白と黒の世界   作:水鏡 零

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66話

市内上空へと描かれた赤黒い魔法陣の上に、ぽつんと一人の人影が残されている。

「マーラ様のご計画が成功すれば・・・我々も・・・」

トルヴァは両腕を広げると、るりによって壊された魔法陣へと新たな模様を描き出す。

音を立ててひび割れが無くなってゆき、見る見るうちに元の姿へと戻りはじめていた。

「主帝の力が入ればこちらのもの。さすれば、すぐに・・・」

「すぐに、何が起こるのかしら?」

「なっ!」

軽い音を立ててトルヴァの後方から杖の音が響くと、彼は弾かれたようにそちらへと身体を向けた。

長杖で地面を叩きながら地上から姿を現したアイネに、彼は掲げた手をローブの下へと降ろす。

「これはこれは・・・誰かと思えば、愚かな魔族の王妃・・・。」

「落ちぶれたものね。トルヴァ卿。」

アイネは杖の先をトルヴァへと向けると、彼へと静かに近づいてゆく。

トルヴァはアイネが一歩前に出るたびに後方へと下がり、彼女との距離を一定に離していた。

「名だたる名家として栄えていた貴方は、どうしてマーラと言う狂った者に手を出してしまったのか。・・・私には理解できないわ。」

「我々としましては、マーラ様に逆らい薄汚いバケモノとして海深くへ落され、それでも生きながらえた貴女の方が理解に苦しみますよ。・・・そこまでして汚い地面を喰らいながら生きていたいのかと・・・ね。」

ケラケラと仮面の下で笑い出したトルヴァに、アイネは何も言い返そうとはしない。

表情一つ崩さないアイネに、トルヴァは苛立ったようにため息をついた。

「貴方は改心することだってできたはず。もう、ここまで来てしまっては、我々でも救えないわ。・・・言っている事はわかるわよね?」

「何をおっしゃられているのやらっ!」

両腕をローブの下から上空へと振り上げたトルヴァは、アイネの周りに幾つもの赤黒い魔法陣を描く。

中から這い出てきたバケモノ達は、ひしゃげた顔でアイネを取り囲むと、トルヴァの合図ですぐにでも動けるように腕を振り上げ制止する。

しかし、アイネはやはり表情一つ崩さず、トルヴァを睨むだけだ。

「ここで亡くなるのは貴女のほうですよ。アイネ様!息子はマーラ様のモノになり、次代の巫女は絶望の中で死ぬ。マーラ様に反逆した者達は、次々に血祭りにあげられるでしょうっ!」

「・・・可哀想に。」

「なっ・・・。」

声高々に叫んだトルヴァに向って、アイネは静かに目を逸らす。

彼女の行動に肩を揺らしたトルヴァは、わなわなと腕を振るわせた。

「最期は懺悔してくれると思ったけれど、それは私の淡い夢物語だったのね。・・・コーディとエルダくんの言うとおりだったわ。」

「えぇぇいっ!黙れっ!このっっ」

仮面の下で殺気立ったトルヴァは、バケモノ達に一斉に指示を出す。

雄叫びをあげてバケモノ達が動きだし、アイネへと腕を振り上げた。

「・・・私、ヒトが死ぬところはみたくないの。やっぱり、可哀想と言うよりも、夢にでてきそうだから。」

長杖で地面を叩いたアイネは、澄んだ水に身体を吸い込ませると、群れとなって襲ってきたバケモノ達の間から姿を消す。

折重なる様に宙をかいたバケモノ達の後方で、アイネは水の中から姿を現す。

バケモノ達はすぐさまに方向を変え、アイネへと迫った。

「見たくないのであれば、別の方を向いていればよい。・・・直ぐに終らせる。」

「・・・っな、なんだっとっ!」

トルヴァの周りに漆黒が音もなく現れ、中から太刀を片手に持ったコーディが姿を現した。

血のような赤い目をつりあがらせた彼は、自らの身体に殺気を漂わせ、トルヴァをじっと睨みつける。

その威圧感に押されたトルヴァは、言葉を発することなく後ずさりをした。

「我が妻に対する数々の侮辱。そして次代の巫女への侮辱。・・・更には息子までも・・・。お前に弁解の余地はない。」

「ひっ!」

片手で軽々と太刀を振り上げたコーディは、後ずさりをして逃げようとするトルヴァを見下したように見つめる。

数歩と空いたコーディとの間がまるで無いかのように、トルヴァは首を絞められたかのような感覚を覚えた。

「悔いて死ね。愚か者・・・っ!」

「っっっぁっっ!!」

風を切る音が聞こえるや否や、コーディの太刀が振り上げられる。

断末魔さえもあげられない程のスピードで切り付けられたトルヴァは、頭の先から足の先までを真っ二つに切り裂かれ、何が起こったのかと目を見開いたまま身体を崩壊させてゆく。

くるりと後方を向いたコーディが一歩その場から動くと、辺り一面が血の海へと変わった。

肉片がそこらかしこに飛び散り、嫌な音を立てて地面に叩きつけられる。

「全く!貴様は未だにそのような狂気じみた処刑しかできんのかっ!」

「・・・人の首を野菜のようにそぎ落とすお前に言われたくはない。」

「なっ・・・。」

バケモノへと細身の剣を突き立てたエルダが、辺りの惨状を見て頭を抱え怒りだす。

アイネの周りにいたバケモノ達は彼によって一掃され、影も形も周りには無くなっていた。

「パパ・・・。これが地上に落ちたら大問題よ・・・。」

「後処理はディル達に任せる。」

「ま、全く貴様は・・・いつになっても・・・っ」

「・・・・。」

両腕を組んでアイネに怒られたコーディは、同じように怒りの表情を浮かべたエルダを見て、大きなため息をつく。

コーディは片腕を動かすと、辺りに散らばった残骸を出現させた黒い魔法陣の中へと吸い込ませた。

「コーディ様っ。後始末など、我々が致しますっ!」

「マロウちゃん・・・。だめよっ。全部マロウちゃん達がやっていたら、この人、ごみの一つも片付けられなくなっちゃう。」

「・・・あ、アイネ様・・・。」

慌てた表情でコーディの足元へと片膝をついたマロウに、アイネが彼女の肩を叩いて無理矢理にその場に立たせる。

居心地が悪そうな表情を浮かべたコーディは、マロウとディルに片手を向けると、その場からとぼとぼと歩いて行った。

「さっさとお前の仕事をしたらどうだ。エルダ・・・。まさか、小言を言うだけについてきたわけでもあるまい。」

「っな、あ、当たり前だっ!」

「もうっ。二人とも。」

何事も無かったかのように話し出したコーディに、剣を鞘にしまったエルダが目を見開いて怒りだす。

呆れたと言わんばかりに大きなため息をついたアイネは、魔法陣の下に広がる街を見つめた。

「アリスったら・・・。本当にお姫様に助けられちゃう運命になっちゃったみたいね。」

「馬鹿息子が更に馬鹿になってしまった・・・。」

「その馬鹿息子の親はどこにいるのかしらね。」

「・・・すまない。」

アイネとコーディが見つめる先で、きらりと赤い光が幾つも見え、二人は自然と笑みを浮かべる。

光が消えた後には別の場所で同じ光が現れ、アイネはそちらへと視線を向けた。

淡い桃色の光が次にその場所から発せられると、まるで花弁をまき散らせるかのように線を描いて人影が動き出す。

「どうやら、お姫様は立ち直ったみたいね。」

「・・・本当の意味での覚醒を成されたようだな。」

「・・・そうか。るり殿。」

細身の剣をくるりと回転させ持ち直したエルダは、口元に笑みを浮かべると魔法陣の中央へと歩いてゆく。

マロウとディルもアイネが見つめる先を同じように視線を向ける。

桃色の光は迷うことなく一直線に動き、それを追うように幾つもの影が動いていた。

「さぁ、王子様がどのようなお目覚めをするのか。私達も見届けに行かないといけないわね。」

「・・・どのような策を彼女たちが練ったのか。」

コーディに手を引かれたアイネは、長杖を一振りしてから宙へと足を向けてゆく。

「マロウちゃんとディル君は、先にるりちゃん達の所に。」

「承知しております。」

「はい。」

「報告、ご苦労だった。」

アイネとコーディに会釈をしたマロウとディルは、エルダの方へも会釈をし、影に紛れる様にその場から姿を消す。

エルダは自分の足元に白い魔法陣を描きだし、それに重なる様に更に魔法陣を重ねだした。

「さぁ。我々も本気を出そうではないか。」

「あのような・・・二度の失敗はせん。」

宙に浮いたアイネをその場へと残し、コーディは漆黒の翼をはためかせ、エルダと向かい合うように太刀を両手で構える。

彼の足元にはエルダとは対照的に黒い魔法陣が描かれ、幾つもの難解な模様を辺りに散らばらせ始めた。

「子らが命を削って戦っているというのに、親が何もせぬとはいかぬからな。」

「全くだ。」

エルダとコーディはお互いの顔を見合わせ、どちらと言う訳でもなく笑みを浮かべる。

地面に描かれた魔法陣は次第に重なり合い、マーラ達が作り上げた魔法陣に重なるほどの大きさへと広がった。

「我は悪しきものを白日の下に裁きを下す者。」

「我は悪しきものを暗夜の中より裁きを下す者。」

二人は武器を構え直すと、辺りに白と黒の光を巻き上がらせだす。

「その身をもって罪を償うがいい。」

「その身をもって裁きを受けるがいい。」

エルダとコーディは勢いよく武器の刃先を魔法陣へと突き刺す。

目を開けていられない程の光が魔法陣から溢れだし、魔法陣の下に広がる街並みがくっきりと照らされた。

音を立ててマーラ達が描いた魔法陣がひび割れ、次第にそれはガラス片のように空中へと崩れてゆく。

次第に辺りを包んでいた光は収まり、突風のような荒々しい風も同様に落ち着きだした。

割れた赤黒い魔法陣は空中で分裂を繰り返し、地上に落ちる事無く白と黒の泡へと変わってゆく。

「るり殿がある程度破壊して下さったおかげだな。」

「・・・あぁ。」

お互いに武器を魔法陣から引き抜いた二人は、背中に生やした翼で空中から飛び去ってゆく。

コーディとは対照的な純白の羽をはためかせたエルダは、崩れ落ちてゆくマーラの魔法陣を見つめ、大きなため息をついた。

アイネの隣へと舞い上がったコーディは、彼女と共に薄暗い通路を駆けてゆく、淡い桃色の光を見つめる。

「私たちも行きましょうか。」

「そうだな。」

「・・・王族の職務が残っているからな。」

アイネの見つめる先で淡い桃色の光が止まり、それと対立するように赤黒い光がその場できらめく。

彼女はその様子を静かに見つめると、コーディにすがる様に身を寄せた。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

アリスの攻撃に弾かれたるりは、その場にとどまる事無く次の攻撃へと足を踏み出す。

大鎌を振り上げ、アリスが動くよりも早く彼の武器へと一撃を入れる。

「っ!」

逆にるりの攻撃で太刀を弾かれたアリスは、大きく後ろへと飛び退いた。

「オカさん。大丈夫?」

「平気だ。何ともないっ!むしろ、身体が軽いくらいだ。」

ぐるりと柄を振り回したるりは笑みを浮かべると、疲れなど感じていないような表情を浮かべる。

真逆に、対立するアリスの顔は次第に歪み始めていた。

唖然とその様子を見つめることしかできないルヴァンは、更に痛みを増した胸を押さえ目を細める。

「こんにちは・・・。聖なる人の血を引くお兄さん。」

「・・・えっ。」

ルヴァンの頭上で柔らかな風が巻きあがると同時に、ぽつりと女性の声が聞こえてきた。

聞いたことのない女性の声に顔を動かした彼は、鮮やかな色をした蝶の羽を見つけ目を白黒とさせる。

「とっても苦しそうね・・・。」

「き、君は?」

ふわりと宙を舞ってきた李春は、苦痛に唸るルヴァンの前に静かに降りたった。

雪やカーティルスはバケモノ達や仮面を着けた者達と対立しており、近くにはいない。

「大丈夫よ。るりなら・・・。」

「・・・。」

白い手でルヴァンの腕を掴んだ李春は、るりの方へと顔を向ける。

独りでマーラとアリスの相手をしている彼女であるが、どちらの攻撃も喰らうことなく未然に防いでは追撃を繰り返していた。

戦局が逆転した状況に、マーラの顔は怒りに歪んでいる。

軽く地面を蹴ったるりは、マーラの武器を大鎌で弾きあげ、彼女を更に後方へと下がらせた。

「るりが相手をしている間に・・・。私は貴方を助けるように命じられているわ。」

「わ、私を助ける・・・?ぐぅっ!」

「痛いのね・・・。」

赤黒い魔法陣は未だにルヴァンの足元で光り、彼は時折悲鳴をあげては身を丸くさせ苦痛にもがいた。

李春はルヴァンの腕を両手で掴むと、何もない場所へと視線を向ける。

「準備はいい?ディレイさん。」

「いやはや、妖精さんに名前を呼ばれるとは・・・思いもしなかった。」

「馬鹿言ってないでさっさと支度しろっ!」

「ふふふ。」

「・・・?」

赤い光を纏わせその場に突然と現れたディレイとランゼフに、ルヴァンは思わず目を見開く。

ディレイは片腕を動かすと、手のひらに小さな赤い箱を取りだす。

ノイズの入った箱からは、かすかに赤黒い塊のようなものが見えた。

「お兄さんの中に入っているモノを吸いだすの。・・・噛むけどいい?」

「吸い出すっ?何を言っているんだっ?私の中に巣食うモノが何であるのかっ、き、君は分かっているのかっ?」

「・・・。えぇ。」

「・・・まさかそんな・・・。」

声を荒げて抵抗したルヴァンに、李春は表情一つ変えずに答える。

彼女の後ろでは、なんやかんやとランゼフに怒られながら作業をするディレイの姿が見えた。

李春は自分の羽を指さすと、ルヴァンの腕を更に強く掴む。

「アリスの中に巣食っていたモノと、貴方の中で動いている塊はちょっと違う。だから、たぶん・・・全部吸い出せる。」

「・・・彼と。アリス殿と私の呪術は違うというのか?」

「根本的には一緒。でも・・・。」

ふいに後方をちらりと見た李春はまわりをぐるりと見つめると、ルヴァンの耳元に顔を近づけた。

「貴方、この呪術を自分の糧として今まで使っていたでしょう?」

「・・・なっ。」

まるで全てを見通してきたような李春の言葉に、ルヴァンは思わず腕を振るわせてしまう。

彼女とはつい数時間前に知り合ったばかりであるはずだが、まるで何十年も見張られていたような口調だ。

「わかるの。わかってしまう、と言った方がいいかもしれないけれど。人の血は色々と分かりやすいモノよ。・・・私達のようなものには直ぐに見破られてしまうモノだから、気を付けた方がいいわ。」

「君は。君はその・・・魔物の一種になるのか?」

「・・・さぁ。」

少女のように小首をかしげた李春は、るりの方へと顔を向ける。

大鎌を軽々と振るう彼女は穏やかな表情をしており、手先からは桜の花びらが舞うように淡い桃色の光が粒となって辺りにまき散らされていた。

それらがマーラに当たると、彼女は決まって目を細め歯を食いしばる。

「急ぎましょう。ちょっとフラフラっとなったらごめんなさい。」

「選択肢がないとすれば、やるしかないだろう。わかった。」

李春の言葉に頷いたルヴァンは、大きく深呼吸をすると彼女が掴んでいる手から力を抜く。

とたんに身体中を我慢していた激痛が走り、ルヴァンは小刻みに震えはじめた。

「ランちゃん・・・。やるよ。」

「あ。あぁ。」

「こっちは準備オッケーだ。どうぞ。」

片手をひらひらと動かしたディレイに合わせ、ランゼフが両腕を広げて辺りに淡い緑色の光をあふれ出させる。

壁のように上空へと広がった光は、るりの背後へと広がった。

「っあぁっ!忌々しいっ!そういうことっ!」

突然と視界の先に現れた緑色の光の壁に、マーラは目を見開く。

その先で李春がルヴァンの腕へと噛みついたのを見ると、マーラは歯を食いしばると地面を大きく蹴り上げる。

「行かせないよっ!」

「ちぃっ!」

るりの背後にまわろうとしたマーラだったが、すぐさま動いたるりに行く手を遮られ、ヒールの音を響かせて後方へと下がった。

「忌々しい事をしてくれる・・・。」

「そうだね。貴方にとっては忌々しい事だろうね。」

「・・・。」

見下したように目を細めたアリスは、るりに向かって太刀の刃先を向けて唸る様に言葉を発する。

しかし、るりは全くその言葉に動じず、大鎌を両腕で握り直すと、にっこりとほほ笑んだ。

「貴方はアリスじゃないもの。アリスは貴方の中に捕らわれているんだ。だから、本当の言葉じゃない・・・。」

「ほう・・・。」

「強がりをっ!」

マーラの言葉に首を横に振ったるりは、首から下げた桜の花へと手を伸ばす。

静かに瞳を閉じ深呼吸をして目を見開いたるりは、足元や後方へと白と黒の色を混ぜた魔法陣を描き出した。

「強がりでもない。・・・大丈夫。アリス・・・心配しないで。私、貴方を助けるまで頑張れるから。」

「何を言っているのやらっ!」

「それはこちらのセリフってやつかしらっ?」

「なっ!」

大鎌を構え直したマーラがケラケラと声をあげて笑い出すと、彼女の頭上から新たな声が響いてきた。

オレンジ色の光を纏わせたヒーリカが勢いをつけて急降下し、マーラとアリスの間へと身体を滑り込ませる。

「こちらは王子様兼お姫様をお助けするために来た精鋭なんだからねっ!馬鹿にされちゃ困るってーのっ!」

「ぐっ!」

思い切り足を振り回したヒーリカの蹴りがマーラの大鎌へと当たり、彼女は受け身の姿勢を取りながら後方へと下がった。

再度足を踏み込んだ彼女は手に持った大鎌の柄に亀裂が入っている事に気が付き目を見開く。

「どうしてっ?たかが・・・たかが監視者の女にっ!」

「さぁ、どうしてかしらねぇっ?」

ふっと息を吐いたヒーリカは、そのまま駆けだすとマーラの懐に入り込むように姿勢を低くする。

唖然としていた彼女は一瞬遅れ、ヒーリカが叩き込んできたこぶしに腹部を打ち上げられた。

「ぐぅぁっ!」

「ま、マーラ様っ!」

「マーラ様ぁっ!」

ヒーリカの強烈なこぶしの一撃により、マーラは口から血をまき散らせ後方へと吹き飛ばされる。

彼女を守ろうと仮面を着けた者達が即座に集まると、マーラの身体を抱きかかえ建物に彼女が激突するのを防いだ。

「すっごい!これって私の力?」

「るりの力だよっ!」

「もうっ!いいじゃない、私の力でもっ!」

両腕にまとわりつくように輝く白と黒の光を見つめ、ヒーリカが歓喜に沸いた声をあげると、ランゼフが咎めるように声を荒げた。

その言葉にヒーリカは腕を組んで苦笑いを浮かべる。

「これが効果覿面なら、あっちは私に任せなさいっ!二人が戻ってくるまで死守するわよっ!」

「ヒーリカさんっ、あの、む、無理しないでくださいねっ!」

「わかってるわかってるっ!」

大きく背伸びをしたヒーリカはるりの顔を見て頷くと、軽く地面を蹴って走ってゆく。

その先には、マーラの手当てをしている仮面を着けた者達が見えた。

彼らはヒーリカの姿を見つけると、一斉に魔法陣を描きバケモノを生み出し始める。

「あっちのバケモノは俺達に任せろっ」

「お姉さんは、大元をよろしくってことで。」

「あらっ、ありがとう!」

足の怪我がすっかり良くなった流星が、輝光と共にバケモノ達へと駆けてゆく。

奈美はしきりに携帯を物陰で操作し、どこかに通話をしているようだ。

電波が安定しないこの状況下では通話が難しいこともあり、彼女は困惑した表情で画面を見ていた。

「・・く・・・うぅ・・・。」

ルヴァンの小さな悲鳴が李春の耳に聞こえると、彼女はゆっくりと彼の腕から牙を引き抜く。

顔をひきつらせた李春は、おもむろに自分の口へと指を入れ込み何かを掴むような仕草をとる。

「ランちゃん。とれたと思う・・・。」

「・・・うそだろ・・・。」

「うそじゃない。ほら・・・」

「っ。」

ずるりと口の中から紐のようなモノを引きずり出した李春は、ランゼフとディレイに向ってそれを見せつける。

ミミズのように細長い赤黒い塊は、彼女の指から逃げようと血を辺りにまき散らせて暴れていた。

そのあまりにも奇怪で気味の悪い物体に、ランゼフは顔を歪ませる。

「このお兄さんの中にはもういないと思う。」

「そう・・・か・・・。助かった。」

「いいの。でも、自分で早く止血して。私には出来ないから。」

「あ。あぁ・・・。」

李春に噛まれた跡を押さえ、ルヴァンは弱弱しくも喋る。

腕へと白い魔法陣を描いた彼は、自分の傷口をふさぐ事だけに集中し始めた。

柔らかな光がルヴァンの指から溢れると腕の先から滴れていた赤い血が止まってゆく。

「すごいね。うんうん。これがあの子の中から出てきたアレだね。」

「早く仕舞えよ!馬鹿っ!」

「わかってる、わかってるよ。」

ランゼフに足を蹴られ、ディレイは苦笑いを浮かべつつ李春の近くへと寄ってゆく。

傍らに持った小さな赤い箱を開けると、李春は手に持った赤い塊を中へ放り込んだ。

すぐさま蓋を閉めたディレイは、しげしげと中身を見つめる。

「ほら、みてごらん。結合している・・・。わぁ、これが目に見える呪術ってやつかなぁ。」

「・・・。」

あまり聞きたくもないような音が箱の中から聞こえ、ランゼフはその場から足を遠のけてしまう。

李春は口元についたルヴァンの血を拭うと、ゆらゆらと背中の羽を揺らした。

彼女の羽の色が次第に濃くなり、赤い模様がくっきりと浮き出る。

「もう、これは壊せると思う。壊しておくね。」

「・・・何から何まで・・・すまないな。」

「いいの。・・・あら。」

ルヴァンの足元に描かれていた魔法陣へと李春が指を向けると、それはいとも簡単にひび割れを起こし崩壊した。

自分の腕の止血が終わったルヴァンは、足元の魔法陣が壊れたのを見ると、ふっと意識を失うように前のめりに倒れる。

必然的に李春の胸に抱かれるように倒れたルヴァンは、意識が無いらしく静かに呼吸をしていた。

「あ。兄者・・・あに・・あにっ?」

「ルヴァン。大丈夫ッ・・・大丈夫・・・で・・す・・・か・・・。」

バケモノ達と対立していたカーティルスと雪が、ルヴァンの周りから魔法陣が無くなったのを見て駆け寄ってくる。

が、二人は目の前の状況に目を疑い、唖然と目を丸くさせた。

雪の顔が段々と赤くなり、わなわなと手を震わせている。

「大丈夫よ。彼の中に巣食っていたモノはその箱の中だから。」

「そ、そうか。よかった。兄者・・・うらやましい・・・」

「はっ?」

「いや、いやなんでもないっ!」

ほっと胸をなでおろしたカーティルスがぽつりと呟くと、彼の言葉に敏感に反応した雪が声を荒立たせる。

カーティルスはしきりに頭を左右に振ると、何故か雪に何度も頭を下げて謝った。

「さぁ、後はメインの部品を回収するだけだね。」

「・・・そうね。・・・彼をお願い。」

「えっ、は、はいっ!」

演技染みたように両手を合わせたディレイに合わせ、李春が無表情でその場に立ちあがる。

彼女の身体にもたれかかっていたルヴァンが倒れそうになり、急いで雪とカーティルスがルヴァンの身体を支えた。

ランゼフが片手を動かすと、目の前に形成された緑色の光が弾け消え、壁となっていた障害物が無くなる。

「成功したんだねっ!」

ランゼフが形成した緑色の光が崩れ消えるのをちらりと見たるりは、アリスの太刀を弾き満面の笑みで李春達に振り返る。

先程まで余裕の表情を浮かべていたアリスだったが、今は太刀を片手に杖代わりに立っている状態だ。

「ばっちり。」

「まさか・・・本当に吸い出せるものだったのか・・・。」

片手を突きだしピースサインをした李春を見て、オカが武器の形を維持したまま呟く。

李春はランゼフと共にるりの方へと近づくと、彼女は大きく頷いた。

「許さない・・・許さない・・・どういうことよ・・・」

「どういうことも、こういうことも。結果としてこちらが優勢になったということよっ!」

「うるさい・・・うるさい・・・うるさいうるさいうるさいっっ!」

仮面を着けた者達に支えられ立ち上がったマーラは、わなわなと肩を震わせて武器を掴む。

彼女の周りからは赤黒い霧が立ち込め、それが怒りを現しているのは誰にでも変わる状態だ。

気が付けば、辺りをうろついていたバケモノたちは姿を消し、肩で息をしている仮面を着けたマーラの手下たちだけが残されていた。

お互いの顔を見合わせた流星と輝光は、武器を抱え奈美の方へと視線を向ける。

どちらからというわけでもなく駆け出した二人は、携帯を片手に立っていた奈美へと近づくと、彼女と共に雪達のいる方へと歩き出す。

「後は頼んだよっ。」

「頑張ってるりちゃんなら、大丈夫だからっ!」

「俺達は下がるねっ!」

「・・・は、はいっ!」

武器を構え凛とした表情で佇むるりの肩を奈美と流星は軽く叩くと後方へと走り出した。

片手を上げて笑みを浮かべた輝光に頷いたるりは、大きく深呼吸をして前を向き直る。

「忌々しい・・・いつも・・・最後の最期でこうなる・・・」

「まだよ、まだまだ・・・っ!」

るりへと武器の刃先を向けたマーラとアリスは、上空へと視線を向ける。

そこには赤黒い魔法陣が残っており、ひび割れを起こしつつもその形を保ち続けていた。

「・・・それはどうだろう。貴女の仲間はまだ“生きている”?」

「な、何を言ってるのっ?トルヴァならあそこにっ・・・・・・。」

ルヴァンの身体を支えつつ、雪がマーラに向って叫ぶ。

マーラは意味が分からないとばかりに笑みを浮かべると、片腕を魔法陣の方へと向けた。

しかし、その手はぴたりと動かなくなる。

「トルヴァ・・・トルヴァはどこっ!」

「どうしたのですかっ!」

「・・・いない。トルヴァがいないぞっ!」

「なっ!」

仮面を着けた者達が口々に声を荒げ、上空の魔法陣に向かって叫びだす。

マーラは震えた手で上空を指さし続けるが、そこからトルヴァの声が聞こえる事もない。

魔法陣を作り上げた仮面の男がぴたりと腕を止め、突然と身体を震わせ出した。

その様子に、周りの者達も息を飲んだように静まる。

「え・・・なに・・・え・・・。」

上空から滴が降ってくると、それはマーラの頬へと当たり地面に流れてゆく。

「血だ・・・人の血・・・だ・・・」

「うそよっ。そんな・・・」

絶望的な表情へと変わったマーラの視界の先で、赤黒い魔法陣が音を立て歪な割れ痕を浮かび上がらせだした。

黒い光と白い光が更にその上で輝きだし、見る間に目を覆いたくなるほどの輝きが辺りを包み込む。

「父上だ・・・。」

「王族がやりおったか。」

「うわ、まぶしっ!」

だんだんと光が収まってくると、カーティルスがルヴァンの肩を支えながら口元に笑みを浮かべる。

オカの声に引かれるように空を見上げたるりは、彼女の言葉に大きく頷いた。

「いやっ!だめっ!どうしてっ!いやよっ!なんてことをっ!」

悲鳴染みたマーラの声が辺りに響き渡ると、上空を覆っていた赤黒い魔法陣が音を立てて崩れ落ちてゆく。

破片は白と黒の光の粒へと変わり、雪のように地上へと舞い散ってきた。

「どうやら、更にこちらの有利になった感じかしら?」

「・・・うるさい。うるさいうるさいっ!」

「落ち着いてくださいマーラ様っ。」

「マーラ様のご計画をっよくもっ!」

勝ち誇ったようにヒーリカがマーラ達へと声をかけると、彼女は目を吊り上げて怒りを露わにする。

ふっと息を吐いたアリスは苦笑いを浮かべると、手に持った太刀を静かに構え直した。

その刃先はるりへと向いている。

「やれやれ・・・ね。あっちは、私達で時間稼ぎするから、るりちゃんは気にしないでいいわ。」

「あ。ありがとうございます。」

威圧的な空気がマーラ達から発せられ、自然とるりやヒーリカの髪がゆらゆらと揺れ動く。

ヒーリカはるりの肩を軽く叩くと、ランゼフと共に歩き出した。

「私もランちゃんとヒーリカを手伝ってくる。・・・るり、大丈夫。皆がついているから。」

「りーちゃん。・・・ありがとう。」

「さて、僕は仕方がないから、この切り札を守りながら時期を見計らわせてもらおうかな。」

「お願いします。ディレイさん。」

片手に赤い箱を抱えたディレイは口元だけで笑うと、るりの傍から離れてゆく。

るりは深呼吸をすると同時に、大鎌を回転させて刃先をアリスへと向け直した。

「大丈夫だよ。・・・最後は二人で倒さなきゃいけない事。アリスだってわかってるものね。」

「まだ、お前はこいつが助かると思っているのかい?」

「もちろんだよ。」

唸るようなアリスの声に、るりは脅える事無く答える。

首から下げた鍵が淡く光り、彼女は笑みを浮かべアリスを見つめた。

その表情に、アリスは顔を引きつらせる。

「返してもらうね。」

「馬鹿げたことをっ!」

太刀を振り上げたアリスは、るりに向かって一気に距離を縮める。

るりは姿勢を低くすると、その時期を伺うように目を閉じた。

「いまだっ!」

「はいっ!」

オカの声がるりの耳に聞こえ、彼女は大きく目を見開き大鎌を横に振り上げる。

「っ!」

アリスの持った太刀が上空へと投げ出され、地面へと勢いよく突き刺さった。

「行って来いっ!るりっ!」

「うんっ!」

「なにをっ!や、やめっ!」

オカがるりの手からすり抜け、ヒトの姿へと変わるとアリスの後方へとまわり彼を羽交い絞めにする。

とっさの事に困惑したアリスの声が響くが、オカの力は予想以上に強いらしく彼女の腕を振り払う事ができない。

「今、助けるから・・・。」

「っっあぁぁぁっ!」

無理矢理アリスの手を掴んだるりは、薄らと紋章の浮かび上がった彼の手の甲を、自分の額へと押し当てた。

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