白と黒の世界   作:水鏡 零

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58話

薄暗いビルの屋上で佇んでいる人物は、その向かい側に見えた人物を睨みつけるように見ている。

青ざめた顔で頭上を見上げた男性は、気味の悪いローブを羽織り佇んでいた。

「さて・・・。どうしたものか・・・。」

苦々しげにその様子を見ていた翼は、隣で同じように苦笑いを浮かべた男性へと視線を向ける。

日本刀を抱えビルの淵に座り込んだ柊は、目を細めて相手の動きを静かに見つめていた。

「彼を止めようと思えば出来るけれど・・・そうなれば、あの後ろで捕まっている人たちが逆に生贄になるんだったよね?」

「そう。その可能性は大いにある。・・・まぁ、アイツラの考えからすれば、恐らくは全員何かしらに使うんだと思うけどね。」

「おやおや・・・それは、絶望的だ。」

まるで会話の内容とはかけ離れた表情で二人は笑いあうと、どちらからと言う訳でもなく立ち上がる。

長杖を構えた翼は真っ黒な羽をはためかせ、いつでもその場から飛び去る準備をし出す。

柊は軽く屈伸運動をすると、その場でトントンとリズムを踏むように足を動かした。

「タイミングはあの男が術を発動させた瞬間だ。」

「その際に向こう側に乗り込み、一般人だけでも救う。っていう手はずだったね。」

「その通りだよ。異界のお兄さん。」

「はは。その呼び名は久しぶりに聞いたねぇ。」

たわいない会話をするかのように明るい口調で会話をしていた二人は、向かい側のビルに佇む男をただ見つめている。

男が静かに両腕を上空へと広げたのを確認すると、急に彼らを取り巻く空気が変わりだした。

「始まったようだ。用意はいいかい?執行者の少年?」

「僕はいつでも行けるよ?」

全身から赤黒い光りを漂わせ、男が何やら呪文を唱え出す。

市内上空を覆っている赤黒い魔法陣が連動するように光りだし、男の悲鳴にも似た声が辺りに漂いだした。

見る見るうちに男の手や顔に気味の悪い赤黒い紋章が浮かび上がり、地鳴りのような音が上空から聞こえ出す。

彼の後ろにいた一般人たちが悲鳴をあげ逃げようともがくが、周りにうろついているバケモノ達が行く手を遮っている。

「さぁ。お仕事はじめましょうか。」

大きく長杖を振り上げた翼は、地面を強く踏み込む。

向い側のビルへと勢いをつけて飛び急ぐと、上空へと手をあげている男には見向きもせずにバケモノ達へと向かう。

「てっ、天使っ?」

「何者だっ!マーラ様の神聖な儀式になにをっ!」

「・・・・っ。」

不気味な仮面を着けた男が翼へと近づこうとするが、彼は言葉を最後まで発する前に地面へと倒れる。

一般人たちが驚いた声をあげるよりも早く翼は姿勢を低くすると、地面に黒い魔法陣を描いた。

赤い目が見開き言葉も発することなく、彼は地面に浮かんだ魔法陣へと長杖を叩きつける。

「なに、これっ!」

「っっ?」

人々の困惑する声など気にせず翼は軽々と長杖を振り回し、迫りくるバケモノへと先端を向けた。

爆発するような音をあげバケモノ達は瞬時にして塵へとなる。

「さぁ。皆さん。こちらですよっ!」

「た、助かったのかっ?」

「て、天使さんがっ助けてくれたのっ?」

翼によって大方のバケモノ達が姿を消すと、ビルの中へと続く扉が勢いよく開かれる。

何食わぬ顔で現れた柊が大きく腕を動かすと同時に、一斉に一般人たちが移動をし始めた。

煌々と明かりが灯ったビルの中へと、拘束されていた者達が雪崩れる様に入ってゆく。

「中にいた連中は片付いているよ。・・・それと、近くにいた聖職者さん達に声を駆けて来たからもう安心じゃないかな?」

「お早いお仕事ぶりで。」

「どうもありがとう。天使さん?」

「ははっ。面白い言い方だよね。それ。」

残ったバケモノへと長杖を振り上げた翼に、ひょうひょうと柊は話しかける。

彼の方へもバケモノ達が近寄ってゆくが、日本刀が鞘から抜けるや否や、風に舞うようにバケモノ達の姿は消えて行った。

最後の一匹へと翼が杖を向けると、バケモノは声一つ上げる暇もなく、その場で塵となり跡形もなく姿を消し去る。

「さて・・・。」

「ぐ・・・う・・・ぐが・・・・」

ビルの屋上には翼と柊そして目の前で上空へと両腕を振り上げている男だけが残る。

地面には倒れた仮面を着けた男がいるが、完全に意識を失っているのか動く気配はない。

「川西さん・・・・だったよね?おじさん。今の気分は?」

「な・・・ぜ?名前を・・・なぜ・・・・。」

「おっと。振り返らなくて結構だよ。生贄のおじさん。」

「っぐっ」

ぐるりと長杖を振り回した翼は、何をするわけでもなく川西の方へと歩み寄ってゆく。

苦痛に顔をゆがめた川西は全身に赤黒い紋章を走らせており、もはや普通の人とは思えぬ身体となっていた。

「君のご家族は既にマーラのシモベ。そして、君もこうやってシモベになっていったということだね。」

「めでたしめでたし。というべきだろうかねぇ。」

「うるさっ、うるさいぞっ!」

両腕を降ろした川西は、倒れるように地面へと座り込む。

脂汗をにじませた顔を上げると、彼は翼と柊の二人を睨みつけた。

上空を静かに動いていた赤黒い魔法陣が音を立てだし、その形が少しずつ変形してゆく。

音に合わせて市内のどこかでガラスが割れる様な音が響き、その度に人々の悲鳴に似た声が暗い街に消えて行った。

目を細めた翼は、立ち上がる事も出来ない川西へと長杖の先端を向けて近寄る。

「僕は執行者だ・・・。お前の犯した罪は許されない。けれども、今ここで断罪することはできない。もどかしいね。」

「な、何を言っている?」

強がって言葉を発しているのか、川西は無理矢理に顔へと笑みを浮かべ、睨みつけている翼を見上げる。

音を立て動き出した赤黒い魔法陣の中央に、小さな亀裂のような物が入りだし、渦を巻いて暗闇が現れだした。

その先に見えるはずの日の光は全く通さず、真っ暗な闇が広がっているだけである。

「覚えておくといいよ。・・・その時が来るまでに。君たちは自らの犯した罪を思い出しておくといい。」

「ふっ。ふはははっ。何を言うかと言えばっ。」

翼の向けている杖の先を手で払いのけた川西は這いずるように動くと、倒れている男の方へと動く。

地面へと彼が手を付けると同時に、二人の身体を赤黒い紋章が包む。

「お前達はマーラ様に倒されるのだ。強がりを言っていられるのも今のうちである。・・・魔法陣は完成し、そして暗黒の力が発動した。」

「そうだね。でも、魔法陣が発動することはこちら側としてもわかりきっていた事なんだよね。」

「ははっ。その強がりいつまでもつのやらっ!」

ため息交じりに呟いた翼に、川西は心底可笑しそうに笑い出す。

何を言っても無駄か。と柊が翼の後方で呟くが、川西はその言葉に振り返る事さえもしない。

視点の合っていないような両目でぐるりと辺りを見つめた彼は、赤黒い魔法陣に吸い込まれるように消えてゆく。

「さぁ。我々の力が増す時っ!マーラ様の栄光が輝く時っ!」

「どうだか・・・ねぇ。」

声高々に叫んだ川西は、魔法陣の中へと完全に消えて行った。

残された翼は、苦笑いを浮かべると、彼が消えた場所を杖で叩く。

軽い音を立てて地面が音を鳴らしただけであり、そこには何も現れることが無い。

「さてさて。向こう側さんも大きく動いた事だし。僕も忙しくなるなぁ。」

「はは。それはお互い様だよ。」

軽く笑った翼は頭上の赤黒い魔法陣を見つめ、大きなため息をつく。

物が引きちぎるような嫌な音を立て、赤黒い魔法陣の中央からドロリと何かが垂れる。

それらは塊となって宙へと放たれると、歪な音を立てて形を変えだした。

「おやおや。あれは、竜かな?」

「の。ようだね。」

気味の悪い色を湛えた身体を震わせ、魔法陣から放たれた塊が竜の姿へと変貌する。

赤黒い身体の竜は雄叫びをあげると、桜丘市の上空を飛び回りだした。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

大きな音を立て白い魔法陣が人々を守る近くに、気味の悪い物体が落下した。

「これは、竜・・・?」

「正確には・・・竜だったものだ。」

「えっ・・・。」

目を丸くして目の前の光景を見つめた優志は、ひるむことなく巨大な竜と対面したるり達に驚くしかない。

「上空の魔法陣が形を変えてしまったわ。もうすぐ完成してしまう。」

「そうなる前に、たどり着かねば。」

優志の言葉を聞いたるり達は、市長の家へと急ぐべく魔法陣が守る場所から移動をし始めていた。

ルヴァンとカーティルスは雪が目覚めていないこともありその場に残る事し、彼らの父であるエルダも部下たちに指示を出すべくあの場へと残る事にした。

コーディとアイネの二人も、何やらエルダ達と話をしなくてはならないという事であり、彼らもあの場所で残る事にしている。

ヒーリカと優志の先導の元で、一行が少しばかり移動をし始めたとたん、突如として辺りが異変をはじめだした。

上空の魔法陣が変形し、中央から禍々しい塊が解き放たれたのだ。

それらは形を変え、頭上を飛び交う竜へとなっている。

「我々の仲間だったモノのなれの果てだ。」

「マーラに捕まり禁忌の呪術を与え続けられたのでしょうね。」

「ひどい・・・そんな・・・。」

淡々と呟いたハージェントであったが、その顔は鋭く声は重々しい。

雄叫びをあげ、るり達を威嚇している竜は、身体から禍々しい赤黒い液体を滴らせている。

「あれが完璧に姿を形度っていない証拠だ。」

「完全になる前に、早く眠らせてやろう。」

「う、うん。」

両腕に魔法陣を出現させたグレイの横で、アリスが太刀を構えてるりへと声をかける。

るりはオカとうなずき合うと、彼女の手を引き大鎌を強く握りしめた。

「武田さん。貴方はあまり前に出ないように。」

「は、はい。」

優志の立っている地面へと魔法陣を構成したミチルに、彼はおずおずと頭を下げるしかない。

隣には静かにたたずんでいる李春の姿があった。

「生命の感覚が全くない。傀儡・・・と言ってよいモノか?」

「かまわんさ。・・・もう、あの者達に命は無い。」

「・・・。」

短剣を握りしめたマロウに、ハージェントが静かに答える。

無言で動いたディルは、太刀を構えたアリスの方へと駆け寄った。

「るりにあまり力を使わせない方がいい。」

「あぁ。分かってるつもりだ。」

「・・・お前も同じだからな。アリス。」

「っ。あ、あぁ・・・。」

ディルの言葉に歯切れ悪く答えたアリスは、彼に小さく頷くとオカに何やら話しかけていたるりへと近づく。

るりは小首をかしげると、アリスの顔を見上げた。

「あんまり。力使うなって。ディルからお言葉。」

「えっ。あ・・・は、はいっ!」

「・・・。」

ぽんとアリスに背中を叩かれたるりは、ディルの方を向くと何度も頭を下げる。

ストールの下で苦笑いを浮かべたディルは、短剣を構え直した。

「飛んでいる者達が降りてくる前に、さっさと行きましょうっ。」

「そうだな。あの大軍を一体ずつ相手していては、きりがない・・・」

大きく片腕を広げたヒーリカの周りに、オレンジ色の光が渦を巻く。

地面からは銀色の槍が出現し、それらは全て目の前に蠢く竜へと矢先を向けていた。

軽く地面を蹴り上げたマロウは、竜の足元に滑り込むように駆ける。

「・・・感覚がない?」

竜の下へと潜りこみ、構えた短剣を片足へと突き刺したマロウは、小首を傾げて後方へと走り去った。

彼女が振り返ると、短剣が切り裂いた部分が煙のように揺らいでいる。

「血肉の感覚が無い・・・。これは本当に傀儡だな。」

マロウの攻撃を皮切りに、ヒーリカの周りに漂っていた銀色の槍が竜の身体を突き破るように飛び交う。

ヒーリカが片腕を動かすと同時に、手の向いた方向へと槍が縦横無尽に飛び交いだした。

「まるで、煙を相手しているような感覚だな。」

「全くだ・・・。影の者を相手するよりも気味が悪い。」

竜の尾を切り裂いたディルがマロウの隣に着地すると、前方で身体を傾けた竜を睨む。

確かにディルの短剣は尾を切り裂いたはずだが、彼の手に握られた短剣には血肉ひとつ残っていない。

まるで何も当たらなかったかのように、短剣の刃には跡が無かった。

「思念的な物だろうな。痛み・・・苦しみ・・・憎悪・・・それらが固まって形を作っているとしか言えん。」

「だからなのかな・・・とても・・・気分が悪いの。」

「・・・そうか・・・。」

大鎌の柄を片手で握ったるりは、顔色を悪くしながら崩れてゆく竜の姿を見つめる。

ヒーリカやランゼフの放った槍が身体のあちこちを貫き、今や竜の姿は崩れ、かろうじて竜であったと言えるほどだ。

苦々しげにその残骸を見つめたハージェントは、静かに息を吸い込むと口元から炎のようなモノを吐きだす。

「もういい・・・せめて、静かに眠ってくれ・・・」

「・・・ハジさん。」

軽く頭を左右に振った彼に、ジェシカは悲しげな表情をハージェントへと向ける。

羽織ったローブを大きくはためかせたハージェントは、瞬時にして銀竜の姿へと変わると、咆哮をあげて口から炎を吐き散らす。

残骸として残った竜が焼き払われると、その後には小さな音を立てて塵のような物が辺りへと飛び交うだけになった。

「これが、マーラと言う人物が起こしている事なのか?」

「はい。そうです。」

辺りに敵がいない事を確かめ、ミチルは優志と共にるり達の方へと歩み寄ってゆく。

ヒトの姿へと戻ったハージェントは、竜が立っていた場所を何も言わずに見つめていた。

「上空を飛んでいるバケモノ染みた竜もいるだろう。あれも元は、我々の仲間だ。」

「・・・死んでしまった人でさえも使う、と言えばよいのだろうか。」

顔色の優れないるりの方へと李春とジェシカが駆け寄ってゆく姿を横目で見ながら、優志はハージェントの背中へと視線を向ける。

彼は何も言わず、ゆっくりと空を見上げた。

数匹の赤黒い竜を模ったモノが空を飛び交い、雄叫びのような声をあげて市内の何処かへと降りてゆくのが見える。

あちらこちらで悲鳴が聞こえ、その次には爆発音のような音が聞こえてきた。

「感傷に浸っている時間も無いわ。・・・悔しいけれど、彼らに会ったのなら、戦うしかない・・・。」

「わかっている。今は先を急ごう。」

「ハジさん・・・。」

辺りに漂わせていた銀色の槍を消したヒーリカが、感情を殺した声でハージェントへと言葉をかける。

「敵も待ってはくれないみたいだしね。」

「厄介な連中ばっかり現れるな。」

ランゼフとグレイが言葉を発するや否や、進むべき方向からバケモノ達が姿を現す。

片腕や顔があらぬ方向へとひしゃげたバケモノ達は、今まで出会ったモノよりも奇怪な動きをしていた。

気味の悪い声をあげながら、バケモノ達はランゼフ達の方へと近寄ってきている。

「なるべく。敵は倒しながら行きたいです。・・・その、避難している人たちの事もあるし・・・。」

深呼吸をしたるりは大鎌を構え直し、皆の顔をぐるりと見渡す。

「そうね・・・。急ぐことも大事だけれど、これらを放っておくことも、あまり最善じゃないわね。」

「エルダ様たちがいるとはいえ、人々が避難している所は分かれている事もある・・・。出来る限り、バケモノどもは排除してゆこう。」

ヒーリカと顔を見合わせたアリスは、るりへと視線を向けて返答する。

表情は硬いながらも柔らかに微笑んだ二人に、るりは頷き返した。

「敵の出現くらいだったら、ボクでも把握できると思う。寄り道はなるべくしないで行くよ?」

「うん。よろしくね。ランちゃん。」

片手を動かし、コンソールとモニタを出現させたランゼフは、それらを操作しながらるりへと声をかける。

るりは大鎌を構え、迫ってきたバケモノへと鎌を振り上げ複数のバケモノを巻き込んで切り刻む。

黒と白の光を帯びた粒があたりへとまき散らされ、バケモノ達がその光から身体をのけ反らせて動いた。

彼女の動きに合わせるように、マロウが短剣をバケモノへと突き立てる。

残ったバケモノが李春達の方へと向きを変えた瞬間、頭上から氷の矢がバケモノ達を貫く。

片手に魔法陣を出現させたグレイが、地面から這い出てきたバケモノへと、更に追い打ちを駆けるように氷の矢を頭上から降らせた。

「・・・先よりも端末にノイズが走っているわね。」

「頭の上に広がっている魔法陣のせいとしか言いようがないね。」

ランゼフが出現させたモニタには、時折大きくノイズが走っている。

「道案内は、ある程度はやっぱり人の目に頼らないとならないみたい。」

「そのために来ているんだから・・・少しくらい役に立たせてもらいたいもんだよ。」

「よろしく。お巡りさん。」

「はは・・・。」

一通りのバケモノ達を倒し終えたるり達を見て、優志たちが歩き出す。

ハージェントは未だ空を見上げ、何も言わずに静かにたたずんでいる。

「あの・・・。俺にはどう言っていいのかよく分かりませんが・・・」

「・・・?」

ヒーリカ達が駆けてゆくのを見つめながら、優志はハージェントへと振り返り声をかける。

彼が自分へと声をかけてきた事に驚いたのか、ハージェントは上空から目を離し、優志の顔を見つめた。

「家柄として言える事として・・・亡くなった故人を静かに弔うのは当たり前の事です。それに、人生を全うした人を私利私欲で勝手に甦らせて、苦痛や憎悪を浴びせる事は・・・俺も許せません。」

「・・・。」

凛とした表情で声をかけられたハージェントは、静かに優志の言葉に耳を傾けた。

優志は空を見上げ、飛び交っている竜たちを見つめる。

「俺が何処まで出来るかはわかりません。・・・でも、もし出来る事があるならば。・・・・あの人達を安らかに眠らせてあげたいです。俺、あの・・・実家がそういう弔いとか供養とかする関係の仕事をしているので・・・。」

「・・・そうか。」

別世界のハージェントに気を使っているのか、彼にどう伝えていいのか迷ったように、優志の言葉は歯切れが悪い。

それでも、彼の言いたい事がわかったように、ハージェントは静かに頷いた。

そして、ゆっくりとるり達が進んでゆく方へと歩き出す。

「なんだろうな・・・。知り合いに良く似た顔をしているんですよ。」

「私がか?」

「あ。はい。」

何を話してよいモノかと悩んだ優志は、頭を軽くかきながら、ハージェントの隣を歩き出した。

ハージェントは不思議そうに優志へと顔を向ける。

「その・・・その人はものすごく人望に溢れていて、どこかしらヒトじゃないような雰囲気があって・・・・」

「っ?」

苦笑いを浮かべ、話続ける優志の言葉を遮らんとするように、ふいに前方から爆発音のような音が響く。

驚いて二人が目を見開くと、ビルの合間で微かだが白い光が崩れてゆくのが見えた。

先を歩いていたるり達も、その様子に足が止まっている。

「・・・結界が崩壊した?」

優志の耳に人々の悲鳴に交じって、ハージェントの小さな声が聞こえてきた。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

耳をつんざく様な声が響き、千枝は顔を歪ませる。

「どうして?ここは安全じゃないの?」

「なんだっ!ば、バケモノじゃないかっ!」

「嫌よっ!し、死にたくないっ!」

誰の声かも分からない悲鳴があちらこちらから聞こえ、千枝はうっすらと目を開ける。

「ち、千枝っ?」

「おかあ・・・さん?」

ぼやけた視界の先で、今にも泣きだしそうな母の顔が映り込み、千枝は何度も瞬きをして頭を起こそうとする。

「よかった。千枝?大丈夫か?」

「おとうさ・・・ん。」

両親の顔を交互に見た千枝は、傷む頭を押さえながら身体をゆっくりと起こして辺りを見つめた。

周りには多くの一般人たちがおり、心なしか皆の顔が青ざめている。

「そういえば・・・怪我・・・」

「あぁ。それなら。」

意識を失う前に見た情景を思いだし、ふいに千枝は自分の片腕へと視線を向けた。

「あれ・・・。」

しかし、そこにあるはずの大怪我はなく、傷跡がうっすらと残っているだけになっている。

腕周りの服が避けているが、目を覆いたくなるほどの傷は見えなかった。

それどころか、痛みさえも感じられず、まるで最後に見た情景が嘘のようである。

「エルダさんって方。あの方が助けてくれたの。」

「・・・える・・・・あぁ。あの出版社で会ったあの・・・。」

穏やかに微笑んだ母親に押されるように、千枝はエルダの事を思い出す。

どう見ても、この世界の人間ではない容姿をした彼は、そう簡単には忘れる事はできない。

武藤家でも何度か顔を合わせているが、周りの者達の反応を見ると、エルダという男が向こうの世界でも“普通”の人ではない事は、何となくだが千枝でもわかっていた。

「そういえば・・・武藤さんの奥さん・・・それに・・・ユナは・・・?」

「あ。あぁ。二人だったら・・・・・・。千枝、ユナさんの事を覚えているのか?」

「当り前じゃない。・・・私をバケモノから守ってくれたのは・・・」

父親に身体を支えられる様に身体を起こした千枝は、前方を見て瞬時にして表情を凍らせる。

一般人たちの間から見えた光景に、千枝は思わず身を震わせた。

「たわいもないものですね。聖職者の王がここには不在。それに、マーラ様のお力がお強くなった今・・・。貴方方には勝ち目はなかったわけでございます。」

「く・・・そう・・・」

白いローブを着た者達が地面に倒れ、その前に立ちはだかるように気味の悪い赤黒いローブを着た者達が佇んでいる。

ぐるりとまわりを見れば、あの奇怪な姿をしたバケモノ達もまわりをぐるりと囲むように立ちはだかっていた。

しかし、そこにユナや一緒に行動していた武藤家の者達の姿は無い。

「今まで、あの白いローブを着ていた人たちが、結界みたいなモノで、バケモノ達から私達を守っていたの。」

「・・・突然、頭上が赤黒く光ったと思ったら・・・その白い光が壊れてしまって・・・」

震えあがっている人々の間から、千枝は頭上へと顔を向ける。

薄らとだが白い光が雪のように空から舞い降り、その更に上には気味の悪い色をした模様が空を覆っていた。

そして、目を疑いたくなるほどの光景が追い打ちを駆けるように視線の中へと入ってくる。

「あれ・・・何?ドラゴン?」

「竜?竜が・・・わ、私達を食べようとしているの?」

ざわつく人々の頭上では、気味の悪い魔法陣と同じ色をした竜が上空を悠々と飛び交っている。

竜が頭上を通り過ぎるたびに、どこかしらから悲鳴が上がり、その度に前方に佇む気味の悪いローブを着た者達が声をあげて笑い出した。

「マーラ様の生贄になるのです。そうすれば安らかな土地へ。皆様は導かれますよ?」

「そんな・・・嫌よっ!」

「し、死にたくないっ!」

高々と腕を広げた男が一歩一歩と千枝たちの方へと近寄ってゆく。

地面に倒れた白いローブを着た者達が動こうとするが、彼らは片腕を動かす事も出来ない。

「武藤家の方とユナさんは・・・エルダさん達と別の場所に行ったんだ。」

「安全だって言っていたのに・・・どういうこと?それに、る、るりはどうして・・・」

「?・・・るりがどうしたの?」

今にも泣き出しそうな母の言葉に、思わず千枝は周りの様子を構うことなく彼女に問いかける。

両親はお互いの顔を見合わせ、辺りを気にしつつも千枝の耳へと言葉を呟く。

「実は、貴女が倒れている時に・・・・」

「え・・・・。」

なるべくまわりの者達に聞こえないよう、千枝の母は彼女の耳元で事の次第を話し出す。

突然のテレビ中継で流れた様子。敵がるりを探している事。

彼女を差し出せば、全てが終わるという敵の言葉。

近寄ってくるバケモノ達よりも、千枝は母の話に顔を青ざめさせ、同時に言い現せない不安に身を覆い尽くされだす。

「じゃぁ、この瞬間にもるりは・・・どこかで逃げているの?」

「わ、わからないわ。でも、白いローブを着た人たちが言うには、その前にあの子の身の安全は保たれるって・・・・」

「・・・?」

悲鳴をあげた女性が後ずさりをし、彼女の後ろにいた千枝の身体が無理矢理押される。

驚いたように顔を上げれば、目と鼻の先にバケモノ達が迫ってきているのがわかった。

「さぁさぁ。どなたでも結構ですよ?誰が最初に生贄になりますか?」

「いやっ!いやよっ!」

「やめてくださいっ!足をひっぱらないでっ!」

「っっ!お前が行けよっ!」

心底楽しそうな男の声が聞こえるや否や、押し合っていた人々が突然と暴走したように動き出す。

自分より後ろに立っていた者達を前方へと引き出す様に、周りの持達が狂ったように相手を掴みだした。

バケモノが一歩前へと出るたびに人々は見知らぬ他の者を掴みあげ、無理矢理に引きずり出す。

「どうしてっ!ちょ、ちょっとやめてっ!」

「ち、千枝っ!」

青ざめた顔で手を伸ばしてきた女性から母を守る為に、千枝は女性の腕を掴みあげる。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」

「っっ!」

泣きはらした顔で別の方向から腕が伸びてくると、千枝の身体が意図せぬ方へと押し出された。

地面を見ると、上空を埋めている魔法陣と同じ色をした模様が周りの人々をまるで捕らえるかのように浮かんでいる。

「力を持たない現世の人間など、すぐに呪術にかかるものですね。」

「そういうっ!ことっ?」

「千枝っ!」

皆が操られて周りの者達を引きずり出していると分かった千枝は、必死に抵抗しようと身体を動かす。

だが、周りの者達は彼女に謝りながら、意志とは反対に動く自分の身体に押されて彼女へと掴みかかる。

複数の腕に掴まれた千枝は、母と父に手を伸ばすが、彼女たちに手を掴まれるよりも早く、身体が押し出されてゆく。

後方に嫌な感覚を覚えると、塊となっていた人たちから吐き出されるようにバケモノたちの方へと突き出された。

「いやだ・・・死にたくない・・・」

「助けてよ、誰か助けて・・・・」

「っ。」

千枝と同じように突き出された人々が地面に倒れ込んでおり、ヒトによっては尻餅をついた状態でバケモノや気味の悪いローブを着た者を見上げて震えあがっていた。

「何回も見ていれば、こっちは何とも思わないわよ・・・」

「ほう?なんとも勇ましい現世の人間がいたもので。」

妹と同じ中学の制服を着た少女を見つけ、千枝は思わず彼女をかばうように彼女の前へと盾のように立ち、男達を睨みつける。

背中に冷や汗が流れる感覚がしたが、今はそれよりも彼らへの怒りの方が勝っていた。

気味の悪い模様を浮かべ笑みを模った仮面を着けた男が、千枝の姿を見て仮面の下で笑い出す。

「これだけの生贄がいれば魔法陣も完成し、力が増大するでしょう。」

「っや、やだっ!」

「やめなさいっ!こらっ!離してっ!」

ふら付くように動いたバケモノ達が、目の前に出された者達へと近寄り、一人一人を掴みあげる。

バケモノに身体を押さえつけられた少女を助ける様に、千枝が彼女へと手を伸ばすが、自分もバケモノに身体を押さえつけられてしまう。

辺りからは耳をふさぎたくなるような悲鳴が聞こえ、その中に両親の声が響いているのも千枝には聞こえていた。

冷たい腕のような感覚が首元へと迫り、千枝は必死に身体を動かして抵抗する。

「さぁさぁ。皆様、記念すべき最初の生贄。それらになる悦びを、皆で分かち合いましょう!」

「っっきゃぁぁぁっ!」

「や、やめてくれぇぇぇぇ!」

「いやだっ!いやだぁぁっ!」

男の笑い声をかき消すほどの悲鳴が辺りに散らばり、千枝は声も出ない程の圧迫感に押しつぶされそうになる。

仮面を着けた男が高々と両腕を広げたのが見えると、バケモノ達のローブが風にまきあげられたように広がった。

 

「な。どうしてっ!」

 

ふっと背中に冷たいモノが近づいたかのように感じた千枝だったが、次の瞬間にはその感覚が遠のいてゆく。

驚いて振り返れば、身体を押さえていたバケモノの姿は無い。

唖然とたたずんでいる男が見えると、視界の先に何かが動いているのが見えだす。

「お前達はどこからっ!」

「遅い・・・。」

仮面を着けた男が片腕を動かそうと身体をひねると、彼のすぐ後ろに女性が姿を現した。

銀色の髪をなびかせた彼女は長いストールで顔の半分を覆っており、表情が一切分からない。

赤く切れ長の目が男を後方から睨み、その手には短剣が光っていた。

刃先は男の首元に向けられ、仮面を着けた男は微動することさえできないようである。

「助かったの・・・?」

震えあがった少女の声が聞こえ、千枝はぐるりと辺りを見つめ、その光景に目を疑った。

あれほど蠢いていたバケモノの姿は一体も無く、変わりに複数の見慣れない姿をした人々が佇んでいる。

「お怪我はありませんか?」

「え・・・えぇ。」

眼鏡をかけた少女が千枝へと駆け寄ると、反射的に千枝は頷くしかない。

一見すれば普通の少女に見えるが、彼女の髪はほんのりと緑がかっているのに、千枝は気がついた。

「さてさて。今度はこっちの番だ。」

「準備は大丈夫かしら?」

「・・・え・・・・。」

少女は青い髪の青年の言葉に頷くと、穏やかな表情を浮かべてその場から駆けてゆく。

唖然と二人の様子を見ていた千枝は、二人が走って行った方を見て、目を見開くしかない。

「大丈夫。こっちは準備万端だ。」

「ランちゃん。行くよっ。」

「・・・うん。」

そこには、見慣れた顔の妹が、大鎌を高々と空に掲げている姿があった。

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