白と黒の世界   作:水鏡 零

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63話

到底人の声とは思えない断末魔が響き、思わずジェシカとミチルは身体を寄り添わせる。

幾つもの人の顔が仮面と共に重なり、ひしゃげた腕が宙をもがくように蠢いていた。

生々しく動く足はまるで昆虫のように地面を蹴り上げ、その場で痛みに耐えられずのた打ち回っている。

「ここまでしてマーラのシモベとして死にたいのかっ!」

「・・・。」

細身の刀を振り払ったマロウの刃先から、血しぶきが地面へとまき散らされる。

異形のバケモノと化した人々の塊から足が地面へと転がり、赤黒い煙をあげて塵へと化した。

地上から這い上がってきた塊はマロウによって足を切り落とされ、その場から動けなくなっている。

「痛い・・・痛い・・・」

「マーラ様ぁぁ・・・まぁらさまぁさまぁまぁ・・・」

「愚かな。」

視点の合わない目を動かし、頭であろう位置で幾つもの顔からくぐもった声が響く。

あまりにおぞましい姿を見たるりは、大鎌を握る手を震わせる。

姿勢を崩した彼女の身体を、アリスはゆっくりと抱き寄せ言葉を詰まらせるしかない。

「ここまで来てしまっては、もはやヒトの姿に戻る事もできないな。」

「・・・わ、私の力でも難しいのでしょうか?」

「恐らく、巫女でも主帝でも皇帝でも・・・難しいだろう。」

「そんな・・・。」

青白い手が宙をもがき、残った足を動かして塊は前進し始める。

刀を構え姿勢を低くしたマロウは、ちらりとディルの顔を見た。

「アリス。・・・それからお前達も先に行け。」

「いいの?」

「・・・良いも何も、見るに堪えないだろう。」

「・・・。」

腰から刀を引き抜いたディルは、アリスに振り返る事無く言葉を発しマロウの隣へと刀を構え佇む。

ヒーリカが彼の背中に向かって言葉をかけるが、ディルは振り返らずに首を横に振るだけだ。

「悪いな。二人とも。」

「何をいう。我々の仕事と大差変わりない。気にするなアリス様。」

「・・・マロウさん。」

ぽつりと言葉を発したアリスに、マロウは小さく首を横に振る。

るりの不安げな声を聞いた彼女は、ちらりとるりの方を見てから視線を塊へと戻した。

「我々は闇に生きる者だ。気にしてはならない。それに・・・貴女にこのようなモノを始末させることはならぬことだ。・・・親方様に顔向けもできぬ。」

「・・・姉上の言うとおり。巫女や主帝に汚れ仕事をさせるなど。あってはならぬことだ。・・・気にしないでくれ。」

「・・・二人とも。」

ふっと息を吐いたディルは、早く行けと言わんばかりにアリスを睨む。

アリスは小さく頭を縦に振ると、るりの手を握って走り出す。

るりは後方を振り返り、ディルとマロウの背中を見るが、アリスはそれを止めさせるかのように腕を更に強く引っ張る。

咎められたように力を入れられ、るりは何も言わずにアリスの背中へと視線を移した。

後方で、ミチルやグレイたちがついてくる気配を感じる。

更に上空へと続く赤黒い階段を登って行ったるり達を横目で見送り、ディルとマロウの二人は大きく息を吐く。

完全にアリス達の姿が小さくなったのを確認すると、二人は地面を大きく踏み込んだ。

「まままま・・・マーラ様まままぁ」

「あぁぁぁっ、マーラ様ぁあぁ」

奇怪な声をあげて腕を振り回した塊から、縦横無尽に赤い針のようなものが飛び出す。

轟音を立てて地面へと突き立った物もあれば、空中を飛び去ってゆくも物もある。

「敵の位置さえも把握できない状態か。」

「・・・長く放置はできませんね。」

「あぁ。」

耳をつんざく様な悲鳴が辺りに響き、同時に地面へと腕や脚が切り落とされてゆく。

刀を振り払うことなく一手二手と刃先を塊へと突き立てる二人の周りを、血しぶきが滝のように飛び散る。

痛みに耐えかねたのかその場をのた打ち回りだした塊は、顔を地面に叩きつけてはくぐもった声をあげだす。

人の歯らしきものが地面を転がり、押しつぶされた顔からは見たくも無いようなモノがはみ出していた。

「とてもではないが、年甲斐もない幼子には見せられん。」

「・・・はい。」

軽く刀を振り払ったマロウは、塊の上に飛び乗ると体重をかけて刃先を身体に差し込む。

あまりの苦痛に残った塊の顔が一斉に叫びだし、辺りのビルに反響して暗闇に消えてゆく。

刀を引き抜いたマロウは、傾いた塊から飛び退き地面へと着地する。

刃先についた血が塵のように宙へと舞い、辺りに散らばっていた血痕が同じように塵のように消し飛ぶ。

「人でなくなった以上、残るものもないのか。」

「そのようです。」

ヒーリカの作り上げたフロアを転がるように落ちて行った塊は、地上のコンクリートに叩きつけられて動かなくなる。

宙をもがくように蠢いていた青白い手は静かに揺れ、かすれたような声が地面の上で広がっていた。

「あの状態で回収をするというのかっ!」

「っ!」

ふいに目を見開いたディルは、息を飲み手に持った刀を強く握る。

動かなくなった塊を見つめていたマロウ達の前で、地面に魔法陣が現れだしたのだ。

その中に吸い込まれてゆく塊を見た二人は、弾かれたように駆けだす。

「間に合わぬかっ!」

「ちっ!」

マロウが刀を構え、それを槍のように塊の方へと投げ飛ばす。

刀は一直線に塊へと飛び込むが、突き刺さる寸前に魔法陣の中へと塊は吸い込まれ、彼女の刀は地面へと転がる。

苦々しげに刀の柄についた紐を引っ張り手繰り寄せたマロウは、ぐるりと辺りを見渡した。

塊の異様な声は何処にも聞こえず、似たような気配もない。

「考えたくはないのですが・・・」

「その可能性は高い。・・・しくじった。」

刀を鞘へとしまった二人は、どちらと言う訳でもなくアリス達が進んでいった方へと駆けだす。

上空ではハージェントが竜たちを蹴散らし、倒された竜が崩れ落ちるように闇の中へと消えてゆくのが見えた。

「あの出来損ないを何に使う?」

「わかりません。ですがっ、魔力を含んだ塊だとすれば・・・糧になるには十分すぎますっ。」

二人の目の前でアリス達が階段を登り終える姿が見える。

さほど離れている訳ではない距離だが、この状況を叫んで伝えるには難しいくらいだ。

「すぐにでも攻撃をしかけるぞ。」

「はっ!」

赤い目を細めたマロウは、地面を蹴り上げ疾風を巻き上げて階段を駆け上がって行った。

 

 

 

――

 

 

 

白い髪を風でなびかせたマーラは、傍らに浮いていた大鎌を手に持って微笑む。

「いらっしゃい。死に逝くお嬢ちゃん。」

「・・・・。」

対峙するように佇んだるりは、赤黒い魔法陣の上をゆっくりと歩く。

気味の悪い色をした玉座から立ち上がったマーラは、後方に立っていた仮面の男へ片腕をひらひらと動かす。

男はゆっくりと頭を下げると、彼女の横へと進み出た。

「今日はとっても良い日だわ・・・。素敵な曲も鳴り響いているし。」

「どこが・・・。」

大げさに手を広げたマーラの足元で、人々の悲鳴が響く。

バケモノ達の襲撃を受けたのか、ビルから黒い煙が立ち込めだした。

その先では、閃光のようなものがきらめき、怒涛にも聞こえる声が聞こえはじめる。

「貴女。白の女神に祝福されたんですってね。・・・忌々しいわ。」

「どうして、どうしてこんなに罪のない人たちを苦しめるの?」

「・・・。」

ケラケラと声をあげたマーラに対して、るりは凛とした表情で言葉をぶつける。

マーラは突然と笑うのを止め、表情を一変させると赤い目をぎょろりと開いてるりの顔を睨みつけた。

急に辺りを殺気のようなものが包みこみ、アリスやグレイたちは即座に戦闘態勢を取る。

「私の質問に答えなさいよ・・・。死にぞこないっ!」

「っっ!」

「おや。」

赤い口を怒りで震わせたマーラは、大鎌をるりに向かって一振りする。

赤黒い光が弧を描いてカマイタチのように突き進み、るりはすぐさま大鎌を振り上げてそれを破壊した。

白と黒を混ぜた光の粒があたりに飛び散り、それらが地面となっている赤黒い魔法陣に当たると表面がひび割れを起こす。

「気に食わない・・・気に入らない・・・早く殺して・・・殺して・・・」

「誰も貴女の為に犠牲にはならないわ。」

「・・・。」

「全くだ。もう、こんな好き勝手させねぇってねぇの。」

「ほう・・・。」

るりの後方から姿を現したミチルとグレイを、マーラは目を細めて睨む。

「私達も女神との約束があるからね。それに・・・貴女の存在はとてもイレギュラーなの。残念だけど、ここで排除させてもらうわ。」

「監視者・・・ね。」

ヒーリカが身体の周りに銀色の槍をまとわせ、マーラに向かって声を発する。

マーラは苦々しげに彼女を睨むと、手を震わせて大鎌を握り直した。

「忌々しい連中ばかり。どうしてまた私の邪魔をするの?・・・皆幸せだって言ったじゃない。私が巫女になった時、皆も喜んだのに。お前達はいつだって楽しい事を破壊してくる・・・。許せないわ。許せないわ。女神も王族も皆・・・許さない。」

「マーラ様の統治された世界が、いかに素晴らしい世界かという事を。今一度知らしめなくてはなりませんな。」

「まったくだわ。トルヴァ。」

トルヴァと呼ばれた仮面を着けた男は、足元へと新たな魔法陣を描く。

複数の魔法陣が赤黒く光り、その中から魔法陣と同じ色をした人影が姿を現した。

「なによ・・・あれ・・・。」

「気味が悪いな。」

ヒーリカとアリスの声が重なると、ジェシカはミチルの後方へと隠れてしまう。

トルヴァの前に現れた人影は、顔の形をかろうじて保っている。

歪な形をした顔が今にも崩れそうな目を動かし、ありえない方向へと脚がひしゃげ動き出す。

それらは全て手には様々な武器を持ち、全身から赤黒い光りを煙のように吐き出していた。

頭の部分には複数の顔が貼りつき、頭の横からは見たくもないものが飛び散りだしている者もいる。

「こやつらはマーラ様のシモベとして生を全うした者達。皆が、マーラ様の為にと死してもこのように形を留め、愚かな者達を排除しようとしているのですよ。」

「・・・もしかして・・・その顔は・・・。」

「おや?・・・お気づきですかな?」

ぴくりと肩を震わせたランゼフは、おもむろに登ってきた階段から地上の方へと視線を向ける。

そこには人影は見当たらず、登ってきた階段にはディルとマロウの姿しかない。

冷やりとしたモノが流れたランゼフは、何故かヒーリカの顔を見つめる。

それに気がついたヒーリカは、小さく顔を横に振った。

「あら、分かったのに言わないのね。じゃぁ、教えてあげるわ。」

「・・・こやつらは・・・」

「俺達が先に倒した仮面の奴らだろ。」

「っ!」

「おやおやっ・・・。」

ランゼフとヒーリカが目を見開く中で、アリスが太刀を構えてるりの前へと足を進める。

ぴくりと肩を震わせたるりは、小さく顔を横に振るとアリスの背中を静かに見つめた。

「それで言うんだろう?・・・お前達が倒したせいで、こいつらは命を落とした。だから、俺達のせいだ・・・ってな。」

「あら、ボウヤ賢いのね。」

「先を読まれてしまいましたねぇ。大正解ですよ。魔族の坊ちゃん。」

「・・・。」

ケラケラとまた笑い出したマーラに、アリスは歯を食いしばるかのように彼女を睨みつける。

彼の身体が怒りで震えているのに気がついたるりは、息を詰まらせた。

「私達のせいじゃない。・・・この人達は最初からそういう風に作り替えられていた。だから、どういう風に死んでも、結局・・・こうなる。」

「ほぅ。そこにも賢いモノがおりましたか。」

「あんた達の呪術はそういうもんだろ。結局最後まで報われないんだ。どんな形であったとしても。最後まで命を落としても最悪の結果になってしまうんだ。」

「最悪ねぇ。ホントに嫌な言い方だわ。」

李春とミチルの前に出たグレイが、片手に魔法陣を描きながらトルヴァとマーラに向って声を荒げる。

笑みを浮かべたマーラは、髪をかき上げると大鎌を回転させた。

それを合図にしたかのように奇怪な姿をした赤黒い人影が動きだし、グレイやヒーリカ達の方へと駆けだす。

「さっさと死んじゃいなさい。ここで死んだら、お前達も私のシモベにしてあげるわ。」

「絶対に嫌だねっ!」

「全くだっ!」

悲鳴のような声をあげて突進してきた赤黒い人影に、グレイは氷の槍を突き立てる。

身体につきたてられた氷の槍を掴んだ人影は、力任せにそれを振りたくり抜き取ろうともがき出す。

ヒーリカは銀色の槍を赤黒い人影の方へと向けると、武器を振り上げた敵をなぎ倒す様に槍を動かした。

地面へと叩きつけられた赤黒い人影は、顔をひしゃげたまま歪な動きをして立ち上がる。

「一筋縄では倒せないってか・・・。」

「ジェシカちゃんも李春ちゃんも下がってっ。」

「み、ミっちゃん。」

「・・・・。」

縦横無尽に蠢きだした赤黒い人影を見て、ミチルはジェシカと李春を後方へと下がらせる。

彼女たちを守るように魔法を放ったミチルは、弾かれても身体の一部を破壊されても立ち上がる人影に冷や汗を流す。

グレイが放った氷の槍を腹に突き立てたまま、赤黒い人影はおぼつかない足取りで彼へと迫っていた。

「既に身体も傀儡状態だ。全部を破壊せねば動き続けるぞっ!」

「そっそんなっ!」

オカの声が辺りに響き、それに合わせるようにるりが大きく刃先を振り回す。

るりが振り回した刃先に身体を引き裂かれた人影は、地面へと転がり動くと、魔法陣に吸い込まれるように姿を消した。

しかし、別の所から同じようなモノが魔法陣から這い出てくる。

「きりがないっ!」

「ここじゃ、不利だって言いたい感じねっ!」

「ふふ・・・。」

赤黒い魔法陣へと突き立てるように人影を槍で突き差し、ヒーリカとランゼフが苦々しげにマーラを睨む。

マーラは大鎌を構え直すと、るりの方へと駆けだした。

「お前の首は私が取るって決めてるのっ!」

「っ!」

満面の笑みを浮かべて大鎌を振り上げたマーラに、るりは人影の相手をしていたために背後を取られる。

「誰がさせるかよっ!」

「っあらっ!」

るりとマーラの間に滑り込むようにアリスが太刀を構えて動くと、マーラの大鎌を太刀で跳ね飛ばす。

目を見開いて笑みを浮かべたマーラは、後方へと飛び退くと赤い口をひしゃげて笑い出した。

「大丈夫か?るり?」

「う、うん。・・・ありがとう。」

るりへと振り返ったアリスは、彼女を守るようにマーラの方へと太刀の刃先を向ける。

マーラは小首を傾げ、何故か嬉しそうに笑い出していた。

「あぁ。お前・・・あぁ・・・そこに・・・リフがいるのねっ?」

「なっ?」

「え・・・?」

ケラケラと声をあげて笑ったマーラは片手で顔を押さえながら、狂ったように笑い出す。

マーラの言葉に顔をひきつらせたアリスは、苦々しげに彼女を睨んだ。

後方からディルとマロウが到着し、苦戦しているグレイやミチル達に加勢する。

彼らの猛攻も赤黒い人影にはむなしく、何度と倒しても地面から這い出てきていた。

「トルヴァ、トルヴァ。聞いている?あれの中にリフがいるわっ!」

「おや・・・」

大鎌を振り上げたマーラは、後方で静かにたたずんでいるトルヴァへと振り返り、声をあげて笑い続ける。

トルヴァはその言葉に拍手をすると、自分の周りに新たな魔法陣を描き始めた。

「お前っ。そうか・・・。あぁ。リフがお前を主帝にさせまいとしているのね。ふふ・・・あの子らしいわっ!」

「・・・あ、アリス?」

「そういうことか・・・。」

ふっと顔をしかめたアリスは、自分の手を見つめて更に表情を曇らせる。

るりは後方から彼の顔を見つめると、不安げにオカへと視線を移した。

「・・・アリスの中には異物が混じっている。何らかの呪術によるものだろう。それがある意味では引き金、ある意味では呪縛として体内を巣食っているのだ。奴らの言うリフという者の怨念と言うべきか。」

「怨念じゃないわよ?神器?」

「・・・。」

オカの言葉に目を細めたマーラは、赤い口をゆがめて笑うのを止める。

ため息をついた彼女の横へと、トルヴァがゆっくりと進み出てきた。

「・・・前主帝であるリフはね、自分が処刑されるとわかった時点で、自らの思念体のようなモノを人々に埋め込もうと暗躍したの。」

「計画は次第に浮き彫りになってゆくにつれて、その被害者は拡大していった。それが俺達の住む世界であろうとなかろうと、手当たり次第選んだ素体に呪術を仕込もうと奴らは動き続けた。」

「それ・・・って・・・。」

ミチルとアリスの言葉を聞いたるりは、ひやりと背中に汗が流れる感覚に襲われる。

手に持った柄からオカにもその考えが流れ込んだのか、彼女から息を飲むような声が聞こえた。

「コーディさんやアイネさん達が言っていた・・・。私の変わりにアリスが受けた呪いってこと?」

不安げにアリスの背中を見つめたるりに、アリスは何も答えない。

それが逆に問いかけた答えが確定的だと教えるようになり、るりの手が震えだす。

まわりをうろつく気味の悪いバケモノ達はヒーリカやマロウ達が対立しているが、一向に数は減らない。

身体を引き裂かれたバケモノ染みた人影は、同じように足元の魔法陣へと吸い込まれると、また別の場所から体の一部を欠測した状態で出現していた。

バラバラにされ、形を留めることができなくなった人影は、風に舞うように宙へと塵となって消えてゆく。

「もうどこにもリフの気配もなかったから、あの子の計画も全部だめになっちゃったと思った。でも、良かったわぁ・・・。ここともう一つ、あの子の気配があるんだもの!」

「・・・もう、一つだと?」

ひらりと片手を広げたマーラは、アリスの言葉に笑みを浮かべる。

心なしかアリスの顔色が悪くなったように感じ、何やら嫌な感覚をるりは感じた。

「最初はこの坊やから・・・次にもう一つの方へと行ってみましょう。両方見分けて、どちらがふさわしいか考えるの!ねぇ、トルヴァっ!リフだってその方がいいって言うわよね?」

「な、何を言って・・・。」

「あっ、アリスっ!ダメっ!」

「っ?」

声をあげてトルヴァの方へと振り返ったマーラへと、アリスは追撃するように太刀を構え踏み込む。

しかし、彼の服を思い切り掴んだるりによって、その足は止まった。

驚いた表情で振り返ったアリスの目に、真っ青な表情をしたるりの顔が映りこむ。

頭をしきりに左右へと振ったるりの手は、酷く震えていた。

「あの人に近付いちゃだめっ!近づいたら、絶対だめっ・・・」

「どうし・・・たんだ?」

「奴らから嫌な呪術の感覚が漏れだしている。・・・お前の内部をえぐるような酷いものだ。わからないのかっ?」

「・・・。」

大鎌の形を成したままでオカの怒鳴るような声がアリスの耳へと響く。

るりとアリスの異変に気がついたのか、ディルはバケモノ染みた人影をあしらい、彼らの前へと降り立つ。

短剣を構えたディルは、静かにマーラを睨みつけた。

「アリス。お前の内部に巣食う輩は確実に外へと出ようとしている。呪術を完全に発動させるためには、あの女の何かしらの手助けが必要なのだろう。」

「わ、わからないけれど。アリスを無意識に向わせようとあの人は仕掛けているの・・・。感覚的で言葉に表すことができないけれど。」

アリスの服から手を離したるりは、大鎌の柄をしっかりと握りしめるとディルと共に彼の前へと出る。

姿勢を低くし、戦闘態勢へと変わったるりを見て、アリスは何も言葉が出ない。

「コーディ様とアイネ様がご心配されていた。マーラの近くに行けば、何らかの事態が発生する危険性はあると。それが今の状態なのだろう。」

「だからって、俺は何もするなって事はできないだろっ!」

「そ、それはっ!」

首を横に振ったアリスは、言葉さえ強い口調であるが次第に勢いがなくなってゆく。

彼自身も、何かを感じているのか、ディルやオカの言葉に反論することができないのだろう。

彼らと対立するマーラとトルヴァの周りには、幾つもの赤黒い魔法陣が描かれ始めていた。

「めんどくさいわねぇ。さっさとリフを返してちょうだい。話したい事や問い詰めたい事がたくさんあるんだからっ!」

「くるぞっ!」

「はいっ!」

「お、おいっ!二人ともっ!」

アリスが手を伸ばす先でディルとるりが走りだし、前方から駆けてくるマーラへと武器を向ける。

ディルは彼女から離れ、幾つもの魔法陣を描いているトルヴァへと距離を縮めてゆく。

彼の行く手を塞ごうとバケモノ達が姿を現すが、ディルは床を滑る様に姿勢を低くすると、それらの間をかいくぐる様に駆ける。

残されたバケモノ達は、ランゼフの放った淡い緑色の光によって身体を引き裂かれていった。

「るり、奴は何を考えているかわからんっ!気を付けろっ!」

「うんっ!」

「威勢だけはいいのねっ、小娘ぇっ!」

「っ!」

オカの声にうなずいたるりは、大鎌をふりあげマーラに向かって体重をかけて振り下ろす。

マーラは目を開いて彼女へと声を荒げ突進すると、自らの持った大鎌で攻撃を弾きあげる。

互いの武器がぶつかり合うと、マーラは目を細めて数歩後退した。

大鎌の刃にひびが入り、辺りには白と黒の光の粒がまき散らされる。

地面へと粒が当たると、ガラスが割れるかのような音が足元から響いた。

「るりの攻撃が魔法陣を破壊してるっ」

「っだったら、先に地面を破壊した方が良さそうね・・・。」

魔法陣から這い出たバケモノを蹴り上げ、ヒーリカとランゼフがるりの方へと駆けてゆく。

どう動いてよいモノかと混乱しているのか、アリスはその場から動くことができないようで、彼女たちが駆けてゆく姿を見つめているだけだ。

「もしかしたら、この魔法陣を破壊することで、アリスの兄貴も動きやすくなるんじゃないのかっ?」

「・・・かもしれないわねっ」

バケモノ達がるりの方へと向きを変えたのに気がつき、グレイが地面へと氷の槍を柵のように突き立ててゆく。

魔法陣自体を凍らせてゆくことで、氷の槍は壁のように連なり、バケモノ達はその場から動けなくなる。

「るりっ。地面へオカを突き立てるんだっ。」

「壊れた瞬間に私達が足場を形成するから一思いにやっていいわっ!」

「っは、はいっ!」

「あら・・・。」

るりの肩を叩いたヒーリカは、マーラの方へとランゼフと共に駆けだす。

マーラは小首を傾げ、ひび割れた大鎌を見つめているだけだ。

油断しているのか、それともヒーリカ達に興味が無いのかはわからない。

「・・・だめ・・・アリスを一人にしたら・・・」

「り、リーちゃん?」

ふっと目の前の光景を見つめた李春が、ジェシカの隣で呟く。

李春はミチルが作り上げた防御魔法から身を乗り出すと、茫然とたたずむアリスの方へと駆けだした。

「み、ミっちゃんっ!どうしようっ!り、リーちゃんがっ!」

「っえっ!」

突然走り出した李春の腕をジェシカは掴むことができず、李春は一目散にアリスへと駆けてゆく。

表情を曇らせたジェシカは、長銃を抱えた状態で前方のミチルに悲鳴のような声をかけた。

ミチルがその声に弾かれ辺りを見つめると、李春はアリスのすぐ近くまで迫っている。

李春を掴もうとバケモノ達が腕を動かすが、彼女は紙一重の所でそれらを避けていた。

「グレイっ!り、李春ちゃんをっ!」

「うぉっ、なんだってこんな時にあいつはっ!」

「わ、わかんないよっ!でも、アリスのお兄さんを一人にしちゃ駄目って呟いていてっ!」

「はっ?」

バケモノ達への攻撃を停止させたグレイは、ジェシカの声に首をかしげるしかない。

ぐるりと身体を動かしたグレイの視界に、片膝をついて太刀を杖代わりにしているアリスの姿が目に入る。

「アリスの兄貴っ?」

「なんだろう・・・アリスさん・・・何か・・・嫌な空気がっ・・・」

言い現せない程の不安感がグレイの背中を包み、それらはミチル達も感じているのか彼女たちも表情を曇らせる。

前方ではマーラ達と対立しているヒーリカ達の姿があるが、アリスは声を発する事もなく、まるで重傷を負ったかのように膝をついていた。

ディルはマーラやトルヴァの攻撃へと集中しているようで、彼の異変に気がついていないようだ。

「呪いかっ」

「の、呪いっ?」

「そんなっ。」

バケモノを蹴散らしたマロウが、息を飲んだようにアリスとるり達の方を交互に見つめる。

彼女はミチルの言葉に答える事無く、アリスの方へと駆けだした。

その視線の先では、李春がアリスの顔を覗きこむ姿が映る。

「りー・・・。お前・・・あぶな・・・」

「・・・危ないのは貴方も同じはず。・・・わかっていると思うなら、少し“それ”をちょうだい。」

「・・・え・・・。」

細い小さな手でアリスの腕を掴んだ李春に、アリスは顔をしかめながら彼女を見つめる。

「・・・るりを守るの。“貴方が帰ってくるまで”の間は私が守るから。」「お前、わかっているのか・・・?」

「えぇ。時間が無い・・・言う事聞いて。」

「・・・。何の話をしている・・・?」

マロウの耳にアリスと李春の会話が微かに聞こえてくるが、どのような内容なのか彼女には理解できない。

二人にはお互いの考えている事が通じているのか、それ以上会話を続ける事は無く静かに見つめ合っている。

「っちっ!邪魔だ・・・。」

アリスと李春へと迫ったマロウの前に地面からバケモノ達が現れ、視界の先が遮られた。

あと数歩となった二人の距離を苦々しげに見たマロウは、姿勢を変えるとバケモノへと武器を向ける。

グレイやミチル達もマロウの方へと近づこうとしたが、急に地面から現れたバケモノ達に行く手を遮られているようだった。

「オカさんっ。」

「あぁ。準備はいいぞっ!」

ふいにるりとオカの声が辺りに聞こえると、マーラの前で彼女が大鎌を上空に振り上げた姿がミチル達の目に入る。

「マーラ様。一旦・・・中へ。」

「・・・わかったわ。」

「む?」

トルヴァがディルの攻撃を避けると、マーラに向って声をかける。

彼女は赤い口をゆがめると、るりの姿を睨み大鎌を地面へと突き立てた。

赤黒い水のようなものが湧き上がり、マーラの身体が包まれてゆく。

ディルと対立していたトルヴァの周りから魔法陣が動き、地面を形度っている巨大な魔法陣へと重なる。

「強化しても無理かもねっ!」

「・・・。」

勝ち誇ったように笑みを浮かべたヒーリカの前で、マーラが赤黒い水に包まれ地面の魔法陣へと吸い込まれた。

トルヴァはヒーリカの言葉には答えずに、地面へと魔法陣を描く。

「さぁ・・・どうでしょうねぇ?」

ぽつりと仮面の下で言葉を発したトルヴァは、地面に描いた魔法陣を動かし、自分の身体をその中へと吸い込ませた。

ディルの目の前でトルヴァの姿が完全になくなり、彼は小さく息を吐く。

「っ!」

勢いよくるりが地面の魔法陣へと大鎌を突き立てると、刃先を中心に魔法陣がひび割れを起こす。

ゆっくりと動いていた赤黒い模様が止まり、魔法陣全体に割れ目が広がった。

しかし、魔法陣は完全に崩れない。

「奴らの姿はどこに・・・」

ぐるりと辺りを見つめたディルは、武器を構えたままぽつりと呟く。

「もう一回・・・。」

「そうだな。もうい・・・。」

大きく肩で息をしたるりは、大鎌を構え直そうとする。

よく見れば、辺りにはびこっていたバケモノ達が姿を消し、残った者達も苦しみうめく声をあげながら姿を塵に変えつつあった。

「るりちゃん!危ないっ!」

「るりっ!逃げてっ!だめぇっ!」

大鎌を振り下ろそうとしたるりの耳に、思いもしなかった声が響き渡る。

ミチルとジェシカの悲鳴に似た声が聞こえるや否や、るりへと威圧感のある殺気が近づく。

「え・・・・・。」

顔を動かしたるりの視界の先で、赤黒い太刀が振り下ろされた。

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