白と黒の世界   作:水鏡 零

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6話

穏やかな風が降り注ぐ中、時刻は午後へと差し掛かっていた。

午前中に姿を見せなかった生徒たちも段々と登校し始め、朝の“噂”を話す生徒たちは殆どいないようだ。

雪は昼前には登校し、同様に他のクラスメイト達も同じくらいに復帰していた。

流星についてはそれよりも遅く、彼の姿を見たのは昼を過ぎたあたりだ。

「お前、どこでこんな怪我したんだよ・・・。」

「へへ・・・。ちょっとなぁ。」

光士が足に包帯を巻いた流星を見て、呆れたような表情をしている。

その横では、何故か不安そうに翼が包帯を見ていた。

今朝方に少々怪我を負ったという流星は、午前中に病院で手当てをしてもらっていたという。

「流くん・・・。」

「大丈夫。大丈夫!心配するなって。スグ治るって!」

へらへらと笑っている流星ではあるが、それを見つめる翼の表情はとても暗い。

いつもなら悪態をつく奈美も、今日は苦笑いを浮かべるだけだ。

「星くん・・・。どこで怪我したんだろうね?」

「そうだね。」

るりは指に絆創膏を貼っている雪を横目で見つつ、三人の会話を聞いていた。

雪も“不注意”で指を怪我したらしい。

「あぁっと。そうそう。」

「どうしたんだよ?」

「どうしたのよ?」

思い立ったように手を叩いた流星に、光士と奈美が同時に問いかける。

二人はお互いの顔をちらりと見た後に、ニヤついた流星の頭を軽く叩いた。

「・・・今日、用事ある?」

叩かれた頭を抑えながら、流星はぐるりと光士たちの顔を見る。

「え?俺は特にないけど・・・。」

「あたしは部活。参加する試合が近いのよ。」

「僕も特にないよ。」

三人は小首をかしげつつも、彼に答えた。

そんな三人を見た後、流星は雪とるりの二人の方を向く。

「私は、今のところ何もないかな。」

「・・・え。わ、私も。」

二人は顔を見合わせてから、流星に答える。

彼は小さく頷くと、ふと奈美へと視線を移した。

「奈美。今日は“誰か”と帰った方がいいぜ。」

「え・・・何それ。」

「忠告。これ、結構真面目。」

「・・・。」

急に真剣な表情で言った流星に、奈美はぎょっとした表情で彼を見た。

ふと、翼と雪の表情が鋭くなったのをるりは見てしまう。

「(どうしたんだろう?)」

流星と翼、そして雪の尋常ではない表情に、るりは背筋が少し寒くなるのを感じる。

奈美は少し考えるように腕を組むと、小さく頷いた。

「ちょっと、他の部員にも言ってみるわ。ありがと・・・。」

「おう。」

彼らの話す内容が全くわからず、るりは小首をかしげるしかない。

今日は何かあるのだろうか。と考えてみるが、思い返しても特に思い当たることがなかった。

よく見れば、光士も表情が少し暗い。

「親父と兄貴が言ってたんだ。“そろそろ”じゃないかって。」

「そうなんだ。・・・僕らには見当もつかないな。」

「意外と“この辺”も安全とは言えないのかもしれない。」

「・・・。」

流星と翼の会話が全く理解できず、るりは雪の顔を見てしまう。

雪はその視線に気が付いていないのか、外を眺めているだけだった。

 

 

午後の授業も終わり頃になり、時計を気にする生徒が増えてきた。

穏やかな日差しに紛れて、教師の声が響いている。

「(先の会話・・・どういうことなんだろう。)」

るりは、いつも見た事が無い流星の真剣な表情を思いだし、彼の背中を眺めた。

さばさばとした明るい彼からは、全く想像ができないほど鋭い眼光をしていたのを覚えている。

それどころか、周りにいた翼たちの表情も理解できない。

自分が困惑しているのも彼らは気が付いていないはずはないのだが、誰も話してはくれなかった。

始業前に雪に問いかけようとしたが、どう言っていいのか解らず、そのままになっている。

「(・・・・不思議なことばっかり・・・)」

忘れていた朝方に感じたモヤモヤとした感情が呼び起こされ、るりは思わず外へと視線をそらす。

校門の外では車が行き来し、遠くのオフィス街では小さく人影が見える。

どこからともなく、楽器を演奏する音が聞こえてきて、何ら変わったことはない。

まるで自分だけが勝手に不安がっているようだ。

「(・・・アリスさん・・・元気かなぁ。)」

るりはぼんやりとした表情で、窓の外をまた見た。

ひらひらと校庭から桜の花びらが舞い上がり、窓をすり抜けて入ってくる。

目で追ってみると、それは前に座る流星の机へと落ちていった。

花びらを見ているのか、流星の方が少し動く。

 

「え・・・・。」

 

瞬間、流星の頭が動き、驚いたように窓の外へ身を乗り出すように立ち上がった。

いきなりの状況に、教室中が彼を見る。

るりも驚いて、後方から彼の背中をじっと見た。

「どうした?星??」

教師がきょとんとした表情で、立ち尽くした流星に声をかける。

ざわざわと教室中がざわめきだし、何人かの生徒が彼の名を呼んだ。

しかし、流星は答えない。

「星・・・まさか・・・?」

「先生だめだっ!!“ここも危ない”!」

「なっ・・・。」

勢いよく振り向いた流星の言葉に、教師は思わず手に持ったチョークを落とす。

クラス中のざわめきは酷くなり、数名の生徒が席から立ち上がった。

「っっ、“災い”が!!」

「先生だめだわっ!近くまでっ!!」

「なにっ!!何なの??!」

「なんだってっ?!!何がくるんだよっ!!」

「みんな落ち着けっ!!落ち着くんだっ!」

突然叫んだ女子生徒に弾かれるように、クラス中がパニックになる。

るりは何が何だかわからず、流星と他の生徒たちを自分の席から見るしかない。

酷く耳鳴りがして、呼吸をするのが苦しくなる。

「(なに・・・これ・・・なに?)」

それはまるで、“あの時”のような感覚だ。

目の前にバケモノが迫ってきた時と同じような感覚が、身体中を支配する。

うまく言葉も出ず、考えることができない。

「まだ、時間はあるのか?!!」

教師が窓の外を見つつ、教室の入り口を開け放つ。

同時に、隣の教室や色々な部屋から同じように生徒たちのざわめく声が響いてきた。

 

「だめ!!!窓から離れてッ!!」

 

「キャァァァッッ!!!!」

 

雪の怒鳴る様な声が聞こえるや否や、女子生徒の悲鳴が響き渡った。

 

窓ガラスが粉々に砕け、近くにいた生徒たちが瞬時に席から倒れるように離れる。

「るりちゃんっ!」

「っえっ・・・?」

思い切り翼に手を掴まれたるりは、彼に引き寄せられる様に席から立ち上がり、窓辺から離される。

ガラス破片が床に散らばるや否や、床からありえないような音が響く。

「なに・・・これ・・・」

「っっ!」

震える女子性の声が聞こえると同時に、床から這い出るように赤紫の水のようなものが湧き上がりだす。

「え・・・え・・・」

冷やりとした感覚が教室中を包みだすと、赤紫の水のような空間から真っ黒い腕が姿を現した。

 

 

――

 

 

 

警報が鳴り響き、教室から悲鳴や怒涛に似た声が響く。

教師の声に後押しされるように、生徒たちが一斉に廊下へと出ていった。

足がもつれている生徒を、支えるように他の生徒が連れてゆく。

学校中が一瞬でパニックになり、逃げ惑う生徒や教師たち。

 

そして、怒声のような声をあげて“立ち向かう”生徒と教師たち。

 

「狭い中で“こいつ”を使うのはまずいな!」

流星がクラスメイトを背に隠しながら後退する。

手には自分の背丈よりと同じくらいの“弓”が握られていた。

ためらうことなく“光の矢”を放ち、目の前に迫る“真っ黒なローブ”に向かって放つ。

奇声のような声をあげて引き裂かれた“バケモノ”は、風に舞うように姿を消した。

しかし、辺りを見れば教室中にはまだ同じような“バケモノ”が何体もうろついている。

「自由に動けないのはなかなか難しいわね。」

「余裕ぶっこいてる場合じゃないってことだ!」

細身の槍をバケモノに突き立てた女子生徒が、隣で同じように武器を構えた生徒につぶやく。

その間にも、生徒たちの悲鳴と警報の音は鳴りやまない。

廊下で教師が生徒たちを誘導しつつ、迫るバケモノと対峙していた。

理解が追い付かない生徒たちは、階段を転がる様に駆け下り、誘導に当たっている者たちに導かれるままに、教室を後にした。

「るりちゃん。大丈夫?!」

「え・・・。あ・・・。」

あまりの現状に追い付いていけないるりは、思わず手に取った鞄を握りしめたまま、床に座り込んでしまっている。

奈美が彼女の肩を揺さぶるが、その眼は茫然とバケモノを見ているだけだ。

「(どういうこと・・・何・・・なんで・・・?)」

数週間前に突如としてあったバケモノ。

それが学校の中を大量に徘徊している。

対抗するように戦う生徒たち。

無理やり立たされたるりは、奈美に引きずられるように廊下へと出ようとする。

「奈美ちゃん!下がって!」

「きゃっ!」

「っ!!」

雪の声が聞こえたと思えば、風を切る音が耳をかすめた。

行く手を塞ぐように立ちはだかったバケモノが、一瞬にして真っ二つになる。

奈美に守られるように後退したるりは、長い髪をなびかせながら刀を振るう雪の姿を追う。

まるで、現実ではないような状況に、声がうまく出てこない。

「状況説明は後ってことで!」

「翼っ!無茶するなよっ!」

雪の後ろを翼が微笑みながら走ってゆく。

手には大きな赤い宝石が先端に付いた杖が握られている。

まるで、お伽話に見たような“魔法の杖”だ。

彼らが目の前を通り過ぎてゆくと、別のクラスから生徒たちが思い思いに武器を抱えて走り去って行く。

「こっちの部屋は片付いたわ!」

「下級生のクラスが心配だ!俺は先にいくぜ!」

「気を付けろっ!」

悲鳴と警報の間をぬうように、生徒たちは階段を駆け下りてゆく。

閃光や炎、水や突風など、学校の中ではないようなモノが目の中にあふれる様に映った。

怪我を負った生徒に対して、何か呪文のような言葉を唱え、不可思議な光を当てている生徒の姿も見える。

 

まるで、別世界だ。

 

「るりちゃん・・・。凄い混乱していると思うけれど、皆がみんな・・・その・・・理解している訳じゃないから、安心して!・・・安心できない・・・と、思うけど。」

「今はここを離れることを一番に考えてっ。」

「・・・・。」

後方からまばゆいほどの光が反射して、思わずるりは振り返る。

肩で息をしている流星が、教室に残った最後のバケモノと対峙しているのが見えた。

「星くん!無茶は禁物だよ!君、怪我してるじゃん!」

「俺らに任せて、先にっ!」

「わりぃ!たのんだっ!」

槍を構えた女子生徒が、流星に向かって叫ぶと、ゆっくりと動くバケモノ目掛けて刃先を振るう。

悲鳴をあげたバケモノは、机に当たって地面へと転倒した。

流星は弓を抱えると、奈美とるりの方へと走る。

「えっと。とりあえずは、“あれ”は忘れずに持ってるかな?」

「・・・・あれ?」

「あー・・・・えっと・・・。」

流星は困ったような表情を浮かべつつ、るりの鞄を指さす。

るりと奈美の二人は、小首をかしげるだけだ。

「 “お守り”って言えばいいのかな?“赤い宝石”持ってるでしょ?」

「・・・な。なんでそれを?」

「あー・・・。」

思わぬ光士の言葉に、るりは目を丸くして質問する。

何故か奈美が彼の肩を突いて、ため息をつく。

「それについても、とりあえずは後で説明が入ると思うんだ。と、とりあえずは“それ”無くさないように持っていて!」

「・・・。」

るりは、困惑しつつも奈美達に促されるように、鞄の中から“赤い石”を取り出す。

先端に開いている穴に通した金具ごと取り外すと、近くにあった机に空の鞄は置いた。

「手に持ってると落としそうだし・・・これ、使って!」

「え・・・。」

奈美は自分のポケットから紐を取り出すと、るりから石を預かって金具にそれを通す。

茶色の長い紐を石に付けると、奈美はためらわずにるりの首にかけた。

「これだけ、しっかり縛っておけば・・・はずれないでしょ。」

「・・・すげぇ。」

「ちょっとやりすぎ?」

「いいのよ。“これ”すっごい重要なんでしょ?!このくらいしないとっ!」

「あぁぁ、あんまり馬鹿力で弄ったら割れて・・・」

「割れないわよっ!」

「すみませ・・・」

「・・・。」

困惑した表情の光士と流星をしり目に、奈美は仁王立ちをして二人を睨む。

るりは胸元に輝く赤い石をじっと見つめた。

「(学校ではお守りの事・・・誰にも言っていないはずなのに・・・どうして、知っているんだろう?)」

思わず目の前にいる彼らに問いかけようと思ったが、この異常な状況ではまともに声もでない。

先から返事をするだけで精一杯のるりにとっては、今は彼らに着いて行くしかなかった。

「俺が先頭を行くから、お前らはとりあえず着いてきて。」

「無茶するなよ。」

「わかってるって。怪我人様はそれほど“動けない”んだ。」

流星は弓を抱え直すと、廊下に出て辺りをみる。

まわりには、別の教室から出てきた生徒たちしかおらず、彼らも一様に下の階へと走って行った。

“敵”がいない事を確認すると、光士が流星と一緒に走り出す。

「行こうっ。」

「う、うん・・・。」

奈美に手を引かれながら、るりはもつれる足を奮い立たせて、先を走る流星達の背中を追った。

 

 

――

 

 

 

 

警察署の電話は、数十分前から鳴り響き続け、止まる気配がない。

誰の声ともわからない怒鳴り声がフロアに響き、異常さを物語っている。

「第一中学校の窓ガラスが割れたらしいぞ!」

「現場に近い奴は、現状を直ぐに確認しろ!!」

「2丁目オフィスビル前にて、大量の不審者が出ている通報があります!」

「あぁぁ!!もう、人数がたりねぇ!!」

優志のデスクを通り過ぎた署員が、携帯を片手に怒鳴り声をあげている。

パソコンを片手に持った後輩は、同フロア内に集まった別部署の者達と地図を囲んでいた。

優志自身も、集まってくるデータを元に、異様な雰囲気となったフロアで淡々と作業をする。

先に遭遇したバケモノの事が脳裏をよぎったが、そんなことを考えている余裕はなかった。

「武田!データあがったか?!」

「十分前のモノは、最新情報で署内にあげてます!」

「そうか!次、来るぞ!!」

「はいっ!!」

上司のせかすような声を聞きながら、優志はパソコンに流れてきた最新情報を開ける。

瞬間、冷やりと背筋が冷えるような感じがした。

 

数分という間に、“不審者”情報が更に増えている。

それは市内全土に広がり、収拾がつかない程のマーキングが地図にされていた。

大小様々とはいえ、あまりにも目撃情報が多すぎる。

更に不可思議な事も起こっているらしく、別の添付ファイルを開封した。

「なんだよこれっ!」

思わず優志は頭を抱えて、画面を睨みつける。

不審者目撃情報と同量の“別の目撃情報”が一気に画面上にばらまくようにデータが広がった。

「学生が不審者に向かって剣を振るってる??はっ???!」

「商店街で老人が不審者に銃を乱射???」

自分が思っていた不可思議な情報を、別部署の者が受話器を持ったまま困惑した声をあげる。

動揺する署員をよそに、部屋の中央では会議が白熱していた。

「銃刀法違反とか・・・そんな問題じゃないぞ・・・」

優志は添付された写真や動画を開いて、思わず声を無くす。

 

商店街のアーケードに群がる漆黒のローブを着た“不審者”と対峙するように、老人が確かに銃を乱射している。

その横では、まるで漫画のように本を片手に信じられないような爆炎を腕からあげている店員の姿が映っていた。

 

思わず自分の頭を優志は殴ってみるが、痛みが戻ってくるだけだ。

 

「おいおい。派手にやってるなぁ・・・。」

同じ添付ファイルを開けたのだろうか、自分のデスクに腰かけたまま、上司が苦笑いを浮かべる。

彼は何故か引きつった笑みを浮かべながら、動画を見ているだけだ。

「これ、ウチの近くに住んでる婆ちゃんですよ。」

「そうか・・・。」

優志のパソコンを覗いた後輩が、上司に向かって“何故か”明るい声で言う。

理解できない状況だからか、それとも、この“異常な空気”をわかっていないのか。

彼の声を聞いて、思わず優志は信じられないと言わんばかりに、二人を交互に見てしまう。

だが、自分の視線に気が付いているはずの上司は、腕を組んで悩んでいるだけだ。

「どうしたもんかね・・・。」

「 “現場に任せる”だけじゃ・・・まずいっすよね?」

「だろうなぁ・・・。」

優志のパソコンを覗いていた後輩が、動こうとしない上司にぽつりと呟く。

彼は大きく背伸びをすると、デスクから立ち上がってフロアの中央へと向かう。

そこで行われていた会議に横から声を挟むと、一言二言何かを言って戻ってきた。

後には同部署の後輩が地図を片手に駆け寄ってくる。

「とりあえず。ここから一番近い現場に行くぞ。」

「え。現場に行くんですか?!」

彼の思わぬ一言に、優志は思わず立ち上がる。

自分たちの部署は現場で活動するというよりも、データを集計して署内に情報を与える役割が主立っているものだ。

このような状況だからこそ、冷静にデータを解析すべきではないのだろうか。と優志は困惑した表情で上司を見る。

しかし、彼は首を横に振るだけだ。

「武田こそ“この状況”を目でしっかりと見るべきだ。」

「・・・・。」

頭の中で幾つかの疑問が出ては消えてを繰り返していく。

だが、ふとした瞬間に、“あの人”の言葉がよぎって優志は眼鏡を手で直した。

「・・・わかりました。」

「よし。行くぞ。」

「はいっ!」

勢いよく立ち上がった他のメンバーと一緒に、優志は上着を羽織って上司の後を追う。

「(これが、“受け入れなくてはいけない”・・・ってことか。)」

脳裏には竜崎の“言葉”と、昼前に見た“バケモノ”が思い出されていた。

罵声と怒涛の響く署内を後にすると、彼らは現場へと急いだ。

 

 

――

 

 

 

教室を後にすると、惨状と化した学校内を止まる事無く走る。

前を走る流星と光士の背中を追いながら、るりは奈美の手をしっかりと握っていた。

途中、先と同じようなバケモノに遭遇したが、生徒たちや流星によって道は開かれている。

すれ違う生徒も自分たちと同じ方向へと向かいつつあり、大勢の中で移動をしていると、るりは自然と落ち着くことができた。

だが、モヤモヤとした感覚は薄れない。

「他の生徒たちは体育館に避難している!警察もこちらに来てくれるみたいだ。みんな、あと少しだぞ!」

廊下で待機をしていた教師が、先導するように手を動かす。

割れた窓から外を見てみると、下の方で生徒たちが体育館へと向かう姿が見えた。

前の方では煙や閃光がきらめき、まだあの“バケモノ”と対峙している者がいることがわかる。

「それにしても随分と“派手に登場”してきたものね・・・。」

「 “伝承”かと思っていたけれど・・・親父の話は本当だったんだな。」

「・・・・。」

後方を走っている生徒たちの会話が耳に入り、るりは思わず足を止めようとしてしまう。

「(伝承・・・?)」

生徒たちが口々に先から同じように“伝承”“言い伝え”“あの話”という言葉を使っていう内容が気になり、必死に走る奈美に問いかけたい気持ちが強くなる。

この“桜丘市”に来てから確かに日は浅いく、土地に根強く残る“昔話”など知る由もない。

彼女たちが言っている意味が分かれば、もしかしたら少しは整理がつくのかもしれない。とるりは考えていた。

けれども、どうしても今の状況ではまともな話もできそうもない。

「またかっ!!」

「何匹いるんだよっ!!」

向かう先の体育館に近い棟へと行くために、渡り廊下へと出た瞬間、前方に揺らめく“影”と遭遇してしまう。

その数は目で追うだけでもかなり多い。

武器を構えた生徒たちが、丸腰の生徒たちをかばうように前に出た。

皆かなり疲労がたまり、肩で息をしている者も多い。

「アァ・・・・ウゥ・・・・」

気味の悪い声を出しながら前進してくるバケモノに、複数の生徒が後ずさりする。

「一か八かで行くか?」

「お前・・・その足で踏ん張れないだろっ!」

「・・・・。」

生徒たちの前に立とうとした流星の腕を、光士が慌てて掴む。

彼の姿を見たクラスメイト達も、流星の顔を見ると首を横に振る。

流星は包帯のまかれた足を苦々しげに視線を落とすと、迫るバケモノ達を睨んだ。

「きゃぁぁぁっ!!!う、後ろっ!!!」

「なっ!!!」

「っっ!!」

武器を構えて生徒が踏み込もうとした瞬間、後方から悲鳴があがった。

急いで振り返ると、今まで走ってきた廊下から、ゆっくりと真っ黒なローブが見えてくる。

思わずその場に座り込んでしまった女子生徒に対して、かばうように槍を構えた生徒が後方へとまわった。

複数の生徒が同じように人をかき分けて、震えあがった者達を守る様に立つ。

「戦力半分。俺達もしかしてピンチって奴じゃないか?」

「馬鹿言わないでくださいっ!」

「気合いれろっ!」

へらへらと壊れたように笑った生徒に対して、罵声が飛び交う。

バケモノ自体の動きはゆっくりだが、何せ数が並みではない。

目で追える数とは違い、さらに後ろにもうっすらとローブが見え隠れてしていた。

るりは首に下げた“赤い石”を思わず握って辺りをみる。

「(・・・どうしてこんなことに・・・)」

悲鳴をあげて泣き出す女子生徒を横目に、るりは後退してしまう。

背中には窓しかなく、割れたガラスが足元で音を立てていた。

遠い世界のように視界が揺らぎ、立っているだけで精一杯になってくる。

目の前にいた奈美は、泣き崩れている女子生徒の肩を掴んで声をかけているが、その声さえも耳の奥で微かにこだましているように感じた。

目前に迫ったバケモノ達に、武器を構えた生徒たちが気合を入れる様に大声をあげて突進する。

「こんな・・・どうして?・・・なんで?」

頭の中では多くの疑問や誰かの悲鳴が混ざってゆく。

背中に迫った窓から下を見てみると、同じような漆黒のローブを着込んだ“バケモノ”達が、生徒や教師と対立しているのが見えた。

その動きはよく見てみると、この場にいる“バケモノ”よりも早いように感じる。

男子生徒がバケモノに“何か”をぶつけられ、後方へと身体を吹き飛ばされた。

悲鳴が聞こえるや否や、彼を守る様に女子生徒が細身の剣をバケモノに振りかざす。

「どういうこと・・・なの?」

女子生徒の剣先を腕で抑えたバケモノだったが、抑えきれずに身体を刻まれ塵のように姿が消えてゆく。

だが、彼女は止まる事無く別のバケモノへと走ってゆく姿が見えた。

「こいつら!“強化”されてやがる!!」

「か、固いっ!!」

耳に入ってきた声に弾かれるように、るりは視線を窓から移す。

槍を構えた女子生徒が押し戻され、彼女を支えようとした他の生徒が一緒に倒れる。

入れ替わって飛び出した男子生徒が長銃を放ち、迫りくるバケモノを撃ちぬく。

バケモノが消えるや否や、後方から音もなく他のバケモノが走りだし、彼はためらうことなく引き金を引き続けていた。

見れば、バケモノ達の動きは先とは違うモノが混じっている。

音もなく走る動きは早く、生徒たちの攻撃を軽々と避けている者もいた。

反撃をしたバケモノに弾かれて、生徒が壁へと打ち付けられる。

丸腰で戦う事ができない生徒たちは、そのたびに悲鳴をあげるしかなかった。

「光士!!しっかりささえろよ!!」

「足が折れても俺は何もできないからなっ!!!」

流星と光士の声が耳に入り、そちらへと視線を移すと、まばゆいほどの光が視界に入った。

稲妻をあげた“光の矢”が流星の手から放たれる瞬間が見え、彼の身体を支える様に光士が歯を食いしばっている。

風を切る音がしたと思えば、バケモノを一直線に巻き上げて、“光の矢”が轟音と共に突き進む。

身体を吹き飛ばされそうになった生徒たちは、身を低くして風に耐える。

「前方確保っ!!いくぞっ!!」

誰かの声がしたと思えば、生徒たちが走り出す。

座り込んでしまっている者達の腕をとり、一斉に動き出した。

弓を片腕に抱えた流星は、光士に支えられながら同じように走り出す。

 

前方を塞いでいたバケモノ達の姿が一掃され、変わりにパチパチと矢が通った後に稲妻が出ており、その衝撃を物語っている。

 

足を引きずる様に走る生徒たちの後方で、ゆらゆらとバケモノ達が動き出した。

るりは人の流れに合わせる様に、足を動かす。

「わっ!!」

「えっっ!!!」

先を走る生徒たちと間が空いてから、数人の生徒が走り出そうとすると、床から這い出るようにバケモノ達が影から出現しだした。

走り出そうとしたるりの足も止まってしまい、みるみるうちに流星達の姿が消えてゆく。

声をあげようとするが、恐怖でうまく喉が動かない。

「(まって!!)」

自分では声を出したつもりだったが、手が前に出るだけでるりは恐怖で後方へと目を移す。

そこには同じように影からバケモノ達が出現している姿が見えた。

「やだ!!こんなところで!!死にたくないっ!!!」

「(し・・・ぬ?)」

声をあげて泣き出した女子生徒を見て、るりは息が詰まりそうになる。

辺りを見てみれば、武器を構えた生徒は片手程しかない。

彼らも肩で息をしていて、とてもこの数を相手にできるような状況ではなかった。

泣きじゃくる女子生徒をかばうように、手を震わせた生徒が銃を構える。

その顔は不安でいっぱいだ。

「(わたし・・・ここで・・・死ぬ?)」

頭が真っ白になり、るりは茫然と立ち尽くすしかない。

 

前のように守ってくれた“アリス”はいない。

 

守ってくれた流星達は、もういない。

 

だれもいない?

視界が白く染まりつつあり、生徒たちの声が耳の奥でこだまする。

鳴き声、悲鳴、怒りの声。

窓の外からも校舎のどこからなのか、その声はどこから聞こえてきているのかも分からない。

るりは迫りくる威圧感と、はじけてしまいそうな心臓の音に押しつぶされそうになる。

思わず首から下げていた“赤い石”を握りしめるしかない。

悲鳴をあげようにも、助けを呼ぼうにも“誰”を呼べばいいのかわからない。

クラスメイトの顔が何人も浮かび上がるが、その誰もが“ここにはいない”。

「だれも・・・いない。」

周りに生徒がいるにもかかわらず、自らの口から出た言葉はおぞましいモノのように感じた。

その声など、緊迫した状況では誰も聞いているはずもない。

「殺セ!・・・ミンナ、殺シテ・・・シマエッ!!!」

一際大きな声をあげて、中央に立ったバケモノが叫ぶ。

それに同調するようにうめくような声をあげて、バケモノ達が足を動かした。

「いやぁぁぁ!!!」

女子生徒の悲痛な悲鳴が響き、るりの頭は真っ白になった。

 

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