ほんの少し前の時間
まだ、別の世界という認識が無かった頃
祖父母に言われてもお伽話のように感じた話
「お前達は先祖付きだよ。その力は他の人とは違うんだよ。」
「ご先祖様から携わった力は、扱うのが大変だ。よく考えて使いなさい。」
念仏のように耳にタコができるくらい話を聞かされたが、弟と共に理解するには長い時間が必要だった
弟はすぐに力を使いこなしたが、自分は武器を形成するだけで精一杯の状態であった
足を痛めても武器の扱いをこなそうと、何度も練習する弟に唖然としてしまった事もある
しかし、それが一変した事が突然と起こった
同級生の幼馴染が突然と姿を消したのだ
何も言わずにこの世界から消えた彼は
あるとは思ってもいなかった別世界で見つかった
無論、その事実を知っている者は少なく、彼の家柄的に世間は大きく騒がれていたのだが・・・
彼を助けるためなのか、それとも、その時感じた危機感だったのか
その日を境に自分も特訓をし始めた
周りが心配する程に打ちこんだ日もあった
何故だったのか、今ではわかる気がする
そして、あの日がやってきた
突然と消えた幼馴染は
全く意図しない形で自分たちの前に現れた
見た目も禍々しくなった彼はこう言った
「生贄が必要なんだ。お前らなってくれるよな?」
消えたあの日から変わらないあの声で
彼は気味の悪い武器を構えて正気ではない表情で近寄ってくる
もう、彼はあの頃とは違うんだ
そんな声が頭の中に響いたと思えば
気が付いた時には弟や幼馴染の彼女を守る為
自分は刃先を彼へと向けていた
驚いた顔で倒れ込む彼
その顔が酷く歪んだように見えて
それから手元が震えだした
あの日から
自分の力は使えなくなってしまった
怖くて怖くて、見えない誰かに謝るしかなかった
力を使いこなせなくてごめんなさいと
――
流星の前で大きく腕を広げたバケモノは、断末魔をあげる事無く姿を塵に変えてしまう。
「・・・。」
風を斬る音が聞こえたと思えば、閃光をあげて刃先が宙を舞いバケモノ達が同じように塵となって消えた。
「て、輝光・・・。」
「・・・帰ってきたぜ。俺の勘。」
薙刀を地面に突き立てた輝光は、金色に光る柄を持ち直すと湧いて出てきたバケモノ達を紙のように引き裂く。
腕には数珠のようなものが輝き、それに繋がっているように薙刀は同じように光を帯びていた。
「あ、兄貴・・・。」
「いいんだよ。決心ついたんだ。・・・・ってことで、使えるようになったようだな。」
「うそだろ・・・。」
軽々と柄を振り回した輝光は、大きく息を吐きだすと足を踏み込んで刃先を振り払う。
白い弧を描いて光が飛び散り、それらに当たったバケモノ達は煙のように身体を壊されていった。
「なんだ・・・。聖職者が三人もいるのかっ!」
「おっと。」
「っ!」
彼方とは反対側に現れた仮面を着けた男は、突然と武器を構えだした輝光を指さし、そして彼方へと視線を向ける。
肩をわなわなとふるわせた彼方は、歯を食いしばって輝光を睨む。
しかし、輝光は何事も無かったかのように笑みを浮かべ、肩に薙刀の柄を担ぎ上げた。
「弟がここまで頑張ったんだ。俺だって何もしない訳にはいかんだろっ」
「お、お前ぇぇぇぇっ!」
まるで人が変わったかのように怒りを露わにした彼方は、両腕に赤黒い針を構えると、雪やカーティルス達を気にせずに輝光へと駆けてゆく。
輝光は深呼吸をすると、肩に担いだ薙刀を構えた。
「お前らは周りの奴らを頼んだ。」
「えっ。あのっ」
唖然とたたずんでいたルヴァンの肩を叩いた輝光は、薙刀を抱えて彼方へと駆けだす。
ルヴァンは瞬きを何度かすると、意味が分からないと言わんばかりに流星の方へと顔を向けた。
「兄貴も先代付きなんですよ。・・・わけありで、力を自分で封印しちゃってたみたいで・・・。」
「し、しかし、彼はまるでブランクなど無いような・・・」
「あー。なんていうか、トラウマ的なやつで使えなくなっちゃった感じなんで・・・」
「はっ?」
赤黒い針を壊しながら、カーティルスと雪が流星の方へと駆けてくる。
奈美も彼の方へと近寄ると、目の前で交戦しだした彼方と輝光を見つめるしかない。
後方から現れた仮面を着けた男も、唖然と二人を見つめているようだ。
「昔、ちょっとした事件があってさ。それで、兄貴は自分の力を使えなくなっちゃんだ。・・・でも、吹っ切れたみたいだな。」
「そう・・・ね。」
「・・・。」
鬼のような形相で輝光へと刃先を向ける彼方だったが、それらは全て軽々とふさがれ壊されてしまう。
彼方の武器が輝光の薙刀に当たると、ガラスを割るように彼方の手から武器が壊れ地面へと崩れる。
何度もそれが続くと、彼方は肩を震わせ更に怒りを露わにしていった。
「彼方の兄さんは兄貴に任せて、雪ちゃん達はあっちを。」
「えっ。う、うん。」
「そうだな。我々に手出しをする権利はなさそうだ。」
「あぁ。」
酷く穏やかな表情で流星に見つめられ、雪はカーティルス達とうなずくしかない。
不安げに輝光たちを見つめている奈美が気になったが、後方から湧いて出てきたバケモノが視線に入ると雪達は走り出す。
その様子に気がついたのか、後方に佇んでいた男がピクリと動いた。
「どのみち、俺らは仮面付きを手当たり次第倒す予定だったんだ。相手が変わるだけで何も仕事は変わらないよなっ。」
「まぁ、確かに・・・。」
「なっ!」
にやりと歯を見せて笑ったカーティルスは、姿勢を低くして地面へと片腕を叩きつける。
カーティルスを中心に雷鳴がとどろき、雷が放射線状に広がった。
バケモノ達がそれに当たると悲鳴をあげだし、仮面を着けた男の前で姿を消し飛ばされてゆく。
レイピアを一振りしたルヴァンの周りに冷気が弾け、それらも残ったバケモノへと突き刺さると、彼らは断末魔をあげる事無く消し飛んだ。
「この程度の奴らで足止めを食らっていては、マーラ様にお召しがつきません事よ。」
「ぐぅっ!」
まわりのバケモノ達をカーティルス達に一掃された男の後方で、同じ仮面を着けた女が姿を現す。
女は片手を振り払うように動かすと、地面に赤黒い魔法陣を描いた。
その内部からうめき声をあげ、ヒトの姿とは言い得ない程の異形を模ったバケモノ達が這い出てくる。
「おや?お前は・・・。」
「あ?」
バケモノ達を出現させた女が、カーティルスと雪の顔を交互に見ると小首を傾げて笑い出す。
カーティルスは苦々しげに女を睨み、雪の前へと立ち止まった。
「先日息の根を止めたと思った聖職者の坊やじゃない。そちらは・・・逃げたシモベだね?」
「逃げた・・・シモベだとぉ・・・っ!」
「カーくんっ!」
声をあげて笑い出した女に、カーティルスがわなわなと肩を震わせて怒りを露わにする。
雪はカーティルスの肩を叩くと、彼は大きく深呼吸をした。
未だ表情は鋭いが、落ち着きを少し取り戻しているようである。
「逃げたシモベで生きているのは珍しいモノね。てっきり、お仲間に殺されてしまったと思ったのだけれど・・。」
「残念ですね。私はそうそう易々と命を落とす事ができないので。」
「おや、言ってくれるじゃない。」
刀の刃先を女へと向けた雪は、カーティルスの横に立つと彼女を睨む。
静かに二人の近くへと歩いてきたルヴァンも、同じように女へと刃先を向けて目を細めた。
「我が王への度重なる侮辱。貴様らには弁解の余地もない。ここで、聖職者の王の名の元・・・お前達を倒させてもらう。」
「ほう・・・。」
女の横に立った仮面を着けた男は、地面へと腕を向けて赤黒い魔法陣を形成する。
それらは上空で気味悪く光っている魔法陣と同じ形をすると、紫の光を辺りにまき散らし出した。
「来るぞ。」
「了解。」
「はいっ。」
ルヴァンが軽くレイピアを振るうと、雪とカーティルスが返事を返す。
彼らの後ろでは輝光が彼方と対立しており、流星と奈美は避難所の方へと歩いてゆくのが見えた。
足を引きずっている流星は、既に戦える状態ではないようだ。
「我らが偉大なるマーラ様によってここは浄化される。その眼でしかと見届けるが良い。」
「それはどうかなっ!」
「っ!」
大きく腕を広げて笑い出した男に向かって、カーティルスが地面を蹴り上げて殴りかかる。
男はその場から紫の光をあげて姿を消し、バケモノ達の中に溶け込むようにまた出現した。
それを待っていたかのようにルヴァンがレイピアを突き差しバケモノ達をなぎ倒してゆく。
男は仮面の下で目を見開くと同時に、その場から更に飛び退いた。
「それはきっと成し遂げられる事は無い。・・・次代の巫女様がいる限り。絶対にありえないわっ!」
「くっ!」
「・・・っ、ま、前と全然威力が違うじゃないっ!」
刀を構えた雪が走りだし、バケモノを踏み台にして仮面を着けた二人に向かって斬りかかる。
二手三手と彼女の攻撃を二人は避けるが、カマイタチのような風を巻き上げて襲いかかる雪の刃先に二人は後退するしかない。
「そりゃぁそうさ。」
「なっ!」
雪の攻撃を避けた男の後方からカーティルスの声が響くと、男の身体が建物へと吹き飛ばされる。
「巫女の力が付与された俺達だからなっ!前とは一味もふた味も違うぜ。」
「・・・・っぐぅ。」
カーティルスが両手を叩き合せると、雷に混じって黒と白の粒が辺りにまき散らされた。
――
一列に並んだ仮面を着けた者達を睨み、ディルやアリス達が武器の刃先を彼らへと向ける。
「これはこれは・・・思った以上にお早いご到着で。」
「あら、見くびられたものね。」
仮面の下でぐるりとヒーリカ達の顔を見つめた彼らは、足元に赤黒い魔法陣を出現させ、気味の悪い声で笑い出す。
彼らが道を塞ぐ後方には、空へと続く螺旋階段が広がっていた。
その先では、小さくマーラの姿が見える。
「そこを退いてもらおうか?」
「・・・おやおや、お話さえもされずに・・・」
「話をする必要性が感じられん。」
「・・・。」
アリスと共に一歩前に出たディルを見て、仮面を着けた者達は逆に後方へと後ずさりする。
その様子を見たヒーリカやランゼフも、淡い光を出現させ光の剣を腕にまとわせた。
「マーラ様に刃向う者には死を!」
「現世の小娘に我々が負けるはずがないのですっ!」
「っ!」
大きく手を開いた男に合わせて、まわりにいた仮面を着けた者達が一斉に腕を広げる。
とたんに地響きを巻き上げ、辺り一面から湧き出るようにバケモノ達が姿を現した。
奇怪な声をあげて這いずっているバケモノ達は、ひしゃげた腕を振り上げてるり達へと駆けてくる。
「るりとアリスの兄貴は前に出るなっ!」
「で、でもっ!」
「魔力を使い果たせようとする魂胆もあるかもしれないわっ!」
「・・・そういうことかっ」
アリスの前に飛び出したグレイが、片腕を振り上げて上空へと魔法陣を描く。
青い魔法陣の中から雨のように降り注いだ氷の槍は、バケモノ達の身体を貫いて地面へと突き刺さる。
両手を高々とあげたミチルの周りに光を纏った魔法陣が幾つも描かれ、細身の光を纏った剣がバケモノ達へと突き進む。
その間をぬうように走り出したディルは、バケモノ達に守られている仮面を着けた者達へと駆け抜けた。
その速さに驚いた者達はとっさに前方へと魔法で防壁を作るが、軽々とディルは飛び越える。
「ランゼフっ。アリスとるりちゃんを連れて先に行きなさいっ!」
「えっ!」
「ひ、ヒーリカさんっ?」
「お、おいっ!」
バケモノを蹴り上げたヒーリカが、ランゼフに向って声をあげる。
彼女の言葉に驚いたランゼフは、唖然とその場に佇むしかない。
るりとアリスの二人もヒーリカを見つめ、周りに集まりだしたバケモノを一掃しつつランゼフへと視線を向ける。
大きくため息をついたランゼフは、片腕を振り上げてるりの周りに集まっていたバケモノ達を淡い緑色の光で形成された槍で貫く。
「わかった。先に行くよっ」
「ま、まってくださいっ。それじゃぁ、この場所はっ」
「俺達の力だけじゃ心不足か?」
「ち、違うよっ!」
「じゃぁ、行きなさいっ!」
「っ!」
立て続けに青い魔法陣を描いたグレイは、赤黒い階段の周りに集まっていたバケモノを氷の槍で貫き、その勢いで後方へと吹き飛ばす。
るりの前が開け、そのまま走りだせば階段へと容易に行けるようになる。
「大丈夫だ。この程度の輩、ものの数分もあれば全滅できる。」
「な、なにぃぃぃっ!」
バケモノの頭へと短剣を突き立てたマロウが、困惑した表情のアリスやるりに向かって声を発する。
ハージェントやディルがその言葉で微笑んだのを見ると、仮面を着けた者達が見る間に怒りを露わにした。
だが、彼らがいくら多くのバケモノを造り上げても、それらは直ぐに破壊されてしまっている。
「先に行きなさい。大丈夫よ。真のヒーローは後から来るのがお決まりなんだからっ!」
「おいおい・・・。それじゃぁ、俺らがお膳立て役じゃねぇか。」
「ふふっ。」
まわりをバケモノ達に囲まれているというのにも関わらず、ヒーリカはいつもの調子で笑みを浮かべる。
その言葉に軽く答えたアリスを見て、るりは思わず笑ってしまった。
皆に余裕があり、形勢が逆転することは考えられない状態だ。
「じゃぁ、こちらも置き土産を置いて先に行きますかっ!」
「えっ!っっ!」
「な、なんだとっ!」
両手で太刀を構え直したアリスは地面を軽く踏み込むと、何をいう訳でもなくそれを大きく一度振り回す。
太刀から発せられた黒い光が閃光となって辺りに飛び、バケモノの胴体を真っ二つにしてゆく。
身体のバランスが取れなくなったバケモノ達は、光に切り裂かれた部分を塵のように崩壊させ空中で姿を消していった。
「行こうっ、るりっ!」
「う、うんっ!」
「ボクも忘れないでよねっ!」
「ランちゃんっ!」
るりの片手を握ったアリスは満面の笑みで彼女を引き寄せると、前方に見えた赤黒い階段へと駆けてゆく。
ランゼフが二人の後方を追うように動くと、唖然と見つめていた仮面を着けた者達が慌てて両腕を振り上げる。
「今さらそのような動きを見せたところで・・・」
「お前達に勝ち目はない。」
「っっ!」
仮面を着けた者達の後方から声がしたかと思えば、彼らは両腕をあげたまま地面へと倒れ込む。
仲間達が突然と意識を無くして倒れたのを見て、周りの者達が悲鳴のような声をあげた。
しかし、彼らも同様に辺りをしきりに見つめる中で倒れてゆく。
「たわいもない連中だ。」
「・・・。」
アリスがるりの手を引いて赤黒い階段を登ってゆくのを見届けつつ、ディルとマロウが姿を現した。
「うそだ・・・こんなこと・・・・」
「嘘じゃないわ。」
「ひっ!」
残された仮面を着けた者が、恐怖におののくように地面へと座り込む。
ヒビの入った仮面が地面へと崩れ落ち、その中から見えた男の顔は青ざめていた。
「さぁ・・・こちらも、本腰戦が始まるわよ。」
大きく深呼吸をしたヒーリカは、上空へと視線を移す。
アリスとるりがランゼフと共に階段を駆け上がるのが見える中、赤黒い竜が上空を飛び交っているのが視界に入る。
「倒せるかな・・・大丈夫かな・・・」
「危なくなったら、ジェシカちゃん達は離脱しなさい。」
「・・・。」
両手に持った長銃を握りしめ、ジェシカは不安げにヒーリカやハージェントの顔を交互に見る。
ジェシカの隣では静かに空を見上げる李春がいるが、彼女には表情がない。
雄叫びをあげて滑空してきた竜を見て、ヒーリカは目を細めた。
自分の周りにコンソールを出した彼女は、勢いよくそれらを操作しつつるり達に迫っている竜を睨む。
「コード入力完了。さぁ、行くわよっ。」
「空の方は、私に任せてお前達は先にっ!」
「は、ハジさんっ!」
滑空してきた竜に気がついたアリスが、太刀をそちらへと向けるりを後方へと押しやる。
その姿が見えるや否や、彼らの周りにオレンジ色の光がフロア上に広がりだした。
ランゼフがヒーリカの方へと顔を向け、彼女にしては珍しく笑みを浮かべる。
地上へとオレンジ色の光が道を作ると、その上をマロウとディルが駆け上がり、見る間にアリスの前へと飛び出す。
ハージェントは助走をつけるように駆けだすと、ローブをひるがえし竜の姿へと変わる。
そして彼は、そのままアリス達を追い越し、上空へと飛び去って行った。
「ミっちゃんはジェシカやりーの傍にいてやってくれ。」
「う、うん。わかったわ。」
ヒーリカと共にオレンジ色のフロアを一目散に駆け上がりだしたグレイは、くるりと振り返りミチルへと言葉をかける。
ミチルは李春の手を握ると、彼らの後方を隠れるように走り出す。
「先の竜よりも身体が形成されているな。」
「時間が経つとより厄介なやつらになるって事か?」
「嫌な話だが、そういうことだろう。」
思った以上に早く合流してきたディル達に驚きながら、アリスが竜に向かって太刀を振り下ろす。
黒い光に引き裂かれるように倒れ込んだ竜は、雄叫びをあげるが身体は崩壊せず深手を覆いながらも立ち上がる。
「地上の奴らは大した奴らじゃなかった。おそらくだが、この道を造り上げる為に力を使い果たしたのかもしれない。」
「確かに・・・これだけのモノを形成するなんて、ボクら以外には結構大変だと思うよ。」
「そう・・・なんだ。」
深手を負った赤黒い竜が大きく口を開くと、気味の悪い色を帯びた炎が吐き散らされる。
グレイがとっさに魔法陣を形成し、氷の壁がディル達の前に瞬時にして現れ炎を遮った。
しかし、威力が強いのか大きなヒビが入りだす。
「上の連中はハジさんが止めてくれているからっ!」
「っ!ひ、一人でかっ?」
「う、うん・・・。」
声を荒げて空を指さしたジェシカに、アリスが驚いて指の示す方へと視線を向ける。
暗い上空で銀色の光を帯びながら、ハージェントが赤黒い竜たちと交戦するのがるりや他の者たちにも見えた。
彼は巨体であるにも関わらず、まるでその体格をもろともせずに赤黒い竜たちを翻弄している。
「ハジさんを信じよう・・・。私達は先に行かないと。」
「あぁ。竜の長だ。早々に負けはしないだろう。」
大鎌を振り上げ竜の身体を引き裂いたるりは、崩れ落ちてゆく赤黒い竜を見て困惑した表情を浮かべるしかない。
同じように身体を崩壊させた竜が上空から落下してくるのを見て、ハージェントの方が優勢であることがわかる。
紙一重のところで赤黒い竜たちの炎をかわしたハージェントは、雄叫びをあげて彼らを炎で焼き払っていた。
「早く行こう・・・。下が騒がしくなる・・・・」
「え・・・。」
ミチルに手を引かれて駆けて来た李春が、ゆっくりと後方を振り返って呟く。
彼女に言われるように後方を見たミチルは、息が止まりそうになるような感覚に陥った。
「自分の身を・・・粗末にするのね・・・あいつらは・・・」
「っ。」
悲鳴さえもあげることができないジェシカは、思わずミチルにすがるように抱き着き、今まで自分たちがいた場所を見つめるしかない。
地面に倒れ込んでいた仮面の者達が重なるように動き、塊になるかのように一つの場所に山になってゆく。
「あぁ・・・マーラ様の為に・・・我々は・・・」
「そん・・・な・・・・。」
聞きたくも無いような骨を砕くような音が響きだすと、ヒーリカの作り上げた光のフロアを一つの塊が駆けだす。
「みんなっ!早くにげっ!」
「なっ!」
るり達の方へと振り返ったミチルは、悲鳴のような叫び声をあげ皆に危機を知らせた。
――
しんと静まり返った市長宅では、警官たちが息を荒げている。
黒と白の光を帯びた拳銃を片手に、司は屋敷の中を駆けていた。
「入り口付近のバケモノ達は制圧済みです。仮面を着けた不審者の姿は既に屋敷にはないようで・・・」
「油断するなっ。どこに何がいてもおかしくないっ!」
「は、はいっ!」
るり達と別れた司たちは一目散に市長宅へと潜入し、中の惨状に言葉を失っていた。
薄暗い廊下や部屋の間から這い出てきたバケモノ達に苦戦しつつ、彼らは奥へと進んでいる。
決して何百メートルもある屋敷の通路ではないが、バケモノ達がはびこる屋敷は、少し進むだけでも容易ではない。
「敵の戦力は本当に外に集中しているようですね。」
「このくらいの数っていうのが、ある意味ありがたいもんだ。」
個体として襲って来るバケモノ達を数名の警官たちが倒し、それらがいなくなったのを確かめてから司たちは進んでゆく。
途中、荒らされたような部屋を見つけると、そこに数名の警官が残り捜査も同時進行でされていた。
「っ!ぶ、部長っ!市長がいましたっ!」
「なっ、本当かっ!」
先行していた警官たちが声を荒げ、片手に持った懐中電灯を大きく振り司たちに合図を送る。
薄暗い廊下を駆け抜けた司たちは、他の警官たちと雪崩れるように部屋へと入ってゆく。
「し、市長っ!」
「・・・き、君たちは・・・」
「救命器具を早くっ!」
「はいっ!」
地面に横たわり喘鳴のような声を出した市長へと皆が一斉に駆け寄ってゆく。
市長はもうろうとしつつも、司たちの顔をゆっくりと見上げた。
「我々は本署の警官です。竜崎署長の名で、こちらの御宅へ参りました。」
「息子さんやご家族は無事です。ご安心くださいっ!」
「そ、そうか・・・。」
市長を拘束していた縄をはぎ取るように切り捨てると、傍らに置いた救命器具を警官たちが開いてゆく。
別の場所を捜索していた警官や聖職者たちも集まりだし、聖職者たちによって辺りにまばゆい程の明かりが灯される。
ひしゃげた椅子が散乱した応接室のような部屋を見渡すと、中継に使われていた器具がそのままにされていた。
「部長・・・。あの、もう一人行方不明になっている女性の姿が・・・」
「そうだな。」
屋敷の奥から戻ってきた警官と話をした優志は、携帯を片手に持った司に耳打ちをする。
部屋の奥に不自然に空いた空間を見つめた司は、市長の応急処置をしている者達を横目にしつつ、そちらの方へと近寄ってゆく。
よく見ると、床には赤黒いシミが大きく広がっており、それ以外に髪留めのようなものが中に転がっていた。
「嫌な感じだな・・・」
「・・・。」
部屋を照らす魔法が反射し、床に染みついた大きな赤黒い斑点が更に気味悪く見えだし司は目を細める。
何度となく見た事があるそのシミの色に、優志も表情を曇らせた。
「・・・彼女たちは生贄を集めている・・・と言っていた。・・・もしかしたら、バケモノに捕まった者達は・・・どこかに捕らえられているかもしれない・・・」
「し、市長あまり喋らないでください。」
「・・・どこかに集められている・・・?」
むせ込みながらも身体を起こした市長は、警官たちに身体を支えられながらも司の方へと視線を向ける。
司と優志は振り返り、市長の方へと駆け寄ってきた。
市長の言葉に、聖職者たちがはっと顔を見合わせる。
「前に・・・我々の世界が同じような状態になった際に、そういえば・・・禁忌の呪術を発動させるために、多くの人々が集められました。」
「もしかしたら、こちらの現世で捕らえられた方も・・・どこかに集められている可能性は高いかと・・・。」
「・・・となると。」
市長を担架へと乗せた警官たちは、司の指示で屋敷の外へと駆けてゆく。
彼らを護衛するために、聖職者たちもそちらへと追うように出て行った。
もう一度部屋中をぐるりと見つめた司は、おもむろに携帯を操作する。
「この場所で姿を消した女性以外にも、四代家系の川西家も一家総出で行方不明だ。」
「そうか・・・。だとしたら、聖職者の方々が言うように・・・彼らも・・・どこかに。」
「可能性は高いだろうな。」
屋敷の外へと出てゆきながら、司は携帯を耳元へと持ってゆく。
先に市長と共に外へと出て行った警官たちは、るりの魔法によって強化された魔法陣の中に姿を消していった。
「あ。署長。すみません。飛勇ですっ!いえ・・・。市長を救出しました・・・。はい・・・それが・・・・」
受話器の先に出た竜崎に向かって、司は声を潜めながら話し出す。
優志はふいに上空から降り注ぐ嫌な気配につられ、そちらへと顔を向けてしまう。
「な・・・。」
隣で竜崎と通話をしている司も同じように空を見上げ、声を詰まらせる。
通話の先で竜崎の声が響く中、二人は唖然と空を見上げるしかない。
暗い空の中で赤黒い竜が縦横無尽に飛び交う中、銀色の鬣を勇ましく風に舞わせ飛ぶ竜が二人の視界に見えた。