白と黒の世界   作:水鏡 零

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57話

混乱した街頭を見つめた優志は、その場を離れる様に自転車を手で押しつつ、人々の渦から距離をとった。

「今のなんだったの・・・?」

「中学生の女の子だったよね。あの子がいなくなれば、バケモノがいなくなるって事?」

「そんな、どうしてこんなことに・・・」

ざわつく人々を避けて動いた優志は、頭上で光っている白い魔法陣を見上げる。

辺りには同じ色のフードを深々とかぶった不可思議な人の姿が見え、彼らは一般人と同じようにテレビの映像に困惑した言葉を発していた。

 

自宅から勢いよく出発したはよいものの、結果的に警察署へとたどり着くことができなかった優志は、半ば押し流されるようにバケモノから逃げていた人々と共にこの場所へとたどり着いた。

警察署への道は坂も無ければ障害となる建物が少なかったはずなのだが、バケモノ達に占拠された後の市内は、とても自由に動けるものではない状態である。

考えが甘かったとしか言えない結果に、優志は頭を抱えるしかない。

頼みの携帯は通話が殆どできず、警察署に連絡をとる事さえもできていなかった。

 

「あの女の子。確か、行方不明だったような。」

「ほら・・・三年生の子だったよね?」

自転車を傍らに置いた優志は、ベンチへと腰をかけて周りの声に耳を傾けてみる。

皆が同じ話をしており、先程流れていたテレビ映像について思い思いに話をしているようだ。

テレビに映し出された敵であろうマーラと言う女性と、彼女が言っていた中学生の少女の両方を知る優志にとって、今この場で流暢に座っている場合ではないのでは。と自分に言いたくなってしまう。

とはいえ、この魔法陣から一歩出れば、バケモノ達がはびこる場所しか残されていないのも確かだ。

誰が言い始めたのかは変わらないが、「白い魔法陣へと行けば身の安全は守られる」という話があり、その言葉のとおり、バケモノ達は魔法陣へと近寄ってくることが無い。

恐らくは、司や竜崎たちの言っていた別世界の“仲間”が使っている不可思議な魔法というもので守られているのであろう。

「あの。ちょ、ちょっといいですか?」

「っえっ?」

ふいに横を通り過ぎようとした人物に優志が声をかけると、彼は優志が声をかけてくるとは思っていなかったらしく、素っ頓狂な声をあげた。

白いローブを着込んだ彼は、深くかぶったフードの下で、優志の顔を不思議そうに見つめている。

「すみません。突然。・・・その、あなた方は?」

「・・・えっと。」

おもむろに呟いた質問に、白いローブを着た男は困惑した声をあげる。

近くにいた同じ格好をした者が優志の方へと駆けてくると、質問された彼へと視線を向けた。

二人は小声で何かを呟き時折優志の顔を見ると、またぽつぽつと呟きだす。

「・・・申し訳ありません。我々は、現世の方々と最小限の接触を心がけるよう言われておりまして・・・」

「あの。それはその・・・部外者でなくても、ということでしょうか?」

「・・・。」

顔の見えない男性の言葉に、間髪入れずに優志は質問を更にしてしまう。

職業的とはいえ、見ず知らずの初対面の方にすべきことではないとは思が、今は非常事態である。

何も答えない二人に優志は少しばかり頭をひねると、知る限りでの向こうの世界に通じる人たちの名前を思い出す。

そして、ふいに思い出した人の名を呟いてみた。

「えっと・・・。私はその、え、エルダさんという方と知り合いでして。」

「っっっ!な、なんとっ!」

「おぉぉっ?そ、そうだったのですかっ!」

「え・・・。」

ふいに思いついたエルダの名前を呟いたとたん、白いローブを着た者達はヒトが変わったかのように驚いた声をあげ出す。

何事かと一般人が優志たちの方へと視線を向けるが、それ以上気にすることなく彼らはすぐに視線を逸らした。

「我が王のお知り合いでしたか。それでしたら、我々のお応えできる範囲でお話をしましょう。」

「まさか、ムトウ殿以外にも、こちらでお知り合いの方がいらっしゃるとは・・・。我が王も人脈が広い。」

「は、はぁ。」

浮足立ったように話し出した彼らに、優志は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

つい先程までとは打って変わった態度に、エルダという人物が何者なのかという疑問が浮かんだ。

しかし、知人と思われてしまった以上、彼の事について問う訳にはいかない。

「先のマーラという女性。話では聞いていたのですが、彼女は・・・。」

「マーラは、我々の世界を禁忌の呪術で脅かした者です。私利私欲の為であれば、人の命など玩具のようにするおぞましい存在です。」

「・・・。」

ローブの下からは表情は見えないが、優志は彼らが少しばかり怒っていると感じだす。

それは自分ではなく、マーラと言う存在に対してだとは直ぐにわかった。

「恐らく、マーラが探せと言っていた少女。あの方が次代の巫女様であろう御方でしょう。」

「こちらの世界から我々の住む世界へと渡ってこられたと、王が少し前に話をされておられました。」

「・・・そうだったのか。彼女は・・・。」

テレビに映し出されていた中学生の少女の事を思いだし、優志は数週間前の事を脳裏に浮かべる。

出版社の上空で彼女が行った事や、司たちから聞いた話。それらを思い出すと、彼女が向こうの世界へと渡り、敵の脅威ともなりうる力を持ち得たということを優志は考えた。

しかし、最後に見た彼女からは考えにくい事だが、この数週間で向こうの世界で何か大きなことがあったのだろう。

それを喜ぶべきかどうなのかは、優志自身はわからない。

とりわけ、先日会った彼女の両親を思い浮かべてしまうと、容易に喜ぶべきことではないと考えてしまう。

「うまくいっていれば、我が王と次代の巫女様はこちらで合流を果たしているはずです。」

「そのような手筈で我々も話は伺っております。・・・王の力は強大であるが故、巫女様の御身はすぐにお守りできます。」

「そう・・・ですか。」

歯切れ悪く答えた優志には気にしていないのか、彼らは淡々と話をし続ける。

彼らが言うとおり、先の中学生の少女がエルダ達に守られたというのであれば、少しは道が切り開かれると優志も思う。

しかしながら、この場にいる一般人の様子を見ると、あまりうかうかしていられないのも事実だ。

「あの女の子ひとりがいなくなれば・・・わ、私達助かるの?」

「そういえば、この前も同じような黒い塊が空を覆った時だって、中学生の女の子が事件に関与してるって噂あったよね・・・。」

ざわつく一般人たちは、自分の身が安全になればよいと思い始めている者も少なくはない。

たかが一人の為に身が危険にさらされていると思っている者もいるようである。

このような混乱を招くために先の映像を流した。という事は十分に考えられ、それが何を意味しているのかも優志は嫌でも幾つかの結論は思いついた。

ましてや、別の世界などという不可思議な事を今の今まで知らなかった“部外者”である一般人からすれば、たった一人のせいで。という結論へとなってしまう者も少なくはないだろう。

「彼女たちが合流する場所は、どこですか?」

「あぁ。その場所でしたら・・・。」

優志の問いに首を傾げる事無くローブを着た男性は服の中へと手を入れると一つの鉱石を手に持った。

オーロラ色に輝くその石の上で男性が指を動かす。

と。何もない宙に淡い色を湛えた地図が広がった。

目の前に広がった地図は桜丘市全体を模っており、所々にマークが浮かび上がっている。

白い模様が円となって浮かび上がっている部分は、優志たちがいる場所と同じ魔法陣が浮かんでいる場所であろう。

そして、その中に一つだけ色濃く浮き彫りになっている場所がある。

よく見れば、優志がいる場所からほど近い。

「この場所に我が王たちは集結しております。」

「・・・ここか。」

空で煌々と輝いている魔法陣を見上げた優志は、視線をそのまま動かし、マークが示す方を見つめる。

商業ビルが立ち並ぶ方面を位置しており、自転車で移動をすればほんの目の先と言えよう。

「この場を離れることはお勧めしませんが・・・。もし、我々に何か出来ることがあれば、お声をかけてください。」

「え。あぁ。ありがとうございます。」

「では・・・。」

特に優志がそれと言って他の事を問わない為、彼らは顔を見合わせると地図を鉱石へと戻してその場から離れて行ってしまう。

彼らを止める気にもならなかった優志は、二人に小さく礼を言うと大きく深呼吸をした。

まわりは酷く雑音が響くような声が聞こえ、一般人たちが混乱している事が嫌でもわかる。

自分以外の警官たちは姿がなく、この場を一人でまとめるのは難しいだろう。

「・・・どうしたものか・・・。」

おもむろにポケットに入れた携帯へと手を伸ばし、優志は画面を見つめてため息をつく。

できるのであれば、警察署を目指して動くのが良いのかもしれないが、それが果たして最善だとは言い切れない。

敵と守らなくてはならない人物の両方を知り得ている自分が動くとすれば、もっと別の行動があるのでは?と優志は自分へと問いかけた。

「あ・・・れっ?」

考えに詰まりポケットへと携帯を戻そうとした瞬間、手に違和感を覚えて戻しかけた携帯の画面を見つめる。

「・・・っこれは。」

軽く振動している携帯の画面には、一番相談したい相手の名前が映し出されていた。

考える暇もなく画面を操作した優志は、耳へと携帯を当てる。

「も、もしもしっ!」

「―お。やっとつながったっ!元気かっ!武田っ!」

聞きなれた司の声が妙に安心感を生み、思わず優志は喉がつかえる。

言いたい事が波のように溢れてきており、彼に伝えなくてはならないと思う出来事が山のように頭の中を埋めた。

しかし、思うようにそれらは言葉となって発言できない。

「げ、元気ですっ!部長っ、あ、あのっ!」

「―まて、とりあえず、俺の話を聞けっ!」

「えっ。」

優志の言葉に間髪入れずに言葉を発した司に、優志は言おうとした事を忘れるほど驚いた声をあげてしまう。

携帯が通話できている事に周りの一般人たちは驚いているのか、優志の方へと視線を向けている者が視界の先で何人も見えた。

自分を落ち使えるように動いた優志は、一般人たちに話の内容を聞かれないようその場から立ち上がると人のいない方へと歩いてゆく。

「―この通話もいつ切れるかわからない。今はちょっと“手助け”してもらっている状態だ。」

「そうか、だから急に使えるように・・・。」

「―そうだ。他の携帯や通信機器は使い物にならない状態だ。警察車両や緊急車両については、俺と同じように“手助け”してもらっているからな。かろうじて使用できているんだ。」

「・・・なるほど。」

司の周りは一般人が少ないのか、それとも全くいないのか。彼の声はいつものような調子である。

対して優志側の方は、周りは一般人だらけのこともあり、うかつに重要な言葉を発することができない。

そのこともあってなのか、司は優志に聞く側に徹しろと言いたいのかもしれなかった。

「―先のテレビは見ただろう?・・・あれはかなり厄介だ。るりちゃんを探しているという事は、敵も本腰入れて大元を倒そうとしてきている。こちらも、それ相当の覚悟が必要という事だ。」

「は・・・はい。」

「―色々と短時間で伝えるのは難しいからな。今後の事について要点をまとめて伝える。・・・いいか、よく聞け。」

「・・・はい。」

携帯の受話器からノイズが入り込み、それが次第にひどくなりつつある。

妨害するための電波でも流れているのかと言わんばかりにノイズは秒を追うごとに酷くなってきていた。

司側の方も通話にノイズが入っているのだろう。だんだんと、彼の言葉も端的になりつつある。

恐らく、次の言葉で通話は切れるかもしれない。

「―お前はるりちゃん達と合流し、できれば“行くべき場所”まで案内するんだ。もし、身が危なくなればその場から直ぐに逃げろ。いいな。」

「・・・ぶ、部長っ、あのっ!」

「―行くべき場所はわかってるなっ!言わなくてもっ!俺達も合流するために動くぞっ!・・・検討をいのっ・・・・」

「ぶ、部長っ?部長っ!」

まるでテレビの砂嵐のようなノイズが携帯から聞こえ、同時に司の声が全く聞き取れなくなる。

叫ぶように携帯へと声をかけたこともあり、視線をあげれば不思議そうに見ている一般人たちと顔が合ってしまった。

何事も無かったかのように携帯の通話を切り、優志は自分の自転車へと駆け寄る。

魔法陣で守られた場所は昼間のように明るいが、一歩出れば夜中のような暗闇が辺りを包んでいる状態だ。

ビルや街灯の明かりがあるとはいえ、その光はあまりに弱弱しい。

頭が真っ白になりそうな感覚を覚えつつ、優志は淡々と魔法陣の端へと自転車を押してゆく。

後方から心配して声をかけてくる人の声が聞こえたが、それらに振り返る余裕はない。

司の身に関しては“手助け”してくれる者たちの事を考えると、この場所よりかは安全な所に彼はいるだろう。

だが、今の通話の終わり方では悠長にしている場合ではない。

それに、合流するという言葉を考えれば、自分がここでもたもたとしている時間は無いのだ。

「あのっ。我が王のお知り合い殿っ!」

「っえっと。」

勢いよく肩を掴まれ、思わず優志は酷い表情のまま声のした方へと振り返ってしまう。

優志の顔を見て息を飲んだ男性は頭を小さく左右に振ると、ローブの中から何かを取りだした。

指の間から白い光が溢れており、まるでライトを手で握っているかのように彼の手は輝いていた。

「これらが何処までお役に立てるかはわかりませんが、短い距離でしたら・・・影のモノたちには悟られないかと思います。」

「これ・・・は。」

白いローブを着た男性は、優志の手に真っ白な鉱石を渡す。

優志の手の中で白い光を放っている鉱石は、片手に収まるほどの大きさである。

「我々の魔法が蓄えられた魔石です。私は別の物がありますので、気にせずご利用ください。」

おもむろにローブのフードを降ろした男性の姿に、優志は思わず目を見開いてしまう。

鮮やかな水色の髪が輝き、細く長い耳がこの世界の者ではないと確定付けている。

彼は宝石のような緑色の目で微笑むと、優志の手へと片手を重ねた。

ぽつりと何かを彼が呟くと、白い鉱石の上に小さな白い魔法陣が浮かび上がる。

「これで、魔法が発動されました。・・・さぁ。どうぞ。」

「す、すみませんっ。ありがとうございますっ!」

手のひらの上で輝く鉱石を優志は大事そうに自転車のカゴへと入れると、勢いをつけてペダルを踏み込む。

「また。この災厄が終わった時、共に笑って再会できるのを、私は楽しみにしております。」

「っ、はい、その時はぜひっ!しっかりとお礼を言わせてくださいっ!」

片手をひらひらと振って別れの挨拶をした男性に、優志は大きく手を振ると力強く自転車のペダルを踏み込む。

真っ白なヴェールとなって壁を作っていた魔法陣の光を越え、暗く気味の悪い雰囲気を漂わせた街へと優志は入ってゆく。

まるで別世界のような廃墟となった街並みに息を飲んで足が止まりそうになるが、優志は頭を左右に振ってペダルを踏み込んだ。

心なしか自転車が白い光りに包まれているように感じ、前を照らすライトが煌々と輝いているのに気がつく。

白いローブを着た男性から渡された鉱石のおかげで前を照らす光が力強くなっているのだと不思議と理解できた優志は、周りを見る事無く前方をしっかりと見つめる。

ヒトの声は聞こえず、どこかで気味の悪いうめき声が耳をかすめるが、自転車のペダルを踏み込む足は止めようとしない。

恐らくは、ここで止まれば嫌でもバケモノと遭遇してしまうだろう。

「この先にあるはずっ!」

役目をはたしていない信号機を横目に、優志は身体を倒す様にビルの角を曲がる。

「っ!」

勢いをつけて曲がった先には、蠢くバケモノの姿が瞬時にして飛び込んでくるが、それでもペダルを踏み込む。

優志の姿に気がついていないのか、それとも自転車のライトに照らされ驚いて身動きが取れないのか、バケモノ達は彼の方へと寄ってはこない。

「・・・この鉱石のおかげか・・・」

ぽつりと言葉を発した優志は目の前に見えてきた目的地を見て、大きく深呼吸をした。

真っ白な魔法陣が頭上を埋めるその場所からは、何やら人々の声が響いているのが耳に入ってくる。

その声に安堵よりも嫌な予感を感じた彼は、力任せに自転車のペダルを強く踏み込んだ。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

仁王立ちのヒーリカの前で、一般人たちが冷たい視線を向けている。

「それで。貴方達は彼女が死ねば自分たちが助かると思ってるわけ?」

「だからっ、死ねっていう訳じゃなくてっ!」

「そ、その子がいなければ、私達は助かるのよ?」

「根拠は?」

「っ!」

罵声をヒーリカへと人々が向けるが、彼女は一歩もひるまず彼らに返事をしてゆく。

らちが明かないと言わんばかりに、一般人たちはわなわなと肩を震わせてヒーリカを睨みつけた。

「だいたい。どういう根拠があってあのマーラと言う人物が彼女の写真を使ったのか・・・貴方達はわからないじゃない。」

「確かにそうだけど・・・。」

「バケモノが消えるのよっ?」

「さぁ、どうでしょうね・・・・。」

「な・・・。」

今にも襲いかかりそうな勢いで女性が手を震わせてヒーリカに怒鳴る。

だが、ヒーリカの反応は依然として冷静でとても冷たい。

白いローブを着た者達が壁のように彼女の後ろに並び、一般人たちにその向こうが見えないように佇んでいた。

白いフードを深々とかぶり表情は見えないが、皆が冷やりと表情を曇らせているのは雰囲気から感じ取れる。

逃げたくなるような嫌な雰囲気に、るりは思わず首から下げた鍵を両手で握った。

名前も知らぬ市民達が声を荒げている対象が自分だと思うと、自然と手が震えてきてしまう。

「マーラは昔もこうやって、罪のない人たちを陥れたんだ。」

「我々の仲間も、魔族たちも同じように・・・。」

るりの肩を抱き寄せる様に立ったアリスは、ヒーリカと対立している一般人たちの顔を見て眼を細くする。

こちら側の人間と変わりない姿をしているヒーリカだからこそ彼らは話を聞いているようだが、コーディやエルダ達では耳さえも傾けようとしなかった。

「皆さん落ち着いてくださいっ。」

「あのような得体の知れない者達が言うのですよ?なぜ、その言葉を信じるのですかっ!」

「そ、それは・・・っ!」

固唾を飲んで見守っていた警官たちが駆け寄り、殴りかかりそうな勢いの男性や女性たちを抑え込むが、それでも勢いは変わらない。

渋々と手を収めて、後方へと下がってゆく者達も少なくはないが、それでもほんの一握りである。

「きっと、あの子もバケモノなんだ・・・・」

「えっ・・・・。」

罵声のような声が響く中で、ふっと聞きたくもない声がるりの耳に入ってくる。

震える様な女性の声に、皆が弾かれたようにそちらへと顔を向けた。

青ざめた顔をした女性は、震える手でるりのいる方を指さす。

「あの女の子もバケモノなんだわっ!バケモノが、バケモノを呼び寄せたのよっ!」

「あ、あんたっ、落ち着けっ!そんなことあるわけないだろっ!」

「だったら、だったらあの子は何なのよっ!人の皮をかぶったバケモノなんだわっ!」

「っ!」

錯乱しているような女性に向かって、警官や周りにいた者達が彼女を落ち着かせようと近寄る。

しかし彼女はそれらの手を振り払い、視点もあっていないような目で、手を振り上げ叫ぶ。

「バケモノっ!このバケモノっ!あんたのせいでっ!滅茶苦茶になっちゃったのよっ!何とか言いなさいよっ!」

「やめなさいっ!こらっ!」

「おやめなさいっ!」

白いローブを着た者達をかき分けるように女性は片腕を突きだし、るりの方へと迫ろうとする。

その恐ろしくも見える表情と言葉に、るりは顔を左右にふるしかない。

「るりは悪くないよ。・・・大丈夫だから。」

「り、りーちゃん・・・。」

「そうだよっ。るりは悪くないし、バケモノでもないんだからっ!悪いのは全部マーラ達なんだよっ!」

一向に後方へと下がろうとしない女性に向かって、ジェシカが声を限りに叫ぶ。

彼女は両腕を広げると、錯乱し行動の読めない女性をひるむことなく睨みつけた。

ジェシカの顔と李春を交互に見た女性は、暴れるのを止めてるりの周りにいる者達をじっと見つめる。

そして、壊れたように表情を崩して笑い出した。

「ほら・・・やっぱり、周りにいるのはバケモノばっかりじゃない。何よその羽・・・何よその角・・・・バケモノっ、バケモノは出て行けっ!」

壊れたように叫びだした女性に、今まで罵声を飛ばしていた一般人たちは唖然と彼女を見つめてしまう。

女性を羽交い絞めにしようと後方から同年代の女性たちが手を伸ばすが、彼女の勢いに負け腕を振り払われていた。

警官たちが彼女を掴み白いローブを着た者達と共に、彼女をるり達から離してゆく。

「バケモノか。・・・久々に聞いたものだな。」

「コーディ。」

ふっと息を吐いたコーディは、表情を変えずに遠ざかってゆく女性の姿を静かに見つめる。

声をあげて泣き出した女性の周りには警官たちが集まり、彼女を落ち着かせるためか何かをしきりに伝えていた。

「あの子・・・バケモノなの?」

「そんなわけないよな・・・そんなわけ・・・」

「でも、あの子がいなくなれば・・・私たちは助かるんじゃ・・・」

壁のようになっていた白いローブを着た者達が隊列を崩した為、るりの姿が一般人たちにも見えるようになる。

泣き叫ぶ女性の声に合わせ、辺りからはざわつく嫌な声が渦を巻いて聞こえ始める。

「みんな・・・恐怖に負けてしまっている・・・」

肩を震わせ市民を青ざめた顔で見つめたるりに、アリスは彼女の手を強く握りしめつぶやく。

ざわつく声はどんどん大きくなり、その言葉はどれもるりを震え上がらせるほど酷いものばかりだ。

状況を収集させるために警官たちが声を限りに皆を落ち着かせようとするが、まるでその声は誰一人にも届いていない。

「その子はバケモノじゃないっ!」

「っっ?」

「だ、誰っ!」

ふいに人の集まっていない方向から声が聞こえ、辺りにいた者達が一斉にそちらへと視線を向ける。

変わり映えのない自転車を引いて現れた青年は、息も絶え絶えに集まる群衆の方へと駆け寄ってきた。

「た、武田さんっ!」

「大丈夫ですかっ?」

「だ、大丈夫・・・ですっ!」

いきなり現れた青年の姿を見た警官たちが、驚いた声で彼へと近寄る。

自転車を傍らに立てた武田はぜいぜいと息を切らしながらも、ヒーリカの横に立ち、一般人たちへと向き直った。

「あー。えっと・・・。」

「とりあえずっ。ぼ、僕に任せてくださっ・・・。」

「・・・あ、うん。」

何度も深呼吸をする武田にヒーリカは困惑した表情を向けるが、彼は汗を拭うと勢いをつけて姿勢を正した。

「ねぇ。あの警官さん・・・。るり、見覚え無い?」

「・・・あれは・・・。」

ヒーリカの横に立った武田を指さし、ランゼフがるりへと呟く。

るりは不思議そうに小首を傾け、じっと彼の背中を見つめた。

「あ。・・・あれって。」

「知り合いか?」

「知り合いと言うか・・・。」

驚いたように目を見開いたるりに、アリスが目を細めて問いかける。

「あのお巡りさん。桜丘出版社で署長さんと奈美ちゃんのお父さんと一緒にいた人だっ。」

「うん。・・・そうっぽい。・・・ヒーリカは気がついてないみたいだけどね。」

なかなか息が整わないのか、武田は喋ろうにも声が出ないようである。

不思議そうに見つめている一般人たちは、彼が何者かと困惑して言葉もかけることができないようだ。

「えーっと。そろそろ、しゃべれそう?」

「はい。すみません。・・・えっと。」

咳払いをした武田は深呼吸をすると、今一度ぐるりとまわりと見つめた。

「私は桜丘警察本署に勤務する武田です。」

端的に挨拶をした武田に対し、周りの者達は安堵したように表情が少し緩まってくる。

彼が警官だという事にまわりに集まっていた一般人たちは話を聞く体勢になったようだ。

「単刀直入に言います。先の映像に流れていたマーラと言う女性。あの女性はいわば敵という者になります。今までの一連のバケモノ騒ぎや今起こっている元凶です。そしてそちらにいらっしゃる彼女は、第一にあのマーラと言う女性の何らかの弱みを見てしまったと勘違いされているようなのです。」

「あら・・・。」

淡々と話している武田に、周りで静かに聞いていた一般人たちが次第にざわつき始める。

表情一つ変えずに話す武田の話に、ヒーリカは思わず苦笑いを浮かべた。

「既に敵側へと身柄が渡ってしまった被害者が多い中で、彼女だけは・・・そ、その、向こう側の方々にこうやって保護されているのです。」

あてつけにも聞こえる武田の言葉だが、混乱している一般人たちからすれば、納得のゆく説明らしい。

ヒーリカに食ってかかっていた者達も、武田の言葉に小さく頷いている姿が見え始めていた。

一般人たちの間に紛れる様に動いたエナミが、ヒーリカの顔をちらりと見ると、大げさに咳払いをする。

「なるほどっ!あの女子中学生が言い換えるとしたら、我々にとっての最後の砦・・・ということですかな?」

「っっ!」

目を見開き、あまりにも演技染みたエナミの様子に、ランゼフは目を細めるが、周りに集まっていた一般人たちは疑心暗鬼の表情一つ浮かべていない状態だ。

「そういうことです。・・・ですから、彼女を・・・あの気味の悪い連中へと差し出してしまうと、マーラと言う女性の弱点も分からぬまま、私達はこの闇に包まれたままになってしまう可能性が高いのです。」

「そうか。だから・・・彼女は今まで行方不明となっていたのか。」

「署内に貼られたポスター、そういう意味だったのか。」

エナミの言葉に大きく頷いた武田に合わせて、まわりの警官たちも口々に言葉を発しだす。

無論、彼らはエナミと武田の話が半端“嘘”である事など知らない。

「皆さん。落ち着かれましたか?・・・未だ、この外は混乱している状態です。・・・今しばらく、不自由な避難生活を強いられてしまいますが、どうか今は冷静に判断をしていただきたいと思います。」

「わ、わかりました。」

「・・・本署の警官さんが言うんだ・・・。俺達はどうかしてたんだ。」

ざわつくようにその場を離れてゆく一般人たちは、自分たちがまとまって座っていた方へと戻ってゆく。

ヒーリカに謝罪を述べる者も少なくなく、彼らは大人しく警官たちの指示を聞き始めた。

「ふぅ・・・。」

周りから一般人たちがいなくなったのを再度確認し、武田は大きなため息をつく。

彼はどうしたものかと目を泳がせると、自分に視線を向けているヒーリカやエルダ達の方へと向き直った。

「何とか間に合ってよかったです・・・。」

「確認するけど・・・いわばハッタリよね?今の話・・・。」

「・・・はい。」

苦笑いを浮かべたヒーリカに武田は小さく答え、バツが悪そうに眼鏡を直す仕草を何度もする。

「でも。お巡りさんのおかげで、私助かりました。あの・・・ありがとうございます。」

「えっ。い、いや。・・・・俺にはこれくらいしかできないからね。それより、元気そうで何よりだ。えっとるりさんだったよね?」

「は、はい。」

アリスに手を握られながら、るりはおずおずと武田の言葉に答える。

武田の自転車に白いローブを着た者達が集まりだし、籠に乗せられた魔石を持ち上げて驚いた声をあげていた。

白い魔石からは魔法陣が消え、光は消えている。

「それから、エルダさん。先日は色々とお話をありがとうございました。」

「いや。そちらも元気そうで何よりだ。優志殿。」

「元気と言うよりも、色々と混乱してますが・・・ね。」

エルダと固く握手を交わした武田は、るりの方へと向き直った。

彼女の後方に佇む青年を見ると、彼は少しばかり不思議そうな表情を浮かべる。

武田の表情が気になるのか、アリスは小首をかしげていた。

「あの・・・お巡りさん。」

「武田でいいよ。」

「えっと、武田さん・・・。その、私の家族は・・・。」

「あぁ。お母さんたちの事だね。」

小さく頷いたるりに、武田は目を少し逸らす。

ふっと表情を戻した彼は、淡々と無表情で話し出した。

「あのあと色々とこちらでもあってね。ご両親とお姉さんは武藤さんの御宅で身を寄せているはずだよ。・・・まぁ、この騒ぎでは向こうもどうなったのかはわからないが・・・。」

表情を曇らせたるりは、何も答えずただアリスの手を強く握ってしまう。

「それについてだが・・・。」

「どうした、ルヴァン?」

エルダの横から姿を現したルヴァンが武田とるりの間に立つと、二人を交互に見た。

「ご両親達なら、別の場所で雪の母上たちと共に避難している。」

「ほ、本当ですかっ。」

「雪の母上からの連絡からすると、こちらに合流する前に、敵と遭遇しやむなく別の場所で待機することになったとのことだ。」

「・・・そうだったんだ。」

ほっと胸をなでおろしたるりは、柔らかな笑みでルヴァンを見つめる。

訝しげな表情を浮かべたエルダが気になるが、今は家族が無事だという事だけ分かれば、るりとしては安心していた。

ルヴァンはそれだけ呟くと、話を戻してくれと言わんばかりに武田へと顔を向ける。

ぴくりと肩を動かした武田は、半端押されるように咳払いをした。

「とりあえず。俺が上司・・・えっと飛勇部長から言われた事を伝えるから聞いてほしい。」

「は、はい。」

ぐるりとまわりを見つめた武田は、周りにいる者たちにも聞こえるように、凛とした表情で話し出した。

「今から、そのマーラという人物が占拠している光丘市長の家に君を案内するよう俺は部長に命令を受けた。」

「・・・敵の本拠地に乗り込んで来いって事?」

「いや、何ともそこまでは聞けなかったんだが・・・。恐らくは、そこに“皆が集結している”と思うんだ。これは、俺の勘だけどさ。」

「・・・・みんな?」

不思議そうな表情で言葉を呟いたジェシカに、武田は頷く。

そして、目の前に佇むるりへと武田は向き直った。

「君たちと同じ意思を持つこちらの世界の仲間だよ。」

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