白と黒の世界   作:水鏡 零

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第5章-覚醒ー
65話


ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、小さな少女が目の前で泣いている。

それはとても見覚えのある顔だ。

 

「どうしたの?」

 

身を屈めて少女へと声をかけると、彼女は泣きはらした目でゆっくりと顔を上げた。

 

「大好きな人がね・・・。恨んでるって嫌いだって言っていたの。」

「・・・。」

 

わっと声をあげて泣き出した彼女は、更に続ける。

 

「心の底から好きだって言われたと思っていたの!でも、本当は私の事なんて嫌いだったんだよっ!」

「・・・そうなのかな・・・。」

 

泣き叫びだした少女の頭へと手を伸ばすと、体中に痛みが走る。

まるで触るなと身体中から警告されているようだ。

 

辺りを見つめれば、見た事のある風景がぼんやりと映し出されている。

 

見慣れた街並み

夕暮れ時の公園

道に無造作に転がった鞄

くしゃりと歪んだ包装紙と花束

 

「あの日の事を思い出していたの?」

「思い出していた?違うわっ!」

泣きはらした目で睨みつけて来た少女は、胸から下げられた鍵を握りしめて紐から引きちぎるかのように掴みあげる。

まるでそれを捨てたいと言わんばかりの乱暴な彼女の行動に、思わず息を飲んでしまう。

 

だが、ここで負けてしまってはいけない。

 

心のどこかでそう思いながら、震えた足を押さえる様にスカートの裾を強く握った。

そして突き刺すような視線で睨みつけている少女へと、ゆっくり視線を戻す。

 

「貴女がここで鍵を貰わないでいたら・・・たとえ貰ったとしても・・・この場所で彼の事を気にしなければよかったの!あの人は傷つかなかった!私がいたからっ!出会ってしまったから彼はっ!」

「・・・本当にそう思っているの?」

「まだ、そんなことをっ!」

不安げな表情で少女を見つめ返すと、彼女は少し驚いたように後ずさりをする。

 

そんなこと言うはずが無いと言わんばかりに、少女は頭を左右に振った。

 

「本当に出会いたくなかった?運命だとかそういう思いを、貴女は信じたくなかったの?」

 

「うるさいっ!うるさいうるさいっ!」

 

「だって。大好きなお兄さんだったんだよっ?」

「っ!」

 

思い切り少女の腕を掴み、心の中にたまっていた物を弾け出すかのように声を荒げる。

今ここで言わなければと強く想い、身体中の痛みを振り切るかのように声を限りに彼女へと叫ぶ。

 

そう、今言わなくてはいけないのだ。

 

「あの時は知らなかった。この時は彼だとはわからなかった。でも、あの場所で彼に出会っていなかったらっ!私はっ!私はっ!」

 

少女を力の限り握っていた腕を離し、そのまま地面へとすがるように姿勢を低くし両手を付けてしまう。

必死に我慢していた涙が地面へと流れ、まるで川のように辺りが青くなり水色の世界に変わってゆく。

 

何故か、この風景はどこかで見た事があった。

 

重く、身体が沈んでゆくような感覚は、つい先日感じたばかりだ。

水を司る祭壇で感じた、あの感覚そのものである。

 

このまま意識を手放せば、深い眠りが待っているだろう。

 

「だめだよ。ここで消えてしまったら、私達の想いは通じない。」

 

「ここで諦めて逃げてしまったら、彼はどうなってしまうの?」

 

「そんなの駄目だよね?駄目なんだよっ。」

 

重くのしかかるような感覚を振り切り、目の前の彼女へと声を限りに叫びだす。

水面のように揺らいだ人影が一瞬だけ別の人に見えたかと思えば、少女は目を見開いて自分の手を強く掴みあげてきた。

その勢いによって、身体を掴んでいた重い感覚から切り離される。

 

水中から助け出されたかのように何もない空間へと投げ出され、そしてまた世界がぐるりと回転した。

 

「・・・私は彼を助けないといけないの。彼が私を助けてくれたように、私も彼を助けたいっ。」

 

「それが・・・貴女の想いなのね。」

 

「っえ。」

 

ふいに顔を上げると、目の前に立っていた少女の姿がゆらぐ。

 

淡い桃色の花が竜巻をつくり、彼女の姿を一変させた。

 

黒い髪を一つに結った女性へと姿が変わり、柔らかな色合いの着物を着た彼女は朗らかに笑う。

 

「貴女は・・・。」

 

「るりちゃん。貴女の想いは決して失ってはいけない強い意思です。」

 

「桜子・・・さん?」

 

くすりと笑った桜子さんは、ゆっくりと手を伸ばすと自分の手を静かに握り返してくる。

まるで本物の人間が目の前にいるかのように、彼女の手は暖かい。

 

どうしてだろうか。

彼女の顔を見た瞬間に、頭の中へ自然と桜子さんの名前が浮き上がってきた。

写真でしかものの数十秒という程の時間しか見ていない顔なのに、桜子さんの・・・彼女の姿はどこか懐かしささえも感じてしまう。

 

彼女の足元から咲き誇りだした花々ははるか彼方まで咲き誇り、それらが見た事のある風景へと変わってゆく。

 

彼と初めて会ったあの場所であり、彼の本当の想いを聞けた場所だ。

 

「私もね、何度も旦那様の事で悩んだわ。彼は私と一緒にいたら幸せになれないと思ったり、どうして私なんかと・・・私のせいで・・・よく一人で悩んでは暗い闇の中で泣いていたわ。」

「・・・。シュオンさんの事で?」

「えぇ。」

にっこりとほほ笑んだ桜子さんは、まるで隣に愛おしい人がいるかのように表情を一変させる。

彼女の手のひらから暖かな感覚が感じられ、それがここに姿のない想い人へと向けられたものだと自然と理解ができた。

 

瞳を閉じれば、暖かな涙が流れだす。

 

「貴女も同じでしょう?ほら、その涙が教えてくれているわ。」

 

「私・・・私はアリスが大好きで・・・大好きで・・・」

 

「ふふ。やっぱり、貴女は私そっくりさん。」

 

握っていた両手を離した桜子さんは、静かに身体を抱き寄せてくれると、頭を優しく何度も撫でてくれる。

まるで母親に抱かれたかのような安心感が身体を駆け抜け、自然と切り刻まれるようなあの痛みは消えていた。

心なしか、辺りは光に包まれだし、風がざわついている。

 

涙をぬぐい桜子さんの顔を見ると、彼女は変わらず笑みを浮かべていた。

 

「貴女がしなくてはいけない事。それはわかりますね?」

 

「・・・。はい。わかります。」

 

「ならば・・・ここから出なくては・・・ね?」

 

「・・・・。」

 

ふっと桜子さんの身体が離れると、彼女の後方に花々に囲まれた扉が静かに姿を現した。

その場所へと足を向けることがどのような事になるのか、頭の片隅では理解できており、またそれが彼女との別れだと気がつく。

 

「愛しい方を救ってあげて。お姫様であって、貴女は王子様になるの。西洋のお話では珍しいけれど、勇ましいお姫様だっていつの時代もいるのだから。」

 

「それは桜子さんの事ですか?」

 

「もうっ。」

 

お互いに顔を見合わせ笑いあうと、彼女は手を動かしその先に行けと促す。

 

私は大きく深呼吸をすると、彼女に深々と頭を下げた。

 

「もう迷いません。もう諦めません。・・・もう惑わされたり、自分の闇に負けたりしない。」

 

「その強い意思こそが、巫女である証となるわ。貴女の想いが伝われば、彼だって助けられる。世界も・・・私達の愛すべきこの世界も。」

桜子さんがそっと指を向けると、私の首から下げていた鍵が柔らかな桃色の光に包まれる。

 

目の先で形を変えた鍵は、異世界の地図から大きく形を変えた。

 

「桜はひと時の楽しみであるけれど、人々を穏やかな気持ちにさせる花。旦那様はとても気に入ってくれた。私の名も花も。」

 

桜子さんが手を降ろすと、赤い鍵は色さえも変わってゆく。

 

桜の花へと形を変えた鍵は、桃色の柔らかな色を湛えていた。

 

「貴女と共に参りましょう・・・。私の心が繋がる限り、私達はずっと共に戦える。」

 

「貴女と共に参ります。私の心と繋がった凛々しき花と共に戦います。」

 

桜子さんの言葉を復唱するように言葉を発すると、重い足を前へと動かす。

 

次第に踏み込むスピードを上げ、小走りに扉へと近づく。

 

「待っていてね。私が今度は助ける番だから。」

 

勢いよく扉を両手で押し込むと、目の前が白ひとつへと変わる。

 

その先がどんなに暗くても、進むべき道は自分でもわかっていた。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

唖然とした表情でるりを見つめたオカは、彼女の首から下がった鍵を見て目を白黒させる。

「鍵の形がまた変わった。」

「まぁ、きれいな桜の花だこと。」

小鳥の柔らかな声が聞こえると、るりの身体がピクリと動く。

李春が驚いて彼女の身体をゆすってみると、固く閉じられた瞳がゆっくりと開いてきた。

「るり・・・。おはよう。」

「・・・おは・・・よう?」

「るりっ!」

「えっ!」

ディレイの端末を見ていたヒーリカとランゼフが弾かれたように動き、李春に支えられて体を起こしたるりの周りに駆け寄ってゆく。

「えっと。」

「李春だよ。後で理由は話すけど。・・・今はよかった。るり、起きた。」

「う、うん。」

大人の女性の姿をした李春に不思議そうな表情を向けたるりだったが、彼女が微笑んだのを見ると、つられて口元に笑みを落した。

るりは大きく深呼吸をしてから、オカの方へと向き直る。

肝心のオカは、るりの首から下がった鍵をただただ見ているだけだ。

「・・・ヒーリカさん。ランちゃん。オカさんにリーちゃん。・・・心配かけてごめんね。」

不安げに皆の顔を見つめたるりに、ランゼフは思い切り首を横に振る。

傷だらけの身体であるが、痛みは無いのかるりは顔を引きつらせることは無い。

「立てそう?もう一戦行けそう?」

「・・・はい。今度は、もう・・・負けません。」

ヒーリカの言葉に頷いたるりは、李春の手に支えられながら立ち上がる。

一向に言葉を発しないオカは、ただじっと鍵を見つめているだけだ。

「夢の中っていうのかな。・・・桜子さんに会ったの。そしたら・・・」

「桜子に会った?」

「う、うん。」

不思議そうな表情を浮かべたオカに向かって、るりはおずおずと言葉をかける。

彼女は片手で頭を抱えると、何故か笑みを浮かべてしまう。

「桜子らしいと言うべきか・・・。お前に、るりに力を貸すということなのだろうな。」

「・・・うん。」

「そうか。」

「・・・?」

二人の会話を不思議そうに聞いていたランゼフは、ふと視線を街の方へと向ける。

黒煙が立ち込める方では、ハージェントの姿は見えなくなっていた。

同時に、赤黒い竜の姿も見えなくなっている事に気が付く。

「手短に話をすると、マロウさんとディル君はコーディさんの所へ。グレイ君達は、ハージェントさんの所へ応戦に行っているわ。」

「それと、こっちには別のメンバーがいるというか…こんな感じ。」

苦笑いを浮かべたヒーリカは、淡々とコンソールを操作しているディレイの方を指さす。

はっと声を詰まらせたるりはヒーリカの顔を見つめると、その横に見慣れた顔が幾つかある事に気がついた。

「やぁ、久しぶりだね。」

「目覚めたようで何よりです。」

「翼くん?・・・こ、小鳥先生っ?」

ひらひらと片手をふった翼は、長杖を掴むとにっこりとほほ笑む。

るりは翼や小鳥たちの顔を見て、唖然と彼らを見るしかない。

「離脱した先がここだったんだけれど、どういう訳かこの方達と出会ったのよね。まぁ・・・離脱する場所を決めたのはそこのディレイなんだけど・・・。」

「何も考えはないよ。ただ、あの死体が放っている探索場所から離れられれば良かったんだよね。」

「・・・。」

コンソールを叩き終わったディレイは、何食わぬ顔でるりの方へと歩いてくる。

にやりと笑みを作った彼に、るりは後ずさりをしてしまった。

「何を考えているかは分からないけど、一応そちら様も仲間なのよ。」

「だから言ったじゃないか。死体に味方していたらランゼフが解体されちゃうかもしれないって、それだけは嫌だしさぁ。」

「・・・なんでボクがあんな奴に解体されなきゃいけないんだよっ!」

「おやおや・・・。」

ヒーリカに肩を思い切り叩かれたディレイは、痛みに耐えかねたのか身体を前かがみにすると表情を曇らせた。

こほんと咳払いをした彼は、ヒーリカに向って一つのモニタをスライドさせる。

「できたのね。」

「まぁね。・・・あまり乗り気じゃないお人形だけど、ご要望があればすぐにでも取りだせるようにしたよ。」

「・・・。」

ディレイの言葉にため息をついたヒーリカは、そのモニタを彼の方へと流した。

二人の会話を聞いていたるりは、黒煙の立ち込めるビル街の方へと視線を変える。

「行く場所はわかっている。何をすべきかも頭の中で描ける。」

「あの馬鹿の所に直接乗り込むの?」

「・・・。」

淡い桃色に光る鍵を握ったるりは、ランゼフの言葉に小さく頭を横に振った。

「もう一つのカギになる人を助けないといけない。その人から先に助ければ、きっとうまくいくと思うの。」

「マーラの言っていたリフの呪縛にかかっている人ね。って!るりちゃん・・・もしかしてだけど、何処にその人がいるってわかるの?」

「えっ。」

淡々とコンソールを操作し、モニタとそれらをまわりから消したヒーリカはるりの言葉に目を丸くする。

彼女の驚いた声にるりは少し後ずさりするが、おずおずと頭を縦に振って答えた。

ディレイも一通りの作業を終えたのか、大きく背伸びをすると準備運動をするかのように腕をまわしている。

「気配っていうのかな。こういうの・・・。正確な位置もたぶんもっと近づけば分かると思うんです。」

「そう。・・・だったら、るりの示す方へと行けばいいのね。」

「う、うん。」

李春の言葉に頷いたるりは、ゆっくりと片手を上げる。

その先にはビル街が見えており、微かにその間から白い光が溢れては消えていた。

「だったら急ぎましょう。さぁ、仕事再開よっ。いいわねっ、ディレイ!」

「全く、言われなくても働かないと君に首をもがれそうだからね・・・。」

ため息をついたディレイは、ヒーリカが出してきた手を軽く叩き返す。

二人の様子にランゼフは困惑したような表情を浮かべるが、今の状況として聞き返す事はしなかった。

「では。私たちはこの場で時間稼ぎでも致しましょうか。」

「そうですね。」

「せ、先生?」

ぽんと軽く手を叩いた小鳥に合わせ、翼が長杖を抱えて笑みを浮かべる。

刀を鞘から抜いた柊は、その刃先を何もない空間へと向けた。

「るりさんが起きた事に気がついたのでしょうね。・・・ほら、すぐにお馬鹿さん達がやってきた。」

「なっ・・・。」

電気が断線したかのようなはじける音が響くと、小鳥たちの前に赤黒い魔法陣が出現する。

くぐもった悲鳴のような声が聞こえ出すと、魔法陣の中から人とは思えぬ姿をしたバケモノ達が姿を現した。

「マーラはきっと凄く勝ち誇ったように言っていたかもしれないけれど、正直なところ、彼女が作り上げた魔法陣が半分壊れたのはかなりの痛手だと思うよ。」

「本来ならば、自分でこの場に来る事だってできたのでしょうに。自分の力を形成する魔法陣が壊れ気味では、動ける範囲が狭まっているのでしょうね。」

長杖を抱え、その先から白い魔法陣を幾つも描いた翼は、迷うことなくバケモノ達へと攻撃を仕掛ける。

小鳥の横から飛び出した柊は、表情一つ変える事無くバケモノを刀で切り裂いた。

「ここは心配しなくていいから、君たちは急ぎなよ。いくら魔法陣が壊れているからって言っても、マーラの横には無理矢理強力な助っ人さんができちゃっている訳だし。」

「・・・う、うん。」

軽々と長杖を片手で振り回す翼に驚きながら、るりは彼の言葉に頷くしかない。

小鳥はこのような状況下でも笑みを絶やさず、朗らかに微笑んでいた。

「さぁ、行ってらっしゃい。全てが丸く収まったら“ご招待”してもらわないとなりませんし。」

「っ?」

ふわりとるり達の足元が赤く光り、視界の先が見えなくなる。

小鳥の言葉に問いかけようとるりは口を開いたが、ふいに身体が宙に浮く様な感覚に陥り、言葉を発することができない。

そのまま、赤い光りに包まれた彼女たちは、翼たちに言葉をかける事無く、光の中に吸い込まれていった。

赤い光が粒となって屋上から消えると、るりやディレイ達の姿は跡形もなくその場から消える。

「やれやれ。これでやっと、力が出せるというもの。」

「・・・。」

大きなため息をついた小鳥は、ビル街の方できらめいた赤い光をちらりと見ると、地面を草履の角で叩く。

コツコツという軽い音が辺りに響き渡ると、小鳥の足元から紫と黒を混ぜたような気味の悪い水が湧き上がってきた。

「あまり盛大に動かない方がよいのでは?」

「ここから見ている者なんて、ヒトは一人もいませんよ。」

「そう・・・ですか・・・。」

地面から湧き上がってきた水は屋上の地面を伝い、バケモノ達の足元へと流れてゆく。

バケモノが水を踏み込んだ瞬間、水の中から黒い手が幾つも這い出て足を掴みかかりだす。

「断末魔はこんな所で上げさせたらまずいからねぇ。」

片手を小鳥がゆらりと動かすと、バケモノ達は黒い腕に力の限り引っ張りこまれ、水の中へと沈められてゆく。

もがきその場に残ろうとするバケモノがいれば、すぐさまに柊の刀が頭を貫いた。

新たに出現した赤黒い魔法陣は水にかき消されるように壊され、ものの数分足らずで、辺りはしんと静まり返る。

長杖を抱え空中で見ていた翼は、その様子に苦笑いを浮かべるしかない。

何事も無かったように刀を鞘にしまった柊は、いつもの調子で顔へ笑みを浮かべた小鳥と顔を見合わせた。

小鳥は指の先で小さな水の弾をはじけさせると、それらは校舎の屋上から飛び去ってゆく。

体育館や校庭へと落ちてゆく水の雫を見つめながら、小鳥は穏やかな笑みを顔に浮かべた。

「この場所は私に任せて、貴方も向こうへ向かってもいいのですよ?」

くるりと向きを変えた小鳥は、静かにビル街の方を見つめている翼へと声をかける。

校門から外壁の外をうろついているバケモノ達は、未だにこの学校内へと入ってくることは無い。

時折薄暗い街灯に照らされ、キラキラと雫のようなものが外壁の上で輝いているのが見えた。

「そうだなぁ。僕の仕事は一通りの事が終わってからになるんで、今のところは見物しかできないんですよ。・・・まぁ、ここからゆっくり眺めさせてもらおうかな・・・と。それに、この姿を町中にさらすのはさすがにまずいわけですし。」

「ははは。そうだったね。」

軽く笑った柊に、翼も苦笑いを浮かべるしかない。

青い髪を風でなびかせた翼は、真っ黒な羽をはためかせて屋上の上空へと飛び立つ。

彼はその場でゆっくりと停止すると、足場として出現させた魔法陣へと腰をおろした。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

ひしゃげた顔や折れた腕を振り回し、割れた仮面を着けたバケモノが突進してくる。

「これは結構ヤバい状況なんじゃないの?」

地面に雷を走らせたカーティルスは、突進してきたバケモノを囲むように雷柱を作り上げる。

檻のようになった雷柱の中で、バケモノ達はもがき出した。

腕がもげ足があり得ない方向に曲がったとしても、彼らは歩みを止めようとしない。

まるで痛みなど感じていないかのような行動に、カーティルスは顔をひきつらせた。

「なれの果てが更に果てるとは・・・」

「流暢な事を言っている場合じゃないですっ!」

カーティルスの作り上げた雷の檻から無理矢理出てきたバケモノは、雪の方へと腕を伸ばす。

顔をひきつらせつつも彼女は刀を一振りすると、軽い音を立ててバケモノの腕が地面へと落ちた。

赤黒い煙をあげ、その腕は塵へと変わり粉々に砕け散ってゆく。

「マーラ様の偉大なるお力ですっ!これがあれば、死者の軍勢でさえも作り上げることができるっ!」

「我々の勝利ですっ!」

「んなわけがあるかっ!」

狂ったように笑い声をあげた仮面の男達に、カーティルスが声を荒げる。

上空の魔法陣にヒビが入ったと思えば、そのひび割れから破片が飛び散りだし、地面へと落下したのはモノの数分前である。

それらがカーティルス達の前に降り立つと、魑魅魍魎とも言い得る様な姿をした人影が現れたのだ。

明らかに他のバケモノ達と違う姿をした物体に、ルヴァンでさえも顔をひきつらせている。

「兄者っ、こいつら・・・いったい・・・。」

「・・・・。」

カーティルスのこぶしを腹部へと浴びたバケモノは、腹に空いた風穴から身体に割れ目を作ると、辺りに弾け飛ぶように身体を粉々にさせる。

後にはひしゃげた仮面が地面へ転がり、それは身体のように消えることはなかった。

「嫌な話だけどさ・・・。」

「お前、まだいたのかよっ!」

「うるせえっ!」

奈美に身体を支えられた流星を見て、カーティルスは呆れたような声をあげる。

敵へと猛攻を繰り出していたこともあり、彼ら二人の存在を忘れていたようだ。

「逃げようにも、ここから動くことができないのよっ!」

「・・・た、たしかに。いかにこの場所から避難所が近いからと言って、この数の影の者を相手せずに避ける事は・・・・。」

「・・・そうだな。」

困惑した奈美の声を聞き、雪は辺りをぐるりと見渡す。

直ぐ近くでは輝光と彼方が交戦しており、そのまわりでは仮面を着けたバケモノ達が徘徊している。

それらの数は消して少なくは無く、バケモノ達を避けて逃げ切る事は難しいだろう。

手当たり次第に動いているバケモノ達を見ると、どのような動きをするのか判断できない。

「とにかく・・・嫌な話だけど、この仮面・・・アイツラと同じ形をしてないか?」

「仮面の形?」

「あぁ。彼方の兄貴が着けている仮面と、このバケモノ達が着けている仮面・・・。」

「・・・あ・・・。」

顔をひきつらせた流星の言葉に、カーティルスやルヴァンが地面に落ち残っている仮面を見つめる。

雪はぴくりと肩を動かし、信じられないと言わんばかりに首を横に何度も振った。

「なれの果ての更に果てであることはわかっている。・・・おそらく、別の場所で息絶えたか、もしくはここに来る前に生贄として葬られた連中かはわからん。・・・だが、元は人だ。それだけは言える。」

「やっぱ・・・そうなんだな。」

ため息をついたルヴァンが、傍らに落ちていた仮面を見てぽつぽつと呟くように言葉を発する。

彼の言葉にカーティルスが表情を曇らせるが、対立している仮面の男達は対照的に歓喜の声をあげていた。

狂ったように笑っている彼らを見て、カーティルスは眉をひそめるしかない。

「マーラ様のお役にたてることこそが、我々シモベの悦び。」

「こんなことになるまで使われるなんて・・・・。」

「死しても我々はマーラ様のお役にたてるのですよっ!」

「っ!」

腕を大きく広げた仮面の男は、後方から赤黒い魔法陣を描き、中から槍のようなモノを雪達に向かって投げ出す。

残ったバケモノ達がそれに続くように動きだし、彼女たちへと一斉に襲いかかってきた。

「消耗戦になっては困る。早く片付けなくてはっ!」

「了解っ!」

「はいっ!」

ルヴァンの言葉に答える様に雪とカーティルスが別々の方へと駆けだす。

レイピアを構えたルヴァンは、深呼吸をすると剣を構える。

 

「っ?」

 

と。いきなりその手がぴたりと止まり、おもむろにルヴァンは胸のあたりを押さえて片膝をついた。

「あ、兄者っ?」

「ルヴァンっ?」

別々の方向へと駆けだしたカーティルスと雪は、すぐさま方向を変えると同時に、ルヴァンへと迫ったバケモノ達へと攻撃をしかける。

仮面を着けた男達が放った槍を刀から発せられた疾風で打ち消した雪は、ルヴァンとカーティルスを守る様に彼らの前に立った。

「っな、なんだ・・・?」

「あ、兄者・・・?」

片手を震わせたルヴァンは、内からせりあがってくる威圧感に顔を歪ませるしかない。

自然と冷や汗が背中を伝い、心臓が潰されそうな圧迫感が身体を包みこんでゆく。

「まさか・・・いや・・・・そんなはずは・・・・」

「・・・る、ルヴァン?カー君・・・足元が・・・」

「・・・っ!」

雪が二人の方へと振り返ると、彼女は青ざめた表情で二人の足元を見つめた。

カーティルスが弾かれたように地面を見ると、ルヴァンを中心として薄らと赤黒い魔法陣が描かれている事に気がつく。

「っぐあぁぁっ!」

「ルヴァンっ!」

大きく目を見開いたルヴァンは、レイピアを地面に落とすと、悲痛な声をあげてその場にうずくまる。

雪はその声に驚き、彼らの近くへと駆け寄ってきた。

「っ!お前の相手してる場合じゃないっぽいわっ!」

「何言ってっ!っっ!」

薙刀を大きく振り回した輝光は、片足に力を込め地面を踏み込む。

そのままの勢いを利用し、彼方の身体を力任せに弾き飛ばした。

彼方は受け身を取るが、その勢いに負け仮面を着けた男達の方へと飛ばされてゆく。

「大丈夫かっ!周りのバケモノどもは俺に任せろっ!」

「あ、兄貴っ!」

「流星は動くなっ!お前はとにかく離脱する方法を考えろっ!」

「っっ!」

うずくまり悲鳴をあげているルヴァンの方へと駆けだした輝光は、周りに集まりだしたバケモノ達を手に持った薙刀で蹴散らしてゆく。

そんな兄の方へと流星は走り出そうとしたが、輝光に怒鳴られたことにより足が動かない。

何より、奈美に強く服を握られていることもあり、彼はその場から動くことができなかった。

「ルヴァンっ?どうしたのっ?ねぇっ?」

「っあ、兄者の身体に何かが入り込もうとしているっ!させるかよっ!」

地面に色濃く描かれだした赤黒い魔法陣を睨み、カーティルスはそれを叩き割るかのようにこぶしを地面に押し当てる。

雷鳴があたりに飛び散り、描かれた魔法陣にヒビが入りだした。

「なりません・・・なりませんよっ!マーラ様のご計画がっ!」

「っっ!」

不気味な笑い声をあげた仮面の男が、カーティルスに向って攻撃をしかける。

豪速で飛び交ってきた赤黒い剣に気がつき、雪がとっさに自分の刀をそれに向かって斬りかかった。

重い音が響き、刀がガラスを割った様に辺りへと粉々に砕け散る。

「・・・二人とも・・・皆・・・逃げてくれ・・・手遅れかもしれん。」

「何言ってるんだよっ!ここで兄者が向こう側に捕まったら、奴がっ!奴が出てきちまうかもしれないだろっ!」

「・・・?」

輝光と雪が敵の攻撃をしのぐが、先程よりも相手の攻撃が激しくなり、次第に押され気味になる。

カーティルスは赤黒い魔法陣へと腕を押し当て、無理矢理にそれを壊そうと力を入れた。

しかし、ひび割れは直ぐに無くなり、秒を追うごとにその色はくっきりと色濃くなってゆく。

同時にルヴァンの顔色が並行して悪くなってゆくのが、見る間に分かる状態だ。

「今までも抑え込めたのだ。・・・できるはず・・・ぐぅっ!」

「できてないじゃねぇかっ!」

「・・・はは・・・困ったぞ・・・」

「何笑ってんだよっ!」

苦笑いを浮かべたルヴァンに、カーティルスは必死に声をかける。

傷を押さえて立ちあがった彼方は、目の前の状況に小首を傾げ、何かを考えるかのように空を見上げた。

「あぁ・・・あれ?・・・そうか。マーラ様・・・。」

ぽつぽつと独り言のようなモノを呟いた彼は、真っ黒い空に向かって両腕を広げる。

その表情は恍惚としており、場にそぐわない。

「ヤバい奴がお出ましになるって奴じゃないのか?」

「・・・は、はい。」

彼方の顔を見た輝光は、肩で息をしながら歯を食いしばる。

雪も何かを感じ取ったのか、表情を曇らせた。

二人の後ろでは、辺りにまばゆい程の光を走らせ、カーティルスが赤黒い魔法陣を叩き割ろうと奮闘している。

「おぉぉぉ。マーラ様が地上に降りられる・・・」

「なんと・・・。ご足労をおかけしてしまうとは・・・」

「マーラ様・・・マーラ様・・・」

一斉に空を見上げた仮面の男達は、彼方のように声を裏返らせ気味の悪い声をあげ出す。

そそくさと道の中央を開けた彼らの前に、ひときわ大きな形をしている赤黒い魔法陣が描かれた。

「っ!雪ちゃんっ!はなれろっ!」

「えっ!きゃっ!」

魔法陣が地面に描かれるや否や、輝光が息を飲み隣に佇む雪の身体を思い切り突き飛ばす。

彼のとっさの行動に対応できなかった雪は、流星と奈美が立つ方へと突き飛ばされた。

「っっっ!」

「っなっ!」

薙刀を構えた輝光の姿が瞬時に後方へと投げ出され、彼はすぐさま受け身の姿勢を取る。

地面へと突き立てた刃先が音を立てコンクリートをえぐると、彼は砂塵を巻き上げて停止した。

「うそ・・・なんで・・・あれ・・・」

「・・・。」

赤黒い光を辺りへとまき散らせた太刀がカーティルスの前で一振りされ、目の前に姿を現した人物が髪をかき上げる。

カーティルスとルヴァンは目を見開き、突然と現れた人物の行動に声さえもあげられない。

「あ、兄貴っ!」

「馬鹿!絶対に動くな流星っ!」

「っ!」

震える足で立ち上がった輝光に、流星が駆け寄ろうと前のめりになるが、輝光の罵声にその足が止まる。

彼は薙刀を杖代わりに立ち上がると、太刀を構えた青年を睨んだ。

「ビンゴ―っ!ここにいたのねっ!もう一つの塊がっ!」

「ま、マーラっ!」

大げさに手を叩いて魔法陣の中から現れたマーラは、片手に大鎌を抱えると、ヒールの音を響かせてルヴァン達の方へと近寄る。

「兄者に近寄るなっ!」

「・・・あら?」

淡々とルヴァンの方へと歩み寄ってきたマーラに向って、カーティルスが辺り一面に雷を走らせる。

彼女は小首をかしげると同時に、自分へと迫ってきた雷柱を見つめた。

「目障りな。」

「っなっ!」

マーラの身体へと雷が当たる寸前、赤黒い光を帯びた太刀が大きく一振りさせる。

その風圧と威力によってカーティルスの放った雷が一掃され、彼は更に表情を曇らせた。

「あんた・・・。なんでそっちにいるんだっ!」

「だ、だめっ!カー君っ!その人の力はっ!」

「カーティルスっ!」

ルヴァンの傍から立ち上がったカーティルスは、怒りに腕を震わせ走り出す。

彼を制止させようとルヴァンが手を伸ばすが、その手は一歩届かず、宙をかいてしまう。

雪は歯を食いしばると、カーティルスを追うように駆けだした。

奈美が雪を押さえようと手を伸ばすが、彼女の手も届かない。

「・・・目障りな聖職者め。」

「っえっ!」

マーラを守るかのように動いたアリスは、手に持った太刀を構え直し、ためらうことなくカーティルスへと刃先を向ける。

その一手を何とか避けたカーティルスは、アリスの懐へと滑り込むよう姿勢を低くした。

「愚かなボウヤねぇ?」

「っっぁぁぁぁっ!」

「カーティルスっっ!」

アリスの後方からカーティルスを見つめたマーラが、赤い口を歪めておかしそうに笑い出す。

彼女と目が合った瞬間に、カーティルスの身体に激痛が走った。

地面には禍々しい色をした魔法陣が描かれ、それを踏み込んだ彼は目を見開き悲鳴をあげる。

「だ、だめっ!」

「あら?」

大きく太刀を振り上げたアリスに、雪はカーティルスの身体を後方から抱くと滑る様に地面を転がってゆく。

コンクリートの地面にアリスの太刀が突き刺さると、辺りに亀裂が走るが、マーラの描いた魔法陣は消えていない。

「マーラ様のお力に愚かな聖職者は手が出せないようだ。」

「なんと愚かな・・・。」

ケラケラと嘲笑う声が辺りに響き、カーティルスは雪に助け起こされながら歯を食いしばる。

身体からは雷が音をあげて弾け、彼が激しく怒っている事を周りの者達は嫌でも理解できる状態だ。

「お前みたいな雑魚には用はないの。私が必要としているのは、そこのボウヤだけよ?」

「・・・目障りな者は先に片づけた方がいいだろうね。」

「っ・・・。うそ、どうして?だって、貴方は・・・・」

「あんた・・・るりの・・・。」

赤い爪を弾いたマーラに合わせ、ルヴァンを取り囲む魔法陣が更に色を濃くしてゆく。

彼女の前でため息をついたアリスを見て、雪は思わず悲鳴のような声をあげてしまった。

「そうね。目障りだし、この際生贄として使えば、聖職者のあの馬鹿な王を絶望の淵に今度こそ立たせられることができるわ。」

「・・・父上を侮辱するか・・・っ!」

痛みに耐えつつルヴァンがレイピアを拾い上げ、マーラを睨みつける。

立っているだけで精一杯の彼だが、それでも発した声は力強い。

「だって、私の首を落した憎い男だもの。あいつは殺さないわ。息子や家族を一人ずつ磔にして、同じように焼き払うのも楽しそうね。」

「・・・させるかよ・・・。」

「あら、まだ、立っていられるの?」

楽しげに話をするマーラに、カーティルスの低いうなるような声が辺りに響く。

音を立てて辺り一面へと雷が水流のように溢れ、それらは仮面を着けた男達の方へも流れていた。

彼らはマーラとは異なり、その攻撃を避けるように動いている。

言葉では強がっているようだが、彼らはカーティルスの攻撃に脅えているようだ。

「先の小賢しい小娘の事かな?あの黒髪の小娘なら、今頃絶望の中で闇に喰われ絶命していると思うよ?」

「・・・う、うそっ!うそよっ!」

太刀を構えたアリスは、雪に向かって笑みを向ける。

その残忍な表情に青ざめた彼女は、首を何度も左右に振った。

「大丈夫よ。直ぐに貴方達も同じ場所に送られるんだからっ」

「っ!や、やめっ!」

大鎌を振り上げたマーラを合図に、アリスがカーティルスと雪に向かって駆けだす。

ルヴァンは痛みを押さえて足を動かそうとするが、地面から這い出た血のような手に足を掴まれ、動くことができない。

「二体一は卑怯だと思うのよね?」

「っっぐぅあぁぁっ!」

「カーティルスっっっ!」

アリスに向かってこぶしを振り上げたカーティルスは、マーラによって描かれた魔法陣に弾かれ、ビルの壁へと弾き飛ばされる。

壁にめり込むように倒れた彼を見て、雪は手に持った刀の柄を強く握り返した。

「お前は私に忠誠を誓ったはずなのに・・・どうしてそちらにいるのかしら・・・。裏切り者は苦しんで死ぬのが当たり前なのよ?」

「っ!」

「雪ちゃんっ!後ろっ!」

マーラの蔑むような声が雪に聞こえると、別の方向から奈美の叫び声が耳へと届く。

声に弾かれて後方を見ると、そこにはバケモノの姿が映り、雪へと両腕を振り上げて突進してきていた。

アリスの方へとすぐさま振り返った雪は、二人の攻撃を避けるために横へと飛び去る。

「っここにもっ!」

マーラの笑い声が頭上をかすめ、雪は刀を構え直すと別の方向から迫ってきたバケモノを切り裂く。

すぐさま立ち上がった彼女は、刀の周りに疾風を発生させ、腕を振り上げたバケモノを切り上げる。

辺りに突風が巻き荒れ、バケモノ達はその勢いに負けて後方へと転がって行った。

「くるぞっ!」

「っはいっ!」

輝光の叫ぶ声が雪のすぐ近くで聞こえ、彼女は殺気の放たれている方向へと姿勢を向ける。

「対応力はかなりあるが、力はさほどないか・・・?」

「っっうっ!」

「雪ちゃんっっ!」

まるで細身の剣を振るったかのように、アリスが軽々と太刀を雪へと振り下ろす。

自らの武器で受け身を取った雪だったが、彼との力の差に負け、地面を転がる様に滑ってゆく。

奈美が悲鳴をあげ雪の方へと駆け寄ろうとするが、流星と輝光に身体を押さえられてしまう。

傷を押さえ立ち上がったカーティルスは、地面に倒れ込んでいる雪の方へと駆けだした。

「もしや・・・貴方も・・・アリス殿も・・・呪いを受けて?」

「あら、やっと気がついたのね。」

目の前へと迫ったマーラに、ルヴァンは痛みを押さえて彼女を睨みつけた。

彼の表情を見つめたマーラは歯を見せて声高々に笑い声をあげる。

自分の考えが当たってしまった事に絶望さえ感じたルヴァンは痛みに耐えられず、その場に片膝をついてしまう。

「さぁ。家族が殺される絶望で、お前の精神が弱まった時が・・・お前の最期よ?」

「っ・・・くぅ・・・」

赤い爪を揺らしてアリスの方を指さしたマーラに、ルヴァンは顔をゆがめるしかない。

目の先でアリスが太刀を振り上げ、雪の頭上に刃先が向けられる。

「終わりだ・・・。」

「っっっ」

アリスが勢いよく太刀を振り下ろした瞬間、奈美の声にならない悲鳴が辺りに響いた。

 

「どういうこと・・・よ・・・。」

 

しかし、雪の悲鳴もカーティルスの声も聞こえない中で、マーラの唖然とした声が辺りに聞こえだす。

 

目を見開き、不思議そうに顔を上げた雪は、カーティルスに身体を支えられながら目の前の光景に言葉が出ない。

 

「なんということだ・・・」

「まさか・・・おいおいおいおい。」

仮面を着けた男や、彼方からは落胆の声がぽつりぽつりと呟かれ始める。

 

「だめだよ。雪ちゃんは大切な友達だから。」

「・・・・。」

 

柔らかに微笑んだるりは、両腕で構えた大鎌を一振りし、アリスの太刀を弾きあげる。

 

辺りには桜色の光がふわりとたちこめ、彼女の持った武器からも花吹雪のように吹き荒れていた。

 

「る・・・るり・・・ちゃん?」

「遅くなっちゃった。ごめんね。」

「・・・なんでよ、何であんた・・・。」

大鎌を軽く構え直したるりは、苦笑いを浮かべると雪の方へと振り返る。

身体中に切り傷の後を残した彼女の姿を目にし、雪は急に目頭が熱くなるのを感じた。

「なんで・・・なんでなんでなんでなんでなんで!なんで、お前が!生きているのよっ!!」

「・・・。」

ルヴァンから離れたマーラは、奇声のような怒鳴り声をあげてアリスの方へと歩いてくる。

目の際を吊り上げ鬼のような形相へと変わったマーラは、手に持った武器で何度も地面を叩きだした。

子供のように地団駄を踏んだ彼女は、歯をむき出しにしてるりを睨みつける。

るりはそんなマーラを無視するように深呼吸をすると、雪とカーティルスの地面に白い魔法陣を描いた。

とたんに、そこから溢れた光が、二人の傷を癒してゆく。

「るりちゃん。あの・・・どういっていいのか・・・」

「大丈夫。・・・どうしたらいいのか。わかってるから。」

「お前っぇぇぇぇっ」

雪に微笑んだるりは片腕を動かし、離れた場所にいる奈美や流星達の足元にも同じように魔法陣を描き、彼らの傷も癒した。

「うそ。全然足が痛くない。」

「・・・るりちゃん。」

その場で何度も飛び跳ねた流星は、輝光と顔を合わせると不思議そうにるりへと視線を戻す。

彼女は奈美達に向かって片手を振ると、大鎌の刃先をアリスの方へと向けた。

「助けに来たよ。・・・今度は私が助けてあげる番だから。」

「・・・何を言っているのかな?」

「貴方に・・・リフさんに言っているんじゃありません。・・・私が話しているのはアリスだから。」

ため息をついたアリスに向かって、るりは小さく頭を左右にふった。

「大丈夫だよ。今度はちゃんと・・・アリスを助けるから。」

酷く穏やかに微笑んだるりは、大きく脚を踏み込んだ。

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