑するどころか、先よりも増して凛としている。
そんな彼の表情や立ち居振る舞いに背中を押されたかのように、署員達は敬礼を返すと、持ち場へと駆けて行った。