白と黒の世界   作:水鏡 零

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67話

赤黒い霧を抜け、身体がゆっくりと降下してゆく。

地面に足がつくと、足元が微かに白く光った。

「どこにいるの・・・?」

迷っている暇はないと思い、真っ暗な闇の中を走りだす。

どんなに走っても暗闇だけが視界の先に広がり、一つの明かりも見えることが無い。

 

ただ、ここで足を止める訳には行けない。

 

「アリスっ!」

 

壁のない広い荒野を走るかのように、一心不乱に駆け抜けた。

 

その先に、きっと彼がいると信じて。

 

「っ?」

 

ふいにつま先に何かが当たったと思い立ち止まると、地面がガラスのように反射する。

 

足元へと手を向けると、水面のように地面が揺らいだ。

 

「いた・・・。そこにいるんだね。」

まるで水中に潜るかのように大きく息を吸い込むと、水面となった地面へと身体を吸い込ませる。

自分の身体を押し出そうとしているのか、前方から水圧が襲いかかり、苦しみながらも手を動かす。

「苦しいんだよねっ!でもっ、それは私も同じだからっ!」

無我夢中で腕を動かし、目と鼻の先へと迫った彼へと手を伸ばす。

瞳を閉じ、夢を見ているかのような彼を見つめ、押し返されそうな水圧に目を細める。

 

「私、何度だってあなたの所にゆくよっ!何度だってあなたを・・・アリスを見つけるよっ!」

 

溢れ出た涙を腕でぬぐうと、最後の力を振り絞る様に腕を動かし、彼の腕を掴む。

 

「無駄だよ・・・。」

「っ!」

 

ふいに後方から声が聞こえ弾かれたように振り返ると、そこに一つの影が映り込んだ。

揺らいだ影は暗闇の中から姿を現すと、睨むような表情で見つめてくる。

 

濃い緑色の髪を揺らし、髪と同じ緑の目を動かした彼は、細身の剣を腰から下げていた。

 

「貴方が・・・本当のリフさん?」

「あぁそうだよ。・・・私がリフだ。」

暗闇から姿を現したリフの身体は、半透明になっている。

 

恐らく、完全な力を取り戻していない為だろう。

 

リフから彼を守る様に地面へと降り立つと、両腕に力を込める。

首から下げた鍵が淡く光ると、片手に大鎌が出現した。

 

柔らかな桜色をした大鎌は、今まで見た事が無いものだ。

 

「無駄だよ。彼はもう諦めてしまっている。」

「そんなことないっ!」

「そうだろうか・・・。」

くすりと笑ったリフは、剣を鞘から引き抜くと刃先を彼の方へと向けて更に笑いだす。

 

周りの景色が移り変わり、足元が赤黒い床へと変わった。

 

先に降りてきた天井が同じ赤黒い空へと変わり、気味の悪い雲が高速で流れだした。

 

「ほら、ごらんよ。彼はあそこだ。」

「っ!」

リフの声に驚いて後方を見ると、今まですぐそばにいた彼の姿がなくなっていた。

 

そして、別の所で静かに座り込んでいる彼の姿が現れる。

何を見ているのか分からないぼんやりとした表情で、彼アリスはじっと赤黒い地面を見つめていた。

 

その目線の先には地面がえぐれており、大きな空洞が開いている。

 

「だめ・・・だめだよっ!アリスっ!」

大声でアリスの名前を叫ぶが、まるで聞こえていないかのように彼は首を横に振る。

 

「・・・やっぱり、俺には資格なんて無かったんだ。」

 

「ぇ・・・。」

 

落胆した彼の表情を見つめると、ひやりと背中が冷たくなるのを感じてしまう。

 

「お嬢さんがどんなに呼びかけても、もう彼は壊れてしまうのさ。」

「・・・そんなことない。」

「まだ、希望を捨てないと言いたいのかな?・・・この状況で?」

ため息をついたリフはやれやれと大げさに声をあげると、片手に持った剣を構え直す。

リフと対立しなくてはいけないとは頭では思っていても、どうしても視界の先でうつむいている彼から顔が背けられず、武器を空中へと投げ出してしまう。

桜の花びらが辺りに舞い散り、まるで目の前の空洞に落ちてゆきそうな彼の方へと駆けだした。

 

「おやおや・・・。自分の命さえも顧みないというのかい?」

「っっっあぁぁっ!」

 

風を切る音が後方で聞こえたと思えば、足元に激痛が走り前のめりに地面へと倒れる。

 

痛みに顔が歪むが、今はそんな自分の事を考えている暇はない。

 

「やめなよ。彼は君に気がつかないんだ。・・・君に興味が無くなってしまったんだよ?」

「・・・そんなこと・・・ないっ!」

 

辺りに自分の血をまき散らせ、片足を引きずりながらも立ち上がる。

苦し紛れに片腕を動かすと、リフの持った剣を魔法で弾いた。

軽い音を立てて剣が後方へと落ちるのを見ると、リフは苦々しげにこちらを睨んでくる。

 

「そんなことない・・・んだからっ!」

「っちぃ!」

 

アリスの背中に倒れ掛かるように身体が崩れ、リフとの距離を開けるために後方へと魔法陣を描く。

白い魔法陣に阻まれたリフは忌々しそうにそれを睨むと、自分の後ろの方に落ちた剣を拾いに駆けていった。

 

「アリス・・・ねぇ・・・聞こえている?私だよっ!」

「・・・ぅ?」

 

片足から流れ出る血が靴の中へと流れ込み痛みで立てなくなると、そのままアリスの背中へともたれかかる。

 

アリスはぴくりと身体を揺らし、小さなうめき声をあげた。

 

ずるりと崩れそうな足を引きずると、膝を立てて彼の背中に抱き着く。

 

「あのね・・・迎えに来たの。貴方が私を助けてくれたように。今度は・・・私が貴方を助けに来たの・・・帰ろう。帰ろうよ・・・。」

「・・・る・・り?」

「そうだよ。るりだよ・・・。」

 

目の前の空洞を見つめていたアリスの身体が動き、驚いたように冷たい掌が腕を撫でてくる。

 

「・・・俺はやっぱり、君を好きでいちゃいけないんだ。・・・こんな呪術に負けて、こんなことになって・・・俺の意志が弱くて。」

「違う。違うよ・・・。」

 

泣きだして声にならなくなりそうな感覚を押さえ、冷たいアリスの手を力の限り握りしめる。

ぽたぽたとアリスの背中に涙が落ちてしまうが、今はそれを気にしている場合ではない。

 

「貴方は自分が思っている以上に強いよ。だって、りーちゃんに帰ってくるまで私を守る様に言ってくれたんでしょう?・・・それって、絶対に戻ってきてくれるってことじゃない。・・・嘘ついちゃダメ。」

「るり・・・。」

 

震える声で伝えたい事を吐きだす様に呟くと、今まで前を向いていたアリスが振り返る。

青ざめたような絶望したような表情を浮かべたアリスを見つめ、震えた手で彼の頬を撫でた。

 

気のせいか、彼の青い瞳に小さな光が差したように感じる。

 

「アリスは嘘ばかりつくんだもの。もう・・・それじゃ、何を考えているか、逆の事を思えればいいのかなって・・・考えちゃうよ。」

「・・・。」

その場にへたり込むように座り、アリスの片手をそっと持ち上げた。

 

そこには薄らと紋章が浮かび上がっている。

 

「これは・・・俺がリフとマーラの呪術に負けていて、それで覚醒できなくてっ!」

 

「・・・主帝になるとか、なれないとか・・・そんな事じゃないの。私が言いたい事。」

 

「るり?」

 

アリスは目を見開き、ぐるりとこちらの身体を見てあいた手のひらを額へと持ってゆく。

前髪を指で動かされると、彼の表情は更に悲痛なものになった。

 

「私はアリスが好き。大好き。だから・・・大丈夫だよ。」

「こんな傷だらけになって・・・俺の為にどうして・・・」

「だから・・・アリスの事が大好きだから。大丈夫なの。」

「意味わかんねぇよ!」

 

手を振り払われ、アリスが思い切り身体を抱き寄せてくる。

 

冷たい水のような体温が、少しばかり温かみを帯びたように感じた。

 

「アリスだって昔、私の為に呪いを受けてくれたじゃない。それと一緒だよ。何も変わらないよ。」

「一緒じゃない・・・俺のこんな呪い・・・こんな・・・」

「ほら、大丈夫じゃない。アリスは・・・。」

「・・・あ。」

 

自分の言葉に驚いたのか、彼は身体をピクリと動かすと、ゆっくりと力を抜いてゆく。

 

アリスの両手を握りしめると、もう一度彼の顔を見つめた。

 

目を見開き、苦しみや怒りとは違う方向へと変わる彼の表情は、穏やかなものへとなってゆく。

大きくため息をついたアリスは、自分の目にたまった涙を指でぬぐう。

 

「そうか・・・そういうことか・・・。」

「ね?アリスは自分が思っていないだけで、本当はとっても強いんだよ。」

「・・・。るり。」

 

満面の笑みをアリスへと向けると、彼が答える様に笑みを浮かべる。

 

辺りの景色が彼を中心に変わりだし、澄んだ水色の床と青い空が気味の悪い世界を一掃してゆく。

 

ぽっかりと空いた空洞は無くなり、変わりに色とりどりの草花が生い茂りだした。

 

その景色は、何度も見たものである。

 

「迎えに来たよ。アリス。・・・今度は私が貴方を助けに来たの。」

「ありがとう。るり。・・・俺を探しに来てくれて。」

 

頬を赤らめたアリスは、ゆっくりとその場に立ちあがる。

 

彼の手を握って立ち上がると、忘れかけようとしていた激痛が足を伝って駆けあがってきた。

歯を食いしばり彼に見せまいとわざと後方を見つめると、そこにぽつんと佇む人の姿が目に入る。

 

白い魔法陣が音もなく壊れ、その先にいたリフの姿がくっきりと映し出された。

 

「なんと・・・忌々しい・・・。」

 

辺りの豹変に目を細めたリフは、手に持った剣で草花を切り裂く。

赤黒い地面が彼の周りだけを囲い、時にその地面を侵食しようと澄んだ青い水のような床が揺れ動いた。

 

リフは剣を構え、一目散に駆けだす。

 

「っ?」

 

アリスが一歩前へと出るが、彼がどんなに腕を動かしても、その手に太刀が現れることが無い。

理由が分からない彼は、歯を食いしばりこぶしを握る。

 

「・・・アリス。大丈夫。・・・待ってるから・・・外の世界で・・・っ!」

 

「るりっ・・・おいっ!何を言ってっ!」

 

激痛の走る足をかばい、アリスの身体を押しのけるように駆けだす。

 

その先に見えたリフの顔を見つめ、大きく息を吸い込んだ。

 

「やめっ・・・やめろぉぉぉぉっっっっ!」

 

耳の中にアリスの悲痛な声が響くと同時に、笑みを浮かべたリフの顔が映り込む。

 

 

「・・・きっと・・・帰ってきてくれるって・・・信じてる・・・」

 

 

腹部に耐えられない程の激痛が走ると、意識が白濁とした世界へと手放されていった。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

息ができないような感覚が襲い、目の前で見たくもない光景がスローモーションで映し出される。

 

腹部に剣を突き立てられた彼女の身体が、青い水のような地面へと静かに音を立てて倒れこんだ。

 

「おやおや、助けにきたというのに・・・自分が犠牲になるとは。」

「なんて・・ことを・・・。」

 

ケラケラと声をあげて笑ったリフは、足元に倒れ込んだるりの身体を蹴り上げる。

赤い線を描いて彼女の身体は床を滑り、自分の目の前で止まった。

 

「るり・・・るりっ!るりっ!」

 

身体をしきりに揺すってみるが、腕は力なく地面へと崩れ落ち、足や頭でさえも動く気配は無い。

じんわりと黒い服が赤黒く染まり、よく見れば足にも血の塊がにじんでいる事に気がついた。

 

なんと自分は愚かなのだろうか。

こんなに傷ついていたというのに、何故気が付かなかったのか。

 

「やはり、貴方が悪いんですよ。優柔不断で、結局決められない。責任能力が無いに等しい・・・。結果、このとおりです。」

突然と口調を変えたリフは、落ち着きを取り戻したのか大きな演技染みたため息をついて剣を鞘へと仕舞い込む。

るりの腹部へと手を当てるが、使えるはずの魔法は一切発動せず、ただ手のひらへと彼女の血がこぼれるだけだ。

 

絶望的な感覚がせり戻り、喉を掻き切るような痛みが襲って来る。

 

「・・・俺はこれでいいのか・・・本当にいいのか?」

 

「良いのでしょう?貴方のせいで貴方の決断でこうなったのです。」

コツコツと靴の音を鳴り響かせ、リフが近くへと寄ってくる。

赤く汚れたるりの身体を抱き寄せると、彼女の身体についた切り傷の多さに目を覆いたくなった。

 

「こんなに傷だらけになって・・・それでも、こんなとこまで来て・・・」

「早く身体を受け渡しなさい。そうすれば、二人ともこの場で永遠に二人でいられますよ?」

「・・・・。」

震える声を押し殺し、物言わぬるりの身体に向かって呟く。

リフは目の前に片膝をついてこちらを見ると、ニヤリと歯を見せて笑い出す。

その顔を見たくない一心で、傷つき動かないるりを更に強く抱き寄せた。

 

ほのかに淡い光を放った鍵が、首元で静かに揺れている。

 

ほのかに淡い光を・・・桃色の光?

 

ふいに頭の中をよぎった疑問に、彼女の首元を見つめる。

 

そこには見た事もない形をした桃色の鍵が輝いていた。

五枚の花弁を模った鍵は、現世でよく見る花である。

 

柔らかな色を湛えたその花は、なんという名だったか。

 

「思い出せ・・・この花の名前を・・・」

「おや・・・?」

不思議そうに見つめるリフをさしおいて、るりの首から下がった花の鍵を見つめる。

見れば、その花を中心に小さな淡い桃色の光が溢れていた。

 

「春の時期にだけ・・・芽吹きの時期にだけ咲く・・・はかない花。」

 

「人を繋ぐ・・・小さく尊い花。」

 

「なんだ・・・?」

 

ふいに聞こえた言葉に続くように、ぽつりぽつりと言葉が溢れる。

頭で考えているのではなく、聞き覚えのないその女性の声が、喋れと言っているようだ。

目の前で立ち上がったリフは、唖然とした表情でその先を見ている。

 

「現世で、貴方達が初めて会った時に咲き誇っていた。そう・・・この街のシンボルでもある花。」

 

「そうだ・・・桜だ・・・。この花は・・・桜だっ!」

 

柔らかな手が後方から肩を叩き、弾かれたようにるりを抱き上げて立ち上がる。

だらんと力無く彼女の首が下がってしまい、急いで抱え直すと、声の聞こえた方へと振り返った。

 

そして、リフのように唖然とした表情を浮かべるしかない。

 

るりと同じ、黒い髪をきれいに束ねた女性は、笑みを浮かべてこちらを見つめている。

 

身体からは鍵のような淡い光を漂わせ、彼女が人ではない何かであることを示していた。

 

「初めまして。次代の主帝・・・アリスさん。」

「貴女は・・・っ!」

笑みを浮かべた女性の顔が小首をかしげると、びくりと身体が動く。

 

何処かで見た事があると一瞬思った彼女の顔は、先日見た写真に写っていた女性そのものだったと気が付いた。

「桜子・・・さん・・・。」

「はい。光丘桜子です。アリスさん。」

「だれ・・・だ・・・?」

リフの言葉などまるで聞いてもいないかのように、桜子はこちらに笑みを向けている。

苛立ったリフの殺気が背中から感じた。

「次代の主帝。貴方がなすべきことは分かっていますね?」

「わかっている・・・でも、彼女が・・・俺の為に・・・」

「ならば、次にせねばならぬことを、貴方自身がわかっているはず。」

「え・・・。」

ぽんと音を立てて桜子が手を叩くと、後方で小さな悲鳴が響く。

驚いて振り返れば、リフの姿がはるか彼方へと吹き飛ばされ、彼を拘束するかのように桜の花びらが舞い踊りだしていた。

必死に剣を振り回し、それらを切り刻もうとリフは動くが、全く花弁の数は減ることが無い。

それどころか、目も開けてられないと言わんばかりの数が舞いだした。

桜子はため息をつくと、再度こちらへと視線を向けてくる。

「・・・俺にできるだろうか?」

「出来るに決まっています。・・・貴方は、ちょっと旦那様とは違った感じですね。・・・ふふ。るりちゃんが私に似すぎただけかしら?」

「・・・。」

くすりとほほ笑んだ桜子は、るりの頭を優しく撫でると、その姿を薄らと消してゆく。

気のせいか、傍らに白い髪を揺らした男性の姿が映り込んだように思う。

 

きっとそれが彼女の主帝であり・・・想い人なのだろう。

 

「アリスさんにしかできない事だもの。出来ない訳がないわ。」

「るりが頑張ってくれたんだ。・・・今度は俺がやらないと。」

「そういうことです。」

ふわりと桜の花びらを辺りにまき散らせた桜子は、愛おしげにるりの顔を見つめると、まるで空を見上げるように青い水のような天井を見上げた。

「さぁ。私は先に外で待っていますね。・・・お邪魔してはいけませんものね・・・。」

「外の世界で、貴女に会えるのですか?」

「ふふ・・・。」

浮足立ったように足を動かした桜子の背中に向かって、思っていたことを彼女に問いかける。

桜子はおかしそうに微笑むと、人差し指を口元へと持って行った。

 

「それは・・・貴方ならわかっているでしょう?」

 

彼女はそう呟くと、それ以上言葉を発することなく背中を向ける。

 

淡い色の花びらが舞い散り、彼女の姿も同じように消えて行った。

 

「・・・茶目っ気があるのは、るりとはちょっと違うような気がするけどな・・・。」

苦笑いを浮かべ、腕の中で冷たくなったるりの顔を見つめる。

背中を支えた腕に血が滲みだし、彼女を静かに地面へと降ろした。

 

るりの身体を中心に、鮮やかな花が咲きほこりだす。

 

「こんな場所まで来てくれてありがとう。」

 

片膝を地面へと付けると、彼女の背中へ腕を回し優しく抱き寄せる。

ジワリと滲んだ涙をぬぐい、傷だらけの額へと手を伸ばした。

 

「帰ったらちゃんと傷を手当てしないといけないな。女の子に、こんな傷を作らせてしまって・・・ごめんな。」

 

あいた片手で彼女の手を握りしめため息をつくと、辺りがしんと静まり返った。

 

頬を撫でる風が何処かしらから湧き上がり、草花がゆらゆらと動き出す。

 

「一緒に帰ろう。・・・我が愛しの巫女。・・・るり。」

 

瞳を閉じ、ゆっくりと彼女に口づけをする。

 

るりの身体を抱きしめると、ふわりと身体が浮く様な感覚があふれ出した。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

愕然とその場に座り込んだランゼフは、言葉にならない声をあげ顔を青ざめさせた。

酷く冷たい空気が辺りに立ち込め、市内のあちこちから響いてきた音がまるで無くなったように静まりかえる。

「うそ・・だ・・るり・・・どうして・・・?」

「るりちゃ・・・ん?」

アリスの手に額を付けたままのるりは、その場から動くことも目覚める事もない。

しかし、その足首から、痛々しい生傷が突如として現れた。

それでも身体を動かさないるりのまわりには、淡々と赤い血だまりが広がってゆく。

「あらあららららっ!失敗しているのかしらっ!あははははっ!」

「っっ!」

声をあげて笑い出したマーラは、ヒーリカの攻撃を避けると、腕を上げてるりの方へと指を向ける。

アリスの手のひらに額を付けたままのるりは深い傷を負っているのにも関わらずやはり身動き一つしない。

それどころか、目の前にいるアリスも同様に、動く気配がなかった。

「やはり、未熟な巫女では自滅する未来しかないのでしょう。」

「っそ、そんなはずないっ!」

「どうだかなぁ・・・」

「っ!」

マーラの声に合わせて口々に笑い声をあげ出した仮面を着けた者達に、雪が声を荒げるが、彼らは軽くあしらうかのように彼女の言葉に返事をしない。

「何を見ているというの?リフに殺されかけているのよ?敗北っ!完璧な敗北じゃないっ!」

「・・・。」

大鎌を振り上げたマーラは、軽く地面を蹴り上げるとヒーリカの頭上を飛び越える。

「力が戻っているとでもいうの?」

「さぁ・・・どうだろうね・・・。」

先程受けた怪我などなかったかのように動き出したマーラに、ヒーリカは表情を曇らせる。

「君は少し離れていた方が良いと思う。・・・今のままでは戦えないよ。」

「っな、何するんだっ!離せっ!離せよっディレイっ!」

戦意喪失したランゼフを無理に立たせたディレイは、彼女の意見を聞くことなく力づくで彼女の身体を抱え動くと雪達の隣に座らせた。

ランゼフは震えた声でディレイに怒声を浴びせるが、彼女の身体は力を無くしたように地面へとへたり込んでしまう。

「もう、夢を見ながら二人仲良く消えてしまえばいいのよ・・・」

「黙れ・・・」

腕を組んで睨みつけてくるオカを横目に、マーラはるりの方へと大鎌の刃を振り上げる。

「あら、まだ抵抗しているのかしら・・・」

苦しそうな表情を浮かべたるりを見て、マーラは小首を傾げ彼女へと手を伸ばす。

「触らないで・・・。」

「っなっ!」

とたんに李春がマーラの前に飛び出すと、彼女の身体に向かって長くとがった爪を振り上げる。

その殺気だった李春に、マーラは思わず後方へと飛び退いた。

すかさず、後方で控えていた仮面の者達が彼女の周りに集まる。

「・・・るりも、アリスも戦っている・・・貴女にそこへ割り込む権利は無い。」

「・・・い、言ってくれるじゃない。」

苦笑いを浮かべたマーラは、得体の知れない冷たい空気をまとった李春に後ずさりをした。

「いや、まだ終わりじゃない。・・・まだだ・・・。」

「るりもアリスも絶対に帰ってくるの。だから、私達は信じて待っているしかない。」

「・・・ふふ・・。つ、強がりを・・・。」

オカと共にマーラ達の前に立ちはだかった李春は、るりとアリスの姿をちらりと振り返って見つめた。

「っそ、そんなっ!」

「っ?」

彼女たちが振り返った瞬間、奈美と雪の悲痛な声が辺りに響く。

ぼたぼたと音を立てて赤い塊がるりの足元に広がり、彼女の腹部がじわりと赤く染まりだした。

「ほらっ!もう虫の息だわっ!」

ふっと表情を一変させたマーラは、狂ったように笑い声をあげる。

その声に耳を塞いだ奈美は、目の前で起こっている事を否定するように首を何度も左右に振った。

「る、・・・るり・・・っ!」

「ランゼフちゃんっ!」

「お、おいっ!」

雪の隣で座り込んでいたランゼフが立ち上がり、ふらついた足取りでるりの方へと駆けてゆく。

青ざめた表情で走り出した彼女の手には、淡い緑色の光が煌々と輝きだしていた。

「だめだっ!」

「な、なんでっ!」

るりに手を伸ばしたランゼフの背後から、いつの間にか動いていたオカが彼女の身体を羽交い絞めにする。

予期せぬ妨害に驚いたランゼフは、オカの顔を睨みつけた。

しかし、オカの表情も同様に酷く動揺している。

「我々がどのような処置をしようと、どのような術を使おうと、これは私達には治せぬっ!・・・耐えろっ!」

「そんなのっ!駄目だっ!るりが・・・るりが死んじゃうっ!」

「・・・っ。」

必死に抵抗し、オカの腕からすり抜けようとするランゼフだが、頑なに阻止しようとする彼女の力は尋常ではない。

痛いほどの力がランゼフを締め上げ、彼女は顔をひきつらせた。

「・・・ランちゃん。大丈夫よ。・・・落ち着いて・・・」

「こんなことになって、落ち着けるわけないだろっ!」

「・・・大丈夫。落ち着いて・・・見て・・・」

「何をいってるんだっ!なにを・・・。」

声を荒げて李春の言葉を否定しようとしたランゼフに、何度も李春は表情一つ変えずに語りかえる。

荒げた声でオカに抵抗していたランゼフは、彼女の落ち着き払った声に混乱しつつも、次第に動きを止めてゆく。

「・・・。ほら、大丈夫だから・・・」

「な、何よ・・・」

「なんだっ?」

李春が片腕を動かすと、ふわりと柔らかな風が舞いだす。

今まで声をあげて笑っていたマーラは固まった様に動かなくなり、周りで固唾を飲んで見守っていた流星達が目を見開きだした。

「さく・・・ら・・・?」

輝光が手のひらを広げ、その上にひらりと舞い降りてきた光の粒に小さな声をあげる。

柔らかな風と共に、辺り一面へと鮮やかな桃色の花びらが光を帯びて舞い散りだす。

それらはるりとアリスを中心に湧き上がっており、次第と渦を巻いて上空へと舞い上がりだした。

「おやおや、これはなかなか。こういうのを雅っていうのかな?」

「さ・・・さぁ・・・ね。」

オカと共に目を見開いたランゼフは、自分たちを包みだした光で作られた桜の花びらに声を発する事さえ忘れだす。

「そうか・・・桜子・・・お前が手助けしているのか。」

「えっ。」

ぽつりと言葉を発したオカは、困った様に笑みを浮かべると、るりとアリスの方へと顔を向ける。

煌々と輝く光は、るりの額とアリスの手のひらを包みこみ、次第に地面へと魔法陣を描き出した。

白と黒を混ぜた光は目を覆う程の眩しさを放ちだし、辺り一面を通り越して、市内を照らすほどの輝きに増してゆく。

目を開けられない程の光が真っ暗な空を貫くように広がると、不気味に響いていたバケモノ達の声が消えていった。

「おや・・・。僕の仕事が早まったのかな?」

「あ、あれはっ!」

眩しい光の中でアリスの身体から赤黒い煙のようなものが立ち込めだす。

くすりと笑ったディレイは、ヒーリカの横から駆けだすと、片手にメスのような道具を掴み一目散に煙へと突きたてる。

「同じモノだから、良くなじむようだ。」

「っっ!」

一瞬だけアリスの悲鳴のようなものが小さく聞こえた後、彼の身体から赤黒い煙が完全に抜け落ちる。

それらはディレイの手に持った赤い箱へと吸い込まれ、音もなく蓋が閉じられた。

何事も無かったかのように動いたディレイは、ランゼフの隣に静かに降り立つ。

「・・・帰ってくる・・・」

風に髪をなびかせながら、李春が柔らかに微笑んだ。

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