薄暗い廊下を、バケモノ達が這いずりまわっている。
部屋の入り口をほんの少しだけ開けてその様子を見た光士は、音を立てないように静かに扉を閉じた。
「我々がおとりになりますので、奥様たちだけでも。」
「そ、それは出来ないわ・・・」
父親の秘書や警備に入っていた男達が口々に母親や祖母に言葉をかけるが、彼女たちは頑なにそれを拒んでいる。
明かりの殆ど灯っていない部屋の奥には、裏庭に出るための扉が鍵を開けて薄らと開かれている状態だ。
外には同じようにバケモノ達の姿が見えるが、それでも数は少ない。
なんとか裏庭を介して家の敷地から出ることができれば、この窮地を脱することができるだろう。
民家に添うように停止した警察車両のランプが暗い路地を照らしており、怒鳴り声のようにも聞こえる警察官の声が窓や扉の隙間から光士の耳へと流れ込んでくる。
数センチほど開けられた扉の向こう側では赤いランプの点滅に合わせ、白色に発光する複雑な模様が垂れ幕のように広がっていた。
警察車両や警官たちを取り囲むように形成された白色の光には、バケモノたちは近寄ろうとしない。
数十分とその様子を見つめているが、一度もバケモノは白色の光へと接触する事は無く、あの場所へとうまく逃げ込めば身の安全は保障されるという確証は得ていた。
「・・・あの・・・アシスタントの女の子・・・どうなったのかしら。」
「今は、自分の身の安全を考えるんだ。」
「で、でも・・・」
ぽつりと小さな声をあげて不安そうな表情を浮かべたテレビ局の女性がつぶやく。
すぐさま隣で青ざめた顔をした男性が首を横に振り、何とも言えぬ重々しい空気が部屋中に広がってしまう。
彼らがこの場所へと来たのはつい先ほどの事だ。
悲鳴をあげて廊下を駆けて来た彼らは、誰もが青ざめた顔をしており状況を説明してもらおうとしても、最初は全く話もできない程だった。
やっと聞きだせた外の状況はあまりにも酷く、未だに誰もが全ての事を飲み込めているわけではない。
しかし幸いと言って良いのか部屋の中へとバケモノたちがなだれ込む事は無く、その事もあってか取り乱していたテレビ局の者達も次第に落ち着きを取り戻していた。
何度か扉の外で蠢いているバケモノ達と光士は顔があったような気がしたが、それでもバケモノ達はこの扉を開けようとしない。
最初はとても不思議なことで誰もが困惑さえもしていたが、今となっては十分な理由が一つだけ見つかっていた。
「さて・・・どうしたものかね。」
部屋の隅で傷口を押さえ、一人の青年が苦笑いを浮かべている。
真っ白な色の抜けたような髪を揺らし、自分の血に染まった黒い服を着た青年は、自分の周りに赤い光を漂わせていた。
傷口の上にもそれらはノイズを走らせて動いているが、彼が負っている傷は深いようである。
SF映画などで見たことがある電子のモニタにも見える赤い光は、光士が見たとしてもどういった理屈でなりたっているのかはわからない。
明らかにこちらの世界とはかけ離れた存在である青年であるが、この場にいる誰もが邪見に扱う事は無かった。
なぜなら彼によってこの部屋はバケモノ達から守られ、光士たちはなんとか敵に捕まらずに済んでいるからである。
片目を包帯で覆った青年は病的な白い肌を血で汚し、片腕を動かしてはコンソールのようなモノを操作していた。
身体には幾つもの傷があり出血は止まっているようだが、かなりの深手を負っている。
彼が言うには、敵のちょっとした情報を流してしまった事がばれたというのだが、それが一体誰に渡ったのかは教えてはくれない。
それどころか、自分の事に関してはディレイという名前くらいしか明かしてくれず、この部屋自体をバケモノたちの意識から逸らしている、という事実だけを彼は話してくれた。
あまりに不可思議な彼の能力や見た目に疑問符を討ちながらも、家族をかくまってくれている事に関して文句をいう訳には行かない為、このように彼とこの部屋に隠れている訳である。
「彼らの目的は多くの一般人が生贄として集まるのを待っているのさ。」
「じゃ、じゃぁ・・・あ、あの子も・・・」
「その可能性は大いにあるんじゃないかな?」
「そ、そんなぁ。」
青ざめた顔でディレイの言葉を聞いたテレビ局の者達は、口々に悲痛な声をあげだす。
彼の作り上げた半透明なモニタで中継の様子を光士たちも見ていたが、あまりにも見ていられない内容に、途中からは母親は顔を背けていた。
自分たちを逃がす為に時間稼ぎをした父は、案の定敵に捕まってしまっている事も中継で理解でき、なおかつ、状況は更に悪くなる一方であると感じている。
「少しぐらいなら、僕も動けると思うからね。・・・仕方ないけれど、君たちを援護してあげるよ・・・。そろそろ、ここにいるのも面倒だ。」
「あ。あんた・・・その怪我でっ・・・?」
ゆっくりと寄り掛かっていた壁から立ち上がったディレイは、小さくため息をつくと、辺りに集めていた赤い光を家の中に続く扉へと集中させてゆく。
外へと続く扉の方へも彼が片腕を広げると、まるで道を示すかのように赤色の光の線ができた。
どうやらその光は、外の警官たちにも見えているらしく、彼らは白色の光の下でせわしなく動き出している。
「躊躇している暇はないよ。お相手さんの力は結構強くなっている。・・・振り返らないで走るといいさ。」
「しかし、君は・・・その傷では・・・」
「あぁ。それならご心配なく。」
「え・・・。」
赤黒く染まった黒いローブのような服を脱ぎ捨て、ディレイは気味の悪いと思えるほどの笑みを向ける。
ローブの下から見えた服は、所々が刃物で切られたように下の肌を見せているようになっていた。
真っ白な肌に切り傷が幾つも見えているが、どれも止血はしている。
「平気だよ。ある程度無理しなければね。」
「・・・。」
ふらりと片手を動かしたディレイは外へと続く扉を開け放ち、光士たちをぐるりと見つめる。
扉の先は、バケモノ達を遮るかのように赤い壁が両側に広がっており、一直線に庭の外へ止まっているパトカーの方へと伸びていた。
「さぁ、行くといい。僕が最後にこの場を去らないと・・・消えちゃうからね。」
「あ。あぁ。」
「わかりました。」
不気味な笑みとも言っていいような顔をしたディレイは、小さな笑い声をあげて片手をひらひらと動かす。
「行きましょう。私達が先導します。」
「は、はい。」
家の警備に当たっていた男性が、目の前の赤い道へと足を踏み出すと一目散に先の方へと駆けだした。
途中、バケモノが赤い光を壊そうと重い音を立ててぶつかってくるが、それを振り返る余裕はない。
次に光士の母親や祖母、そしてテレビ局の者達が駆けだした。
大人の間を駆け抜けながら、光士は何も考えずに目の前に見えた警官たちの方へと飛び込む。
皆が同様に大きく手を振り、声を張り上げ光士たちを誘導する。
背中の方で嫌な音やくぐもったうなり声が迫ってくるが、震えた脚はかろうじて止まる事は無い。
目の前に見えた白色の光へと手を伸ばすと、その先で待っていた警官が工事の手を力強く握り返し、身体を引きずられるように引き寄せられる。
「もう大丈夫だっ!」
「お怪我はありませんかっ?」
垂れ幕のように流れている光をくぐったと思えば、周りには安堵の声をあげている母親たちの姿が目に入った。
警官たちがしきりに無線機で連絡を取り、騒がしい音が辺りには響き渡っている。
「た。助かった?」
唖然と辺りを見つめれば、見知った顔の警官が近くへと駆け寄ってきた。
「光士っ!大丈夫かっ!」
「司おじさん・・・。」
急に脚から力が抜け落ちその場に崩れる様に倒れた光士を、司や他の警官たちが抱える。
彼らに支えられながら、用意された救護場所へと光士が運ばれてゆくと、そこには多くの人々が集まっていた。
「おじさん・・・父さんが・・・まだ・・・」
「・・・あぁ。わかってる。」
慌てたように司の服を掴んで、光士は家の方を振り返って指さす。
青ざめた顔で必死に彼を動かそうとするが、警官たちは困惑した表情で見返すだけだ。
よく見れば、あのディレイという青年が作った道が消えている。
見慣れた自宅は気味の悪いバケモノたちが出入りを繰り返し、白色の光の外ではどこからともなくうなり声が響いていた。
「すまない。こんな状況で申し訳ないが・・・少し教えてほしい事がある。・・・だれがお前達を此処まで援護してくれたんだ?」
ゆっくりと光士の方に重く司の両手が乗せられると、彼は低い声でぽつりとつぶやいた。
未だ泳いでしまう目を動かし、光士は目の前で真剣な表情を浮かべる司を見つめる。
「そ、それが・・・」
気を失ったように椅子に座り込んだ母親や祖母の方を光士は振り返るが、彼女たちに説明をするのは難しそうである。
テレビ局の者達は他の警官から事情聴取をされており、彼らとも話をすることができない。
大きく深呼吸を何度も繰り返した光士は、落ち着いてきた自分の頭を必死に動かし司へと視線を戻す。
「黒い服を着た・・・向こうの世界の人なのか・・・ディレイ・・・って名前の男の人が・・・ま、魔法?なのか、先の赤い道を作ってくれて。」
「そうか。先の光は、そのディレイという男性が・・・。」
光士の言葉を復唱する司は、彼を落ち着かせるように肩を何度も軽く叩きながら言葉を発する。
光士は来た道やまわりを見つめ、そこに彼がいない事に目を見開いた。
「ディレイって人がいない。最後について行くって・・・言ったのに。」
「・・・黒い服の男はカメラマンだけだ。それ以外の人物はこちらに来ていない。」
「そんな・・・。」
血の気が無くなったような表情で光士は自宅の方へと視線を向ける。
自分たちが出てきた部屋には、バケモノ達が押し寄せており、到底そこから出る事など出来そうもない。
嫌な予感が背中をよぎり、歯を揺らすほどの恐怖が光士を押しつぶそうとしてくる。
学校や様々な場所でバケモノを見ていたとはいえ、ディレイの傷跡を見た後では、彼が助かる見込みが少ない事は確かだ。
「部長。他の警官が、救助された人たちの最後に妙な赤い光が見えた。と言っている者がいますが・・・。」
「妙な赤い光?」
「は、はい。」
光士を心配してか司はそれ以上彼には言葉をかけず、周りにいた警官たちと話し出す。
彼らの会話を聞こうと光士は震える頭でそちらの方へと頭を向けた。
「なんていえばいいんでしょうか。ノイズが走った赤い光が、別の方へと抜けてゆくのを見たとか・・・なんとか・・・」
「そうか。もしかしたら・・・その光が、光士の言った人物かもしれないな。」
「・・・。」
顔をひきつらせつつも、司は光士を心配させまいと精一杯の笑みを顔に浮かべる。
彼の顔を見て、光士は小さく頷いた。
急に冴えてきた頭を動かし顔を動かした光士は、周りの光景が色濃く見えてゆく。
見た事もない白いローブを着た者達が警官たちと話をしており、それに混ざって空想上の格好に似た甲冑や武器を持っている者達も姿が見えた。
髪の色や耳の形、背中に羽を生やした者も少なくは無い。
まるで、この場に様々な種族が集まっているようだ。
「光士・・・。落ち着いたら、お前達はここから避難してもらう予定だ。」
「避難ってどういうことだよ・・・。お、おじさん。」
軽く光士の肩を叩いた司は、彼と目線を合わせるために姿勢を低くする。
周りでは慌ただしく多くの人々が動いており、何かを準備しているようだった。
「いいか。よく聞け。・・・今俺達のいるこの場所は、最前線だ。お前の家を占拠している連中が、いわゆる敵の親玉たちなんだよ。」
「え・・・・。」
肩を揺さぶるように司に言われ、光士は唖然と彼の顔をみるしかない。
どうやら同じような話を光士の家族も聞かされているらしく、母親の鳴き声のような声が耳に響いてきた。
「俺達は、事が整い次第・・・突入する予定だ。」
「皆さんには、安全な区域まで移動して頂きますので。」
「安全って・・・父さんは・・・」
「それは、俺達がやることだ。・・・お前は、自分の身の安全を心配していればいい。」
「おじ・・・さん。」
震える声で何か言いたげに光士は口を動かすが、それ以上の言葉が発せられない。
恐怖にも絶望にも似た感情がせりあがり、気を抜けば失神してしまいそうである。
「あのお話し中申し訳ない・・・準備ができたので・・・」
「そうですか。わかりました。」
白いローブを着た男性が光士たちの方へと近寄り、司がゆっくりと頭を下げた。
その意味を理解した光士は震える足で椅子から立ち上がると、母親へと視線を向ける。
何やら説明を受けていた母親たちは、祖母や家の者達と話をし終えると光士へと顔を向けた。
その顔は青ざめているが、先程より表情は凛としている。
「すみません。・・・市長の事・・・主人の事・・・お願いいたします。」
「はい。我々も最善を尽くすつもりです。・・・皆さんも、避難区域までお気をつけて。」
「・・・・。」
司は光士へと小さく頷くと、他の警官に呼ばれてその場を後にする。
彼に色々と話を聞こうと考えていたのだが、今の光士には考える気持ちすらも浮かばない状態だ。
とにかく、落ち着いて頭を動かせる場所まで動かない事には、どうしようもないだろう。
「母さん。・・・おばあちゃんも、大丈夫?」
「私は平気よ。・・・おばあ様・・・動けるかしら?」
「えぇ・・・。」
家の使用人達に付き添われて祖母が椅子から立ち上がると、白い光の幕が下りている方へと歩いてゆく。
そこには、先程助けられたテレビ局の者たちや、他の一般人たちも複数見えていた。
周りには、先導してくれるのであろう白いローブを着た人たちがいる。
「この先にあある避難区域まで行きます。皆さん。くれぐれも離れず、付いて来てください。」
「・・・。」
静かに首を縦に振った一同を見て白いローブを着た男性が外へと走ってゆく。
それに続くようにまわりの者達と白色の光をくぐると、そこはまるで別世界だった。
「廃墟じゃないか・・・。」
誰かの悲痛な声が聞こえると、まわりは一層不気味な風景に見えだす。
人っ子一人見えない前方は暗闇であり、街灯の光も薄らとしか目視することができない。
それどころか、ビルからもれている明かりもカーテンが仕切られたようにほとんどが見えない状態だ。
カンテラのようなモノを持った人々が一般人たちを囲み、そのおかげでかろうじて足元や少し先が明るくなっている。
「行きましょう。立ち止まっていると影の者達が現れます。」
「先に見えている白い魔法陣。あそこが避難区域です。・・・あそこまで。」
静かに言葉を発した白いローブを着た人々に先導され、光士たちは足早にその場から離れてゆく。
後方を見れば見慣れた家は不思議と別の物に見え、その前に作られた白い魔法陣が煌々と輝いていた。
耳には人々の歩く靴の音と奇怪なバケモノの声が微かに聞こえる。
何処かで悲鳴が聞こえるや否や、爆発音に似たモノも耳に入ってきた。
「市内には、我々の仲間が作った避難地区が幾つかあります・・・上空の魔法陣が動き出した今・・・うかつに遠くへと行くのは危険です。」
「・・・魔法陣・・・」
白いローブを着た男性の言葉に押されるように空を見ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
赤黒い竜が上空を悠々と舞っており、その先には気味の悪い魔法陣が蠢いている。
竜は血のような色の炎を吐き散らして、何かを壊すかのように動いているようだった。
「まさか・・・あの傀儡はっ!」
「急ぎましょうっ!仲間が危ないかもしれないっ!」
「そ、そんなっ。」
上空の竜が妙に近く見えると、前方を先導している者達が口々に慌てたように声を発しだす。
数名の者が駆け出し、前方に見えだした白い魔法陣へと近づいてゆく。
それほど遠い場所ではない避難区域へと近づくにつれて、竜の姿が同じように大きく見えてくる。
それが意味することが光士は嫌でも理解でき、背筋を覆い付く様な冷や汗が垂れ出した。
「お、おのれっ!」
「みなさんっ!ここから離れてっ!」
怒鳴り声のようなものが前から聴こえると同時に、ガラスを叩き割ったような音が辺り一面へと響き渡る。
その音に合わせて人々の悲鳴がビルの間を抜けて聞こえ、光士を含めた周りの者達がその場にぴたりと足を止めた。
「う・・・うそ・・・」
絶望しきった女性の声が光士に聞こえると、目の前で白い魔法陣が音を立てて崩れてゆくのが視界に広がる。
その下に集まっていた一般人たちが悲鳴をあげて、空から現れた奇怪な姿をした竜に脅えだす。
白いローブを着た者たちや甲冑を着込んだ者達が竜へと駆けてゆくが、まるで紙を飛ばすかのように、彼らは吹き飛ばされる。
その情景がまるでテレビを介して見えているかのように感じ、光士は足も動かなくなった。
学校でバケモノ達に襲われたときは、周りに流星や他の生徒たちがいたこともあり、これほどまで恐怖感を感じてはいなかったのだが、今はその時とは違う。
頼れるモノが見当たらなければ、助けを呼んでも絶望的な感覚しかないのである。
「そんな・・・どうしろっていうんだよ・・・」
目の前で避難先が壊され、光士は苦し紛れに言葉を発するしかない。
言葉を呟いたとしても状況が改善される事など無いのだが、今は頭に浮かんだ言葉を呟くことしか考えられないのだ。
赤黒い竜は一般人たちへと近寄り、一歩一歩と歩んでゆく。
竜が動くたびに悲鳴が上がり、その度に地面から追い打ちを駆けるようにバケモノ達が湧き上がってきた。
絶望的な光景に誰もが息を飲み、周りで固まっていた者達がその場に座り込んでしまう。
「どうしたら・・・いいのよ・・・」
鳴き声のような声を出した女性は、その場で手を付き茫然と目の前の光景を見つめている。
竜の口から赤い炎が湧き上がり、辺りは更に騒然となりだした。
息を飲み、光士は目の前の光景から顔を背けようとする。
と。その時だった。
「あれ・・・誰・・・なの・・・?」
「いったい、何なんだっ」
誰の声とも言えない声が光士の耳に聞こえると同時に、淡い緑色の光が視界へと広がった。
光士が見つめる先で小柄な少女が竜の前へと飛び出すと、彼女は片腕を竜の方へと突き出す。
周りに広がった淡い緑色の光が集結し、竜が吐いた炎がその壁によって弾かれる。
それを皮切りに、辺りに鳥肌が立つほどの冷気が感じられ、光士が瞬きをした瞬間に竜を押さえる様に氷が地面から出現した。
「足を止めたっ!一気にいけるはずだっ!」
薄暗い路地から青い髪を揺らした青年が現れ、声に弾かれたように後方から長いストールを揺らし銀色の髪をなびかせた女性が閃光のように竜へと飛びかかる。
手に持った刃物によって竜の身体が引き裂かれ、崩れた身体に追い打ちを駆けるように別方向から女性と同じストールを首に巻いた青年が更に斬りかかった。
完全に胴体と脚が分離された竜は、悲鳴のような声をあげて地面へと倒れ込む。
「たまには良いとこ、見せたいもんだってぇのっ!」
同じストールを首から巻いた男女の後方から両手で太刀を構えた青年が新たに現れ、崩れた竜を思い切り吹き飛ばすかのように胴体を切り上げる。
紙切れのように竜の身体は巻き上がり、塵のようになってその場から姿を消した。
しかし、周りにはあのバケモノ達が残ったままだ。
「あれ・・・あの女の子・・・・」
光士の隣で経緯を見ていたテレビ局の女性が片手をそちらへと向けて茫然と呟く。
その震える手の先には、大鎌を構えて駆けてくる少女の姿がった。
「るりちゃん?」
ふっと光士が彼女の名前を呟くと同時に、大鎌の刃が白と黒の光を帯びて輝いた。
彼女が大きく鎌を振り回すと、周りに現れたバケモノ達が声を発することなく泡のように消えてゆく。
あれほど絶望的だった情景は瞬時にして変わり、人々の悲鳴も聞こえなくなっていた。
大鎌を抱えた少女は上空へと緑色の光を放った少女の方へと駆けてゆくと、軽く鎌の先を空へと振り上げる。
「・・・み、巫女様だ・・・」
「次代の巫女様がご到着なされたのだ・・・」
「助かった・・・助かったんだっ!」
壁や地面にぶつかり倒れていた白いローブを着た者たちが立ち上がり、口々に安堵の声をあげながら少女の方へと歩いてゆく。
少女の持った鎌から発せられた白と黒の光は緑色の光に混ざると、上空へと大きな魔法陣を描いた。
それららは、先程まで光士たちがいた場所と同じように白い光の幕をおろし地面へと流れ始める。
「皆さん。どうぞこちらへっ!」
歓喜に沸いたように白いローブを着た男性が両腕を振り、彼に誘導されるように人々が光の中へと進んでゆく。
唖然と立ち尽くしていた光士だったが、まわりの者たちが動くのに合わせ彼らと共に白い光へと吸い込まれるように脚を動かした。
白色の光をくぐり魔法陣の下へと入るとそこは昼間のように明るく、まるで来た道が嘘のように明るい。
「どうやら、ここもなんとか間に合ったみたいだね。」
「うん。」
自分たちの無事を確かめ、ざわついている避難者たちとは別の所で、先のバケモノ達と対峙した者達が集まっている。
白いローブを着た者や甲冑を着込んだ者達が彼女たちの方へと駆けてゆくのが光士の視界に入ってきた。
何を言う訳でもなく光士や彼の母親たちも、彼女たちの方へと静かに歩み寄って行く。
「るり・・・ちゃん?」
「っ。こ、光士くんっ?」
「な、何だっ?知り合いかっ?」
「あら?」
おずおずと人々の中央にいたるりに向かって、光士は声をかけてみる。
彼女は目を真ん丸とさせると、光士の方へと顔を向けた。
なぜか青色の長い髪をなびかせた青年が、不機嫌そうな顔で光士を見つめる。
「同級生だよ。光丘光士くん。」
「光丘・・・。」
「ど、どうも。」
苦笑いを浮かべて睨みつけてくる青年にあいさつをした光士は、るりの周りに集まっていた者達を見て唖然とした表情を浮かべる。
青い髪、長い耳、緑色の髪に銀色の髪、どの姿を見ても“普通”ではない人たちの姿に対して、光士はしげしげとその姿を見つめてしまった。
「光丘ってことは、君は市長の息子さんか何か?」
「あ。は、はい。そうです。父が、桜丘市の市長をしています。」
「となると・・・市長は・・・」
「・・・。」
ふいに茶色の髪の女性に声をかけられ、光士はその言葉に小さく頷く。
「いきなりマーラという女性とバケモノ達が家に押し入ってきて。俺達が逃げる間もなく家の中は占拠されたんです。それで、バケモノ達に襲われそうになった俺達はディレイって言う人に助けられて・・・」
「は?」
るり達の仲間ならば、ディレイの事を知っているかもしれないと思い、光士は茶色の髪の女性に淡々と語る。
と。急に顔色を変えた女性は、ぎょっとした表情で緑色の髪の少女へと視線を向けた。
その少女も、目を白黒とさせている状態だ。
「ディレイって言う黒い服を着た人に助けられて・・・あ。そういえば、あの人!怪我を負っていた・・・でも、俺達を逃がしてから姿がなくなっちゃって・・・・」
「・・・ディレイねぇ・・・。」
「同姓同名とかいう事はない・・・よね。」
「たぶん。」
「・・・?」
嬉しそうな顔を一つもせずに、るりやその周りにいた一部の者達が顔をしかめて光士を見つめる。
自分の思っていたような反応とは真逆の表情をする彼女たちに、光士自身も困惑してきた。
辺りはだんだんと落ち着きを取り戻し、るり達と一緒にいた眼鏡をかけた警官が、この場にいた別の警官たちに話をしているのが視界に入る。
「ともかく。次に会った時に聞いてみましょう。・・・おそらく、私達に渡したデータのせいで、あいつも追われているのかもしれないし。」
「そうかもしれないね。」
茶色の髪の女性と緑の髪の少女が話し終えると、視界の先から眼鏡をかけた警官が駆け寄ってきた。
彼と共に、複数の警官たちもこちらへと駆けてくる。
「どうやら市長の家のすぐ近くで警官やエルダさん達の仲間が待っているらしい。」
「・・・そうですか。」
「ついに、ご対面ってことか。」
息を荒くして話し出した警官の言葉に、るりや周りに集まっていた者達の表情が険しくなる。
光士は、彼女たちが何処に向かうのかそれで理解してしまい、息を飲むしかない。
「・・・るりちゃん達は、あそこに行くの?」
「うん。そうだよ。」
「そんな、危険だわ!バケモノ達も、得体の知れない仮面を着けた奴らだっていたのに。」
近くで話を聞いていた光士の母親が青ざめた顔でるりへと語りかける。
彼女達と一緒に話を聞いていたテレビ局の者達も、同じように首を縦に振っていた。
しかし、るりは光士の前で首を横に振る。
「私達はそのために来たんだもの。・・・行かなくちゃ。」
「で、でも・・・。」
「平気だよ。光士君。」
「・・・。」
この非常時だというのに、るりの表情は穏やかだ。
彼女は隣に佇む青年の顔を見上げると、光士へと視線を戻した。
そして、手に持った大鎌を強く握りしめる。
「私には皆がいるんだもの。ひとりじゃないから大丈夫。」
「・・・るりちゃん。」
何と答えてよいモノかと、光士は震えた声で彼女の名を呟くしかない。
るりは光士にそれ以上何も言わず共に来た者達とうなずき合うと、魔法陣の端へと歩いてゆく。
光士の隣では彼の母親や家族が不安げな表情で、通り過ぎてゆくるりたちの背中を見つめている。
白い幕のように降り注ぐ光の中をくぐってゆくるりたちに、多くの一般人や警官が声をかけるが、彼女たちは同じように首を横に振ると暗い街の中へと消えていった。
「大丈夫ですよ。あの方々なら、きっと大丈夫です。」
唖然と白い光の先を見つめる光士の背後で白いローブを着た男性がぽつりとつぶやく。
彼は柔らかに微笑み、るり達が去って行った方を見つめていた。
「我らが主ももうすぐ到着するはず。準備は万全です。・・・きっと、次代の巫女様が勝利するはずです。」
「次代の巫女様・・・。るりちゃんが・・・伝承の・・・・?」
別の者に声をかけられた男性は、光士の問いに答えることなくその場から離れてゆく。
避難していた一般人たちは静かに空を見上げているが、周りを動いている同じようなローブを着た者達はせわしなく動いていた。
一つの場所に集まった彼らは、何やらざわつきながら話をすると片手に持ったカンテラのようなモノを置いて、魔法陣の外へと駆けだす。
隣に立っていた光士の母親たちは、警官に寄り添うように避難者たちのいる方へと歩き出した。
「そういえば・・・」
おもむろにポケットへと手を当てた光士は、しんと静まっていた携帯を取りだす。
よく見れば、何も受信していないと思っていたが、何通かのメールが画面に表示されていた。
そこには、見慣れた名前が並んでいる。
数分前を最後にして、その連絡は途絶えていた。
「―光士へ。雪ちゃんが見つかったって連絡がった。無事みたいだ。」
流星からの短いメールは用件だけが淡々と続いている。
最初に送られてきた内容を見て、思わず光士はほっと溜息をつく。
そして、自分たちを心配する内容のメールが数件続いた後に、目を疑うような内容が目に飛び込んできた。
「―光士へ。とりあえず。俺達も行動することになった。商店街はちょっと居られたもんじゃない状態だ。」
慌てて携帯を操作し、電話を流星へとかける。
しかし、コール音が鳴り響くだけで、受話器は一向に取られない。
「あの馬鹿・・・。どこに・・・っ。」
ボタンを操作し、苛立ちを覚えた瞬間、降ろした手の中で携帯が鳴り響きだす。
何も考えずに光士は画面へと視線を向ける。
そこに映し出された名前に、光士は目を疑った。
――
つまらなそうに席を立ったマーラは、ヒールの音を響かせながら廊下を歩いていた。
「準備は整っているの?」
「はい。マーラ様。」
怪我を負って動けなくなった市長を後方に置き去りにし、マーラは映像器具が倒れた部屋から出てゆく。
しばらく何かを発していた市長だったが、今は静まり返り喘鳴のような声をあげているだけだ。
「川西のこともあり、魔法陣は完成したも同然です。あとは、魔竜によって確保した人間たちを生贄にすれば、よろしいかと。」
「あら・・・完璧じゃない。」
「はい。順調でございます。」
狂ったように声をあげて笑ったマーラは、家の正面玄関の方へと歩いてゆく。
仮面を着けた者達が傍らに並び、彼女はそれらをぐるりと見つめた。
「ユーリカも彼方も、傷は癒えたのかしら?」
「はい。マーラ様。」
「申し訳ございませんでした。」
「良いのよ。気にしないでちょうだい。」
深々と頭をたれた二つの仮面に、マーラは赤い唇をひしゃげて笑みを浮かべる。
感情のこもっているようで何も感じられない笑みを浮かべた彼女は、二人の横を通り過ぎると、開け放たれた玄関から外へと出た。
視線の先には白い魔法陣が幾つも遠くに見え、家の裏には同じような魔法陣が動いている。
「忌々しい色だこと。・・・愚かな聖職者たちがここに来ているのね。」
「はい。マーラ様。」
「でもっ。前みたいにはいかないわ。」
鼻で笑ったマーラは、赤い爪を動かし、視界の先に見えた白い魔法陣へと指を向ける。
「全部全部全部全部。・・・跡形もなく壊してあげる。」
「おぉ。なんと見事な。」
マーラの赤い爪が上下に動くと、彼女の視界の先に見えていた白い魔法陣が粉々に弾ける。
その方向から人々の悲鳴がはじけたように広がり、真逆にマーラの周りでは歓声が湧き上がりだしていた。
「まずはあいさつ代わりに。」
手当たり次第目に見えた白い魔法陣へと指をマーラが向けると、同じように悲鳴とガラスを割るような音が響き渡る。
白い魔法陣は粉々に砕け散り、人々の悲鳴がビルの合間を抜けて聞こえてきた。
「あら・・・。」
最後に見えた魔法陣へとマーラが指を向ける。
しかし、何度その魔法陣へと指を向けても、何故かそれは割れない。
よく見れば、黒い色が魔法陣へと混ざっており、他とは異なった動きをしていた。
苦々しげに眼を細めたマーラは、片腕を大きく振り上げる。
思い切り腕を振り下ろすが、その魔法陣はびくともしない。
「おのれ・・・・。」
「マーラ様。落ち着いて下さいませ。」
傍らに立った仮面が、彼女の耳元で呟く。
わなわなと肩を震わせたマーラは、視界の先で揺れ動く白と黒の魔法陣を睨みつけ歯を食いしばった。
「早くあの小娘を殺さないと・・・殺さないと・・・殺せ・・・」
「はい。承知しております。」
低く唸るように呟いたマーラは、真っ暗な通りを見つめる。
赤黒い光が絨毯のように彼女の前へと広がると、それらは螺旋となって空へと続きだした。
真っ赤なピンヒールで赤黒い光へと踏み出したマーラは、ふいに首を動かし進む方向とは別の方へと目を動かす。
彼女の見つめる先には複数のバケモノたちが蠢いているだけであり、人影は見えない。
だが、マーラは肩を震わせ面白おかしそうに笑いだした。
「リフの気配がするわっ!あぁこれはっ!昔使った呪いね・・・ふふ。」
「それはようございます。」
「どんな形をしていても、リフが戻ってくれば・・・私の勝ちよ。」
「はい。」
マーラは白く長い髪を片手でかきあげると、見つめていた先から視線を逸らし赤黒い光が広がってゆく空へと歩き出す。
彼女を追うように動き出した仮面たちは、一言も言葉を発することなく気味の悪い仮面を足元の光で照らしている。
皆が同じようにマーラの後を追う事は無く、数名の者達が地上へと残り彼女たちの姿を見上げていた。
「さぁ、どんな事が起こるのかしら。」
「それはもう。お気に召すままに世界を・・・・」
「えぇ。そうでしょうね。さぁ、殺さなくちゃ殺さなくちゃ・・・小娘を殺すのよ。」
「はい。」
狂ったように言葉を発したマーラの後方で、仮面が赤黒い光に包まれながら姿を消してゆく。
最後に一人残った仮面と前方を歩くマーラは、上空からゆっくりと降下してきた魔法陣の上へと進んでいった。
赤黒い魔法陣から市内を見下ろすと、至る所から黒煙が立ち上がり、人々が逃げ惑っているのが見える。
白い服をひるがえし懸命にバケモノ達と対峙している者達の姿もマーラの視界に入ってきた。
「愚かな聖職者。力無い者達を守るために、いつの時も犠牲になる。」
魔法陣と同じ色を放つ王座に座った彼女は、真っ赤に塗られた爪を動かし何もない空間から赤黒い大鎌を出現させ強く握りしめる。
マーラがそれを一振りするたびに、市内のどこかで悲鳴が上がった。
「さぁ。どこまで足掻くか見せてちょうだい。小娘共。」
真っ赤な口紅を開き、歯を見せて笑ったマーラは、市内に幾つか光っている白と黒の魔法陣を見下ろして笑い出した。