上空へと大鎌を立てるように掲げたるりは、静かに深呼吸をする。
地面に黒と白を混ぜた光が円を描き、煌々と辺りを照らし出した。
「まさ・・・か・・・あれは・・・」
「喋るな。首が飛ぶぞ。」
「ぐっ!」
マロウに短剣を突きつけられた男は、仮面の下から苦々しげにるりの姿を見つめるしかない。
「基盤はできたよ。あとは、あの基盤に沿って力を入れてみて。」
「うんっ。」
ランゼフが片腕を動かすと、淡い緑色の光が魔法陣を形どり、上空へと広がってゆく。
るりはそこに向かって大鎌の刃先を振り上げる様に動かした。
黒と白の光が線となって解き放たれ、ランゼフが描いた魔法陣の線を、上書きするように広がってゆく。
「じ、地面が・・・」
「助かったのか?」
上空に新たな魔法陣が完成すると、地面に広がっていた気味の悪い色をした魔法陣がガラスを割るように消えていった。
同時に、周りからは安堵の声が響きだす。
「うまくいったのかな?」
「上出来だよ。」
「ぽかぽか・・・暖かい感じがする。」
苦笑いを浮かべたるりの横で、アリスが彼女へとほほ笑む。
李春が空から降り注いでくる白と黒の光の粒を手のひらで受け止めると、大事そうにそれを地面へと流した。
「こ、このお力は・・・貴女様は・・・」
「我らに勝機がっ。」
今まで地面に倒れていた白いローブを着た聖職者たちが一斉に立ち上がり、るりの方へと駆け寄ってくる。
彼らは片膝をついてるりへと頭をたれると、何度も礼を述べ始めた。
その様子に、るりは慌てたように彼らに頭をあげる様に促す。
「どうやら、あちら様も、呪術が抜けたようだ。」
「貴様はどうする?」
「・・・ぐ・・・ぐぅ・・・」
マロウに短剣を突きつけられた男は、囲むように現れたディルやハージェント達の姿を苦々しげに睨むしかない。
「巫女の力の元では、あんた達は力も十分に使えないんじゃない?」
「ここでお縄になってもらった方がいいかもな。」
「くっ・・・」
ヒーリカとグレイが彼に向かって言葉をぶつけると、男はわなわなと腕を振るわせだす。
その様子を見ていたるりが、大鎌を抱えて彼女たちの方へと近づいた。
「その者については、我々に任せていただけませんか?」
「我が王へと伝達をして、処罰を検討させて頂きます。」
「お・・・おのれ・・・っ!」
駆け寄ってきた聖職者たちが、マロウと入れ替わるように男を魔法によって拘束し始める。
煌々と白く光る縄に腕を拘束された男は、心底悔しそうにるり達を睨みつけた。
「何も知らない人々を、こんなふうにするのは許されない事だと思います。・・・それに、竜の人達だって・・・」
「だ、だまれっ!」
凛とした表情で男に語りだしたるりに対して、男は声を荒げて彼女を睨みつける。
「すべては・・・マーラ様の為だというのに・・・っ!マーラ様の世が戻ればっ!」
「そんな世界は誰も望んでいない。」
「誰も、マーラが統治する世界なんて望んでいないわ。」
苦し紛れにも聞こえる男の言葉を消すかのように、アリスやミチルが口々に男へと呟く。
「こやつに何を言っても無駄だろう。」
「全身に禁忌の呪術がはびこっている。」
「・・・あ・・・。」
軽い音を立て、ディルが男の仮面をはぎ取るように脱がせる。
仮面が取れた男の顔は、あまりにも人とは思えない程の模様がはびこっていた。
血走った眼がぎょろりと動き、思わずるりは息を飲んでしまう。
「これが、マーラに忠誠を誓ったヤツの姿だ。」
「・・・。」
るりの肩を抱くように呟いたアリスは、男の顔を蔑んだように睨む。
赤黒い模様を浮きぼらせた顔で、男も同じようにアリスを睨みつけた。
「巫女様のお力によって守られた場所です。早々易々と敵に壊される心配はございませんでしょう。」
「皆様は、先に行かれるのでしょう?・・・王から、事の次第は聞いております。」
睨みあっているアリス達に、聖職者たちが声をかける。
彼ら自身も時間があまりない事は分かっているらしく、この場にるり達を長く止めている事が気が気ではないようだ。
「そうね。・・・お言葉に甘えて、行きましょう。」
「現世の方々については、我々が・・・」
「よろしくお願いします。」
るりの肩を軽く叩いたヒーリカに合わせ、聖職者の男性がるりへと小さく頭を下げる。
アリスと顔を見合わせたるりは彼らに頭を下げると、静かに事を見守っていた優志たちの方へと向かおうとくるりと振り返った。
「ちょっと・・・るり・・・どこに行くの?」
「っっ?」
ふっとるりの後方から、彼女にとってはとても聞きなれた声が響き、思わず転びそうになってしまう。
同時に、忘れていた不安感がるりを覆いだした。
「るり・・・るりなの?」
「・・・っ。」
大鎌を抱えたまま、るりは聞きなれた声のした方へとゆっくりと振り返る。
そこには、不安げな表情をした両親と姉の千枝が佇んでいた。
後方ではざわついている人々の姿もあったが、それらの姿はかすんでるりの視界にはあまり入ってこない。
「お母さん・・・お父さん・・・・・・・お姉ちゃん・・・。」
「えっ。」
優志たちの方へと駆けてゆこうとしたヒーリカやアリスだったが、るりの声に驚いてその場に立ち止まる。
二人は震えた手で大鎌を抱えたるりを見て、何をいう訳でもなく彼女の方へと戻ってきた。
「タイミングが悪すぎるかも・・・。」
「・・・そうだね。」
ヒーリカの横へと並ぶように歩いてきたランゼフは、苦笑いを浮かべた彼女に、顔を向ける事無く答える。
るりはどうしたモノかと、千枝や両親の顔を交互に見るしかない。
「あの・・・久しぶりだね。」
「久しぶりだねじゃないわよっ!あんた、どれだけ心配したかっ!わかってるの?」
「・・・・。」
怒鳴り声をあげて近づいてきた千枝に、るりは思わず後ずさりをしてしまう。
るりの手から離れたオカは静かに彼女の隣に佇み、千枝や彼女の両親を見つめた。
突然と大鎌から人の姿へと変わったオカに、千枝たちは目を丸くするが、すぐにその顔はるりへと向く。
「るり。お父さんたちは、武藤さんや警察から、そして小鳥先生達から話は聞いている。でもね・・・それでも、理解できていないんだ。」
「・・・わかる・・わよね?」
「それは・・・。」
不安げな表情で見つめてくる両親に、るりは顔を背けそうになる。
今にも腕を掴まれそうな表情をした千枝には、顔さえも向けることができなかった。
「あの日・・・。るりがお友達と家を出て行った時、貴女を止めるべきだったのかもしれないわね・・・。」
「っ!」
泣き出しそうな表情をした母親の顔を見て、るりは思わず目を丸くさせてしまう。
冷やりとしたモノが背中を流れ、同時に今までの事が脳裏に思い出されていった。
「るり。両親に言いたい事は話した方がいい。」
「っ・・・お、オカさん。」
「お前が自分で決めた事を、話をしてやりなさい。」
「・・・。」
数歩ほどの間をお互いに空けた状態で、るりは両親と千枝の顔を交互に見て頷く。
何も言わず、ただじっと後方で見守ってくれているヒーリカやミチル達の事を感じ、るりは深呼吸をした。
「あのね。たくさんの事は今は話している時間がないの。だから・・・今言える事を伝えるね。お父さん・・・・お母さん・・・お姉ちゃん。」
「時間が無いって、あんたっ、またどこかにっ!」
「お願い。話を聞いてっ。」
「る、るりっ!」
千枝の言葉を遮るように、るりは声を大にして言葉を発する。
今まで聞いたこともないような妹の声に、千枝は思わず息を飲んだ。
「私、自分でやり遂げたい事ができたの・・・。今までは、本当に誰かの後ろに隠れている事しかできなかった。でも、でもねっ、今は違うの。自分で考えて、自分で進みたい道を見つけて、それに向かって仲間と友達と頑張って行くんだって決めたの。・・だから・・・だからっ。」
「・・・。」
自分でも言いたい事が上手くまとめられないのか、るりは勢い任せに声を荒げて両親達に言葉をぶつける。
千枝が何か言いたげに口を動かすが、彼女が言葉を発するよりも先に、父親が一歩前へと出た。
「それは、るりでないとできない事なのか?」
「・・・うん。」
「誰かに言われて、やらなくちゃいけないと、成り行きで決まった事ではないんだな?」
「うん。・・・最後は、自分で決めた。」
「・・・。」
逃げ出したくなるような父親の威圧感に負けぬよう、るりは手を握りしめて彼の顔を見つめる。
「これから先も、普通の生活は出来なくなることは分かっているよ。今からしなくちゃいけない事が、どれだけ“普通”じゃなくなるのかだって分かってる。・・・でも、それでも私はちゃんと成し遂げたいの。」
胸に提げた赤い鍵を握り、るりは両親を見つめる。
困り果てたように父親が母親の顔へと視線を向けると、彼女も同じような表情を浮かべていた。
千枝に至っては納得がいかないと言わんばかりに、肩を震わせている状態である。
「私からもお願いしたいわ。・・・様々な話をして、ご両親にもお姉さんにも混乱を招いてしまっている事は十分承知でね。彼女の意志は、私達が出会った当初よりもとても強いモノへと変わった。揺るがないっていう言い方が最適かもしれないわね。」
「誰がどう言おうと、るりの考えは変わらないと思うよ。」
「・・・・?」
るりの隣へと進み出たヒーリカとランゼフが、唖然とした表情で見つめる両親と千枝に笑顔で話しかける。
「俺からもお願いします。・・・彼女が決めた道を歩ませてあげて下さい。・・・俺は、そういう事言っていい立場じゃないかもしれないけれど、でも、るりが決めた事を、るりのお母さんたちに見守ってもらいたいんです。」
「あなた・・・は?」
るりの後ろに立っていたアリスが彼女の横から前へと出ると、るりの両親達に頭を下げる。
突然と前に出た青年に驚いたるりの両親は、不思議そうな表情で彼をじっと見つめた。
「あのね。紹介するね。・・・私がずっと小さい頃に、会ったって言っていた・・・その・・・青い髪のお兄さんだよ。」
「えっ。」
照れくさそうに笑ったアリスに、るりは並ぶように彼の隣へと立つ。
るりの言葉に目を丸くした千枝は、そのまま両親へと顔を向けた。
小首をかしげた両親は、はっとしたように目を見開き、アリスの顔をまじまじと見つめる。
「青い髪のお兄さん。助けてくれたお兄さん。・・・夢じゃなかったのね。本当に・・・青い髪の・・・。」
「昔は信じられなかったが、今の状況からすれば・・・あぁ、そうだったのか・・・君が・・・。」
るりの両親にまじまじと顔を見つめられ、アリスは思わず緊張した表情を浮かべてしまう。
「私、アリスにまた会えて、嬉しかった。だから、向こうの世界に行った事は全然後悔していないよ。」
るりはアリスの手を握ると、満面の笑みで千枝や両親へと語りだす。
「お母さんやお父さん。お姉ちゃんにはこれからも迷惑かけちゃうかもしれない。でも、その前に・・・私はやり遂げないといけない事があるんだ。」
「・・・彼女と俺とでやり遂げないといけない事があるんです。」
「それ・・・って。」
アリスとるりの声が重なり、千枝は目を見開いて二人を見つめる。
お互いの顔を見合わせ微笑んだ二人に、千枝の両親も何かを悟った様にため息をつく。
「全部終わって、ちゃんと話ができるようになったら、お話しするね。」
「その時には、俺からも・・・話をさせて頂きます。」
「・・・そういうこと・・・ね。」
不安げな表情から一変し、満面の笑みへと変わったるりに、千枝は諦めたように苦笑いを浮かべる。
千枝は観念したかのように両親の顔へと視線を向けると、二人も同じような意見だと言わんばかりに、苦笑いを浮かべていた。
「まだ、若いんだ。道は一つじゃないんだよ。」
「うぅん。いいの・・・。私がずっと彼に会いたかったんだもの。・・・変わる事は無いよ。お父さん。」
「そう・・・。」
「お母さん。アリスの事も、皆の事も話をしたいけれど、時間が無くてごめんね。・・・もっとちゃんと話をしなくちゃいけない事だって、何となくだけど、わかってるんだけど・・・。」
「そうね。本当だったら、言い方としては・・・こちらの世界ではもっともっと時間をかけて決めなきゃいけない事なのよ。」
急に大人びたような表情を浮かべたるりに、千枝は見慣れた妹とは違った人物に見え、目を細めそうになる。
隣に佇むアリスを見つめたるりの瞳が酷く穏やかな色をしているのに気がつき、ため息しか千枝はつくことができなかった。
「でも・・・るりが自分で決めたのなら、それをちゃんと最後まで成し遂げないといけないわね。」
「無事に帰ってきて、ちゃんとお話をしてくれるね?」
「・・・。」
るりとアリスの前に進み出た千枝の母親は、父親と共に二人を見つめて微笑む。
両親の表情を見つめたるりは、アリスと顔を見合わせ、静かに頭を縦にふった。
「二人で無事に戻ってきて・・・うぅん。皆で戻ってきたら、お話をたくさんしないといけないから。待っていて。」
「・・・そうね。根掘り葉掘り、沢山話を聞かせてもらうわ。」
「お。お姉ちゃんっ。」
呆れたような表情を浮かべた千枝は、るりの頭を軽く撫でると、満面の笑みを浮かべた。
そして、何をいう訳でもなくアリスの方を見る。
「頼んだわよ。るりの事。」
「・・・はい。」
真剣な顔つきで千枝に言われ、アリスは静かに彼女に答える。
るりと千枝の両親へと視線を向けたアリスは、二人に向かっても大きく頷いた。
「それじゃぁ、行きましょうか。・・・時間があまりないわ。」
「はい。行きましょう。」
ヒーリカに背中を押されるように言葉をかけられ、るりはランゼフ達の後を追うように歩き出す。
先で待っていた優志たちに言葉をかけると、るり達は魔法陣の外へと駆けて行った。
完全に魔法陣の外へと出たるり達の姿がぼやけ、次第にその姿を認識できない程遠くへと彼女たちは走ってゆく。
「・・・なんていうか。姉を追い抜いて先にそういう相手を見つけてきちゃうとは、思わなかったわね。」
「今は考えられないけれど、落ち着いた時にどっと色々と考えてしまいそうだわ。」
「全くだ・・・。」
大きなため息をついた千枝は、後方でざわつく人々の方へと顔を向ける。
聖職者たちによって近寄らせないようにされていた一般人たちだったが、るり達が魔法陣の外へと出て行ったのを見ると、ざわついていた人々はさらにひどく騒ぎ出す。
「どうしたものかしら。・・・ここに残っているのは危険な気がする。」
「るりは悪い事をしている訳じゃないわ。私達が委縮する必要なんてないのよ。」
「確かに・・・お母さんの言う通りだけど・・・」
睨むような一般人たちの視線を浴び、千枝は苦々しげに彼らを見つめる。
まるで、るり達をこの場から去らせたことを咎めるかのように、一般人たちは千枝たちを睨みつけていた。
聖職者たちがなだめさせているようだが、それでも勢いは変わらない。
「先の子。・・・中継で探しているって言われていた子よ?」
「どうして逃がすんだっ!あの子を差し出せば、先みたいな怖い思いを俺達はしなくてすむんだぞっ!」
「戻ってこさせなさいよっ!」
「・・・。」
バケモノ達の強襲もあってか、困惑した表情を浮かべる一般人の中から、狂ったように声を荒げている人々が千枝たちに罵声を浴びせだす。
敵に彼女を差し出せば、自分たちが助かると彼らはしきりに声を大にして叫び続けている。
「そんなこと、出来る訳ないだろうっ!あの子は私達の娘だっ!」
「うるさいわねっ!たかが一人の犠牲で、多くの人間が助かるのにっ!」
「お前の娘がいなくなれば、俺達は助かったにっ!」
「ちょ、ちょっとそんな言い方はっ!」
千枝の父親が荒れ狂った人々に負けじと声を荒げるが、それを押し返すほどの罵声が彼へと戻ってきてしまう。
唖然としていた他の一般人が、そんな狂ってしまったような事を話す彼らをなだめるように言葉を発するが、あまり意味が無い。
身の危険さえも感じられる怒声や罵声に、千枝たちは民衆と睨みあうしかない状態だ。
「あの方は我々にとっての最後の希望ですっ」
「次代の巫女様をマーラに差し出すなどっ!絶対にしてはならぬことなのですっ」
「な、なによっ!そんなこと言ってっ!」
「お前達も、バケモノの仲間んだろっ!」
「ち、違いますっ!」
聖職者たちが声を限りに一般人たちへと言葉をかけるが、言葉を発する回数が増えれば増えるほど、怒りに狂った者達のボルテージは上がってきてしまう。
どうしようもないこの状況下に、誰もが混乱をし始め収集がつく見込みがない。
「・・・え?」
ふいに、怒り任せに飛び出そうとした一般人たちの前で、辺りを包みこむような冷たい風が巻き上がる。
その冷たさに驚いた者達は、唖然と辺りを見渡した。
「こ・・・これは・・・まさか・・・」
突如として辺りを包みこんだ冷気に、聖職者たちが慌てたように周りを見渡し始める。
深くかぶったローブの下では表情は見えないが、皆が同様に顔を青ざめさせているようだ。
「お静まりなさい。」
「っっ?」
ふっと千枝たちの前に突然と黒い魔法陣が地面へと浮き上がる。
驚いた一般人たちは足元から湧き上がった漆黒に皆が言葉を無くし、ざわついていた人々も黙り込みだす。
「こ、これは・・・魔族の主・・・」
「アイネ様っ?」
漆黒を巻き上げ二つの影が地面から現れると、聖職者たちが一斉に片膝をつき、頭をたれだす。
慌てふためいたように動いた彼らの中には、震えあがっている者の姿もあった。
真っ黒なマントをひるがえし、漆黒から姿を現した者の姿に、固唾を飲んで見守っていた人々は、言葉を無くして目を見開く。
赤黒い角を生やした彼の姿は、恐怖にも似たモノを感じられた。
「新たな神聖なる巫女に対しての侮辱・・・。聞き捨てならぬ言葉の数々・・・現世の者でなければ、首をへし折っているのだがな。」
「ひっ。」
身の丈ほどの太刀を片腕で振り上げたコーディは、地面に音を立ててそれを突き立てる。
真っ赤な瞳が一般人たちをぐるりと睨みつけ、人によってはその気迫だけで尻餅をついた者もいるほどだ。
傍らで目を細めたアイネは、意気消沈した一般人たちを見つめた。
「言葉を慎むが良い。私がこの場にいる限り、巫女と主帝に対する侮辱は・・・一切許しはしない・・・例え、現世の者であったとしても。」
「恐怖で我を忘れてしまう事自体が、敵に付け入られてしまう要因でもあります。・・・お願いです。強くお心を持ってください。」
「あ、アイネ様・・・。」
表情が一変し、柔らかな笑みを湛えたアイネに、聖職者たちはほっと胸をなで降ろす様にため息をつく。
コーディが片手を振ると、聖職者たちは次々に立ち上がり、青ざめた顔でたたずむ一般人たちに声をかけだした。
見る見るうちに彼らの言葉に従順に従いだした一般人たちは、千枝たちから遠ざかってゆく。
時折振り返ってコーディの顔を見た者達は恐怖に震えあがり、足早に聖職者たちを追うように駆けて行った。
「全く。パパったら・・・。」
「・・・。」
大きなため息をついたアイネは、居心地悪そうに視線を逸らしたコーディの背中を軽く叩く。
身を寄せ合って二人の姿を見ていた千枝の両親は、不思議そうに彼女達を後方から見つめた。
「ほら、あいさつしないとっ。」
「わ、わかっている。わかっている。」
「今の登場の仕方じゃ、るりちゃんのご両親に最悪な印象を与えちゃっているわよ・・・」
「ぐ・・・。」
こそこそと何やら話し合っているアイネとコーディに、千枝は小首を傾げて二人の背中を見つめるしかない。
青い鮮やかな色の髪を生やしたコーディを見て、ふいに千枝は目を見開いた。
小さな咳払いをしたアイネは、コーディと共に千枝たちの方へと振り返り、彼女たちの顔をぐるりと見つめる。
「こ、怖がらせてしまって申し訳ない。・・・だ、だが、我々にとって次代の巫女であるお嬢さんに対しての侮辱は、聞き捨てならぬものです。」
「は・・・はぁ。」
先の殺気だった雰囲気とは異なり、急に意気消沈したように言葉を詰まらせて喋りだしたコーディに、千枝の父親は目を白黒させる。
隣でコーディの腕を突いたアイネは柔らかに微笑んで、千枝たちを見つめ返した。
「わ、私は、その・・・あ、アリスの父親です。コーディと申します。」
「アリスの母です。アイネと申しますわ。」
何事も無かったかのように穏やかな表情をするアイネに、千枝の両親は瞬きをして二人を見るしかない。
「あ。お、お父さんっ!ちゃんとあいさつしないとっ!」
「っっ!」
唖然としたまま何も答えない両親に向かって、千枝は弾かれたように父親の背中を何度もたたく。
慌てふためいた千枝の父親は軽く手をズボンで拭くと、おずおずと手をコーディへと差し伸べた。
「どうも。わ、私はるりの父親です。そして、こちらが家内です。」
「はじめまして。るりさんのお父様・・・お母様・・・。」
「は、はじめまして。」
ぎくしゃくとした言葉を発しつつも、コーディはるりの父親と母親の手を交互に握り返す。
細く長い指と真っ黒な爪に驚きつつも、るりの両親はコーディと静かに握手を交わした。
「はじめまして。私はるりの姉です。コーディさん。アイネさん。」
「まぁ。貴女がるりちゃんのお姉様なのね。お話は聞いていたわ。」
「え・・・。る、るりが私の話を?」
「えぇ。」
千枝の顔を見たアイネはぽんと軽く手を叩くと、嬉しそうに彼女の手を両手で握る。
「自慢のお姉様の話は、彼女から話を聞いていたので、どのような方かと思っていたけれど・・・思っていた以上の方だったわ。」
少女のように楽しげに微笑むアイネに、千枝は思わず頬を赤く染めてしまう。
まるで年下の少女に話しかけられたような感覚になり、千枝は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「よかったわ。先のチュウケイという事から、他の避難区でもるりちゃん達の事が騒がれていたみたいだったから・・・。ご両親の心配をしていたのだけれど。」
「なんとか間に合ったというべきか。」
「・・・あぁ。先ほどの。中継。」
ため息をついたアイネは千枝の手を離すと、後方で静かになった一般人たちをちらりと見つめる。
彼らはコーディやアイネの姿を見つめ、何かに脅えているかのように身を縮ませていた。
よほど、先程の事が効いたようである。
「あれも、マーラ達・・・敵の策略の一つでしょう。何も知らない現世の人達を混乱に陥れて、結果的にるりちゃんを差し出す様にしむける。そうすれば、何事も無かったかのようになると思わせているようだけれど・・・実際はその真逆。」
「それを発端に事態は悪化してゆくだろう。」
「・・・。」
コーディとアイネが上空に作られた白と黒色の魔法陣を見つめ、更にその向こう側に見える赤黒い空を睨みつける。
白い光の向こう側で、気味の悪い雄叫びが聞こえるが、声を発している竜はこちらへは降りてこようとはしない。
旋回し、まるでこの場を避けるかのように動いた竜たちは、別の方へと飛び去って行った。
「この場は、絶対に安全と言ってよいと思います。巫女の力とはそれだけ強いモノであり、悪しき力に屈しないのですから。」
「るりは・・・そんな能力を・・・」
「彼女が自分の意志で強めた力だ。」
「娘が自分の意志で・・・。」
コーディ達と同じように上空を見上げた千枝たちは、彼らが既に別の方を向いているのに気がつく。
「私達は、るりちゃん達の応戦に向かいます。・・・息子の事もありますし、何よりそれが“王族”としての務めですので。」
「この場は他の場所よりもより安全な区域となっている。・・・貴方方は此処に・・・。」
「え・・・。」
穏やかに微笑んだアイネは、後方にいた白いローブを着た聖職者たちに何やら話をし始める。
小さく頭を下げたコーディは千枝たちから離れると、魔法陣の端へとゆっくりと歩き出した。
その背中を、千枝の両親は静かに見つめるしかない。
頭が混乱している事もあるが、彼らに同行していった所で何を手伝うという事も出来ない事がわかっているからでもある。
「・・・娘をよろしくお願いします。」
「承知しております。・・・彼女の身を守ることが我々の最優先事項なのですから。」
「・・・。」
漆黒のマントをひるがえし、千枝の両親達に振り返ったコーディは、短くそれだけを言うとまた歩き出す。
「全て終わってから・・・色々なお話をさせて頂きますね。」
「えぇ。お二人もお気をつけて・・・。」
「私達には何もできないですが、せめてご武運を祈らせて頂きます。」
「・・・ありがとうございます。るりちゃんのお母様。お父様。」
コーディの後を追うように歩き出したアイネに向って、るりの両親が不安げに声をかける。
アイネは柔らかに微笑むと、先を進む彼へと小走りに駆けて行った。
二人の姿が小さくなってゆくのを見つつ、千枝は両親とその場に佇むしかない。
「力不足ではありますが、我々が御身を守らせて頂きます。」
「どうぞ。こちらへ。」
「・・・何から何まで・・・申し訳ありません。」
白いローブを着た聖職者たちが、るり達の両親へと近寄ると先導するように手を広げて場所を移動するよう手招く。
彼らに付き添われるように、千枝の両親達はゆっくりと歩き出した。
しかし千枝は、じっとコーディ達の背中を見つめたままである。
不思議そうに振り返った千枝の母は、娘の肩を叩こうと手を伸ばした。
「・・・私も行ってくる。」
「えっ!」
「千枝っ?」
突然と呟いた千枝の言葉に、両親は目を見開いて彼女を見つめる。
ふっと息を吐いて振り返った千枝は、両親の顔を見ると大きく深呼吸をして聖職者へと顔を向けた。
「両親の事。お願いしたいです。」
「ま。待ちなさいっ!お前が一緒に行ってどうするんだっ!」
「そ、そうよっ!外はバケモノだらけなのよ?」
「危険ですよお嬢さんっ。」
両親達の制止を振り切るように千枝は一歩一歩と彼らから遠ざかってゆく。
片腕を伸ばしても、手に触れることができない程の距離へと動いた千枝は、両親の顔を見つめ目を細めた。
「私、るりがどういう覚悟を決めたのか。この目で見たいの。・・・お母さんたちだって同じ気持ちなのはわかってる。でも・・・やっぱり、自分の目で見ないとっ!」
「千枝っ!」
母親の制止を振り切るように、千枝はコーディ達の歩いて行った方へと駆けだす。
彼女を止めようと聖職者たちが駆けだすが、彼らは千枝の腕を掴むよりも先に、その足をぴたりと止めた。
「全く・・・あれも職業病的なやつか?」
「・・・かもしれないね。」
千枝と両親達の間に現れた二人は、聖職者たちに片手を上げて停止させると、がむしゃらに走りだした千枝の背中を見つめる。
「あたしが彼女を守りますよ。・・・ご両親は此処で待っていてください。」
大きく背伸びをしたユナは、千枝の両親に頭を下げる。
「全く、無鉄砲な奴だな。ほんと・・・。」
「そこが彼女の良いところでもあると思うけれど・・・ね。」
「まぁ・・・な。」
一つだけ深く深呼吸をした彼女は、魔法陣の外へと走って行った千枝の背中を追い駆けだした。