白と黒の世界   作:水鏡 零

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64話

勢いよくディルに身体を突き飛ばされたるりは、ヒトの姿へと瞬時に戻ったオカに抱かれ地面を滑る。

目の前で禍々しい色をした太刀がディルに弾かれ、地面へと突き立つのが視界に見えた。

息ができないような感覚にるりは陥り、瞬きをするのも忘れてしまう。

「・・・うそ・・なんで・・・」

ジェシカの絶望的な声が聞こえると、太刀を地面から彼が拾い上げる。

 

赤黒い禍々しい色をした太刀を担ぎ上げたアリスは、殺気のようなモノを放ちるりを見つめた。

 

見下したような彼の視線に対して、るりは立ち上がることができない。

 

「呪術が発動したか。」

「え・・・。」

るりを立たせたオカは大鎌に姿を変える事無く、彼女をかばうかのように一歩前へと出た。

「そうよっ!ご名答だわっ!リフが戻ってきたのよっ!」

「っ!」

アリスの後方から笑い声が響き、マーラが地面から赤黒い水をまきあげて姿を現す。

赤黒い魔法陣が辺り一面に幾つも描かれると、その一つからトルヴァが姿を現した。

「あたしったらっあぁもうっ!どうして気がつかなかったのっ!これじゃぁ、罠にかかったようなモノじゃないっ!」

「ヒーリカっ。今はそんな事言ってる場合じゃないっ!」

「わ、わかってるわよっ!」

慌てふためき両手で頭を押さえたヒーリカに、ランゼフの苛立った声が重なる。

ヒーリカは左右に頭を振ると、るりの前へと駆け寄ってきた。

るりは顔面蒼白となり、自分の手を握るしかない。

「まだ身体には馴染めていないみたいだし、もう一つの塊が必要なのは確かなようね。・・・まぁ、もう一つの塊が見つかるのも時間の問題。」

「さようでございます。今は、この状況を更に良き方向へ向かわせるのが最善でございましょう・・・。」

「・・・えぇ。そうね。」

ケラケラと声をあげて笑ったマーラは、太刀を構えたアリスの頬を赤い爪でなぞり上げる。

表情一つ変えないアリスの視線はるりへと向かっており、そこからは殺気しか感じられない。

「ねぇ、リフ?今の気持ちはっ?」

「・・・・。」

愛おしそうにアリスの耳元で呟いたマーラは、これ見よがしにるりへと顔を向ける。

その場から逃げたくなるほどの感覚がるりを包み、彼女は動くことも言葉を発する事も出来ない。

「・・・そうだね。・・・まだまだ準備運動が必要だ。と思うよ。マーラ。」

「っな!」

「・・・・そんなことって・・・!」

ふっと笑みを浮かべたアリスは、まるで別人のような口調でマーラに答える。

グレイが唖然とアリスの顔を見つめるが、彼はそちらへと顔を向ける事もしない。

顔を片手で覆ったマロウは、まるで自分を奮い立たせるかのように大きくため息をつく。

片手に短剣を握りしめた彼女は、ディルと共にアリスへと対立した。

「ほら、もうお前の主帝は何処にもいないのよっ!絶望しなさいっ!絶望して絶望して絶望して・・・」

大声を上げ狂ったように笑ったマーラは、歯を見せて笑うとるりの顔を勝ち誇ったように見つめる。

「絶望して愛する男に殺されちゃいなさい。」

「っっ!くるぞっ!」

「わかってるわよっ!」

ため息をついたようにマーラが言葉を発すると、アリスが太刀を構えてるりへと突進してくる。

混乱したような声をあげたヒーリカは、ディルに一括されると片腕を振り上げアリスの周りへとオレンジ色の光を形成しようとした。

「やっぱり、はじかれるかっ!」

「くそっ!あの馬鹿っ!」

まるで電気が弾けたような音が聞こえると、ヒーリカの放った光はノイズを混じらせ崩壊する。

太刀を振り上げたアリスにディルがためらう様子もなく武器を向け、彼を後方へと下がらせた。

すぐさま太刀を構え直したアリスへとマロウが刀の刃先を向け、二手三手と切り込む。

「今は、るりを安全な場所へ避難させろっ!その状態じゃ、この馬鹿を解放させることもできんだろっ!」

「・・・あ・・・。」

アリスの太刀を弾いたディルが、後方で崩れる様に膝をついたるりへと声を荒げて叫ぶ。

彼女を抱くように立たせたミチルが、ヒーリカと顔を合わせると大きく頷いた。

「我々なら何とかなるっ!お前達は先に離脱しろっ!」

「おやおや・・・それは困りますねぇっ!」

「ちっ!」

ディルと共にアリスを更に後方へと下がらせてゆくマロウに、トルヴァがわざとらしいため息をつく。

とたんにアリスの姿が赤黒い煙へと変わり、二人の目の前からアリスの姿が完全に消えた。

目を見開いたディルは切り込んだ勢いのままに、るりの方へと振り返る。

「マーラ様のご計画通りに行かなくては。」

「っ!だ、だめっ!」

「ミっちゃんっ!」

トルヴァの声が聞こえるや否や、ミチルとるりの目の前にアリスが太刀を振り上げて姿を現す。

とっさにるりを抱き寄せたミチルは目の前に魔法陣を描くと、彼の太刀を弾いた。

しかし、相当な威力で切り付けられたのか、その魔法陣は直ぐに崩壊してしまう。

「だ、駄目だよアリスっ!」

「るりちゃんっ!この人はっ!この人は今はアリスさんじゃないっ!」

「っっ!」

片腕をアリスへと伸ばそうとしたるりをミチルが力の限り制止させ、無理矢理後方へと下がらせる。

一歩踏み込んだアリスは、赤黒い太刀を勢いよく薙ぎ払う。

反射的に両腕を前へと突き出したるりは、目の前に魔法陣を描きアリスの攻撃を弾いた。

苦々しげに表情を歪ませたアリスの顔が見え、るりは目頭が熱くなるのを感じる。

割れる事無く残った魔法陣を睨んだアリスは、突き破るかのように太刀を構え直し、力尽くでそれを破壊するかのように武器をねじ込む。

「うぅっ!」

「るりちゃんっ!無理しないでっ。」

「で、でもっ!」

まるで刃物で切られたかのようにるりの全身に痛みがまわり、彼女は悲鳴をあげるしかない。

ミチルがるりを制止させるように声をかけるが、るりは首を左右にふるだけだ。

ここで防御を解除すればアリスの攻撃がミチルに当たる事など、今のるりでさえも理解している。

「・・・小娘。その忌々しい力を使うのはやめなさい。目障りです。」

「っ・・・。」

ぞっとするような冷たい声がるりの頭上に響き、思わずるりは目を見開いて顔を上げる。

その声はアリスそのものであり、るりは手を震わせ悲鳴をあげそうになってしまう。

「馬鹿っ!いい加減に目を覚ませっ!」

思わず魔法陣を崩してしまったるりの前にランゼフが飛び出すと、彼女は力任せにアリスを後方へと蹴り上げる。

ランゼフの足には淡い緑色の光が漂い、子供の身体とは思えない程の力が太刀を盾代わりにしたアリスごと後方へと引きずり飛ばした。

アリスは軽く太刀を一振りすると、何事も無かったように構える。

「さっさと消えちゃいなさい。お前を愛する魔族の男はもういないんだから。ここにいるのは、お前のせいだとお前のせいだと憎み続ける魔族の男しかいないのよ?」

「っ、ち、ちがっ!」

「・・・何が違うのかしら?」

「っ。」

ディルとマロウの刀を軽くあしらったアリスは、ケラケラと笑うマーラの前で大きなため息をつく。

「そうだ。俺はお前が憎い・・・。」

「えっ・・・」

「るりちゃんっ!アリス君を見ちゃダメっ!」

「るりっ!しっかりしろ、惑わされるなっ!」

演技染みたアリスの行動にるりは冷やりとした感覚を覚えながらも、彼の声をしっかりと聞いてしまう。

アリスを支配している別人格が演技しているとはいえ、今のるりには判断することができない。

ミチルとオカがしきりにるりの身体をゆするが、るりはアリスから顔を背けることさえ出来ない状態だ。

「こんな姿にした・・・こんな事に巻き込んだお前が憎い・・・お前のせいで・・・お前のせいだ。お前に・・・」

「や、やめ・・・!」

体中を震わせ、るりはしきりに頭を左右に振る。

アリスの青い目が刺さる様にるりを睨み、赤黒い太刀の刃先がしっかりとるりの首元へと向けられる。

距離は数十歩と離れているが、まるで目の前で刃先を突きつけられているかのような威圧感がるりの首元を締め付けだした。

「お前なんかに出会わなければ、よかった。」

「・・・そん・・・なの・・・っっぁあぁぁあっ!」」

「るりっ!」

「まずいわまずいわっ!身体はアリスなんだものっ!あんなのに面と向かって致命傷的な事を言われたらっ!」

「くぅっ!」

まるで氷水に漬かったかのような寒さがるりを襲い、彼女は震えた声で悲鳴をあげる。

頭の先から激痛が走り、心臓が引き裂かれそうな程の痛みが血を巡る様に駆け抜け出した。

立っていられない程の痛みがるりを襲い、力を失ったように彼女はオカの腕からすり抜けて地面に倒れ込む。

太刀を構えたアリスは歯を見せて笑うと、赤黒い煙へと姿を変える。

「だめだっ!姿を捕らえられないっ!」

「構えろっ!アリスがそちらにっ!」

「っ!」

ディルとマロウの声が重なると、ヒーリカが声に弾かれたように動く。

「遅いっ!」

「し、しまっ!」

赤黒い煙を巻き上げて、アリスが倒れ込んだるりの目の前に姿を現す。

とっさにヒーリカとランゼフが応戦するが、彼の太刀から発せられた風圧で二人は後方へ弾かれる。

「い、いや・・・いやだ・・・」

「悔いて死ぬがいい。」

「そんな・・・アリス・・・?」

痛みを押さえて身体を起き上がらせたるりの前で、アリスが太刀を構え直した。

彼の攻撃をしのぐ為、ミチルがるりとオカの前に魔法陣を描く。

「させないって言ってるじゃないっ!」

「ミっちゃんっ!」

「くぅっ!」

疾風を巻き上げて飛び込んできたマーラが、ミチルの魔法陣をいとも簡単に大鎌で破壊し、彼女へと刃先を振り下ろす。

刃先がミチルの目先へと迫ると、重い音を立ててそれは氷の槍ごと弾き飛ばされた。

苦々しげにマーラが振り返る先には、グレイが立っている。

「忌々しい小娘。ここで消え・・・・」

「っ!」

全身をむしばむ痛みに耐えながらアリスを見上げたるりは、氷のように冷たい視線に息が止まりそうになってしまう。

「うそっ!」

しかし、歯を見せて笑ったアリスの顔が瞬時に変わり、るりの前から彼はすぐさま遠ざかる。

耳元から風を切る音が聞こえたと思えば、弾丸のようにアリスの背後から人が飛び出してきたのだ。

所々破れた衣服をなびかせた彼は、唖然とするランゼフ達をよそにアリスへと怒涛のような攻撃を仕掛ける。

「汚名返上というやつかなぁ・・・。」

「えっ、生きてたっ?」

「・・・そんな、言い方しないでくれ・・・。ひどいなぁ。」

血で染まったグローブを投げ捨てた彼は、銀色の髪をかき上げて笑みを浮かべる。

ぐるりとその眼がランゼフの方を向いたかと思えば、彼はマーラの方を静かに見つめた。

「やっぱり、死体のいう事を聞くのは良くないと判断したよ。」

「・・・ディレイ。・・・お前、生きていたのね。」

「ははは。僕はねぇ、そうそう易々拷問くらいじゃ死なないんで。」

「おやおや・・・。」

ワザとらしく大きく腕を動かしマーラへと会釈をしたディレイは、何事も無かったようにアリスへと近づいてゆく。

突然と現れた人物にまわりは驚くが、それ以上にランゼフとヒーリカは言葉を無くしたように動かない。

「なるほどなるほど。・・・そうか・・・。君は君であって、別人格が歪に入り込んでいるわけか。なるほどね。」

「ちょ、ちょっと?」

アリスのまわりに赤い光を形成させたディレイは、ノイズの入ったモニタとコンソールを淡々と操作する。

小さく微笑んだ彼は、片腕を動かすとそれらを瞬時に仕舞い込んだ。

「さて。じゃぁ、作戦練り直しだね。ねぇ・・・ヒーリカ?」

「あんた何処から聞いてたのっ!」

「まぁまぁ、怒らないで。時間もないから、手短に行こうじゃないかっ」「ちょっ、はぁ?」

大げさにディレイが両腕を広げると、るり達の足元に赤い光があふれる。

それは前にランゼフやヒーリカ達が移動の際に使ったモノと同じようで、すぐさま視界が赤い光りに包まれてゆく。

「とりあえず。信じてもらえないかもしれないけど、一応僕もヒーリカ達の仲間って事でゆくよ。さぁ、行こうか?」

「っ、ちょっと・・・まちなさっ!」

マーラの苛立った声がるりの視界の先で聞こえるが、既に彼女の姿は赤い光りで遮られ見えない。

微かに揺らいだ視界の先で、痛々しいほど鮮明な色で青い髪が動いているのは見える。

「大丈夫・・・るりなら・・・きっと彼を解放できるわ。」

「え・・・。」

ふいにるりの後ろから声が聞こえ、ふわりと暖かな身体が彼女を抱き寄せる。

細く長い指がるりの頭を撫でると、るりは夢をみるかのように意識を手放した。

 

 

 

――

 

 

 

ビル街の方で聞こえてきた悲鳴に、人々は身を寄せ合って不安な表情を浮かべるしかない。

体育館から見えた景色は闇に近い状態で、あまり遠くを見ることは出来ない状態だ。

「ねぇ、どうしてこの学校は安全なのかしら・・・。」

「わかんないわよ。でも、バケモノが一体も現れないわよね。」

「う、うん。」

学校と外の道を結ぶ外壁から見えた先には、多くのバケモノ達が徘徊しており、とてもこの場所から離れる気は誰もしない。

街から逃げてきたという人々も増えているが、その者達はしきりに困惑した表情を浮かべていた。

避難所として作られた場所には決まって空を魔法陣が覆っているのだが、この学校には一切そのようなものが見られない。

それなのにも関わらず、校舎内や体育館、校門からぐるりと囲われた学校の塀から中には、一匹もバケモノ達が出てこないのだ。

「どうなっているんだ・・・。街にはほら・・・あの白い服を着た人たちが魔法とかなんとかで空に白い模様を描いていたよな。」

「あ。あぁ。」

外壁さえも乗り越えてこないバケモノ達を横目に、避難している者達はそれ以上の言葉がでず、話題は途切れてしまう。

電気の供給は止まっていないのか、教室や体育館には煌々と蛍光灯の光が灯っていた。

その部屋の一つ一つからは、不安な声しか聞こえない。

「小鳥さん。そろそろ・・・。」

「あら・・・残念だわ。」

一般人たちに紛れて座っていた小鳥に、柊が手を差し伸べる。

彼女は彼の手を握ると、何食わぬ顔で体育館を出てゆく。

校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下へと出ると、柊はぐるりとまわりを見て、勢いをつけて屋根へと飛び移る。

地面を軽く蹴った小鳥も、ふわりと宙へ飛び上がると、彼の後ろについて行った。

体育館の屋根へと上がり、渡り廊下の屋根を伝うと二人は校舎の屋上へと降り立つ。

「あれ。先生達どうしたの?」

「まぁ・・・。黒川君。ここにいたのね。」

「うん。」

そこには長杖を片手に持った翼がぽつんと立っていた。

彼の杖からは光が溢れており、まるで屋上の地面に突き立っているかのように動かない。

「街の中は混乱しているからね。あちらに加勢してもいいけれど、どうにも嫌な感じがするから、ここで待機中なんだ。」

「・・・嫌な予感ですか?」

「まあね。」

ビルの合間から見えた赤黒い魔法陣を睨んだ翼は、その中で点々と赤い光が生まれるのを見つめる。

「負けてはいないんだけどね。厄介なモノを仕込んでくれたみたいだ。」

「厄介なモノ。」

柊の言葉に小さく頷いた翼は、その場から動くと片手を動かす。

その中から空中へと地図のようなものが描かれ、赤黒い点々としたものが市内の地図へと浮かび上がる。

「十数年前くらいにね。前の主帝が馬鹿な事を仕出かしてくれたんだ。自分が死刑されるとわかってね。死刑後に使える憑代みたいなものを探したんだ。」

「確かそれで、こちらの桜丘市では不可解な失踪事件が何件も起こったんでしたね。」

「そうそう。」

長杖で何度か地面を叩いた翼は、視界の先で弾かれたように消えた赤い光を見て何故か苦笑いを浮かべる。

「結果として、彼の計画は大失敗・・・したと思われていたんだけど、実際には計画は成功していたんだ。憑代として呪術を施された者達の中で消される事なく残ってしまったんだよね。」

「それが今になって厄介なことになっているわけですね。」

「ご名答ですよ。」

小鳥がゆっくりと頭上を見上げると、うっすらと赤い光が現れだす。

見る間にそれはどんどん大きくなってゆき、彼女たちの前に音もなく降りてきた。

まばゆい程の光が溢れ、その中から人の姿が現れる。

「どういう事か説明しな・・・・さい?」

「おっと、大成功。」

「・・・え。」

光りの中から現れたヒーリカは、ディレイの胸ぐらをつかんで怒声を上げている。

しかし、周りの様子に気がついたのか、思わず彼女はディレイから手を離した。

その様子に、柊が苦笑いを浮かべる。

「ここは・・・。あれ・・?」

「・・・。」

グレイと共に立ち上がったミチルは、突然と変わった風景に目を見開くしかない。

ジェシカやマロウ達も同じように、静かに辺りを見つめていた。

「やぁ、次期巫女様とお仲間様たち。こんにちは。」

ひらひらと手を動かした翼に、皆は言葉がでないようである。

「え・・・あれ。魔族・・・?」

「違う・・・。この方は・・・。」

小首をかしげたグレイの横で、マロウが言葉を発しようとするが片手をあげた翼に制止されられた。

「僕はるりちゃんの同級生ってことで。翼だよ。よろしくね。」

「るりの学友ってこと?え、でも、どう見ても俺達の世界と・・・」

「事情がいろいろあってね。こちらで暮らしているんだ。まぁ、そのへんは気にしないでよ。」

「あ、あぁ・・・。」

不思議そうな表情を向けるグレイに、翼はひょうひょうと答える。

彼のペースに巻かれたグレイは、それ以上問いかけるのを止めた。

「手痛いことをしてくれたのねぇ・・・。」

「・・・るりっ。」

ゆっくりとるりへと近づいた小鳥は、意識を失っている彼女の額へと手を向ける。

前髪を静かに動かした小鳥の仕草によって、辺りから息を飲むような声が聞こえた。

「酷い傷・・・どうして・・・。」

悲痛な顔を浮かべたミチルが、切り傷だらけになったるりの額へと手を向ける。

額に描かれた紋章が傷つき、よく見れば足や腕にも刃物で切られた様な跡が幾つもあった。

「アリスだよ・・・アリスが酷い事をるりに言ったから。・・・るりは傷ついたの・・・。」

「そんな、だって先の言葉はアリスのお兄さんが言った訳じゃなくて、アリスのお兄さんを操って・・・あれっ?」

「えっ?」

るりの身体を抱えた彼女がぽつぽつと言葉を発すると、ジェシカが頭を振って否定するかのように話だす。

しかし、その言葉は彼女の姿を見て途中で途切れてしまった。

赤いワイン色の髪に赤い目をした彼女は、ジェシカの顔を見て不思議そうな表情を浮かべる。

「り、リーちゃん?」

「・・・そうだけど。」

「え・・・あれ。え、リーってあんなに大きかった?」

「も、もうグレイっ!」

緊迫した状況から周りは困惑した表情へと変わり、大人の姿をした李春を皆が不思議そうに見つめる。

李春は黒と赤色で彩られた蝶の羽を少しばかり動かす。

「貴女。妖精の中でも特殊でしょう?・・・そう、端的に言えば、血を糧として成長するものではないかしら。」

「血を糧として?」

るりの身体を支えつつ、李春は小鳥の顔を見上げる。

穏やかな表情をしている小鳥であるが、その瞳は少しばかり鋭い。

「・・・ご名答よ。・・・私は吸血をすることで本来の力を戻すことができる妖精。でも、それは望まぬ力。・・・今は、るりやアリスを繋ぐために力を使っているだけ。」

「じゃ、じゃぁ!もともと、リーちゃんはお姉さんだったのっ?」

「・・・うん。」

「うそ・・・。」

慌てたように声を発したジェシカに、李春は静かに頷く。

李春の体つきを見たランゼフは、何故か絶望した表情を浮かべていた。

「それよりも、今はるりの事・・・。それから、そのお兄さんのこと。・・・あと、アリスの事も。」

「あぁそうそうそうよっ!今はそのことだわっ!」

ぽつりと言葉を発した李春に対して、弾かれたようにヒーリカが叫び声をあげる。

「彼女の傷は深手ではないけれど、ここまで傷が多いと相当な痛みがあったんじゃないかな?」

「っ、でぃ、ディレイっ!」

ミチルの後方から身を乗り出しるりを見つめたディレイに、思わずヒーリカが声を荒げる。

片手を上げたディレイは、困惑した表情をしているミチルを押しのけるように動くと、るりの片手を掴んでまじまじと見つめた。

「出血は収まっているね。となれば、血を辿って死体がこちらに来る確率も少ない。・・・しかし見事な切りさばきだね。ふふ・・・。」

「るりに触っちゃダメ。」

「おや、失礼。」

一向にるりの手を離さないディレイに、李春が怒ったように彼の手を叩いた。

ディレイは大げさに手を広げると、彼女達から離れる。

「まず、一応はお礼は言っておくわね。ディレイ。あんたが来なかったら正直離脱も何もできなかったわ。」

「僕はあの死体にランゼフが解体されたら困ると思ったからね。止血も傷口も塞げたし、体力も回復したからちょうど良かったんだよ。」

「・・・あぁいえば。こういう。」

オカの後ろに身を隠したランゼフは、ディレイを睨みながら声を発する。

ぐるりと顔を動かしてディレイが彼女の方へと視線をむければ、ランゼフは弾かれたようにオカの後ろにしっかりと隠れた。

「なんとなくだけど、事情はこちらでもわかったかな。ようは、るりちゃんの次期巫女の主帝がマーラ側に落ちたってことでいいかな?」

「要約すればその通りだ。体内を巣食っていた呪術が発動し、アリス様の身体は敵の思い通りになっている状態だ。」

「・・・あらら。」

ため息をついたマロウは、手に持った武器を鞘へとしまいながら翼へと答える。

翼は苦笑いを浮かべ、後方に見えた赤黒い魔法陣へと視線を向けた。

先まで動いていた魔法陣は停止し、その模様は所々に亀裂を帯びている。

「魔法陣の破壊を優先させてしまったのよ。・・・まさか、彼が敵の操り人形になっちゃうなんて思ってもいなかったし。」

「仕方がない。アリスも自分の体内にいわば爆弾のようなモノを持っている事など、お前達に話さえもしていなかったからな。」

「・・・そう言ってもらえると、少しは気が晴れるわ。」

頭を抱え大きなため息をついたヒーリカに、ディルが静かに言葉をかける。

ヒーリカは弱弱しく笑みを浮かべると、何かを考えるかのように自分の周りにモニタとコンソールを出現させた。

「・・・アリスの身体の中には悪いモノが巣食っている。あれを壊さないといけないのは確か。・・・これが出てきたのが証拠。」

「うげぇ。な、なんだよそれっ。」

「・・・ふむ?」

李春はおもむろに手を動かすと、何もなかった手のひらの上に赤黒い塊を出現させる。

とても見てくれが良いとは言えないその物体は、気味の悪い模様を描いていた。

ディレイは興味深そうに塊を見つめている。

「アリスじゃないもの。・・・それが、出てきたこれ。でも、全部は吸い出せかなかった。・・・全部吸う前にアリスが死んじゃう。」

「・・・アリスの血を吸って出したのか?」

ディルの言葉に頷いた李春は、ディレイが出現させた赤い光を帯びた箱の中に塊をいれる。

ノイズを走らせた箱の中に入った塊は、中で歪に形を変えていた。

思うように形が出来ないのか、何度も液体のように崩れている。

「簡単に吸い出せると思った。・・・でも、無理だった。」

「じゅ、呪術って吸い出せるんだね。」

「いや、これは、特殊だろ。」

苦笑いを浮かべたミチルにグレイがツッコミをいれるが、二人とも顔は全く笑っていない。

二人の会話には興味がないのか、李春は手についた血を吸うように舐めた。

その姿に困惑しているのか、ジェシカはミチルの顔を見たり、辺りをぐるりと見渡したりと落ち着きが無い。

「さて。時間もあまりないわけだしさ・・・。そろそろ、本題にはいろうじゃないか?」

「う。そ、そうね。」

自分の周りにコンソールとモニタを出現させたディレイは、片手でそれらを操作しながら、赤黒い塊のデータを収集し始める。

嫌そうな顔を浮かべつつも、ヒーリカは表情を変えて皆を見つめた。

「アリスがどうして主帝として力を使えていなかったのか。今思えばそこから考えるべきだったのかもしれない。」

「悔やんでも仕方がない事だ。・・・今となっては、呪術からどう解放するかの方が重要だ・・・。」

「そうね。ごもっともだわ。」

ディルとマロウの意見を交互に聞いたヒーリカは、自分の周りにオレンジ色のモニタを出現させる。

モニタの先には桜丘市の映像が流れ、聖職者や武器を持った一般人たちがバケモノと対立している姿が映し出されていた。

「・・・アリスの身体を巣食っていた禍々しい感覚・・・あれは、一筋縄では切り離せないだろう。・・・どうにか、るりの力を使うしかないとは思うのだが・・・。」

「・・・るり。」

オカが李春の隣に姿勢を低くすると、傷ついたるりの額を静かに撫でた。

時折彼女はうなされる様に身体を動かすが、その眼が開かれる事は無い。

「どうしちゃったんだろう。るり・・・起きないのかな?力を使い果たしちゃったのかな?」

「いや、るりちゃんは力を使い果たしていないよ。こと切れてしまったのであれば、市内に彼女が作った魔法陣はひとつ残らず消えているはずだしさ。」

「・・・そっか。」

心配そうにるりの顔を覗きこんだジェシカは、後方から近寄ってきた翼の顔を振り返って見つめる。

翼は片手を動かすと、白い光を放つ魔法陣を上空に描いた。

魔法陣から光の粒があふれると、それらは風に舞い市内へと飛んでゆく。

「いくらアリスが主帝として覚醒していないとはいえ、確定的に彼が主帝になることはほぼ決まったようなモノだ。手の甲にも紋章が浮かび上がっているのは俺でも見えている。」

「るりに、酷い事をアリスが言っちゃったから、るりは傷ついたの?」

「簡易的に言えば、ジェシカの言うとおりだ。」

市内上空を覆うように広がった赤黒い魔法陣は、先よりも色を薄くしており動きは止まっている。

その先にいるであろうアリスやマーラ達の姿は黙視できないが、赤黒い魔法陣が小さく揺れているのが見え、そこに誰かがまだ居座っていることは皆が理解できた。

「マーラ達は分かっていたんだと思うの。アリス君の身体でるりちゃんに心無い言葉をぶつければ、彼女が物理的にも精神的にも傷を負う事を。だから、あえてマーラはるりちゃんに直接手を出さなくなった・・・。」

「酷い!そんなの酷いよっ!だって、アリスのお兄さんはそんな事望んでないんだよっ!」

「そんなの、俺だってわかる・・・。」

困惑した表情で皆が顔を見合わせ言葉を発するだけで、得と言った解決法が誰からも出てこない。

その様子を静かに小鳥や柊は見ているが、何かを言う訳でもなく二人は皆を見つめるだけだ。

「妖精のお嬢さんがその・・・アリスって彼から呪術の塊を吸いだしたっていうのは大きな手柄だと思うんだけどな。・・・あれは憑代を探しているだけで、それがアリスでなくてはいけない訳じゃない。さて、僕のキーワードをまとめたらどうなる?」

「はっ?」

可笑しそうに肩を揺らして笑ったディレイに、ヒーリカが心の底から嫌そうな声を出す。

彼は指の先でモニタを動かすと、ヒーリカの目の前にスライドさせた。

ヒーリカは訝しげにその内容を見て、表情を一変させる。

「憑代を変えるってこと?」

「もう少しひねりを出してみようか?じゃぁ、ランゼフ?」

「な、なんでボクなんだよっ!」

「いいじゃないか。」

にやりと歯を見せて笑ったディレイに、ランゼフがオカの後ろから顔だけを出して怒りだす。

わなわなと肩を震わせたランゼフは、大きくため息をつくと自分を落ち着かせるかのように目を閉じる。

ディレイから渡されたデータを見ているヒーリカは、何故か頭を抱えてぶつぶつと独り言を唱えていた。

「代替えの憑代を見つけるんじゃない。・・・お前の考える事なら、代替えの憑代を“造る”って言いたいんだろ。」

「ご名答だよ!さすがだね、ランゼフっ!」

苦々しげに表情を歪ませたランゼフとは対照的に、ディレイは明るい表情へと変わると、楽しげに手を叩きだす。

二人のやり取りに小首をかしげたマロウは、ディルの方を見るが、彼も同様に意味が分からないと言わんばかりに頭を横に振った。

「つまり。そのネジの取れてる科学者の意見はこう。・・・アリスの中に巣食っているリフという塊を、彼が作った代替えの憑代に移動させる。って言いたいのよ。」

「こ、こやつは人を造るというのか!女神でもない人がっ?」

「ふふふ。何を言っているんだい?簡単なことだよ。」

「な、何なんだコイツ。」

ヒーリカの言葉に驚いたマロウが、彼女にしては珍しく声を荒げだす。

グレイは唖然とした表情を浮かべているが、当の本人であるディレイは笑っているだけだ。

「まぁ、いいじゃないか。僕の家には材料がたくさんあるからね。・・・愛着のわかないお人形ならいっぱいあるし。気まぐれで作った男の素体を思い出したから、それにでも入れちゃえばいいんじゃないかなって思ったんだ。そもそもどうして当時の僕が男なんて気味の悪いお人形を作ろうと思ったかは・・・」

「あぁ、そのへんはまた今度ね。また今度。」

「・・・。」

早口でしゃべりだしたディレイに、ヒーリカが言葉を遮らせる。

物足りなさそうにディレイは落胆した様子でコンソールを叩きだすが、あまり気にした様子はなく、小さくため息をつくだけだ。

「あえてそれが成功できるとしてもさ。その前にるりちゃんの意識を回復させる事や、彼からリフと言う思念体を抜き出す方法を考えなくちゃいけないと思うんだけど。」

「そうですね。皆さんのご意見は納得したとしても、今は眠り姫になってしまった彼女を起こすことが必要だと思うわ。」

長杖を抱えて言葉を発した翼に同調するように、小鳥がぽつりと呟く。

李春に抱かれたるりは相変わらず目を覚ます様子が無く、ふいに痛みに苦しむような表情を浮かべていた。

「我々には何もできない。信じて待つしかできぬことだ。」

「お、オカさん?」

るりの額に手を置いたオカは、何かに弾かれたようにるりの額から手を離す。

手のひらを見つめた彼女は、おもむろに皆に見えるように広げる。

「・・・拒絶されているのね。」

「あぁ。」

オカの手には切り傷が走り、るりの額に触れた部分が赤くはれている。

ミチルはオカの手へと腕を伸ばすと、傷に向かって回復魔法を唱えた。

柔らかな光が溢れ、オカの手が元のようになる。

「俺達に今できる事は何か探そう。とにかく、この場で静かに見ているのもしゃくだ。」

「ハージェント殿の事も気になる。それと、奴らが言っていたもう一つの塊についてもだ。」

「そういえばっ、マーラは確かにもう一つあるって・・・。」

市内の方へと振り返ったグレイは、上空で飛び交うハージェントの姿を見つめる。

ハージェントの周りに飛び交っていた赤黒い竜の姿はほとんどなくなり、片手ほどの数しかなくなっているようだ。

「我々はコーディ様たちと合流しよう・・・。」

「アリスの事も報告せねばならない。」

マロウとディルがヒーリカに向って言葉を発する。

ヒーリカは、ディレイから受け取ったデータを傍らに置くと、彼女たちに頷いた。

「俺はハージェントの所に行きたい。あいつだって空から見ていたはずだしさ。事の次第を伝えないと。」

「だったら、私もグレイと一緒に行くわ。・・・ココにいても、私に出来ることが無いのなら・・・。」

「ミっちゃん。」

グレイの顔を見て大きく頷いたミチルに、彼は静かに返事を返すかのように頷き返す。

「わ。私も連れて行って!」

「馬鹿っ!街中は危ないんだぞ。それに、マーラの自由だって先よりきくようになっているんだ。」

「わ、わかってる。でもっ!私だってみんなの役に立ちたいんだもん!」

「ジェシカちゃん。」

スカートの裾を強く握ったジェシカは、グレイに怒鳴られてもひるむことなく彼へと言葉を返す。

「私は防御魔法と回復魔法しか得意じゃないから、いざとなったらジェシカちゃんが守ってね。」

「っ。ミっちゃんっ!・・・うんっ、私頑張るっ」

「まったく。」

優しくジェシカの頭を撫でたミチルに、ジェシカは目を見開いて何度もうなずく。

呆れたようにため息をついたグレイだったが、その顔は笑っていた。

「私はるりの事もある。ここに残ろう。」

「・・・アリスと約束したから。あの人が戻ってくるまで、るりの身を守るのが私の今の仕事。」

オカと李春の言葉を聞いたヒーリカは、腰に手を当てると皆をぐるりと見渡した。

彼女は深呼吸をすると、満面の笑みを浮かべる。

「それじゃ、改めて作戦再開といきましょう。」

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