白と黒の世界   作:水鏡 零

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61話

るり達を先導していた優志の目の前に、白色の光を漂わせた魔方陣が見え始めていた。

その先には、大きな屋敷が薄暗くたたずんでいる。

「あれが最前線ってやつかしら?」

「でしょうね。」

ヒーリカと共だって走った優志は、光のカーテンをくぐって中へと駆けこむように入る。

視界が一瞬眩しさでくらむが、次の瞬間には見慣れた人々の姿が見えてきた。

「武田っ!」

「優志さんっ!」

優志の姿を見た警官たちが、目を見開いて彼へと駆け寄ってくる。

後方からヒーリカやるり達も到着しだしたころには、優志は警官たちに囲まれていた。

「ぶ、部長ご無事でっ!」

「俺は平気だ。お前もっ!よくここまで来れたなっ!」

「よかった。武田さんが来てくれたっ!」

ざわつく警官たちは一斉に動きだし、皆が無線へと声をかけだす。

司は優志の肩を叩くと、その後ろから姿を現したるりを見て彼女の方へと歩み寄った。

「久しぶり。るりちゃん。元気そうで何よりだ。」

「な、奈美ちゃんのお父さんっ!」

にっこりと笑いかけてきた司に、るりは懐かしむように目を見開く。

周りの警官たちは、見慣れない李春やハージェント達の姿を見て目を白黒させていた。

居心地が悪いのか、彼らはなるべく人のいない方へと動いている。

「君たちも。よく来てくれた。戦力は多い方が得だ。」

「そう言ってもらえると嬉しいけれど・・・。その前に。」

「・・・何だ?」

ヒーリカへと手を差し伸べた司だったが、彼女はその手を握る事無く、るりへと視線を移す。

はっとした顔で白い魔法陣を見上げたるりは、司たちから少し離れると、手にした大鎌を上空の魔法陣へと一振りする。

白と黒の光が真っ白な模様へと入り込み、光が更に色濃くなった。

「最前線なら、強化が必要って事。直ぐに壊れたら困るでしょ。」

「確かに・・・そうだな。」

「・・・凄い輝きだ。」

「これが・・・。」

小さく頷いたるりは、小走りに司やヒーリカ達の方へと戻ってくる。

と。彼女の手から大鎌が離れ、眩しい程の光が柄を包んだと思えば、その場にオカがゆっくりと地面へと降り立った。

唖然と彼女の姿を見ている警官たちもいるが、オカはあまり気にしていないようである。

「ところで。ここの総指揮官はあんたなのか?」

「えっ。あぁ。俺はまとめ役。・・・ところで、どちらさん?」

「あ・・・。」

司とるりの横へと進み出たアリスに、るりと優志の声が重なる。

「ちょっとばかし、長い付き合いになるんだ。俺達もそれなりに、自己紹介って奴をしないとならないといけないだろうしな。」

「仲間の事も知らないようでは、どうしようもないですからね。」

「まったく。部長の言うとおりだ。」

司の言葉に同調するように言葉を発した警官たちは、緊張高鳴る場所だというにも関わらず、声をあげて笑い出す。

その雰囲気に押されるように、ヒーリカやアリス達も苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

彼らの言葉から簡易的な自己紹介を済ませた優志たちは、他の警官たちとも合わせて、今の状況を再度彼らから説明を受けた。

市内にはびこっているバケモノ達の事。

警官と聖職者そして魔導士たちが協力して、それらの対処に当たっているという事。

各々のパイプ役になっているのがエルダと竜崎である話や、市長宅で起こった事などを話し合った。

ヒーリカからは向こうの世界の事が端的に説明され、さほど時間が経たぬうちに、向こうの世界からも応援が来るだろうという事も、司たちに説明される。

その応援の指揮官が、向こうの世界で一番地位のある人物だとは、ヒーリカは伝えるのを控えることにした。

成り行きとはいえ、恐らくは“部外者”であろう者達も此処には多いだろうと彼女は判断したからである。

 

「見ての通りだ。時間が経つにつれて、こっちの状況は最悪。今この時も何処かでバケモノが出てきている状態だ。」

「避難区域も禍々しい竜に襲われてしまっていますし。」

「どこもかしくも、我々では手が負えません。」

お互いの話を一通り終え、司やるり達は顔をしかめるしかない。

慌ただしく動く警官たちはしきりに連絡を取り、それを横目で見ていた聖職者たちが、魔石を使って仲間達に連絡をとっている。

皆が一段となって動いているとはいえ、事はそれ以上に大きく動いているようだ。

「あの家で捕まっていると思われるのは市長と・・・あの中継で襲われた女性だけだろうな。」

「他の方々については、先程逃げ切れたみたいですし。」

「・・・なるほどね。」

自分の周りにコンソールとモニタを出現させたヒーリカは、周りの目を気にせずにそれらを操作する。

近未来的な彼女の能力を目を丸くして警官たちが見つめるが、誰一人として彼女の指の動きについてはいけない。

高速で操作した端末は何か一つの部位を残して、全てが泡のように消えて行った。

「市長達を救出する人たちと、敵へと直接攻撃をする側と別れた方がよいのかもしれないわ。」

「広い屋敷っていうわけじゃなさそうだしな。」

ヒーリカの横からグレイが市長宅を見つめて呟く。

アリスやミチルも同じように頷くが、彼の言葉に警官たちは目を白黒させていた。

「・・・現世では、かなり大きい屋敷なのよ・・・。」

「え・・・。」

ふっと苦笑いを浮かべたヒーリカに、グレイが今度は驚いた顔をする。

るりもヒーリカに同調するように頷くが、どうやら彼らには市長の豪邸もさほど大きく見えないらしい。

「部長。・・・あの、署長は・・・・?」

「あぁ。それなんだが・・・所長は・・・」

「っっえっ!」

優志がふいに言葉を発した瞬間、司の返事を待たずとして辺りが騒然となりだした。

簡易のテーブルに乗せられた機材が音を発しだし、パイプ椅子に座っていた警官たちが勢いよく立ち上がる。

「じ、地震?」

「まさかそんな、地殻変動まで?」

「そんなっ。」

るり達の立っている地面が急に音を立てて揺れだし、辺りの建物がきしみだしたのだ。

揺れに驚いたるりが倒れそうになると、彼女を支える様にアリスがるりの腰を抱く。

その場に立っていられない程の揺れが辺りを包み、ジェシカと李春に至っては、ハージェントに抱えられている程だ。

「ど・・・どういうこと・・・だ・・・」

「どうしたんだっ?」

魔石を覗いていた聖職者たちが顔を青ざめさせ揺れが収まるよりも早く、震えた声で魔石に映った映像を見つめだす。

複数の警官が彼らに近寄りその映像を後方から覗くと、彼らも同じように息を飲んだように口元を震わせた。

「外を見てこよう。」

「ま、マロウさん。気を付けて・・・。」

「あぁ。大丈夫だ。」

動くことができないるり達とは裏腹に、マロウやディルは何事も無いように佇んでいる。

マロウはアリスと目を合わせると、闇に溶け込むように魔法陣の外へと姿を消した。

彼女を追うように、ディルも姿を消す。

「ぶ、部長。避難地区がっ、避難地区がっ!」

「落ち着け!何があったっ!」

無線を片手に震えた声をあげた警官が、司の方へと駆け寄ってくる。

揺れは穏やかに収まり、辺りが気味の悪い静けさに溶け出す。

「っ・・・人の・・・叫び声・・・」

「えっ。り、りーちゃん?」

ぴくりと顔を動かした李春がくるりと顔を動かして、今まで走ってきた方を振り返る。

幕のように下りた白い光の先では、微かだが人のような声が聞こえてきていた。

「・・・まずいな。敵が動き出した。」

「ま、マーラ達が動きだしたっ?」

音もなく現れたマロウが、ヒーリカや司たちへと目を向ける。

彼女の目はいつも以上に鋭く細くなっており、殺気のようなものさえも感じられるほどだ。

「結界が壊されています!それもっ・・・ぜ、全部?」

「・・・どういうことだ・・・?」

震えた声で無線から聞こえる言葉を復唱する警官に弾かれ、司が外へと飛び出す。

彼を追うようにるり達も魔法陣の外へと駆けだした。

複数の警官や聖職者たちも、青ざめた顔でついてくる。

ぞっとするような寒気がるり達を包み、外の雰囲気が先とは打って変わった事を皆が嫌でも感じ取った。

「なに・・・これ・・・」

「るりっ?」

めまいのようなモノを感じたるりは、その場に倒れ込みそうになる。

ふらりと足元をぐらつかせると、オカが彼女を支える様に肩を掴んだ。

「邪気に当たられたかっ。」

「な、なに・・・この・・・怖い感じ・・・」

「これは・・・。」

奇怪な程の悲鳴を耳にしたジェシカは、震える手でハージェントのローブを強く掴む。

ハージェントは目を細めると、音のする方をゆっくりと振り返った。

そして彼と同じようにそちらを見た者達が、一斉に息を飲む。

「ま、マーラっ?」

「・・・・。」

先程までなかった赤黒い螺旋状の道が市内上空へと続き、その上を仮面を着けた者達と共に歩んでゆく女性の姿が見える。

真っ赤なドレスをひるがえしたマーラは、心底愉快そうに笑みを浮かべながら、片腕を静かに動かしていた。

彼女が手を向けた先では、爆発音やガラスが砕ける様な音が響く。

同時に、白い結界が目の前で破壊され、人々の悲鳴や泣き叫ぶ声があちらこちらから聞こえ出した。

身の毛もよだつようなその声に、思わず誰とも言えない息を飲む声が辺りに広がる。

「やりやがったな・・・・。」

「・・・。」

怒りに溢れたグレイの声が辺りに響くと、またどこかで叫び声が聞こえてきた。

「昔と同じ。王都もこうやって壊されていった。何もかも・・・。」

「こんな悲惨な事を、あいつらは繰り返し行っているっていうのか?」

不安げな表情でマーラを見上げたミチルをグレイが抱き寄せる。

何処かしらで聞こえる悲鳴に目を細めた司は、唸るように言葉を発した。

「そうだ・・・。あいつは、何処でも同じことをする奴だ・・・。皆が不幸になる事を平然とやろうとする・・・奴だ。」

「・・・アリス。」

ふら付く足を押さえて立ちあがったるりを、アリスが抱き留める様に身体を支える。

わなわなと肩を震わせ怒りを露わにしている彼の顔を見上げ、るりは小さく頭を左右に振った。

そして、大きく深呼吸をする。

「行こう。・・・あの人を止めよう。」

「るりちゃん。」

「・・・るり。」

アリスに支えられながらも、るりは一同を見渡す。

彼女の言葉に弾かれたように、ランゼフやディル達もるりの方へと視線を向ける。

「これ以上・・・あの人を勝手にさせちゃだめだよ。」

「・・・そう・・・ね。」

「何も知らない人たちを、不幸な目に合わせちゃいけない。」

「う、うん。」

自分に決意をさせるかのように、るりは一言ずつ呟く。

その言葉に押されるように、皆がマーラを睨むように見上げた。

「るりの作り上げた魔法陣は壊されていないみたい。」

「だとしたら、そこに皆を避難させればいいのかもしれないね。」

「そうか・・・。なるほど。」

淡い緑の光を漂わせ、ランゼフがコンソールを操作する。

此処まで来る途中にるり達が作り直した魔法陣が浮かび上がり、それらがどれも顕在している事をモニタが現していた。

優志は司と顔を合わせ、魔法陣の守っている結界内へと駆けてゆく。

直ぐに戻ってきた彼の手には、地図が握られていた。

「その場所をマーキングするよ。幸い無線は使えるみたいだ。近くにいる警官たちに指示を出す。・・・一人も犠牲者なんて出させないために。」

「っそうだっ。・・・俺達だってっ!」

「やるぞっ。やってやろうっ!」

大きく頷いた優志は、警官たちにマーキングした地図を渡す。

地図を手に持った彼らは勢い任せに結界内へと入ってゆくと、備え付けられた無線を使って連絡を取り始めた。

「我が王にも早急にお伝えします。・・・皆様の行くべき場所へ。我々も手助けをっ。」

「ありがとうございます。」

互いにうなずき合った聖職者たちは、両腕を広げると空へと白い光を放ちだす。

白い球のような光は形を変え、鳥へと姿を変えると市内へと飛び去る。

縦横無尽に飛び交いだした鳥たちは、るり達の目の前で遠くへと姿を消していった。

「俺達は、市長達の救出へ向かう。・・・なに、親玉さんがあっちに行っているんだ。・・・後は、なんとかなるさっ。」

「奈美ちゃんのお父さん・・・あの・・・」

「君は、あっちへ行くのが優先だ。」

「・・・武田さん。」

司とうなずき合った優志は、るりの肩を軽く叩く。

「どうにかなる。なんとかする。それが俺達の仕事だし、何より市民を守るのが警察官のお仕事だ。」

「・・・。はい。」

穏やかに微笑んだ優志に、るりはしっかりとうなずく。

「さて。忙しくなるぞ。戦える奴を集めて、正面にまわる。行くぞ。」

「は。はいっ!」

「部長お供しますっ!」

「我々も行かせて頂きますっ!」

優志の肩を大きく叩いた司は片手に赤い鍵を持つと、それを指ではじいて拳銃へと変化させる。

司に合わせるように周りにいた警官たちが各々の鍵を変形させ、手に武器を持ちだした。

彼らに後押しをさせるように、るりはアリスの顔を見上げる。

「それじゃ。俺達も行こう。・・・・あいつを止めよう。」

「うん。」

武器を片手に駆けだした司たちを見送り、るりは悠々と上空を歩いているマーラを見上げる。

司たちの持っている武器が、白と黒の光を淡く放っているのには、彼らは気がついていなかった。

 

 

 

――

 

 

 

突然と割れた魔法陣の下で、誰の声とも言えない悲鳴が響く。

地面から這い出たバケモノ達を見て、尻餅をついてしまう者もいた。

「な、なぜ・・・我らが結界が・・・・」

「ひるむなっ!た、倒さねばっ!」

白いフードをかぶった者達が避難していた者達の前へと進み出ると、片手に魔法陣を出現させる。

一斉に白い光を帯びた魔法が飛び交い、槍や弓の形をした物体がバケモノ達を貫きだした。

「こいつは・・・やばいかもしれないな。」

「そんな流暢なこと言ってる場合じゃないだろっ!」

「とにかく、バケモノ達から離れなさいっ。」

身の丈ほどの弓を構えた流星は、輝光や奈美の前へと進み出ると迷うことなく矢を放つ。

白い光を帯びた矢が放たれると、迫ってきたバケモノが弾けとんだ。

応戦するように奈美の祖父が長銃の引き金を引き、近寄ってくるバケモノ達を蹴散らす。

周りでは、同じように武器を構え、バケモノ達と対立している者達が多くいた。

「うちの商店街って、血の気が多い奴が多いのか?」

「そういう訳じゃないと思うけど・・・。」

ハンマーのようなモノを振り回した男性が、子供へと近寄ってきたバケモノをそれらで粉砕する。

彼を狙って動いたバケモノを、更にその後方から薙刀で引き裂いた女子学生が別の方へと駆けてゆく。

悲鳴をあげている者は彼らに守られるように移動をし始めていた。

「向こうの方で、生きている結界がありますっ。」

「あの光・・・おそらく、次代の巫女様が御造りになられたものかとっ。」

「それならっ、安心だっ!」

怒涛のような攻撃をバケモノ達に仕掛けながら、流星達は移動をする。

武器を持たない者達を中央へと隊列を組み、先導する聖職者たちの後ろを流星達がついて行った。

「まるで、一種の軍隊だな・・・。」

「そういうなよ・・・兄貴。」

「もうっ!こんな時に漫才してないでっ!」

流星の後ろを隠れるように動いている輝光は、弟の身体を支えながらぼつぼつと呟く。

その言葉に反応した奈美は、彼らを咎めるように背中を軽く叩いた。

流星の放つ光の矢は他の者達と異なり、バケモノ達を数体巻き込んで倒してゆく。

しかし、その勢いのせいか、一人で弓を支えるのは大変なようだ。

輝光や奈美に支えられながら、一回一回と丁寧に弓を構える。

「雪ちゃんも光士も助かったんだ。俺らがこんなとこでくたばれるかってぇのっ!」

「それはっ!そうだけどっ!」

武器を持たない者達を誘導している流星の母や父たちは、不安げに彼の背中を見ながら脅える人々を叱咤激励している。

そのまま足が止まりそうな者達は、武器を持ち勇敢にも立ち向かう人々によって、無理矢理にでも足を動かされていた。

夜中のような真っ暗な道を進んでゆくと、目の前に白と黒の光を放つ魔法陣が視界へと入ってくる。

「もう少しだっ!みんな頑張れっ!」

「おっし!行くぜっ!」

「だからきばるなっ!」

先導する聖職者たちの声に、安堵した人々は次第に歩むスピードが速くなってゆく。

心なしかバケモノ達の姿は減り、先程よりも移動がスムーズになってきたようだ。

「これなら、すぐにでも・・・」

落ち着きを取り戻した人々の中から、安堵の声がもれだす。

目の先に暖かな光が見え、皆が同じように駆けだした。

その時だった。

「っっ!さ、下がれっ!」

「っなっ!」

「きゃぁぁぁぁっ!」

突然と怒鳴り散らすような声が響き、前方を進んでいた聖職者たちが大きく手を広げる。

ふっと目の前で赤黒い光が見えたと思えば、地面がぐらりと揺れた。

誰かの悲鳴が耳をつんざくように聞こえ、一同はその場に停止する。

「っこれはっ!」

アスファルトの地面を突き破るように、赤黒い針のような物が湧き上がるように突き上げてくる。

それらは人々を囲うように現れ、自然と皆が檻に入れられたかのようになり足を止めるしかなくなった。

「・・・うそだろ・・・まさか・・・」

「兄貴。落ち着け。違う。兄貴っ!」

「・・・・。」

震えた声で呟きだした輝光に、流星が怒鳴り声に近い勢いで彼に話しかける。

隣では奈美が顔面蒼白となり、地面から出てきた赤黒い針をじっと見つめていた。

「はいはーい。皆さん残念でしたーっ!」

「っっ!」

場に不意愛な程の明るい声が聞こえ、それに合わせて白い魔法陣と人々の間に一人の影が現れる。

気味の悪い煙を漂わせて現れた彼の周りには、バケモノ達が地面から這い出てきた。

「かな・・た・・・。」

「うそ・・・うそでしょ・・・。」

軽く手を叩いた彼方は、一見すれば何の変哲もないスーツを着て聖職者たちの前に進み出る。

黒色に赤色が混じった髪と真っ赤な血の様な目でぐるりと人々を見回すと、彼方はニヤリと微笑んだ。

「あぁ。すっごい懐かしい顔が見えるねぇ。楽しいなぁ。」

「おま・・・え・・・。」

震えた声で呟いた輝光など見えていないのか、彼方は聖職者たちの方へと一歩一歩と近寄ってゆく。

彼が前進すると、決まって聖職者たちは後方へと下がった。

その行動が面白いのか、彼方は両腕に赤黒い針を構えると、だんだんと踏み込むスピードを速める。

「ほら、俺仮面つきだからねっ!あんた達じゃ相手にならないでしょ?」

「ぐあぁぁぁっ!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

軽々と赤黒い針を振り回した彼方は、笑みを顔に浮かべたまま聖職者の身体へと針を突き立てる。

女性の悲鳴が辺りに立ち込めると、針を突き立てられた聖職者は赤黒い煙となって消えて行った。

周りの持達が彼から距離を取ると、彼方は小首をかしげる。

「彼は生贄になったのでーす。・・・マーラ様の生贄に。」

「・・・。」

片手に残った針を担ぎ上げ、彼方は歯を見せて笑う。

その姿に恐れをなした人々は、震えあがった様に身を縮ませた。

「兄貴・・・俺・・・」

「ダメだ流星。・・・前のあいつと・・・何かが違うっ・・・」

「でもっ!」

弓を抱え走り出そうとした流星を、輝光は無理矢理抑え込むように肩を掴みあげる。

焦った表情で輝光へと振り返った流星は、冷や汗を流す兄の姿に息を飲んだ。

「おや・・・。そこにいるのは・・・。」

「っっ!」

彼らの声に気がついたのか、彼方が首をかしげて歩き出す。

身の毛のよだつような気配に、流星と輝光は彼へと顔を向けた。

輝光は奈美を背中へと隠すと、歯を食いしばる。

「久しいね。流星に奈美ちゃん・・・・輝光じゃないか。」

「・・・お前生きていたのかよ。」

「酷いなぁ。酷いじゃないかぁ・・・幼馴染だろ。」

ふっと視線を下げた彼方は顔から笑みを無くし、輝光を睨みつける。

背筋が凍りそうな程の彼方の表情に、奈美は思わず目の前にいる輝光の服を強く掴んだ。

奈美の祖父や流星の両親は近寄る事も出来ず、彼らの様子を固唾を飲んで見守るしかない。

下手に動けば、彼方の後方で揺らいでいるバケモノ達が動きそうなのだ。

「ニンゲンだったお前とは幼馴染だけれどさ・・・。お前、もうニンゲンじゃないだろ・・・。」

「面白い事をいうじゃないかっ!・・・俺は生まれ変わったって昔言ったじゃないかっ!・・・マーラ様のシモベだ。素敵な素敵なシモベ。」

「・・・・。何が素敵だ。」

ケラケラと声をあげて笑った彼方に、輝光は肩を震わせて怒りを露わにする。

ため息をついた彼方は、地面に刺さった赤黒い針を手に構えると、軽々とそれを輝光へと投げた。

「っ!」

「おぉ凄い凄い。」

間一髪のところで流星が弓を引き、針を打ち消す。

重い音を立てて赤黒い針は粉砕すると、彼方の軽い拍手が辺りに響いた。

流星の手は小さく震えている。

「あれ。・・・輝光は武器を構えてくれないんだ。・・・」

「・・・・。」

「昔みたいにさぁ・・・」

ひらりと手を広げた彼方は、演技染みたように針を自分へと向ける。

「ざっくり、俺を斬って見ろよ・・・」

「あ、兄貴っ!挑発に乗らなくていいっ!」

「流星・・・。」

流星の言葉につまらなそうにため息をついた彼方は、ぐるりと針を腕の中で回転させ、矢先を彼らとは別の方へと向ける。

針の先が示す方は、流星達の両親がいる方だ。

「いいや。どうでも。・・・とりあえず。俺のお仕事は、大勢の生贄の確保。」

「や、やめろっ!」

「だったらさぁ・・・戦えばいいだろ?」

「っ!」

声をあげて笑う彼方とは対照的に、輝光は手を震わせることしかしない。

流星が首を左右に振り、弓を抱えると両親達の前へと駆けだした。

「弟だけに戦わせるんだ。先祖つきのくせに・・・お前は。」

「兄貴は戦わなくていいっ!俺がやるっ!俺がッ!」

「りゅ、流星。」

歯を見せて笑った彼方は、自分の周りに多くの赤黒い針を地面から出現させる。

気味の悪い色を湛えた針が現れるたびに、人々の悲鳴が辺りに散らばりだした。

その度に彼方は楽しげに笑い、流星は苦々しげに彼を睨む。

「流星・・・あ、足が・・・」

「な・・・。」

輝光の後ろから流星を見つめた奈美が、悲痛な声をあげる。

流星は足を震わせ、立っているだけで精一杯だと言わんばかりに、冷や汗をかいていた。

「一回だけで俺を倒せると思うなよ。」

「ぐっ・・・」

「流星っ!」

矢を放つよりも先に痛みに耐えかねたのか、流星が片膝を地面へとついてしまう。

その様子に周りがざわつき、後方で固唾を飲んでいた両親達が彼へと駆け寄る。

「父さん・・・危ないから・・・下がって・・・」

「馬鹿を言うな。お前は限界だっ!」

「でもっ!」

「あれあれ。お涙ちょうだいの家族劇場が始まっちゃう?困るなぁ。」

息子を助け起こした流星の父を見て、彼方が声をあげて笑う。

ふいに視線を下げた彼方は、大きなため息をついた。

「そういうの、面倒なんだけどっ。」

「流星っ!おじさんっ!」

「っっ!」

片腕を振り上げた彼方は手に持った針を大きく振り回すと、目を細めて足を踏み込む。

突風を巻き上げて針は一目散に流星達へと迫る。

辺りからは悲鳴が響き、奈美の声が流星の耳へと響く。

「それじゃ。来世で会おうよ。」

ぽつりと彼方が笑みを浮かべて呟いた。

誰もが目を伏せたくなる状況が目の先へと迫り、皆が顔を伏せる。

「っっ!」

と。痛みよりも先に、流星の周りに針から発せられる突風とは別の風が前方へといきなり現れた。

「おや?・・・あれれれ?」

彼方の間の抜けた声が聞こえると同時に、嫌な音を立てて針が叩き割られる。

何処かしらで稲妻が走る音が聞こえ、ふっと流星は目を開けた。

「お怪我は皆さんありませんかっ?」

「ゆ、雪ちゃんっ!」

ふわりと服をなびかせた雪が流星の前で振り返り、震えあがっている人々へと凛とした声で問いかける。

皆の顔が瞬時にして見開き、無言のままに頷いた。

「遅くなりました。武藤家がここを仕切りますっ!皆さんは指示に従って避難をっ!」

「・・・。」

日本刀を軽く振り上げた雪に合わせて、後方から怒涛のように武器を構えた男達が現れる。

道場着を着た彼らの前方には、マントをなびかせてルヴァンが細身の剣を一振りしたのが見えた。

「助かったっ!」

軽い音を立てて人々を囲っていた赤黒い針がへし折れ、皆が一斉に動き出す。

先導する道場着を着た青年たちにあわせて、捕らわれていた人々が走り出した。

「ちょっと待てよっ!俺がここにいるのに?」

大げさに手を広げた彼方は、苦笑いを浮かべながら両手に赤黒い針を構える。

しかし、一般人を先導する男達は止まらない。

「何々?死に急ぐってことかいぃ?」

声をあげて笑い出した彼方は、男達に向かって槍のように手にした赤黒い針を投げ出す。

「避ける必要性が無いってことだっ!馬鹿野郎めっ!」

「なっ!」

柔道着を着た男達の間から、雷鳴を轟かせてカーティルスが姿を現す。

片腕を彼が地面へと叩きつけると、前方から迫ってきた針は粉々にへし折られ空中で消えてゆく。

その様子を目を見開いて見つめた彼方をよそに、一般人たちは彼の横を通り過ぎて魔法陣の中へと駆け抜けて行った。

後方を振り返った彼方は唖然とし、次第に肩を震わせ出す。

「おい。どういう事だよ?・・・なんだ?俺が出し抜かれたって事?」

「そういうことだ。」

足元から雷を走らせ立ち上がったカーティルスの横に、ルヴァンがレイピアを一振りして地面へと着地する。

同時に、周りをうろついていたバケモノ達がはじけ飛び、彼方だけがそこに残された。

「雪ちゃんっ!」

「・・・奈美ちゃん。流星君。・・・あの、心配かけてごめんね。」

「い、いや。雪ちゃんが無事ならいいんだ。」

今にも泣き出しそうな表情の奈美へと駆け寄った雪は、流星と彼女を交互に見ると、深々と頭を下げる。

輝光に身体を支えられながら照れくさそうに頭をかいた流星は、父親や母親たちが先に逃げたのを確認し、ほっと胸をなでおろす。

「それにしても・・・すごい服だね。」

「えっ。こ、これは・・・そのっ・・・」

ふいに表情を変えた奈美は、フリルを風でなびかせている雪をまじまじと見つめてしまう。

水色のロリィタファッションに身を包まれた雪は、奈美の言葉で顔面を真っ赤にすると、スカートの裾を掴んで目を逸らした。

「あ。それ、雪のお母様が選んでくれたんだよっ。可愛いよなっ。なっ?」

「かっ、カーくんっ!」

「・・・。」

楽しげに振り返って言葉を発したカーティルスに、雪は刀を振り上げて怒りだす。

へらへらと笑った彼を見て、何故か流星が大きく頷いた。

「ふ、服が無かったの。・・・手短なモノがこれしか無くて・・・。」

「でも、似合ってると思うけど。」

「ななな、奈美ちゃんまでっ。」

「髪が長いから、そういうファッションが似合うのかもしれないな。」

「流星くんのお兄さん?」

ぽかんとした表情で言葉を発した奈美と輝光に、雪は目を丸くして慌てたようにスカートの裾を握る。

真っ赤な顔で頭についたヘッドドレスを撫でた彼女は、大きくため息をつくと、何食わぬ顔で流星達から視線を逸らした。

手に持った刀を構え、彼らに背を向ける。

「と、ともかく。三人は早く避難所へ。・・・ここは、私達で食い止めますからっ。」

「・・・雪ちゃんあの・・・。」

「わかってる。・・・・・・・話は先ちょっとだけ聞こえたから・・・。」

「そっか。」

振り返る事無く呟いた雪に、奈美は輝光と流星の顔を交互に見てしまう。

苦々しげにカーティルス達と対面している彼方は、先の勢いは無くなり一歩一歩と彼らから後退していた。

「聖職者二人とは、これはピンチってやつかな?」

「大人しくここで倒されろよ。・・・お前らは絶対に許さねぇからな。」

「あぁ。そういうことか。」

ちらりと雪の方を向いた彼方は、にやりと笑みを浮かべてカーティルス達へと視線を戻す。

目を細めたルヴァンとカーティルスの二人は、どちらと言う訳でもなく構え直した。

「あの子。マーラ様のシモベになったんだと思ったのに。勿体無いなぁ勿体無いなぁ・・・ねぇ、もう一回チャンスをあげようか?マーラ様のシモベにならっ!」

「っっ!」

彼方が喋り終わるよりも早く、雪が一歩踏み込み刀を振り払う。

とっさに赤黒い針を盾のように構えた彼方は、彼女から逃げるように距離を取り直した。

彼の手にあった赤黒い針が音を立てて壊れる。

その様子に驚いたのか、彼方は地面へと落ちた武器を見つめた。

雪は何事も無かったかのようにカーティルスとルヴァンの横へと動く。

「へぇ・・・。やるじゃん。本気だしてなかったこと?」

「生身の人間を斬る事は許されていませんでしたから。」

「・・・舐められたもんだ。」

凛とした表情で彼方を睨みつけた雪は、刀の刃先へと疾風を巻き起こしてゆく。

彼方は演技染みたように大きく手を振ると、自分を取り巻くように魔法陣を幾つも浮かび上がらせだした。

同時に中から赤黒い針が幾つも頭をだし、それらが雪やカーティルス達の方へと向けられる。

「奈美ちゃんっ。早くこの場から離れて。」

「さすがにお前ら三人守りながら動くのは面倒だ。」

「う、うるせぇっ!」

「・・・。」

奈美の肩を借りて立っている流星が、カーティルスの背中に向かって声を荒げる。

自分がその場にいる事で、彼らが戦いにくい事は流星自身もよく分かっているのだが、それでも抵抗するように声を荒げてしまった。

輝光と顔を見合わせた奈美は、流星を無理矢理動かす様に歩かせる。

この場から離脱するという事のようだ。

「お前一人じゃ、俺ら三人相手だったら秒で終わりそうだよな。」

「言ってくれるじゃん・・・。聖職者ふぜいが!」

流星は奈美と共に走りだし、武器を肩へと担ぐように持つ。

後方で輝光が彼らを追うように動くと、彼方の目が更に細くなった。

「でもさぁ。誰が一人で此処に来たって言った?」

「っな・・・。」

ふっと表情を綻ばせた彼方は、気味の悪いぐらい穏やかな表情を作る。

ルヴァンがその顔に弾かれたように振り返り、流星達の方を見た。

「そういうことかっ!」

「遅いよ、聖職者ぁっ!やっぱりお前らは単純馬鹿なんだっ!」

「っっ!」

大きく腕を広げた彼方を合図に、四方八方から赤黒い針が飛び交いだす。

それらを斬りつけてルヴァンが後方へと走り、カーティルスと雪が彼方へと迫ってゆく。

ルヴァンを流星達へと近づけさせない為か、彼方の攻撃は彼へと集中して降り注ぎだした。

「奈美!お前だけ先に行けっ!」

「そんなの!無理に決まってるじゃないっ!」

バケモノの雄叫びに驚いた奈美は、流星に肩を貸しながら建物の方へと後退してゆく。

奈美から無理に離れた流星が、彼女の前へと盾になるかのように弓を構える。

地面へと倒れ込んだ奈美は弾かれたように立ち上がるが、流星の前に迫ってきた異形のバケモノ達を見て足がすくんでしまう。

「はははっ!死んじゃえっ!」

彼方の狂ったような笑い声が聞こえる中、流星の前でバケモノが大きく腕を上げる。

同時に、その後ろから一筋の光が見えたように奈美は感じた。

 

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